緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第4話「潜入作戦発動」

 

 

 

 

 

 

 

 

 装備科(アムド)とは、戦いに必要な各種装備の改造、制作を行う事を学ぶ科である。

 

 その分野は武器弾薬から、潜入に必要な小道具、防弾装備、果ては何に使うのか判らないような物まで多岐にわたる。更に学生間で依頼を受けるにあたって、報酬を取る事が許されている為、ある意味、武偵校の中で最も儲かる学科でもある。

 

 成績上位の学生に至っては、最早プロ級をも上回る腕前を示している。

 

 友哉はそんな装備科にある、知り合いの作業室を訪ねた。

 

「失礼します」

 

 中に入ると、色々な機材やら部品やらが文字通り山のように積み上げられ、殆ど視界の効かない状態になっていた。

 

「平賀さん、緋村だけど」

 

 声を掛けると、積み上げられた部品の向こうで、人が動く気配があった。

 

「はーい、ちょっと待ってほしいですのだ」

 

 子供のような声と共に、何かを掻き分ける音が聞こえて来た。

 

 やがて、部品の影から、小さな女の子が出て来た。

 

「ひむらくん、こんにちはですのだ」

 

 背はアリアと同じか、少し高いくらいだが、全体的な雰囲気はより子供っぽい感じがする女子である。

 

 平賀文は装備科の中でも、特にその改造、制作の腕に秀でた少女である。江戸時代の発明家、平賀源内を先祖に持っており、その確かな腕から周囲からの信頼も厚い。多くの学生は武器の改造や制作を彼女に頼む事が多い。一方で、改造に当たっては法外な料金を請求する上に、ごく稀にいい加減な仕事をする事でも有名である。

 

 しかし、それを差し引いても、平賀が優秀である事には変わりない為、皆からは一種の敬意を込めて「平賀さん」と呼ばれていた。

 

「頼んでおいた物、できてる?」

「はいですのだ。ちょっと待ってほしいですのだ」

 

 そう言うと、平賀は奥の方にチョコチョコと入って行った。

 

『それにしても・・・・・・』

 

 友哉は周囲を見回す。

 

 いつ見ても、凄い所である。

 

 雑然としていて、友哉にはどこに何があるのかさっぱり分からない。この部屋の中で自由に動き回る事ができる平賀は、それだけでも天才なのではないかと思ってしまうほどだった。

 

 程なくして、平賀は戻って来た。

 

「はい、これ、頼まれていた物ですのだ」

 

 そう言うと平賀は、何枚かのビニールに入った布を友哉に渡した。

 

 それはTシャツである。

 

「このTシャツ、御註文通り、防弾制服と同じ素材で作らせてもらったのだ。長袖にしたから、腕とかに当たっても大丈夫だし、これ1枚着ているだけでも45ACP弾くらいならストップできるのだ」

 

 エッヘンと小さな胸を張る平賀に微笑みを返しながら、友哉は真剣な眼差しをする。

 

 これで友哉は防弾ジャケット、防弾Yシャツ、そしてこの防弾Tシャツと、上半身に限って言えば、防弾服を3枚重ね着する事になる。実際に、防弾服を紙のように切り裂く技量を持った黒笠が相手では気休めかもしれないが、用心に用心を重ねてもまだ足りない。奴には並みの防弾装備は用を成さないのだ。

 

「ありがとう、平賀さん。相変わらず良い腕だね。お金はいつもの口座に振り込んでおくよ」

「はいですのだ。また何かあったらよろしくですのだ」

 

 平賀の無邪気な声を背に、装備科を後にすると、友哉はその足で一般科棟へと向かった。

 

 作戦決行まで、もう殆ど時間がない。作戦の細かい部分を、理子達と詰める必要があった。

 

 一般科棟に入って廊下を歩いていると、反対側から来た男子と行きあった。

 

「ん」

「お、よう、緋村」

 

 キンジは軽く手を上げて挨拶して来る。

 

「キンジ、どこか行くところだったの?」

「ああ、理子を探しててな。あいつに聞きたい事があったんだ」

「あ、奇遇だね。僕も理子の所に行く予定だったんだ」

 

 2人は並んで歩きだす。

 

「そっちの様子はどう?」

「ああ、アリアもようやく様になって来たし。どうにか間に合いそうだよ」

 

 それは何よりだった。今回の作戦の最大の不安要素は間違いなくアリアのメイド化である。それが間に合いそうなのは良い事だ。

 

「ま、後は本番でトチらない事だね」

「そうだな」

 

 そう言った時だった。

 

 すぐ脇にある音楽室から、ピアノの音が聞こえて来た。

 

「あれ?」

 

 二人とも足を止め、その音に聞きいる。

 

 その調べはとても耳に心地良く、暖かい空気に包まれるような気分になる。奏者はかなりピアノの扱いに慣れているようだ。

 

「良い曲だね」

「ああ。それにこの曲は・・・・・・」

「知ってるの、キンジ?」

「ああ、前に聞いた事がある。えっと、確か曲名は・・・・・・」

 

 ややあって、キンジは言った。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・『火刑台上のジャンヌ・ダルク』・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 ピシッと言う音と共に、キンジと友哉は顔を見合せたまま動きを止めた。

 

「ま・・・さ・・・か?」

 

 2人はそ~っと、音楽室の中を覗き込んで見る。

 

 すると、そこに、いた

 

 銀髪の少女が。

 

 先月、魔剣事件を起こし、白雪を誘拐しようとして友哉やキンジ達と死闘を演じたデュランダル事《銀氷の魔女》ジャンヌ・ダルク30世がピアノに向かい合って座っていた。

 

「遠山、と緋村か。久しぶりだな」

 

 ピアノを弾く手を止めて、ジャンヌはこちらに向き直った。

 

 その立ち居振る舞いは堂々とした物であり、あの地下倉庫で戦った時のままの彼女がそこにいる。

 

 武偵校の臙脂色のセーラー服を着ているが、西洋人形めいたその美しさは聊かも損なわれておらず、1個の美として、音楽室の中に立っていた。

 

「司法取引が完了したんだ?」

「ああ、今の私はパリ武偵校からの転入生。情報科(インフォルマ)2年のジャンヌだ。宜しくな」

 

 悪びれもしないジャンヌの言葉に、友哉とキンジは顔を見合わせて肩を竦めるしかない。

 

 そんな2人の反応に構わず、ジャンヌは続ける。

 

「ブラドの屋敷に忍び込むのか?」

「何でそれを!?」

 

 流石は情報科と言うべきか。こちらの動きを察知するとは。

 

 だが、ジャンヌの返答は予想していなかった物だった。

 

「知っているからな。リュパン4世、理子が求めている事を」

「求める?」

「何を?」

 

 問い掛ける友哉とキンジに、ジャンヌは言った。

 

「自由だ」

「自由?」

 

 随分と漠然とした物である。そもそも、今でも理子は充分自由な気がするのだが。自由すぎてこんな事に巻き込まれる方の身にもなってもらいたい物である。

 

「理子は幼い頃、長い間監禁されて育ったのだ」

「え?」

「理子が未だに小柄なのは、その頃碌に食べ物を与えられなかったせいだし、衣服にこだわるのは襤褸布しか纏う事を許されなかったからだ」

「そんな、冗談だろ。リュパン家は怪盗とは言え高名な一族だぞ」

 

 信じられなかった。リュパン1世は「紳士怪盗」と異名で呼ばれたほど、身なり立ち居振る舞いに洗練された物があり、それだけで貴族のような生活をしていたであろう事が窺える。その子孫である理子が、なぜそのような扱いを受けたのか。

 

「理子の両親が死んだ後、リュパン家は一度没落しているのだ。使用人達はバラバラになり、財宝は盗まれた。最近になって理子は、母親の形見の銃を取り戻したらしいがな。そして身寄りの無くなった理子を、ルーマニアの親戚だと言う者が引き取った。そこで、囚われ、監禁された」

 

 友哉もキンジも、驚愕を隠せない。

 

 あの理子に、そんな凄惨な過去があったとは。あの、いつも笑顔を振りまき、おバカなキャラを演じるムードメーカーからは、そんな雰囲気は一片も感じる事ができなかった。

 

「その、理子を監禁した者こそ、イ・ウー、ナンバー2、《無限罪》のブラドだ」

 

 ブラド。

 

 友哉達が忍びこもうとしている屋敷の主であり、間違いなく過去最強の敵になるだろう相手だ。

 

 ジャンヌは自分の鞄から紙とペンを取り出して、何かを書き始めた。

 

「詳しいんだね、ブラドの事」

「我が一族にとって、ブラドは仇敵だからな。3代前の双子のジャンヌ・ダルクが初代アルセーヌ・リュパンと共にブラドと戦い、引き分けている。1888年、まだ下半分しかできていなかったエッフェル塔でだ」

「ブラドの先祖と、か?」

「いや、ブラド本人とだ」

 

 意味が判らなかった。1888年と言えば、今から120年も前だ。当然、人間ならそんな長命で生きれる者などいるはずがない。

 

「いったいブラドってのは、何者なんだ?」

「うむ・・・・・・日本語で何と言えば良いのかは判らんが、強いて言うなら、『鬼』だ」

 

 鬼。

 

 またもや、物騒な事を予感させる言葉である。少なくとも、ただの人間でない事だけは確かなようだ。

 

「ブラドは理子を拘束する事に異常に執着していてな。檻から自力で逃亡した理子を追ってイ・ウーに現われたのだ。その時の決闘で理子はブラドに敗れたが、成長著しい理子を見て、ブラドはある条件を出した。『理子が初代リュパンを越えた事を証明できたら理子を解放し、もう二度と手出ししない』とな」

 

 そこで友哉は思い出した。四月のハイジャックの時、理子が言っていた言葉を。

 

『アリアを倒せば、私は私になれるんだッ』

 

 あれは、そう言う意味だったのだ。

 

「ああ、そうだ。ついでだから、ブラドの弱点を教えておこう」

「弱点?」

「ああ、ブラドを倒すには全身に4か所ある弱点を同時に潰さなくてはならない。奴はその昔、バチカンからやって来た聖騎士に呪いを掛けられ、4か所の弱点全てに、一生消えない印を付けられた。その内、3箇所は判明している。ここと、ここと、ここだ。よし、できた」

 

 そう言うと、ジャンヌは書いていた紙を2人に示した。

 

 次の瞬間

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 絶      句

 

 

 

 

 

 と言う以外に表現のしようが無い。

 

 それほどまでに、ジャンヌの描いた絵は、超絶的にヘタクソだった。

 

『ちょ・・・何これ?』

『お、俺が知るかッ』

『ここの、これ・・・・・・鼻穴?』

『いや、目玉じゃねえか?』

『判った、これきっと腕だよ!!』

『いや、翼って線もあるぞ』

『そもそも、この人・・・人? 胴体はどこにあるの?』

『人じゃないんじゃねえか?』

 

 ヒソヒソと話し合う2人。

 

「どうした、遠慮はいらないぞ。持って行け」

「あ、ああ」

 

 キンジがノロノロとブラド(らしき物)の描かれた紙を受け取る。

 

「礼はいらないぞ」

 

 そう言って、ジャンヌは颯爽と出て行く。

 

 友哉とキンジは、ブラド(らしき物)の絵を手にしたまま、その姿を黙って見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 そして、作戦の決行日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉、キンジ、アリア、茉莉、瑠香の5人は、連れだって集合場所であるモノレール駅にやってきていた。

 

 学校へは「民間の委託業務を通じたチームワーク訓練」と報告すると、あっさり受理されてしまった。そう言う点はチェックの甘い武偵校のシステムに感謝である。

 

「理子先輩、遅いですね」

 

 腕にはめた時計を見ながら、瑠香がそわそわした調子で呟く。

 

 もうすぐ出発予定時刻だと言うのに、肝心の理子がなかなか姿を現さないのだ。

 

「ったく、あいつの作戦だってのに、何やってんだ?」

 

 キンジがぼやいた時だった。

 

「お~い、みんな~、おっ待たせ~」

 

 声がした方に振り返ると、そこには見覚えの無い女性が手を走って来るところだった。

 

 茶色の長い髪を後ろで三つ編みにした小柄な少女だ。遠目にも、かなりの美人である事が窺える。

 

「おろ?」

「誰?」

「さあ?」

 

 首をかしげる一同の下に、女性は駆け寄ると実に気さくにあいさつして来た。

 

「やあ、ごめんね、遅くなって」

「理子さん、その顔は・・・・・・」

 

 茉莉の言葉で、一同は目の前にいる人物が理子の変装だと判った。

 

「理子、アンタ、理子なの!?」

 

 アリアが驚いた顔を見せる。それもそうだろう。彼女もハイジャックで一度、理子の返送を見ているが、こうまで全く違う人間になられると全く見分けがつかない。

 

「理子ね、ブラドに顔が割れてるから、ばったり会ったりしたら大変でしょ。だから、変装して来たの」

 

 確かに、その可能性がある以上、理子の変装は当然だった。となると、もう一人、この中に問題がありそうな人物がいる訳だが。

 

「茉莉、アンタはそこのところ、大丈夫なの?」

「私は、ブラドとは会った事ありませんから。問題無いです」

「それよりも理子ッ」

 

 アリアと茉莉の会話を遮るように、キンジが割って入った。

 

「事情は判ったが、理子。何だってカナの顔なんだよ!?」

 

 一同はキンジがなぜ怒っているのか判らず首をかしげる。

 

 カナ、と言う人物が誰なのか。そもそも、キンジは理子が誰に変装して来たのか、なぜ知っているのか。

 

「カナちゃんは、理子の知ってる中で一番美人さんだからね~。それに、キーくんの一番好きな人の顔で応援してあげようと思ったの。怒った?」

 

 理子の悪びれしない言葉に、キンジは呆れたようにそっぽを向く。

 

「いちいちガキの悪戯に怒る程、俺もガキじゃない。ほら、時間だ。さっさと行くぞ」

 

 そう言うと、明らかに苛立ったように1人さっさと歩きだした。

 

 その後を追い掛けたアリアが、しつこく「カナって誰よ?」と聞いているが、キンジはそれを無視して、さっさと1人歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

 

 横浜郊外にある紅鳴館は、鬱蒼とした森の奥にあり年代的にかなり古いらしく、いかにもホラー映画等に出てきそうな佇まいをしていた。

 

「な、何か、呪いの館って感じね」

 

 やや腰が引けた感じに呟くアリア。

 

「そ、そうですね」

 

 こちらも、明らかに蒼い顔をして茉莉が答える。

 

 どうやらこの2人、この手の雰囲気が苦手であるらしい。

 

 何やらどんよりした霧が当たりに立ちこめ、館周囲には黒い鉄柵が張り巡らされている。

 

 と、蝙蝠が出てきて、前を横切って行った。

 

「「ヒィッ」」

 

 それを見て、互いの手を握り合うアリアと茉莉。

 

 そんな2人に構わず、理子はドアの前まで来ると呼び鈴を押した。

 

《はーい》

「失礼します。人材派遣会社より、ハウスキーパー5名をお連れしました」

《あ、はい。少し、待ってください》

 

 インターホンから聞こえて来たのは、若い男性の声だった。

 

 だが、それを聞いて一同は首をかしげる。どうにも、どこかで聞き憶えがある声のような気がしたのだ。

 

 ややあって、扉が開かれた。

 

「お待たせしました」

 

 そう言って、扉の中に立っていたのは、

 

「「「「「あ」」」」」

 

 一同がポカンと口を開ける。

 

 ドアを開けた人物は、武偵校の救護科で非常勤講師をしている小夜鳴徹だったのだ。

 

 血の気の多い、と言うより血の気しか無いような教師が大半を占める武偵校の中にあって、性格は比較的温厚であり、その線の細い顔立ちから一部の女子生徒からは「王子」などと呼ばれて人気があった。

 

「おや、皆さん・・・・・・」

 

 小夜鳴の方も驚いたようで、目を丸くしている。

 

「あの、お知り合いですか?」

「え、ええ・・・・・・」

「が、学校の・・・・・・」

「先生です・・・・・・」

 

 変装した理子の問いかけに、一同は無難に答えておく。理子の事が疑われないようにする為にも必要な事であった。

 

「ま、まあ、立ち話も何ですから、とにかく中へどうぞ」

「はい。失礼します」

 

 完璧に人材派遣会社社員になりきっている理子に続いて、一同も館の中へと入る。

 

 内部の作りも西洋風で、調度品一つ取ってもかなりの値打ち物である事が窺われた。

 

 やがて大広間に通され、そこで小夜鳴を上座にして一同もソファーに座った。

 

「いや、それにしても驚きました。ハウスキーパーさん2人が休暇を取る間だけなので誰でも良いとは言ったのですが、まさか武偵校の生徒さんが来るとは」

「わたくしも驚いています。まさか、お知り合いだったとは。でも、これで自己紹介の手間は省けますね」

「まったくです」

 

 人当たりの良い小夜鳴と、完全に変装した理子が差し障りの無い調子で会話している。

 

「この館のご主人が戻られましたら、きっと話のタネになりますね」

 

 カマを掛けるつもりなのだろう。理子はわざと話題をブラドの方へと振って見せる。

 

 対して小夜鳴も微笑を崩さないまま返す。

 

「いや、彼は、今とても遠くにいるので。暫くは帰って来ないと思いますよ」

「海外で、お仕事をされているのですか?」

「さあ、どうなんでしょう。実は、私も会った事が無いんですよ」

 

 それはまた奇妙な話であった。ここの管理人をしているのに、館の主人に会った事が無いとは。

 

「ここの地下にある研究室を借りている間に、いつの間にか管理人のような事を任されるようになったんです」

 

 地下、と言う言葉に一同は、気付かれないように反応する。そこが今回のターゲットがある場所だからである。

 

「当初は2人だけ雇うつもりだったのですが、来週、急に海外から知人が遊びに来る事になりまして。執事長とメイド長だけでは何かと手の行き届かない事もあるかと思って、急遽、5人も雇う事にしたんです」

「まあ、海外から、急にですか?」

「ええ、今は主が不在だからまたにしてくれと言ったのですが、何分、強引な性分の方でして」

 

 そう言って小夜鳴は苦笑する。

 

「ああ、そうだ。仕事を始める前に、執事長とメイド長を紹介しておきましょう」

 

 そう言うと、小夜鳴はポケットからブザーを取り出して鳴らした。

 

 程なくして、男女1人づつ、応接室の方に入って来た。

 

 男の方は、細い目付きが特徴の、痩せ形でスラリと背の高い人物。女性の方も痩せ形だが、こちらは柔和な顔つきをしている。

 

「こちらが執事長の山日志郎(やまび しろう)さん。こっちがメイド長の韮菜島美奈(にらなしま みいな)さんです」

「初めまして」

「みんな、2週間だけど宜しくね」

 

 2人ともにこやかに挨拶して来る。人当たりの良さそうな印象があった。

 

「仕事の事は、この二人に着いて習ってください。館の事に関しては、私よりも詳しいくらいですから」

 

 にこやかにそう言う小夜鳴に合わせつつも、友哉達は内心で鋭い視線を3人に向ける。

 

 作戦決行までにやる事は山積みである。ターゲットの確認、警備状況の把握、小夜鳴達の動向監視、そして人心の把握。いざ作戦決行の段階になって、思わぬ邪魔が入らないように入念に行う必要がある。それに、海外から来ると言う客人の事も不確定要素だ。何とか怪しまれないようにしないといけない。

 

「それではみなさん、しっかりお願いしますね」

 

 そう言うと、理子は立ち上がって屋敷を出て行く。

 

 こうして「大泥棒大作戦」の幕は上がったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 館内での仕事は、事前に想定していたのと比べて、随分楽な物であった。

 

 朝は門の外まで新聞を取りに行って小夜鳴に届け、3度の食事の用意や館の掃除、庭の手入れ、門番などを行う。

 

 館の物々しさとは裏腹に規則は緩く、多少失敗した所で咎めて来る訳でもない。

 

 志郎と美奈も、馴れない仕事をする5人に丁寧に教えてくれた為、5人が館の生活に慣れるまでに3日も必要無かった。

 

 男子2人は燕尾服、女子3人がメイド服に着替えて走り回る姿は、ある種絵になる物であった。

 

 一つ、問題があるとすれば、アリアと茉莉の料理音痴組だった。

 

 こればかりはベテランメイドの美奈にもお手上げらしく、何度か2人を厨房に立たせては苦笑する、と言う行動を繰り返した後、以後は瑠香、友哉、キンジの3人がローテーションを組んで食事を作る事になった。

 

 と、言っても、小夜鳴はなぜか、軽く焙った串焼き肉だけしか食べないので、料理をする側としてはひどく拍子抜けせざるを得ない。むしろ、志郎と美奈を加えた使用人7人分の食事を作る方が大変なくらいだった。

 

 仕事の無い休憩時間などは、談話室にあるビリヤード台やカード類を使ってゲームをしている事も許可されている。客観的に見れば、こんな美味しいバイトは、そうそう転がってはいないだろう。

 

 勿論、各人共に「本命」の方も忘れていない。

 

 仕事をしながら、あるいは合間を縫って、警備体制のチェックや小夜鳴、志郎、美奈の行動チェックを行い、その行動パターンを覚えて行った。

 

 唯一の諜報科生徒である瑠香などは、単身屋根裏に潜入し、未発見の警報装置が無いかの確認までしている。

 

「ま、仕事が少ないってのは、楽でいいよね」

「まあな」

 

 その日の仕事が終わり、友哉とキンジは風呂に入って、それぞれの自室へと向かっていた。

 

 部屋はそれぞれ、5人とも個室を使っている。小夜鳴曰く「部屋はいっぱいあるけど、どうせ誰も使っていませんから」との事だった。

 

「しかし、キンジ凄いね。まさかキンジにあんな才能があるなんて思って無かったよ」

 

 今回の潜入作戦で、最も役になりきっているのが誰かと言われれば、それは間違いなくキンジだろう。元々才能でもあったのか、実に見事に執事と言う仕事に溶け込んでいた。

 

「そりゃ、ここ数カ月、毎日のようにリアル執事をやらされてりゃ、嫌でも覚えるさ」

「おろ?」

 

 溜息交じりのキンジの言葉に、友哉は訳が判らないと言った感じに首をかしげた。

 

 その時、

 

「ああ、ちょうど良かった、緋村君、遠山君。ちょっと」

 

 背後から声を掛けられて振り返ると、そこには大振りな剪定バサミを持った志郎が歩いて来るところだった。

 

「おろ、どうしたんですか?」

「はい。明日、2人にはお願いしたい事がありまして。どうも最近、手入れをさぼったせいか、庭の木の枝が伸びて来てるんです。2人には明日、その剪定を手伝ってもらいます」

 

 そう言うと志郎は、友哉達に1本ずつ鋏を手渡す。

 

 あまり持った事の無い大振りな鋏に戸惑いながらも、その具合を確かめるように開閉して見る。

 

「来週にはお客さまも来ますから、早めにやっておきたいんですよ」

「良いですけど、俺達、どれくらい切れば良いかとかは判りませんよ」

「大丈夫です。私も一緒にやりますから。2人には、その手伝いをお願いします」

 

 「じゃあ、おやすみなさい」と言うと、志郎は2人に背を向けて去って行った。

 

 その背中を見詰めながら、友哉はスッと声のトーンを落として囁いた。

 

「キンジ、今の、気付いた?」

「ああ、流石にな」

 

 キンジもまた、友哉と同じ事を考えたようだ。

 

 あの時志郎は、2人に全く気付かれないまま、その背後に現われたのだ。

 

 一切の気配を感じさせずに。

 

「あいつ、只者じゃないな」

「うん」

 

 考えてみれば、ここはイ・ウーナンバー2の屋敷。そこで雇われている使用人が、普通であると考える方が危険だった。

 

 まだ任務は始まったばかりだと言うのに、早くも暗雲が立ち込めそうな気配に満たされていた。

 

 

 

 

 

 翌朝、友哉とキンジが志郎の助手として庭木の剪定を始めた頃、茉莉とアリアは美奈の運転する車で街へと買い物に出かけていた。

 

 流石にこのご時世の日本、用も無いのに町でメイド服を着ていられるのは秋葉原くらいの物である。

 

 と言う訳で、3人は私服に着替えて町へと繰り出した。

 

 アリアはリアルで貴族である為か、普段から着る物には気を使っている、今日も髪に合わせた薄ピンク色のワンピースを着ている。

 

 一方の茉莉も、毎日のように瑠香に着せ替え人形にされているせいで、こちらもファッションには気を使うようになっていた。今日は黒を基調とした長袖Yシャツに、チェックの入ったミニスカートを穿いている。

 

 スカートから出た太股の涼しさが何とも頼りなく感じ、茉莉は隣に座るアリアに気付かれないようにそっと太股をより合わせた。

 

 茉莉としてはもう少し長いスカートの方が良いのだが、瑠香の「スカートとスピーチは短い方が良いのは世界常識だよ」と言う良く判らない理屈で強引に押し切られてしまった。

 

「あの」

 

 そんな茉莉の様子に気づかず、アリアが美奈に話しかけた。

 

「今度来る海外のお客さまって、どんな人なんですか?」

 

 機会あればブラド逮捕を狙っているアリアとしては、僅かでも情報を得ておきたいのだろう。もしかしたら、その客人からブラドに繋がる情報を得られるかもしれない。

 

「私も、直接会った事は無いのよね。何でもハンガリー出身の貴族の女性らしいのよ」

「ハンガリーですか・・・・・・」

 

 イ・ウーではドイツ語が公用語の一つとして用いられていたので、茉莉もドイツ語ならあり程度会話に使う事ができるのだが、流石にハンガリー語となると全くの無知だった。

 

 それを察したように、美奈はハンドルを操りながら笑った。

 

「大丈夫よ。小夜鳴さんの話じゃ、日本語は普通に話せるそうだし。会話に関しては問題無いんじゃないかな?」

「なら、良いのですが」

 

 そう言って茉莉は胸をなでおろす。

 

 そんな彼女の様子をルームミラーで見ながら、美奈はニンマリと笑う。

 

「そんな事より、もうちょっと楽しいお話いましょう」

「楽しい、ですか?」

「どんな?」

 

 キョトンとする2人に、美奈は意味ありげな笑みを浮かべながら行った。

 

「そりゃぁ勿論、女が3人も集まっているんだから、流れ的には恋話しかないでしょ」

「「はい?」」

 

 突然の話の流れに、思わずハモる2人。

 

「神崎さんは・・・・・・そうだな、遠山君が好きだったりする?」

「ばっ」

 

 アリアの顔が一気に赤く染まる。

 

「馬鹿言わないで。あいつはただの奴隷ッ、それ以下でも以上でもないんだから!!」

「ふ~ん奴隷ねえ。奴隷にして、ずっとそばに置いておきたいくらい大好きって事?」

「ち、違うわよ!!」

 

 完全にからかい口調の美奈に、てんぱりまくるアリア。狭い車内で、その小さな手をぶんぶんふり回す。

 

「瀬田さんは、緋村君とか?」

「あ・・・いえ・・・私は、別に・・・・・・」

 

 そう言って俯く茉莉だが、脳裏ではこの間の保健室での事が思い出された。

 

 あの貧血で倒れ運び込まれ、ベッドで一休みした茉莉が目を覚ましてみた物は、自分の手を握ったまま、ベッドに寄り掛って眠る友哉の姿だった。

 

 自分が眠っている間、ずっとそばにいて手を握っていてくれた。そう思うと、気恥かしさと同時に、奇妙な愛おしさを感じずにはいられなかった。おかしな話である。ついこの間、剣を交えたばかりの相手に、このような感情を抱く事になるとは。

 

「ん~、黙るって事は、肯定って事でOK?」

「そ、そうなの、茉莉!?」

 

 美奈のみならず、アリアまで身を乗り出して来る。

 

「ち、違いますっ」

 

 思わず否定してしまう茉莉。その一瞬後「別に、肯定しても良かったかな」等と考えてしまったのは秘密である。

 

「何か、間が怪しいよね」

「茉莉、正直に言いなさい」

 

 昨日の友は今日の敵。人の恋話は蜜の味。今やアリアまでもが面白そうに追及の手を掛けようとしている。

 

 対して、元イ・ウー構成員《天剣》の茉莉は、その自慢の縮地を発動する事も出来ず、ひたすら狭い車内で悶えている事しかできなかった。

 

 そして無論、美奈・アリア連合軍の追及は、帰りの車の中でも続いた事は言うまでも無い事である。

 

 

 

 

第4話「潜入作戦発動」      終わり

 


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