緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第4話「魔窟地方」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇に映り込む、白い狐の面が怪しく浮かび上がる。

 

 その視線に当てられ、見た人間は腰を抜かしたように後ずさる。

 

「ヒッ、て、テメェが、稲荷小僧か!?」

 

 稲荷小僧。

 

 それは、この界隈で有名になっている通り魔の名前。

 

 ダム関係者ばかりを狙った犯行である為、ダム建設反対派の犯行と思われがちだが、未だに確定的な証拠は掴めていない。

 

 しかし、遅々として進まない中でも、警察の目をあざ笑うかのように犯行は繰り返され、工事関係者の多くが被害にあい、ダム工事は基礎を終えた時点で半ば放置に近い形で停滞していた。

 

 この男も、工事関係者の1人。重機運用関連の責任者である。

 

 男を前にして、稲荷小僧は手にした日本刀を構える。

 

「クッ、クソッ!!」

 

 その姿を目にして、男は破れかぶれとばかりに、傍らにあったシャベルを手にとって構える。これでも、日々現場で鍛えているのだ。喧嘩でもそうそう負ける筈がない。

 

「この野郎!!」

 

 シャベルを振り翳し、稲荷小僧へ殴りかかる男。

 

 振り下ろされるシャベルは、相手を昏倒させるのに充分な威力を持たされている。

 

 しかし、

 

 振り下ろしたシャベルに、相手を殴った感触は伝わってこない。

 

 その一瞬にして、稲荷小僧は男の背後に回り込んでいた。

 

「ヒッ!?」

 

 恐怖にかられる男。

 

 その男に、振り翳した白刃が、真一文字に迫った。

 

 

 

 

 

 静寂な印象のある山間の神社の朝としては、少しにぎやかな物がある。

 

「は~い、お魚焼けたよ~」

「お、待ってましたッ」

「茉莉、そこの醤油、取ってもらえる?」

「はい、どうぞ」

 

 瀬田家の食卓を囲むのは、友哉、瑠香、陣、茉莉の4人。

 

 まさか、友人が自分の家に来るとは思ってもみなかった茉莉としては、嬉しさ8割、戸惑い2割と言ったところか。

 

 いつもなら、父と2人だけの静かな食卓が、武偵校の友人達との楽しい食卓へと変わっていた。

 

「みんな~、おかわりならいつでもしてね~」

「「「「は~い」」」」

 

 急遽、手伝いに来てくれた高橋のおばさんに、一同は元気に返事を返す。

 

 テーブルの上には、おばさんと瑠香が朝から作った料理の数々が並んでいるが、その料理も物すごい勢いで無くなって行く。皆、昨日は長旅の疲れもあり、取る物も取り敢えずと言う感じで床に着いてしまったので、殆ど食事らしい食事をしていなかったのだ。

 

「いや~、それにしても、茉莉ちゃんのお友達がこんなに、東京から遊びに来るなんて、おばさん嬉しいわ~」

 

 自分の娘の事のように喜ぶ高橋のおばさんに、茉莉も微笑を返す。

 

 急に押しかけて来たにもかかわらず、こうして嫌な顔一つせずに手伝ってくれた事には、本当に言葉も無かった。

 

「それで、」

 

 高橋のおばさんは、友哉の方に向き直って尋ねた。

 

「あなたが、茉莉ちゃんの彼氏さん?」

「ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 高橋のおばさんの突拍子もない発言に、茉莉は飲みかけの味噌汁を思いっきり噴き出した。噴き出された味噌汁は、対面に座っている瑠香の顔面を直撃する。

 

「ゲホッ ゲホッ、い、いきなり何言いだすんですか、おばさんッ」

「あら、違うの? だって、そっちのおっきい子は、ちょっと茉莉ちゃんの好みとは違うみたいだし、あたしはてっきり、こっちの女の子みたいな子がそうなのかと思ったんだけど?」

「みんなは、学校のお友達であって、別にそう言う関係じゃありませんッ」

 

 からかうような口調のおばさんに対し、茉莉は顔を真っ赤にして反論している。

 

 その様子を、箸を咥えたままの陣と、瑠香の顔をタオルで拭ってやっている友哉は、唖然として見詰めていた。

 

 やがて食事も終わり、一同の胃袋が満足した頃、洗い物を終えた高橋のおばさんが、居間の方へと戻ってきた。

 

「それじゃ、みんな。おばさん、一旦家に帰るわね」

「ありがとうございました。ご飯、美味しかったです」

 

 一同を代表するように頭を下げる友哉に、高橋のおばさんも満面の笑顔を返す。

 

「良いの良いの、あたしにとって、茉莉ちゃんは本当の娘みたいなもんだし。こうして、わざわざ東京から遊びに来てくれたんだから、サービスの一つもするのは当然よ」

 

 本当にありがたい事だった。昨日、茉莉から聞かされた村の事情から鑑みれば、荒んだ雰囲気であってもおかしくないと思っていたが、こうして無条件で茉莉の味方をしてくれる人がいるなら、それだけでも心強い話である。

 

「これから、村の中を見て回るの?」

「ええ、そのつもりです」

 

 一応、話を合せる為に、「友達の家に遊びに来た観光客」を装うと決めているので、それらしく見せる為に、村を散策する事も考えている。同時に村の実情やダム建設の状況などにも探りを入れる事ができるので、一石二鳥だった。

 

「そう。なんにも無い村だけど、ゆっくりしてってね。あ、でも、」

 

 高橋のおばさんは、少し声のトーンを潜め、内緒話をするようにして言う。

 

「ダム建設現場の方へ行っちゃダメよ。あそこの連中、普通の建設業者にも見えるけど、実際には谷家の息が掛ってるヤクザだって専らの噂だから」

「ヤクザ、ですか?」

 

 ダム建設の話が出た事で、他の3人も注意をおばさんの方へと向ける。

 

「ええ。うっかり現場に近づいた人が、理由も無しに暴力を振られる、なんて事はしょっちゅうあるからね。それに、」

「それに?」

「昨夜も出たらしいのよ、例の稲荷小僧」

 

 稲荷小僧の話は、友哉達も聞いている。ダム建設関係者を狙った通り魔。その正体は未だに判っていないって言う。

 

「なんだか、やーね。この村も物騒になって来て。そんな訳だから、みんなも気を付けるのよ」

 

 そう告げると、おばさんは居間を出て行った。

 

 それを確認してから、友哉は一同に向き直る。

 

「・・・・・・・・・・・・さて」

 

 声に僅かに緊張が入り、眼つきも鋭くなっている。

 

 それは、つい先刻までの「遊びに来たお友達」の顔ではなく、武偵のそれになっている。

 

「今後の方針を決めたいと思う。まず、何よりも探らなきゃいけないのは、ダム建設に関する事と、谷家の事だね」

「実際にゃ、工事は停滞してるって話だが、再開の目処は立っているのかどうか、そこらへんも含めて探り入れた方が良いだろうな」

 

 陣も、頷きながら友哉の考えに賛同する。

 

 茉莉の説明で、村の大体の状況は把握しているが、それでも谷家と言う強大な戦力を相手にするには足りないだろう。もう少し深く、情報収集する必要があった。

 

「それに、気になるのは『稲荷小僧』の事だよね」

 

 付け加えた瑠香に、友哉は頷きを返した。

 

「確かに。現状では敵なのか、味方なのか。味方だとしたら、どういう存在なのかすら判らないのが気になるよね」

 

 言ってから、友哉は茉莉に視線を移した。

 

「そこのところ、どう? 何か知って無いかな」

「・・・・・・・・・・・・何年か前にも、同じような事がありました」

 

 茉莉はやや考え込むようなそぶりを見せたから、口を開く。

 

「街の方から、柄の悪い人達が来て、村の子供やお年寄りに暴力を振るうと言う事件があったんです。その時に、その人達を退治したのが、確か稲荷小僧って呼ばれる人だった筈です」

「成程、今回の出現が初めてじゃないんだね」

 

 ならば、何か情報を持っている人もいるかもしれない。

 

 友哉は頭の中で方針を決め、一同に向き直った。

 

「よし、二手に分かれて行動しよう。僕と陣は、ダム建設現場の方に行ってみる。茉莉と瑠香は村の中を見て、情報収集をしてみて。ほしい情報は、ダム建設の状況と、谷家の事、それに稲荷小僧の事だ。そこら辺を重点的にお願い」

 

 高橋のおばさんの話では、ダム建設現場には柄の悪い連中がいるらしく、荒事になる可能性がある。ここは、男2人が行くのが最適だろう。一方で、女の子2人の方が、情報収集には向いている可能性がある。

 

 その決定に異存は無いらしく、友哉の言葉に、一同は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その建物を見た人間は、一様に、家主の趣味の悪さに絶句する事だろう。

 

 広い庭に、純和風の作りの建物。そこまでは良い。しかし、一歩中に入ると、なぜかそこには3階建の天守閣がそびえ立ち、入った者を見下ろしている。それでいて離れの方は明治初期のモダンな感じの洋館が立っている。これが所謂「和洋折衷」と言う奴だろうか?

 

 とにかく、悪趣味である事には変わりは無い。

 

 その悪趣味な家の主は今、不機嫌の局地にあった。

 

 谷源蔵は、当年とって56歳。若い頃からの不摂生により、背は低いが体は風船のように膨らむ、所謂小太りな男である。濁ったような瞳には、知性よりも、その腹の如く膨らんだ欲望しか見る事ができない。

 

 その源蔵が、なぜ不機嫌かと言うと、彼が主導するダム建設工事が予期せぬ妨害に遭い、思わぬ停滞を見せているからだった。

 

「・・・・・・それで、いつになったら工事は再開できるのだ?」

 

 不機嫌な源蔵の言葉に、目の前の男はひたすら平身低頭している。相手はこの地方一の権力者。逆らえば今晩には彼の死体が山中に埋められ、その存在そのものが無かった事にされてしまう。

 

「は、はい、何分、工事の責任者ばかりが負傷する事態でして、その・・・・・・」

「そんな事は、今更言われんでも判っているッ!!」

 

 源蔵の怒声に、男は飛び上がって恐縮する。

 

「そんな役立たず共の報告なんぞをワシに聞かせるとは何事か、恥を知れッ!!」

「は、はひィィィ!!」

 

 男は床に頭をぶつけんが勢いで、源蔵の前に土下座する。

 

 とにかく、これ以上相手を怒らせるのは得策ではなかった。

 

「良いか、5日だ。5日以内に工事再開の報告を持って来い。さもないと、お前は用済みだ」

「は、はい、必ずッ!!」

 

 慌てて出て行く男。

 

 それと入れ替わるように、部屋に信吾が姿を現わした。

 

「帰ったよ、パパ」

「おお、信吾、どうだ、様子は?」

 

 先程とは打って変わって、源蔵はにこやかな表情で息子を迎え入れる。

 

 対して信吾は、疲れたようにソファに腰を下ろすと、溜息交じりに報告する。

 

「どうもこうも、例の通り魔のせいで作業は停滞。おまけに村じゃそいつを英雄視して、僕等を軽く見る風潮がある。始末に負えないよ」

「稲荷小僧、か」

 

 源蔵は苦々しげに、その名を呟く。

 

 元々、工事は村人の反対運動のせいで、予定よりも遅れ気味であった。それを強引に進められたのは、谷家の持つコネと権力があったからこそである。

 

 その反対運動の旗振り役であった瀬田神社の神主も、予定通り「事故」で意識不明となり、これで工事は進むかと思った矢先の通り魔事件である。はらわたが煮えくりかえるとはこの事だった。

 

 だが、ダム建設が成功すれば、国から莫大な助成金が谷家へ入る事になっている。その資金があれば中央の政界へ進出する事も夢ではなかった。

 

「もっと警察を炊きつけろ。奴を捕まえるのに全捜査員を動員するように言うんだ」

「やってるよ。けど、連中、どうにも動きが鈍くてさ。いっそ、武偵でも雇った方が早いんじゃない?」

 

 近隣の警察は谷の傀儡である。動かし易い半面、トップや中間管理職には能力ではなく「谷家への忠誠度」で選ばれる為、その能力水準は目に見えた低下を見せており、それが稲荷小僧の跳梁を許す結果に繋がっている。

 

 だが、

 

「武偵はまずい。外部から人間を入れると、ワシ等の事もばれる恐れがある。何としても、身内だけで片を付けるのだ」

 

 用心深い、と言うより小心と言えば聞こえは悪いが、源蔵のこの性格故に、数々の悪事の隠ぺいに役立っているのも事実である。

 

 谷家の歴史は古く、そのルーツは幕末にまで遡る。元々は明治政府からこの地方一帯の当地と開発を任されたのが谷家であった。何も、過去の谷家に連なる全ての人間が、このように腹黒かった訳ではない。中には清廉な性格と努力によって、民衆の支持を得て、立派な政策を打ち立てた人物もいた。そのような人物がいたからこそ、戦後の混乱期にも勢力を伸ばす事ができた。

 

 だからこそ、源蔵もまた「領主」として絶大な権力を振るえる訳である。

 

「それよりお前、例の瀬田の娘はどうした?」

「ああ、彼女? やっぱり良いね。東京に行っていたお陰で、少しガキっぽさが抜け始めた所が特にね」

 

 茉莉の話になったとたん、親子共に薄笑いを浮かべた表情となる。

 

「全く、お前も物好きだな。あんな小娘のどこが良いんだ?」

 

 父親の言葉に、信吾は肩をすくめてみせる。

 

「パパは判ってないね。女はあれくらいの時からきちんと躾けて行けば、短期間で立派な雌犬になるんだよよ」

「歳の事じゃない。娼婦に仕立てて稼がせるにしても、雌として飼うにしても、少々肉付きが物足りないと思うんだがな」

「そんな物、最近の技術じゃどうにでもなるさ」

 

 本人が聞けば、嫌悪感しか感じないであろう会話を、親子は平然と交わす。

 

「いずれにしても、急げよ。可能性としては薄いが、親父の方が目を覚ましたら厄介だからな」

「抜かりないよ。所詮は小娘1人だ。どうとでもなるさ」

 

 そう言うと、下卑た笑みを口元に刻みつける。

 

 そこには、統治する者としての知性は微塵も感じる事ができなかった。

 

 

 

 

 

 足を踏み入れると、ただただ寂れた印象しか受けなかった。

 

 友哉と陣は、連れだって件のダム建設現場に来ていた。

 

 ダムの基礎工事は既に終えているらしく、重機や資材などが多く積み上げられているが、それらが動いている気配は無い。

 

 ダム建設ともなると、国家プロジェクトにもなる為、本来ならもっと活気があってしかるべきなのだが。

 

「こりゃ、噂は本当みたいだな」

「うん」

 

 ドラム缶を足で蹴りながら呟く陣に、友哉も周囲を見回しながら答える。

 

 稲荷小僧の影響で工事は停滞。進捗状況は芳しくない様子だ。

 

 やはり、稲荷小僧はダム建設反対派、もっと言えば皐月村の住人と考える方が自然だった。

 

 茉莉から聞いた話では、ダムが完成すれば、皐月村は完全に水底へと沈み、住人は若干の手当てを渡され、後は適当な移住先へと振り分けられる事になるらしい。住民としては、到底受け入れられる話ではないだろう。

 

「とにかく、ダム工事が停滞している事は判った。これ以上ここにいても仕方ないから、僕達も村の方へ移動しよう」

「そうだな」

 

 2人がそう言った時だった。

 

「テメェ等、何しに来やがったッ」

 

 低く言うなるような声に、2人は振り返る。

 

 すると、そこら中の物影から、屈強な男達が這い出て来るのが見える。皆それぞれ、作業着のような物を着ている所から見て、ダム建設の現場作業員である事が判る。

 

 だが、どの顔も剣呑な物ばかりで、とても堅気には見えなかった。

 

「村の奴らか? ここには近付くなって言ってんだろうがよ」

「喧嘩売ってんのか、テメェ等ッ ああッ!?」

 

 そう言って、2人を囲むように近付いて来る。

 

 どう見ても、ただで帰してはくれそうにない雰囲気だった。

 

「どうやら、高橋さんの言っていた事は本当のようだね」

「ああ、どう見ても、柄は悪いわな」

 

 互いに背中を合せるようにして身構える友哉と陣。

 

 その間にも、作業員たちは間合いを詰めて来る。

 

「おい、友哉。刀無しで大丈夫か?」

 

 今回は、一応の潜入調査と言う事で、武偵だと言う事がばれないよう、逆刃刀も武偵手帳も茉莉の家に置いて来ている。元々素手で戦う陣はともかく、主武装を持たない友哉には不利なようにも思えるが。

 

「何とかするよ」

 

 気負いなく、そう返す友哉。

 

 対して、陣も不敵に笑みを返す。

 

「そんじゃ」

「うん」《二手に分かれてバラバラに囲みを突破後、瀬田神社で合流》

《おうよ、了解》

 

 最後は互いにマバタキ信号で会話を交わす。

 

 次の瞬間、

 

「ゴチャゴチャ、煩ェ!!」

 

 その一言を契機に、作業員たちが一斉に襲い掛かって来た。

 

 対抗するように、陣も前へ出る。

 

「オッラァァァ!!」

 

 迷う事無く拳を一閃、近付いて来た作業員を容赦なく殴り飛ばす。

 

 大きく宙を舞い、落下する作業員。

 

「こ、この、舐めた真似を!!」

 

 さらに大量に押し寄せて来る作業員たち。

 

 それに対して、陣は一歩も引かない。むしろ、自分から躍り込んで行く。

 

 その陣に向けて、次々と殴りかかる作業員たち。

 

 だが、複数の拳をまともに受けながら、

 

「へっ、なんだそりゃ?」

 

 陣は不敵に笑って見せる。

 

 如何に屈強な作業員であろうと、陣の人並み外れた防御力を抜く事はできない。逆にカウンターとして殴り飛ばされ、着実に数を減らして行く。

 

 一方の友哉はと言うと、こちらにも作業員たちが群がっている。一見すると線の細い少女にしか見えない友哉である。陣よりも組みし易いと考えるのは当然の事だった。

 

 しかし、

 

「よっと」

 

 友哉は殴りかかって来る男達の頭上を、軽業師のようにひょい、ひょいと跳び回り、かわし、逃げ、そして蹴りつけて行く。

 

 徒手空拳は苦手な方だが、元々身体能力自体はずば抜けて高く、身ごなしも軽い友哉である。掴みかかって来る相手をかわす事など訳無かった。

 

 頭上高く飛び上がり、相手の頭を踏み台にしながら、巧みに包囲網をかく乱して行く。

 

 友哉の動きに比べると、作業員たちの動きはいかにも鈍重であり、ついて来れる人間は1人もいない。

 

 その時だった。

 

「おい、何やってやがるッ」

 

 騒ぎが広がろうとする中、2人の男が怒鳴り込んで来るのが見えた。

 

 禿頭の大男に、細身で小柄の男。先日、信吾の護衛として茉莉の前に現われた2人である。

「こ、これは、比留間の旦那方、実は、このガキどもが勝手に作業場に侵入しようとしたもんで・・・・・・」

 

 作業員の1人が、オドオドしながら報告する。

 

 比留間と呼ばれた男2人は、谷家が個人的に雇っている用心棒であり、その意向に沿わない者を粛正する役割も担っている為、作業員たちの間でも恐怖の対象だった。実際、この比留間達の力と、谷家の権力によって、存在自体を無き物にされた人間は何人もいた。

 

「フンッ 情けない奴らだ。どれ、ちょっとどいてろ」

 

 そう言うと、禿頭の男、比留間洋二は拳を握りながら前へ出る。

 

「兄貴、どっちをやる?」

 

 その傍らに小柄な男、比留間三矢が立って尋ねる。

 

「あっちのデカイ方。あれは俺がやる」

「んじゃ、俺はあの女みてぇな方だな」

 

 そう言って、それぞれの獲物に向き合う比留間兄弟に対し、友哉と陣は素早く視線を交わして頷き合う。

 

 長居は無用、ここらが潮時だった。

 

「いくぜ、おら!!」

 

 三矢が2本のナイフを手に友哉へと迫り、洋二が適当な角材を手にして構える。

 

 対して、友哉を庇うように前に出ると、屈みこむようにして地面に拳を握り、地面に叩きつけた。

 

「オラァァァ!!」

 

 叩きつける二重の衝撃。

 

 二重の極みによる一撃は、地面を大きく抉り、土砂を高々と巻き上げる。

 

 突進してくる比留間兄弟は、その一撃によって視界を塞がれ、思わず立ち止まってしまう。

 

「友哉、今だッ!!」

「了解ッ!!」

 

 陣の合図と共に、2人は踵を返して走りだす。

 

 途中、何人か行く手を阻もうとする作業員達がいたが、それらを蹴散らして、2人は建設現場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 予定通り、一旦陣とは別れて、友哉は森の中へと分け入り、相手の目を撹乱する作戦に出た。

 

 皐月村近辺の森は、開発の手が及んでいない事もあり、鬱蒼として足場らしい足場も無い。普通に歩くのも困難な場所だ。

 

 しかし、身の軽い友哉は、木の幹や枝を足場にしながら空中を駆け、全くスピードを緩める事無く走って行く。

 

 やがて、一本の獣道に出ると、そこでようやく地面に足を下ろした。

 

「ここまで来れば、もう安心かな」

 

 殆ど森を突っ切るような形で走って来た。普通の人間がここまで来るには軽く30分は掛かる事だろう。

 

 一息ついて歩きだす。

 

 陣の方も上手くやっているだろう。向こうは友哉ほど身が軽くないので、そのまま公道を走って逃げていたが、彼の事だ、捕まる事はまずないだろう。

 

 あとは上手い事、瀬田神社で合流すれば良いだけである。

 

 そう思って、友哉が足を進めようとした時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・何の用ですか?」

 

 突然、背後に現われた人の気配に気づき、友哉は振り向かずに足を止めた。

 

 その気配は、先程対峙した作業員や比留間兄弟とは比べ物にならないくらい、剣呑な雰囲気を発散している。

 

 一瞬、刀を持ってこなかった事を後悔したくらいだ。

 

 対して相手は、木の幹に背中を預けたまま言う。

 

「随分、奇遇な所で会う物だな」

 

 斎藤一馬は、低い声でそう告げた。

 

 対して、友哉も硬い口調で応じる。

 

「こんな所で長野観光ですか? 公安0課も暇なんですね」

 

 だが、友哉の皮肉には付き合わず、一馬は自分の本題を言う。

 

「こいつは警告だ。谷家に関わるのはやめておけ」

「え・・・・・・」

「あの一族は、明治期から権力と財を築いて来た連中だ。その力は単純な武力じゃ計りしれん。お前等が行っても潰されるだけだ」

 

 それだけ言うと、一馬は友哉に背を向けて歩きだす。

 

 公安0課。

 

 国内最強の公的武装集団まで動き出しているとなると、いよいよもってこのヤマ、一筋縄ではいかなくなってきているのかもしれない。

 

 友哉は目を細め、木立に隠れて見えなくなる一馬の背中を見送る。

 

 だが、何れにせよ、茉莉と言う大切な仲間が渦中の中心にいる以上、友哉としても手を退くつもりは微塵も無かった。

 

 

 

 

 

第4話「魔窟地方」      終わり

 


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