緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第7話「雪、のち晴れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な ん で、こうなる訳ッ!?」

 

 晴れ渡った空に、緋村友哉の絶叫がこだまする。

 

 普段、温厚が服を着て歩いているようなこの少年からすれば、誠に珍しいと言わざるを得ない。

 

 アドシアードは無事に終了、今はその閉会式が行われる直前となっている。

 

 閉会式では予定通り、友哉達はチアリーディングに合わせてバンド演奏を行う事になった。

 

 の、だが、

 

 あてがわれた控室に入り、

 

 用意された衣装に着替えた、

 

 で、

 

 冒頭の絶叫に繋がる。

 

 友哉に用意された衣装は、赤地に黒い縁取りが入ったブラウスに、同色のスカート、頭には大きなリボンがある。ところどころに黒いフリルがあしらわれており、理子辺りが好んできそうなロリータ風ファッションだった。

 

「何で僕がこんな恰好しなくちゃいけないの!?」

 

 叫ぶ友哉を前にして、仲間3人は笑いを止めようとしない。

 

 キンジは壁を叩いて必死に笑いを堪え、不知火は微笑を浮かべ、武藤に至っては床に笑い転げている。

 

 こいつら・・・・・・

 

 今すぐ龍巣閃をぶちかましたい衝動を必死に押さえる友哉。

 

「いや、でも可愛いって、マジで」

「嬉しくないよッ!!」

 

 眼に涙まで浮かべながらフォロー(のつもり)をしてくる武藤に、友哉は顔を真っ赤にしながら怒鳴り返す。

 

 だが、実際の話、似合う似合わないで言えば、実は圧倒的に似合っているのだ。

 

 友哉は身長154センチと、同年代の男子と比べると圧倒的に背が低い。その上肉付きも薄く、所謂単身痩躯の体付きをしている。顔も中性的、と言うよりもやや少女寄りであり、一度、特殊捜査研究科(CVR)の結城ルリ先生に「うちの科に来ない?」などと冗談交じりに言われた事があるくらいである。勿論、丁重にお断りしたが。

 

 極めつけは声だ。

 

 当然のことながら、友哉は年齢的に変声期を終えているのだが、その声は高校生男子としては異様に高く、知らない人間が声だけ聞けば性別を間違いそうである。

 

 そんな友哉が女装をすれば、最早どこからどう見ても立派な女の子だった。

 

「まあまあ、そう叫ばない。とっても似合っているよ」

「不知火まで~・・・・・・」

 

 裏表のない笑顔の不知火は、ある意味武藤よりも性質が悪い。何しろ、こっちが反論する気力をなえさせる効果があるのだから。

 

「ほら、時間だ。さっさと行くぞ」

「うう~・・・・・・」

 

 キンジはそう言うと、尚もグズる友哉の首根っこを捕まえ、引きずるようにして閉会式の会場へと向かった。

 

 

 

 

 

 ギターキンジ、ベース不知火、ドラム武藤、そしてボーカル友哉と言うポジションで演奏が始まる。

 

 

 

「I‘d like To thank the Person」

(感謝させてほしいよ)

 

 

 

 舞台の真中に立ち、恥ずかしいのを隠すように、殆どやけくそ気味に歌う友哉の高い声が、会場内に響き渡る。

 

 それを見ていた武偵校の生徒達から、ざわめきのような声が聞こえて来る。

 

 

 

「Who Shooot the flash」

(その一閃を放った人に)

 

 

 

 会場からは、「誰だあの娘?」「あんな娘いたっけ?」「新人アイドルでも呼んだの?」「可愛い」等と言う声が聞こえて来る。

 

 それらを無視しながら、友哉は歌い続ける。

 

 

 

「Who flash the shot like The bangbabangbabang!?」

(バンババンババンって、あの一閃は誰が?)

 

 

 

 そこへ、両手にポンポンを持ったチアガール達が入って来ると、会場は大いに盛り上がった。ノースリーブのワンピースタイプで、黒を基調とした独特のチアガール衣装は、武偵校ならではである。

 

 中には知り合いの女子も何人か姿を見せている。

 

 

 

「Each time we‘re in froooooooont of enemies!」

(敵の真ッッッッッ正面に出たって、)

「We never hiden sneak awey!」

(逃げ隠れなんか絶対しない)

 

 

 

 小さな体で元気に飛び跳ねているのは、アリアだ。

 

 戦いが終わり報酬配分の場で、アリアチーム:緋村チームで6:4の配当がされた。それを不服と訴えたのはアリアだった。

 

 同じ敵と戦い、逮捕する事ができたのだから、報酬はイーブンにするべきだと。

 

 だが、それは他ならぬ友哉自身が断った。結局、友哉達は最後まで敵に翻弄されっぱなしだったし、茉莉が敵である事も見抜けなかった。加えてジャンヌを捕えたのがアリアである事を考えれば、この配当は妥当な物だった。

 

 

 

「Who flash the shot like The bangbabangbabang!?」

(バンババンババンって、あの一閃は誰が?)

 

 

 

 恥ずかしそうに胸を隠しながら踊っている白雪が見える。

 

 彼女は事件の後、何か吹っ切れたように明るい表情をするようになった。

 

 その事情は、友哉には推察する以外にできないが、この事件が彼女にとって何かしらプラスに働いた事は間違いなさそうだった。

 

 あれだけ険悪だったアリアとも仲直りできたようであるから何よりである。

 

 

 

「Who was the person, I‘d like to the body」

(誰なんだそいつは、抱き締めさせてくれよ)

 

 

 

 そして、瑠香。

 

 事件直後は、彼女も落ち込んでいた。

 

 あの戦いの後、逮捕された茉莉とジャンヌは、教務課へと連行されていった。その後彼女達には、尋問科教師、綴梅子による尋問と言う名のお仕置きが待っている事になる。

 

 だが、連行される直前、茉莉は俯く瑠香と、その瑠香の肩を抱きしめる友哉の前で一旦立ち止まった。

 

『・・・・・・ごめんなさい』

 

 その一言が、この事件で傷付いた心へ送る、唯一の慰めとなった。

 

 あれから数日、瑠香は表面上は元気を取り戻し今は元気に踊っている。

 

 やがて、歌う友哉達の前で、チアガール達が一斉にポンポンを上空に投げ上げ、同時にスカートの下から抜き放った銃を連射、次々と撃ち落として行く。

 

 撃ち抜かれたポンポンが、まるで桜吹雪のように風に乗って舞い踊る。

 

 

 

「It makes my life change at all Dramatics!」

(それが私の人生を一変させたんだから!)

 

 

 

 瑠香もまた、笑顔で拳銃を構え、上空に向けて撃っている。

 

 願わくば、その笑顔が心の底から出た物である事を、友哉は願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 成功裏に終了したアドシアードから数日たった。

 

 ある種やかましいくらいの賑わいを見せていた学園島にも静けさが戻り、代表選手を始め、武偵校の生徒達はそれぞれの日常へと帰って行った。

 

 そんな中で友哉は、教務課に呼び出され、一つ、厄介事を押しつけられる事になった。

 

 その厄介事が、今日から始まる事になる。

 

 ピンポーン

 

 チャイムととともに、パタパタと廊下を歩く音が聞こえて来た。

 

「ヤッホー、来たよ、友哉君ッ」

「不届き者ですが、これからよろしくお願いします」

 

 瑠香と茉莉が、そう言って挨拶して来る。

 

 そんな二人に、友哉は苦笑する。

 

 そもそも茉莉、それを言うなら「不束者」だから。いや、ある意味「不届き者」で合っているのかもしれないが。

 

 これが教務課から言われた厄介事だった。

 

 地下倉庫での戦いにおいて、ジャンヌが作戦の一環として排水溝の爆破を行ったのだが、その際、悪い事に学園島のライフラインも一部損傷してしまった。具体的に言えば、瑠香達が暮らす第4女子寮のガス管と電気線が切れてしまったのだ。

 

 損傷部位は地下で修理は難しい。そもそも、老朽化が進んだ第4女子寮を修理する事に意味があるのか、と言う疑問も出され、結果、取り壊し、建て替えが決定されたのだった。

 

 だが、問題はまだ続く。現在、学園島では他にも建設中の施設がある為、取り壊し、建て替えと言っても簡単には行かない。秋までに作業に入れるかどうかも微妙なところであり、工期完成には1年以上掛かる見通しだった。

 

 幸いな事に、第4女子寮は入寮者が少ない。そこで、バスや電車による通学が可能な者には実家から通ってもらい、そうでない者は他の寮へと入る事になった。

 

 と言う訳で、四人部屋を一人で占領している友哉の部屋に、「顔なじみだから良いだろう」と言うひどく適当な理由で瑠香と茉莉が転がり込む事になった訳である。

 

 友哉はチラッと、茉莉を見た。

 

 彼女は容疑者として事情聴取を受けた後、司法取引と言う形で再び武偵校に戻って来た。

 

 戻ってきた当初、友哉も、そして茉莉自身も、互いにどう接すれば良いのか判らなかった。何しろ、直接剣を交えた仲である。わだかまりは、どうしたって消える物ではない。

 

 だが、そんな重い雰囲気を払拭してくれたのは、瑠香の明るさだった。

 

『うわぁ、帰って来たんだ。お帰り、茉莉ちゃん!!』

 

 そう言って本当に嬉しそうに茉莉の手を取る瑠香の姿が、今でも思い出される。

 

 彼女の様子を見て、友哉も、茉莉も、戸惑っていた自分達の態度がひどく滑稽な物に思えてしまい、互いの顔を見合せながらぎこちなく苦笑を浮かべ会うのだった。

 

 そんな訳で、これから最低でも1年間、3人はこの部屋で半ば同棲じみた生活をする事になった訳である。

 

 因みに、主犯と言う事でもう少し時間がかかりそうだが、ジャンヌもまた司法取引によって武偵校に編入して来るらしい。

 

 何やら、随分とにぎやかになりそうな予感がする。

 

 その時、マナーモードにしていた携帯がメールの着信を告げる。

 

「おろ?」

 

 憶えの無いアドレスからの着信である。

 

 訝りながら開いてみる。

 

『紆余曲折はありましたが、どうやら収めるべき鞘に収まったようで何よりです。私は前々から彼女はこちらの業界には向いていないと思っていましたので、ちょうどいい機会だったと思っています。君の事は信頼しています。どうか、彼女の事を宜しくお願いしますよ、緋村君。     仕立屋』

 

 友哉は無言のまま、携帯を閉じる。

 

 仕立屋、由比彰彦。

 

 やはりあの男、生きていたのか。

 

 今回はジャンヌに加担したのか。いや、このメールの文面を見れば、茉莉を武偵校に入れるのが目的であったとも考えられる。

 

 あるいは、ジャンヌの支援と茉莉の司法取引による編入、そのどちらもが目的であったとも考えられる。

 

 いずれにしても、今回もまた、あの男の掌の上で踊っていたと言う事か。

 

 まあ、良い。

 

「いつか必ず、あの男とは決着を付ける」

 

 それは最早、友哉にとって必然の未来と言って良かった。

 

「どうしました、緋村君?」

 

 不思議そうに問いかけて来たのは茉莉だ。

 

 もし、彰彦が武偵校に入れる為に今回の作戦を仕組んだと知れば、茉莉は何と思うだろうか。

 

 ある種の執念にも似た戦いを見せた彼女である。もしかしたら平静ではいられないかもしれない。

 

「いや、何でもないよ」

 

 そう言って笑い掛けるにとどめた。

 

 キョトンとする茉莉。

 

 だが、こうして彼女が武偵校に戻り、またあの楽しかった日々が帰って来た。

 

 その一点だけは、彰彦に感謝しても良いかもしれない。と、友哉は思う事にした。

 

「ねえねえ、茉莉ちゃん。男の子の部屋に来たら、やる事は一つだよ」

「はい、何ですか、それは?」

「勿論、レッツ、探索!! 机の裏とかベッドの下とか、本棚の裏とか、そう言う怪しげな場所にある怪しげな本を探す旅に出よう!!」

「え、そ、そんな・・・・・・持ってるんですか?」

「いや、無いからね」

 

 瑠香の言葉に、顔を赤くして困ったような表情をする茉莉。

 

 そんな二人に、友哉は苦笑せざるを得なかった。

 

 騒ぎ立てる瑠香もそうだが、口ごもる茉莉もまた、なかなか耳年増であるようだ。

 

 その時、チャイムも無しに扉が開く音がした。

 

「おう、友哉、遊びに来たぜ!!」

 

 遠慮と言う言葉が一切感じられない声は、相良陣だ。

 

 彼は彼で例の覆面の槍使いと戦い重傷だった筈だが、入院した翌日には武偵病院を抜け出して遊び歩いていたと言うのだから恐ろしい話である。診察した高荷紗枝曰く「どういう体のつくりをしているのかさっぱり判らない」との事だった。

 

 まさに生命小宇宙、人体の神秘、と、言っても、良い、のだろうか?

 

 とにかく、無事であった事は何より、と言う事にしておこう。

 

 喧騒を背中に聞きながら、友哉は空を眺める。

 

 空は雲一つなく、澄み切った青空が広がっている。

 

 瑠香、陣、そして茉莉。

 

 友哉の下に、人が集まり始めている。

 

 彼等と共に暮らし、彼等と共に戦っていく日々が、どんな物になるのか。

 

 友哉は澄み切った青空に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

第7話「雪、のち晴れ」    終わり

 

 

 

 

魔剣編     了

 


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