緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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注:ここからは「にじファン」で第2部として掲載していた物です。
その為、最初はまた、基本的な説明から入ってます


宣戦会議編
第1話「Xの旗の下に」


 

 

 

 幕末と言われた時代。

 

 狂気と動乱の巷と化した京都に、1人の剣客がいた。

 

 最強の維新志士と呼ばれた彼の名前は、緋村抜刀斎

 

 修羅さながらに人を斬り、「人斬り抜刀斎」と呼ばれ、人々から恐れられた。

 

 やがて時代は明治に移ると、抜刀斎は何処ともなく姿を消し、その消息を知る者は誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

 そして、時代は流れ、時は平成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閑静な高級住宅街に、場違いな銃撃音が木霊している。

 

 周囲には立派な屋敷が立ち並び、この不景気な時代にあって、ここだけが日本とは別の場所のようにさえ思える。

 

 その屋敷も、例に漏れない。

 

 高い塀に囲まれ、広い面積を誇る屋敷。住んでいる人間も、某有名企業グループの会長であり、社会的にも有名な人物である。

 

 その会長宅が、今、襲撃を受けていた。

 

 時刻は朝6:00。間もなく、界隈でも出勤の動きが始まろうと言う時間である。

 

 そのような朝の静寂を破る、けたたましい銃撃の音は、誠にありがたくない目覚ましとなっていた。

 

 今から約30分前、突然の来訪者が現われ、奇襲攻撃を仕掛けたのだ。

 

 襲撃者の数は4人。

 

 近年になり、日本における犯罪の規模は増加の一途をたどっている。

 

 その理由の一つとして、銃の密売増加が挙げられる。

 

 小規模組織であっても銃火器で武装しているのは珍しくないこの時代、ある程度性能を求めないのであれば、ハンドガン1丁とマガジン1本分の弾丸が、家庭用ゲーム機よりも安い値段で手に入る。

 

 暴力団の事務所では、警察組織すら凌駕する量の銃が保管されてあるくらいだ。

 

 既に一般人にも被害が出るケースが増えており、日本政府は銃規制法の施行を行い規制の乗り出したものの、密売業者は巧みに法の網を掻い潜る為、一向に増加傾向が収まる事は無かった。

 

 そのような状況に対応し、一般の人々を守るためには、警察のような組織と慣習に縛られて身動きが取れない存在では力不足となりつつある。

 

 一般市民の武偵への期待は、今後ますます高まる事は疑いようのない事実であった。

 

 そして、

 

 この日、会長宅を襲撃した4人もまた、武偵であった。

 

 勿論、無法者宜しく、理由も無く来て暴れている訳ではない。

 

 ここの会長の傘下にある企業は、前々からきな臭い噂が絶えなかった。

 

 表向きはクリーンな企業を装っているが、裏では暴力団と繋がり、裏金作りに余念がないとか。

 

 そして、それらの噂は大半が真実であった。

 

 これまでは巧みに法の網を潜り抜けて来たが、決定的な証拠を押さえた武偵達はついに、明け方を狙って襲撃に踏み切ったのだ。

 

 だが、襲撃を受けた側も、無防備では無い。

 

 世間には内緒で暴力団との繋がりを持ち、敷地内に私兵集団を抱えている彼等にとっては、たかが4人の武偵など物の数ではない。

 

 筈だった。

 

 だが、

 

 

 

 

 

 結い上げたショートポニーを靡かせて、臙脂色のセーラー服を着た瀬田茉莉(せた まつり)は駆ける。

 

 迸る銀の輝きは、旋風のように彼女の周囲を取り巻く。

 

 手にした愛刀、菊一文字を閃かせ、己が敵を次々と打ち倒して行く。

 

 彼女の戦闘開始から、僅か2分。

 

 既に、多くの敵が戦闘不能となって、地面に打ち転がされていた。

 

 勿論、私兵部隊からも反撃が行われる。

 

 向かってくる茉莉を排除すべく、複数の銃口が次々と火を噴いた。

 

 しかし、

 

 飛んで来る銃弾は、彼女の影すら捉える事はできない。

 

 全てが、彼女が通り過ぎた場所を虚しく抉る事しかできない。

 

 あまりに茉莉の速度が速すぎる為、照準が全く追いつかないのだ。

 

 そして懐に入った瞬間、

 

「やッ!!」

 

 斬り上げられる銀の一閃。

 

 その一撃は、男の手から拳銃を弾き飛ばす。

 

 更に、峰に返した一撃が頭部に炸裂し、男は昏倒した。

 

「このガキがァ!!」

 

 仲間が倒れるのを見て、逆上したように残りの銃口が向けられる。

 

 だが、その銃口が茉莉にポイントしたと思った時には、既に目の前に少女の姿は無い。

 

 超高速で移動した茉莉は、彼等の背後に一瞬で回り込んでいたのだ。

 

 気付いた時には既に手遅れ。

 

 数回の閃光が瞬いた後、少女の前には誰も立っていなかった。

 

 

 

 

 

 別の場所では、より豪快な破壊音が鳴り響いている。

 

「おっらァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 飛んで来る銃弾をものともせず、相良陣(さがら じん)は拳を振り翳して突進する。

 

 体には何発も命中弾を浴びているが、怯んだ様子は無い。

 

 陣の体は装甲であり、陣の拳は如何なる物をも打ち抜く砲弾なのだ。

 

 一切の呵責ない突撃に、相手がひるんだ。

 

 そこへ、陣は己の間合いに突っ込む。

 

「らっあァァァァァァ!!」

 

 豪快に拳は唸り、顔面に直撃を食らった相手は、まるで襤褸屑か何かのように大きく吹き飛ばされて背中から地面に落着した。

 

 当然、それ以上起きて来る気配は無い。完全に気を失っていた。

 

 陣に真正面から懐にまで入り込まれた相手は、慌てたように銃を構え直す。

 

 しかし、既に距離にして1メートルも無い。近接拳銃戦(アル=カタ)でも使えない限りは、銃の使える距離では無い。

 

「遅ェッ!!」

 

 体を旋回するように振るう拳は、如何なる障害をも粉砕してのける威力を秘めて迸る。

 

 受けた相手は、顎を砕かれ、ろっ骨を叩き折られ、その場にて悶絶して行く運命にあった。

 

 

 

 

 

 圧倒的多数の兵力を擁しながら、僅か4人の敵に蹂躙されている状況は、彼等にとって信じがたい物だった。

 

 武偵達の進撃速度は異常だった。戦闘開始わずか数分で、セキュリティによる防衛網を切り崩されてしまった。現在、どうにか邸宅内に詰めていた部隊も戦線に加わって応戦している状態である。

 

 戦線はまだ、広い前庭で辛うじて膠着状態に持ち込んでいるが、このままでは突破されるのも時間の問題だろう。

 

「おい、もっと火力の強い銃を倉庫から出して来い!!」

「わ、判った!!」

 

 奇襲を受けた為、殆どの人間が拳銃等の小火器しかもっていない。だが、地下の武器庫へ行けば、アサルトライフルなどの強力な銃が保管されている。

 

 勿論、そんな物を保有している事がばれたら、それだけで銃刀法違反の適用となるのだが、この際、その程度の些細な事に拘っている暇は無かった。目の前の4人の武偵さえ倒せれば、後はどうとでも言い逃れができる筈だ。

 

 指示を受けた者達は、急いで武器庫の鍵を取り、地下へと続く階段へと向かった。

 

 急いで、そこから強力な武器を取って来ないと、味方は全滅しかねない勢いだ。

 

 と、

 

 急ぐ足が、何かに引っ掛かった。

 

「え?」

 

 視線を足元へ向けると、何やらワイヤーのような物が転がっており、その先端には丸いピンが結ばれている。

 

 恐る恐る、視線を上げると、足元の壁に並べられ、複数の手榴弾がテープで固定されていた。

 

「ッ!?」

 

 悲鳴さえ上げる暇は無い。

 

 次の瞬間、衝撃が容赦なく襲い掛かって来た。

 

「よし、作戦成功ッ」

 

 四乃森瑠香(しのもり るか)は、噴き上がる爆煙を見て、会心の笑みを浮かべる。

 

 仲間達から離れ、1人先行した瑠香は、不利になった場合、敵は武器を調達する為に動くだろうと考え、武器庫へと続く場所へ罠を仕掛けておいたのだ。

 

 慌てている時程、人は足元がおろそかになりがちである。誰も、自分達が普段歩く所に爆弾が仕掛けられているとは思わないだろう。

 

 勿論、手榴弾の炸薬は減らしてあり、音は派手だが炎は大して上がらず、衝撃もせいぜい、人1人をはね飛ばす程度でしか無い。武偵である以上、人の命を奪わないようにする配慮は基礎中の基礎である。

 

 だが、トラップとしてはそれで充分だった。

 

 既に前庭の戦いは、茉莉と陣の活躍によって制圧しつつある。残るは本丸だけだ。

 

「後は任せたよ」

 

 囁くような言葉は、自分達のリーダーへ向けて信頼と共に放たれた。

 

 

 

 

 

 屋敷中から鳴り響く銃声と破壊の音は、奥の執務室にも聞こえて来ていた。

 

 自身の財力を誇示するかのような会長執務室は、贅の限りを尽くした調度品で埋め尽くされている。壁には世代も作家もバラバラな芸術品が飾られ、成金の趣味の悪さが見て取れた。

 

「い、いったい、どうなっておるのだッ!?」

 

 護衛3人に守られる形で、中央の椅子に座った男は震えている。小太りで、およそ戦闘には無縁と思われるこの男こそが、この屋敷の主である。

 

「会長、御安心ください。敵は少数、それもガキばかりです。程なく、制圧は完了するでしょう」

「ほ、本当か?」

「ええ。我々はプロですので、学生武偵如きに後れは取りませんよ」

 

 私兵部隊の隊長は、そう言って請け負う。

 

 中東の紛争地帯で傭兵部隊を指揮していた経験があるこの隊長の言葉は、何よりも安心感がある。普段は荒くれ者と毛嫌いしているが、こう言う時は誰よりも頼り甲斐があった。

 

 それを肯定するように、程なく、銃声は鳴りやみ、屋敷内に静寂が訪れた。

 

「・・・・・・お、終わったのか?」

「ざっと、こんなもんですよ」

 

 肩を竦める隊長。後は不遜にも屋敷に『押し入った賊』の亡骸を処理すれば、全てが終わる。

 

 その時、

 

 正面の扉が開き、部下の1人がゆっくりと部屋の中に入ってきた。

 

「おう、片付いたか。ご苦労だったな」

 

 彼は前線の指揮を取っていた腹心の部下だ。彼がここに来たと言う事は、全て終わったと判断して良いだろう。

 

 だが、隊長の言葉に対して、何の反応も見せようとしない。

 

「おい、どうした? 報告をしろ」

 

 怪訝な面持ちになる隊長。

 

 その言葉に促されたように、ようやく口を開いた。

 

「・・・・・・つ、強ェ」

 

 絞り出すように、それだけ呟くと、膝をガクリと折り、その場に仰向けに倒れた。

 

「なッ!?」

 

 息を飲む一同。

 

 代わって、

 

 1人の少年が倒れた男の背中から現れた。

 

 臙脂色の武偵校制服の上から、漆黒のロングコートを羽織っている。赤茶色の長い髪を背中まで伸ばしており、色白で線の細い顔は少女のような印象すら受ける。

 

 そして、その手には一振りの日本刀が握られていた。

 

「他は全て制圧しました。投降してください」

 

 緋村友哉(ひむら ゆうや)は、静かな口調で語りかける。

 

 その手で10人以上の敵を倒しながら、一切の息の乱れは無い。

 

 その様に、会長は上ずった声を上げる。

 

「馬鹿を言うなッ 高い金を払って組織した私兵部隊だぞ。たかが4人のガキ相手に全滅など・・・・・・」

「あなたの見解はどうでも良いです。現実として、この屋敷に残っているのは、もうあなた達だけですから」

 

 言いながら、手にした逆刃刀を持ち上げて構える。

 

「この野郎!!」

 

 隊長を含む3人の護衛が、一斉に銃を構えた。

 

 だが、次の瞬間、

 

 シルエットが霞む程のスピードで斬り込んだ友哉は、逆刃刀を一閃。護衛2人を一撃のもとに叩き伏せる。

 

「なッ!?」

 

 声を上げたのは、私兵部隊の隊長である。

 

 あまりの速度の為、目で追う事すらできなかった。気付いた時には、2人の人間が倒れていた感じである。

 

 信頼していた部下が手も無く倒された事で、ようやく目の前の相手が単なる「ガキ」ではない事を認識していた。

 

「おのれッ」

 

 とっさに、銃口を友哉に向ける隊長。

 

 しかし、

 

 その時には既に、

 

 友哉は隊長の懐へと入り込んでいた。

 

 刀は右手一本で弓を引くように持ち、左掌を寝せた刃の腹に当てた構え、膝をたわめて、低い姿勢から見上げるような格好になっている。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 隊長は慌てて距離を置こうとする、が、最早既に遅い。

 

 翼を得た龍は、天空を目指して雄々しく飛翔する。

 

「龍翔閃!!」

 

 振り上げられる刃。

 

 瞬間、

 

 銀の一閃は、圧倒的な速度で持って襲いかかる。

 

 一撃を顎に受けた隊長は、容赦無く意識を刈り取られ、背中から大きく吹き飛ばされて宙を舞い、床へと落着した。

 

 その光景を、会長は信じられない面持ちで眺めている。

 

 自身が築き上げてきた物が、一瞬にして崩壊する様が、正に目の前で展開されているのだ。

 

 仰向けになり、口から泡を吹いて、体は痙攣を繰り返している隊長。もはや、簡単に起き上がって来ることはなさそうだ。

 

 最後の敵を倒した友哉は、その鋭い眼光を会長へと向けた。

 

「ヒィッ・・・・・・」

 

 人知の越えた光景を目の当たりにし、会長は小太りの体を倒し、その場に尻もちを突く。

 

 その会長の喉元に、友哉は切っ先を突きつけた。

 

「これで終わりです」

 

 静かに告げる友哉。

 

 視線は鋭く細められ、射抜くように会長を見据えている。

 

 対して会長は、ガバッと身を投げ出して額を床に擦りつける。

 

「た、頼む、見逃してくれッ 金ならいくらでもくれてやるッ」

 

 全ての護衛を倒され、最早逃げる事もできなくなったため、最後のあがきに出たのだ。

 

「お前が好きなだけ、金をやる。武偵は金で動くんだろう。だから・・・・・・」

「武偵憲章三条」

 

 友哉は会長の言葉を遮って、鋭く口を開いた。

 

「『強くあれ、ただし、その前に正しくあれ』。僕達を懐柔できるとは思わない方が良いですよ」

「そ、そんな・・・・・・」

 

 崩れ落ちる会長。

 

 最早、全ての抵抗は無意味だった。

 

 彼の人生は、たった4人の武偵の前に潰え去ったのだ。

 

 と、人の気配を感じ、友哉は振り返る。

 

「終わりましたね」

「よ、お疲れさんッ」

「やったね、友哉君」

 

 瀬田茉莉が、相良陣が、四乃森瑠香が、それぞれ笑みを見せて労いの言葉を掛けて来る。

 

 釣られるように、友哉も笑みを返す。

 

「ああ、みんなも、お疲れ様」

 

 それは戦闘時とはうって変わって、穏やかな口調であった。

 

 彼等は仲間だ。かけがえのない、友哉の仲間達だ。

 

 東京武偵校所属、チーム・(イクス)

 

 彼等は数多の戦場を疾風の如く駆け抜ける、最速の機動部隊である。

 

 

 

 

 

第1話「Xの旗の下に」      終わり

 


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