緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第9話「闇から延びる手」

 

 

 

 

 

 

 

 飛翔するヘリから、身を乗り出した状態。

 

 新幹線の速度は290キロオーバー。当然、ヘリもそれを上回る速度で飛翔している。

 

 足場も目標も不安定な状態。

 

 しかし、そのような条件など、まるで感じさせない、正確無比な狙撃。

 

 正しく神業。

 

 其は、魔弾の射手と称すべき、神域の狙撃兵。

 

 彼女以外の何者に、このような真似ができるであろうか。

 

「レキ・・・・・・・・・・・・」

 

 立ち上がりながら友哉は、たった今、自分を救ってくれた友人の少女に目を向けた。

 

 レキ

 

 如何なる手段を用いたのかは知らないが、彼女もまた、この戦場に駆け付けてくれたのだ。瀕死の重傷を負ったその身で。

 

 更にレキは、正確な照準の元、3度目の狙撃を敢行。

 

 長い髪を切断されて、驚いている猛妹の足を掠めるようにして弾丸を放った。

 

「阿ッ!?」

 

 その一撃で、猛妹はバランスを崩し、立っている事ができずに屋根に転がる。どうやら、ドラグノフから放たれた弾丸は、足のヒラメ筋を掠め、アキレス腱に損傷を与えた様子だ。

 

「・・・・・・随分と、物騒なお友達がいるじゃないのさ」

 

 狙撃の衝撃から立ち直った龍那が、額に冷や汗を流しながら言う。

 

 レキの奇襲を背中に受けた龍那。万が一、彼女が着ているコートが防弾仕様でなかったら、確実に命を奪われていた。

 

 とは言え、それに対して批判をする気にはなれない。彼女のおかげで危地を脱する事ができたのだから。

 

 どうやらレキは、星伽が所有しているヘリをハイジャックさながらに奪って、ここまで駆けつけたらしい。

 

 キンジがインカムと白雪の携帯電話を経由して、あの比叡山で会った、薪江田と言う星伽お抱えの運転手と交信している。

 

 ヘリは、更に速度を上げる。どうやらレキは、そのまま乗り込んで来るつもりのようだ。

 

「ダメだレキ、やめるんだ!!」

 

 聞こえないと判っていても、友哉は叫ばずにはいられなかった。

 

 その時、

 

《キンジ、緋村、あと10秒で加速だ。300を越えるぞ!!》

 

 インカムから武藤の声が聞こえて来た。

 

 同時に、友哉は進行方向前方を見て、思わずうめいた。

 

 トンネルがある。このままでは、ヘリがぶつかってしまう。

 

 だが、レキは構わず更に加速させる。

 

「蕾姫、鳥を撃つしか能のない、北狄(ベイディ)の分際で!!」

 

 炮娘は叫ぶと同時に、UZIを振り上げ、空中に弾丸をばらまく。どうやら弾幕を張って、ヘリを遠ざけようとする魂胆らしい。

 

 しかし、その程度の事で、魔弾の射手を止める事はできない。

 

 ダァァァンッ

 

 レキは張り巡らされた弾幕に構わず、ドラグノフを放つ。

 

 直撃を受けたUZIは、炮娘の手から弾き飛ばされ、足元に転がった。

 

 レキが新幹線の屋根に飛び降りるのは、それとほぼ同時だった。

 

 降り立つと同時にレキは、銃剣を屋根に突き立ててバランスを保つ。

 

 それを見届けると、最早限界とばかりに、ヘリが高度を上げるのが見えた。

 

 既に、トンネルのある山肌は、至近距離にまで迫っている。このままでは、ヘリだけじゃなく、友哉達も危ない。

 

 ほぼ同時に、屋根の上にいた全員が、その場に伏せる。

 

 次の瞬間、視界が一気に闇へと染め上げられる。

 

 凄まじいまでの気圧の変化が、一同に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 凄まじい乱打の嵐が、容赦無く浴びせかけられる。

 

 2人の男達は徒手での格闘技を習得した猛者達。その実力は、素手で熊をも倒す事ができるほどだ。

 

 その男達が、2人掛かりで乱打を浴びせた相手は、例外なく地面に這いつくばり、そして二度と起き上がってはこなかった。

 

 今度も例外では無い。

 

 床に倒れ伏した男は、ピクリとも動かず倒れ伏している。

 

 死んだか。

 

 何の感慨も無く、心の中でそれを確認する。

 

 彼等にとってはいつもの事。いつもどおり敵と戦い、そしていつも通り殺したまで。

 

 死体にこれ以上かける時間は無い。他の場所への援護へ行こう。

 

 そう考えて踵を返す。

 

 いつも通りの事じゃない事が起きたのは、その時だった。

 

「おい、何処行くんだよ」

「ッ!?」

 

 背後からの声に、とっさに振り返る。

 

 そこには、たった今倒した筈の男が、床の上で胡坐をかいて座っていた。

 

 動揺が走る。

 

 そんな馬鹿な。

 

 何発も急所に入れ、手ごたえも感じていた。

 

 にもかかわらず、目の前の男は何事も無いかのように、その場に座り、不敵な笑みすら浮かべている。

 

「ったく、散々殴ってくれやがって。ちっとばかし痒かったぜ」

 

 言いながら、陣はわざとらしく体を掻いて見せる。

 

 その様子を見て、男達は再び構えを取る。

 

 陣が言っている事は、恐らく強がりだろうと考えていた。自分達があれだけの攻撃を加えて、無傷である筈が無いのだ。

 

 だが陣は、何事も無かったかのように立ち上がって見せた。

 

 そこへ、男達が襲いかかる。

 

 今度こそ留めを指すべく、必殺の攻撃を繰り出す。

 

 その瞬間、

 

「オッラァァァァァァ!!」

 

 凄まじい勢いで繰りだされた蹴りが、カウンター気味に戦闘の男の顎を捉える。

 

 一撃。

 

 それだけで男は勢いよく空中に持ち上げられた。

 

 勢いはとどまらず、男は首から上が天井の板を突き破って刺さり、宙ぶらりんの状態になってしまった。

 

 仲間を襲った惨状に、あっけにとられるもう1人の男。

 

 その隙を、陣は見逃さない。

 

 右手の拳を握りしめると、勢いのままに突進する。

 

 その様子に、男は怯む。

 

 かつて、カナ、遠山金一は、陣を「人間戦車」と称したが、それは正に、戦車の突撃に等しかった。

 

 陣の突進に、男はただ立ち尽くす事しかできない。

 

「デリャァァァァァァ!!」

 

 打ち抜く拳。

 

 その一撃は、男の顔面を容赦なく捉え、そして吹き飛ばす。

 

 数瞬の浮遊感。

 

 男は背後のドアに叩きつけられ意識を失い、ズルズルと床に落ちて座り込む。そのまま、起き上がってくる気配はなかった。

 

「ま、ざっと、こんなもんだろ」

 

 陣は何でもないという風に、肩を回す。

 

 本当に、一戦終えた事など感じさせない、余裕あふれる態度だった。

 

 

 

 

 

 向かってくる敵の動きを、茉莉は冷静に見極める。

 

 対峙する敵は3人。その身のこなしと、これまでの対峙から、相当な手練である事は充分に理解できる。

 

 対して茉莉には、不利な要素が多すぎる。

 

 高機動戦闘を得意とする茉莉にとって、閉所での戦闘は、翼に重りを付けられたかのような不快感がある。

 

 だが、下がる事はできない。

 

 背後には、彩と準一、そして、まだ幼い敦志の姿がある。

 

 茉莉がここから下がれば、矛先は彼らへと向くだろう。

 

 故に、茉莉は下がらない、一歩たりとも。

 

 茉莉は鋭く眼光を光らせ、向かってくる3人の敵を睨み据えた。

 

 彼女は元イ・ウー構成員《天剣》の茉莉。

 

 これまで、もっと不利な戦場に放り込まれた事など、いくらでもあった。故に、この程度の状況など、不利の内には入らない。

 

 襲い来る敵の動き。

 

 その動きを、茉莉の両眼は完全に捉えていた。

 

 男達が攻撃体勢に入る。

 

 次の瞬間、

 

「フッ!!」

 

 手にした菊一文字を、鋭く一閃する。

 

 一撃。

 

 重さを徹底的に排し、ただ速さ、鋭さのみを追求した一撃。

 

 その攻撃は、友哉の剣閃すら凌駕する。

 

 縮地を完全に極めた茉莉の先祖は、走行中の馬車に追いつき、他者の視界から消え去る程の速度で移動する事が出来たという。

 

 茉莉は、まだその領域には遠い。

 

 しかし、それでも、その剣は刹那の間を凌駕し、一瞬で2人の敵を叩き伏せた。

 

 背中から宙を舞う2人。

 

 そのまま勢い余り、座席を押し倒しながら両者ともに墜落する。

 

 速さは、そのまま力となる。

 

 茉莉の速さがあって、初めて可能となる芸当だった。

 

 だが、

 

 最後に残った敵が、茉莉に向けて拳を振り上げる。

 

 その姿に、茉莉は眼を見開いた。

 

 たった今、渾身の一撃を放った直後である。技後硬直の為、すぐには動く事が出来ない。

 

「くゥッ!?」

 

 頭は必死になって、回避するように警告している。しかし、その焦りとは裏腹に、体は全く動こうとしない。

 

 男の顔が、ニヤリと笑みを刻む。勝利を確信したのだ。

 

 とっさに、防御の姿勢を取ろうとした茉莉。

 

 次の瞬間、

 

 茉莉のスカートが、思いっきり捲り上げられた。

 

「なッ!?」

 

 突然の事に、驚く暇もなく、

 

 いつの間にか背後に回り込んでいた彩が、捲り上げたスカートの下から、茉莉がサイドアームとして装備しているブローニング・ハイパワーDAを抜き放った。

 

 ワンアクションで安全装置を外し、スライドを引くと、右手一本で銃を持ちあげ、銃口は真っ直ぐに男に向けられた。

 

 ダンッ ダンッ ダンッ

 

 立て続けに、放たれる三発の銃声。

 

 至近距離からの銃撃には、いかに鍛え上げた肉体を持つと言っても、ひとたまりもない話であった。

 

 泡を吹いて倒れる男。

 

 対して、彩は苦笑しながら、ゆっくりと銃を下ろす。

 

「やっぱ、鍛錬はしとくものね。あたしも、まだまだ捨てた物じゃないわ」

「お、お見事、です・・・・・・」

 

 めくられたスカートを押さえながら、茉莉は、自分ですら苦戦した敵をアッサリと倒してのけた彩を唖然として見つめていた。

 

 

 

 

 

 ギリギリと、喉を締め付けられる。

 

 既に意識は、細い糸のような物で繋ぎとめられている状態であり、それが途切れた瞬間、瑠香は深い闇の中へと落ちていくだろう。

 

 首を絞められた状態で、天井近くまで持ち上げられた瑠香は、どうにか相手の手を振りほどこうと、必死にもがくが、徒手格闘を極めた相手の握力は凄まじく、万力で締められるように、ギリギリと、指が喉に食い込んで来る。

 

 締めると言うより、喉笛を指で引きちぎられそうな勢いだ。

 

 最早、視界は真っ暗に染まり、殆ど見えなくなっている。血液の流れが著しく遮断された為、ブラックアウト現象が起こり始めているのだ。

 

「ぅ・・・ぁ・・・・・・ぁぅ・・・・・・」

 

 か細い呼吸で、漏れ聞こえる声も呻きにしかならない。

 

 そうしている間にも、瑠香の喉を絞める手は圧力を増して行く。

 

 瑠香を締め上げている男は、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

 どうやら、この手の嗜虐的な思考の持ち主のようで、瑠香は気付いていないが、先程から僅かな力加減で、指を締めたり緩めたりしている。瑠香の苦しみを長く持続させて、その苦しむ表情を楽しんでいるのだ。

 

 他の3人も、その様子を見てニヤついた笑みを顔面に張り付けている。

 

 瑠香は逃れる事も、落ちる事もできずに、苦しみの中でただ喘ぐしかない。

 

「・・・・・・た、助け・・・て・・・・・・」

 

 瑠香の口から洩れる言葉。

 

 その言葉に、男達の嗜虐的な笑みが強まった。

 

 次の瞬間、

 

 バキィッ

 

 突然、顔面に強い打撃を受け、瑠香を締め上げていた男は、鼻から血を流しながら呻き声を上げる。

 

 その手が、瑠香の喉から放される。

 

 一瞬感じる浮遊感。

 

 しかし次の瞬間、その体は誰かに優しく受け止められた。

 

 その人物の腕の中で、

 

 瑠香は、ようやく血が巡り始め、視界も徐々に回復して行く。

 

 やがて、自分を助けてくれた人物の顔が、うっすらと見えて来た。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 思わず声を上げる。

 

 その人物の事を瑠香は、他の誰よりもよく知っていた。

 

「・・・・・・お・・・・・・お兄ちゃん?」

 

 京都武偵局所属、Sランク武偵 四乃森甲は、その腕にしっかりと妹の体を抱き留め、倒すべき敵をサングラス越しに睨み据えていた。

 

 藍幇に関する調査を進めていた甲は、のぞみ246号の発車直前にココ達の狙いに気付いたのだ。その時には自分で乗り込むだけで精一杯であり、友哉達に報せる時間が無かったのだ。

 

 そこで甲は、友哉達とは別に独自に行動し、事態の鎮圧に乗り出したのだ。

 

「すまん、他の制圧に、少し時間が掛った」

 

 そう言うと甲は、瑠香の体をそっと床に下ろして立ち上がった。

 

 対峙する4人の敵。

 

 だが、甲は臆した様子も無く、悠然と立ち尽くしている。

 

 瑠香自身、甲が戦う所を見るのは初めてである。実家の訓練では何度も剣を交えており、その度に負けて泣かされていたが、実戦を見るのは初めてであった。

 

 4人の敵は、それぞれに甲を取り囲むようにして布陣している。一気に袋叩きにしようと言う腹積もりのようだ。

 

「お兄ちゃん・・・・・・」

 

 いかに甲であっても、相手は閉所戦闘に手なれた者達。数の不利は否めない。

 

「大丈夫だ、瑠香」

 

 そんな瑠香に、甲は静かに告げる。

 

 まるで一切の波紋を排した水面であるかの如く、甲はただ黙したまま、その場に佇む。

 

 その甲めがけて、男達は一斉に襲い掛かる。

 

 四方から迫りくる暴力の嵐。

 

 逃げ場も、死角も、一切存在しない。

 

 対して、

 

 甲は淀みのない動作で、スーツの背から二振りの刃を抜き放った。

 

「あれはッ!?」

 

 思わず、瑠香は目を見張る。

 

 それは二振りの小太刀だった。アリアが使う物よりも若干長いが、友哉や茉莉の刀よりは短い。

 

 甲は幼い頃から、四乃森家に伝わる小太刀剣術を学び、それを実戦で使用可能なレベルにまで昇華させていた。

 

 その攻撃は変幻自在にして必殺。

 

 受けた者は、ただ迸る水に絡め取られたが如く、一瞬にして打ち倒される事となる。

 

 それこそが、徳川300年の御世を影から守り、現代へ連綿と受け継がれし忍びの戦技。

 

 御庭番式小太刀二刀流

 

 銀の閃光が、数回瞬いた。

 

 本当に、それくらいしか知覚できなかった。

 

 気付いた時、

 

 4人の敵は全員、例外なく床に倒れる運命にあった。

 

 刀を収める甲。

 

「お兄ちゃん・・・・・・」

 

 そんな兄を見詰め、瑠香はポツリとつぶやく。

 

 甲は振り返り歩み寄ると、膝を突いて床に座り込んでいる瑠香の頭にそっと手を置いた。

 

 いつも、言葉少ない兄。

 

 だからこそ、その行動だけで、甲の優しさが瑠香には充分に理解できる。

 

 感極まった瑠香は、そのまま兄の胸に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トンネルを抜け、視界が一気に開ける。

 

 爆発が聞こえなかった所を見ると、どうやら薪江田は辛うじて墜落を免れたらしい。

 

 同時に気圧も元に戻り、友哉達はようやく立ち上がる事ができた。

 

 友哉、キンジ、龍那、炮娘、猛妹。

 

 幸と言うべきか、不幸と言うべきか脱落した者はおらず、全員が健在だった。

 

 そして、

 

 振り返れば最後尾車両の屋根の上で、立ち上がるレキの姿も見えた。

 

 ホッとすると同時に、また別の問題が出て来る。

 

 視界の彼方で、レキがドラグノフを抱えて走りだすのが見える。このまま、戦線に加わる気なのだ。

 

 無謀にも程がある。

 

「キンジ、ダメだ。レキを戦わせちゃッ」

「判ってる!!」

 

 友哉の言葉に、キンジも叩きつけるように答える。

 

 レキは瀕死の重傷を負い、つい昨日、生死の狭間を彷徨ったばかりだ。そんな彼女を、戦わせる事などできない。

 

 キンジは手早くインカムのチャンネルを操作し、車内で待機中の白雪を呼びだした。

 

 そこへ、

 

「何をするつもりか知らないけど、邪魔させてもらうよ!!」

 

 言いながら、龍那が両手、両爪先、両踵の6本のナイフを振り翳して斬りかかろうとする。

 

 だが、

 

「させないッ!!」

 

 友哉は一瞬早く回り込み、龍那のナイフを払う。

 

 友哉の攻撃は龍那を捉えるには至らなかったが、それでも龍那は大きく後退せざるを得なかった。

 

 その隙に、今度は炮娘が動く。

 

 予備のUZIを袖から出し、キンジに向けようとした。

 

 炮娘の位置は、キンジを挟んで友哉の反対側。斬り込むには迂回が必要な為、タイムラグが生じてしまう。

 

 いかに友哉でも、発砲よりも先に斬り込む事は不可能だ。

 

 キンジは尚も白雪と交信中であり、動く事はできない。

 

 炮娘の銃口がキンジに向けられる。

 

 攻撃が成功するかと思われた時、

 

 弾幕のような射撃が、炮娘を襲った。

 

「グアッ!?」

 

 全く予期していなかった攻撃に、炮娘は回避ができず、数発の直撃を食らって後退する。

 

 幸い、着ているチャイナ服は防弾仕様である為、怪我はない。

 

 しかし、

 

 苦々しく顔を上げる、炮娘の視界の先。

 

 そこに立っている友哉。

 

 手には、先程レキの狙撃で炮娘が取り落としたUZIを拾って構えていた。

 

 普段、友哉は全くと言って良いほど銃を使わない。ただし、これは「使えない」訳では決してない。ある程度の距離であるならば、命中させる事はできる。ただ、有効射程距離は、せいぜい4~7メートルと狭く、銃撃戦を行うほどの距離では大して命中率は望めず、かと言って近接拳銃戦に使うには技術が追いつかない。

 

 正に、「帯に短し、襷に長し」と言った所である。その為、実戦では殆ど役に立たないのだ。わざわざ馴れない拳銃の技術を学ぶよりも、幼い頃から磨いて来た飛天御剣流の技を鍛え、更に短期未来予測を強化する事で、近代戦に対抗しようと考えた為、友哉は銃火器使用の選択肢を自ら排したのだ。

 

 その為、この攻撃はココにとっても、全くの予想外だった。

 

 友哉は弾切れになったUZIを車外に投げ捨てると、再び刀を構える。

 

「おのれ、ユウヤ、許さないネッ」

 

 激昂した炮娘がUZIを構え、龍那がナイフを手に、友哉を挟み込む。

 

 このまま集中攻撃を仕掛ける。

 

 そう思った時、

 

《星伽候天流、緋緋星伽神・斬環!!》

 

 インカムから聞こえる、白雪の裂帛の気合。

 

 次の瞬間、

 

 まるで溶鉱炉の炎が迸ったかのような、凄まじい炎が、15号車と16号車の間、連結部を輪切りにした。

 

 その凄まじい炎に、友哉も一瞬、顔を覆ってガードする。

 

 それでもなお収まらない熱量が、周囲を圧倒するほどのエネルギーを振りまく。

 

「これはッ・・・・・・」

 

 見覚えがある。確か、魔剣事件の際に白雪がジャンヌに使った、剣術と炎の超能力を組み合わせた星伽の奥義だ。あらゆる物を切り裂く、魔剣デュランダルを一刀両断したほどの技だ。巨大だが、硬度においては遥かに劣る新幹線を切る事くらい、訳ないだろう。

 

 無論、常識外である事は間違いないが。

 

 レキを戦線離脱させ、尚且つ乗客を助ける為の最善にして最後の策を、キンジは躊躇う事無く実行してのけたのだ。

 

 減速する15号車以下を残し、加速を続ける16号車。その屋根の上には、キンジ、炮娘、猛妹が取り残される。友哉、龍那、そしてレキは15号車に残ったままだ。

 

 その距離も、徐々に開いて行く。

 

 距離にして5メートル以上。友哉なら、まだ余裕で飛び越える自信があるが、恐らくレキには無理だ。

 

 その一瞬、キンジと友哉の視線が交錯する。

 

『無事で・・・・・・』

『そっちもな』

 

 両雄は、互いに視線で語り合う。

 

 だが、事態はまだ終わっていなかった。

 

 速度を全く落とす事無く駆けて来たレキが、15号車の縁に立つと同時に、躊躇う事無く跳躍したのだ。

 

「レキッ!!」

 

 とっさに手を伸ばす友哉。

 

 その一瞬、レキが振り返り視線を合わせて来た。

 

 相変わらず、無機質な瞳。

 

 だが、その瞳の奥に友哉は、何か彼女の強い意思のような物を感じ取っていた。

 

 次の瞬間には、レキの体は空中に放り出されていた。

 

 だが、やはりと言うべきか、全く16号車まで届かない。

 

 このまま転落死するか、と思った時、レキは防弾制服の胸ポケットから何かを取り出し、宙返りしながら、それを自分の後方に投げつけた。

 

 何か小さい物が、宙を飛んでいるのが見える。

 

「あれは、武偵弾ッ!?」

 

 友哉の優れた視力は、その存在を正確に捉えていた。着色からして、恐らくは炸裂弾。

 

 友哉の認識と、武偵弾の炸裂は、ほぼ同時だった。

 

 凄まじい爆発が空中で踊り、友哉や龍那は、一瞬感じた衝撃に、吹き飛ばされないよう、その場で踏ん張るのが精いっぱいだった。

 

 レキは武偵弾炸裂の爆風を利用し、足りない飛距離を稼いだのだ。

 

 その様は、源義経の八艘飛びと称して良いだろう。かつての先祖の技を、子孫であるレキが使って見せたのだ。

 

 衝撃から顔を上げた時、レキが辛うじて、向こうの屋根の上に掴まっている光景が見え、ホッと胸を撫で下ろした。

 

 更なる加速を行う16号車に対して、15号車以下の車両は徐々に減速して遠ざかって行く。

 

 最早、友哉でも追いつく事は不可能だ。

 

「いやはや、命知らずってのは、割と結構いるもんだね」

 

 友哉ともう1人、こちら側に残る事になった龍那が、そう言って肩を竦めている。

 

 既に高速走行による振動は収まりつつあり、事態は収束しつつある事を告げていた。

 

 それと同時に、終局が近付きつつある事を如実に告げている。

 

「・・・・・・そろそろ、決着付けませんか?」

 

 言いながら、逆刃刀を持ち上げて構える。

 

 いよいよ、舞台も大詰めと言った感じだ。

 

 それは、龍那もまた同様の事なのだろう。2丁のハイウェイパトロールマンのシリンダーを確かめると、両手に構えて掲げて見せる。

 

「良いよ。やってやろうじゃないの」

 

 そう言って立った場所は、15号車と14号車の連結部。対して友哉は、切り裂かれた15号車の端に立っている為、ちょうど端と端で対峙する形だ。

 

 距離的には、友哉が絶対的に不利。斬り込むには、車両一両分を駆け抜けなければならない。

 

 だが、龍那の銃にも、最早残弾は1発ずつしか無い状態だ。つまり、それを回避する事ができれば、友哉にも充分に勝機がある。

 

 互いに無言。

 

 既に停止した新幹線の上で向かい合う。

 

 次の瞬間、

 

 動いたのは友哉だった。

 

 一気に床を蹴って、突撃を掛ける。

 

 その速度、正に神速。一瞬にして距離を詰めて来る。

 

 だが、龍那もまた、それは予期した行動だった。

 

 友哉が龍那の攻撃を受ける前に斬り込んで来るには、全速力で突撃を仕掛けるしかない。しかし、全速力を出した場合、視界が物理的に狭まってしまう。

 

 つまり、友哉の短期未来予測も、その能力が制限されてしまうのだ。

 

 龍那が待っていたのは、正にこのタイミングだった。

 

「貰ったよ!!」

 

 必中の確信と共に、2丁の引き金を引く。

 

 放たれた弾丸は、突撃する友哉を迎撃すべく、真っ直ぐに飛翔する。

 

 次の瞬間、

 

 龍那の視界から、友哉の姿が掻き消えた。

 

「ッ!?」

 

 否、友哉は一瞬にして、上空へ跳び上がったのだ。

 

 振り上げられる刀。

 

「さっきの技かッ!?」

 

 明らかな龍槌閃の構え。

 

 先程、一度使っている為、龍那にとって迎撃は容易。

 

 とっさにハイウェイパトロールマンを投げ捨て、ナイフを抜き放ち、急降下に備えた。

 

 次の瞬間、

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 友哉は、刀を上段に構え、体を海老反りのように大きく引き絞ると、全身のバネを利用して解放、空中で大きく縦回転を掛けた。

 

「なッ!?」

 

 その光景に、龍那の顔が驚愕に染まる。こんな動きを、予測できる筈が無かった。

 

 突撃と回転の勢いを乗せ、友哉は一気に斬り込んだ。

 

「飛天御剣流、龍巻閃・嵐!!」

 

 立ち尽くす龍那に、成す術は無い。

 

 回転の加わった強烈な一撃は、見事なまでに龍那の右肩を直撃し、新幹線の屋根の上に打ち倒した。

 

 遅れるようにして、友哉も屋根の上に着地する。

 

 手応えは充分。暫くは起き上がれない程の打撃が入った筈だ。

 

 龍巻閃・嵐

 

 先月、父から貰った文献に書いてあった、強力な縦回転を掛ける事によって、威力を強化する、龍巻閃の派生技の1つである。

 

 まともに食らった龍那は、起き上がってくる気配が無い。どうやら、気を失っているらしい。

 

「勝った、か・・・・・・」

 

 呟いてから、東京方面へ続く線路に目をやった。

 

 既に16号車の姿は影も形も見えない。もはや追いつく事は不可能だ。

 

「キンジ・・・・・・レキ・・・・・・」

 

 命運は、今や2人の武偵に掛っている。友哉にできる事は、彼等の奮戦を祈る事だけだった。

 

「頼んだよ」

 

 その時だった。

 

「お見事、やはり、私の見込んだ通りですよ、君は」

 

 背後からの言葉に、

 

「ッ!?」

 

 友哉は振り返りながら、刀を構え直す。

 

 そこには、スーツ姿に、無表情の仮面で顔を覆った男が立っている。

 

 友哉にとっては、忘れる事の出来ない因縁の宿敵。

 

「由比彰彦!!」

 

 いつの間にか現れた彰彦は、まるでそれが当然であるかのように、新幹線の屋根の上に立っている。

 

 腕には、気絶して力の抜けた龍那を抱いて。

 

 彰彦は、スッと左手を上げ、友哉を制してきた。

 

「やめましょう。今日は戦いに来たわけじゃありません。彼女を回収し、この場を退かせてもらいますよ」

「そんな勝手な事はさせません」

 

 言いながら、いつでも斬りかかれるように準備をする。

 

 そんな友哉の言動を当然の如く予期していた彰彦は、用意しておいた言葉を紡いだ。

 

「なら、いっその事、私の仲間になりませんか? 君なら歓迎しますよ、緋村君」

「なッ!?」

 

 突拍子の無い突然の言葉に、流石の友哉も戸惑いを隠せない。

 

 一体、なぜそのような事を言い出したのか。

 

 だが、彰彦は、何処までも本気で言い募る。

 

「間もなく、戦いが始まります」

「戦い?」

「ええ、とても大きな戦いです。戦争と言っても良いかもしれません」

 

 それはこの間、甲も言っていた事だ。間もなく起こるであろう大戦争。その為の陣営強化を、どの組織も行っているのだと。

 

 仕立屋もまた、その例外ではないのだ。

 

「私達も否応なく、その戦いに巻き込まれるでしょう。だからこそ、私たちには君のような存在が必要なのです」

 

 彰彦は悪党ではあるが、非道ではない。守るべきルールは守る男だ。それはイ・ウーとの決戦の折、拉致した瑠香を無傷で戻している事からも分かっていた。

 

 奇妙な話だが、そういう意味で友哉は、目の前の仮面の男を信用している。

 

 だが、

 

「お断りします」

 

 友哉はきっぱりした口調で言った。

 

 それとこれとは、話が別だ。たとえ山のような黄金を目の前に積まれたとしても、友哉は己の志を捨てる気はない。それが武偵を志す、友哉の意志であり、誇りだった。

 

 その言葉に、彰彦は僅かに目を細めた。

 

 目の前の少年を叛意させる事は難しい。それは判り切っていた事だ。

 

 だからこそ、その魂に価値があるという物だ。

 

「・・・・・・分かりました」

 

 未練はあるが、まだ時間はある。ゆっくりと説得すれば良い。

 

 そう言うと、彰彦は右手を掲げて、虚空にある何かを掴んだ。

 

 その体が、徐々に持ち上がっていく。

 

 ハッとして振り仰ぐ友哉。

 

 そこには、いつの間に接近したのか、1機のヘリが滞空していた。

 

 消音ヘリだ。恐らく彰彦は、これを使って走行するのぞみ246号に並走していたのだろう。そして戦闘終了を見計らい、龍那を回収する為に現れたのだ。

 

「また会いましょう緋村君。次はもしかしたら、戦場で見える事になるかもしれませんね」

 

 そう告げると、彰彦は一気に高度を上げて去っていく。

 

 その姿を、友哉は新幹線の屋根の上で、立ちつくしたまま見送っていた。

 

 

 

 

 

第9話「闇から延びる手」      終わり

 


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