緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第8話「死闘、時速300キロ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉が屋根の上でココや龍那と死闘を繰り広げている頃、車内に残った武偵達は必死に走り回っていた。

 

 時間は限られている。何としても、東京駅に到着する前に爆弾を見つけて解体する必要がある。

 

 座席の下や荷物棚。他にもシートの上に置いてある不審物などを注意して見て行く。

 

 だが、どんなに探しても、それらしい物は見つからなかった。

 

「クソッ、いったい何処にあんだよ!?」

 

 苛立たしげに、陣がシートを蹴り付ける。

 

 新幹線の中は広い。たかが10人程度の武偵だけで捜索するには限界があるように思えた。

 

 そこへ、

 

「相良先輩!!」

 

 隣の車両の点検を終えた瑠香が走り込んできた。

 

「おお、四乃森。あったか!?」

「駄目です。何処にも見当たりませんッ」

 

 瑠香も焦りを隠せない。

 

 こうしている間にも、友哉やアリアは戦っている。彼らが頑張ってくれているうちに、何とか爆弾の場所だけでも探さないといけない。

 

「あたし、もう一回見てきます!!」

 

 そう言って駆けだそうとする瑠香。

 

 だが、その肩を、陣は掴んで引きとめた。

 

「な、何するんですか!?」

 

 肩の痛みに、顔をしかめて交互する瑠香。

 

 だが、陣は彼女を振り返らずに、視線は別の方向に向けられている。

 

「どうやら、悠長に探し物やってる場合じゃなさそうだぜ」

 

 呟く陣の視線を辿ると、数人に男が入口付近に立っているのが見えた。

 

 皆、黒いスーツにサングラスを掛け、視線を隠すようにしている。しかし、真っ直ぐに向けられる殺気は隠しようもない。

 

「・・・・・・もしかして、藍幇の?」

「ああ、多分な」

 

 こちらが爆弾解体に動いているのを知って、妨害に現れたのだ。

 

「行け、四乃森」

 

 言いながら、陣は拳を構えて前へ出る。

 

 状況は1対3と不利。ここは瑠香に手伝ってもらうべきなのかもしれない。だが、今はその時間すら惜しい。

 

「ここは俺が押さえる。行け!!」

 

 そう言うと同時に、陣は男達に殴りかかる。

 

 対して男達も、それぞれに構えを取って陣に向かってきた。

 

 狭い車内だ。大人数である事が有利とは限らない。地形をうまく利用し、1対1の状況を作り出せば、それほど労せずに倒せるだろう。

 

 そう考える陣。

 

 だが、

 

 次の瞬間、目を見張った。

 

 3人の男の内、後ろの2人が跳び上がると、それぞれ左右のシートの背足場にして走りながら、陣を挟み込むようにしてすれ違ったのだ。

 

「野郎ッ!!」

 

 とっさに陣は、体を旋回させて殴りかかるが、2人の男はそれをひらりとかわし、そのまま駆け抜けると、うち1人が通路に降りたって陣に向き直り、もう1人は脇目も振らずに瑠香を追っていく。

 

 前の1人と後ろの1人。2人で陣を挟み込んだ構えだ。どうやら、こちらを足止めするつもりだしい。

 

「チッ」

 

 舌を打つ陣。

 

 まんまと裏をかかれ、敵を足止めするつもりが、逆に足止めを食らう羽目となった。

 

「仕方ねえか・・・・・・」

 

 前後を見回しながら、拳を掲げ、改めて構えを取る陣。

 

 この場を突破しない事には、皆を助けに行く事も出来ない。

 

「行くぜ!!」

 

 陣は叫ぶと同時に、前に立つ男へと殴りかかった。

 

 横なぎに振るわれる拳。

 

 対して男は、ふわりと音がしそうなほど、軽やかな足さばきで陣の攻撃を回避する。

 

「クッ、こいつッ」

 

 自身の渾身の一撃を回避された陣。更に殴りかかろうと、足に力を込める。

 

 だが、

 

 ガシッ

 

 それを制するように、背後から足払いを掛けられ、長身の陣は、前のめりに床へと倒される。

 

「グアッ!?」

 

 すぐに起き上がろうとするが、更にその背中にのしかかられ、動きを封じられる。

 

 完全に床に倒れ伏した陣に、容赦のない乱打が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 この時、車内の他の場所でも、戦闘が始まっていた。

 

 ココは日本に入国するにあたり、自分が動かせる兵力も連れて来ていた。

 

 今回のエクスプレスジャックに際し、妨害に出てくる兵力を足止めし、分断する為である。

 

 現在、のぞみ246号に乗り込んでいる武偵の内、友哉、キンジ、アリアは敵と交戦中、理子は動きを封じられている。鷹根、早川、安根崎の3人は戦闘力が皆無であり、更に、武藤は既に限界の近かった運転士と交代して新幹線操縦に専念している為、事実上、戦闘技能のある人間は陣、不知火、白雪、茉莉、瑠香の5人のみ。この5人だけで、事態の収拾に当たらねばならなかった。

 

 そこへ、敵の奇襲である。

 

 予想していなかった武偵達は、完全に分断されて、個々に対処せざるを得なくなっていた。

 

 そんな中で茉莉も爆弾捜索中に襲撃を受け、応戦している真っ最中であった。

 

 迫りくる3人の男は素手。

 

 対して茉莉は、菊一文字を抜き放って迎え撃つ。

 

「ハッ!!」

 

 横なぎに振るわれる銀の閃光。

 

 しかし、刃は敵を捉えるには至らない。

 

 茉莉の攻撃に対して、敵3人はそれぞれ、軽くステップを踏むようにして後退し、間合いから逃れていた。

 

 その様子に、茉莉は内心で舌を巻く。

 

 先程から、この繰り返しだ。

 

 敵は閉所での戦闘に慣れている。武器を使わず、素手での戦いを挑んでいる事からも、それは間違いないだろう。

 

 対して茉莉の戦い方は、閉所には向いていない。

 

 神速の移動を可能にする縮地も、このような狭い通路では使う事ができない。殆ど、足を止めての戦いを強いられているような物だ。

 

 それでも、茉莉は退く事が出来なかった。

 

「・・・・・・・・・・・・怪我はありませんか?」

 

 刀を構え直しながら、茉莉は背後に声を掛ける。

 

 そこには、彩と、敦志を抱いた準一の姿があった。

 

 爆弾探索中に、彼らの近くを探そうとした時に襲撃を受けたのだ。

 

「僕達は大丈夫だ。瀬田さん、君こそ無理はしないで。不利だと思ったら退くんだ」

 

 そう言って、準一は茉莉を気遣う。その様子には、降って沸いた緊急事態にも落ち着きが見られる。

 

 文官であっても流石は武偵庁職員。こういう時に、肝が据わっている。

 

 一方の彩は、戦う茉莉の背中を見ながら、唇を噛み締める。

 

「悔しいな・・・・・・」

 

 妻の苦渋に満ちた呟きを聞き、準一は慰めるように視線を向ける。

 

「元Sランク武偵が、こんな時に、まともに戦う事すらできないなんて・・・・・・」

「彩・・・・・・」

 

 彩の手に、そっと手を重ねる準一。

 

 驚いて顔を上げる彩に、準一は優しく笑い掛ける。

 

 そんな些細な事は気にしなくて良い。君がいてくれるだけで、僕たちはどんなに幸せな事か。

 

 その目は、そう語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時速が250キロを越えた新幹線と言う物は、既に制御された暴走に近い。

 

 まして、その屋根の上で戦うなど、正気のそれでは無かった。

 

 吹きつける合成風の中、人影が4人、対峙している。

 

 1対3。

 

 完成した包囲網の中にあって、友哉は油断なく左右に気を配る。

 

 炮娘(ココ)、龍那、猛妹(ココ)

 

 1人でも厄介な敵が3人。いかに友哉であっても容易ならざる状況だ。

 

 逆刃刀を握る手にも、緊張で汗がにじむ。

 

 そんな友哉の心中を見透かしたかのように、3人はジリジリと包囲網を狭めて来る。

 

「もう、降参する、良いネ」

 

 UZIを構えた猛妹が、口元に笑みを浮かべて言う。既に、彼女達にとって勝利は確定的な状況なのだ。

 

「どの道、お前達、勝ち目ないネ」

「そうそう、それよりもユウヤ。お前も、アリアも、キンチも、藍幇に連れて行くネ」

 

 その言葉を聞き友哉は、やはり、と確信を持つ。

 

 この間、甲が言っていた事は間違いでは無かった。藍幇は自軍の陣営を強化する為に、人材収集を行っているのだ。

 

「藍幇、良いトコよ。お前に何でもくれてやる。女、財宝、取り放題ネ」

 

 その為に派遣されてきた要員が、ココ姉妹と言う訳か。

 

 友哉は無言のまま、刀を持ち上げて構え、切っ先をココ達に向ける。

 

「これが、僕の答えだよ」

 

 確定された宣戦布告。

 

 何よりも確実で、明白な意思表示。

 

 友哉はこの不利な状況下にあって、ココ達に明確にNOと言ってのけたのだ。

 

「・・・・・・こうなったら、仕方ないんじゃない?」

 

 それまで黙っていた龍那が、肩を竦めながら言う。

 

 その手には、再装填を終えたハイウェイパトロールマンが握られている。既に戦闘再開の準備はできている様子だ。

 

「炮娘、どうやらやるしかないみたいネ」

「面倒くさいけど、力づくアルカ」

 

 そう言うと、猛妹が青龍刀を、炮娘がUZIを構えた。

 

 対して友哉も、油断なく逆刃刀を構える。

 

 啖呵を切ったものの、状況が1対3である事には変わりはない。

 

 しかも場所は新幹線の屋根の上。狭い上に風も強く、揺れていて足場も悪い。刀を使う友哉にとっては、ひどく戦いにくい戦場だ。

 

 3人が今にも跳びかかろうと、それぞれに武器を構えた。

 

 次の瞬間、

 

 ダダンッ

 

 2発の銃声が、ほぼ同時に鳴り響くのが聞こえた。

 

 だが、撃たれたのは友哉では無い。

 

 とっさに、猛妹と炮娘は身を翻して、飛んで来た銃弾を回避するのが見える。

 

 振り向く友哉。

 

 そこへ、

 

「待たせたな、緋村」

 

 この場にあって、誰よりも頼りになる声が響き渡る。

 

 遠山キンジは鋭い眼光に笑みを加え、左手に持ったベレッタを真っ直ぐ構えて、ココ達を牽制していた。

 

 その鋭い眼差し。

 

 全てを制するかのような、圧倒的な存在感。

 

 キンジはヒステリア・モードを発動していた。

 

「遅いよ、キンジ」

「悪いな、道が混んでたんだよ」

 

 そう言って肩を竦めるキンジの右手には、デザート・イーグルが握られている。50AE弾を使用する大口径マグナムで、その威力から「世界最強のオートマチック拳銃」と言う異名で呼ばれている。左手のベレッタと合わせて、キンジは二丁拳銃(ダブラ)を構えた事になる。

 

 だが、これでこちらも体勢が整った。

 

 龍那達も、新たなキンジの登場に、警戒心を強めている様子。仕掛けるなら今だった。

 

「行くよ」

「おう」

 

 互いに声を交わす。

 

 次の瞬間、2人は新幹線の屋根を蹴った。

 

 同時に、敵も動く。

 

 ユウヤには龍那が、キンジにはココ姉妹が向かって来た。

 

 龍那は鋭く足を振り上げ、友哉に蹴りかかる。

 

 その爪先と踵には、ナイフが仕込まれている。迂闊に食らえば切り裂かれる事になりかねない。

 

 友哉はとっさに、後退する事で龍那の間合いから回避する。

 

 そこへ、

 

「逃がさないよ!!」

 

 龍那は体を旋回させると、右足を鞭のようにしならせ、後回し蹴りを繰り出した。

 

 既に、回避行動に移って体勢を崩している友哉は、とっさの行動が取れない。

 

「クッ!?」

 

 刀を盾にして龍那の蹴りを防ぐ友哉。

 

 しかし、回転によって威力を増した蹴りにより、友哉は数歩よろける。

 

 ここは新幹線の屋根の上。数歩と言えども、見切り間違えば命にかかわる。

 

 何とか踏みとどまる友哉。

 

 だが、そこへ2丁のハイウェイパトロールマンを構えた、龍那の姿が映った。

 

 放たれる弾丸。

 

 次の瞬間、

 

 友哉は軌道を予測して、宙に大きく飛び上がった。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 振り上げられる刀。

 

 急降下すると同時に、高速で振り下ろされる。

 

「龍槌閃!!」

 

 対して、一瞬で防ぎきれないと読んだ龍那は、とっさに後方に跳躍する。

 

 空を切る友哉の剣。

 

 しかし、着地した時には既に、友哉は次の攻撃の動作に入っていた。

 

 龍那の目には、腰を落とし、鞘に収めた刀の柄を握る友哉の姿がある。

 

 神速の踏み込み。

 

 同時に友哉は、刀を鞘走らせる。

 

 それと龍那が足を振り上げるのは、ほぼ同時だった。

 

 ガキンッ

 

 友哉の刀と、龍那のブーツがぶつかり合う。

 

「フッ・・・・・・」

 

 口元に笑みを浮かべ、それでいて龍那は、流れる冷や汗を止められなかった。

 

 龍那のブーツの底には、打撃用の鉄板が仕込まれているが、それを通して尚、衝撃が足を伝い、全身に伝播する。

 

 まともに食らっていたら、一体どれだけのダメージを食らう事か。

 

 情報では、友哉は17歳。まだ少年と言って良い年齢だ。その少年をして、これだけの戦闘力。

 

『こりゃ、ココが欲しがるわけだ』

 

 見れば、キンジとココ姉妹は、1号車の上で激しい空中戦を展開している。

 

 キンジが放つデザートイーグルの威力は凄まじく、ココ達もかわすので精いっぱいのようだ。

 

 ココ達も、1対1では敵わない事が判っているようで、必ずキンジを挟み込むようにしながら戦っている。

 

 それでも拮抗させているキンジは、流石と言うべきか。

 

 友哉と龍那はほぼ同時に、互いに後方に飛んで距離を取る。

 

 その間に龍那は、後退しながらハイウェイパトロールマンを放つ。

 

 その内の1発が、左肩を掠めて行くが、僅かな痛みと共に、友哉は振り払い、再び斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車内では死闘が続いていた。

 

 圧倒的に数に勝る藍幇構成員達は、各所で武偵達を分断し、1対多数の戦闘を展開している。

 

 彼ら全員、大陸で武術を学んだ者達である。中でもココ達は今回、無手での戦闘に優れた者達を厳選して連れて来ていた。

 

 武偵の大半は、銃や剣で戦う事に慣れている。中には陣のように素手のみで戦う者がいない訳ではないが、それでも多くの物が武器に頼った戦い方をする。

 

 戦いが新幹線の中で行われる事は、初めから織り込み済みであった。

 

 車内のような閉所では銃は使えない。跳弾の危険性もあるし、何より万が一弾丸がシステム系統に当たったら一大事である。大事故につながる可能性もある。

 

 よって、武偵達が車内で発砲しないのは想定済みだった。

 

 加えて、ナイフ等も障害物だがある場所では使いにくい。

 

 素手こそが、閉所戦闘において最も有効な手段なのだ。

 

 先頭の15号車付近に現れた敵は、既に白雪と不知火の2人が共同で撃退していた。

 

 陣と茉莉は、未だ交戦中。2人とも、敵が多い為に苦戦は免れないでいる。

 

 そして、瑠香もまた、敵との戦闘に入っていた。

 

 他の者達同様、襲ってきた敵は黒いサングラスに、黒いスーツを着ている。

 

 障害物となるシートを巧みに利用し、瑠香へと迫ってくる。

 

 その数は4人。

 

 瑠香も、手にサバイバル・ナイフを抜いて応戦している。

 

「鷹根先輩は下がっていてください!!」

「ご、ごめんなさい、四乃森さん」

 

 瑠香に声を掛けられ、鷹根は右腕を押さえながら後退していく。

 

 爆弾を探している最中に、彼女が3人の敵に襲われているところに出くわし、とっさに助けに入ったのだ。

 

 一時、奇襲によって鷹根を救出する事に成功した瑠香だったが、すぐに数の差で圧倒される事となった。そこに加えて、瑠香を追ってきたと思しき1人も加わり、今は1対4の戦闘になっている。

 

 銃が使えない上で、数でも圧倒されたとあっては、かなり厳しい戦いとなる。

 

 だが、援護が期待出来る状況でもない。

 

「なら・・・・・・」

 

 この場にあって、自分に最も適した戦い方をするまでだった。

 

 自分は、緋村友哉の戦妹だ。戦兄に恥をかかせるような、無様な戦いはできない。

 

 次の瞬間、4人は一斉に、瑠香へ襲いかかってきた。

 

 1人は背後、3人は正面。

 

 瑠香に逃げ場は無い。

 

 だが、

 

 瑠香は素早く、制服の懐に手を突っ込むと、中から掌サイズのボールを取り出し、床にたたきつけた。

 

 次の瞬間、濛々とした煙が一斉に広がり、車内の視界が一気に塞がれる。

 

 男達の動きが、一瞬止まった。いかに障害物に関係なく動けると言っても、それは視界が効いた状態での事。視界が使えなければ、彼らも自由に動けないのだ。

 

 その中でただ1人、的確に動く影がある。

 

 瑠香は諜報科(レザド)の授業で、暗所戦闘や視覚に頼らない戦闘方法を学習している。それ故に、こうした状況下で、最も有利に立ち回る事が出来るのだ。

 

 音も無く、瑠香は動く。

 

 まだ、敵に動きは無い。

 

 瑠香は袖口に仕込んだワイヤーを射出すると、その先端を敵の1人の足に絡めさせた。

 

 そのまま、思いっきり引っ張る。

 

「うおッ!?」

 

 突然、足を引っ張られ、男は悲鳴のような声を上げた転倒した。

 

 仲間の身に何が起きたのか。視界がふさがれている為確認する事が出来ず、男達の間に動揺が走る。

 

 その間にも、瑠香は動く。

 

 音も無く、素早く。

 

 暗視界戦闘の場合、静かに、無音の内で行動しろ。それが諜報科の授業で教わった事である。

 

 更に瑠香は、倒れた敵の上にのしかかるようにして、その鳩尾に膝を叩きこんだ。

 

「ぐおッ!?」

 

 空気が抜けるような音と共に、意識が刈り取られる。

 

 煙はまだ晴れない。

 

 この煙玉は、四乃森家に伝わる特殊な煙で、普通に紙を燃焼した場合に発生する煙よりも、倍近い時間、大気に滞留する性質を持っている。加えて、ここは空気の流れの無い車内。屋外で使用するよりも長い時間、空気は滞留する事になる。

 

 敵は自分達に有利な戦場を設定したつもりだろうが、この場にあって有利なのは瑠香1人。獲物と狩人の立場が更に逆転していた。

 

 瑠香はナイフを振るい、更に1人を倒す。

 

 行ける。

 

 口元に笑みを浮かべ、内心で自分の勝利を確信する。

 

 このままの戦い方を続ければ、勝てるはずだった。

 

 だが、その時。

 

 ガシャンッ ガシャンッ

 

 ガラスが割れるような音が連続して鳴り響く。

 

 同時に、車内に充満していた煙が、一斉に外へ流れて行く。

 

「なッ!?」

 

 その光景に、瑠香は自分が計算違いをしていた事に気付いた。

 

 確かに、この煙は滞留性が高い。しかし今、新幹線は時速300キロ弱で走行している。その合成風力が合わされば、通常よりも早く煙は流れてしまう。

 

 敵はその事を計算し、窓ガラスを割ったのだ。

 

 突風が、車内に一気に吹き込み、瑠香の姿を隠していた煙が車外へと噴き出していく。

 

「クッ!!」

 

 焦ったように、前へ出る瑠香。

 

 だが、それは敵の思うつぼだった。

 

 残り2人の敵は、一瞬で瑠香に接近すると、ラッシュのような打撃を仕掛けてくる。

 

「アアッ!?」

 

 接近戦闘に慣れている敵を相手に、動きを封じられた瑠香は、あっという間に叩き伏せられ、床に転がる。

 

 見れば、瑠香が倒した2人の敵も、息を吹き返して立ち上がっている。

 

 4人は瑠香を囲み、見下ろしている。今や、立場は完全に逆転している。

 

 最後のあがきとばかりに、瑠香はスカートの下からイングラムM10を引き抜いて持ち上げるが、それも敵の1人が蹴り飛ばしてしまった。

 

 これで終わり。完全に反撃の手段は断たれてしまった事になる。

 

 胸倉を掴まれ、高く持ち上げられる。

 

「う、グッ・・・・・・」

 

 背の低い瑠香の体は、爪先が床から離れ、釣り上げられてしまう。

 

 その瑠香の首を、男は容赦なく締めあげた。

 

 

 

 

 

 屋根の上でも、死闘が続いていた。

 

 16号車上ではキンジVS猛妹、炮娘

 

 15号車上では友哉VS龍那

 

 数の上では劣っているキンジだが、ヒステリアモードの身体能力、思考能力、そしてデザートイーグルの威力を計上し、どうにか戦線を拮抗させている。

 

 友哉もまた、2丁の銃と6本のナイフを武器に襲いかかってくる龍那を相手に、辛うじて互角の戦いを演じていた。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 間合いに踏み込むと同時に、友哉は高速で剣を振るう。

 

 縦横に襲い掛る剣は、全方位から龍那へと殺到する。

 

「龍巣閃!!」

 

 斬線が無数に迸る。

 

 だが、

 

「ハッハー!!」

 

 全ての剣を、手にしたナイフで弾いて見せた。

 

 その光景に、友哉も息を飲む。

 

 龍巣閃は、高速の乱撃技であるが故に、回避も防御も難しい。だが、今回、足場があまりにも不安定である為に、充分な威力と速度を剣に乗せる事ができなかったのだ。

 

 だが、仮にそれを差し引いたとしても、無数の斬撃を防いだ龍那の技量には、驚愕を禁じえない。

 

「ほらほら、ボウッとしない!!」

 

 叫びと共に、龍那の足が蹴り上げられる。

 

 その爪先には、鋭く光るナイフが仕込まれている。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、後退する事で回避する友哉。

 

 だが、その友哉の目に、

 

 両手に銃を構えた龍那の姿が映った。

 

 その瞬間、友哉は己の失策に気付いた。蹴りは初めから囮。龍那は体勢が崩れた友哉を、初めから銃撃で仕留めるつもりだったのだ。

 

「しまっ・・・・・・」

「もう遅い」

 

 龍那は不敵に笑い、容赦無く引き金を引く。

 

 放たれる弾丸。

 

 友哉はとっさによけようとするが、先の後方への回避運動の影響で、まだ足が床についていない。

 

 次の瞬間、2発の弾丸は友哉の胸を直撃した。

 

「ウグッ!?」

 

 防弾コートが弾丸を完全にストップし、貫通はしていない。

 

 しかし、衝撃によって大きく吹き飛ばされ、友哉の体は15号車の屋根の上へと転がった。

 

「緋村!!」

 

 その光景に、キンジが叫ぶ。

 

 だが、

 

「隙ありネッ」

 

 一瞬の隙を突かれ、背後に回り込んだ猛妹が、その長い髪をキンジの首に巻き付けた。

 

 鞍馬山で友哉にも使った、あの絞め技だ。しかもココは、先の友哉との戦闘における反省点を活かしたのか、キンジの背中に片足を掛けてより効率よく、更に反撃しにくい体勢を取っている。これでは、キンジは絞め技を解除する事も難しい。

 

「クッ キンジ!!」

 

 友の苦境に、とっさに立ち上がろうとする友哉。

 

 だが、

 

 ドガッ

 

 その胸を、ブーツで思いっきり踏みつけられた。

 

「これで、終わりよ」

 

 友哉の胸の足を乗せた龍那が、無情な勝利宣言を下すと共に、その手にあるハイウェイパトロールマンを友哉の眉間に向けた。

 

 踏みつけは凄まじく、起き上がる事が出来ない。

 

 キンジも猛妹に締めあげられ、今にも意識が落ちそうな気配がある。

 

 ここまでか・・・・・・

 

 そう思った時だった。

 

 ビシッ

 

「ウグッ!?」

 

 突然、龍那が背中から何かに殴りつけられたようによろめき、友哉を踏みつけていた足を離してしまう。

 

 更に、

 

 ビシッ、ビシッ

 

「アウッ!?」

 

 キンジを締め上げている猛妹からも、悲鳴が上がった。

 

 見れば、彼女が今までキンジの首を絞めていた長いツインテールは、根元付近でバッサリと断ち切られている。

 

 タターン

 

 遅れて、遠来のように銃声が聞こえてくる。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 立ち上がりながら、呻く友哉。

 

 着弾よりも銃声が遅い。と言う事は、超遠距離からの狙撃だ。

 

 いったい誰が?

 

 振り仰ぐ友哉の目に、新幹線を追いかけるように飛ぶ1機のヘリが映った。

 

 そのヘリのハッチから、身を乗り出すようにしてライフルを構える少女の姿がある。

 

 それは、友哉のよく知っている人物。

 

 呆然と、その名を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レキ・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第8話「死闘、時速300キロ」     終わり

 


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