緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第5話「闇夜の救難信号」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心づくしの京料理による夕飯を終えた後、友哉達は明神一家を交えて、団欒していた。

 

 予想通りと言うべきか、彩の気さくな性格は、茉莉ともすぐに打ち解け、女子同士で花を咲かせている一方で、友哉は、陣や準一など、男同士で話が盛り上がっている。

 

 準一は武偵庁の事務職員である為、鉄火場に出る事は無いが、それでも何人ものプロ武偵と交友がある。彼等から聞いたと言う話を友哉達にも聞かせてくれていた。

 

 プロを目指している友哉達だが、それでも現役の武偵達に比べればまだまだ巣立つ前の雛鳥みたいなものだ。そうして話を聞く事で、心を躍らせると共に、自分達の進むべき進路に明確な方向性を持たせる事もできる。

 

 一方で、女性陣からは、何やら黄色い声が聞こえて来る。

 

「ああ、敦志君可愛い。お顔とかプニプニしてるよ~」

 

 瑠香は寝ている彩の息子、敦志の頬を突いてご満悦といった表情を浮かべている。

 

 敦志は比較的寝つきが良い方なのか、多少の刺激を加えても起きる気配がない。

 

「いいないいな~、ねえ、彩さん。この子、あたしにちょうだ~い」

「へへ~、良いでしょ。でもあげな~い」

「え~、けち~」

 

 冗談のような掛け合いをしながら、瑠香と彩が談笑している。

 

 その様子を眺めながら、茉莉は先程、脱衣所で瑠香とした話を思い出していた。

 

『・・・・・・あの傷を彩さんに負わせたのはね、友哉君なんだよ』

『・・・・・・え?』

 

 瑠香の言葉に、茉莉は一瞬、聞き間違いをしたかと思った。

 

 友哉と彩は従姉弟同士。しかも、金閣寺でのやり取りを見る限り、決して仲が悪いようには見えなかった。

 

 そんな友哉がなぜ、彩に再起不能の傷を負わせる事態になったのか。

 

『・・・・・・あたしね』

 

 戸惑いと共に考え込む茉莉に対し、瑠香は遠い記憶を呼び起こすように語り始めた。

 

『誘拐された事があるの、中学生の頃』

『え・・・・・・・・・・・・』

 

 衝撃が、茉莉の中を駆け巡った。

 

 普段、明るくふるまっているこの少女に、そんな過去があるとは思いもよらなかったのだ。

 

 瑠香は話を続ける。

 

『犯人は、その頃話題になっていた、連続少女誘拐殺人犯だった』

 

 それは凄惨な事件だった。

 

 当時、近畿一帯を荒らすように犯行を繰り返した犯人は、警察に追われ京都に潜伏していた。

 

 ちょうどその時は夏休みであったが、瑠香は持ち前の運動神経を活かして部活の助っ人を行っていた為、朝から学校に行っていた。特にその日は、弱小の女子野球部の助っ人だった為、練習も念入りに行われたのを覚えている。

 

 犯行は、学校からの帰りに行われた。

 

 家まであと少しと言う所で背後から襲われ、何かの薬を嗅がされた瑠香は、そのまま気を失い連れ去られてしまったのだ。

 

 事は、夜になっても瑠香が返ってこない事を不審に思った両親が、捜索届を出した事で発覚した。

 

 犯人は既に、6人の少女を誘拐し、その全員が暴行を受けた上、無惨な姿となって発見されていた事から、瑠香の発見、救助には緊急を要するという判断が成された。

 

『それじゃあ、瑠香さん、あなたは、まさか・・・・・・』

『ああ、大丈夫大丈夫』

 

 誘拐犯から、女として、筆舌に尽くしがたい行為を受けたのではと心配になった茉莉を、瑠香は笑い飛ばした。

 

『だって、あたしはその前に救出されたから』

 

 瑠香の両親は、警察だけでは埒が明かないと判断し、京都武偵局にも捜査を依頼した。

 

 そして、派遣されて来た武偵は2人。

 

『それが、うちのお兄ちゃんと、その時、オフで観光に来ていた彩さんだったの』

 

 だが、実際に瑠香を救出したのは、2人ではなかった。

 

 いち早く誘拐犯の行動を割り出し、監禁場所に踏み込んだのは、彩の助手をしていた、当時14歳の友哉だった。

 

 悲劇は、そこで起こった。

 

 友哉が踏み込んだのは、誘拐犯が瑠香に暴行を加えようとする、正に直前だったのだ。

 

 その瞬間、友哉の中に眠っている、『何か』が目覚めた。

 

 縛られて転がされていた瑠香が目を覚ました時見た物は、木刀を手に冷たい瞳で立ち尽くす友哉と、その足元で襤褸布のようになって転がる誘拐犯の姿だった。

 

 僅か14歳の少年が、大の大人を木刀で殴り殺す寸前までいっていたのだ。

 

 しかも、友哉の狂気は、それのみでは収まらなかった。

 

 殆ど我を忘れているに等しかった友哉は、遅れて突入して来た甲と彩にも牙を剥いたのだ。

 

 当時、既にSランク武偵として活躍していた2人だったが、それでも、我を失った友哉を止めるには足りなかった。

 

 結果、事件は1人の死者も出さずに終息させる事が出来た物の、残された傷跡は深かった。

 

 誘拐犯は、正しく「辛うじて」息がある状態であり、どのような蘇生措置を施しても意識が回復する事はなく、今も植物状態のまま、どこかの警察病院に収容されているという。

 

 そして、辛うじて友哉を止める事はできたものの、結果、彩は左肩に一生治らない傷を残し、そして武偵として戦う力も失ってしまった。

 

 あまりにも凄惨すぎる過去の事件に、茉莉は暫く二の句が告げられなかった。

 

「茉莉ちゃん?」

「え・・・・・・」

 

 いつの間にか黙り込んでいた茉莉を不審に思い、彩が話しかけていた。

 

「どうかした? 具合でも悪いんじゃ、」

「い、いえ、そんな事ないです。大丈夫ですよ」

 

 そう言って、慌てたように微笑を浮かべる。

 

 この明るい女性の未来を、友哉が奪った。

 

 それは、あまりにも現実離れしていて、すぐには茉莉には理解出来なかった。

 

 と、

 

「えいッ」

「ふわッ!?」

 

 いきなり背後から瑠香に抱きつかれ、茉莉は思わず前のめりに倒れそうになった。

 

「折角の旅行なんだから、暗い顔しなーいッ」

 

 そう言うと、瑠香は茉莉の体を、ギューッと抱きしめて放そうとしない。

 

 彩はじゃれ合う2人の様子を、微笑みながら見つめる。

 

「あんた達、ほんと仲良いわね」

「もう、ラブラブだよ」

「いえ、そんな・・・・・・」

 

 ノリノリの瑠香に対して、茉莉は顔を赤くしながら口ごもっている。

 

 そんな女性陣の様子を、友哉、陣、準一の男性陣は、飲み物やつまみを片手に微笑ましく眺めていた。

 

「しっかし、あれだな」

 

 豪快につまみを頬張りながら、陣が苦笑気味に口を開く。

 

「女3人寄れば姦しいってのは、ありゃ本当の事だな」

 

 尚も騒ぎが大きくなっていく女性陣を見ていれば、その考えには頷ける物がある。

 

 だが、1人年長者の準一は、陣の考えを否定した。

 

「甘いな、陣君」

 

 その瞳は、何やらキラーンと輝いた。ような気がした。

 

「へ?」

「女性の声とは、それすなわち、妙なるBGMなんだよ。それは極上の子守唄にも勝る、至高の調さ。それを毎日のように聞く事が出来るんだから、結婚って言うのは本当にいいものだよ」

 

 何やら熱弁し始めた準一。

 

 そう言えば、子供の頃から剣道やっていた関係で彩は、よく通る澄んだ声をしている。

 

 元々声が高い事もあり、ある意味、ソプラノ歌手の歌声を聞いているような感覚になる。

 

「だがよ~」

 

 陣は尚も納得いかないと言った感じに、反対意見を口にする。

 

「その声を出してるのは、彩の姉さんはともかく、あの残念胸2人だぜ。おりゃ、女はもっとバインバインの方がこの・・・・・・」

 

 ガッッシャーン

 

 陣は最後までセリフを言い終える事はできなかった。

 

 その前に飛んできた湯飲み2つが、彼の頭を直撃したからだ。

 

「誰が残念胸よ!!」

 

 湯飲みを投げたフォームのまま、瑠香と茉莉が陣を睨んでいる。

 

「んだよ、痛ェじゃねェか!!」

「先輩が変な事言うからでしょ!!」

 

 ガーガーと言い合う2人の脇で、茉莉も頬をプーッと膨らませて陣を睨んでいる。

 

 まったく、彼らといると飽きなくて良い。

 

 手にしたオレンジジュースを口に運びながら、友哉は心の中で呟いた。

 

 準一は、そんな友哉に今度は話を振る。

 

「それで、友哉君はどうなの?」

「どうって?」

 

 質問の意図が分からず、友哉はキョトンと問い返すのに対し、準一は意味ありげな笑みを見せる。

 

「瑠香さんと瀬田さん、どっちが好きなのかって事だよ」

「いや、どっちかって・・・・・・」

 

 準一の質問に、友哉は苦笑しながら答える。

 

「僕は、どっちも・・・・・・」

「どっちも好きは無しだよ」

 

 友哉の言葉を先読みして、準一は遮った。

 

 流石は、あの彩と結婚した男であり、将来の官僚候補である。戦闘力は皆無でも、口を使った戦いでは友哉に勝っている。

 

「だいたい、僕が聞きたいのはLIKEじゃなくて、LOVEの方だよ」

「そう言われても・・・・・・」

 

 考えてみる。

 

 瑠香と茉莉。

 

 確かに、ここ数カ月、最も多く行動を共にした女の子は、この2人だろう。

 

 他にもアリアや理子など、一緒にいて楽しいと思える女子は多いが、やはり最も仲が良いと言えば瑠香と茉莉だ。

 

 瑠香は幼馴染であり、子供の頃から最も身近にいた少女だ。

 

 一方の茉莉はと言えば、付き合いの長さこそ瑠香に及ばないが、それでもここ半年で、親友と呼んでも差し支えが無い関係は築けていると思う。

 

 だが、準一の言葉に従えば、どちらか一方を選ばなければならない。

 

 となると、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は、瑠香と茉莉の顔を交互に見やる。

 

 2人とも、友哉の視線に気付いた様子は無く、尚も陣と言い合っている。

 

 瑠香も茉莉も、大切な友達だ。できれば、ずっとこのままの関係を維持したいとさえ思っている。

 

 だが、そんなことが許されないのも男女の関係と言う物なのだろう。

 

「友哉君には、まだ早いかな?」

 

 酒の入ったコップを傾けながら、準一が可笑しそうに言う。

 

 確かに、彼の言うとおり、今この場で決める事は、どう考えても無理そうだった。

 

 その時、傍らに置いておいた携帯電話のバイブレーションが振動し、着信が告げられた。

 

「おろ?」

 

 手に取って液晶を確認すると「遠山キンジ」と書いてあった。

 

「もしもし、キンジ、どうしたの?」

 

 キンジは今、レキと一緒に行動しているはず。昼の寺社見学では会う事は無かったが、彼らも京都に滞在しているはずだった。

 

 そのキンジから連絡してきた事に、友哉は少し怪訝な思いだった。

 

 暇つぶしに電話でもかけてきたのだろうか?

 

 そう思った友哉だが、スピーカーから聞こえてきたキンジの声は緊迫に満ちていた。

 

《緋村ッ、すまん、救援を頼みたい!!》

「キンジ?」

 

 友哉が呟きかけた時、スピーカーの向こうで何かが連続してはじけるような音が鳴り響いた。

 

『これは・・・・・・』

 

 友哉の聴覚は、一瞬でその正体に気付く。

 

 種類までは分からないが、それは間違いなく、マシンガンかアサルトライフルの銃声だ。

 

「キンジ、今、どこにいるの!?」

 

 緊迫した友哉の声に、陣や茉莉達も手を止めて視線を向けてくる。

 

 キンジ達が何者かの襲撃を受けている。それは間違いない事だった。

 

《俺た・・・は、今・・・・・・宿・・・・・・山の・・・・・・》

 

 キンジが言っている間にも銃声は続き、台詞は途切れ途切れになって聞こえない。

 

「キンジ、聞こえないッ もう一回言って!!」

 

 だが、そこからは、連続して攻撃を受けたのか、殆ど銃声しか聞こえない状態だ。

 

「キンジッ キンジ!!」

《・・・・・・にかく・・・すけ・・・連絡を・・・・・・む》

 

 次の瞬間、ブツンッと言う音と共に、通話は強制的に切断された。

 

 友哉は黙って、携帯電話を耳から放す。

 

 状況は掴めない。だが、キンジと、そして恐らく一緒にいるレキが何者かの襲撃を受けたのは間違いなさそうだ。

 

「友哉さん」

 

 茉莉が緊張した面持ちで尋ねてくる。

 

 事態の緊迫さは、今の友哉の様子で全員に伝わっていた。

 

 事は恐らく、一刻を争う。

 

「遠山に、何かあったのか?」

 

 陣もまた詰め寄ってくる。

 

 友哉は手短に、電話での事を説明する。

 

 とは言え、情報が少なすぎた。キンジは、自分がどこにいるのかすら、友哉達に言わなかったのだ。これでは、助けに行こうにも動く事が出来ない。

 

「クッ」

 

 臍を噛む友哉。

 

 どうにも、ここのところ、よくない事が連続している気がする。キンジとレキの突然のチーム編成に、それに伴うアリアの反発、今日のココの襲撃もそうだ。

 

 だが、今はそんな事に構っている暇は無い。

 

「とにかく、キンジ達がどこに泊まったのか調べて、助けに行かないと」

 

 武偵校の教務課(マスターズ)に連絡して、キンジ達がどこに泊まったか調べてもらうか、と一瞬思ったが、友哉はその考えを即座に否定する。

 

 今回の修学旅行Ⅰに際し、計画から実行まで全て学生に委任(と言う名の丸投げ)している教務課が、キンジ達の行動を把握しているとは思えない。事実、友哉達も葵屋に宿泊する事を報告していなかった。

 

 それよりも、情報科の人間、例えばジャンヌあたりに調べてもらおうか。その方が確実で早い気がした。

 

 そう思い、友哉は携帯電話でジャンヌの番号を呼び出そうとした。

 

 その時、

 

「待って、友哉君」

 

 瑠香が友哉を制した。

 

「そんな事しなくても、調べられるよ」

「瑠香?」

 

 瑠香は廊下の襖を開くと、大声で叫んだ。

 

「爺や、いる!? ちょっと来てッ」

 

 瑠香に呼ばれ、程なくして従業員の袢纏を着た柏崎弘志が部屋に入ってきた。

 

「どうしました、お嬢さん」

「調べて欲しい事があるの。うちの学校の先輩で、遠山キンジって男の人と、レキって女の子が泊まってる宿を大至急調べて」

 

 そこで友哉は思い出した。

 

 瑠香の四乃森家は、表向きは旅館と言う形を取っているが、実際には江戸時代、幕府に仕えた隠密御庭番集の末裔であり、当時の技術を今に伝える一族だ。

 

 江戸時代から京都に貼り巡らせた情報網は今も生きており、京都府内で起こった事件ならたちどころに探知できるという。瑠香誘拐事件解決の際にも、この情報網が物を言ったのだ。

 

 公式の記録には残っていないが、明治初期に起きた大きな事件の際、葵屋はこの情報網を駆使して、事件の鎮圧に活躍した事が言い伝えとして残っている。緋村家と四乃森家に縁ができたのも、その頃であったらしい。

 

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

 そう言うと、弘志は下がっていった。

 

 その、僅か12分後の事だった。

 

「お待たせしました」

 

 弘志は再び戻ってきた。

 

「遠山キンジさんと、レキさんは比叡山山麓付近の民宿『はちのこ』に泊まっておいでです」

 

 流石は忍びの情報網と言うべきか、たちどころに、個人の所在地を突き止めてしまった。

 

 「天網恢恢、疎にして漏らさず」という言葉があるが、京都における四乃森家は、正にその言葉に当てはまった。

 

「それから、これは付近住人からの情報ですが、遠くの方で何かが爆発するような音を聞いたとの事です」

 

 つまり、既に外部に情報が漏れ始めているという事だ。

 

 急ぐ必要があった。

 

「行こう、みんな」

 

 友哉が声を上げると、茉莉、陣、瑠香が立ちあがって頷く。

 

 目指すは比叡山。

 

 何としてもキンジとレキを助け出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葵屋から車を借り、友哉の運転で京都の町を駆け抜け、比叡山方面へと向かう。

 

 流石に山だけあって、途中から道が入り組んで曲がりくねり、なかなかスピードが出せない。

 

「何だってあいつら、こんな辺鄙なところに泊まってんだよッ」

 

 全員の気持ちを代弁するように、陣がぼやきの声を上げる。

 

 確かに、こんな所に泊まらなければ、苦労する事も無かっただろう。

 

 だが同時に、万が一、街中に宿をとっていたら、襲撃を受けた場合、周囲の被害が拡大した可能性もある。その事だけが唯一、不幸中の幸いだった。

 

 とは言え、急ぎたいというのに、道に慣れていないうえに夜間で視界も悪い。

 

 友哉の運転する車は、どうしてもスピードが遅くなりがちだった。

 

「あの、友哉さん」

 

 後部座席に座る茉莉が、躊躇うように声をかけてきた。

 

「今回の遠山君への襲撃ですが、もしかして、昼間のココと言う人と、何か関係があるのでは?」

「それは、僕も考えていた」

 

 襲撃を仕掛けてきた藍幇という組織は、甲が言うには自陣営の強化を目的に行動しているという。ならば、同じ理由でキンジやレキを襲ったとしても不思議はない。

 

 キンジは、普段こそ一般校の生徒よりは強い、と言う程度の力しかないが、いざヒステリアモードに目覚めれば、プロ武偵ですら圧倒する実力と判断力の持ち主。リーダーシップにも恵まれ、前線で戦う事も、後方で指揮を取る事も出来るオールラウンダーだ。

 

 レキも、パッと見た感じ、ボーっとしているだけに見えるが、その実「狙撃科(スナイプ)の麒麟児」と言う異名を持つ天才狙撃手だ。

 

 陣営強化を目指す藍幇としては、どちらも喉から手が出る程欲しい逸材だろう。

 

 一見するとバラバラに思えた襲撃事件が、ここに来て一本に繋がり始めた。

 

 その時だった。

 

 パンッ

 

 空気が抜けるような音が鳴り響いた一瞬後、車は強烈なスピンがかかった。

 

「「キャァァァァァァァァァァァァ!!」」

 

 後部座席の瑠香と茉莉が、悲鳴を上げて互いを抱き合う。

 

 助手席に座る陣も、座席にしがみつく事でバランスを保ち、友哉は必死にハンドルを操って車体を維持しようとした。

 

 間違いない。これはタイヤがパンクした時の現象だ。

 

 やがて、スピードが緩んだところで、友哉はブレーキを踏みこんで停止させる。

 

 車を路肩に着け、どうにか息を吐きだした。

 

「・・・・・・・・・・・・みんな、大丈夫?」

 

 ややあって友哉が尋ねると、車内で人が動く気配があった。

 

「な、何とかな」

「こっちも、大丈夫です」

 

 陣に、茉莉に、瑠香。どうやら、みんな無事であるらしい。

 

「一体どうしたってのよ?」

「多分、パンクだね」

 

 友哉が、鍵を回しながら答える。

 

 どうやら駆動系や電気系統に異常は無いらしい。と言う事は、タイヤを交換すればまだ走るはずだ。

 

「パンクって、そんな・・・・・・この車は、いつも爺やがちゃんと整備しているはずなのに」

 

 あり得ない、と呻く瑠香。

 

 だが、現実に車はパンクして走行不能になっている。これを修理しないと、動く事もままならない。

 

「とにかく、スペアタイヤに交換を急ごう。みんなも手伝って」

 

 タイムロスになってしまうが、仕方ない。焦って事故を起こしたら、それこそ本末転倒だった。

 

 その時、

 

「おい、友哉」

 

 緊迫に満ちた、陣の声が友哉を引きとめた。

 

 振り向くと陣は、真っ直ぐに前方に目を向けて鋭い目をしている。

 

 点けっ放しのヘッドライトに照らされた闇の先。

 

 そこに、1人の女性が立っていた。

 

「あれは・・・・・・」

 

 友哉には、その女性の顔に見覚えがあった。

 

 それは葵屋の廊下ですれ違った、あの女性だ。あの時は艶っぽい浴衣姿だったが、今は無骨なロングコートを着ている。

 

 その女性が、車の前に立ちはだかるようにして立っていた。

 

 あの後宿帳を調べてもらったが、あの女性は葵屋に泊っていない事が判った。つまり、あの女性は、わざわざ警告めいた言葉を友哉に告げる為だけに現われた事になる。

 

「おい、瀬田、あいつッ」

「ええ、間違いないです」

 

 陣と茉莉も、女性の顔を見て声を上げた。

 

「友哉、お前が鞍馬で襲われた時、俺達を足止めしたのはあいつだ」

「・・・・・・成程」

 

 やはり、と言うべきだった。全ては計画の上での襲撃だったのだ。

 

 となれば、後の取るべき行動も、自ずと決まって来る。

 

「みんな、あの人の相手は僕がする。ナビ通りなら多分、この道を真っ直ぐ上って行けば、もうすぐキンジ達が泊まってる宿が見えて来る筈。みんなは先に行っていて」

「友哉君、大丈夫?」

 

 尋ねて来る瑠香に、友哉は振り返って優しく笑い掛ける。

 

「僕は大丈夫だよ。それより、キンジとレキの方が心配だ。そっちの救援を急ぎたい」

 

 そう言うと友哉は、逆刃刀を掴むと、ドアを開いて外へ出た。

 

「相談は、もう良いのかしら?」

 

 尋ねる女性に対し、友哉は前へと出る。

 

 挑発的な言葉と共に、右手には回転式拳銃のS&W M28ハイウェイパトロールマンが握られている。

 

 対して友哉も、腰を落としていつでも切り込めるように準備する。

 

「一つ聞きます、あなたは、仕立屋のメンバーですね?」

 

 その問いに、女性は少し驚いたように目をも開き、次いで口元に面白そうな笑みを浮かべた。

 

「御名答、よく判ったね」

「やり口が似てますから。見当は付いてました」

 

 依頼主の為に、必要な舞台を作り上げるのが仕立屋の仕事。ならば、キンジ達を襲った輩も、自ずと絞り込める。

 

 恐らく、ココで間違いないだろう。鞍馬山で友哉を襲ったのと同じ手段だ。

 

 女性は面白そうに笑みを浮かべながら、ハイウェイパトロールマンの銃口を友哉に向けた。

 

「『仕立屋』メンバー、坂本龍那(さかもと りゅうな)。悪いんだけど、依頼主の要望で、アンタをこの先に行かせる訳にはいかないわッ」

 

 龍那が引き金を引く。

 

 と、友哉が頭を下げて疾走するのは、ほぼ同時だった。

 

 接近と同時に抜刀、神速の居合が龍那へと迫る。

 

 それと同時に、茉莉、瑠香、陣の3人が車から飛び出した。

 

「行くぞ!!」

 

 2人が戦っている脇を抜けて走りだす。

 

 一瞬、

 

 茉莉は友哉の方へと視線を向ける。

 

 しかし、既に戦いに集中し、視界を真っ直ぐに龍那に向けている友哉が、茉莉の視線に気づく事は無かった。

 

『・・・友哉さん、どうか、無事で』

 

 それだけを心の中で呟き、茉莉は駆けだした。

 

 その間にも、友哉と龍那の激突は続く。

 

「甘い甘いッ!!」

 

 龍那は友哉の斬撃を、ひらりと回避して見せた。

 

 回避しながら照準を修正。再び発砲する。

 

 放たれる弾丸は、刹那の間すら凌駕して友哉を貫く。

 

 はずだった。

 

 だが、

 

 距離的に1メートルも無い状態で、友哉は体を傾けて龍那の攻撃を回避して見せた。

 

「・・・・・・やるねッ」

 

 友哉の技量に、流石の龍那も舌を巻く思いだった。

 

 そのまま友哉は、龍那に対して右側へ向かって回り込もうとする。

 

 対拳銃戦の鉄則。相手が銃を持っている腕側へ回り込むように移動する。そうする事によって、相手は体が開く為、安定した姿勢で銃を構える事が難しくなる。

 

 螺旋を描くように友哉は、龍那へと迫って行く。

 

 だが、

 

「セオリー通り、でも、そんなんで良いのかしらッ!?」

 

 告げると同時に、

 

 龍那はハイウェイパトロールマンを放り投げ、左手に持ち替えて見せた。

 

 向けられる銃口。

 

「ッ!?」

 

 友哉はとっさに足を止める。

 

 龍那の照準は、友哉の未来位置を完全に捕捉していた。

 

 一旦距離を置こうと、動きを止めた友哉。

 

 だが、龍那がそれを許す筈がない。

 

 銃口が、真っ直ぐに友哉に向けられた。

 

「貰ったァ!!」

 

 放たれる弾丸。

 

 だが、

 

 対して友哉は、弾道を完全に見切り、左腕を翳した。

 

 弾丸は友哉の、掲げた左腕に着弾する。

 

 しかし、防弾制服を着ている為、貫通する事は無い。

 

「チッ!?」

 

 その光景に、龍那は舌を撃った。

 

 このように防弾服をアクティブに使った防御をするなど、正気の沙汰ではない。確かに、貫通する事は無いだろうが、至近距離からの着弾なのだ。下手をすれば骨折する程の衝撃が入る筈。

 

 しかし友哉は、一切の躊躇をする事無く、左腕を犠牲にする覚悟で龍那の攻撃を防いで見せたのだ。

 

 そして、

 

 友哉は痛みの残る左腕を下げたまま、右手一本で刀を肩に担ぐように持ち、立ち尽くす龍那に向かって斬り込む。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 体を大きく捻り、回転を掛ける。

 

 左腕を使えないので、旋回する事で威力を水増しする事が目的だ。

 

 龍那は退こうと体勢を入れ替えるが、その前に友哉は斬り込んだ。

 

「龍巻閃!!」

 

 旋風一閃

 

 その一撃が、

 

 龍那の左手首を直撃、その手からハイウェイパトロールマンを弾き飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 殴りつけられた腕を押さえ、龍那は顔を歪める。

 

 対して友哉も、左腕はダラリと下げたまま、右手に持った刀の切っ先を向ける。

 

 互いに片腕同士、尚も失わぬ闘志をぶつけあう。

 

 その時、強烈な光が発せられ、同時に車のエンジン音が響いて来た。

 

 誰かが山道を、車で登って来たのだ。

 

 その一瞬の隙を突いて、龍那は身を翻した。

 

「待てッ!!」

 

 慌てて追おうとする友哉。

 

 だが、茂みにでも隠しておいたのか、気付いた時には既に、龍那はバイクに飛び乗っていた。

 

「待たない。折角、面白くなって来たところだけど、今夜の所はこれで退かせてもらうわ」

 

 そう言って、笑みを見せる。

 

「あたしの先祖は、逃げ足の速さでも結構有名でね。ま、そんな訳だから、ここはトンズラさせてもらうわ」

 

 そう言うと、アクセルを思いっきり吹かして、バイクをスタートさせる。

 

「焦んなくても、またすぐに会う事になるわよ。そんじゃね」

 

 そう言い残すと、友哉の脇をすり抜けて駆け去ってしまった。

 

 こうなると、最早追いつく事はできない。友哉は車よりも速く走る事もできるが、持続力と言う点では敵わなかった。

 

 入れ替わるように、ワインレッドのオープンカーが走って来た。

 

 光岡自動車の傑作オープンカー「卑弥呼」だ。

 

 その助手席に座った人物が、飛び降りると同時に、手にした和弓を構え、鏃を友哉に向けた。

 

「動かないで、刀を捨てなさいッ」

 

 淡々としながらも、鋭く発せられる声。

 

 相手は巫女服を着た少女だった。スラリと背が高く、頭には額金を装着して、万全の戦支度を整えた出で立ちである。

 

 僅かに滲ませている殺気から、相手が本気である事が窺える。恐らく、僅かでも友哉が動こうものなら矢が唸りを上げて飛んで来る事になるだろう。

 

 だが、相手の正体が判らない以上、その言葉に従う事はできない。

 

 友哉も迎え撃つように、逆刃刀を握り直して対峙する。

 

 その時だった。

 

「待って、風雪ッ その人は違います!!」

 

 聞き憶えのある声が、少女を制した。

 

 後部座席に座っていた女性が、出て来て友哉の前に立つ。

 

 卑弥呼のヘッドライトに照らし出された人物は、やはり友哉の知っている人物だった。

 

「星伽さん?」

 

 星伽白雪は、慌てた様子で友哉に駆け寄ってきた。

 

「ごめんなさい、緋村君。私達も慌てて来たから、緋村君の事を敵だと勘違いしちゃって」

「それは・・・良いけど・・・・・・」

 

 友哉は、先程の武装した巫女に目を向けた。

 

 どうやら彼女は、星伽の武装巫女であるらしい。友哉の視線に気づくと、弓を下げて頭を下げて来た。

 

「申し訳ありません、お姉さまの学友の方とは知らず、無礼な事を」

「いや、それは良いよ」

 

 風雪と呼ばれた少女に、友哉は苦笑して見せる。素性を知らなかったのだから仕方がない。友哉が彼女と同じ立場だったら、恐らく同じように行動しただろう。

 

「この娘は風雪。私のすぐ下の妹なの。風雪、こちらは私の学校の友人で、緋村友哉君です」

「よろしくね」

 

 そう言って挨拶してから、友哉は白雪に向き直った。

 

「それで、星伽さん達は、何でここに?」

「はい、実は、私は、この近くの星伽の分社に泊っていたんだけど、そこに銃声のような音が聞こえて来たの。それで、使い魔を飛ばしたんだけど・・・・・・」

 

 どうやら、白雪達は呪術的な力を使って、状況を把握したらしい。

 

 そこで友哉も、キンジからの救援要請があった事。そして、ここで足止めを食らった事をかいつまんで説明した。

 

「そんな、キンちゃんが・・・・・・」

 

 説明を終えると、白雪は明らかに青ざめた顔を見せる。

 

 キンジの事を何よりも、それこそ自分の命よりも大切に思っている白雪にとっては、相当なショックだろう。

 

「とにかく、急ごう。手遅れになる前に」

「そ、そうだね。じゃあ、緋村君も乗って」

 

 そう言って、白雪は友哉も卑弥呼へと誘う。

 

 キンジから連絡をもらって、既にだいぶ時間が経過している。急ぐ必要があった。

 

 

 

 

 

第5話「闇夜の救難信号」      終わり

 


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