緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第4話「立ちはだかる者」

 

 

1

 

 

 

 

 

 車輛科でいつも借りているバイクを持ちだし、後部に瑠香を乗せて、指定された強襲科の屋上に行くと、そこには既に2人の人間がいた。

 

 しかも、どちらにも見覚えがある。

 

「キンジ・・・レキ・・・」

 

 膝を抱えて体育座りをしているレキは、入って来た友哉と瑠香にチラッと視線を向けるだけで、そのまま視線を前方に戻してしまう。相変わらず、感情の読めない少女である。

 

 一方、キンジの方は入って来た友哉達を見付けると、片手を上げて挨拶して来た。

 

「よう、お前等もアリアに引っ張り出されたクチか」

「2人も?」

「まあな」

 

 キンジはため息交じりに肯定し、レキはこちらを見ないまま、相変わらず無表情でコクリと頷いた。

 

「何があったんですか?」

「さあな。俺達もいきなりアリアに呼び出されたから、事情も何も聞いてないんだよ」

 

 そう言って、キンジは苛立たしげに頭をガリガリと掻く。

 

 その呼び出したアリアは、まだ姿を見せていない。この場にいる誰にも事情を説明していないのは余程のは、余程の緊急事態なのか、それとも説明しづらい複雑な事情があるのか。

 

 そんな事を考えていると、友哉達の背後で扉が開く音がして、ピンクの長い髪をツインテールに縛ったアリアが入ってきた。

 

「みんな揃ってるわね。これ以上は時間切れ。まあ、急造のメンバーとしては良い感じね」

 

 キンジ、友哉、レキ、瑠香の順で見回してから言った。

 

「この5人で追跡するわよ。良いわね」

 

 何の説明も無しにいきなりそう言われ、4人は顔を見合わせる。

 

「さ、行くわよ」

「待て待てアリア。ブリーフィングくらいしっかりとやれ!!」

 

 1人でズンズン行こうとするアリアを、キンジが慌てて引き戻す。これには友哉も全く同意見だった。少なくとも何が起きていて、現状はどうで、どのような作戦をどういう編成で行うのか。チーム戦であるなら、最低限これくらいは決めなくてはならない。

 

「バスジャックよ」

 

 振り返りながらアリアが答えた。

 

 武偵校行きのバスが何者かに爆弾を仕掛けられて乗っ取られたと言う。内部には運転手1名の他に武偵校生徒数10名が乗り合わせており、閉じ込められている状態だ。

 

「キンジ、これはアンタの自転車の時と同じ。犯人は《武偵殺し》よ」

「武偵殺しって、あれって、逮捕された筈じゃ・・・・・・」

 

 瑠香が疑うような眼でアリアを見る。

 

 武偵を狙った連続殺人犯《武偵殺し》の逮捕は有名な話である。確かに手口は似通っているが、キンジのチャリジャックも、今回のバスジャックも模倣犯の仕業と考えるのが妥当なのではないか。

 

 だが、アリアは断言するように言った。

 

「それは真犯人じゃないわ」

「何だって?」

「根拠でもあるの?」

 

 尋ねる友哉とキンジを無視するように、アリアは再び歩き出す。

 

「その件に関しては説明している時間は無いし、アンタ達は知る必要も無い。このパーティのリーダーはあたしよ」

 

 指示に従え。アリアはそう言っているのだ。

 

「リーダーだって言うなら、きちんとみんなに説明しろッ 武偵はどんな事件にも命がけで臨むんだぞ!!」

 

 苛立って食ってかかるキンジにアリアは鋭く振り返って言い放った。

 

「武偵憲章1条、『仲間を信じ、仲間を助けよ』。その仲間が危機に瀕している。説明はそれだけで充分よッ」

 

 その言葉に、キンジも、友哉も、瑠香もそれ以上何も言おうとはしなかった。

 

 ただ1人、黙ってやり取りを見守っていたレキだけは、静かに準備を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目標となるバスは学園島を一周した後、お台場へと入ったと言う。

 

 無線傍受していた事で、通報前に行動を開始したアリアチームは、それぞれ役割分担を決めて対処に当たっている。

 

 まず、最も重要な突入班。ジャックされたバスにヘリを使って屋根から乗り込み、事態の収拾と爆弾の解除を行う危険な役割は、キンジとアリアが担当。

 

 友哉は遊撃任務。バイクに乗って地上からバスを追撃。作業中のアリア達を外から援護する。相手が武偵殺しであるなら、キンジを襲った時のようにUZIサブマシンガンの妨害がある可能性は高い。それの排除を行うのが友哉の役割だ。

 

 レキはキンジ達を下ろした後、ヘリで待機。後方支援と狙撃による火力支援を行う。

 

 そして瑠香は4人とは別行動する。諜報科としての行動力と機動力を活かし、アリアが傍受、逆探知した電波の発信場所へ急行、犯人を取り押さえるのだ。

 

 4人と別れ、友哉は1人バイクを走らせる。

 

 走行する車の間を駆け抜けながら、フルフェイスヘルメットの奥でアリアが言っていた事を思い出す。

 

 武偵殺しはまだ捕まっていない。真犯人は別にいる。

 

 それが真実であるならば、大変な事だ。噂では捕まっている武偵殺しは100年以上の懲役が一審によって可決されたとか。それが冤罪だとするならばただ事ではない。下手をすれば刑をかした日本の司法業界は世界中から袋叩きに逢いかねない。

 

 それに、謎がもう一つ。なぜ、アリアがその事を知っていたか、である。特別に武偵殺しを追っていたのか、あるいは、

 

『武偵殺し、本物か、偽物、どちらかと縁があるのか・・・・・・』

 

 そこまで考えると、友哉は僅かに首を振って邪魔な思考を追いだした。

 

 考えても仕方が無い。現実にバスジャックは起きている。今はそちらに集中すべきだ。

 

 更にアクセルを掛け、バイクを加速させる。

 

 計算ではあと1分でバスに追いつく。まず友哉がUZIの排除を行い、安全確保の後、上空のヘリで待機中のキンジとアリアがバスに突入する手はずだ。

 

 その時だった。

 

 前方の歩道橋の上。そこに、こちらを見下ろす男の姿がある事に気付いた

 

 その男が、

 

 走行する友哉に向けてアサルトライフルの銃口を向けている。

 

「ッ!?」

 

 とっさにバイクのアクセルを叩きつけるように全開まで吹かす。

 

 男の銃口が火を噴くのは、ほぼ同時だった。

 

 斜め上から降り注ぐ火線。

 

 間一髪、加速が早かったおかげで銃弾はかすらずに済んだ。

 

 しかし、

 

 横滑りしたバイクが、道路にスリップ痕を描きながら停止する。

 

 まさかの妨害者の出現。いや、妨害自体を予測していなかった訳ではない。だが、それはてっきりバスを視認してからの話だと思っていた。こんな手前で現われるのは予想の範囲外だ。

 

「アリア、ごめん。妨害者だ。そっちには行けない。プランの変更を」

《え、ちょっと、友哉ッ・・・・・・・・・・・・》

 

 耳に装着したインカムでアリアに通信を入れ、向こうの返事を待たずにスイッチを切る。こうなった場合の代替プランもある。地上からの援護は無いが、アリアとキンジなら何とかするだろう。

 

 それより、問題はこっちだ。

 

 振り返り、フルフェイスヘルメットを外す友哉。

 

「へえ、まさかアンタが来るとはね。こりゃ期待以上だ」

 

 聞き憶えのある声が、頭上から聞こえて来る。と、同時に相手が歩道橋の上から飛び降りて来るのを感じた。

 

 振り仰ぐまでも無く、相手の姿は視界に入った。

 

 ボサボサの髪に見上げるような長身痩躯。その髪の下から覗く、ギラつく野獣のような瞳。

 

「相良陣・・・・・・」

 

 それは間違いなく、先日お台場で出会った少年だった。その手に、今は物騒なアサルトライフル、AK74カラシニコフが握られている。

 

 友哉はバイクから降りて、陣と対峙する。

 

「何で、君が?」

「こいつも仕事でね。ま、悪く思うなよ」

 

 そう言うと、手にしたAKを投げ捨てる。

 

 その行動に、友哉は眼を見開く。飛び道具の優位を、なぜあっさりと捨てたのか。

 

「別に驚く事じゃねえだろ」

 

 そんな友哉の様子に、陣は苦笑しながら両の拳を掲げて構える。どうやら、素手で戦うつもりらしい。相手の武器を見て対アサルトライフル用の戦闘を想定していた友哉は、頭の中で戦闘計画を切り替える。

 

「ケンカってのは、面白くやるもんだ。飛び道具なんか無粋なだけさ」

 

 そう言って、僅かに体重移動しながら距離を詰める陣。

 

 対して友哉も、警戒するように腰を落とし、腰の刀に手を掛けた。

 

「そいつがあんたの武器か。良いぜ、抜きなよ。そん代わり、俺も全力で行くからな」

 

 むき出しの闘争心を隠そうともせずに、陣は更に距離を詰める。

 

 次の瞬間、両者は同時に動いた。

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 引き絞るように右の拳を掲げる陣。

 

 対するように、友哉も高速で刀を鞘走らせた。

 

 

 

 

 

 本隊から離れ、1人潜行する瑠香は、愛用スマートフォンのGPSを頼りに、目的の場所へと急ぐ。

 

 アリアが逆探知したと言う電波の発信場所は、学園島のある一点を差している。

 

 そこに本当に武偵殺しがいるのかは判らない。だが、アリアは必ずしも交戦しろとは言っていない。アジトと思われる場所を襲撃し、犯人特定に至る物証が見つかればそれで上出来だった。

 

 元が忍びの家系であるせいか、瑠香は身が軽い。子供の頃から足の速さだけは並みの大人にも負けた事が無かった。数少ない例外が、友哉と、今はプロの武偵として活躍している5つ年上の兄だけだが、あのレベルになると、もう化け物だろうと瑠香は思っていた。

 

 おまけに戦闘においても2人は卓越しており、瑠香は子供の頃から一度も2人に勝てた事が無かった。昔はよく、2人に稽古を挑んではボコボコにやられ、泣いていたのを覚えている。

 

 そんな時、厳しい性格の兄は瑠香には何も声を掛けずにいたが、友哉は違った。優しく気遣い、グズる瑠香が泣きやむまであやし続けてくれた。

 

 そんな事があったのだ。少女が年上の少年に恋をするのは、何の不思議も無い事であった。

 

 自分が関西の武偵校ではなく、わざわざ東京武偵校に転校した理由に、恐らく友哉は気付いていないだろう。鈍感だから。だが、幼い恋心を、今も育み続けている少女にとって、その選択肢は必然以外の何物でもなかった。

 

 瑠香は足を止める。

 

「ここ、か」

 

 そこは普段は使われていない倉庫群。主に機材等の保管庫として使われている。GPSの反応はここから来ていた。

 

 愛用のサブマシンガンであるイングラムM10を抜いて構える。

 

 その時だった。

 

 突然、横合いから飛んで来た物が、瑠香を薙ぎ払った。

 

「ッ!?」

 

 それが刃である事には、すぐに気付いた。掠めたのは二の腕だが、防弾制服を着ていなかったら、腕が肩から数センチ残して斬り飛ばされていた所である。

 

 瑠香は顔を上げて相手を見る。

 

 小柄な人物。恐らくは、女の子だろう。長袖フードのトレーナーに、短パン姿。顔は深くキャップを被っているせいで判らなかった。その手には抜き身の日本刀が握られている。

 

「あんた、一体誰!?」

 

 とっさにイングラムを向けようとする瑠香。

 

 その銃口が相手の少女に向き、引き金が引かれた。

 

 次の瞬間、

 

「え!?」

 

 少女の姿は一瞬にして書き消える。

 

 速い。まるで本気を出した時の友哉や兄のようだ。

 

 次の瞬間、少女は瑠香の目の前、僅かに宙に浮いたような形で出現する。

 

 振るわれる刃。

 

 その一閃が、イングラム本体を切り裂いた。

 

 着地する少女。

 

 そのまま返す一撃が、瑠香の胸を直撃する。

 

 鋭い刃によって、胸の縫製が解れ、ネクタイが斬り飛ばされた。

 

「クッ!?」

 

 どうにか後方宙返りしながら距離を取り、予備武装のサバイバルナイフを抜いて構える。

 

 だが、相手は友哉にすら匹敵するかもしれない敵。こんなナイフ一本で勝てるかどうか。

 

「あんた、何者ッ、あんたが武偵殺しなの!?」

 

 声も高く尋ねる瑠香に対し、相手は答えない。ただ黙って、手にした刀を右八双に構え直す。

 

 瑠香もまた、覚悟を決めて腰を落とし、戦う構えを見せる。どうやら退くにしても進むにしても、目の前の状況を打破する必要があるらしかった。

 

 

 

 

 

 踏み込むと同時に抜刀、友哉の剣は陣へと迫る。

 

 対する陣も、友哉に向け手拳を繰り出す。

 

 体重の乗った一撃だ。かなり場馴れしている事が、その拳撃を見ただけでも判る。

 

 だが、

 

 友哉は突撃状態から更に加速、白銀の剣閃が陣の胴を薙いだ。

 

 スピードにおいて、友哉は誰にも負けない自信がある。陣の攻撃は食らえば確かに痛手にはなるだろう。だが、当たらなければ蟷螂の斧と言う物だ。

 

 打撃を食らって後退する陣。

 

 今の一撃で内臓器官に相当なダメージが入った筈。これで決着が着くか。

 

 そう思った時、

 

 陣は何でもないと言う風に顔を上げた。

 

「やるじゃねえか。だが、まだまだだぜ!!」

 

 まるで何事も無かったかのように、陣は再び向かって来る。

 

 距離はすでに至近。拳の届く範囲だ。

 

 陣の腕が唸りを帯びて迫る。

 

 対して友哉は、上空に舞い踊るように駆けながら陣の攻撃を回避。その背後に着地する。

 

「相良、君はなぜ、こんな事に加担する?」

 

 陣の背後に立ちながら、友哉は鋭い口調で多ずなる。

 

「今こうしている間にも、多くの学生が命の危機に晒されている。みんな武偵を目指しているとはいえ、僕達と年齢は変わらないか、あるいはもっと下の子ばっかりだ。それを、」

「言ったろ、仕事だってよ」

 

 友哉の言葉を遮るように陣は振り返りながら言う。

 

「あんたが誰かの依頼でここに立ってるように、俺も俺で、依頼を受けてここにいる。それ以上でも以下でもねえよ」

「相良・・・・・・」

「ウダウダ言ってねえで掛かって来いよ。その大事なお仲間さんとやらが大変なんだろ。アンタも武偵らしく、言葉じゃなく剣で語りな」

 

 最早問答の余地なしとばかりに、再び構えを取る陣。

 

 再び長身の男が友哉へと迫る。

 

 対して友哉は、今度は自分から仕掛けずに回避に専念する。

 

 刃と峰を逆にしているとは言え、鋼の刀を胴に受けて、倒れるどころかダメージが殆ど入らないとは思わなかった。初めは防弾服の類を着ているのかとも思ったが、それも違う。防弾服は斬撃や銃撃の貫通を防ぐだけの物であり、衝撃を殺す事はできない。つまり、打撃は普通に伝わるのだ。勿論、衝撃吸収材入りの衣服を着用すれば打撃も防げるが、先程の一撃を命中させた時そのような手応えは無かった。

 

 考えられる答えは一つ。この男は、打撃に対して撃たれ強いのだ。

 

『それも、異様に』

 

 恐らく徒手格闘だけでなく。アル=カタをやっても、その防御力だけで押し切れるのではないだろうか。

 

 攻め手を変える必要がある。一撃で倒せないのなら、どう攻めるべきか。

 

「どうした、逃げてばっかじゃ何も変わらないぜ!!」

 

 思案する友哉に対し、吹き上げるような蹴りを放つ陣。

 

 一撃で巨木をも倒しそうな蹴りだが、やはり当たりはしない。

 

 友哉はのけぞるようにして大きく距離を置きながら刀を正眼に構え直す。

 

 先程、陣は本気で戦えと言った。

 

 成程、確かに出し惜しみをして勝てる相手じゃなさそうだ。

 

 本気を見せる必要がある。

 

 そう思った時だった。

 

 突然、彼方で地鳴りのような大音響が鳴り響いた。

 

 思わず交戦をやめ、振り返る友哉と陣。

 

 その視界の彼方では、天を突くかと思われる程、巨大な水柱がそそり立っていた。

 

 あれは確かレインボーブリッジの方角だった筈。

 

「・・・・・・チッ」

 

 その様子を見て、陣は軽く舌打ちした。

 

 同時に友哉も悟った。あれは恐らく、バスに仕掛けられていた爆弾だ。それが爆発して爆炎ではなく水柱が上がったと言う事は、間違いない。キンジ達がやってくれたのだ。

 

「・・・・・折角面白くなる所だったってのによ」

 

 そう言うと拳を下ろす。どうやら、これ以上交戦の意思はないようだ。

 

「残念だが、アンタとの決着はまた今度だ。次は、余計な瑣事は抜きでやり合おうぜ」

「随分勝手な言い分だけど、僕がそれを見逃すと思う?」

 

 言い放つと同時に、友哉は地面を蹴る。

 

 この男は武偵殺しと何らかの繋がりがある。捕えて情報を引き出せれば何かが掴める。

 

 だが陣は、何を思ったのか、その場にしゃがみ込む。

 

 次の瞬間、アスファルトの地面が、まるで爆弾でも炸裂したかのように砕け散った。

 

「クッ!?」

 

 とっさに後退する事で衝撃の半径から逃れる友哉。

 

 粉塵が舞い、視界も効かなくなっている。

 

 やがて、それも晴れた時、その場に陣の姿は無かった。友哉が一瞬ひるんだすきに退却したのだ。

 

「侮れないな」

 

 逆刃刀を鞘に収めながら友哉は呟いた。

 

 一見すると粗野な喧嘩屋に見えるが、その実、引き際を心得た冷静な判断力もある。

 

 一介のチンピラとは訳が違う、もっと戦いなれた存在に思えた。

 

「とは言え」

 

 友哉は、先程水柱が上がった方角を見た。既に水は退いているようだが、作戦は間違いなく成功したと見て良いだろう。

 

 友哉は落ちていたヘルメットをかぶり直すと、再びバイクにまたがる。

 

 アリア達と合流し、状況を確認する必要がある。負傷者がいるなら救護の手も必要だろう。

 

 友哉は遅ればせながらバスに追いつくべく、バイクをスタートさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が落ちる寮の自室で、友哉はデータベースにつないだデスクトップ型パソコンに向かいあい、検索を掛けていた。

 

 検索内容は「武偵殺し」について。

 

 アリアがなぜ、あれほどまでに武偵殺しにこだわったのか。否、武偵殺しの真相を断言できたのか。それが知りたかった。

 

 戦いは、結果的に言えばアリアチームの勝利と言えた。バスの乗客は負傷者はいるものの、全員が軽傷で済んだ。唯一の重症者は防弾装備をしていなかった運転士だが、こちらも命に別条はない。バス自体は、乗り合わせていた車輛科の男子で、友哉やキンジの友人でもある武藤剛気が運転して事なきを得た。

 

 だが、その勝利は苦い物であった。

 

 結局、友哉は陣の妨害により援護任務を全うできず、事件には関わる事ができなかった。任務を全うできなかったと言えば瑠香も同じで、彼女もまた敵の妨害に逢い、武偵殺しのアジト潜入は叶わなかった。瑠香を襲った敵はある程度の時間稼ぎをした後、唐突に後退したそうだが、その後でGPS表示のある場所に行ってみても何もなかったそうだ。

 

 そして、アリアはリモコン操作されたUZIの銃撃を受け、額に軽傷を負った。不用意に屋根の上に出たキンジを護った時、弾丸が掠めたのだ。傷はそれほど深くないとはいえ、女の子の、それも額に受けた傷だ。痛み以上に心理的にきついものがあるだろう。

 

 これに関してはキンジを責める事はできない。何しろUZIの処理は本来、友哉の仕事だったのだから。

 

 結局、爆弾を処理したのはヘリで予備戦力として待機していたレキだった。

 

 バスがレインボーブリッジに出た所で、ヘリで並走しつつ狙撃を敢行。正に神技と言うべき狙撃技術により爆弾を海に吹き飛ばしたのだ。

 

 急造チーム内で自分の義務を果たせたのは、レキだけだったと言える。

 

 一通りの事後処理を終えるのに、結局一日を費やしてしまったが、事件の大きさを考えれば仕方のない事である。

 

 陣との決着は、着かないままに終わったが、あの男の事だ、近いうちに必ず再び友哉の前に現われるだろう。

 

 気になる事は、陣が最後に使ったコンクリートの地面を粉砕した技だ。戦闘現場の事後処理に当たった鑑識科の生徒によれば「どうすればこんな事になるのか判らない」そうだ。

 

 友哉も現場に立ち合ったが、砕かれたコンクリートが殆ど粉々の欠片になり、大きな物でも指先程度にまで砕かれていた。

 

 地面を粉砕する技なら友哉も一つだけ使えるが、それとも違うようだ。何より、友哉の技はあそこまで粉々にならない。せいぜい大きな塊がいくつかできる程度である上、コンクリート等の硬い地面では効果も薄い為、滅多に使わない。

 

 いずれ戦う時には、警戒する必要があるだろう。

 

 そう思った時、ちょうど検索が完了した。

 

 検索を掛けたのは司法関係の裏情報を扱うサイト。通常のサイトでは個人情報保護の為、犯罪者の実名などは伏せられている。だが、こうした裏サイトなら実名も扱っている可能性が高い。

 

 果たして友哉の思惑通り、狙った情報が画面に現われた。

 

『《武偵殺し:神崎かなえ》、一審判決にて懲役122年(他742年)。担当弁護士は即日控訴を表明』

 

「これ、か」

 

 それにしても、懲役864年とは。事実上の終身刑である。

 

 それに、

 

「神崎・・・・・・」

 

 言うまでも無く、アリアと同じ名字。

 

「親戚・・・・・・いや、まさか母親、なのか?」

 

 記載されている年齢を見ると、ちょうど辻褄も合う。そう考えるのが妥当だった。

 

 これで大まかな事が見えて来た。

 

 アリアが武偵殺しの真相を頑なに主張した理由も、こだわった理由もハッキリした。

 

「アリアは、今も戦っているんだ。たった1人で・・・お母さんの冤罪を晴らす為に」

 

 そう考えると、あの小さな武偵が、本当に見た目通り、幼い女の子のように思えて来るのだった。

 

 

 

 

 

第4話「立ちはだかる者」     終わり

 


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