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あの後、地検の職員達にブラドを引き渡すと、友哉達は応急処置を終え、その足で武偵病院へと向かった。
友哉、茉莉、瑠香の3人は戦闘で負傷している為、その治療が必要だった。
夜遅くなってはいたが、連絡した高荷紗枝はすぐに駆けつけてくれた。
とは言え、今回は明らかに違法と思われる行為をいくつも行ってしまった。武偵校に戻って、何らかの処分が下される事は免れないだろう。
そう思っていた友哉達だったが、現実は実にあっさりとした物となった。
ランドマークタワー屋上での戦闘は落雷事故として処理され、事件その物は世間に公表されなかった。更に、友哉達5人には後日、司法取引に関する同意契約書、並びに説明書と言う物が神奈川武偵局、警視庁、神奈川県警、検察庁、東京地検から大量に送られて来た。
多すぎて内容を全て把握する事はできなかったが、要約すると、今回の件は永久に他言無用、その代わり今回5人が行った違法行為に関しては目をつぶるという内容だった。
どうやら、イ・ウーの事は政府としても徹底的に隠蔽を図りたい事であるらしい。その為の書類であった。
この事件で、結局逮捕されたのは《無限罪》のブラド1人だけであった。《鮮血の伯爵夫人》エリザベート・バートリは、東京地検特捜部との戦闘で死亡、一度は逃亡に成功した《黒笠》韮菜島美奈も、すぐにランドマークタワーで遺体となって発見されるに至った。
尚、《武偵殺し》峰・理子リュパン4世は逮捕されていない。彼女は地検職員が屋上出入り口を封鎖していると知ると、屋上から飛び降りたのだ。
自殺、ではない。理子の制服は変形するとパラグライダーになる仕組みになっており、それを使って脱出したのだ。落下したキンジの救出や、4月のハイジャック事件でANA600便から脱出する際にも、このパラグライダーを使ったのだ。
逃亡を許したか、と一時は思われたが、後日理子は、アリアの母、神崎かなえの担当弁護士の元を訪れ、《武偵殺し》事件に関して、裁判で証言を行う旨を告げたらしい。
理子はもう、ブラドに怯える事は無い。数字の4でもない。1人の人間、峰・理子・リュパン4世として自由の道を歩き始めた。その彼女が最初にした事が、ライバルとの約束を守る事だった。
嘘はついても裏切りはしない。何とも彼女らしい行動だった。
以上が、ブラド事件における後始末の顛末である。
「ふうん、そんな事があったとはね」
相良陣は感心したように頷いた。
今日は久々の休日、友哉、陣、茉莉、瑠香の4人は連れだって秋葉原の街を歩いていた。
相変わらず、通りにはメイド服や様々なコスプレをした女の子が呼び込みをやっており、華やかな雰囲気がある。今日は休日と言う事もあり、以前、作戦会議に来た時よりも人通りが多く感じられた。
当然、4人も今日は防弾制服ではなく、私服を着ている。帯剣帯銃している事を除けば、そこらにいる一般人と変わらない。
「つーかよ、そんな面白ェことやるんだったら、何で俺を呼ばねぇんだよ?」
「おろ~」
友哉の首に腕を巻き付けて、陣は不満そうに言い募る。彼としては派手に暴れる機会を逃してしまった形になるから当然である。
「もうっ、ぜんぜん面白くないですよ。本当に今回は死ぬかと思ったんですから!!」
茉莉と一緒にアイスを食べながら、少し怒ったように瑠香が言う。
実際、彼女にしてみればあわや黒笠に斬られる所だったのである。もし事前の準備を怠っていたら、今頃彼女とこうして並んで歩く事はできなかっただろう。
またしても、ギリギリの勝利であったのだ。
友哉はふと、その事を思い出し、苦笑する。
きっとこれからも、自分達はギリギリの戦いを繰り返して行く事になるのだろう。願わくば、全ての戦いにおいて仲間を守り、勝利する事ができるようにしたい物である。
「緋村君」
そんな友哉に、茉莉が声を掛ける。
「おろ?」
「これからみんなでゲームセンターに行くと言う事で話しているんですが、緋村君はそれで構いませんか?」
今回の外出のメインは買い物のつもりだったが、先に遊んだ方が良いかもしれない。どうせ茉莉と瑠香は大量に買い物をするだろうから、買い物の後では荷物を持ちながら回ることにもなりかねない。
「そうだね・・・・・・」
そう言い掛けて、友哉は足を止めた。
「ごめん、先行ってて。僕、ちょっと用事ができたから」
「あ、緋村君ッ」
茉莉にそう言うと、友哉は通りの角にある喫茶店へと駆けこんだ。
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そこはテラスのようになっていて、屋外にテーブルが設けられている。
そのテーブルの一角に、見慣れた人物がいるのを見付けたのだ。
駆けよって、声を掛ける。
「長谷川さん・・・・・・」
「おう、緋村。元気か?」
日本最強を謳われる武装検事にして、鬼と言う異名で呼ばれた火付盗賊改方の長官を先祖に持つ男、長谷川昭蔵は、
昼下がりの喫茶店で、巨大なパフェに舌鼓を打っていた。
見事に、シュールな光景である。
「こいつはなかなか美味ェな。噂通りだよ」
このグルメ検事に掛かれば、女子に人気のスイーツでも守備範囲になるらしい。
40過ぎのごついオッサンが、嬉しそうにパフェに食らいついている姿は、ある種の凄味すらあった。
「お前も何か頼むか、奢ってやるぞ」
「いえ、折角ですけど、今日は友達と来てるんで」
長谷川を見かけたのはたまたまである。あまり瑠香達を待たせたくはなかった。
「そうか、じゃあ、手短に用件を話すとしようか・・・・・・」
昭蔵はスプーンを置くと、友哉を見上げた。
「緋村」
一瞬、気温が下がった気がした。
その空気が、目の前の男から発せられていると気づくまでに時間はいらなかった。
「お前には、イ・ウーに関わる事から手を引けと言っといたはずだがな」
殺気すら滲ませる昭蔵。
あのエリザベート・バートリを一刀のもとに斬って捨てた鬼は、今にも友哉に斬りかからんばかりの凄味を見せる。
「イ・ウーナンバー2の屋敷に忍び込んで泥棒行為とはな。しかもそれが、あの《武偵殺し》の依頼だって言うじゃねえか。その果てが、ランドマークタワーでの乱痴気騒ぎと来た。今回の件で、奴等は間違いなく本気になった。このままじゃお前、確実に殺されるぞ」
これは最早、警告ですら無い。長谷川は来たるべく未来の予定調和を語っているのだ。
イ・ウーとの全面戦争は、最早避けられない。そして、今の友哉の力では、彼らとの戦いで生き抜く事は難しい。
それが判っているからこそ、昭蔵は友哉に手を引くように言ったのだ。
だが友哉は聞き入れず、前へと進む道を選んだ。
それに対して、友哉は静かに口を開く。
「・・・・・・僕が逃げたら、何か変わっていたんですか?」
「なに?」
「僕が逃げれば、どこか別の場所で、僕以外の人が殺されていたかもしれない。長谷川さんは、その方が良かったって言うんですか?」
武偵は一般市民を守る最後の盾である。盾が逃げ出しては一般市民を守る事はできなくなる。
「・・・・・・・・・・・・」
昭蔵は無言のまま、友哉を睨みつける。
友哉も何もしゃべろうとしない。
大切な人達を守り、戦い抜く。
あの時、
あの決断を下した時から、友哉はもう迷わないと決めていた。
「・・・・・・ま、良いだろう」
ややあって、折れたのは昭蔵の方だった。
「確かに、黒笠とブラドを倒したお前等は、もうガキじゃねえ。一人前の大人だ。だから俺も、そう言う風にお前を扱う事にするよ」
「長谷川さん・・・・・・」
「だが、判ってんだろう。お前が進もうとしているのは茨の道だ。歩くだけで足が傷付き倒れそうになるだろう。それでも、お前は進むんだな?」
長谷川の問いかけ。
それに対して友哉は、
「勿論です」
僅かな揺らぎもない瞳で、そう答えた。
昭蔵の下を辞し、喫茶店を出る友哉。
昭蔵の話が正しければ、これからの敵はあのブラドをも上回ると言う事になる。
「・・・・・・・・・・・・」
手にした逆刃刀を、強く握りしめる。
果たして自分は、勝てるのだろうか。
自分は飛天御剣流の、技の殆どを未だに使う事ができない。それどころか、知らない技も多い。極めるには程遠い状態だ。
そんな自分が、これからの戦いを生き残る事ができるのか?
その時、
「おい、友哉、遅ェぞ!!」
声を掛けられ顔を上げると、そこには、陣、茉莉、瑠香の3人が友哉を待ち受けるようにして立っていた。
「おろ・・・みんな、どうして?」
「茉莉ちゃんがね、友哉君が何だか深刻そうな顔してたって言うから、みんなで心配になって見に来たの」
成程。事情も言わずに飛び出したから、余計な心配を掛けてしまったらしい。
「あの、御迷惑でしたか?」
上目遣いにそう尋ねる茉莉。
そんな彼女の様子に、友哉は苦笑する。
そうだ、自分には、こんなにも頼りになる仲間達がいる。たとえ自分が未熟な存在であっても、彼女達がそれを補って一緒に戦ってくれる。ならば、どんな敵が来ても負ける筈がないのだ。
「いや、そんな事はないよ。さあ、早く行こう。遊ぶ時間が無くなっちゃう」
そう微笑しながら告げると、3人と連れだって歩き出した。
そんな子供達の後ろ姿を、長谷川は満足そうに眺めている。
「まったく、子供ってのは、大人が気付かないうちに、どんどん成長しちまうもんだな」
友哉の成長は、昭蔵が思うよりもはるかに上を行っていた。彼には先程ああ言ったが、これならもしかしたら、イ・ウー上層部の連中と戦っても勝利する事ができるかもしれない。
「なあ、お前も、そう思わんか?」
問い掛けるような声。しかし、昭蔵の目の前には誰もいない。
返事は、彼の背後から帰って来た。
「取るに足らんよ」
バッサリと斬り捨てるような言葉に、昭蔵は苦笑する。この男との付き合いはそこそこに長いが、この性格は会った時から変わっていない。
男はライターを取り出すと、口元にくわえた煙草に火を付けた。
「おいおい、ここは禁煙だぜ」
「知るか。潜入捜査で長らく禁煙してたんだ。吸わなきゃやってられん」
昨今の禁煙全盛などどこ吹く風。
男はそう言うと、周りが顔を顰めるのにも構わず、大きく煙を吹かす。
一応のマナーとして、携帯灰皿だけは用意しているようだが、それはむしろ、「好きな時に吸いたいから」と言う理由にも取れる。
「あの時、あの場で黒笠を斬れなかったのは、奴のガキ故の甘さだ。それがいずれ、首を絞める事になる。自分か、仲間か、どちらかのな」
「あの時か・・・・・・」
実際に黒笠を斬った男の言葉であるから、重みが違う。
友哉が豹変し、黒笠を斬り殺そうとした事は、事情聴取を受けた瑠香から話を聞いて知っている。そして、その正体の事も。
昭蔵が友哉を事件から遠ざけようとしたのは、彼の身を案じての事だけではない。彼がああなった時、止められる人間が殆どいないからでもある。
以前、友哉がある事情で豹変した時は、Sランク武偵が2人掛かりでも止めるのに時間が掛ってしまい、その内1人が再起不能の重傷を負う大惨事となった。その時の友哉はまだ14歳、中学2年生だった。その時よりも肉体的に成長している今の友哉が相手となると、力づくで止められる人間はいないかもしれない。
武偵と殺人鬼。双方になり得る、危うい存在。それが緋村友哉と言う少年の本質と言えた。
「だが、もう悠長には構えていらない。ブラドを倒した事で、イ・ウーも警戒心を強める事だろう」
「だろうな、そうでなくちゃ困る」
「次は奴が出て来るぞ、イ・ウーのリーダー、《
一瞬、風が木々を薙ぎ、葉を揺らす。
男は、煙草を吸いきって携帯灰皿に押し付けると、そのまま立ち上がる。
「何が出てこようが、俺は俺の正義に従い戦うだけだ。その過程で奴が使えるようなら、使い潰すし、使えないようなら使い捨てる。それだけの事だ」
そう言うと、男は昭蔵に背を向けて歩きだす。
「相変わらずだなあ、お前さんは」
対して昭蔵は、背中越しに苦笑して見せた。
「なあ、山日志郎・・・・・・・・・・・・いや・・・・・・・・・・・・」
再び風が吹き、葉が重なり合って音を鳴らす。
背中越しに聞くその音は、まるでこれから起こる戦いの足音のようにも聞こえた。
「警視庁公安部 公安0課特殊班、斎藤一馬」
第8話「聞こえる足音」 終わり
ブラド編 了