緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第7話「エクスプレス・ジャック」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホームで暫く待つと、塗装の白さが目を引く新幹線、のぞみ246号が入ってくるのが見えた。

 

 周囲には、東京に戻る人の群れで溢れている。

 

 中には、臙脂色の制服を着た武偵校の生徒も、何人か見受ける事が出来た。

 

 友哉、陣、茉莉、瑠香の4人は並んでホームに立ち、自分達が乗り込む順番が来るのを待っていた。その後ろでは、彩、準一、敦志の明神一家が、やはり並んで、新幹線が停車するのを待っている。

 

 友哉達は、3日間の修学旅行の日程を終え、これから東京に帰るのだ。

 

 車内の乗り込むと、往復切符を買っていた彩達とは離ればなれになってしまったが、取り敢えず4人は揃って座る事ができた。

 

「あ~あ、折角京都に来たのに、殆ど遊ぶこと出来なかったよ」

 

 席に座って早々、瑠香がそんな風にぼやく。

 

 今日は修学旅行Ⅰの3日目。それぞれに羽を伸ばした武偵校生徒達が、東京へ戻る日であった。

 

 とは言え、2日目早朝のキンジ・レキ襲撃事件以来、友哉達も充分な警戒態勢を敷く必要があり、結局、みんなで遊ぶ予定だった2日目は、それで潰れてしまう形となった。

 

 そして3日目は、新幹線での移動もある為、それほど時間は取れない。

 

 取り敢えず、大急ぎで東京にいる両親や友達に土産だけ買い求め、新幹線に飛び乗った訳である。

 

「あ~も~、詰まんないな~」

 

 自分の座席に座ると、瑠香は手足を伸ばして不貞腐れたように呟いた。

 

 無理もない。友哉達と一緒にいたいが為に、わざわざ長距離任務を取得し、授業をすっぽかして京都までやってきたというのに、殆ど何もしない内に戻る羽目になってしまったのだから。

 

「しょうがねえだろ、俺等だって帰らなきゃなんねえんだからよ」

「気を取り直して、みんなでトランプでもしましょう」

 

 そう言って、陣と茉莉が瑠香をなだめる。

 

 そんな瑠香の様子を見ながら、友哉は苦笑する。

 

 これは、帰ってから何か、ご機嫌取りでもしてやる必要がありそうだった。

 

『それにしても・・・・・・』

 

 友哉は、動き始めた窓の外を眺めながら、心の中で独り言をつぶやく。

 

 あの後結局、ココ達が追撃して来る事は無かった。

 

 レキを負傷させて満足したのか、それとも星伽の防衛網を突破するのは困難と判断したのか。

 

 いずれにしてもキンジも、そして友哉達も何事もなく修学旅行Ⅰを終え、こうして帰路に就いていた。

 

 確か、キンジと白雪も同じ新幹線に乗っている筈。キンジの事も気になるし、後で探して様子を見に行くのも良いかもしれない。

 

 となると、後は気になるのは、やはりココや龍那達の動向だ。

 

 彼女達は数100キロに及ぶ爆薬を保持している。何としても、それが爆発する前に見付け出さないといけない。

 

 とは言え、こちらに有利な要素が無い訳ではない。

 

 自分達は修学旅行を終えて、間もなく東京に帰る。地の利が無かった京都に比べて、東京はホームグランドだ。攻めて来たとしても、迎え撃つ手段はいくらでもあるし、他の学生達との連携も行える。

 

 次の戦場は、東京になる。東京でなら、こちらの方が有利に戦える筈だった。

 

「おい、友哉ッ 大貧民やろうぜ」

 

 陣の言葉で我に返る。

 

 既にカードも配り終え、皆、自分達の持ち札と真剣に睨めっこしている。

 

 友哉も伏せられているカードを取って眺める。

 

 2が1枚に、Aが1枚。絵柄カードも何枚かある。最高ではないが、そこそこの好条件ラインナップだ。

 

「じゃあ、始めるよ」

 

 瑠香がスペードの3を出すと、4人はそれぞれ、自分達の戦略に従ってカードを開いて行った。

 

 

 

 

 

 それから4人は、大貧民を何度か繰り返した後、ババ抜き、ポーカー、ブラックジャックと一通りこなしてから、一息入れるべく、買っておいたお菓子とジュースを開いていた。

 

 そんな中で、瑠香が溜息にも似た言葉を口にした。

 

「あ~あ。それにしても残念だったな」

 

 ガックリと言った感じに肩を落とす瑠香に、友哉達は視線を集中させる。

 

「折角、簡単にできる長距離任務取得して、さっさと片付けたあとは、みんなと遊ぼうと思ってたのに」

 

 折角の計画が丸ごと破綻してしまった瑠香は、そう言って息を吐く。

 

 本当に、これじゃあ何のためにわざわざ京都に行ったのか判らない。ただ、両親の顔を見るだけで終わってしまった感があった。

 

「気を落とさないでください」

 

 瑠香の隣に座る茉莉が、微笑みながら慰めの言葉を掛ける。

 

「帰って一息ついたら、またお台場にでも行きましょう。私もお付き合いしますから」

「ほんとッ!?」

 

 泣いた烏が笑った、ではないが現金な物である。茉莉の一言で、瑠香はあっさりと機嫌を戻してしまった。

 

「そうだね、じゃあ、茉莉ちゃんの新しい服を見に行こうよ」

「え、いや、それは・・・・・・」

 

 藪を突いて蛇を出す。

 

 過去、新しい服を買いに行くたびに着せ替え人形にされた経験のある茉莉は、思わず硬直する。

 

 何しろ、ファッションにはそれなりに拘りを持っている瑠香である。買い物に行って、2時間、3時間は当たり前に見て回り、その上で何も買わないで帰って来ると言う事すら珍しくない。

 

 勿論、自分の服も見るのだが、最近では茉莉の服を時間かけて選ぶ事が、瑠香の最大の趣味になりつつあった。

 

「楽しみだね~」

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 上機嫌になった瑠香に、ガックリと肩を落とす茉莉。さっきまでと立場が逆転していた。

 

 そんな2人の様子を笑いながら見ていた陣が、ふと思い出したように友哉に向き直った。

 

「そう言えばよ友哉、お前、チーム編成の事はどうなったんだ?」

 

 割と忘れがちだが、今回の修学旅行Ⅰは、チーム編成の為の行事の一環である。最終的に、この修学旅行Ⅰで決めたチームの編成を行い、それが卒業後、後々まで有効になるのだ。

 

 出発前に、友哉にはある腹案があったのだが、それはまだ自分自身、構想の段階であって誰にも話していなかった。ただ、陣と茉莉には、その事を話し、他の人間とチーム申請するのは待つように言っておいた。

 

 元より、陣も茉莉も、武偵校学生としては後から編入して来た人間だ。友哉以外の人間とチームを組む予定も無かったので、快く了承してくれたが。

 

 陣の問いに対して、友哉はニッコリ微笑んで見せた。

 

「うん、やっぱり、最初に考えていた通りの編成で行こうと思うよ」

「何だよ、だったらそろそろ、教えてくれても良いじゃねえか」

 

 陣の言葉に、茉莉も頷く。

 

 彼等としても、友哉がどのような考えなのか知っておきたい所だった。

 

 しかし、友哉は微笑んだまま首を横に振った。

 

「まだ秘密。こう言うのは、ギリギリまで伏せておいた方が良いからね」

「この野郎」

 

 言うが早いか、陣は友哉の首に腕を回してヘッドロックを掛ける。

 

「おろ~~~」

「おら、吐きやがれッ」

 

 ギリギリと友哉の頭を締める陣と、手をばたつかせて抵抗する友哉。

 

 そんな様子を、茉莉はおろおろと見詰め、瑠香は大爆笑していた。

 

 ひとしきりじゃれ合った後、陣は友哉を解放する。

 

「あ~あ」

 

 そんな中で、瑠香がまたも溜息をついた。

 

「チーム編成か・・・・・・」

「瑠香さん?」

 

 少し気を落とした感じの瑠香に、茉莉が怪訝な面持ちで声を掛ける。

 

 その様子に、友哉と陣もしゃべるのをやめて視線を向けた。

 

「みんなは良いよね。一緒にチーム組めて」

 

 この中で1人、1年生なのは瑠香である。

 

 友哉、茉莉、陣の3人は一緒にチームを組めるのだが、その中で瑠香はあぶれてしまう。

 

「あたしは、どんなチームになるのかな」

「誰か、1年生で仲の良い人はいないのですか?」

 

 尋ねる茉莉に、瑠香は少し難しそうに考え込む。

 

「友達はいっぱいいるけど、それでチーム編成ってなると、ちょっと違う気がするんだよね・・・・・・今更、あかりちゃん達のグループに入れてもらうのも、何だか気が引けるし」

 

 あかり、と言うのは、アリアの戦妹である間宮あかりの事だ。アリアよりも小さい体で、戦闘能力もずば抜けて高い訳じゃないが、度胸や執念は良い物を持っている。友哉も何度か顔を合わせた事があるが、元気な女の子で、何より仲間思いな面がある。きっと成長すれば、良いリーダーシップを取れるようになるだろう。

 

 瑠香自身、1年生の授業や実習、模擬戦で彼女達と共闘する事が多く、今ではすっかり打ち解けた感がある。

 

 確かあかり達のグループには、白雪や理子の戦妹もいた筈である。そう言う意味でも親しみやすいと思うのだが。

 

「まあ、焦る必要は無いよ。まだ1年もあるんだし。ゆっくり考えな」

「・・・・・・うん」

 

 戦兄の言葉に、瑠香は自信無げに頷いた。

 

 それから暫く4人とも他愛ない話をしながら、残っていたお菓子を口に運ぶ時間が続いた。

 

 そんな時だった。

 

「失礼します」

 

 そう言って、座席の方に来たのは、この新幹線の車掌だった。

 

 検札かと思い、4人はそれぞれ財布やポケットに入れておいた切符を出そうとする。

 

 だが、車掌はそんな友哉達の行動には目もくれず、何かを探すように座席の下や荷物棚の上に目を向けた後、そのまま何もせずに立ち去ってしまった。

 

「何だ、ありゃ?」

「さあ?」

 

 怪訝な面持ちで言いながら、車掌を目で追うと、次の席でも同じような事をしている。

 

 何かに焦るように、その額には汗が浮かび、顔面は蒼白になっている。

 

 友哉はスッと、目を細める。

 

 おかしい。何かが起こったのかもしれない。

 

 友哉は立ち上がると、制服の内ポケットに入れてある武偵手帳を確かめながら、車掌へと近付いて行く。

 

 警察に準ずる権限を与えられている武偵なら、手帳を示すだけで何があったのか聞き出す事ができる。

 

「あの、すいません」

 

 背後から声を掛けると、車掌は驚いたように勢いよく振り返った。

 

 やはり、何事かあったらしい。

 

 手帳を示して、事情を聞こうとした時だった。

 

 突然、新幹線はグンッと加速し、友哉はとっさに座席の背を掴んでバランスを保った。

 

 急な加速だ。通常、電車はこのような加速の仕方はしない筈。

 

 更に、不審な事が起こった。

 

 新幹線の両脇を、大型駅のホームが通過して行ったのだ。その看板にあった名前は「名古屋」。

 

 東海道新幹線は名古屋でいったん停止する筈。それなのに一切速度を落とす事無く、通過してしまった。

 

 どうやら、他の乗客たちも不審に気付き始めたらしい。周囲からざわざわと言った声が聞こえて来た。

 

 その時、車内放送がスピーカーから流れて来た。

 

《お客様に、お知らせ致します。当列車は、名古屋で停まる予定でしたが、不慮の事故により停車いたしません。名古屋でお降りのご予定のお客様には、大変ご迷惑をお掛け致します。事故が解決しだい、最寄駅から臨時列車を・・・・・・》

 

 放送が流れている内から、騒ぎは拡大して行く。名古屋で降りる予定であった人は多いらしく、またたく間に伝播して行く。

 

 放送は、更に続いた。

 

《尚、座席の周囲にて、不審な荷物、不審物を発見した場合は、絶対に手を触れず、付近の乗務員に、お知らせください》

 

 その言葉で、友哉はだいたいの事情を察した。

 

 同時に、全身に緊張が奔る。

 

 新幹線側から不審物の存在を示唆した、と言う事は即ち、車内に何かを仕掛けられた可能性がある。

 

 そして、その正体に、友哉は心当たりがあった。

 

 その時、

 

「おい、何か爆弾が仕掛けられてるらしいぞ!!」

 

 乗客の1人がそんな事を叫んだ瞬間、パニックは一気に広がった。

 

「爆弾? 嘘だろッ」「おい、爆弾があるってよ!!」「イヤァ、助けてェ!!」

 

 乗客たちが一斉に騒ぎ立てる。

 

 瑠香や茉莉が、必死になって宥めようとしているが、一度火のついたパニックは、そうそう収まる事は無い。

 

 その時、更に新幹線は加速し、立っていた何人かの乗客がよろめくのが見えた。

 

 電光掲示板には《ただ今の速度、130キロ》と表示される。

 

 いよいよもって、事態はきな臭くなって来た。

 

 その時、先頭車両側の扉が開き、誰かを肩に抱えたキンジが中に入ってきた。

 

「キンジッ その人は?」

 

 見れば、その顔には見覚えがあった。確か、タレントの鷲尾習だったか。この間、瑠香と茉莉と3人で、寮で見たバラエティ番組に出演していたので覚えている。柄の悪い事で有名であり、瑠香がえらい酷評していた。

 

「緋村、この馬鹿、その辺のシートに縛りつけといてくれ」

 

 そう言うと、荷物を放り投げるようにして、ワイヤーで手首を縛った鷲尾の体を適当なシートに放り出す。

 

 友哉は言われた通り、ベルトのバックルからワイヤーを取り出して、鷲尾の体を縛り付ける。

 

「何があったの?」

「こいつ、扉のロックを無理やり開けようとしやがった。しかも、爆弾の事まで大声で叫びやがって」

 

 苛立たしげに吐き捨てるキンジ。

 

 成程、パニックの根源は、この男であったらしい。それにしても、130キロで走行中の新幹線から降りようとするとは。無謀を通り越してキチガイと呼んでも良いレベルの話だ。

 

 縛り終えた所で、再び車内放送が鳴り響く。

 

 しかし今度は、先程の車掌の物ではない。

 

《乗客の皆さまに。お伝えし、やがります》

 

 その声には、聞き憶えがある。

 

 あれは、4月のハイジャックの時、武偵殺し、峰理子が使ったボーカロイドの複合音声だ。

 

《この列車は、どの駅にも停まり、やがりません。東京までノンストップで、参り、やがります。アハハハ、アハハハハハハハ!!》

 

 放送は更に続く。

 

《列車は、3分おきに、10キロずつ、加速しないといけません。さもないと、ドカァァァン! 大爆発し、やがります。アハハハ、アハハハハハハ!!》

 

 友哉はギリッと、歯を鳴らす。

 

 状況から考えて、仕掛けて来たのはココだ。確証は無いが、十中八九間違いない。

 

 ココも判っているのだ。東京に帰れば、自分が不利になる事を。だから、戦況を優位に進められる場所を選んで仕掛けて来た。

 

 ここなら外部から救援を呼ぶ事は事実上不可能。文字通り、乗っている人間だけで対処するしかない。

 

 甲から貰った情報と合わせても、この新幹線に爆弾が仕掛けられていると言うのもハッタリではないだろう。

 

 新幹線乗っ取り(エクスプレス・ジャック)

 

 こんな大胆な手を使ってくるとは、思いもよらなかった。

 

「どうやら、事態は容易な物じゃないみたいだね」

 

 友哉は自分の席に足早に戻ると、荷物棚からバッグを取り出し、ファスナーを開いて、中から漆黒のロングコートを取り出す。

 

 これは先月、母からもらった物で、薄手の新素材を使用した防弾コートである。

 

 裾をはためかせ、コートを羽織る友哉。

 

 事態は完全に後手に回ってしまった。だが、戦いはまだこれから。

 

 来ると言うのであれば、迎え撃つまでだ。

 

「友哉!!」

 

 そこへ、彩が駆け寄ってきた。

 

「何があったの? みんな、爆弾があるぞって騒いでるけど・・・・・・」

「まだ判らない。けど、」

 

 友哉が手短に事情を説明すると、彩の顔にも緊張が走るのが判った。

 

「判った。あたしの方でも、混乱を収拾するように働き掛けるから」

「お願い」

 

 左腕をまともに使えない彩は戦力としては数えられない。しかし、何も戦うだけが武偵では無い。民間人を混乱から守る事も、武偵の務めだ。彩は、その事を充分に理解していた。

 

 友哉は眦を上げ、逆刃刀を掴み、駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく、こちらも対応する必要があった。

 

 現在、のぞみ246号に乗り組んでいる武偵は、友哉、キンジ、アリア、陣、理子、白雪、茉莉、不知火、武藤、瑠香と言ういつものメンツの他に、鷹根、早川、安根崎と言う友哉達のクラスメイト達がいた。ただし、この3人は通信科(コネクト)であり、荒事に向いていなかった。

 

 一般客に武偵の乗り組みは無し。勿論、彩を戦力として数える事はできない。救援も期待できない。事実上、この13人で対応する必要があった。

 

 そんな中、1人座席に座っている理子に、友哉とキンジは視線を向けた。

 

「理子、俺が言いたい事は判るな。これは、お前と同じ手口だぞ」

 

 この中で、理子が《武偵殺し》である事を知っているのは4人。友哉、キンジ、アリア、茉莉だけだ。

 

 対して理子は、額に冷や汗を流しながら顔を顰める。

 

「やられた・・・・・・」

「どうしたの?」

 

 口調がいつもの、峰理子の物では無く、《武偵殺し》峰・理子・リュパン4世の物になっている。それだけ、事態は逼迫している事だろう。

 

「ツァオ・ツァオ、あの守銭奴め、もう動いたか」

「今回の事、犯人はツァオ・ツァオさんで間違いないんですか?」

 

 問い掛ける茉莉に、理子は難しい表情のまま頷きを返す。

 

「ツァオ・ツァオは子供のくせに悪魔のような頭脳の持ち主。イ・ウーの天才技師だ。あたしがキンジ達に使った爆弾も、あいつに教わったんだ」

「私が稲荷小僧の時に使った、『消熱油(ノンサーマル・オイル)』の精製法を教えてくれたのも、ツァオ・ツァオさんなんです」

「ああ、あれ。そうだったんだ」

 

 イ・ウーは互いの技術を教え合う場所である。恐らくツァオ・ツァオと言う人物は、技術面での教師役だったんだろう。

 

 だが、一つ気になる事があった。

 

「ツァオ・ツァオ・・・・・・『ココ』じゃなくて?」

 

 この犯行は、てっきりココによるものだと思ったのだが。

 

 だが、友哉の質問に、理子と茉莉は顔を見合わせてから首を振る。

 

「いや、この手口は、ツァオ・ツァオで間違いない筈だ」

「友哉さんの言うココ、と言う人には、やっぱり聞き憶えがないです」

「そっか・・・・・・」

 

 2人がそう言うなら、間違いないのだろう。

 

「詮索は後回しよ」

 

 会話を遮るように、アリアが言った。

 

「理子、茉莉、あんた達、生徒だったのなら爆弾の仕組みも判るでしょ。見付けて解除するのよ」

 

 確かに、悠長に話している暇は無い。こうしている間にも新幹線は加速を続けている。しかも、車輛科(ロジ)の武藤の計算では19時22分までに爆弾の解体を行わないと、新幹線は東京に着いてしまう。その先は線路が無い為、そこでジ・エンドだ。それ以前に新幹線の安全基準もある。万が一、車輪やレールに無理が掛り脱線でもしたら、その時点でアウトだ。

 

 だが、

 

「すみません。私は爆弾の技術については、教わった事は無いんです」

 

 申し訳なさそうに言う茉莉。

 

 ならば、と理子に目を向ける。彼女なら爆弾の知識がある筈だ。何しろ、実際に使っているのだから。

 

 だが、

 

「ダメだ。あたしはここから立てない」

 

 理子は舌打ちしながら、自分の座席を差して言った。

 

「迂闊だった。この座席は感圧スイッチになっている。あたしが立てば、その時点で爆弾は爆発するぞ」

 

 その言葉に、一同はどよめきの声を発した。

 

 敵は更に、こちらの行動を予測していた。爆弾を解除できる可能性のある理子を封じて来たのだ。

 

 加速爆弾に人間スイッチ。まさに、悪魔のような頭脳だ。

 

「因果応報だな、武偵殺しさんよ」

 

 皮肉げに言ってから、キンジは続ける。

 

「理子、ツァオ・ツァオは中国人で、お前より年下の女だな」

「何で知ってるんだ、キンジ?」

「俺も襲われたんだよ。同じ奴にな」

 

 その話を聞いていた友哉も、ピンと来た。

 

「つまりキンジ、そのツァオ・ツァオと、ココは同一人物って事?」

「ああ、多分な。どっちが偽名かはこの際どうでも良いが、多分間違いない」

 

 そう言うと、キンジは宿での経緯を話した。そして、レキが瀕死の重傷を負った事も。

 

「レキがッ どうして早く言わなかったのよ!!」

 

 レキの事を聞いて最も反応したのは、喧嘩中のアリアだった。

 

「俺はココに携帯を破壊されていたんだ。連絡できた時は、お前達は携帯の圏外にいたんだよ」

 

 この戦い、情報面でも色々と後手に回っている。

 

 友哉自身、ココの事でキンジと情報共有できたのは、星伽分社で一息ついてからだった。

 

 敵は技術面だけでなく、あらゆる意味で頭が回る様子だ。

 

「キンジ、アリア、友哉、聞け」

 

 理子が神妙な顔つきで、3人を見る。

 

「『減速爆弾(ノン・ストップ)』や『加速爆弾(ハリー・アップ)』の場合、様々な制約上、無線による遠隔起爆が難しい。そんな時は退路を確保した上で、自ら乗り込めと、あたしは奴に教わった」

「つまり・・・・・・」

「乗っているぞ、奴は、この列車に」

 

 理子がそう言った瞬間、

 

 運転席付近で騒いでいた乗客たちが、何かに負われるように雪崩を打って逃げて来る。

 

 武偵達はとっさに身を翻してかわすが、白雪は逃げ遅れて突き飛ばされてしまった。

 

 その時、運転席のガラスを破り、1人の少女が車内に飛び込んで来た。

 

 袖の広い中国の民族衣装に身を包んだ少女は、長い髪をツインテールにし、手には幅広の青龍刀を持っている。

 

 間違いない。口元に不敵な笑みを浮かべたその少女は、鞍馬山で友哉を、比叡山近隣でキンジとレキを襲ったココだ。

 

「ニイハオ、キンチ、ユウヤ、これで立直(リーチ)ネ」

 

 そう言うと、頭上に掲げるようにして右手に持った青龍刀を構える。

 

「この列車、お前達の棺桶になるネッ きひッ」

 

 ココの言葉を受けて、友哉は刀の柄に手をやり、アリアも背中に手を回して小太刀を抜く構えを見せる。

 

 その時だった。

 

 視界の端に、妊婦と、それに縋りつくようにしている数人の子供達が見えた。恐らく、逃げ遅れたのだ。

 

 まずい状況だ。ここは間もなく戦場になる。

 

 それを察した瞬間、真っ先にアリアが動いた。

 

「白雪、茉莉、瑠香、彼女達を救出(セーブ)して!!」

 

 言うが早いか、緋色のツインテールを靡かせて走る。

 

 同時に白雪は、胸の前で手を組んで足場を作る。

 

 アリアが白雪の手に足を乗せると同時に、白雪は放り投げるようにしてアリアを持ち上げ、跳躍をアシストする。

 

 跳び上がる事で白雪と交錯したアリアは、背中から2本の小太刀を抜き放って斬り込んで行った。

 

 その間に、白雪、茉莉、瑠香の3人が妊婦と子供に駆け寄って救助する。

 

 友哉も、刀を抜いてアリアの援護に加わろうとした。

 

 その時、

 

「ッ!?」

 

 瞬間的に察する殺気。

 

 全身を貫かれるような錯覚を感じた瞬間、友哉は躊躇わずに振り向き、抜刀と同時に一閃する。

 

 その一撃が、飛来した弾丸を空中で弾き飛ばした。

 

「やるね、完全に死角を突いたつもりだったんだけど」

「・・・・・・お陰さまで、耳も人より良いもんで」

 

 友哉は刀を構えながら、弾丸を放った人物を見る。

 

 その視線の先には、ハイウェイパトロールマンを構えた坂本龍那が立っていた。

 

「ココが来た以上、あなたも乗り組んでいる事は充分に予想の範囲内でした。なら、奇襲に警戒するのは当然の事です」

「そうかいそうかい・・・・・・」

 

 言いながら、半身後に引き下がる龍那。

 

 その左手は、友哉から見て彼女の体に隠れるような位置に入った。

 

 次の瞬間、

 

「御高説、どうもッ!!」

 

 煙るようなスピードで抜き放たれた龍那の左手には、もう一丁のハイウェイパトロールマンが握られていた。

 

 殆ど同時に、友哉も斬り込む。

 

 放たれる弾丸。

 

 ここは狭い車内。回避できるスペースは限られている。

 

 ならば、

 

 刀を眼前に掲げて振るう友哉。

 

 ギィンッ

 

 友哉は突撃の速度を一切緩める事無く、飛んで来る弾丸を刀で弾く。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 間合いに踏み込むと同時に、袈裟掛けに刀を振るう友哉。

 

 対して龍那は、

 

 神速で足を振り上げ、ブーツの底で友哉の剣を防いで見せた。

 

「ッ!?」

「フ・・・・・・」

 

 互いに視線が一瞬交錯した。

 

 同時に、互いに押し合うようにして後退する友哉と龍那。

 

 たたらを踏むようにして、数歩下がり、向かい合う両者。

 

 次の瞬間、龍那は踵を返して走りだした。

 

「逃がすか!!」

「ハハッ、ついといで。地獄に案内してやるよ!!」

 

 龍那の背中を追って、友哉も駆けだす。

 

 背後では、尚も激突を繰り返すアリアとココの剣檄の音が、まだ鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天井に出た龍那を追って、友哉も新幹線の天井へと飛び出した。

 

 既に200キロ近く出ている新幹線の外は、凄まじい合成風力が発生して、立っているのもつらい状況だった。

 

 友哉は素早く踵鈎爪(ヒールフック)をブーツに装着した。これは不安定な足場で戦う際に武偵が用いる、チタン合金製の鈎爪だ。これを装備しておけば、滑りやすい場所でもブレーキを掛ける事ができる。

 

 風にコートをはためかせながら立ち上がると、第2車両である15号車の後部端に立つ龍那の姿が見えた。

 

「来たわね」

 

 ゴウゴウと吹きすさぶ風の中、それでも龍那の声は明瞭に聞こえて来る。

 

 対して友哉は、刀の切っ先を龍那に向けて構える。

 

「名前を聞いた時に、気付くべきでしたね」

「あん?」

 

 友哉の言葉に対し、龍那は怪訝な顔を作る。

 

 友哉は構わず続ける。

 

「あなたの先祖は、日本の海を切り開き、この国が躍進する礎を築いた人物。違いますか?」

「・・・・・・偽名くらい、用意しとくんだったかな」

 

 そう言って、龍那は溜息をつく。

 

 龍那の先祖。

 

 それは、この国で初めて商社を作った、日本の海の開拓者。

 

 幕末の時代、最重要危険人物として幕府に追われながらも、武力によらぬ戦いを選択し、見事に幕府打倒を果たした人物。

 

 その名は、

 

「坂本龍馬」

「御名答。ま、名前聞けば判る人は判るかもね」

 

 そう言って、龍那は肩を竦める。

 

 公式では、坂本龍馬に実子はいない。子供ができる前に、龍馬は何者かの手によって暗殺されてしまったからだ。

 

「・・・・・・けど、実際にはいたんだよ。龍馬の妻、楢崎りょうは、旦那である龍馬も知らないうちに、子供を身籠っていた。そして龍馬が殺された後、おりょうは龍馬の実家の土佐で子供を産んだ。記録だと、男の子だったって話よ」

 

 だが、その後の過酷さは、想像に難くなかった。

 

「結局のところは、お尋ね者の息子だ。父親同様、いつ刺客が来ないとも限らない。そこでおりょうは、折り合いが悪かった坂本家の人間の中で唯一、自分に便宜を図ってくれた龍馬の姉、おとめに息子を託し、離ればなれになったって話さ」

「その子の子孫が、あなたって訳ですね」

 

 友哉の問いかけには答えず、龍那はフッと笑って見せる。

 

 歴史の中に埋もれていく人物と言うのは、数知れない。龍馬の息子もまた、そうした人間の1人だったのだ。

 

「ま、そんな与太話は、今のあたし達には関係ないだろう?」

「そうですね」

 

 言いながら、互いに一歩、前に出る。

 

「この列車にある爆弾、その解除方法を教えてください」

 

 友哉の問いに対し、龍那はフッと肩を竦める。

 

「そう言われて、教える奴がいると思うかい?」

「思いません」

 

 龍那の問いに対し、友哉もあっさり答える。ここまでお膳立てをしておいて、それをあっさり教えたらただの馬鹿だ。

 

 だが、時間がない事も確かである。

 

「だから、力づくで聞き出します!!」

 

 言い放つと同時に、友哉は新幹線の天井を駆けて龍那へと迫る。

 

 漆黒のロングコートを靡かせ、神速の斬り込みを見せる友哉。

 

 対して龍那は、両手に持った2丁のハイウェイパトロールマンを構え、引き金を引く。

 

 撃ち放たれる弾丸。

 

 その軌跡を、友哉は狂い無く見定める。

 

 短期未来予測発動。

 

 発達した視力と、先読みの鋭さが、3秒先の未来に友哉を誘う。

 

 狙いは正確。

 

 それ故に、回避も難しくない。

 

 友哉は僅かに体を傾ける事で銃弾をかわし、龍那へと迫る。

 

 その刃を振り上げ、龍那へと斬りかかる。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 背後から感じた殺気に、一瞬早く身を翻した。

 

 フルオートで着弾する弾丸。

 

 とっさに友哉は、攻撃を諦めて跳躍。龍那の頭上を飛び越える。

 

 勢いを着けて14号車の屋根へと着地し、振り返る。

 

 その視線の先、そこには、

 

 短機関銃UZIを構えた、ツインテールを靡かせた少女が立っていた。

 

「ココ・・・・・・いや・・・・・・」

 

 その立ち姿に、友哉は違和感を感じる。

 

 容姿は間違いなくココだ。その長いツインテールも、中華風民族衣装も、可憐な顔に張り付けた不敵な笑みも、見間違いようがない。

 

 だが、ココは今、アリアと対峙している筈。それがなぜ、ここにいる。

 

 そこで、友哉の頭の中で、バラバラだったパズルが、音を立てて組み合わさった。

 

「そうか・・・双子か・・・・・・」

 

 おかしいと思ったのだ。拳銃、徒手格闘、狙撃に加えて科学技術。どれも極めるには一朝一夕ではいかない。それを、いかにイ・ウーにいたとはいえ、14~5歳の少女が全て極めるのは無理を通り越して不可能だ。

 

 つまり、元からココは双子、2人いたと言う事だ。

 

「キヒッ、流石、飛天の継承者ネ、気付いたアルカ」

 

 言いながらココは、UZIの銃口を友哉へと向ける。

 

「この前の戦いの時は、あの男、邪魔したネ。けど、今日は邪魔、入らないヨ」

 

 言った瞬間、ココは既に仕掛けていた。

 

 放たれる弾丸が、一斉に友哉を襲う。

 

 いかに短期未来予測と言えど、防御不可能な攻撃は防御不可能と告げるしかない。

 

 友哉はとっさに後退しつつ、ココの攻撃を回避した。

 

 だが、今度はそこへ龍那が迫って来る。

 

「あたしも、忘れないでよねッ」

 

 殆どゼロ距離からの攻撃。2丁のハイウェイパトロールマンが火を噴く。

 

「クッ!?」

 

 友哉はその攻撃を、沈み込むようにして回避しつつ、刀を構える。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 そのまま龍翔閃を仕掛けようとする。

 

 だが、

 

 一瞬、龍那の足が霞む程の速度で蹴りを繰り出す。

 

 対して友哉は、殆ど本能に従う形で回避。後方宙返りをしつつ、距離を取って着地した。

 

 思い出したように、友哉の前髪が一房落ちて、風に流れて散って行く。

 

 改めて見ると、龍那の右のブーツの爪先から、小型の刃が飛び出ている。

 

 隠し刃。それが友哉を襲った物の正体だ。

 

 龍那は更に左のブーツを床にたたきつけると、その爪先からも刃が現れる。否、両踵からも飛び出し、合計4本の刃が現れていた。

 

「さあ、仕切り直しと行こうじゃないか!!」

「クッ!?」

 

 再び掛かって来る龍那に対し、友哉も迎え撃つように前へ出る。

 

 龍那はハイウェイパトロールマンに残っている全ての弾丸を撃ち終えると、銃をホルスターに戻し、腰から大振りのサバイバルナイフを抜き放った。

 

 これで刃は6本。世にも珍しい六刀流が姿を現した事になる。

 

 その間に距離を詰め、斬り込もうとする友哉。

 

 だが、

 

「やらせないネッ」

 

 ココがUZIを撃ちながら、友哉に挑みかかって来る。

 

 フルオートマシンガンに対して、友哉は殆ど防御手段を持たない。

 

 とっさに回避を行い、かわしきれなかった弾丸については、当たるに任せて防弾コートで防いだ。

 

 更に、距離を詰めようとするココ。

 

 友哉も押されっ放しではない。

 

 前へ出るココに対抗するように、友哉もまた神速の勢いで前へ踏み込んだ。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 一瞬の弾丸の途切れを突き、斬り込みを駆ける友哉。

 

 だが、その前に龍那が立ちはだかり、友哉の刀を防いで見せる。

 

「クッ!?」

 

 動きを止める友哉。

 

 そこへ、龍那は蹴りを繰り出す。

 

 奔る爪先には、刃が光る。

 

 とっさに鍔競り合いを解除して、後退する友哉。

 

 龍那は追撃とばかりに、鋭い足技を繰り出す。

 

 鋭い回し蹴り。

 

 踵と爪先に仕込まれた刃は、容赦無く友哉に襲い掛かる。

 

 それらを弾き、あるいは後退する事で回避する友哉。

 

 しかも、龍那にばかり気を取られていれば、後方からココの銃撃が襲い掛かってくる。

 

 徐々に追い詰められていく友哉。

 

 その時、背後から風を切る音が響いたのを感じた。

 

 とっさに、前方へ転がり回避する友哉。

 

 そこには、

 

「キヒッ」

 

 先程、下の客室でアリアと戦っていた、もう1人のココが立っていた。

 

 ココ、龍那、ココ。

 

 状況は1対3。

 

 正に、絶体絶命の状況に、友哉は追い込まれていた。

 

 

 

 

 

第7話「エクスプレス・ジャック」      終わり

 


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