緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第11話「始まりの終わり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が弾け、やがて、視界が元に戻る。

 

 アリアとシャーロック。2人から放たれた光弾は、2人の間の空間で互いにぶつかり合い、

 

 そして、静止した。

 

 静謐。

 

 ただ静かに、光はたゆたっている。

 

 その光を見て、

 

「僕には、自分の死期が推理できていた」

 

 シャーロックは静かに語り始めた。

 

「どんなに引き延ばしても、今日この日までしかもたないと。だから、それまでに子孫の誰かは緋弾の継承をする必要があったのだ。元々、緋弾は『ホームズ家で研究するように』と女王陛下から拝領した物だからね」

 

 言っている間に、一旦強まった光はすぐにお互い打ち消すように、急速に収まって行く。

 

「しかし、その後の研究で判った事だが・・・・・・緋弾の継承には難しい条件が3つあった。1つは、緋弾を覚醒させられる人格に限りがある事。情熱的でプライドが高く、僕は自分がそうは思わないが・・・・・・どこか、子供っぽい性格をしていなければならないらしい。しかしホームズ一族は皆、そうではなかったのだ。だから僕は、条件に合う子孫が現れるのを待ち続けなければいけなかった。そして現われたのが、アリア君、君だ。2つ目の条件は・・・・・・アリア君とキンジ君、君達の今後に関係がある為、詳細は伏せるが・・・・・・緋弾を覚醒させるにはアリア君が女性として心理的に成長する必要があった事だ」

 

 シャーロックが語っている間に、たゆたっていた光が緋色から、徐々に透明へと変わっていく。

 

「3つ目の条件として、継承者は能力を覚醒させるまで、最低でも3年の間、緋弾と共にあり続ける必要があった。これは簡単なようで最も難しい条件だった。なぜなら緋弾は、他の色金保有者たちから狙われていて、覚醒した者でなければ守る事ができない状況だったからね。だから、今日までは覚醒した僕が緋弾を保有し、今日からは覚醒したアリア君が緋弾を保有する。これを成立させる為に、僕は今日までこの緋弾を持ち続け、更に3年前の君に渡さなければならなかった。これは僕にとっても、生涯最大の難問の一つだった。だが、その難問を解決してくれたのも、また緋弾だったよ」

 

 光は徐々に形を変えていき、レンズのような形になって行く。

 

 その中に、何かが浮かび上がるのが見えた。

 

 人、少女である。

 

 その姿に、その場にいた誰もが驚愕した。

 

「これだ・・・・・・! これが日本の古文書にある『暦鏡』。時空のレンズだ。実物を前にするのは僕も初めてだよ」

 

 興奮を隠しきれない様子で、シャーロックが説明するが、誰もがその言葉を聞いていない。

 

 なぜなら、皆の視線が、暦鏡に映っている人物に集中しているからだ。

 

 その人物は、見間違える筈も無い、

 

 アリアだった。髪の色は亜麻色であり、目はサファイアのような蒼をしているが間違いない。今よりもやや幼い雰囲気があるが、仕草や雰囲気は間違いなくアリアだった。

 

 背中の開いたサニードレスを着ているアリアは、こちら側から見えない誰かと楽しそうに談笑している。

 

「アリア君、君は13歳の時、母親の誕生パーティの場で、誰かに銃撃された事があるね」

「は、はい。撃たれました。何者かに、でも、それが今、何だと・・・・・・」

 

 アリアの背中には、その時の傷が残っている。その為、アリアは他人に背中を見られる事を極端に嫌がる傾向にあった。

 

 そんなアリアに対し、シャーロックは驚愕の事実を告げた。

 

「撃ったのは僕だ」

「え・・・・・・」

「いや、これから撃つのだ。これはどちらの表現も正しい」

 

 言いながら、シャーロックはアダムス・マークⅢの撃鉄を起こす。

 

「緋弾の力をもってすれば、過去への扉を開く事もできる。僕は3年前の君に、今から緋弾を継承する」

 

 銃の照準が、レンズの向こうのアリアへと向けられる。

 

「や・・・やめろ!!」

「アリア先輩、逃げて!!」

 

 キンジと瑠香が叫び、友哉が止めに入ろうと刀の柄を握るが、どう考えても間に合わない。

 

「なに、心配には及ばないよ。僕は銃の名手でもあるんだ」

 

 レンズの中のアリアは、気付いておらず、全くの無防備に立ち尽くしている。

 

 駆けるキンジ。その手を必死に伸ばすが、それは届かない。

 

「アリア!! 逃げろ、アリアァァァ!!」

 

 叫ぶキンジに、アリアが不思議そうな顔で振り返った。

 

 その目がキンジと合わさる。

 

『あたし、ここでアンタと会った事がある』

 

 戦闘開始前にアリアが言ったあの言葉は、嘘ではなかったのだ。時空を超えて、今、13歳のアリアと17歳のキンジが出会ったのだ。

 

 そして、

 

 パァン

 

 乾いた音と共に、背中を向けたアリアにシャーロックの撃った弾が吸いこまれた。

 

 驚愕の表情を浮かべ、キンジの方へと倒れて来る過去のアリア。

 

 それを抱き止めようと腕を伸ばすが、その前にレンズは霞み消えていく。

 

 シャーロックの言葉を借りれば、これで緋弾の『継承』は完了した事になる。3年前のアリアへと。あの緋色の光を今のアリアが使えたからくりは、こう言う事だったのだ。

 

「アリア君、緋弾の副作用に付いて、2つ断っておこう。緋弾には延命作用があり、共にある者の肉体的な成長を遅らせる。あれから君は、体格があまり変わらなくなった事だろう。それと文献によれば、成長期の人間に色金を埋め込むと、体の色が変わるらしい。皮膚の色は変わらないようだが、髪と瞳の色が美しい緋色に近付いて行くらしい。ちょうど、今の君のようにね」

 

 それで、過去のアリアと今のアリアとではここまで容姿が違うのか。

 

「以上で、僕の『緋色の研究』に関する講義は終了だ。緋弾について僕が解明できたことは、これで全てだよ」

 

 キンジは過去のアリアを救おうとしたまま、その場で蹲り、瑠香は立ち尽くすアリアを気遣うように、そっと寄り添っている。

 

 彰彦と一馬もまた、それ以上動こうとしない。互いに警戒はしつつも、それ以上剣を交える気はないようだ。

 

 友哉は1人、刀に手を掛けながら立っている。

 

 シャーロックの狙いは、初めからこれだったのだ。そして、自分達はまんまとシャーロックの思惑を許してしまった事になる。

 

「アリア君、キンジ君。『緋色の研究』は君達に引き継ぐ。色金保有者同士の戦いは、まだお互い牽制している段階だが、何れ本格的になり、君達はその戦いに巻き込まれていくかもしれない。その時は、どうか悪意ある者達から緋弾を守ってくれたまえ。世界の為に」

 

 そう言っている間に、シャーロックの容貌が急速に老けていくのが判る。それまでは20代の若者だったのが、今は明らかに30代を越えた壮年期の容貌に変わっている。恐らく、緋弾を継承した事で、その副作用の恩恵も失い、肉体の時間が急速に元に戻ろうとしているのだ。

 

 その時だった。

 

「ふざけんな!!」

 

 キンジが、その内に湧き上がる怒りをそのままに、咆哮を上げる。

 

 ベルセによって得られた爆発的な感情の流れを、そのまま直接叩きつけるような叫びは、その場にいる者全員を威圧して余りあった。

 

「シャーロック、お前は、そんな危険な戦いにアリアを巻き込ませるつもりなのか。自分の・・・・・・血の繋がった曾孫をッ」

「キンジ君、君は世界におけるアリア君の重要性が判っていない。1世紀前の世界に僕が必要だったように、彼女は今の世界に必要なんだ」

「違うッ!!」

 

 シャーロックの言葉、その全てを否定するキンジの叫び。

 

 許せなかった。

 

 アリアを、自分のパートナーを道具扱いする目の前の男を、キンジはひたすらに許せなかった。

 

「こいつはただの高校生だ。俺はそれを、よく知っている。ゲームに夢中になって、ももまん食い散らかして、テレビ見て馬鹿笑いしている。ただの高校生なんだ! 何も判ってねえのはシャーロック、お前の方だ!!」

「・・・・・・認めたくない気持ちは判らないでもない。君は彼女のパートナーなのだからね。だがキンジ君。この世に悪魔はいないにしても、悪魔の手先のような人間はいくらでもいる。この世界には、君の想像も及ばないような、悪意を持つ者が色金を、」

「俺は世界なんて物に興味はねえ!! 悪意も善意も知った事か!!」

 

 シャーロックの言葉を遮って叩きつけるキンジの言葉は、一種の子供の我儘のようにも聞こえる。だが、それ故に偽りはなく、純真かつストレートに叩き出される。

 

「それが、世界の選択か・・・・・・」

 

 対してシャーロックは、そんなキンジに背を向け、何処か納得したように呟いた。

 

「・・・・・・それなら、平穏に生きると良い。君達はそう言う選択もできるのだよ。その意思を貫く為にアリア君を守り続けて。平穏無事に緋弾を次の世代に継承しなさい。全て君達が決めて良いんだ。そしてその意思は通るだろう。なぜなら、君達はもう充分強いのだから。良いかいキンジ君、意思を通したければ、まず強くなければならない。力無き意思は、力ある意思に押し切られる。だから僕は君達の『強さ』を急造する為にイ・ウーのメンバーを使ったのだよ。君達が死なない程度の相手を段階的にぶつけていく形でね」

 

 武偵憲章3条にこうある。「強くあれ。ただしその前に正しくあれ」と。

 

 ギリシャ神話に出て来る正義の女神は、右手には力の象徴である剣を持ち、左手には罪を計る天秤を持っていると言う。「力無き正義は無力であり、正義無き力は暴力である」と言う事を現わしているらしい。その体現が、武偵憲章3条なのである。

 

「強くなければ意思は通らない。それは正しいさ。だが正しくなければ意思を通してはならない。それが武偵のルールだ。お前はその逆をやっている。天才の頭脳と強大な力で、自己中にアリアを巻き込もうとしているんだ!!」

「そうかもしれない。けど、僕にはそれができた」

「そうさせねえって言ってんだよ。この俺が!!」

「それなら、さっきも言った通り、そうしなければ良い」

 

 そう言うと、シャーロックは落ちていたスクラマ・サクスを拾い、ICBMの方へ足を向ける。同時に、天井の発射口が開き、青空が見えた。

 

 その光景を見ながら、友哉はいつでも斬りかかれるように腰を落とす。このまま終わるとは思えなかった。

 

 すると、

 

「待て、それで追われるか。こっちを向け」

 

 案の定、キンジが剣呑な声でシャーロックを呼び止める。

 

 その手に再び開いたバタフライナイフを構えている。

 

 これが、本当に最後の激突だ。

 

 足を止めるシャーロックに、向かい合う武偵が1人。否、2人。友哉もまた、刀の柄に手を置いたまま前へと出る。

 

 アリアを撃たれた。その事に怒りを感じているのはキンジだけではない。

 

「どうする気だい? 君達では僕に勝てない事はさっきの戦いで証明したばかりだろう」

「そうですね。けど、このままじゃ収まりがつかないのも事実なんで」

「武偵は義理堅いんでな。パートナーが一発貰ったら、一発返すのが決まりだ」

 

 並び立つ2人の武偵を前に、今も急速に老化が進むシャーロックは向き直る。迎え撃つつもりなのだ。

 

「できるつもりかね?」

「できる。『桜花』絶対にかわせない一撃でな」

 

 自信あふれる返事を返すキンジ。

 

 同時に友哉もまた、できると確信していた。

 

 友哉の持つ飛天御剣流の技は、全てシャーロックに破られた。正確にはまだ1つ、否、2つ残っているが、この場にあっては使用に適さない技である。

 

 だがそれでも、友哉にはまだ、最後の切り札が残っている。

 

 それは一種の確信めいた物で、確証を得られた訳ではない。だが、試してみる価値はあると思っている。

 

 成功率はせいぜい4割。下手をすると3割も無いが、それでも今この場で頼るべきは、それしか無かった。

 

「僕にも推理できない物がある」

 

 シャーロックは静かに語る。

 

「どうやら、友哉君はともかく、キンジ君の行動は、それが遠因なのかもしれない」

「何だよ、それは?」

「若い男女の、恋心だよ」

 

 キンジとアリア。2人の息を飲む声が聞こえた気がした。

 

 だが、最早迷っている暇は無い。最後の賽は投げられたのだ。

 

 友哉とキンジは、僅かに視線を交わし合うと、互いに横に移動して距離を開ける。その一瞬で、自分達の戦術を決定したのだ。

 

「教授」

 

 迎え撃つ姿勢のシャーロックに、彰彦が声を掛ける。自分が2人の相手をする、と言おうとするのだ。

 

 だが、それを察したシャーロックは、微笑を浮かべて首を振った。

 

「いけないよ、由比君。君との仕事の契約は、緋弾の継承を済ませた時点で完了している」

「しかし・・・・・・」

「それに、君には大望があるのだろう。こんな場所で、僕のような老兵の為に、命を危険に晒す物じゃない」

 

 そう告げられると、彰彦は何も言う事ができなくなってしまう。

 

 ただ仮面の奥で、成り行きを見守る事しかできなかった。

 

 沈黙が支配する一瞬。

 

 次の瞬間、

 

 仕掛けた。

 

 先攻したのは友哉。

 

 地を蹴ると同時に、刹那の間にシャーロックへ接近する。

 

 友哉にはある種の確信があった。

 

 飛天御剣流は、全てにおいて速さを基本とし、相手に先んじる先の剣を骨子としている。

 

 ならば、まだ見ぬ奥義は、どのような形となるのか?

 

 今まで使ってきた技は、神速の動きがあって初めて成立し得る技ばかりである。ならば、奥義がその程度である筈がない。

 

 神速を越えた神速。すなわち、超神速こそが、飛天御剣流奥義に繋がるのではないだろうか。と友哉は推測している。

 

 未だに、友哉はその域には達していない。しかし今なら、今だからこそ、できるような気がした。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 裂帛の踏み込み。

 

 放たれる抜刀術。

 

 その速度は、最早目視する事は不可能。

 

 刹那の間すら斬り裂いて、剣閃は迸る。

 

 速度は、そのまま絶大なる破壊力となって、シャーロックへ襲い掛かる。

 

 その一撃を、

 

 シャーロックは、

 

 長剣を盾に、見事に防いで見せた。

 

 否、

 

 攻撃の圧力を受け、シャーロックの体は大きく吹き飛ばされ、倒れないまでも大きく後退する。

 

 崩れる体勢。

 

 最高の名探偵が、初めて見せた隙。

 

 そこへ、友哉の背から、最後の勝負を掛けるべくキンジが飛び出す。

 

 だが、流石は名探偵シャーロック・ホームズ。キンジが攻撃位置に付いた時には既に、体勢を立て直していた。

 

 キンジがナイフを翳して斬り込む。

 

 桜花

 

 この技は、連発する事はできない。一度使えば、自身の腕を損傷してしまうからだ。

 

 それでもキンジは躊躇わない。

 

「この桜吹雪、散らせるもんなら、散らしてみやがれ!!」

 

 一瞬にして弾ける水蒸気。

 

 音速を越える一撃。

 

 それが、キンジの腕を傷付け、飛び散った鮮血が舞い散る桜のように花開く。

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 自らの右腕を犠牲にする、最大最後の一撃。

 

 その攻撃を前にして、

 

 バチィィィィィィィィィィィィ

 

 シャーロックは、片手真剣白刃取りの要領でキンジの一撃を受け止めて見せた。老いて尚、人知を凌駕する技量は健在。

 

 カウンターとして放たれる、長剣の一閃。

 

 その一撃を、キンジもまた片手真剣白刃取りで受け止める。

 

「惜しかったね、キンジ君」

 

 互いに千日手の状況となり、至近距離で向かい合う。

 

 どちらも動けず、どちらも退く事ができない。

 

 だが、

 

「惜しくねえよ」

 

 キンジは不敵に言い放つ。

 

「そう来る事は、判ってたんだからな!!」

 

 大きくのけぞると同時に、キンジはシャーロックの頭に自身の頭を叩きつけた。

 

 遠山家に代々伝わる隠し技。キンジにとって、本当に最後の奥の手である。

 

 頭突きを食らったシャーロックは、剣とナイフを離し、のけぞるようにして仰向けに倒れ込んだ。

 

 ついに、

 

 ついにキンジは、イ・ウーリーダーにして、世界最高の名探偵を打ち破ったのだ。

 

「やった・・・・・・・・・・・・」

 

 既に立っている事もままならなくなり、その場に膝を突きながら友哉は呟いた。

 

 そこへ、

 

「友哉君ッ!!」

 

 瑠香が転がるようにして駆け寄って来る。

 

 それに応えるべく立ち上がろうとして、

 

「グッ!?」

 

 友哉の全身に、軋むような痛みが奔った。

 

 神速を越えた、超神速の一撃を放ったのだ。体に負担が来ない筈がない。

 

「友哉君、大丈夫!?」

 

 心配そうに覗き込んで来る瑠香。対して友哉も、痛みを堪えて笑みを見せる。

 

「大丈夫だよ、これくらい・・・・・・」

「でも、でも友哉君。こんなに、体、ボロボロになって・・・・・・」

 

 床に座り込んだまま、瑠香は涙をこぼし始める。

 

「ごめんね・・・・・・ごめんね、あたしの為に、こんなになるまで・・・・・・」

 

 泣きじゃくる瑠香。

 

 そんな瑠香に対し、友哉は重くなった腕を持ち上げてその頭を優しく撫でてあげる。

 

「泣かないで、瑠香。瑠香は僕の家族だ。家族を守るのは、当然の事だよ」

 

 そう言って微笑む友哉に、瑠香は恥ずかしそうに鼻をすすりながら、顔を赤くする。

 

 向こうの方では、アリアがシャーロックに手錠を掛けているのが見える。長い戦いだったが、これにて一件落着、と言う事だろう。

 

「忘れないで、瑠香。僕は、ううん、僕だけじゃない、茉莉も、陣も、君の事を大切な仲間だと思っている。君が危険な目にあっている時は、僕達は何を置いても君を助けに行くよ」

「友哉君・・・・・・友哉君ッ」

 

 感極まって抱きついて来る瑠香を、友哉は軋む体で必死に抱きしめる。正直、すぐにでも床に倒れてしまいたい心境だったが、今だけは、こうして好きなだけ泣かせてやりたかった。

 

 と、

 

「終わったようだな」

 

 いつの間に横に立ったのか、煙草を吹かしながら一馬が傍らにいた。

 

 刀は既に鞘に収められ、これ以上戦闘を行う気が無い事を現わしている。

 

「そうですね」

 

 そう言って、友哉はニコニコとした顔を一馬に向ける。

 

「・・・・・・何だ?」

 

 訝るように尋ねる一馬に、友哉は得意げな顔で言う。

 

「結局、誰も死なないで事件は終わりましたね」

「フンッ」

 

 友哉の言葉に、一馬は鼻を鳴らした。

 

 ここに来る前、戦う以上は人を殺す覚悟を持てと言った一馬に対し、友哉はそれを真っ向から否定した。そして、見事にそれを証明してみせたのだ。甲板上の戦いで重傷を負った金一がどうなったか心配だが、向こうにはパトラや白雪もいる。きっと大丈夫だろう。

 

「そんな事で一々得意げになるな。不気味な奴だな」

「ぶき・・・・・・・・・・・・」

「元々、相手が死のうが生きようが、事件が解決すればそれで良い。単に俺が戦う以上は、そうしてるってだけの話だ。それくらい気付け、阿呆が」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 何だろう。

 

 勝った筈なのに、

 

 自分の信念を貫き通した筈なのに、

 

 胸の内から湧き上がる、途轍もない敗北感を友哉は拭えなかった。

 

 その時だった。

 

「シャーロック、どこへ行くんだ!!」

 

 キンジの鋭い言葉に、顔を上げる。

 

 見れば、アリアによって手錠を掛けられた筈のシャーロックが、いつの間にか発射寸前のICBMの前に立っている。しかも、そのICBMにはハッチのような物が取り付けられていた。

 

「やられたッ」

 

 一馬が呻くように言う。

 

 あのICBMは何処かを攻撃する為の物ではない。脱出用だったのだ。

 

「僕は何処にも行かないよ。昔から言うだろう『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』と。さあ、卒業式の時間だ。花火で彩ろう」

 

 そう言うと、シャーロックはICBMに乗り込んでしまう。

 

「曾お爺様、待って!!」

 

 それを追って、アリアも駆けだす。

 

「行かないで・・・・・・! イヤ・・・イヤ・・・・・・あなたの事、ママの事、もっと話したい事があるんです!!」

「アリア、行くな、あれはもう発進する!!」

 

 キンジの言うとおり、既にICBMは発射態勢に入っている。最早止める事は不可能だ。

 

 それでもアリアは、二本の小太刀を抜き放って、ICBMの外壁に取り付く。

 

 その様子を見て、シャーロックは自身の遺言めいた最後の言葉を発する。

 

「アリア君、短い間だったが楽しかったよ。何か形見をあげたいが、申し訳ない。僕にはもう、君にあげられる物は何もないんだ。だから代わりに名前を上げよう。僕がかつて呼ばれていた二つ名だ」

 

 シャーロックは、そう言って微笑み、告げた。

 

 

 

 

 

「さようなら『緋弾のアリア』」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後にハッチが閉じる。発射が秒読みに入ったのだ。

 

 にもかかわらず、アリアも、そしてそれを追い掛けるキンジもICBMから離れようとはしない。

 

「クッ、キンジッ、アリアッ!!」

「遠山先輩、アリア先輩、戻ってください!!」

 

 友哉と瑠香が必死になって叫ぶが、その声は最早、2人に届いていない。

 

 そしてついに、ICBMは浮き上がり始めた。

 

「クッ・・・・・・」

 

 友哉は痛む体を引きずり、鞘に収めた刀を杖代わりにして、ICBMに近づこうとするが、既に手の届かない位置まで上昇していた。

 

 白煙を上げ、次々と発射されるICBMを黙って見送る事しかできなかった。

 

「アリア・・・・・・キンジ・・・・・・」

 

 とうとう、アリアもキンジも飛び立ってしまった。

 

 2人は当然、落下傘のような物は持っていない筈。このままでは、2人の命が失われてしまう。

 

 そう思った時だった。

 

「行ってしまいましたか」

 

 どこか、哀惜を感じさせる声。

 

 その声に弾かれ、友哉が振り返ると、そこには由比彰彦が佇んでいた。

 

「これで、イ・ウーにおける私の役目は終わりましたね」

 

 そう呟く彰彦に対し、友哉は警戒の色を一気に強める。

 

 この場にある人間で、ほぼ無傷を保っているのは彰彦1人だ。友哉は言うに及ばず、一馬もシャーロックとの戦いでボロボロになっており、瑠香も銃の弾が無い。

 

「・・・・・・瑠香、ナイフを貸して」

 

 友哉はまだ戦う気なのだ。刀を振る力は最早残されていないが、ナイフならまだ使う事ができる。

 

「友哉君、そんな体で・・・・・・」

「大丈夫、良いから貸して」

 

 渋々、瑠香が差し出したサバイバルナイフと引き換えに、逆刃刀を少女に預ける。

 

 見れば、一馬もまた刀を抜き、斬りかかるタイミングをはかっていた。

 

 だが、

 

 それに対して彰彦は、右手を上げて2人を制してきた。

 

「私としては、これ以上戦う気はありません。この場は退かせてもらいますよ」

「勝手な言い分ですよね」

 

 友哉はナイフを掲げて、前へと出る。正直、これ以上の戦闘は不可能だが、それでもここで由比彰彦を逃がせば、必ずや後の災禍となる事だけは判っていた。

 

「由比彰彦、あなたは、この場で、逮捕します」

 

 言っている間にも、友哉は膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえる。

 

 そんな友哉の様子が判っているのか、彰彦は刀も銃も抜かずに佇んでいる。

 

「無理をしてはいけませんよ、緋村君」

「・・・・・・・・・・・・」

「何れ、君と再び巡り合う機会はあるでしょう。その時まで、勝負は預けておきましょう」

 

 そう言うと、彰彦は床に発煙筒を転がし、視界を遮りに掛る。

 

「教授に最後に行った攻撃。あれは実に素晴らしかった。次に会う時までに、君があれを使いこなせるようになっている事を願いますよ」

 

 その言葉を最後に、彰彦の気配が煙の中に遠ざかっていく。

 

 友哉にも、そして一馬にも、それを追い掛けるだけの力は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉と瑠香が甲板に出ると、不気味なほどの静けさが海を満たしていた。

 

 戦いは終わった。

 

 イ・ウーナンバー1のシャーロックは空へと去り、他のメンバー達もそれぞれのICBMに乗って、何処かへと飛び立ったらしい。恐らく艦内は今、蛻の殻だろう。

 

 一馬も、やる事があると言って、艦内へと消えていった。恐らく、東京の警視庁本部へと連絡を入れているのだ。この大きすぎる遺物を回収させる為に。

 

 そして、

 

 キンジとアリアもまた、帰って来なかった。

 

「キンジ・・・・・・アリア・・・・・・」

 

 2人を救えなかった。

 

 それが悔恨となって、友哉の胸で疼いていた。

 

 その時、

 

「緋村君ッ 瑠香さん!!」

 

 効き憶えのある、それでいて懐かしさすら感じそうな声が聞こえて来て、2人は振り返る。

 

 そこには、甲板上を走って来る、茉莉と陣の姿があった。

 

「茉莉ちゃん!!」

 

 その姿を認め、瑠香もまた駆けだす。

 

 2人は走り寄ると、互いに飛び付くようにして抱き合う。

 

「瑠香さん、無事だったんですね。ほんとに、良かった」

「うん。茉莉ちゃんも、来てくれてありがとう」

 

 抱擁を交わし合う、少女達。

 

 そこでふと、瑠香はある事に気が着いて顔を上げた。

 

「茉莉ちゃん、今、あたしの名前・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 今更思い出した、と言う風に茉莉は自分の口に手を当てる。

 

 いつの間にか、茉莉は瑠香を名前で呼ぶようになっていたのだ。

 

「ありがと、茉莉ちゃん」

「い、いえ・・・・・・」

 

 笑顔を向ける瑠香に、茉莉は恥ずかしそうに視線を背けた。

 

 そこへ、陣が友哉の傍らに立ち、訝りながら尋ねて来た。

 

「おい、友哉、遠山と神崎はどうした?」

「それは・・・・・・」

 

 陣の質問に、友哉は口ごもった。果たして、2人の事をどう伝えれば良いのか。

 

 そう思った時だった。

 

「ゆ、友哉君、あれ、あれ、あれ見て!!」

 

 かなり狼狽した様子で、瑠香が空の一点を指す。

 

 つられて、上を向く友哉達。

 

 その蒼穹が広がる視界の彼方で、

 

 白い雲を突き抜けて、真っ直ぐに向かってくる赤い鳥が見える。

 

「・・・・・・鳥?」

「いや・・・・・・」

 

 陣の言葉に、友哉は首を振り、そして笑みを浮かべる。

 

 あれは鳥なんかじゃない。

 

「アリア・・・・・・キンジ・・・・・・」

 

 涙で、その光景が霞んで見えるようだ。

 

 瑠香と茉莉が、2人を回収しようとボートのある方向へ走っていく。

 

 やがて、緋弾のアリアと、その最高のパートナーは、ゆっくりと、この地上へと帰って来た。

 

 

 

 

 

第11話「始まりの終わり」      終わり

 

 

 

 

イ・ウー激突編     了

 


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