緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第5話「動き出した魔剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アドシアードが始まると、武偵校は午前中だけの短縮授業となる。

 

 競技に出る人間はそのまま自らの会場へと行き、そうでない人間はそれぞれの自宅へと戻る事になる。

 

 友哉達の出番もまた、閉会式となる為、競技期間中は至って暇である。

 

 その暇な期間を利用し、友哉は対デュランダル警戒網に傾注していた。

 

 寮へと戻る道すがら人込みをかき分けながら、友哉は頭の中で現在の状況を事細かに纏める。

 

 正直、現状は苦しいと言わざるを得ない。

 

 何しろ、最も警戒すべき時が、このアドシアード期間中である。多くの人が集まり、人の出入りも激しい。警戒はどうしても疎かになりやすい。

 

 現在、白雪にはキンジが張り付き、レキは遠距離からの監視任務に付いている。しかしレキは同時にアドシアードの狙撃競技に出場する代表メンバーでもある為、常時警戒と言う訳にはいかなくなる。

 

『だから、アリアには抜けてほしくなかったんだ』

 

 歩きながら友哉は、心の中で臍を噛む。

 

 アリアが護衛を離れた事が、ここに来てジワジワとこちらを苦しめ始めている。

 

 正直、ここまで人が集まる事は予想の範囲外だった。おかげで友哉が企図したデュランダル包囲網は機能飽和状態になりつつある。何しろ誰がどこにいるのかすら把握できないのだ。辛うじて、茉莉、瑠香とは定時連絡を取る事でお互いの位置が判るようにしているが、陣や彼の友人達の行動は殆ど把握できない。否、把握できたとしてもそれを制御し、情報を統合するのは極めて難しい状況と言えた。

 

 いっそのこと、こちらのメンバーの内、瑠香か茉莉のどちらかを白雪の直接護衛に裂こうかとも考えたのだが、二人のうちどちらかが抜けても、警戒網は薄くなってしまう為、裂いても良いものか、思案のしどころだった。

 

 この状況をいかにして凌ぐかが勝敗を決めるカギとなる。

 

 何事も無く過ぎてくれれば友哉達の勝ち。だが、何かが起こってしまえば・・・・・・

 

「いや、そんなこと考えちゃダメだ」

 

 ネガティブになりかけた思考を強引に引き戻す。

 

 とにかく、今は僅かな状況の変化も見逃さず、異変があれば即応できる状況を作っておく必要があった。

 

 その為にはやはり、薄くなった警戒網を狭め密度を上げるのが最適に思われた。

 

 つまり、誰か1人ではなく、友哉、瑠香、茉莉の三人でキンジと合流し白雪の直接護衛に当たるのだ。

 

 そう考え、携帯電話を取り出した。

 

 

 

 

 

 一通りの見回りを終えて、瑠香は合流場所へとやって来た。

 

 流石にこれだけの人が集まる中、学園島全体を回って警戒するのは身軽な瑠香でも骨が折れる作業であった。

 

 だが、取り敢えずノルマの半分は終わり、もう1人の警戒要員と合流して、一旦休憩を入れたかった。

 

 やがて、目当ての人物の姿が見えて来た。

 

「あ、茉莉ちゃん!!」

 

 手を振ると、向こうも気付いたらしくこちらに向かって歩いて来た。

 

「そっちはどうだった?」

「異常無し、と言いたいところですが、」

 

 茉莉はいつもの無表情に、少し困ったような顔を加えて言う。

 

「この人だかりでは、何とも言えません。どこまで見れたか自信がありません」

「そうだよね。これじゃあ、ちょっとねえ」

 

 相槌を打ちながら、溜息をつく瑠香。

 

「とにかくさ、いったん休憩しよう。コンビニでジュースでも買ってこようよ」

「そうですね」

 

 そう言って歩きだす瑠香の後を、茉莉がトコトコと着いて行く。

 

 それを横目で見ながら、瑠香は口元に笑みを浮かべる。

 

 可愛いなあ、と思う。

 

 以前、友哉に聞かれた事がある。なぜ、他の先輩には敬語なのに、茉莉にだけはタメ口で、しかもちゃん付けなのか、と。

 

 実のところ、何でかと聞かれれば瑠香にも答えられない事だった。

 

 見た目の幼さで言えば、断然アリアの方がちっちゃくて可愛いが、アリアの事は出会ってすぐに敬語に改めている。勿論、アリアを子供扱いしてタメ口を聞こうものなら、今頃風穴を空けられている事は間違いないが。

 

 だが、茉莉を見ていると、瑠香はついつい相手が年上である事も忘れ、手の掛かる妹を見ている様な気分になってしまうのだった。

 

 その時、スカートのポケットに入れておいた携帯電話が着信を告げる。相手は、友哉だった。

 

「はい、もしもし?」

 

 ほぼ同時に茉莉の携帯にも着信が入った。

 

《ああ、瑠香、今どこ?》

「探偵科棟の近くだよ。どうしたの?」

《悪いんだけど、ここで作戦変更する。一旦、アドシアードをやってる生徒会のテントに向かって。そこで星伽さんの護衛に作戦を切り変えよう》

 

 妥当な判断である。友哉は撹乱著しい外郭を捨てて本丸の防御に戦力を集中しようとしているのだ。

 

「判った、すぐ行くよ」

 

 そう言って、電話を切った。

 

「あのさ、茉莉ちゃん、今・・・・・・」

 

 そう言って振り返った瞬間、

 

 ドスッ

 

 鈍い音と共に、茉莉の拳が瑠香の鳩尾に突き刺さった。

 

「なっ・・・・・・はっ・・・・・・」

 

 痛みと共に、肺から空気が抜ける。

 

「な・・・なん、で・・・・・・ま、つり、ちゃ・・・・・・」

 

 意識が薄れる。

 

 ダメだ。

 

 今ここで手放したら、茉莉はきっと遠くへ行ってしまう。

 

 そう思うのだが、足に力が入らない。

 

 やがて、瑠香の意識は呆気なく暗転し、光を閉ざした。

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

 グッタリとした瑠香の体を抱きかかえると、そのポケットから携帯電話を奪い取る。そして物陰に運び、そっと寝かせた。これですぐには人目に付かないだろう。仮に目を覚ましたとしても簡単に外部に連絡を取る事ができない筈だ。

 

 目を閉じたまま身動きしない瑠香を見降ろして、茉莉は少し悲しげな顔をする。

 

 だが、すぐにまたいつもの無表情に戻り、自分の携帯電話を取り出した。

 

 コール一回で相手が出る。

 

《私だ》

「瀬田です。これで敵の目は全て潰しました。いつでも行動可能です」

《判った。それではまず予定通り、緋村を排除する。お前は例の場所へ奴をおびき出せ》

「了解です」

 

 そう言うと、電話を切った。

 

 これで、もう後戻りはできない。

 

 電話をポケットに入れて、茉莉は歩き出す。

 

 最後にもう一度だけ、瑠香の顔を見ると、未練を振り切るように背中を向けて歩きだした。

 

 

 

 

 

 人込みをかき分けるようにして会場を駆け抜けると、ようやく生徒会のテントに辿り着いた。

 

 このアドシアードの運営も、生徒会が取り仕切っている。

 

 当然、リーダーシップを取っているのは、生徒会長である白雪と言う訳である。

 

 白雪は今、友哉の目の前で忙しそうに走りまわっている。その姿に、友哉は取り敢えず胸をなでおろす。どうやら、今のところは無事らしい。

 

 近くに護衛役であるキンジがいる筈だが、人が多すぎて気配を探る事が難しい。まあ、逆を言えば如何にデュランダルと言えど、この人込みの中では犯行に及ぶ事も出来ない事が予測できた。

 

 後は瑠香や茉莉と合流して、白雪を影から護衛すれば良い。それで状況は万全となるはずである。

 

 その時、携帯電話に茉莉から着信が入った。

 

「瀬田さん、どうかしたの?」

《大変です、緋村君ッ》

 

 珍しく慌てた調子の、茉莉の声が聞こえて来た。

 

 一瞬で尋常ではない事を悟り、友哉は眉を潜める。

 

「どうしたの?」

《四乃森さんが何者かに襲われました》

 

 その一言に、血が沸騰しそうな錯覚に襲われた。

 

 瑠香が、襲われた。一体誰にっ!?

 

《私は今、その相手を追跡中ですが、今しがた見失ってしまいましたッ》

 

 電話越しにも茉莉の息が上がっているのが判る。どうやら走っているらしい。

 

 瑠香を襲ったのは十中八九、デュランダルの手の者と考えられる。もしかしたら本人と言う可能性も考えられる。

 

 やはり動きがあった。こちらの戦力を潰し、白雪確保の布石とするつもりだろう。

 

「瀬田さん、今どこ?」

《第4女子寮、私達の寮の近くです》

 

 それならここからそう離れていない。友哉の足なら3分も掛からずに辿りつける。

 

「僕もすぐ行く。瀬田さんはそのまま探索を続けて」

《判りました》

 

 通話を切ると、友哉は一瞬視線を白雪に向ける。

 

 この場に白雪を残して行く事に不安はある。しかし近くにはキンジもいる筈である。短時間であるなら、この場を抜けても問題はない筈。

 

 友哉はそう考えると、踵を返して駆けだした。

 

 

 

 

 

 結果から言えば、この時、友哉は冷静さを欠いていたと言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第4女子寮は、武偵校創設期の第1女子寮に当たる。

 

 学園島では最も古い建物の一つであり、内部は老朽化が進んでいる。何度も取り壊しと建て替えが検討されたそうなのだが、年々増え続ける武偵校受験者に対応しなければいけないという事情から、取り壊しは先送りにされ続けて今日に至っていた。

 

 そんな訳で入寮者は殆ど無く、瑠香と茉莉を含めて10人程度だった筈だ。

 

 老朽化具合からか、アドシアードの会場の一角に組み込まれている。もっとも競技はもう終わったらしく人影はない。

 

 その第4女子寮の前で茉莉が待っていた。

 

「周辺で聞き込みをしたところ、この寮に不審な人物が入って行くのを見たと言う人がいました」

「それ以後の動きは?」

「私が玄関前で見張っていた限り、人の出入りはありませんでした」

 

 茉莉の報告に、友哉は頷いた。

 

 つまり、敵はまだ中にいる可能性が高い。瑠香を襲った敵が。

 

「瑠香の容体は?」

「命に別条はありませんが、すぐには動ける状態ではないと思われます」

 

 刀を持つ手に力を込める友哉。

 

 大切な幼馴染を傷付けた敵を、許す事はできない。

 

「行こう」

 

 足を踏み出す友哉に、ブローニング・ハイパワーDAを抜いた茉莉も続いて第4女子寮へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 寮の屋上はフェンスも無く、階段のドアを開けると、給水塔の他は何も存在していなかった。

 

 そこに、1人の少女がたたずんでいる以外は。

 

 美しい少女だ。

 

 整った顔立ちに、軽くウェーブの掛かった銀髪を三つ編みにして結い上げているのが特徴である。

 

 人形に例えれば、白雪が純正日本人形なら、目の前の少女は西洋仏蘭西人形と言ったところではないだろうか。

 

 だが、愛らしい外見とは裏腹に、少女は銀色の鎧に身を固め、手には西洋剣を携え、戦闘準備を整えていた。

 

 友哉は見た目の愛らしさには目を奪われず、油断なく逆刃刀の柄に手をやる。

 

「来たか、緋村友哉」

「あなたが、デュランダルですか?」

 

 カマ掛けのつもりで言ったのだが、意外にも少女からの返事はあった。

 

「その名は好きではない。我が名は30代目ジャンヌ・ダルク。緋村、お前は不確定要素が多すぎる存在。本命の前に、お前にはここで舞台から降りて貰う」

 

 友哉は思わず息を呑んだ。

 

 ジャンヌ・ダルクと言えば、フランス100年戦争において「救国の少女」と謳われた英雄であり、聖女と称えられた存在である。しかし、ジャンヌ・ダルクは100年戦争中に敵に捕えられ、イングランド軍の手によって処刑されている。まさか、生き残っていたとでも言うのか。

 

 だが、今は相手の素性を探っている時ではない。

 

「今、本命って言いましたね」

「そうだ」

 

 ジャンヌは余裕の笑みを浮かべながら言う。

 

「星伽白雪。彼女を我が手で浚い、イ・ウーへと連れ帰る。それが我が目的だ」

 

 また。イ・ウーか。

 

 再び耳にしたその単語に、友哉は眼を細める。

 

 アリア、そして目の前のジャンヌの話を統合するに、何らかの秘密結社であると考えられるが、未だにその全貌を見る事はできていない。

 

 だが、今はそれを考える時でもない。

 

「そんな事はさせない」

 

 刀の柄に手をやり、いつでも斬り込めるようにする。

 

「君がデュランダルだと言うなら、君をここで捕まえ、それで終わりだ」

 

 そう告げる友哉。

 

 対して、ジャンヌは口の端に不敵な笑み見せる。

 

「哀れだな、緋村」

「・・・・・・何?」

「お前は私を罠にはめようとしていたようだが、実際に罠にはまったのはお前の方だと言う事に、まだ気付いていないのか?」

 

 挑発するようなジャンヌの言葉。

 

 そこで気付いた。

 

 背後に控えていた茉莉がいつの間にか、手にしたブローニングの銃口を友哉に向けている事を。

 

 

 

 

 

 頬を軽く叩かれる感触が伝わって来る。

 

 何だか、乱暴な手つきである。叩くならもう少し優しく叩いてほしいのに。

 

 いや、そもそも、自分はなぜ眠っていたのか。

 

「おい、瑠香、起きろって」

「う・・・うん?」

 

 名前を呼ばれ、ようやく瑠香は目を覚ます。

 

 その傍らには、覗き込むようにしてしゃがんでいる陣の姿があった。

 

「相良、先輩?」

「ったく、何でこんな所で寝てんだよ? 何回携帯に掛けてもオメェも友哉も出ねぇしよ」

「あれ? えっと・・・・・・」

 

 瑠香は頭に手を当てて考える。

 

 何だか前後の記憶が曖昧で、よく思いだせなかった。

 

 それに、何やら腹に鈍い痛みがある。

 

「お腹の痛み・・・・・・お腹・・・・・・」

 

 その瞬間、光景がフラッシュバックする。

 

 友哉からの電話を受け取った直後、自分を殴りつけた相手。

 

 あれは、茉莉だった。

 

「そんな、うっ!?」

 

 勢いよく立ちあがろうとして、茉莉は腹を押さえる。一撃で気絶するほどの力で殴られたのだ。まだダメージは残っていて当然だった。

 

「お、おい、無理すんな!!」

 

 慌てて瑠香を支える陣。

 

 その陣の肩を、瑠香は逆に掴む。

 

「た、大変、早く、友哉君に伝えないと!!」

「お、おい、どうしたんだよ!?」

 

 訳の判らない陣は、戸惑いながらも瑠香を引き止めようとする。

 

「相良先輩。早く友哉君に伝えないの。茉莉ちゃんが敵だって!!」

「茉莉・・・茉莉って、確か友哉のクラスに来た転校生の事だよな。そいつが敵だって言うのか?」

 

 陣はまだ転校した茉莉と会っていない。もしこの時、瑠香の手元に携帯電話があれば、友哉の部屋で撮った二人のツーショット写真がある為、すぐに陣に見せる事ができたのだ。そしてその写真を見れば、陣は茉莉が武偵殺しとの戦いで共闘した少女だとすぐに気付いただろう。しかし生憎、瑠香の携帯電話は茉莉が持ち去っていた。

 

 流れが変わろうとしている。全てがデュランダルの手の内へと流れ込もうとしているのが瑠香にも判った。

 

「とにかく、友哉を見付けて、その事を教えてやればいいんだな」

「う、うん、早くしないと、友哉君が・・・・・・」

 

 友哉はまだ、茉莉が敵である事を知らない。早く知らせないと、いかに友哉であっても危ないかもしれない。

 

「判った。急ごうぜ」

 

 そう言って立ち上がる陣。

 

 だが、その足がふいに止まった。

 

「相良先輩?」

 

 顔を上げて、瑠香は見上げる。

 

 一方の陣は、瑠香に背を向けたまま立ち尽くしている。

 

 そして、

 

 その視線の先には、槍を携えた大柄な男が歩いて来るのが見えた。

 

「あ、あれは・・・・・・」

 

 呻く瑠香。

 

 それは見間違える筈もない。この間、友哉と茉莉と3人で買い物に行った時、襲って来た男だ。あの時は覆面をしていて顔は見えなかったが、今は素顔を晒している。凶悪な容貌は、そのガタイと相まって、まるで鬼のような印象を与えて来る。

 

 丸橋譲治は、行く手を阻むようにして槍を構え、陣と瑠香を睨み据えた。

 

「お前達を行かせる訳にはいかん」

 

 その強烈な殺気は、直接肌を炎で焙られるような錯覚を齎す。

 

 陣は瑠香を庇うように、前に出ながら拳を構える。

 

「行け、瑠香。こいつの相手は俺がする」

「え?」

「早く友哉の所に行かなきゃなんねえんだろ。良いから行けっ」

 

 強く促す陣。

 

 次の瞬間、

 

「行かせんぞ!!」

 

 雄叫びと共に、譲治が斬り込んで来る。

 

 その刃を、陣は腕でいなす。

 

「テメェの相手は俺だっつったろ!!」

 

 牽制するように前にである陣。

 

 その横をすり抜けて、瑠香は走る。

 

 茉莉に殴られた腹は今もひどい鈍痛に見舞われているが、そんな事に構っている場合ではない。

 

 とにかく今は、愛しい幼馴染を助けるために駆けるしかなかった。

 

 

 

 

 

「瀬田、さん?」

「動かないでください」

 

 淡々とした声で茉莉は告げる。その声には一切の感情は現われておらず、まるで出会ったばかりの頃の、冷たい印象しかない茉莉に戻ったかのようだ。

 

「どうして・・・・・・」

「瀬田は元々私の協力者だ。お前達の情報を報告させ、更にはお前と四乃森の携帯電話に細工し、相良からの着信が入らないようにしたのも彼女だ」

 

 その言葉に、友哉は刃を噛み鳴らす。

 

 友哉が企図したデュランダル包囲網は、内側から突き崩されていたのだ。しかも携帯電話にも細工をされていたとは。恐らく陣にだけ着信拒否設定を掛け、更に登録した番号も別の物に変えていたのだろう。多分、茉莉かジャンヌが持つ予備の携帯の番号に。これが携帯を破壊された、奪われた等であれば、友哉はすぐに次善の策を練っただろうが、たんに細工をされただけなので、気付く事ができなかった。

 

「瀬田さん・・・・・・」

「動かないでください。あなたを撃ちたくはないです」

 

 そう告げる茉莉の声に震えは無い。友哉が動けば本気で引き金を引くだろう。

 

「・・・・・・仕方がないね」

 

 友哉は肩を下ろした。

 

 降伏の意を表すように力を抜く友哉。

 

 それを見て、茉莉とジャンヌは距離を詰めようと動いた。

 

 次の瞬間、

 

 友哉の姿が、二人の目の前からかき消える。

 

 否、殆ど予備動作の無い状態から神速で動き、視線から外れて見せたのだ。

 

 次の瞬間、友哉の姿はジャンヌの左側に現われた。

 

 そのまま逆刃刀を鞘走らせる。

 

 しかし、

 

 ダァァァン

 

 茉莉のブローニングが火を噴き、友哉を捉えた。

 

「なっ!?」

 

 ギィン

 

 友哉はうめき声を発しながらも、とっさに刀を振るって弾を刃で弾き飛ばした。

 

 しかし、友哉の驚愕は止まらない。

 

 神速で動く友哉に、茉莉は正確に照準を合わせて来たのだ。

 

「クッ!?」

 

 体勢を崩した友哉。

 

 そこへ、ジャンヌが斬り込んで来た。

 

 手にした西洋剣は聖剣デュランダル。彼女の異名にもなった、鋼鉄をも切り裂く剣である。

 

「ハァァァ!!」

 

 大上段から振り下ろされた剣。

 

 「斬る」事を純粋に追求した日本刀は、刀身の身幅を薄く抑える傾向にある。対して「叩き斬る」事を目的にした西洋剣は、身幅も厚く重量も大きい。まともに打ち合えばこちらが折れる可能性が高い。そう判断した友哉は、不利な打ち合いはせず、再び横に飛んでジャンヌの一撃を回避する。

 

 一閃されたジャンヌの攻撃は、床を真一文字に斬り裂いた。

 

 再び斬り込もうと、刀を構える友哉。

 

 そこへ再び、茉莉の銃撃が襲い掛かる。

 

 発射された弾丸は2発。

 

 友哉はとっさに攻撃を諦めて後退する。

 

 ブローニングの装弾数は13発。茉莉は3発撃っているので、あと10発と言う事になる。

 

 だが、茉莉にばかり気を取られている事はできない。

 

 着地した先に、ジャンヌがデュランダルを振り翳して斬り込んで来た。

 

 とっさに回避は間に合わない。

 

 友哉は払うように刀を振るい、デュランダルの腹を叩いた。これなら威力は横に逃げる為、直接打ちあっても刀にダメージは無い。

 

 だが、ジャンヌもまた並みの剣士ではない。

 

 振り払った剣の勢いに負けず、足をしっかりと踏みしめると素早く斬り返して来る。

 

 その一撃を刀でいなす友哉。

 

 ジャンヌの剣技は卓抜しており、身幅の厚いデュランダルを軽々と振るっている。

 

 しかも刃筋は一切ぶれない。この大振りな剣を完璧に使いこなしているのだ。

 

「クッ!?」

 

 友哉はジャンヌの横薙ぎの一撃を、上空に跳び上がって回避。同時に、逆刃刀を振り上げる。

 

「飛天御剣流・・・・・・龍槌・・・」

 

 しかし、急降下に入る直前、またしても茉莉の銃撃が友哉を襲う。

 

 放たれた弾丸は2発。

 

 空中にあっては回避もできない。

 

 それでも友哉は、1発は刀で弾く事に成功する。

 

 しかし、もう1発は友哉の胸を捉えた。

 

「グッ!?」

 

 防弾制服越しにも、激痛が走るのは避けられない。

 

 友哉は墜落するように、中空から落下、辛うじて着地には成功したが、その場で膝をついてしまった。

 

「貰ったぞ!!」

 

 そこへジャンヌが斬りかかって来る。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながら刀を振るい、振り下ろされたデュランダルを辛うじて振り払った。

 

 しかし、ジャンヌの剣の勢いまでは殺しきれなかった。

 

 そのままよろけるようにして、床を転がりながら、刀を構え直す。

 

 ジャンヌは自分の剣の特性を理解し、能力を最大限に生かす戦い方を心得ている。その動きには一切の無駄がない。

 

 援護する茉莉の動きもまた見事である。彼女はどうやら、友哉の動きに追随できるだけの動体視力を持っているらしい。

 

 二人の相性は抜群。この場にあっては、友哉の不利は否めなかった。

 

「終わりだ、緋村」

 

 デュランダルの切っ先を真っ直ぐに向けるジャンヌ。

 

 そのまま踏み込み、一気に突き込んで来る。

 

「クッ!?」

 

 とっさに友哉はジャンヌの突きを回避し、体を大きくひねり込む。

 

 龍巻閃の構えだ。

 

 だがそこへ、茉莉が容赦なく銃弾を浴びせる。

 

「クッ!?」

「その技はこの間見ました、同じ手は喰いません」

 

 とっさに攻撃を回避しながら、友哉は後退を余儀なくされる。

 

 この間の覆面男の襲撃時に、確かに友哉は龍巻閃を使っている。考えてみれば、あの一件も今日の為の布石だったのかもしれない。

 

 大きく体勢を崩す友哉。

 

 その瞬間を逃さず、ジャンヌが勝負を仕掛けて来た。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 下段から磨り上げるように、デュランダルを振るうジャンヌ。

 

 その一撃を友哉は辛うじて刀で防いだものの、勢いに負けて数歩よろめくように後退、そのまま背中を階段の壁に付けてしまった。

 

 すぐに体勢を直そうとするが、遅い。

 

 ジャンヌが友哉めがけて2本のナイフを投げて来た。

 

 投げられたのはヤタガンと呼ばれるフランス軍が古来、正式装備とした銃剣である。

 

 だが、ナイフは友哉を直撃せず、挟み込むように、ちょうど掌の近くに突き刺さった。

 

 次の瞬間、驚愕すべき事が起こった。

 

 ナイフを中心に氷が急速に発生し、友哉の両腕を壁に縫い付けてしまった。

 

「なっ!?」

 

 ちょうど、磔にされたような形だ。押しても引いても、氷はびくともせずに友哉を拘束している。

 

「ラ・ピュセルの枷。それに捕まったら、自力での脱出はほぼ不可能だ」

 

 勝負はついた、と言う事を示すように、ジャンヌは聖剣を鞘に収めた。

 

 やられた。

 

 友哉は心の中で舌打ちする。

 

 ジャンヌはステルス、超能力者だったのだ。いや、ここはもっともらしく「魔女」と言うべきか。初代ジャンヌ・ダルクは魔女としての側面を持っていたとされている。彼女もまた、その資質を受け継いでいるのだ。

 

 それを見抜けなかったのが、友哉の最大の敗因と言える。

 

 だが、最早どうしようもない。友哉は拘束され身動きが取れず、これから作戦を開始するであろうジャンヌの行く手を阻む手段は失われてしまった。

 

「ではな、緋村。最早、お前とは会う事はあるまい」

 

 そう言って背中を見せるジャンヌ。恐らくこれから、白雪を浚いに行くのだろう。そして友哉が自由を取り戻す頃には、全てが終わっている事になる。

 

 最後に、茉莉もジャンヌに続いて屋上を後にする。

 

 その顔が一瞬、悲しそうに曇ったのは、友哉の見間違いではなかったと思いたかった。

 

 

 

 

 

第5話「動き出した魔剣」     終わり

 


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