緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第6話「星伽会談」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜間の上に、曲がりくねっている山道を、卑弥呼は猛スピードで駆け抜けていく。

 

 振りだした小雨の中、その運転技術は聊かも衰える事無く走り続ける。

 

 運転手は凄まじい技量だ。武偵校に来たら、余裕で車輛科(ロジ)の教官をやれるだろう。

 

 後部座席に座る友哉など、しがみついていないと振り飛ばされそうになるくらいだ。

 

 一方、隣に座る白雪は、手で印を組んで一心に瞑想している。

 

 恐らく、先程説明してくれた式神からの情報を受信しているのだろう。

 

 幾度か目を開いては、運転手に指示を出している。

 

 焦りを見せながらも、その横顔は冷静さを失っていない。焦る事が、却って事態の進展を妨げる事を白雪も理解しているのだ。

 

 魔剣事件以前の彼女は、優秀ではあるものの、どこか浮世離れした危うげな雰囲気を持っていたが、数々の実戦を経験した事で一本芯の通った頼りがいのある人物に成長していた。

 

 その時、友哉の眼には、卑弥呼の進む先で対峙する人影を捉えた。

 

 そのうち1人は、臙脂色の武偵校制服を着ているのが見える。遠目だが、それがキンジであると判った。

 

 もう1人は、バイクにまたがった状態で、銃のような物を構えている。

 

「あそこッ」

 

 友哉の声に白雪と、助手席に座る風雪が顔を上げた。

 

「風雪!!」

「はいッ!!」

 

 白雪の指示を受け、風雪は立ち上がり、ひらりと身を翻してボンネットに降り立った。

 

 片膝を突いた状態で姿勢を安定させると、その状態から手にした和弓を構えて弦を引き絞った。

 

 放たれた矢は、唸りを上げて飛翔する。

 

 その矢を、バイクの相手は巧みに回避する。

 

「あれはッ!?」

 

 バイクに乗った人物を見て、友哉は声を上げた。

 

 あれは間違いない。鞍馬山で友哉を襲った少女、ココだ。

 

 更に二の矢を放つ風雪。

 

 今度はバイクを狙い、矢はタンク付近に突き刺さった。

 

 状況不利と判断したのだろう。ココはバイクを反転させると、一目散に退却を始めた。

 

 その背後から、キンジが落ちていたライフルを拾って構えるが、その時には既にココの姿はカーブの向こうに消え去っていた。

 

 卑弥呼が立ち尽くすキンジの横に急停止すると、白雪は跳ねるように跳び下りる。

 

「キンちゃん!!」

 

 心配顔で駆け寄る白雪に、キンジは笑い掛ける。

 

「ありがとう白雪、よく気付いてくれたな」

 

 キンジの顔には、それと判るくらいの疲労が見て取れる。恐らく、長時間に渡って神経をすり減らすような戦いを強いられたのではないだろうか。

 

「緋村も、よく来てくれた」

「いや、無事でなによ・・・・・・」

 

 言い掛けて友哉は、キンジの足元に、血塗れのレキが倒れているのに気づいた。

 

「大変ッ!!」

 

 白雪も駆け寄って、レキの顔を覗き込む。

 

 胸元が上下している事から、辛うじて息があるのは判るが、頭と右腕、左太腿から大量出血しているのが見える。

 

「レキは、さっきの奴にやられたんだ・・・・・」

「・・・・・・蕾姫(れき)?」

 

 キンジがそう言い掛けた時、付近警戒に当たっていた風雪が、怪訝そうな顔で尋ねて来た。

 

 風雪は足早に白雪に駆け寄り、何事かを耳打ちした。

 

「・・・・・・それは、本当なのですか?」

 

 話を聞いた白雪は、信じられないと言った風に問い返すが、風雪は確信を持った顔で頷きを返す。

 

 訳が判らない友哉とキンジは、顔を見合わせて首をかしげる。

 

 そんな2人に向き直り、風雪は説明した。

 

「この方の本当の名前は蕾姫、チンギス・ハン、源義経公の子孫にあらせられます」

「・・・・・・えッ?」

 

 友哉は思わず、レキの顔を見る。

 

 レキが源義経の子孫とは。

 

 しかし、義経の子供の内、正室である河越夫人との間に産まれた姫は、岩手県衣川で義経と運命を共にし、側室、静御前との間に生まれた男児は、義経の兄、頼朝の猜疑心によって、鎌倉の由比ヶ浜で殺された筈。

 

 それ以前に、「義経=チンギス・ハーン」説は、今では完全に否定されていた筈だ。

 

 だが、今はそれを考えている時ではない。

 

「大変、熱が凄く下がって、冷たくなっている。早く病院に運ばないと」

 

 白雪がレキの体温を計りながら言う。

 

 既に負傷してからかなりの時間が経過しているのだろう。レキの命は、こうしている間にも、徐々に削られているのだ。

 

 だが、白雪の言葉に、キンジは首を横に振る。

 

「いや、病院はまずい。さっきの敵、ココは狙撃銃が使える」

 

 スナイパーが敵にいる以上、街中の地形は敵にとって有利だ。対して、こちらのスナイパーは負傷中。万が一、次に襲撃を受けた場合、成す術も無くやられてしまう事も考えられる。

 

 それにしてもココ、格闘や銃に加えて狙撃まで使えるとは。

 

 万武の武人とはよく言った物である。

 

「では、星伽の分社にレキ様をお運びしましょう」

 

 そう言うと、風雪が血塗れのレキを抱え上げる。

 

 ちょうどその時、卑弥呼の横に、重厚な外観のセダンが到着した。

 

 光岡自動車製乗用車の櫛撫だ。これなら外層が頑丈である為、万が一途中で襲撃を受けても被害を受けずに済むだろう。

 

 とにかく、レキの事もあるし、ココや龍那が再襲撃してくる可能性もある。一刻も早く、安全圏に逃れる必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 櫛撫で星伽分社へ移動する最中、友哉は武偵校に連絡を入れた。

 

 襲撃を受けた事、レキが負傷した事を報告し、そして合わせて、救援要請の周知メールを発してくれるよう要請する為だ。

 

 だが、対応に出た狙撃科(スナイプ)教員の南郷は、今回の襲撃はケースE8に相当するとし、周知メールは出さない事を告げた。

 

 ケースE8とは、犯行が内部の者、つまり武偵校関係者である可能性を考慮し、情報の漏えいを考慮し、当事者が信頼できる者のみを集めて対処する事を意味する符丁である。

 

 確かに、キンジから聞いたのだが、ココは香港武偵校からの留学生を名乗ったと言う。

 

 こうなると、早急にこちらの体勢を固める必要があった。

 

 友哉はすぐに、別行動中の茉莉達に連絡を入れて合流を計る事にした。

 

 一応、パンクした車の事もある為、瑠香と陣はそちらに行って、修理が完了次第、葵屋に戻る事になり、茉莉だけがこちらに合流する事になった。

 

 その間にキンジは、ジャンヌに電話してココの正体を探ると同時に、合流の要請をしていた。

 

 できればアリアや理子にも来てもらいたい所だったが、どうやら今、京都にいないらしい。

 

 そうしている内に、櫛撫は星伽の分社へと到着した。

 

 場所は既にGPSを起動し、茉莉の携帯電話に転送している。程なく、彼女も合流する事だろう。

 

 この星伽分社は、まるで要塞のような外観をしており、周囲は鬱蒼とした森に囲まれ、社の周囲は高い壁が覆っている。遠距離からの狙撃はまず不可能だ。更に麓の駐車場には、ヘリも駐機してあった。

 

 古色然とした感のある星伽だが、こうして最新の機器も用意し、現代戦への対応も万全の様子だった。

 

 程なく茉莉と、そしてタクシーを飛ばして駆けつけたジャンヌも到着した。

 

 負傷したレキは担架に乗せられ、幼い巫女(寵巫女(めぐみみこ)と言うらしい)達が社の中へと運んで行った。

 

 だが、そこで一つ、問題が起こった。

 

 鳥居をくぐろうとした友哉を、風雪が呼びとめる。

 

「あの、緋村様、申し訳ありません。星伽神社は男子禁制なのです」

「おろ?」

 

 風雪に言われて、友哉はキョトンとした。

 

 確かに、男子禁制、または女人禁制とされる神社仏閣は偶にあるが、しかし、

 

「でも、キンジは普通に入ってるけど?」

 

 先に行ったキンジは、何事も無く山門の鳥居をくぐって境内に入っていた。

 

「実は、遠山家と星伽家は、代々深い繋がりがありまして、遠山家の男性だけ、特例として中に入る事を許されているのです」

「あ、そうなんだ・・・・・・」

 

 そう言う事なら、仕方がない。

 

 神社の外で、終わるまで待っていようか。

 

 そう思った時。

 

「待って、緋村君」

 

 踵を返そうとする友哉を、白雪が引きとめた。

 

「その腕、怪我してるんじゃない?」

「おろ・・・・・・ああ、うん」

 

 龍那と戦った際に、銃弾を受けた左腕がまだ痛みを発している。

 

 普通に動くので折れてはいないのだろうが、それでも暫くは違和感が残りそうだ。

 

「やっぱり、治療した方が良いよ」

「でも、決まりじゃ仕方ないし」

 

 この程度の傷で、禁を破らせたとあっては、逆に申し訳ない。

 

 だが、白雪は更に言い募る。

 

「でも、雨も降ってるし、こんな外にいたんじゃ風邪をひいちゃうよ」

「大丈夫、僕は馬鹿だから」

 

 馬鹿は風邪を引かない、と言う諺を逆用して冗談を言ってみるが、確かに夜通し駆けまわった後の雨は、体を冷やしてしまうだろう。

 

 そこで、白雪はポンと手を打った。

 

「そうだ、じゃあ、こうしようよ」

 

 

 

 

 

 ~そんでもって~

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・こうなる訳ね」

 

 座敷に正座した状態で、巫女さんが1人項垂れている。

 

 白い上衣に、緋袴を着た、何処にでもいる巫女さん。

 

 て言うか、

 

 最早、説明は不要だろう。いい加減、韜晦するのも面倒くさいし。

 

 巫女服を着た緋村友哉(17歳:♂)が、左袖を撒くって、治療を受けていた。

 

 巫女服の恰好に加えて、普段は縛っている髪も下ろし、顔には薄く化粧も施されている為、何処からどう見ても「美少女巫女さん」にしか見えなかった。

 

 白雪は、男子禁制の星伽分社に友哉を入れるに当たって、友哉に巫女服を着せて、女装させてから入れると言う荒技を使って来たのだ。

 

「あはは、さ、災難ですね」

 

 一応、信州瀬田神社のリアル巫女さんである茉莉が、そんな友哉の様子を見て苦笑する。

 

 友哉の治療には、看護師免許のある星伽の巫女が担当してくれている。幸い、打ち身程度なので、明日辺りには痛みも引くだろう。

 

 レキは隣の部屋で治療を受けている。星伽専属の医師が駆けつけ、治療してくれているらしい。看護師免許を持つジャンヌも補佐に回っていた。

 

 因みにキンジは、レキの無事を確認すると緊張の糸が解けたのだろう。文字通り、その場で意識を失って倒れ、今は別室で眠っている。

 

「終わりました。でも、今日1日は、あまり動かさないでください」

「ありがとう」

 

 一礼して去って行く巫女。

 

 友哉の左腕は、包帯を巻かれた上に三角巾で固定されていた。

 

 部屋の中には友哉と、茉莉だけが残された。

 

「で、茉莉・・・・・・」

 

 レキの容体が確認されるまで、こちらとしては動きようがない。その間に、状況の整理をしておく必要があった。

 

「もう一度聞くけど、イ・ウーにはココって名前の女の子はいなかったんだね?」

 

 あれだけの技量の持ち主だ。イ・ウーの残党であってもおかしくは無いと思った。

 

 だが、茉莉も、そして後で聞いたジャンヌも、その事は否定した。

 

「はい。まして、レキさんに匹敵するスナイパーと言えば、教授(プロフェシオン)くらいしかいなかった筈です」

「教授・・・・・・シャーロックか・・・・・・」

 

 あの男の銃の腕前は友哉も見ている。確かに、あの技量ならレキとも互角に狙撃戦ができるかもしれないが。

 

 となると、相手の正体がますますわからなくなる。

 

 拳銃、素手、狙撃。

 

 これら1つでも達人の域に持って行くのは難しく、かつ長い年月を必要とする。だがココは、その全てにおいて優れた能力を発揮している。

 

 果たして、そんな事が可能なのだろうか? ましてココは、友哉達よりも明らかに年下なのだ。

 

 何かを見落としている。そんな気がしてならなかった。

 

 その時、傍らに置いておいた、友哉の携帯電話が振動し、着信を告げた。

 

 出てみると、低い男の声が聞こえて来る。

 

《緋村か、俺だ》

「甲さん?」

 

 相手は四乃森甲だった。そう言えば甲は、藍幇の事を調べていると言っていたのを思い出した。

 

「その後、何か判ったんですか?」

《ああ、お前を襲ったココだが、どうやら人材収集以外にも、何かを企んでいるらしい》

 

 ココが人材収集を目的に行動しているのではないか、とは友哉と甲、双方が一致する見解だ。

 

 だが、それ以外の目的とは何だろう?

 

《まだ、不透明な情報だが、ココは香港から数100キロに及ぶ爆薬を日本に持ち込んだらしい事が分かった》

「爆薬ッ!?」

 

 それは穏やかではない。

 

 しかも数100キロとなると、量も尋常ではないだろう。種類にもよるが、爆発すれば大抵の物は木っ端微塵に吹き飛ばせる筈だ。

 

 最早、それはテロ行為と言って良いだろう。

 

《とにかく、おれは引き続き、連中の事を調べてみる。お前の方でも警戒しておいてくれ》

「判りました」

 

 そう言うと、電話が切れた。

 

「友哉さん・・・・・・」

「どうやら、大変な事になって来たね」

 

 友哉は難しい表情のまま、電話を畳の上に置く。

 

 気になるのは、ココが持ち込んだと言う爆薬だ。

 

 一体何に使う気なのかは判らない。だが、それだけの量となると、逆に使い方も限定されるような気がする。

 

 何かを派手に吹き飛ばすのか、それとも爆薬自体の取引でも行われるのか。

 

 いずれにしても、それが爆発する前にココを捕まえる必要があった。

 

 その時、廊下側の障子が開いて、白雪が入ってきた。

 

「緋村君、瀬田さん、お腹すいてません? 軽めの物だけど、用意してもらったから、良かったら食べて」

 

 そう言えば、徹夜明けで何も食べていない事を思い出した。

 

「ありがとう、頂くよ」

「すみません、星伽さん」

 

 2人とも、いい加減胃袋が悲鳴を上げようとしている。

 

 ここは、白雪の好意に甘える事にした。

 

 やがて、寵巫女達が膳に乗った食事を運んで来たが、その内容は一流料亭の食事に匹敵し、とても「軽い物」と言うレベルではなかった。

 

 だが、そこでふと、友哉はある事に気付いて舌を打った。

 

 今の友哉は左腕が使えず、器を持ち上げる事が出来ない。これがテーブルか何かの上に器が置かれているのであれば、多少行儀が悪くとも、器をテーブルに置いたまま箸を使って食べる事もできるのだが、膳は畳の上に直接置かれている為、非常に食べづらい。

 

 無理すれば、食べられない事も無いが。

 

「あ、あの、友哉さん・・・・・・」

 

 そんな友哉を見ていた茉莉が、声を掛けた。

 

 だが、その顔はなぜか赤く染まり、恥ずかしそうに、僅かに俯いている。

 

「どうしたの?」

「あ、あのあの・・・・・・」

 

 何かを言い難そうに口ごもる茉莉。

 

 やがて、決心したように顔を上げる。

 

「お、お手伝い、しましょうか?」

「おろ?」

 

 この場合のお手伝い。

 

 友哉は手が使えなくて、食事に支障が出ている。

 

 この場合のお手伝いと言えば・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 事態を察し、友哉も顔を赤くした。

 

 つまり茉莉は、食べさせてくれると言っているのだ。

 

「あ、あの・・・緋村君が、食べづらそうでしたから・・・それで・・・・・・」

 

 確かに、それはなかなか恥ずかしい。

 

「・・・・・・その、迷惑、でしょうか?」

 

 オズオズと尋ねる茉莉。

 

 確かに、恥ずかしい物は恥ずかしい。

 

 だが、

 

 現実問題として、食事に難儀しているのは事実な訳で、

 

「・・・・・・・・・・・・お願いします」

 

 と、言うしか、友哉にはなかった。

 

 では、と茉莉は自分の膳を持って友哉の傍らに来ると、箸を取って、まずは煮物を摘む。

 

 手が僅かに震えている所を見ると、茉莉も恥ずかしさで緊張している様子だ。

 

「は、はい、あ~ん」

 

 そこまでするんかいッ と心の中で突っ込みを入れたが、ここまで勇気を振りしぼってくれた茉莉の好意を無にするのもアレである。

 

「あ、あ~ん」

 

 友哉も躊躇いがちに口を開け、茉莉がその中に箸を入れる。

 

 正直、味なんて判らない。この緊張感を前にしては、どんな美味な食事も色を失う事だろう。

 

 だが、それとは別の、甘美な熱が、全身を包むような心地であった。

 

「じゃ、じゃあ、次はこっちを・・・・・・」

 

 そう言うと、今度は焼き物に箸を入れて持ち上げる。

 

「・・・あ~ん」

 

 茉莉の言葉に従い、口を開ける友哉。

 

 その時、

 

「ごめんなさい、お茶も出さないなんて、気が利かなかったよね」

 

 そう言って、手には急須と湯飲みを乗せたお盆を持って、白雪が入ってきた。

 

「あ?」

「え?」

「おろ・・・・・・」

 

 三者三様に、硬直する。

 

 友哉が茉莉に飯を食わせてもらっている。普通に考えれば、それだけの話なのだが、傍から見れば恋人同士の睦合いに見えなくもない。

 

 しかも、今の友哉は巫女服を着ている。つまり、女の格好をしている。ついでに言うと、茉莉も武偵校の女子制服を着ている為、女の子同士で、イケナイ関係になっているようにも見えた。

 

 友哉と茉莉は、顔を赤くして、食事を食べようと(食べさせようと)している状態で硬直し、白雪は、そんな2人を見ながら口をパクパクさせている。

 

「えっと・・・・・・」

 

 ややあって、硬直の解けた白雪が口を開いた。

 

「ご、ごごごごめんなさいッ き、気を使わなくてッ」

「い、いや、この場合、何に気を使うの!?」

「お、お茶なんて、い、いらなかったよね。そうだよね。く、空気読めてないね、私」

「べ、別に、そんな気にする事は、って、何やってるの!?」

 

 言いながら、混乱した白雪はなぜか、急須の口に自分の口を付けて、中のお茶をゴクゴク飲み始める。

 

「と、とにかく、落ち着いて、星伽さん!!」

「ウィ~、ヒック おちちゅいてましゅよ~」

「いや、何でお茶で酔っぱらってるのさ!?」

 

 こうして、何ともカオスの状況のまま、事態を収拾するのに、余計な手間までかける羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、キンジとレキの撤退援護をしたハイマキが、ボロボロになって合流した。

 

 キンジの話によると、ハイマキは何頭もの猟犬を相手に立ちふさがり、奮闘したのだとか。その全身には無残な傷跡が残り、白銀の毛並みは鮮血に濡れていた。

 

 だが、そんなハイマキの奮闘もあって、レキの手術は無事に成功。今は救護殿で深い眠りについている。当然、その傍らには、同じように治療してもらったハイマキが、張り付くように寝そべって休んでいた。

 

 目を覚ましたキンジと、ジャンヌが食事を終える頃、友哉と茉莉は白雪に呼び出された。

 

 現在、部屋の中には、友哉、茉莉、キンジ、ジャンヌ、白雪、風雪の6人が集まっていた。

 

 一同を見回すと、白雪は集まってもらった理由について話し始めた。

 

「みんなに集まってもらったのは、イロカネについて知っておいてもらおうと思ったからなの」

「イロカネって言うと、アリアの緋弾にも使われている?」

 

 あのイ・ウーでの決戦の際、シャーロックが3年前のアリアへ撃ち込んだ緋弾。それが確か、イロカネと言う特殊な金属でできていたはずだ。

 

 友哉の言葉に、白雪は頷いた。

 

「話せる範囲で説明するけど、アリアの緋弾に使われているのは緋緋色金。でも、レキさんは、それとは別のイロカネと関わりがあるみたいなの。それが、璃璃色金」

 

 璃璃色金という言葉には、一同は聞き覚えがなかった。

 

 白雪の説明を引き継ぐように、今度は風雪が口を開いた。

 

「先程、レキ様の体を調べさせていただきましたが、あの方が色金を保有している形跡はありませんでした。これは私見ですが、レキ様は郷里で長く璃璃色金と長く共にいるような生活をしていたと思われます。恐らくは、璃璃色金と心を通じる、巫女のような存在だったのでしょう」

 

 色金の巫女。

 

 巫女は神に仕える神聖な存在。ならば、色金も一種の神か、あるいは神がもたらした神具のような物と考える事が出来る。

 

「ウルス族、か」

 

 風雪の話を聞いていたジャンヌが、何かを納得したように口を開いた。

 

「以前、遠山からレキの事を調べるように依頼された事がある。その時に調べて分かったのだが、レキはモンゴルの、ある地方の出身である事が分かった。その地方に居住区を持つのがウルス族だ」

「じゃあ、そのウルス族が、璃璃色金を保有してるって事?」

「恐らくな」

 

 ジャンヌの説明で、友哉は一つ、思い当たる事があった。

 

 レキは鷹の目と言う、ある種の特殊能力めいた視力の持ち主であり、それが彼女の狙撃能力を支える一つの下地となっている。聞けばモンゴル人は、非常に目が良いと言う。これは遮る物の無い草原に居住している事から来ているらしいのだが、レキの視力も、ここから来ていたのだろう。

 

「しかし、ウルス族か・・・あまり聞いた事が無い部族だな」

「それはそうだろう。ウルス族はモンゴルとロシアの国境付近に隠れ住む部族だからな。だが、彼女達の祖先の名前なら、聞いた事があるはずだ」

 

 キンジの質問に、ジャンヌがそう言ってから続ける。

 

「ウルス族は弓や長銃の扱いに長け、それらを使用した傭兵稼業を行う一族として知られている。そして、その流れを遡って行くと、蒙古の王、チンギス・ハンに辿り着くらしい」

 

 チンギス・ハン。古代に猛威をふるったモンゴルの覇王の名前であり、後の元帝国の礎を築いた人物である。その孫、フビライが日本に2度攻めよせた事は、元寇として歴史の教科書にも載っている大事件である。

 

 説明しながらジャンヌは、その視線を茉莉に向けた。

 

「まだ、瀬田がイ・ウーに入る前だったが、一度、シャーロックが色金絡みでウルスと交渉を行った事があったのだ」

「そうだったんですか・・・・・・」

「ああ、だが、その時には既に直系のウルス族は47人しかおらず、しかも全員が女であったらしい」

 

 女しかおらず、しかも47人しかいない部族。それはある意味、黄昏を迎えた部族であると言える。

 

「そう言えば・・・・・・」

 

 キンジが何かを思い出したように、口を開いた。

 

「レキの奴、俺を狙撃拘禁した時、『ウルス47女』がどう、とか言っていたが、あれは、ウルスには47人の女しかいないって意味だったのか」

「キンジを自分のパートナーにしたのも、多分、強い男を引き入れて、一族を存続させる事が目的だったんだろうね」

 

 そう考えれば、レキの突拍子もない行動も一応の辻褄があう。

 

「だが、レキの顔は明らかに日本人の物だぞ。ちょっと髪の色が違うけど」

 

 確かに、目鼻立ちの彫りは浅く、作りとしては日本人に近い。あれで髪の色が黒ければ、誰もが日本人だと思うだろう。

 

 髪に関しては、武偵の特徴の一つとして、一匹狼の武偵が髪の色で契約相手に自分の専門分野を判らせる為、髪を染める事がある為だと考えていた。特に、スナイパーは青系の色で染める事が多いらしい事から、レキもその類であると考えていたのだが。

 

「それはね、アリアの髪や目を思い出してほしいの」

 

 白雪に言われて、アリアの事を思い出す。

 

 確かアリアは、見事なまでに緋色の目と髪をしている。

 

 だが確か、シャーロックとの戦いの際に見た過去のアリアは、碧眼に亜麻色の髪をしていた筈だ。

 

 それにシャーロックは言っていた。色金と共にある者は、髪や目の色が徐々に変化すると。

 

 つまり、アリアも、レキも色金と共にあった事で、身体的特徴が変化したと言う事になる。

 

「それに、レキさんが日本人風の顔をしているのには理由があるの。なぜなら、チンギス・ハンの正体は、頼朝公に追われて大陸に渡った九郎判官、源義経公だから」

 

 白雪の言葉に、友哉、キンジ、茉莉の3人は目を剥いた。

 

 確か、山中の戦いの後、風雪も同じ事を言っていたが、しかしその説はもう何年も前に否定され、義経を英雄視しようとするファンが立ちあげた、一種の創作であると言うのが通説の筈。

 

「実はね、その・・・星伽が史学者の先生とかにお願いして、作り話って言う事にしてもらったの。江戸時代にばれちゃったから」

 

 白雪が申し訳なさそうに、そう言う。

 

 確かに、星伽の本社は青森県にある。伝説では、義経は蝦夷地、つまり今の北海道から大陸に渡ったとされている事から、話としては筋が通っている。

 

 しかし何とも、突拍子の無い話である。

 

 日本史に疎い為、横で訳が判らない、と言った感じで座っているジャンヌ・ダルク30世の存在と合わせても、軽く歴史の教科書が紙屑になるレベルの話だ。

 

 そんな白雪の話を、風雪が引き継いだ。

 

「当時、星伽神社は政治的に複雑な立場にありました。義経様が大陸で作られた帝国を、正当な国家と承認し、その頃から、色金の情報について、やり取りを重ねて来たのです。蕾姫と言うのは、ウルスの純血姫が代々受け継いできた名前なのです」

 

 レキが姫だと言うなら、そこには「子孫を残す」と言う義務も生じる事になる。

 

 となるとやはり、キンジを引き入れようとした事にも頷ける物があった。

 

 

 

 

 

 説明を終えた後、白雪と風雪は、それぞれの務めに戻り、キンジは救護殿で眠るレキの傍らで、彼女のドラグノフを解体整備していた。

 

 ジャンヌは用事があるとかで、申し訳なさそうにしながらも、先に帰って行った。

 

 そんな訳で、少し手持無沙汰になった友哉と茉莉は、2人で神社の境内を見て回っている。

 

「何だか、凄い話だったね」

「はい。驚きました」

 

 レキの正体。それを遡れば、まさか源義経に辿り着く事になろうとは。

 

 ましてや、友哉達は昨日、その義経縁の地である鞍馬山に行って来たばかりだった。

 

 かく言う友哉自身、先祖である緋村抜刀斎が京都で活躍していた事もあり、この地への思い入れは深い。

 

 様々な時代、様々な人間の思惑が入り乱れた街、京都。

 

 千年王都の名は伊達では無いのだった。

 

 と、

 

「おろッ」

 

 友哉は思わず、つんのめって転びそうになる。

 

 穿き慣れていない巫女服の袴に、足を取られてしまったのだ。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、ごめん」

 

 慌てて支える茉莉に謝りながら、友哉は体勢を戻す。

 

 そこでふと、友哉の鼻腔に甘い香りが漂って来た。

 

 一瞬、茉莉が香水か何かをつけているのかとも思ったが、そう言ったきつい匂いでは無い。

 

 それが、茉莉自身の匂いであると気付くのに、そう時間がかからなかった。

 

「あ、あの、友哉さん?」

「・・・・・・おろ?」

 

 そこでふと、自分が茉莉と体を密着させている事に気付いた。

 

「ご、ごめんッ」

 

 慌てて体を離す友哉。

 

 だが勢い余って、痛めている左腕を柱にぶつけてしまった。

 

「痛ッ」

「友哉さんッ」

 

 慌てて茉莉は、友哉の手を取る。

 

 まだ完治していない事もあり、激痛が容赦なく走る。

 

「だ、大丈夫ですかッ?」

「な、何とか・・・・・・」

 

 生傷が絶えない武偵と言う仕事をしているのだ。この程度の事は怪我の内にも入らない。

 

 だが、

 

 心配そうに覗き込む、茉莉の顔が大きく友哉の視界を埋める。

 

 整った小さな顔に、柔和そうな眼つき。まだまだ硬いが、出会った頃に比べたら、大分表情も柔らかくなってきている。

 

 友哉の中で、心臓が高鳴るのを感じた。

 

 その正体までは判らない。こんな感覚は、瑠香や、紗枝、アリア達にも感じた事が無かった。

 

 だが、

 

 それが不思議と、不快には感じられない。

 

 僅かに降りしきる小雨の中、友哉は茉莉の顔を眺めながら、心地よい緊張感にいつまでも浸っていたいと思うようになっていた。

 

 

 

 

 

第6話「星伽会談」       終わり

 


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