緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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夏休み編(オリジナル)
第1話「意地っ張りな子猫達」


 

 

 

 

 

 

 

 他人に激しく説明を求めたい時と言うのは偶にある物であるが、今この時がそうなのではなかろうか。

 

 全く訳の判らない状況に放り込まれてしまうと、人はかなりの高確率で思考停止状態に陥ってしまうらしい。

 

 強襲科棟での自主訓練を終えて、寮に帰宅した緋村友哉の心境は、正にそのような感じだった。

 

 人は1人では生きられないと言った偉人は誰だったか? 少なくとも、この間まで海賊の頭領やってた150歳の若作り爺さんでないのは確かだろう。

 

 だが、その言葉は間違っていない。まこと、人と人とは支え合って生きて行かねばならない。

 

 だと言うのに昨今。人は他者を顧みない事が多くなった。

 

 顧みない、と言う事は他者に対して無関心である者が多くなったとも言える。

 

 互いにあい争う、と言う行為は決して褒められた行為でない事は確かだが、それでも相手に対して興味を向けているからこそ起こる現象である。

 

 だが、無関心であるなら、互いに争う事すらできない。相手はただ生活の一背景に過ぎなくなり、互いの感情を交換する事も無くなってしまうからだ。

 

・・・・・・・・・・・・

 

 さて、

 

 現実逃避はいい加減やめよう。

 

 だが、現実逃避の一つもしたくなる、というのも確かである。

 

 なぜなら、このような事はまずあり得ないんじゃないか、と思っていた事が、現実に目の前で起こっているのだから。

 

「だから、あたし、何度も言ってんじゃん!!」

「そんな事言われても、判らない物は判らないんですッ!!」

 

 単刀直入、ぶっちゃけ言ってしまうと、友哉の2人の同居人、四乃森瑠香と瀬田茉莉が、

 

「ああ~、そうだよね~、茉莉ちゃんは弱虫だもんね~」

「瑠香さんに、そこまで言われる筋合いはありませんッ!!」

 

 前代未聞の大喧嘩をやらかしていた訳である。

 

 友哉は唖然としたまま、激しく言い合う2人の少女を眺めている。

 

 夏休みに入り、授業は無くなったが、それでもトレーニングくらいはしておこうと思い、友哉はマメに強襲科棟の体育館に行っては体を鍛えている。

 

 既にイ・ウー戦で受けた怪我も完治し、体を動かす事に支障は無くなっている。

 

 診察してくれた高荷紗枝からも太鼓判を貰った事で、友哉は今日も訓練で汗を流し、夕方になると寮に戻った。

 

 寮では一足先に戻った瑠香と茉莉が、食事の支度をして待っている筈。

 

 後はシャワーを浴びて、3人で食事をしてゆっくりと過ごそう。

 

 そう思っていたのだが、

 

「おろ・・・・・・・・・・・・」

 

 帰る早々、友哉の目に飛び込んできた光景がこれであった。

 

 

 

 

 

 

 話は、友哉が帰って来る10分前に遡る。

 

 

 

 

 

 キッチンに立つ、茉莉と瑠香。

 

 2人の目の前には、ある種、屍と表現していい物が転がっていた。

 

 それは元々は、とても立派な食材だった。きっと、多くの可能性を秘め、その先には多くの人の舌を楽しませる、そんな希望に満ちた食材だった。筈だ。

 

 だが、そんな希望も、たった1人の破綻者の存在によって全てが打ち砕かれた。

 

 今、2人の目の前には炭化し、元の正体が何だったのか、完膚なきまでに判らなくなった元・食材が置かれていた。

 

「茉莉ちゃん・・・・・・」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

 

 溜息交じりの瑠香の言葉に、茉莉はシュンと項垂れて謝るしかできない。

 

 今日も夕食の準備にかこつけて、瑠香が茉莉の料理の特訓をしていたのだが、

 

 結果はご覧の通り。今日も今日とて絶好調、とばかりに、盛大な失敗を繰り返していた。

 

「もうッ、言った通りに作ってる筈なのに、どうして炭になっちゃうのッ?」

「そ、そう言われても・・・・・・」

 

 茉莉だって、好きで炭を量産している訳ではない。何か失敗の理由があるんだったら、彼女自身が聞きたいくらいだった。

 

 しかし、瑠香が特訓を始めて、もう大分経つと言うのに、未だに上達の兆しすら見えないと言うのも凄い話である。これも、一種の才能と言うべきだろうか?

 

「まあ、しょうがないよ。諦めずに頑張って行こう」

 

 そう言って、瑠香は茉莉を明るく励ます。

 

 だが茉莉は、俯いた表情のまま佇んでいる。ここまでやっても変化が見られない自分の腕前に、絶望感すら抱いていた。

 

「ほら、茉莉ちゃん。もう一回、頑張ってみよう。友哉君が帰ってくるまで、まだ少し時間あるし」

 

 促す瑠香。

 

 だが、茉莉はその声に答えず、ポツリと言った。

 

「どうせ私なんか・・・何度やっても上手になりませんよ・・・・・・」

 

 それは諦念と共に吐き出された言葉。既に茉莉の中では、料理と言う行為に対する諦めがついていた。

 

 だが、

 

 その言葉を聞いた瑠香は、ムッと顔を顰めた。

 

 万事、アグレッシブな行動を旨とする瑠香にとって、後ろ向きな態度は看過しかねる物であった。

 

 ましてか、それが友達の口から発せられるなど、許される物ではなかった。

 

「・・・・・・あたし、そう言う事言う人嫌い」

 

 故に、つい、口調が刺々しい物になってしまった。

 

 顔を上げる茉莉に、瑠香は更に言い募る。

 

「『どうせできない』とかさあ、そんなの弱虫な人が逃げる時の言い訳じゃん。茉莉ちゃんって、弱虫だったの?」

 

 その言葉に、茉莉も頭にカチンッと来る物があった。どうして、たかが料理でそこまで言われなくてはならないのか。

 

 だから、殆ど脊髄反射と言って良いレベルで、こう言ってしまった。

 

「自分と比べないでください。何でも瑠香さんと同じようにできる筈ないです。そんな考え、傲慢だと思いますッ」

 

 今度は瑠香がカチンと来る番だった。

 

「何それ・・・・・・」

 

 瑠香は座った目をして、茉莉を睨みつける。

 

「茉莉ちゃんって、あたしの事、そんな風に思ってたわけ?」

「事実じゃないですか。そうやって、料理ができない私を嘲笑いたかったんでしょうッ」

「・・・・・・・・・・・・言、わ、せておけば~」

 

 頭に来た、とばかりに瑠香も身を乗り出す。

 

 後はもう、売り言葉に買い言葉。

 

 2人の少女は際限なく言い争いを始め、それは留まる事無くヒートアップしていく。

 

 友哉が帰って来たのは、そんな時だった。

 

「おろろ・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前には言い争う2人の少女。

 

 友哉は途方に暮れて、それを眺めている。何しろ、普段あれだけ仲の良い2人だ。今まで多少の意見の食い違いはあったが、ここまで激しい喧嘩は初めての事である。

 

 友哉としても、どう対処すればいいか、見当もつかなかった。

 

 とにかく、事態がこれ以上悪化するのだけは防がなくてはならなかった。

 

「ふ、2人とも、取り敢えず落ち着いて、まずは話を・・・・・・」

 

 この時の友哉は勇敢だった。そして、無謀だった。

 

 牙をむき出して向かい合っているライオンと虎に、「ちょっと道をお尋ねしますが」と言っているような物である。

 

 2人が振り向いた。

 

 と、次の瞬間、

 

「やかましい!!」「引っ込んでてください!!」

 

 少女2人のストレートが友哉の顔面にクリーンヒットする。

 

 そのまま仰向けに吹き飛ばされ、友哉は大きく飛翔する。

 

 薄れゆく意識の中、友哉が思った事、それは

 

『今日の晩御飯、どうなるんだろう?』

 

 であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、その後、どうなったんだ?」

 

 学食で昼食を取る友哉に、隣に座った陣が話しかけて来た。

 

 今日は、陣に付きあってもらって自主訓練をする予定だった。陣の方も弾に体を動かさないと鈍ってしまうと言う事で、わざわざお台場から来てくれたのだが、

 

 今の友哉の姿を見て、ぎょっとしてしまった。

 

 頭には包帯を巻き、腕は三角巾で釣り、右目には眼帯までしている。どうみても、交通事故後の重傷患者だった。

 

 とは言っても、実際の話、見た目ほどには傷はひどくない。せいぜい、顔面が殴られて腫れている程度だ。この包帯は、あの後、我に返った瑠香と茉莉が、慌てて巻いた結果、この木乃伊状態になってしまった、と言うだけの話である。

 

 とは言え、それで仲直りできたか、と言われればそのような事も無く。

 

「最終的には2人して泣きながら取っ組み合いになっちゃってさ。もう僕1人じゃどうしようもなかったから、隣の部屋からキンジとアリアと、あとついでに何か知らないけど一緒にいた理子に援軍頼んで、4人がかりでようやく引き離した」

 

 包帯を取りながら、友哉は説明する。

 

 それで、昨夜の事は一応の終息を見たが、事態はそれで終わらなかった。

 

 結局、

 

『これ以上、あなたの顔なんて見たくもありませんッ』

『あ、そう。じゃあ、さっさと出て行けば。こっちだって清々するよ』

 

 と言う捨て台詞を互いに交わし、茉莉は部屋を飛び出して行った。

 

 その後、理子からメールが来て、茉莉は彼女の部屋に転がり込んだ事が判り一安心したが、結局、朝になっても茉莉が戻ってくる事は無かった。

 

「それにしても、四乃森さんは、あの通りの性格だから判らなくも無いけど、瀬田さんがそんな風に怒るなんて、想像もできないわね」

 

 そう言ったのは、一緒に食事を取っている高荷紗枝だった。彼女も論文の纏めの為に学校に来ていたらしく、見かけた際に声を掛けたのだ。

 

「いや、姐御。あの嬢ちゃん、あれで意外と頑固な所あるからよ。こうなったのはむしろ当然かもしれないぜ」

「そんなものかしらねえ」

 

 月見うどんを口に運びながら、紗枝が首をかしげる。と言うか、もう「姐御」と呼ばれる事に関しては、突っ込みを入れない所を見ると諦めを付けたらしい。

 

 その時だった、

 

「あ、いたいた、お~い、友哉君ッ」

 

 昼食のトレイを持った瑠香が、こちらに歩いて来るのが見えた。

 

「噂をすれば、って奴だな」

「そうだね」

 

 おもしろげな陣の言葉に、友哉が苦笑しながら応じた時だった。

 

「ここ、良いですか?」

 

 背後から声を掛けられ、友哉の隣の椅子が引かれた。

 

 そこにいたのは、

 

「茉莉・・・・・・」

 

 彼女も食事に来たのか、テーブルの上には日替わりランチ定食が置かれている。

 

 そして、

 

 両者がお互いの存在を認知した瞬間、

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 視線が鋭く交錯する。

 

 視線が火花を散らす、と言う事が実際に起こり得るとは思わなかった。

 

 少なくとも、その場に居合わせた者には、瑠香と茉莉の視線の中央に凄まじい電流が流れたのを見た気がした。

 

「・・・・・・おはようございます、『瀬田先輩』」

「・・・・・・おはよう『四乃森さん』」

 

 のっけから剣呑な雰囲気を、惜しげも無くばら撒く2人。

 

 瑠香は今まで呼んだ事も無いような呼び方で茉莉を呼び、茉莉もまた、前の呼び方に戻って応じていた。

 

 どうやら、溝は思った以上に深いらしい。

 

「・・・・・・・・・・・・こいつは」

「・・・・・・・・・・・・おろ」

 

 2人の雰囲気に呑まれ、気圧される友哉と陣。ただ1人、紗枝だけが平然として箸を動かしていた。

 

 取り敢えず2人とも、ここで争う気は無いらしく、その後は視線も合せないまま席に付く。

 

 しかし、

 

 その緊迫感が蔓延し、場に会話が途切れる。

 

 重たい空気の中、味気の無い食事が続けられ、徐々に沈黙は痛々しい物へと変じていった。

 

「あ~」

 

 そんな空気に耐えられなくなった陣が、意を決して口を開く。

 

「調子はどうだ、四乃森?」

 

 話しかけ方としては最低の部類だが、ここは先陣を切ったその勇気をこそ褒め称えるべきだろう。

 

 対して、瑠香は食事から顔を上げて陣に向き直った。

 

「そりゃ、気分いいですよ。弱虫な娘を追い出せたんですから」

 

 場の空気は一気に氷点下まで下がる。

 

 何もこんな所で挑発しなくても良いのに。

 

 対して、対面に座っている茉莉も、食事を止めて口を開く。

 

「そうですね。私も煩い娘の相手をしなくて、とてもすがすがしい気分です。こんな気持ちになったのはいつ以来でしょう」

 

 こちらも、なかなか負けてない。

 

 一瞬、瑠香の額に、青筋が立った気がした。

 

「ほ~んと、辛気臭いのがいなくなってくれて、お部屋が広くなった気分だよ」

「静かな日常が戻ってきて何よりです」

 

 友哉達がハラハラと見守る中、2人の口喧嘩はヒートアップしていく。

 

「大体、瑠香さんはいつもいつも、私を子供扱いして、年下のくせに一体何様ですかッ?」

 

 舌鋒鋭く言い募る茉莉に対し、瑠香は反撃とばかりに言葉を投げる。

 

「ふ~んだ、未だに子供っぽいイチゴパンツ穿いてる娘に、そんな事言う資格ありませ~ん」

「んなッ!?」

 

 絶句する茉莉。しかし、その顔を羞恥で真っ赤に染めながらも、反撃の口火を切る。

 

「・・・・・・そう言う事言うんだったら、私にも考えがあります」

「へー、どんな?」

 

 キッと、茉莉は顔を上げる。

 

「瑠香さんなんて、私よりおっぱいが小さいじゃないですかッ」

「うぐッ」

「そんな人に子供っぽいとか言われたくありません」

「うぐぐぐ・・・・・・」

 

 歯を食いしばりながら、それでも瑠香は辛うじて踏みとどまる。

 

「ま、茉莉ちゃんなんて、この間ホラー映画見て、夜1人でおトイレに行けなかったじゃない!!」

「ハウッ!? そ、そんな事言ったら、瑠香さんなんて、テストで0点取った挙句、追試の前の晩になって私に泣きついて来たじゃないですかッ 徹夜で勉強教えてあげたのは誰だと思ってるんです!?」

「ウガッ!?」

 

 そんな感じで、2人の言い合いは留まる事無く熱を帯びていく。何だか最早、喧嘩と言うよりも「恥ずかしい秘密暴露大会」みたいな感じになっているが。

 

 因みに胸のサイズに関しては、茉莉が84のB、瑠香が82のこれまたB。どちらも見た目、大きさに大差は無く、小さいという点ではどっちもどっちである。つまり、一言で言い表すと「ドングリの背比べ」である。が、本人達にとっては死活にかかわる重要な問題であるらしい。

 

「「あ~、も~!!」」

 

 殆ど同時に堪忍袋の緒を切った2人は、椅子を蹴って立ち上がる。

 

「「頭に来たッ!!」」

 

 茉莉が菊一文字の柄に手を掛け、瑠香がイングラムを抜き放ち、

 

 そして

 

 

 

 

 

 ズドンッ

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・おろ」

 

 一同が絶句する中、優雅に茶を飲む紗枝は、右手に持ったH&K P9Sを天井に向けて放っていた。

 

 パラパラと、思いだしたように埃が舞い落ちて来る。

 

 そんな一同を前に、紗枝はゆっくりと湯呑をテーブルに戻した。

 

「あなた達。今、食事中。少し静かにしなさい」

「「・・・・・・はい」」

 

 ノロノロと席に着く茉莉と瑠香。

 

 その後、特に騒動のような事は起きなかった。

 

 しかし、茉莉と瑠香は結局、終始視線も言葉も交わさないまま、昼食の時間は沈黙のうちに過ぎて行った。

 

 

 

 

 

「ふうん、そんな事があったんだ」

 

 風呂上がりの理子は、ベッドの上で胡坐をかいて茉莉と向かい合っていた。

 

 理子の部屋に転がり込んで1日。茉莉は馴れない部屋で恐縮しつつも、どうにか暮らしていた。

 

 元々、理子とはイ・ウー以来の友人である。友哉の部屋を飛び出した茉莉が、頼み込んで転がり込み易い人物だった。

 

 頼み易いと言えばもう1人、イ・ウーの同僚としてジャンヌもいるが、そっちはなぜか断られてしまった。

 

『い、いや瀬田。別にお前が嫌いと言う訳じゃない。私はお前の事が好きだぞ。あ、いや、好きと言うのは友人としてであって、別に私はそう言う趣味は無い。って、何を言わせるんだお前は!! と、とにかく、私の部屋は色々と都合が悪いのだ。理子にでも頼んでくれ』

 

 電話で話した際の、何やら異様に慌てたジャンヌの言葉に引っ掛かりはしたが、とにかく断られてしまった以上は仕方がない。

 

 次いで電話した理子は快諾してくれたため、現在に至る訳である。

 

「もうさ、謝っちゃいなよ。ルカルカだって、悪気があってそんな事言った訳じゃないと思うよ」

「それは・・・・・・」

 

 判ってますけど、と茉莉は小さく呟く。

 

 そうだ。自分だって別に瑠香と喧嘩がしたかった訳じゃない。きっかけは、本当に些細な事。ただどちらかが、一歩引いて相手に譲ればそれで丸く収まった筈だ。だが、どちらも激しく自己主張をしてしまった結果、互いに引っ込みが着かない所まで来てしまった。

 

「でもさ、このままずっと喧嘩したままでいる訳にもいかないでしょ?」

「そうですけど・・・・・・」

 

 だからって、自分から謝りに行くのは気が引けた。一応、上級生のプライドと言う物もある。

 

「ま、あたしはどっちでも良いんだけどね~」

 

 そう言うと、理子はピョーンと跳び上がって茉莉に飛びかかった。

 

「キャッ!?」

 

 突然の事で、茉莉は支えきれずに背中から倒れてしまう。

 

「ルカルカもユッチーもいないから、今日は理子がマツリンを独り占めしちゃうぞー」

「ちょ、理子さんッ!?」

 

 理子はご満悦と言った感じに、茉莉の胸元に顔を埋める。

 

「おお~、マツリン、良い匂い~、フカーフカー」

「く、くすぐったいです~」

 

 身を捩って逃れようとする茉莉に、遠慮なく顔を押しつける理子。

 

 そこで、ふと、何かを思い出したように顔を上げた。

 

「あ、そうだマツリン、こう言うのはどうかな?」

「はい?」

 

 訝るような茉莉に、理子は意味ありげに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 訓練が終わっても尚、不機嫌そうにしている瑠香の横を歩きながら、友哉は呆れを隠せなかった。

 

 大体、友哉と瑠香は付き合いが長い。彼女の考えている事はある程度読む事ができた。

 

 多分瑠香は、もう茉莉の事を怒ってはいない筈。むしろ、仲直りするタイミングをはかっている筈だ。

 

 ただ、そのタイミングが掴めずに苛立っている、と言った所ではないだろうか。

 

「ねえ、瑠香」

「・・・・・・・・・・・・」

「いい加減、機嫌直しなよ」

 

 友哉の呼びかけにも答えず、瑠香は1人でズンズンと行ってしまう。

 

 溜息をつく。

 

 全く、頑固な所は、お兄さんにそっくりだな。

 

 などと思った時だった。

 

 ヒューンッ  スコンッ

 

「おろッ!?」

 

 突然、どこからともなく飛来した矢が、友哉の眉間に突き刺さった。

 

「ゆ、友哉君ッ!?」

 

 そのあまりの光景に、瑠香は思わず振り返って声を上げた。

 

 友哉に突き刺さった矢。その先端付近には、何やら紙が巻かれている。つまり、矢文と言う事だ。

 

 見れば、先端の部分は鏃ではなく玩具の吸盤になっている。シリアスなのかギャグなのか、イマイチ判り辛い。

 

「お、おろろ~」

 

 目を回している友哉から手紙を取り出し、瑠香は開いて読んでみた。

 

『四乃森瑠香様

過日の遺恨、決闘にてこれを果たしたく思い候。ついては明日、朝9:00、強襲科体育館まで来られたし。ルールは無制限、一本勝負。武器使用ありとします。

 

瀬田茉莉

 

追伸

逃げたかったら、どうぞお好きに』

 

 文面は淡々とした文字で、そう書かれていた。

 

 明らかな挑発と思われる最後の一文に、凄まじいまでの悪意を感じずにはいられない。

 

「お、おろ・・・・・・」

 

 復活して横から覗き込んだ友哉が、思わず絶句してしまうような内容だが、筆跡は確かに茉莉の物だった。

 

 あの茉莉が、まさかここまでするとは。

 

 と、

 

「ク・・・・・・クッ・・・・・・クックックックックッ」

 

 手紙を握りしめたまま、瑠香がくぐもったような笑い声を上げ、友哉は思わず後ずさる。

 

 次の瞬間、瑠香は手紙を握り潰し、ガバッと顔を上げた。

 

「あ ん の、小娘ェェェェェェ、人が下手に出てりゃ、つけ上がりやがってェェェェェェ!!」

「いや~、瑠香、コンマ1秒たりとも君が下手に出た事は無いからね」

 

 友哉の冷静な突っ込みも耳に入らず、口から火を吐く勢いで暴走を始める瑠香。

 

 それは最早、友哉の手には止めようがなかった。

 

 と言うか、できれば関わり合いになりたくなかった。

 

 友哉はそっと、溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 夏休みの、早朝と言う事で、強襲科体育館には人影は無い。

 

 そこには茉莉と、立会人として指名された友哉。そして、噂を聞きつけて観戦に来たらしい陣と紗枝、そして理子がいるだけだった。

 

「ねえ、茉莉」

「何ですか?」

 

 友哉の問いかけに、茉莉は素っ気ない返事を返す。既に戦闘モードに入っているらしい彼女は、必要最低限の受け答えしかしない。

 

「本当に、やるの? 決闘」

「当然です。加えて言えば、客観的に考えて、私が瑠香さんに負ける要素は1パーセントにも満たないです」

 

 自信満々に答え、再び沈黙に入る。

 

『果たして、それはどうかな?』

 

 それを見ながら、茉莉には聞こえない声で、友哉はそっと呟いた。

 

 因みに、切った張ったが日常茶飯事の武偵校において、決闘とは「あまりしないように」言われているだけで、したからと言って何かペナルティがある訳ではない。

 

 一方、対戦相手の瑠香はと言うと、まだ姿を現わさない。昨日から友達の部屋に行って、色々と準備しているらしい。

 

 その時、

 

 ザッと言う音と共に、すぐ背後に人の気配が現れた。

 

 そこには制服に身を包み、いつもと同じ姿の瑠香が立っていた。

 

「お待たせ」

 

 素っ気ない一言から、こちらもまた戦闘態勢に入っているの判る。

 

 茉莉と瑠香。あんなに仲の良かった2人が、今まさに激突の時を迎えようとしていた。

 

「遅かったですね」

「ごめんね~ 朝ご飯作るのに時間掛かっちゃって。お料理が下手などっかの誰かさんと違って、食事はちゃんと作る方だから」

「・・・・・・・・・・・・上等です」

 

 明らかな挑発だが、既に戦闘モードに入っている茉莉は応じようとしない。ただ黙って、開始位置に着くだけだ。

 

 対して瑠香も、それ以上の向上は唱えず、自分も開始位置に着く。

 

「マツリーン、ルカルカー、頑張れェ!!」

「思いっきりぶっとばしてやれ!!」

「どうでも良いけど、怪我だけはしないでね。仕事増えるから」

 

 外野が勝手に囃したてている。

 

 その声をBGMにしながら、2人は友哉の方を見る。

 

「友哉君、あたしはいつでも良いよ」

「私もです」

 

 既に闘志充分と言った感じの2人。だが、友哉は、それに水を差すように首を横に振った。

 

「ちょっと待って」

 

 そんな友哉に、2人は不満そうな視線を送る。今更止め立てするつもりなのか?

 

 見れば、理子達も不満そうにブーイングを送って来る。

 

 それらを無視して、友哉は言った。

 

「別に止めはしないよ。ただ、今回は立会人を頼んだから」

 

 友哉がそう言った時だった。

 

「全く、朝っぱらからこんな事に付き合わすなよ」

「ブツブツ言ってないで、さっさとするッ」

 

 実に気だるそうなキンジと、そんなキンジを蹴飛ばすようにアリアが入ってきた。

 

 そんな2人を見て、友哉は苦笑しながら手を上げる。

 

「悪いね、2人とも」

「いや、気にすんな」

 

 友哉が頼んだ立会人とは、キンジとアリアだった。

 

 そう言って手を上げて応じるキンジ。本来なら休み中と言う事で、朝のこの時間はまだ眠っているのかもしれなかった。

 

「では、改めて」

 

 立会人も来た事で、友哉は2人の間に立つ。

 

「これより、決闘を始める。時間は無制限。銃剣爆投極打、全てあり。どちらかの背中が地面に着くか、どちらかが降参する事で勝敗とする」

 

 ルール説明に、2人は黙したまま頷きを返す。

 

 最早言葉は不要。そんな事を感じさせる仕草だ。

 

「では・・・・・・」

 

 友哉は右手を振り上げる。

 

 一瞬、流れる沈黙。

 

 次の瞬間、勢い良く振り下ろした。

 

「はじめッ!!」

 

 裂帛の気合と共に、火ぶたは切って落とされた。

 

 

 

 

 

 先制攻撃を仕掛けたのは、茉莉だった。

 

 自身が主力戦術と恃む縮地を発動。一気に瑠香との距離を詰める。

 

 かつて、友哉すら圧倒した茉莉の縮地。

 

 その神速の移動術は、常人では捉える事すら不可能。

 

『これでッ』

 

 勝利を確信する茉莉。

 

 一撃で決める。

 

 その想いと共に、菊一文字を抜刀した。

 

 次の瞬間、

 

 瑠香の足元で、何かが爆発した。

 

「なっ!?」

 

 立ち上る煙。

 

 それが、一瞬にして茉莉の視界を塞ぐ。

 

「来ると判っていれば・・・・・・」

 

 頭上から降り注ぐ、瑠香の声。茉莉の足を止めると同時に、上空へ舞い上がったのだ。

 

「対処できる!!」

 

 その手に構えたイングラムが火を噴いた。

 

 吐き出される弾丸。

 

 しかし、

 

「甘いッ」

 

 一瞬早く、茉莉はその場から飛び退いた。

 

 弾丸は虚しく、床に叩きつけられた。

 

 瑠香は更に、茉莉を追って銃撃を繰り返すが、縮地を発動中の彼女を捉える事はできない。

 

 やがて、イングラムの弾丸が切れた。

 

 その隙を逃さず、茉莉が仕掛ける。

 

 瑠香にマガジン交換の隙は与えない。このまま一気に決めてしまおう。

 

 茉莉が目指す先には、立ち尽くす瑠香の姿。手には弾切れのイングラムがあるのみ。

 

「もらいましたッ!!」

 

 振るわれる刀。

 

 次の瞬間、瑠香が制服の内側から何かを取り出して投げつける。

 

 次の瞬間、轟音と共に強烈な光が室内を満たした。

 

「うあッ!?」

 

 その衝撃と轟音に、茉莉は思わず、よろけるようにして後退する。

 

 瑠香が使ったのは、屋内制圧用のフラッシュバンだった。それを至近距離で食らった為、茉莉は視覚と聴覚が一時的に混乱を期待してる。

 

『やっぱりね・・・・・・』

 

 戦いの様子を眺めながら、友哉は自分の予想が外れていなかったと感じた。

 

 茉莉は確かに強い。それは実際に剣を交えた事がある友哉にはよく判る。縮地を使用した神速の剣術は、今の友哉でも未だに追いつく事ができない。

 

 だが、逆を言ってしまえば、それだけの話なのだ。

 

 そして、これまでの戦いで、茉莉は自分の手の内を晒し過ぎている。言わば、ネタの割れた手品に近い。それでも戦況を拮抗させていられるのは、茉莉の自力の高さゆえであると言える。

 

 対して瑠香はと言えば、今までの戦いで、あまり己の手の内を晒していない。茉莉も、瑠香の本来の実力は知らない筈だ。この差は大きいだろう。

 

 加えて、互いの属性の関係もある。

 

 茉莉の属性は剣士。己の最も得意な物を見付け、それを極限までに鍛える事で強さを得るタイプであるのに対し、瑠香の属性は忍者。その属性は兵士のそれに近く、勝利の為なら手段を選ばない事を強さとしている。茉莉は戦いにおいて銃も使うが、それはあくまで補助的な意味合いが強く、瑠香の本来持っている戦術の多彩さに比べれば無いに等しい。

 

 剣士と兵士。これはどちらが優れているか、と問われれば即答はできないだろう。だが、この場にあっては、情報量の差で瑠香が優位に立っていた。

 

 友哉が、一概に茉莉優位とは思わなかった理由は、それだった。

 

 茉莉が前後不覚に陥っている隙に、瑠香はマガジンの交換を終えて再び銃口を向ける。

 

「これで、終わりだよ!!」

 

 引き金を引こうとした、その瞬間。

 

 ギンッ

 

「ッ!?」

 

 指の間から、僅かに見えた茉莉の目から、強烈な剣気が放たれ、瑠香は一瞬息を飲んだ。

 

 次の瞬間、茉莉はフラッシュバンのダメージなど感じさせない動きで一気に距離を詰めた。

 

「クッ!?」

 

 とっさにイングラムを持ち上げる瑠香。

 

 しかし、

 

「遅い」

 

 囁かれる声に滲む殺気。

 

 それは、いつもの仲の良いお友達のそれではない。

 

 イ・ウー構成員《天剣》の茉莉としての顔を覗かせていた。

 

 峰で跳ねあげられる菊一文字。

 

 その一閃は、瑠香の手からイングラムを弾き飛ばした。

 

「あっ!?」

 

 放物線を描いて、イングラムが体育館の床へ転がる。

 

「クッ!?」

 

 瑠香が更に道具を出し、それを投げつけようとした。

 

 が、

 

「愚かな」

 

 低い囁き。

 

 次の瞬間、茉莉は容赦なく瑠香の腕を打ち据える。

 

「あっ!?」

 

 その一撃で、手に持っていた道具がバラバラと零れ落ちる。

 

「この距離で、私の剣に先んじられると思っているんですか?」

 

 嘲るような茉莉の言葉。

 

 その剣が、瑠香へと向けて振り上げられる。

 

 次の瞬間、

 

「まだまだァ!!」

 

 叫びと共に、瑠香が足を振り上げる。

 

 同時に、履いていた靴がすっぽ抜け、茉莉へと向かう。

 

「ッ、悪あがきを!!」

 

 吐き捨てるとともに、靴を振り払う茉莉。

 

 しかし、次の瞬間、茉莉の手にある菊一文字に、細長いワイヤーが巻き付けられた。

 

「あっ!?」

 

 知覚した瞬間、刀は茉莉の手からもぎ取られ、遠くへ投げ飛ばされる。

 

「油断大敵、だね」

「・・・・・・やりますね」

 

 初めから靴は囮。茉莉から武器を奪い取るのが目的だったのだ。

 

 茉莉はスカートの下からブローニングを抜き、瑠香も制服の下からサバイバルナイフを抜き放った。

 

 互いに笑みを交わし合い、最後の武器を構える。

 

 同時に、2人は再びぶつかり合うべく疾走を開始した。

 

 

 

 

 

 2人が激突する様子は、見守る一同にからも見る事ができた。

 

 瑠香がナイフで斬りかかり、茉莉がそれをかわして銃で反撃する。

 

 互いに身のこなしが素早いので、入れ替わりが激しい戦闘となっている。

 

「なんつーか」

 

 その様子を眺めていた陣が、腕を組みながら呟くように言った。

 

「あの2人、随分楽しそうにやり合ってんな」

「そうだね~」

 

 答えたのは理子だった。

 

「ルカルカもマツリンも、これじゃあ決闘って言うより、ただじゃれ合っている感じだよ」

「子猫がじゃれ合ってるって感じか?」

「そうそう、そんな感じ」

 

 そう言って2人は楽しそうに笑う。

 

 一方、立会人に指名されたキンジとアリアは、真剣な眼差しを向けていた。

 

「だが、そろそろ決着が着くんじゃねえか?」

「そうね。見たとこ、2人ともそろそろ限界っぽいし」

 

 冷静に戦況を見極める。

 

 既に2人とも、開始当初にあった動きのキレが鈍り始めていた。

 

 茉莉は銃の弾も切れ、瑠香の手からはナイフがもぎ取られていた。

 

 お互い素手のみとなった状態。しかし、その腕を振り上げる力も残されていなかった。

 

 最早お互い、何のために戦っているのかすら思い出せずにいた。ただひたすら、目の前の相手に勝ちたい。負けたくない。そんな想いだけが2人を前に進めていた。

 

「・・・・・・・や・・・やるね・・・・・・さすが、は、茉莉、ちゃん」

「る・・・瑠香さんこそ・・・・・・正直、み、見くびってました・・・・・・」

 

 更に、一歩、互いに前に出る。

 

 その瞬間、タイミングを合わせたように、2人は前のめりに倒れ、そのまま互いを抱き合うような格好でズルズルとへたり込む。

 

 やがて、

 

「・・・・・・・・・・・・ご、ごめん・・・なさい」

 

 ポツリと、絞り出すように茉莉が言った。

 

「本当は、判ってたんです。瑠香さんは、私を思って、あんな事を言ったんだって。それを、私は・・・・・・」

「あたしこそ、ごめん・・・・・・」

 

 茉莉の言葉を遮るように、瑠香が口を開いた。

 

「茉莉ちゃんの気持ちも考えないで、勝手なことばっかり言っちゃって。茉莉ちゃんが怒るのも無理ないよ」

 

 そのまま、硬く抱擁を交わす。

 

「えっと、この場合、どうなるんだ?」

「あ、あたしに聞かないでよ」

 

 判断に困る、立会人2人。キンジもアリアも、この状況をどう処理していいのか判らない様子だ。

 

「引き分け、ってことで良いんじゃないかな?」

 

 友哉は優しく微笑みながら言った。

 

 元々この戦い、友哉としてはどちらが勝っても遺恨が残りそうな気がしていたのだ。こうなってくれた事は、むしろ好都合だったかもしれない。

 

「そう言う事で良い?」

「別に良いよ~」

「まあ、決着が着かない事はちょいと不満だが、悪くはねえな」

 

 理子も陣も、そう言って頷きを返した。

 

 そして、

 

「そうね。良かったと思うわ」

 

 そう言って口を開いたのは、紗枝だった。

 

 でも、と続ける。

 

「このままじゃ、どうにも収まりが着かないから、落とし前くらいは着けてもらいましょうか?」

「・・・・・・おろ?」

 

 紗枝がそう言った瞬間、友哉は背筋に寒い物を感じた。

 

 そんな友哉を無視して、紗枝は立った今決闘を終えた2人に歩み寄った。

 

「さて、2人とも、楽しいお遊びが終わった所で、今度は私と一緒に遊びましょうか」

「へ?」

「あ、あの・・・・・・」

 

 思わず動きを止めて、紗枝を見上げる2人。

 

「あ、あの、遊びって、どんな?」

 

 恐る恐る尋ねる茉莉。対して紗枝は、ニッコリと微笑んで答える。

 

「なに、簡単よ。まず2人が私の前に座るの」

「そ、それから?」

「そして、私の話を聞いているだけ。ね、簡単でしょ?」

 

 それは俗に言う、「お説教」と言う物ではなかろうか。

 

 微笑む紗枝。しかし、その目は1ミリグラムも笑っていない。

 

「あ、アリア先輩、た、助け・・・・・・」

「さて、決闘も終わった事だし、帰るわよキンジ」

「何でお前が仕切ってんだよ」

「り、理子さん・・・・・・」

「あ、理子、これからお買い物に行くんだった。ほんじゃね、バイバイチャーン」

 

 薄情にも背を向けて出て行く3人。

 

 そして、

 

「逃がさないわよ」

 

 ガシッ

 

 まるで子猫を持ち上げるように、2人の首根っこを捕まえる紗枝。

 

「さあ、とっとと始めましょうか?」

「あの・・・・・・謹んでご辞退を・・・・・・」

「え? 何か言った?」

「・・・・・・御拝聴、させていただきます。はい」

 

 最後の抵抗もけんもほろろに弾かれて、顔面、真っ青になる茉莉と瑠香。どうやら、彼女たちの運命は確定したらしかった。

 

「俺も帰るわ」

 

 大きく欠伸をしながら、陣が友哉に言う。

 

「お前はどうすんだ?」

「僕は残るよ」

 

 友哉は苦笑しながら答える。多分、終わった後、2人を慰める人間が必要だろうから。

 

 紗枝は問診の練習と称して、一時期、尋問科を自由履修してた事があるらしく、綴梅子直伝の尋問術を習得している。

 

 友哉も1年の頃、一度受けた事があるが、終わった後、全ての力を使い果たし、立ち直るのに2日掛ったのを覚えている。

 

 そんな訳で、友哉は去っていく陣に手を振り、お説教が終わるのを待つ事にした。

 

 2人は早速、体育館の隅で正座させられ、その頭の上に雷を落とされている。

 

 友哉は肩を竦めると、その様子を少し離れた場所から眺めていた。

 

 説教は、その後、1時間近くに渡って続けられ、瑠香と茉莉は殆ど半泣きに近い状態にまで追い込まれていた。

 

 紗枝の前で正座させられ、項垂れている2人に、紗枝は容赦なく言葉を浴びせて行く。

 

「・・・・・・そもそも、うちの学校じゃ下らない事で決闘する奴等が多いけど、アンタ達もそれと同じレベルね。馬鹿なの? いえ、馬鹿なんでしょうね。馬鹿じゃなかったら、やり合う前に一度話し合いなりなんなりするでしょうし。もうね、アンタ達の事は、明日から馬鹿娘1号、2号って呼ぼうかしら」

「い、いえ、それは・・・・・・」

「あら、不満なの、馬鹿娘1号さん? 随分と贅沢なのね、人に意見するなんて。普通は『ありがとうございます』って泣いて喜ぶ所なんだけど。馬鹿娘が嫌なら阿呆娘1号、2号の方がいいかしら?」

「い、いや、それランク下がってるんじゃ・・・・・・」

「へえ、そんな事を考えられる脳味噌はあるのね。意外だったわ。馬鹿娘2号さん」

 

 そんな感じで、尚も続いて行く。

 

「だいたいね、アンタ達みたいなお尻の青いガキが決闘なんて100年早いわよ。せめてオムツが取れてから出直して来なさいッ」

「「・・・・・・はい」」

「声が小さい!!」

「「は、はいィ!!」」

 

 これは、終わった後、2人に何か奢った方が良いかもしれないな。

 

 友哉はそんな事を思い、尚も続くお説教を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、

 

 いつものようにトレーニングを終えて帰宅した友哉を、なぜか満面の笑顔を浮かべた瑠香と、少し恥ずかしそうに俯いている茉莉が玄関で出迎えた。

 

「おろ、どうしたの、2人とも?」

「良いから良いから、友哉君、こっち来て」

 

 訳が判らないまま瑠香に背中を押され、テーブルへと連行されると、そこには食事が一組用意されていた。

 

 やや色の付いた白米ご飯に、何だか色が濃い味噌汁、辛うじて形が判る程度に炭化した魚に、多分肉だと思われる物。

 

 とても、食事と呼べるレベルの物ではない。しかし、

 

「これ、もしかして、茉莉が作ったの?」

「は、はい・・・・・・」

 

 そう言って俯く茉莉。

 

 一生懸命作ったのだろう。その指には絆創膏がいくつも張られている。

 

「ほらほら、友哉君食べてみて」

「判った」

 

 そう言うと友哉は、箸を取って一つずつ食べて行ってみる。

 

 一通り口に入れてから、箸を置いた。

 

「ど、どう?」

 

 緊張の面持ちで尋ねる瑠香。茉莉もまた、無言のまま真剣な眼差しを向けて来る。

 

 ややあって、友哉は答えた。

 

「・・・・・・・・・・・・まだまだだね」

「・・・・・・そうですか」

 

 友哉の言葉に、茉莉は落胆したように呟いた。

 

「もうッ、友哉君、空気読まなすぎ、茉莉ちゃんだって、頑張って・・・・・・」

「けど、」

 

 抗議する瑠香を遮って、友哉は言った。

 

「すごく、上達したと思うよ。前よりずっと美味しくなったと思う」

 

 その言葉を聞いて、瑠香と茉莉は嬉しそうに手を取って喜びあった。

 

 友哉は、もう一度、箸を取って口に運ぶ。

 

 苦い。

 

 まだ、人に食べさえる、というレベルではないだろう。

 

 だがそれでも、その中にある茉莉の真心のような物は、しっかりと感じる事ができた気がした。

 

 そこでふと、友哉はある事を思い出して顔を上げた。

 

「そう言えば、言い忘れてたけど、メールボックスに茉莉宛ての手紙が来てたよ」

「手紙・・・・・・ですか?」

 

 茉莉は訝るようにして受け取り、何気なく裏面に返した。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「誰から?」

 

 横から覗き込もうとする瑠香。

 

 だが、茉莉は隠すように、身を翻した。

 

「あ、あの、すいません。重要な書類みたいなんで、部屋で読みますね」

「そう?」

 

 そう言うと、茉莉は自分が使っている部屋へと入って行った。

 

「いや、それにしても、茉莉も良く頑張ったね」

「でしょでしょ、大変だったんだから」

 

 そう言って、瑠香も一口、食べてみる。

 

「うん、ようやく、食べられるって感じになったね」

「これも、瑠香のおかげかな?」

「や、やだなあ、もう」

 

 褒める友哉に、瑠香は照れたように顔を赤くした。

 

 だが、実際、瑠香が献身的に茉莉の特訓に付き合ってあげたからこそ、茉莉の料理の腕は、ここまで上達したんだと思う。

 

 あの喧嘩の事は、確かに大変だったが、結果的に2人の友情はより強まったように、友哉には見えた。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言で手紙を読む茉莉。

 

 やがて、

 

 手紙を再生できないくらいに細かく破り捨てると、ふらつくような足取りで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

第1話「意地っ張りな子猫達」     終わり

 


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