緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第5話「泥棒はディナーの前に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は朝から大忙しだった。

 

 料理に庭の掃除、客人は外で会食するのが好きと言う事で、その為のセッティング。当然、その為にテーブルや椅子を庭に面したテラスへ運んでセッティングを行わなければならない。

 

 友哉達は志郎と美奈の指示に従って、それぞれの作業にいそしんでいた。

 

 志郎と美奈はベテランらしく、的確な指示で学生達を指導し、大掛かりな作業を短時間でまとめあげて行く。

 

 彼等の的確な指示と、学生達がそれに良く応えて動いた為、作業開始から2時間ほどで設営は完了した。

 

 そして、正午少し前に、その人物は到着した。

 

「トオル、久しぶりねッ」

 

 美奈の運転する車から降りた女性は、丈の長い白のワンピースを着た、20代前半ほどの女性だった。欧州人らしく、金髪で目鼻立ちの整った美しい女性である。

 

「やあ、エリザ、お久しぶりです」

 

 小夜鳴はそう言うと、エリザと呼ばれた女性の手を握ると、軽く挨拶の抱擁を交わす。

 

「わざわざ遠い所を。お疲れでしょう?」

「まあ、ちょっとね。けど、今日はどうしても、あなたが育てたバラを見たくてね」

 

 エリザの言葉に小夜鳴は苦笑する。

 

「まさか、本当にそれだけの為にわざわざハンガリーから来るとは思いませんでしたよ」

「だって、あなたがこんな写真送って来るから」

 

 そう言って見せた写真には、紅鳴館の庭に咲く深紅のバラが映っていた。

 

「ほんと綺麗ね。早く直に見てみたいわ」

 

 まるで子供のようにはしゃぐエリザに、小夜鳴は微笑を返す。

 

「そう思って、薔薇の見えるテラスに会食の準備を整えておきましたよ」

「さっすがトオル。気が効くわ」

 

 そう言って視線を巡らした時、並んでいる友哉達と目が合った。

 

 見慣れない若い使用人達の様子に、明らかにエリザは怪訝な顔を作り小夜鳴に向き直った。

 

「トオル、暫く見ないうちにあなた、趣味変わった?」

「い、いや、違いますよッ」

 

 小夜鳴は慌てた様子でエリザの言葉を否定する。

 

「彼等は、私が非常勤講師をしている学校の学生達です。今回、ハウスキーパーとして来て頂いたんですよ」

「あ、そうだったんだ。私、てっきり・・・・・・」

「『てっきり』何ですか?」

 

 苦笑しながら、小夜鳴も友哉達に向き直った。

 

「皆さん、彼女はここの主の友人で、ハンガリー人のエリザ・バーンさんです」

「よろしくね、みんな」

「「「「「宜しくお願いします」」」」」

 

 気さくな感じのエリザに、5人も元気に返事を返す。

 

「さ、お疲れでしょう。まずはテラスで食前酒でもどうです?」

「良いわね」

 

 小夜鳴のエスコートに続いて歩きだすエリザの傍らに、茉莉が素早く付いた。

 

「お荷物、お持ちします」

「うん、ありがとう」

 

 かいがいしくメイドの仕事をする茉莉に、エリザも優しく微笑みながら鞄を差し出す。

 

「教育はしっかりしているのね」

「もっぱら、山日さんと韮菜島さんに任せていますがね。彼等が上手くやってくれるおかげで、私は地下で研究に没頭できますよ」

 

 そう言って肩を竦める小夜鳴に微笑を向けながら、茉莉に向き直る。

 

「あなた、お名前は?」

「あ、茉莉、瀬田茉莉です」

「そう、マツリ。今日一日、宜しくね」

 

 そう言って笑い掛けてくるエリザ。

 

 エリザの持った手提げ鞄を受け取ると、茉莉も一歩後からつき従いテラスへと向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 小夜鳴とエリザのグラスにキンジが赤ワインを注ぐと、2人はグラスを掲げて一口飲んだ。

 

 小夜鳴の後ろにはキンジとアリアが控え、エリザの後には茉莉が立っている。彼等は給仕を担当するのだ。

 

 その他に瑠香と美奈は調理担当。友哉と志郎は配膳担当と割り振られている。

 

 貴族であると言うエリザは元より、小夜鳴もグラスを持つ手が手慣れている。

 

 グラスのワインを飲も干すと、再びキンジが注ぐ。

 

「ありがとう、遠山君」

 

 礼を言ってキンジを下がらせると、手にしたグラスを掲げ小夜鳴は視線を薔薇の方に向ける。

 

「Fii Bucuros・・・」

 

 自身が作り上げたバラ園を満足そうに見詰め、そう呟く小夜鳴。

 

 その声を聞いて、黙って控えていたアリアが口を開いた。

 

「ルーマニア語ですね。先生はルーマニア語が話せるんですか?」

「ええ、神崎さんも?」

「昔、ヨーロッパで武偵をしていましたから。その時に必要だったので憶えたんです」

 

 アリアの言葉に興味を示したのか、エリザが身を乗り出して来た。

 

「アリアは、何ヶ国語できるのかしら? ハンガリー語もできる?」

「えっと、17カ国語喋れます。ハンガリー語もです」

「ほんと!? すごいわ!!」

 

 嬉しそうに笑うエリザ。

 

 それを見て、小夜鳴が手をたたいた。

 

「本当に素晴らしいですね。そして、ぴったり同じです。この庭のバラと」

 

 そう言うと、小夜鳴は立ち上がってグラスを片手にバラを眺める。

 

「これらは私が品種改良したバラで、17種類ものバラの優良種の遺伝子を掛け合わせて作ったのです」

 

 小夜鳴は武偵校でも遺伝子関連の授業を行っている。その実験の成果として生み出されたのが、このバラなのだろう。殆どの人間が植物に触れるにしても、せいぜいが栽培する程度である事を考えれば、彼の趣味と研究を兼ねたライフワークは見事と言えた。

 

「そうだ、ちょうど良い。あのバラ、まだ名前が無かったのですが、『アリア』と名付けましょう」

「素晴らしいわ。これも全部、アリアのおかげね」

 

 エリザも賛成らしく、嬉しそうにそう言う。

 

「ええ。全くです。『アリア』乾杯」

 

 そう言って、小夜鳴は手にしたグラスをバラ園の方へ掲げ、中身を口に運んだ。

 

 

 

 

 

 その頃、厨房では会食用の食事が作られていた。

 

 小夜鳴もそうだが、エリザも肉食派なのか、彼と同じようにレアの串焼き肉だけで良いとの事なので、さほど手間は掛からない。

 

 そこで、会食料理の方は瑠香が1人で担当し、その間に美奈が使用人7人分の食事を用意するという手筈になっていた。

 

「はい、友哉君。2人分の会食料理、上がったよ」

「判った」

 

 カウンターの上に2人分の乗せられている。

 

 後はこれをテラスまで運ぶだけなのだが、流石に友哉1人では一度には運べない量である。

 

 仕方なく、2回に分けようかと思った時、

 

「料理は、冷めないうちに運ぶのが基本ですよ。できるだけ、一度に運ぶようにしましょう」

 

 突然、背後から声を掛けられ、友哉はとっさに振り返る。

 

 そこには、いつの間に来たのか、志郎がにこやかな笑顔で立っていた。

 

「山日さん」

「私も手伝います。早く運びましょう」

「・・・・・・そうですね」

 

 片方の料理を持って出て行く志郎の背中を、友哉は鋭い目付きで見詰める。

 

『また・・・・・・』

 

 背後に立たれた事に気付かなかった。

 

 一体、何者なのか。

 

 友哉は背筋に寒気のような物を感じた。

 

 そう、それはまるで、あの《仕立屋》由比彰彦と初めて対峙した時のような感覚だった。

 

 

 

 

 

「本当に綺麗ね、こうして間近で見るだけで心が洗われるようだわ」

 

 会食も一通り終わり、友哉達がテラスの片付けを始め、小夜鳴も地下の研究所に降りると、エリザは茉莉を連れてバラ園を回っていた。

 

 こうしてバラの木々に囲まれて歩いていると、咽るようなバラの香気に包まれ、世界が染め上げられるようだった。

 

「良い色。マツリは、赤は好き?」

「あ、はい。好きです」

 

 突然尋ねるエリザに、茉莉は少し戸惑うようにしながらも答えを返す。

 

 特に各別に好き、と言う訳ではないが、決して嫌いな色ではない。特にこうして、緑の葉の中に、赤い色を付ける花は見ているだけで気分が弾むようだ。

 

「私、赤ってだ~い好きなの。この色は人間の原初に通じる色よ」

「原初、ですか?」

 

 何とも哲学めいた言葉のような気がして、茉莉は首をかしげる。

 

 一体、エリザは何を言っているのだろうか。

 

「人間はね、マツリ、赤い液体から生まれて来たのよ。赤は言わば生命の色、母の色。原点であり終末を表す色こそが赤なのよ」

 

 そう言うと、バラの花を一本手折ると、その花を自身の花へと近付けた。

 

「良い香り。流石はトオルよね」

 

 そう言うと、そのバラを茉莉の方へと向けた。

 

 嗅いでみなさい、と言う意味なのだろう。そう受け取った茉莉も、バラに手を伸ばした。

 

 その時、

 

「痛ッ」

 

 バラの棘が茉莉の人差し指に刺さり、僅かに皮膚を傷付けた。

 

「た、大変ッ、ちょっと見せてッ」

 

 エリザは慌てて茉莉の手を取ると、その指先を見詰める。

 

 人差し指からは、一滴の赤い雫が零れ落ちようとしている。

 

「ごめんなさい、ああ、どうしよう。何か拭く物は・・・・・・」

 

 血を見て気が動転したのか、エリザは周囲を見回すが、当然、近くに傷口を押さえられそうな布は無い。

 

「気にしないでください。これくらいなら、館に戻って手当てを・・・・・・」

 

 茉莉がそう言った時だった。

 

 突然、何を思ったのか、エリザは茉莉の人差し指を口にくわえて舌を這わせいた。

 

「え、エリザさん、何をッ」

「じっとして」

 

 そう言うと、エリザは茉莉の指に丁寧に舌を絡めて行く。

 

 その舌使い優しく、そして巧みであり、指を舐められているだけなのに、茉莉は何やら変な気分になってしまう。

 

 エリザの舌先が、指を伝って直接性感帯を刺激して来るような、そんな感覚。

 

 血の巡りが、体の芯に集まりそうだった。

 

 やがて、エリザが茉莉の指から口を離した。

 

「・・・・・・はい、お終い。ごめんね、ほんと」

「い、いえ・・・・・・」

 

 声を掛けられ、茉莉は慌てて手を引っ込めた。

 

 そんな彼女の様子が可笑しかったのか、エリザは顔を近づけて笑う。

 

「美味しかったわよ、マツリの血。さっき飲んだワインよりも。とっても甘かったわ」

「え、エリザさん!?」

 

 妙な恥ずかしさに、茉莉は顔を赤くする。

 

 その様子が可笑しかったのか、エリザは転げるように笑いだす

 

「ふふ、冗談よ、冗談。マツリ、あなた可愛いわね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 からかわれたと判り、茉莉はばつが悪そうにうつむく。

 

「さ、行くわよ」

 

 そう言うと、エリザは茉莉を置いて歩きだす。

 

 茉莉も、慌ててその後へ着いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、ついに作戦決行日が訪れた。

 

 今日は2週間のバイトの最終日である。

 

 つまり、今日を除いて、地下へと忍び込める日は無い。

 

 その為の準備は入念に行って来た。

 

 地下室に設置されている警報装置の配置状況を細かく調べ尽くし、談話室の床には潜入用の穴を掘り作戦に備えた。

 

 なぜ、このような事をするかと言えば、地下室の床は感圧床になっており、踏めば警報が鳴る仕組みになっている。その為、実行役は1階床から地下室の天井へと侵入、床に足を着けず、ぶら下がった状態で目標となるロザリオを奪取する手はずになっている。

 

 勿論、小夜鳴達を遠ざける手筈は整えている。

 

 幸いな事に、今日は昼から美奈が瑠香と茉莉を連れて町へ買い物に行く事になっている。

 

 その間にアリアが小夜鳴を、友哉が志郎をおびき出して引きつけておき、キンジが実行役として地下へもぐる事になっている。

 

 以上の事を、理子が横浜ランドマークタワーに置いたアジトから、通信機を介して指示を飛ばす事になっている。

 

《良い、アリア、キーくん、ユッチー。作戦はタイミングが命だ。持ち時間は15分。その間に何としてもロザリオをゲットするよ》

《ああ》

《言われなくても判ってるわよッ》

「了解だよ」

 

 理子の言葉に、三様の返事を返す。

 

《それじゃあ、時計を合せるよ、現在、5秒前・・・4、3、2、1》

 

 4人同時に腕時計のボタンを押し、時計の針を合せる。

 

《それじゃあ、作戦、開始~!!》

 

 理子の号令のもと、ついに「大泥棒大作戦」。その本作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 友哉の役目は、志郎の足止めである。

 

 志郎は今、裏庭の手入れをしている筈。

 

 既に作戦は開始され、アリアは小夜鳴の誘い出しに成功していた。友哉も急いで志郎を探す必要があった。

 

 紅鳴館には、小夜鳴がバラを栽培している庭の他に、裏庭も存在している。そこは前庭ほどの広さは無いが、入った事のある瑠香の話では、志郎が家庭菜園のような事をやっているとの事だった。

 

 裏口の扉を開けると、成程、確かに多くの野菜が植えられている。

 

 今はもう梅雨だから、春野菜から夏野菜へ入れ替えの時期でもある。

 

 だいぶ葉が色付いた畑の中を歩きながら、友哉は志郎の姿を探す。

 

 いかに前庭ほどではない、とは言え、裏庭も相応の広さがある。探すのは手間だった。

 

 と、その時、

 

「そこにいるのは・・・・・・緋村君ですか?」

 

 茄子の木の向こう側から、声を掛けられえ振り返る。

 

 その木の葉の影から、僅かに燕尾服の背中が見て取れた。どうやら、志郎はしゃがんで作業をしていたらしい。どうりで遠くから眺めても見付からなかった筈だ。

 

 苗を踏まないようにしてかき分けながらそちらへ向かうと、志郎は地面にしゃがんでアスパラを取っている所だった。

 

「アスパラも、今年はもう終わりですね。もうすぐ枝豆やきゅうり、トマトが食べごろを迎えます。できれば、緋村君達にも食べてほしかったのですがね」

「仕方ありませんよ。僕達も学校がありますし。あ、手伝います」

「すみませんね。じゃあ、そっちから取って行って下さい」

 

 指示された通り、友哉は志郎の反対側にしゃがんでアスパラを取って行く。

 

「山日さん、好きなんですか、家庭菜園?」

「素人の横好きですよ。独り者をやっていると、つい何かを育てたくなってしまう物ですので」

 

 どうやら志郎はまだ未婚であるらしい。確かに、志郎はまだ若いので、未婚であっても不思議ではない。

 

 庭に花を植えたり、部屋に鉢植えを置いたりするのは、寂しさを紛わせたりする為でもあると言うのは何かで聞いた事があった。

 

 友哉は意外な面持ちで、志郎を見る。

 

 この男の事を、友哉は得体の知れない不気味な人物のように思っていたが、こうして話を聞いてみると、親しみやすい人物のようにも思える。

 

 その時

 

《こちらキンジ、モグラは蝙蝠になった》

 

 インカムからキンジの声が聞こえて来る。穴から地下に潜ったキンジが天井からぶらさがるようにして配置に着いたようだ。

 

《よし、キーくん、それじゃあ、レール作戦、始めるよ~》

 

 理子の明るい声が聞こえて来る。

 

 地下室には赤外線センサーが縦横に張り巡らされている。それを避けて通り、目標のロザリオをゲットするには、それらを避けるようにしてレールを配し釣り上げるしかない。その為、キンジのインカムには小型のデジタルビデオカメラが搭載され、アジトにいる理子にリアルタイムで映像が送れるようになっている。理子がその映像を元にレールを組み上げる指示を出すのだ。

 

『急いでよ、キンジ・・・・・・』

 

 作戦のタイムスケジュールはギリギリで組まれており、僅かなずれも許されない。加えてやり直す時間も無い。

 

 正にワンチャンス・ワントライ。嫌が上でも緊張が高まる。

 

「緋村君達は、」

 

 インカム情報に耳を傾けていた友哉に、志郎から声を掛けた。

 

「武偵を目指しているのですよね」

「はい、それが?」

 

 志郎は立ち上がり、真っ直ぐに友哉に向き直った。

 

「武偵は、人を殺してはいけないとか」

「ええ、武偵法9条がありますから」

 

 武偵法9条「武偵は如何なる状況であっても、その武偵活動中に人を殺害してはならない」。

 

 これは武偵があくまでも民間委託業である事から来ている。これが公務員であるならば、一般警察官であっても、(数々の制約をクリアし、一定の条件を整えた上ではあるが)被疑者殺傷もやむなしとされる場合がある。

 

 しかし、武偵にはそれが許されない。

 

「・・・・・・・・・・・・もし、あなたが事件の現場に出て、どうしても、人を殺さなくてはならない、と言う事になったらどうします?」

「それは・・・・・・」

 

 そんな事は言われるまでも無い。殺さなくても良い方法を考えるまでだ。それが武偵としてのあり方である。

 

「では、質問を変えましょう」

 

 志郎はスッと目を細めて、睨みつけるように友哉を見る。

 

「あなたの大切な人が人質に取られ、犯人を殺さないと助けられないとしたら?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は答えられない。

 

 どういう状況なのかは、想定する事も出来ないが、もしそのような事態になったのなら、自分は本当に、誰も殺さずに事件を解決できるかどうか判らなかった。

 

「覚えておいた方が良いですよ。人を殺す覚悟の無い人間は、戦場では決して生き残れない。仲間か、自分か、必ずどちらかの命を失う事になりますよ」

 

 対峙する両者の間に、6月にしては冷たい風が吹き抜ける。

 

 一瞬にして庭園は志郎の殺気に満たされ、その温度を下げているように錯覚させたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は黙したまま、志郎と対峙している。

 

 まるで戦場にいるかのような、緊迫した空気が流れる。

 

 耳に付けたインカムには、作戦の状況が伝わってきている。

 

 どうやらレールを届かせ、ロザリオを釣り上げる事には成功したようだが、引き寄せるのに苦戦しているようだ。

 

 時間は既に半分以上経過している。急がないと、小夜鳴が地下室に戻ってしまう。

 

「どうしました、足元が気になりますか?」

 

 ギクッと、友哉は心臓が高鳴る音が聞いた。まさか、気付かれているのか?

 

 だが次いで、志郎は顔を緩め笑顔を作った。

 

「実は多いんですよね、この辺」

「・・・何が、ですか?」

「モグラですよ。放っておくと野菜の根を食い荒らされて困るんですよね」

 

 そう言うと、志郎は足元の地面を軽く蹴った。

 

「モグラ、ですか?」

「ええ、見付ける度に対策は講じてるんですが、なかなかうまくいかない物です」

「・・・・・・そうですか」

 

 どうやら、気付いた訳ではないらしい。先程まで感じていた殺気も綺麗に消え去っている。

 

 やはり、気のせいだったのだろうか?

 

 再び作業に戻った志郎をぼんやりと眺めながら、友哉はそんな事を考える。

 

 作戦の方も、理子が何やら梃入れしたらしく、キンジは順調にロザリオを回収し、何とか小夜鳴が地下室へと戻るギリギリの時間に作業を終える事ができたようだ。

 

 その後、志郎は何事も無かったように収穫した野菜を厨房へと運び、夕食の準備を始めた為、友哉もキンジ達と合流すべく談話室へと向かった。

 

 理子が指定したロザリオは、ピアスのように小さな物で、銀の地金に蒼い装飾が施された物だった。

 

 とにかく、これで作戦は完了。後はランドマークタワーの理子へとロザリオを届けるだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトの時間が終了となり、元の武偵校制服に着替えた友哉達は、小夜鳴、志郎、美奈に別れを告げ紅鳴館を後にした。

 

 2週間、一緒に働いて来たのだが終わりは呆気ないものであり、2~3挨拶を交わしただけで終了となった。もっとも、小夜鳴とはまた学校に行けば授業などで会う事になるのだから、別れを惜しむような程でもないが。

 

 2台のタクシーに分乗した一同は、そのままランドマークタワーへと直行し、理子が指定した屋上へと上った。

 

 そこはフェンスの無い吹きさらしになっている。普段は作業員以外は出入りしないのだろうが、今は理子の手によって鍵も解錠され、簡単に出入りできるようになっていた。

 

 屋上に入るとすぐに、ゆったりした金髪を揺らして理子が駆け寄って来た。

 

「みんな~、おっ疲れちゃ~ん」

 

 上機嫌に皆を出迎える理子。

 

 作戦は成功、目的のロザリオを無事に取り返せたのだから当然だった。

 

「ほら、これだろ」

 

 そう言ってキンジが差し出したロザリオを受け取ると、理子は目を輝かせた。

 

「おお~、これだよこれ、キーくんありがとう~!!」

 

 そう言いながら、理子はその場でクルクルと回り始めた。

 

 相当な浮かれ振りである。ロザリオが戻って来たのが相当嬉しいらしい。

 

 そんな理子を呆れ気味に見ながら、アリアが口を開いた。

 

「理子、喜ぶのは良いけど、ちゃんと約束は守りなさい。ママの裁判で証言するのよ」

 

 アリアが今回、このような作戦に参加する事を渋々ながら了承した最大にして唯一の理由が、母親の裁判での証言である。それが行われない事には、アリアにとってこの作戦は真の完結を見ない。

 

 そんなアリアの必死さをからかうように、理子はクルッと向き直って言った。

 

「アリアはほ~んと、理子の事何にも判ってな~い。ねえ、キーくん」

 

 理子はキンジの前に来ると、クルッと回って背中を見せた。

 

「お礼はちゃーんとするから、プレゼントのリボンを解いてください」

 

 リボン、とは理子が髪を両脇で縛っているリボンの事だろう。

 

『何だろう・・・・・・これ・・・・・・』

 

 状況を黙って見ていた友哉は、知らずの内に手を、いつでも刀を抜ける位置に持って行っていた。

 

 レキの言葉じゃないが、良くない風が吹いている。そんな気がしてならなかった。

 

 キンジが手を伸ばして理子のリボンを解いた。

 

 次の瞬間、理子は振り返り、

 

 チュッ

 

 一瞬の隙を突くようにして、キンジの唇に自分の唇を重ねた。

 

「なっ!?」

「え・・・・・・」

「おろ?」

 

 一同が驚愕する中、理子は勿体ぶるようにして唇を離した。

 

「り、りりりりりりり理子ォ、な、ななな何やってるのよォ!?」

 

 この手の事に免疫の無いアリアが、見ていて面白いほど狼狽しまくっている。

 

「り、理子先輩ッ、いきなり大胆すぎますって!!」

「///(コクコク)」

 

 こちらも狼狽しながら訴える瑠香と、声を出すのも忘れ、無言のまま頬を赤くして首を振る茉莉。

 

 だが、友哉は状況の異常さもさることながら、もう一つ、別の事に驚いていた。

 

『・・・・・・どういう、事?』

 

 その視線はキンジへと注がれている。

 

 キンジの雰囲気が、明らかに数秒前と変わっていた。そう、あの、戦闘時に時折見せる、冷静沈着な状態に変化していた。

 

 これまで変化したキンジを見た事は何度も会ったが、変化する瞬間を見た事は無かった。その為、まさかここまで切り替えが急激に行われるとは思ってもみなかった。これは最早、「変化」ではなく「変身」と言っても過言ではないレベルだ。

 

「ごめんね、キーくん。理子は悪い子なの。このロザリオさえあれば、理子的には、もう欲しいカードは全部揃っちゃったんだ」

 

 そう言って、理子はキンジから一歩下がる。

 

「理子、約束は全部ウソだったんだね・・・・・・けど、俺は理子を許すよ。女性の嘘は罪にはならないからね」

 

 やはり、変化しているらしく、口調が普段のぶっきらぼうな物から、落ち着いた物へと変わっている。

 

 これを始めて見る瑠香や茉莉などは、突然のキンジの変化に着いて行けずうろたえている様子だった。無理も無い。今まで何度も見ている友哉ですら驚いているのだから。

 

 アリアがキンジの横に並んで、鋭い目を理子へと向けた。

 

「まあ、こうなるかもって、ちょっとは思ってたんだけどね」

 

 そう言うと、スカートの下から2丁のガバメントを抜き放つ。既にやる気満々である。

 

 対して理子は笑みを浮かべてそれを見詰める。

 

「そうそう、それで良いんだよアリア。理子のシナリオに無駄は無いの。ロザリオを取り返した後、それを使ってアリアとキーくんを倒す。キーくんも頑張ってね。折角理子が、初めてのキスまでしてお膳立てしてあげたんだから」

 

 そう言うと、理子は、両手で2丁のワルサーを抜き放った。こちらも戦闘準備を整えて待ち構えていたのだ。

 

「理子、戦う前に一つ聞かせなさい。そこまでこだわるって事は、そのロザリオ、ママの形見ってだけじゃないわよね」

 

 ホームズ家の嫡女としての勘が、そこに秘められた「何か」を鋭く察知していた。

 

 対して理子は話題を逸らすように別の事を口にする。

 

「ねえ、アリア『繁殖用雌犬(ブルード・ビッチ)って知ってる?』

「繁殖用雌犬?」

「腐った肉と泥水しか与えられないで、檻の中で暮らした事ある? 悪質な犬のブリーダーがさ、人気の犬種を増やしたいからって、檻に入れて犬を虐待するの。その人間版。ニュースとかでもよくやってるでしょ」

 

 確かに、そう言う事はニュースで時々やっていて大問題になる事もある。

 

「何よ、何の話?」

 

 戸惑うアリア。

 

 その言葉を聞いた瞬間、理子もまた、切り替わるように口調を変えた。

 

「ふざけんなッ あたしはただの遺伝子かよ!? あたしは数字の4かよ!? 違う!! 違う違う違う!! あたしは理子だッ 峰・理子・リュパン4世だ。5世を産むための道具なんかじゃない!!」

 

 それは正に。普段被っている笑顔の仮面を脱ぎ棄て「武偵殺し」としての素顔を露わにした理子の咆哮だった。

 

 初めて見る瑠香などは、その豹変ぶりに怯えを隠せず、隣に立つ茉莉の袖をギュッとつかんで震えに耐えている。

 

「アリア、良い線行ってるよ。このロザリオは、ただのロザリオじゃない。これはリュパン一族の秘宝。お母様が言うには、リュパン一族全ての財宝と引き換えにしても釣り合う程の物だって。だから、捕まっている時もこれだけは口の中に入れて隠していたんだッ」

 

 そう言うと同時に、理子の髪が揺らぎ、隠していたナイフを抜き放った。

 

 あのハイジャック時に見せた、アリアとは違う意味での双剣双銃(カドラ)が再び姿を現す。

 

 それに合わせて、アリアとキンジもそれぞれ銃を構えた。

 

「加勢は?」

 

 刀の柄に手を構えながら、友哉が短く尋ねる。見れば、茉莉も刀に手を掛け、瑠香はイングラムを抜いている。

 

 しかし、アリアは首を横に振った。

 

「不要よ。理子はあたしとキンジを倒す事を目的にしている。なら、それに真っ向から受けてやるわ」

「判った・・・・・・」

 

 友哉はそう言うと、刀から手を離す。

 

 武偵憲章4条「武偵は自立せよ。要請無き手出しは無用の事」。

 

 アリアが友哉の加勢を断った以上、友哉には手出しする理由が無かった。

 

 再び対峙する、ホームズとリュパンの子孫たち。

 

 次の瞬間、

 

 バチィィィィィィッ

 

 電撃が放たれたように、理子はうめき声をあげ、一瞬体をのけぞらせた後、そのまま前のめりに倒れた。

 

「え!?」

 

 一同が唖然とする中、

 

 理子の背後から、1人の男が現れた。

 

 その姿を見て、一同は驚愕とする。

 

「そ、そんな・・・・・・なぜ、あなたが?」

 

 無理も無い。それは、つい先ほどまで、一緒にいた筈の人物なのだから。

 

「さ、小夜鳴、先生・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

第5話「泥棒はディナーの前に」      終わり

 


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