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友哉達が入った部屋は、戦闘区画の一室らしく、巨大なICBMが立ち並ぶ広大な空間だった。
数は8本。小国なら、壊滅させてもお釣りがくるレベルだ。
ミサイル発射区画であるらしいその部屋は、ちょっとした体育館ほどの広さがある空間だった。
「何でなの・・・・・・」
部屋の中を歩き、アリアは信じられないと言った面持ちで周囲を見回しながら呟いた。
「あたし、この部屋を見た事がある」
その言葉に友哉とキンジは顔を見合わせ、次いでアリアに向き直った。
思わず、彼女が錯乱してしまったのか、と疑い掛ける。ここは世界中の機関が血眼になっても、その片鱗すら掴めなかった秘密結社イ・ウー。その最深部である。いかにアリアと言えど、その内部を知っている筈がない。
「落ち着けアリア、そんな筈は無い。それは既視感って奴だ」
「見間違い、とかじゃないの?」
だが、2人の言葉に、アリアは首を振る。
「違うわ、確かに・・・・・・見た事があるの。そして、あたしはここでキンジと会った事がある!」
「ありえん。少なくとも俺はこんな所に来た事がないからな」
奇妙な事である。
2人の人間が、互いに確信を持って真逆の事を言っている。
単純に考えれば、アリアの勘違いと考えるのが妥当だが、彼女は半ば強迫的な表情で、自分の主張の正しさを訴えて来ている。
そんな事を話していると、何もなかった筈の空間から、雑音混じりの音楽が聞こえて来た。
古いラジオを聞いているような、そんな音は前に進む毎に大きくなっていく。
クラシック音楽と思われるその音は、この秘密犯罪組織と言う場所に似つかわしくないような優雅さを持って、3人の耳に届いていた。
「・・・・・・モーツァルトの『魔笛』か」
キンジが低い声で、曲名を呟く。ヒステリアモードになっている彼にとっては、こうした戦闘以外の知識をひき出す事も容易であるらしい。
その時、
「音楽の世界には、和やかな調和と甘美な陶酔がある」
ICBMの影から聞こえて来た声に、3人は足を止めて身構えた。
アンプを繋いだ蓄音器を足元に置き、世界最高最強の名探偵、シャーロック・ホームズが、悠然と姿を現わした。
「それは僕らの繰り広げる戦いと言う混沌と、美しい対照を描く物だよ。そして、このレコードが終わる頃には、戦いの方も終わっているだろうね」
相変わらず、講釈するような話し方の元、シャーロックは数歩だけ前に出て立ち止まった。
緊張の面持ちで、友哉は刀の柄に手を掛け、キンジとアリアは銃を抜く。
対してシャーロックは、ただ穏やかに微笑んで見せた。
「いよいよ、解決編。と言う顔をしているね。だが、それは早計と言う物だよ。僕は一つの記号、『序曲の終止線』に過ぎないからね」
「序曲?」
「そう、この戦いは、キンジ君とアリア君が奏でる協奏曲の序曲に過ぎない。僕の、この発言の意味は、直に判る事だろう。ところで、」
言いながら、シャーロックは友哉に向き直る。
「その中で緋村友哉君。君と言う存在は、とても異質なんだ。何しろ、僕が何度推理しても、君と言う存在がこの場に現われてしまう。本来この場に立つべきは、僕と、キンジ君、アリア君の3人であるべきなのにね」
そう言って苦笑して見せるシャーロック。その表情は、自身の推理に満足すると同時に、どこか諦念染みた雰囲気を感じさせるものだった。
どうやら、全ての事を己の推理下におけるシャーロックと言えど、その全てを制御できる、と言う訳ではないらしい。
予知できる。と言う事は即ち「万能」と言う訳ではない。「予測」ができても「回避」ができるとは限らないのだ。特に、自身が直接関与できない事に関しては、尚更その傾向が強いと言えるだろう。
この場にあって、シャーロックにとっての最大のイレギュラー。それが友哉と言う事になる。
「と言う訳で、回避ができないなら、せめてその切っ先がこちらに向かないように、手を打たせてもらったよ」
そう言ってシャーロックが自身の背後を指し示すと、ICBMの影から、小柄な少女が飛び出してきた。
「友哉君ッ」
少女は戦兄に存在を見付けると、真っ直ぐにその胸へと飛び込んだ。
「瑠香ッ」
友哉もまた、飛び込んで来た少女をしっかりと抱きしめる。
たった1日、会わなかっただけだと言うのに、もう何年も離ればなれになっていたような感覚がある。
ひとしきり抱擁を交わした後、友哉は確かめるように瑠香の顔を見る。
「怪我は無い?」
「うん。ひどい事とかは、されなかったから。けど・・・・・・」
振り返る瑠香の視線を追う。
そこには、
「お久しぶりですね、緋村君。ハイジャック以来ですか」
いつの間に現われたのか、教授の傍らに立つ由比彰彦の姿があった。
相変わらず、無表情の仮面を付けた顔を覗い知る事はできないが、その不気味な存在感は、あの大井コンテナ埠頭で対峙した時と比べて、聊かも変わっていない。
「教授。緋村君の相手は私がします。どうぞ、存分に本懐を遂げてください」
「ありがとう。君の友情には言葉も無いよ」
そう言いながら、彰彦は友哉を見据えて前へと出る。
これで友哉は、嫌でも彰彦と戦わざるを得ない。敵の中枢まで攻め込んだにもかかわらず、キンジ達の援護ができなくなってしまったのだ。
「友哉、お前はあいつをやれ」
内心で歯咬みする友哉。
そんな、迷いを見せる友哉に、キンジは強い口調でそう言った。
「でも、キンジ、シャーロックは強敵だよ」
アリアとキンジの戦闘力の高さはしている。ましてか、今のキンジはヒステリア・ベルセ。通常のヒステリアモードよりも、高い戦闘力を発揮できる。
しかし、それでも2人合わせてシャーロックに届くとは思えない。だからこそ、前衛として友哉が援護しようと考えていたのだが、その策は戦闘前に崩れてしまった。
それを見越し、シャーロックはこちらを分断する作戦に出たのだ。まずはキンジと友哉、一馬を切り放し、更に一馬も切り離され、この戦場に姿を現わしていない。分断の策は完全に成功したと言える。
時を超える名探偵にとって、たかだか17年しか生きていない学生武偵など、御するのはたやすいと言う事か。
「大丈夫よ」
尚も不安の残る顔をする友哉に、アリアが自身に満ちた声で言った。
「武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』。あんたはもっと、あたし達の事を信用しなさい」
「・・・・・・・・・・・・判った」
頷く友哉。確かに、拘泥しても始まらない。既に火ぶたは切られたのだから。
友哉は、傍らの瑠香を見詰める。
「瑠香は離れてて」
「友哉君・・・気を付けてね」
心配そうに見上げて来る少女の頭を、そっと撫で、友哉は2人から距離を置くように横に歩く。
それに合わせて、彰彦もまた移動を始める。その手には、一振りの日本刀が鞘に収まって握られている。彼の刀はANA600便で戦った時に友哉が折っているので、新しく用意したか、予備の刀を持って来たのだろう。
彰彦のバトルスタイルは、一剣一銃のガンエッジ。戦闘時には正確な射撃と鋭い斬撃によって、距離に関係ない攻撃を仕掛けて来る。
背後では、シャーロックとキンジ、アリアが話している声が聞こえて来る。
戦闘開始前のピリッとした空気が、部屋全体に流れて来る。
まずは、間合いを制する事。それが戦術の第一歩となる。その為の算段は、既にキンジ達と取りきめていた。
「瑠香を浚ったのは、この戦いの為の布石だったんですね」
「その通りです」
仮面の奥で、彰彦は頷いて見せる。
「先程、教授が話した通り、彼の条理予知によると、どのような経過を辿っても、君がこの戦いに介入してしまう事は避けられない。条理予知は、正確無比。教授が起こると言った事は、必ず起こる事なのです。そこで、君と言う鋭い刃を逸らす為に、私と言う盾を用意した訳です」
そう告げると、立ち止まる彰彦。
それに合わせて、友哉もまた足を止める。
対峙するのは3カ月振りとなる両者。
未だ互いの剣は鞘に収まったまま、距離は20メートル強。
いかに友哉のスピードでも、斬り込むのに若干の時間が必要であるのに対し、銃を使える彰彦にとっては既に攻撃可能圏内だ。
作戦は予定通り。
友哉は刀の柄に手を掛け、腰を落とし、斬り込む体勢を作る。
対して彰彦も、腰を落として両腕を僅かに広げる構えを取る。あの体勢からなら、刀を抜くのも、懐の銃を抜くのも容易である。
次の瞬間、
室内に閃光が奔った。
カメラのフラッシュを100個近く一斉に焚いたような閃光は、キンジが武偵弾を使ったのだ。
金一から託された武偵弾のうち、1つは閃光弾(フラッシュ)と呼ばれる物で、効果は閃光手榴弾と同じだ。更に武偵弾の特徴として、銃を使わずとも起爆できる。
キンジはシャーロックの目を欺く為に、銃を使わずに起爆させたのだ。
その瞬間、
友哉は動いた。
接近、同時に抜刀。
彰彦へと斬りかかる。
迫る刃。
しかし、
ガキンッ
彰彦は、自身も刀を抜き放ち、友哉の剣を防いで見せた。
「やりますね、閃光弾とは。しかも、一見ばらばらに戦っているように見せかけて、実は連携している。見事な戦術です」
仮面の下で、彰彦は素直な称賛を述べる。
仮面、そう、彰彦は仮面をしているのだ。
「クッ・・・・・・」
友哉は僅かに舌を打つ。
仮面をしていたおかげで、彰彦は閃光弾のダメージを食らわなかったのだ。
だが、隙をついて距離を詰める事には成功した。
友哉は鍔迫り合いの状態から、刀をスリ上げる。
彰彦の胴が開いた。そこへ、刀を逆胴の要領で叩き込む友哉。
だが、
「遅いッ」
彰彦は素早く刀を返し、友哉の剣を防ぐ。
攻撃を防がれ、友哉の動きが一瞬止まる。
その瞬間を逃さず、彰彦は友哉の腹を蹴りつけた。
「グッ!?」
彰彦の蹴りに、友哉は大きく後退しつつ膝をつく。
その隙に、彰彦は懐から愛銃、グロック19を取り出して構えた。
一瞬の照準の後、放たれる弾丸。
しかし、その弾丸が捉えるよりも早く、友哉はその場から横へと跳び、回避に成功した。
一剣一銃。彰彦の得意とする構図ができあがってしまった。
チラッと、友哉はキンジ達の方に目をやると、未だに対峙は続いていた。どうやらシャーロックに閃光弾は効かなかったらしい。となると、後は力づくで、と言う事になる。
「どうしました、向こうが気になりますか?」
尋ねる彰彦の声に、友哉は向き直る。
刀と銃を構え、彰彦は友哉を仮面越しに睨んでいる。
「随分、余裕ですねッ!!」
言い放つと同時に、突撃。斬り込んで来る彰彦。
龍巻閃で迎撃。
そう考え、体を捻り込もうとする友哉に向けて、彰彦は右手のグロックを2発放って来る。
飛翔する弾丸は、真っ直ぐに友哉へと向かう。
「クッ!?」
対して友哉は舌打ちしつつ、攻撃を諦めて回避行動に入る。
1発を回避。更にもう1発を刀で弾く友哉。
だが、体勢が崩れた所へ、彰彦が斬り込んで来る。
「ッ!?」
とっさに防ごうと刀を立てるが、遅い。
袈裟掛けに振るった彰彦の剣は、友哉の肩を切り裂いた。
防弾制服などお構いなしに、鮮血が宙を舞う。
「クッ!?」
肩にダメージを受ける友哉。
状況は完全に彰彦のペースだ。一旦仕切り直す必要がある。
とっさにすれ違うようにして、彰彦の横を抜ける。一旦距離を置くのが目的だが、この体勢では下手に後退すると追撃を食らう可能性もある。その点、交差するようにすれ違えば、相手との距離が詰まる分、危険ではあるものの、通り抜ければ互いに背中を向け合う形となる為、逆に安全である。
着地し、刀を構え直す友哉。目論みは成功し、彰彦の追撃を振り切る事ができた。
とは言え、
距離を置きながら、友哉は自身の肩の傷に目をやる。生地の薄い夏服仕様とは言え、防弾線維をこうもあっさり切り裂くとは。
「その刀・・・・・・・・・・・・」
友哉は彰彦の手にある刀を見ながら言った。
直刃に表裏揃った湾れの波紋。静謐な美しさと剣呑な怪しさを備えた刀。その忌むべき名は・・・・・・
「村正・・・・・・」
元は伊勢の国、桑名に生を受けた千子村正と言う名工の手による刀の事を指すが、いつの頃からか、それは忌むべき名として知られるようになった。
曰く「呪われし妖刀」
曰く「徳川に仇成す刀」
徳川家康の祖父、徳川清康は僅か10年で三河一国を統一した剛の者で、「30まで生きていれば必ずや天下を取る」とまで言われていたが、25歳の時、父親を殺されたと勘違いした家臣に斬られて命を落とす。この時に使われていた刀が村正であった。
これが、妖刀伝説の始まりである。
家康の父、広忠が泥酔した家臣に斬殺された時、その家臣が使った刀も村正。
織田信長に謀反の疑いを掛けられた、家康の長男 信康が切腹する事になったが、この時に介錯に使われた刀も村正。
家康の正妻 築山御前が殺害された際に使われた刀も村正。
更には関ヶ原で戦功を上げた武将が、論功行賞の際、家康に乞われて自らの槍を披露した際、うっかり手を滑らせて落とし、その刃が家康の手を傷付けてしまった。この時の槍もまた村正の手による物だった。
こうした一種、呪詛染みた噂が流布し、「村正妖刀伝説」が作り上げられていった訳である。
二度に渡る大阪の陣において豊臣側の主将として参戦し、一度は家康の首を取る寸前までいった武将、真田信繁こと、真田幸村。更には幕末の維新志士達と言った、徳川家に仇成す者達は、皆好んで村正を愛用したと言う。
そしてもう1人、戦国の世が終わり、日々の生活に苦しむ狼人達を見かね、御政道を正そうと慶安の変を起こし、徳川打倒を掲げた軍学者 由比正雪もまた、村正を愛用していた1人として知られている。
「先祖伝来の刀です。君と戦うからには、これくらいの装備が必要でしょう」
そう言って、切っ先を友哉に向ける彰彦。
新井赤空、千子村正と言う、世に名の知れた二大刀匠の手による刀を持つ2人が対峙する。
その時、
ドォォォォォォォォォォォォォォォン
凄まじい轟音と共に、熱風が吹き荒んだ。
思わず友哉も、彰彦も振り返る。
そこには巨大な炎が湧きあがり、シャーロックを包み込んでいる光景が見えた。
キンジが金一に託されたもう1つの武偵弾、炸裂弾を使ったのだ。
思わず、唖然とする。
その凄まじい力は、もはや小型の気化爆弾と呼べるレベルである。
「これなら・・・・・・」
いかにシャーロックが超人でも、人間である事には変わりない筈。これだけの火力に包まれて無事である筈がない。
そう思った時、
「さて、どうでしょうねえ?」
落ち着き払った彰彦の言葉が、不気味に響く。
次の瞬間、
炎を断ち割り、シャーロックは姿を現わした。
その雰囲気が、先程までと大きく異なっている。
重傷を負っているのは判る。だが、その雰囲気は、先程よりも更に強大に変化している。
「まさか・・・・・・ヒステリアモード・・・・・・」
ヒステリア・アゴニザンテ。死に際のヒステリア。
カナ、いや、金一がイ・ウーにいたのだ。その技術は伝わっていてもおかしくない。現に。ランドマークタワーで戦ったブラド、小夜鳴はヒステリアモードを使っていた。シャーロックが同じ事ができる事も頷ける。
「さて、あちらはあれで良いでしょう」
彰彦は、改めて友哉に向き直る。
「そろそろ、決着を着けましょう」
「・・・・・・そうですね」
そう言うと、彰彦は村正とグロックと掲げるように構える。
対して友哉は、右手一本で逆刃刀を弓を引くように構え、左手は寝かせた刃を支えて持つ。
次の瞬間、仕掛けたのは友哉だった。
神速の接近と同時に、体を沈み込ませ、攻撃態勢に入った。
刹那の間に、斬り上げる。
「飛天御剣流、龍翔閃!!」
振り上げられる刃。
しかし、
「甘いッ!!」
彰彦は友哉の剣の軌跡を見切り、紙一重で龍翔閃を回避して見せた。
「その技はハイジャックの時の食らいました。同じ技を2度食らう私ではありませんよ」
斬り上げの為に体が大きく伸び切り、隙を作ってしまった友哉。
対して彰彦は、右手を持ち上げてグロックの照準を付ける。
「ッ!?」
「残念です、緋村君。君には、もう少し期待していたんですけど」
仮面の奥で、彰彦の目が鋭く光る。
友哉はとっさに回避しようとするが、彰彦の照準から逃れるには圧倒的に時間が足りない。
一種のスローモーションのように流れる視界の中、放たれた銃声は3発。
その全てが、無防備に立ち尽くす友哉の胸へと吸い込まれた。
2
一同が見守る中で、友哉の体がゆっくりと床に沈むのが見えた。
至近距離から3発もの銃弾を食らったのだ。無傷である筈がない。もしかしたら、防弾制服を貫通したかもしれない。
「友哉君ッ!!」
悲鳴その物の、瑠香の叫び。
彼女の見ている前で、友哉は床に倒れ動かなくなる。
瑠香の悲痛な叫びにも、友哉が起き上がって来る気配は無い。
「友哉君・・・・・・」
友哉が、
戦兄であり、幼馴染であり、
そしてとっても大好きだった少年が、
負け、た?
「友哉・・・・・・君・・・・・・」
「待ちなさい瑠香ッ!!」
フラフラと友哉の方へ歩いて行こうとする瑠香を、アリアが止めに入る。先程の閃光弾の衝撃から、まだ立ち直っていないらしく、アリアの足はふらついており、手さぐりに近い形で瑠香の袖を掴んで引き戻している。
このまま彼女が彰彦に挑みかかっても、返り討ちにあう事は目に見えている。行かせる事はできなかった。
だが、掴んだアリアの手を振り払うようにして、瑠香は更に前へ出ようとする。
「放して・・・・・・」
「あんたが行っても、敵う相手じゃないわ!!」
「放してッ」
瑠香はアリアよりも背が高く、止めに入った場合、アリアの方が引きずられるような形となってしまう。
それでもアリアは、渾身の力を込めて瑠香を引き留める。
「落ち着きなさい。友哉はまだ負けてないわッ」
「・・・・・・え?」
アリアの言葉に、瑠香は足を止めて振り返る。
「よく見なさい」
アリアはまだ良く見えない目をこらし、倒れた友哉を指差す。
そこで、瑠香も気付いた。
「あ、あれは・・・・・・」
倒れて力尽きた筈の友哉は、まだ逆刃刀を握りしめている。
力強く握られた拳は、未だに自身の恃む刀を離さず、無意識のうちにも闘争心を放っているのが見て取れた。
まだ負けていない。友哉は意識を失いながらも、まだ戦っているのだ。
「アンタも、友哉の戦妹なら、もっとアイツの事を信用しなさい」
「はい・・・ごめんなさい」
アリアに叱咤され、瑠香は目を伏せる。アリアは戦妹の自分などより、ずっと友哉の事を理解し、信用している。その事が、とても恥ずかしかった。
その時、
ギィン
金属がこすれ合うような音と共に、シャーロックと対峙していたキンジが後退して来るのが見えた。
「キンジッ」
「野郎、やりやがる」
流れ出た汗を拭い、キンジは尚も闘争心を失わない瞳でシャーロックを睨みつける。
対するシャーロックは余裕の表情のまま、手にはいつの間に抜いたのか一振りの長剣を構えていた。
先程の武偵弾による攻撃で破けたシャツとジャケットを脱ぎ捨てた姿は、引き締まった筋肉質をしており、鍛え抜かれた体操選手を思わせる。
その時、突然、地鳴りのような音と共に、床が揺れる振動が伝わってくる。
見れば、立ち並ぶICBMから白煙が噴き出している。発射態勢に入っているのだ。
何をするつもりなのかは知らないが、嫌な予感しかしなかった。
「もう時間がないようだ。1分で終わらせよう」
そう言って、長剣スクラマ・サクスを構えるシャーロック。古代西洋において一般的に使われていた剣だが、その性質は普通の西洋剣よりも、むしろ日本刀に近く、破壊力よりも切れ味を優先して作られている。
「気が合うな。こっちもそのつもりだ」
不敵にそう呟き、キンジもバタフライナイフを開いた。
その時だった。
「1分もの時間が必要か?」
不敵に発せられる声。
次の瞬間、煙を突き破り、
牙狼が、世界最高の名探偵に牙を剥き出した。
第9話「決戦」 終わり