緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第2話「宣戦会議への誘い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チーム・イクスは9月23日に結成された武偵チームである。

 

 緋村友哉をチームリーダーとして頂き、サブリーダーには瀬田茉莉、そして相良陣、四乃森瑠香の計4人で構成されている。

 

 友哉、茉莉、瑠香と、武偵校でも屈指の俊足を取りそろえ、展開速度に置いては他のチームの追随を許さない、東京武偵校最速を誇る、高速機動部隊である。

 

 今回の任務は、教務課(マスターズ)からの直接依頼(オーダー)に基づくものであった。

 

 裏で暴力団とも繋がりのある企業グループ会長を調査し、黒と判断された場合は突入、制圧も許可する、という内容だった。

 

 事実上、イクスとして初めて臨む事になる任務は、探偵科(インケスタ)所属の茉莉と、諜報科(レザド)所属の瑠香の調査により、暴力団との繋がり、更にはそこから流れる裏資金の存在も察知したイクスは、夜明けを期して制圧作戦を敢行した。

 

 事は、完全なる奇襲となった。

 

 敵側は、このイクスの動きを全くと言って良いほど掴んでいなかったのだ。

 

 既に、敵側には厄介な私兵部隊を雇っている事を掴んでいたイクスは、持ち前の俊足を如何なく発揮して敵の防衛ラインを次々と突破、本丸である邸宅へと迫った。

 

 この際、最も頼りになる存在は、陣の存在であろう。人間離れしていると言っても過言ではない防御力と攻撃力を持つ陣である。何発銃弾を食らっても怯む事すらしない陣の存在は、敵に取って恐怖に映った事だろう。

 

 そうして敵の防衛ラインがズタズタになったところで、他のメンバーが次々と突撃した。

 

 最後は、リーダーである友哉が、主犯である会長の逮捕に成功し、早朝の捕物劇は幕引きとなった。

 

 後続してきた車輛科(ロジ)に捕縛した連中を預けると、友哉達は帰宅の途についた。

 

 そして、

 

 その日の昼休み、友哉は教務課に出頭し、事件解決の報告を行っていた。

 

「はい、それではご苦労様でした」

 

 目の前に立った友哉に対し、ほんわかした声で労いが掛けられる。

 

 凡そ、武偵校と言う物騒な場所に似つかわしくない、おっとりした口調は探偵科教師にして、友哉の所属する2年A組担任である高天原ゆとり先生の物だ。

 

 一見すると、何処にでもいる優しそうな女教師だが、任務中に受けた頭部の負傷により戦えなくなるまでは「血塗れゆとり(ブラッディー・ユトリ)」の異名で呼ばれ恐れられた凄腕傭兵であったと言う話だ。

 

「今回は、チーム・イクスとして初めての任務でしたね。どうでした、感想は?」

「そうですね。戦闘時の連携は上手くいったと思います。みんな、思っていた通りに動いてくれましたから。ただ、情報収集の段階で、もう少し効率を上げる必要があると思いました」

 

 教務課のオアシスとも言うべきゆとりが相手なら、友哉も緊張せずに話す事ができる。これが綴梅子や蘭豹だったら、話す度に心臓が口から飛び出そうな感覚に陥る事だろう。

 

「では、そこの所を、チームメイトの皆さんと話しあい、今後の活動に活かして下さい。後は、そうですね、通信科や情報科の子たちのチームと連携するのも良いかもしれません」

「はい、判りました」

 

 餅は餅屋という言葉もある。情報に関する事は専門のチームに頼る方が効率的だ。勿論、相応の報酬を別に用意する必要が出て来るが。

 

 今回も、その選択肢が無かった訳じゃない。

 

 だが、友哉は今回だけは、イクス単独で任務に当たる事に拘った。何しろ、記念すべき最初の任務である。感傷的である事は自覚しているが、それでも友哉は自分達だけでやる事にしたのだ。

 

 勿論、その背景には仲間達に対する全幅の信頼があったからこそだが。

 

 とにかく、チーム・イクスの発任務は大成功の内に完了したのだった。

 

 ゆとりから今回の任務に対する報酬の書類を受け取り、友哉は教務課を後にした。

 

 廊下の窓から見える景色も、緑の中に黄色や赤が混じるようになっている。

 

 9月も今日で終わりとなる。

 

 修学旅行Ⅰ、チーム編成と大きなイベントが終わった武偵校内は、どこか浮ついたような印象を受ける。

 

 廊下を歩きながら、友哉はそんな事を考えていた。

 

 まあ、無理も無いだろう。何しろ、一般の高校と同じように、間もなく武偵校にも学園祭の季節がやってくるのだ。

 

 一般とは教育方針が違う武偵校であっても、学園祭は楽しみなイベントの一つである。

 

 勿論、武偵校のイベント宜しく、色々とこなさなくてはならない事もあるのだが、それを差し引いても学園祭が楽しみなイベントである事は間違いない。

 

 そこでふと、友哉は足を止めた。

 

 視線を前方に向けると、そこには友哉を待ち構えるように、見慣れた3人の人物が立っているのが見えた。

 

 向こうも、友哉の姿を見付け、手を振って来る。

 

「よう、お疲れさん」

 

 陣はそう言って、口元に笑みを浮かべて来る。

 

 イクス随一の突破力を誇る長身の男は、如何なる戦場であっても不動の信頼感を感じる事ができる。

 

「どうでした、報酬の方は?」

 

 茉莉が、少し控えめに尋ねて来る。

 

 俊足揃いのイクスの中にあって、最速の機動力を誇る少女である。彼女が本気で走れば、友哉ですら追いつく事はできない。冷静沈着で教養も高く、サブリーダーにはうってつけの人材である。

 

「ねえねえ、これからみんなで何か食べに行こうよ」

 

 この中で1人、1年生の瑠香は、無邪気にそう言う。友哉の幼馴染であり武偵校では戦妹と言う、友哉が直接指導を行う後輩である少女は、戦闘力こそ他の3人には届かないが、強硬偵察や先行潜入によって活躍し、戦闘のアシストを行ってくれた。

 

 3人に対し、友哉も笑顔で応じる。

 

「そうだね、報酬も入った事だし。どこかで打ち上げするのも悪くない」

 

 言いながら、ゆとりから受け取って来た書類を掲げて見せる。

 

 武偵校では一般教養の科目は午前中で終わり、午後は訓練や各専門学科の履修や、依頼された任務の遂行に当てる事ができる。

 

 今日は早朝から任務に当たっていたのだ。少しくらい休んでも単位には響かないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武偵校のある学園島は東京湾岸のお台場沖に浮かぶ人口浮島、通称「学園島」にある事もあり、武偵校生徒、特に寮暮らしの生徒が遊びに出る場合、大抵、お台場になる事が多かった。

 

 友哉達も例にもれず、お台場にやってくると、適当な店を見付けて入り、テーブル席についた。

 

「て言うか、相良先輩。今日はちゃんと自分でお金払ってくださいよ」

「んだよ、硬い事言うなよ」

 

 釘を刺す瑠香の言葉に、陣はばつが悪そうに反論する。

 

 陣は食い逃げの常習犯、と言う訳ではないのだが、他人と食事に来ると、大抵の場合、一緒にいる人間に払わせている。その為、イクスメンバー以外の者は、誰も陣と食事に行きたがらないのだ。

 

 陣は元々、このお台場一帯を仕切っていた不良グループの顔役を務めていた。それが、今から半年前の四月、とある事件で友哉と戦い、敗れた後に、司法取引と言う形で武偵校に編入されてきた。以来、数々の戦場を共にし、友哉にとっては最も頼りになる友人の1人となっている。

 

 後発組と言えば茉莉もそうだが、彼女の場合はもっと異色である。何しろ、元は世界最大の犯罪組織と言われたイ・ウーの構成員であり、陣よりも直接的に友哉達と敵対する立場にあった。彼女もまた、戦いの後、司法取引で武偵校へと編入されたのだ。

 

 様々な立場の人間が集まる武偵校の中にあって、イクスは様々な人間が寄り集まって結成した異色のチームであと言える。

 

「・・・・・・友哉さん、どうしました?」

「・・・・・・おろ?」

 

 名前を呼ばれて、友哉は我に返る。

 

 考え事をしている内に、つい没入してしまっていたようだ。気付いたら、茉莉が怪訝そうな顔でメニュー表を差し出して来ていた。

 

「みんなもう決まりましたよ。後は友哉さんだけです」

「何だ友哉、まだ疲れてんのか?」

 

 からかうような陣の言葉に、友哉は何も話さず無言で笑みを返す。

 

 確かに、少し疲れがあるのかもしれない。まだイクスとして活動を開始したばかりであると言うのに、感傷を覚えるのは早い気がした。

 

 適当にメニューを眺め、カレーセットを頼むと友哉は再び自分の思考の中へと入った。

 

 感傷に耽る訳じゃないが、この半年の間、本当に色々な事があった。

 

 4月には《武偵殺し》峰・理子・リュパン4世が起こした爆弾騒ぎやハイジャック事件に巻き込まれた。陣と初めて会ったのもこの時である。

 

 5月には茉莉も関わった魔剣事件が勃発、星伽白雪の誘拐を狙って来た《デュランダル》ジャンヌ・ダルク30世と地下深くで死闘を繰り広げた。

 

 6月には、敵だった少女、理子の依頼により、伝説上の存在だとばかり思っていた吸血鬼《無限罪》のブラドや殺人鬼《黒笠》と対決した。

 

 7月には元イ・ウーナンバー2の《砂礫の魔女》パトラが起こした事件に巻き込まれ、最終的にはイ・ウー本拠地にまで乗り込み、世界最強の名探偵と刃を交えるに至った。

 

 8月には茉莉の実家がある長野で、彼女の故郷を守るため、巨大な権力者と戦った。

 

 そして9月、修学旅行Ⅰで行った京都で藍幇構成員であるココ3姉妹に襲われ、最終的にはエクスプレスジャックにまで及んだ。

 

 正に、息つく暇も無く戦って来た感じである。

 

「友哉さん、どうしたんですか?」

 

 会話に加わらず、虚空を眺めていた友哉に、再度、茉莉が声を掛けて来た。

 

「もしかして、どこか具合でも悪いんですか?」

「おいおい、無理すんなよ」

「友哉君、大丈夫?」

 

 様子を見ていた陣と瑠香も、身を乗り出して、心配そうに視線を向けて来る。

 

「い、いや、本当に大丈夫だよ」

 

 友哉はそう言って苦笑する。

 

 一緒に戦うだけじゃない。こうして、自分の事を気遣ってくれる友達でもある。

 

 だからこそ、友哉は彼等に対し無二の信頼を寄せる事ができるのだった。

 

 

 

 

 

 食事の後、陣は昔の仲間達と会う約束があると言って別れ、瑠香と茉莉も、2人で買物に行くと言った為、友哉は1人で学園島まで戻る事になった。

 

 瑠香と茉莉は、多分生活用の小物や、服を見に行ったのだろう。

 

 2人で出かける時は、大抵、瑠香が行き先を決めて、茉莉がそれについて行く、と言う形になる場合が多い。

 

 イクスで一番年下ながら面倒見の良い瑠香は、どこか浮世離れした儚げな印象のある茉莉を妹のように可愛がっているのだ。

 

 勿論、年齢は茉莉の方が上である。しかし、その茉莉もまた、自分を可愛がってくれる瑠香を実の姉のように慕っている。

 

 言わば、年齢逆転姉妹とでも言うべきか。奇妙な関係である事は間違いないが、それでうまくいっているのだから世の中不思議である。

 

 本来なら、このような関係はあり得ないだろう。特に武偵校は上下関係に殊更厳しい場所である。万が一、他のチームでこんな事があろうものなら、即座に上級生から修正が行く事だろう

 

 特に、茉莉はイ・ウーにいた頃、瑠香と剣を交えている。普通に考えれば、このような良好な関係を築く事は難しい。

 

 だが現在の2人を見る限り、夏ごろに一度、大喧嘩をした以外は仲が拗れると言う事も無く、傍から見て、本当の姉妹以上に仲が良い物を感じる事ができた。

 

 そんな事を考えていると、バスはトンネルを抜けて学園島に入った。

 

 友哉達が暮らす第3男子寮は学園島の端にある為、まだあと10分程はバスに揺られている必要があった。

 

 その時、まるで計ったように、携帯電話が着信を告げた。

 

 一応、マナーモードにはしてあるが、今はバスが混む時間帯では無い為、数人の武偵校生徒が乗っているだけだ。だから、電話に出ても迷惑にはならないだろう。

 

 友哉はポケットから携帯電話を取り出して、液晶を確認する。

 

 画面には「ジャンヌ・ダルク」と書いていた。

 

「おろ、ジャンヌ?」

 

 情報科(インフォルマ)所属の友人であり、かつてイ・ウーにおいて「銀氷の魔女」と言う異名で呼ばれたジャンヌからの電話と言う事で、友哉は首をかしげた。

 

 友人である事は確かだが、友哉とジャンヌは各別に仲が良いと言う訳ではない。仲が良さで言えば、元イ・ウー構成員同士の茉莉や理子の方がジャンヌとは仲が良い筈だ。

 

 向こうから電話を掛けて来る事自体が珍しい。

 

 訝りながら、友哉は電話に出てみた。

 

「もしもし、ジャンヌ、どうしたの?」

《緋村か。昼休みになったら姿が無かったから、校内を探してしまったぞ》

 

 責めるようなジャンヌの口調。どうやら、手を煩わせてしまったようだ。

 

「ごめんごめん、何か用事があったの?」

《そうだな。あ、いや・・・・・・》

 

 言い掛けて、ジャンヌは言葉を止めた。何か考えるように数瞬沈黙してから、もう一度口を開いた。

 

《やはり良い。お前の寮のポストに手紙を入れておくから、それを見てくれ。全てはそれに書いてある》

「おろ?」

 

 随分とアバウトな話である。用があるなら、今言えば良いのに。

 

 余程事情が複雑なのか、あるいは、電話では話しづらい事なのか・・・・・・

 

 そんな友哉の思考を読んだのか、ジャンヌは念を押すようにもう一度言う。

 

《必ず読めよ。重要な事が書いてあるからな》

「うん、それは構わないけど・・・・・・」

 

 必要以上と思える程に声を潜められたジャンヌの声に、友哉はそれ以上追及する事もできなかった。

 

 電話が切れると、友哉も携帯電話をポケットに戻した。

 

 ジャンヌの様子は、何やら緊迫感めいた物を感じる事ができた。

 

 ジャンヌは生真面目な性格をしており、言ってみれば委員長タイプの人間だ。先祖がフランス軍を指導する立場にあった影響もあるのだろう。それ故に、タチの悪い冗談は決して言わない。

 

 彼女がああ言った以上、本当に何かが起こっているのかもしれない。

 

 バスが第3男子寮前で停まると、友哉はその足で玄関へと向かう。

 

 中に入り、メールボックスを確認すると、確かにジャンヌからと思われる手紙が入っていた。

 

 取り急ぎ部屋へと戻り、蝋封がされた封筒を開いて、中から手紙を取り出した。

 

 が、

 

「よ、読めない・・・・・・」

 

 手紙は達筆なフランス語で書かれており、全くと言って良いほど読み取る事ができなかった。

 

 英語ですら、若干の日常会話がせいぜいの友哉である。フランス語などテレビ以外で聞いた事が無かった。

 

 手紙をテーブルに投げだそうとした時、文末に日本語で書かれている事に気付いた。

 

『どうせお前は読めないと思うから、裏に日本語で書いておく』

 

「・・・・・・・・・・・・えっと、ジャンヌ、喧嘩売ってる?」

 

 だったら最初から日本語で書けと言いたい。

 

 手紙を裏にめくって見ると、確かに日本語で書かれていた。

 

 

 

『緋村友哉殿

 

10月1日 夜0時

空き地島南端、曲がり風車にて待つ

武装の上、1人で来るように

 

ジャンヌ・ダルクより』

 

 

 

 何やら、果たし状めいた物騒な文面である。

 

 空き地島と言えば、学園島からはレインボーブリッジを挟んで北側にある何もない島である。そんな場所に、深夜に呼び出して一体何をしようと言うのか?

 

 まさか、本当に決闘をする訳でもないだろう。そもそも、ジャンヌから決闘を申しこまれる謂れが思い当たらない。今更、魔剣事件の恨みと言う訳でもないだろう。

 

 とにかく、0時に来いと言うのだから行くしかない。

 

 友哉は手紙を丁寧に折り畳み、鞄に仕舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空き地島は風力発電用の風車が立っている以外は、その名の通りだだっ広い空き地が広がっているだけの浮島である。それでいて学園島と同じだけの面積があるのだから余計に広く感じる。

 

 ジャンヌが指定した曲がり風車とは、一本だけ、根元付近から折れた風力発電用の風車を差している。

 

 4月に理子が起こしたハイジャック事件の名残である。あの時、墜落寸前にANA600便は、キンジの機転で空き地島に降りる事になった。その際、飛行機の機首は、その風車に当たって停止したのだ。

 

 不時着した機体は既に撤去され、折れ曲がった風車だけが残されていた。

 

 深夜

 

 友哉は同室の茉莉と瑠香が寝静まるのを待って、寮を出た。

 

 漆黒の防弾コートを羽織り、手には鞘に収めた日本刀を持っている。

 

 コートは薄手の新素材を使用した物で、軽量で、体の動きに対する阻害要素を極限すると同時に、通気性を考慮し夏でも着れるようになっている。

 

 刀は逆刃刀と言い、こちらは先祖伝来の物だ。峰と刃が通常とは逆になっており、普通に振るっても相手を斬り殺す事は無い。

 

 この2つが友哉のメイン武装となる。銃火器全盛の時代に刀一本しか装備が無いのは非合理的に思えるが、元々銃火器の扱いはそれほど上手くない事に加えて、自身の能力をフル活用すれば、火力不足を補い得ると判断している友哉が銃を使う事は無かった。

 

 モーターボートを浮島に停め、友哉は梯子を使って上陸する。

 

 いったいジャンヌは、こんな時間にこんな場所で何をしようと言うのか。

 

 訝るようにして足を進める。

 

 周囲には霧が発生していて、あまり遠くを見通す事ができない。振り返れば、レインボーブリッジのシルエットすら霞んで見えるほどだ。

 

「・・・・・・この霧は」

 

 少し違和感のような物を感じる。

 

 霧は空き地島を中心に発生している。というよりも、空き地島の周囲にしか発生していない。こんな狭い範囲で霧が発生するなど、ありえない筈だ。

 

 その時、

 

「緋村、お前も呼ばれたのか」

 

 背後から声を掛けられ振り返ると、そこには見慣れた男子生徒の顔があった。

 

「キンジ?」

 

 探偵科所属のクラスメイトである遠山キンジが、面倒くさそうな足取りでこちらに近づいて来るのが見えた。

 

 元々、武偵をやめたがっており、武偵活動においてもあまり積極的とは言い難い少年だが、HSS、ヒステリアモードと言う特殊な体質により、ここ一番と言う時には高い戦闘力とカリスマ性を発揮して味方を引っ張ってくれる存在である。

 

 現在は神崎・H・アリア、峰理子、星伽白雪、レキから成るチーム「バスカービル」のリーダーを務めている。

 

「お前も、ジャンヌに呼ばれたのか?」

「うん、そうだけど、キンジも?」

 

 友哉の問いに、キンジも頷きを返す。

 

 判らない。本当に、ジャンヌは何をするつもりなのか。

 

「遠山、緋村、こっちだ」

 

 深い霧の中からジャンヌの声がしたのは、その時だった。

 

 近付いてみると、銀色の軽装甲冑を着込み、手には聖剣デュランダルを携え、完全武装の様相だ。

 

「ジャンヌ、こんな夜中に呼び出したりして、一体どうしたの?」

 

 説明も無しにこのような場所に連れて来られ、友哉としてもこのフランス少女に一言言わねば気が済まない気分だった。

 

 だが、ジャンヌは友哉の問いかけに答えず、緊張の面持ちのままデュランダルを杖のようにして地面に突き立てている。

 

「間もなく0時です」

 

 頭上から静かに呟かれた言葉に、キンジと友哉が振り返ると、そこには曲がり風車に腰掛けて1人の少女がいた。

 

 レキだ。狙撃科(スナイプ)の麒麟児と言う異名で呼ばれ、この間の修学旅行Ⅰでは、意外な血統が明らかになった無口少女である。

 

 レキの言葉を待っていたように、異変は起こった。

 

 複数の強烈なライトが一斉に点灯し、霧の中を照らし出す。同時に、視界の外で次々と気配が動くのを感じた。

 

「な、何だ!?」

 

 警戒の声を上げるキンジ。

 

 友哉も刀の柄に手を掛け、いつでも抜けるように準備する。

 

 光の中に現われた者達。その姿はマチマチで、全く統一感と言う物が無い。

 

 ガタイが3メートル以上ありそうな者、逆に子供くらいしか無い者、男、女、中には普通に見える者もいるが、このような所に来ているくらいだ、普通でない事は容易に想像がつく。

 

 そして、1人1人がとんでも無い存在感を発している。まともに戦ったら勝利は覚束ないだろう。

 

「先日は、うちのココ姉妹が、とんだご迷惑をおかけしました」

 

 そう言って、糸のように細い目をした男が、キンジと友哉に頭を下げて来た。中国の民族風衣装を着ており、更にはココ姉妹の事を話題にしている所を見ると、どうやら藍幇の関係者であるらしい。

 

 少し離れた地面に、何やら黒い影のような物が、ゾゾゾゾゾゾと動いているのが見え、思わず息を飲んだ。最近、立て続けに超人奇人を相手にしており感覚は麻痺しがちだが、それが異常な光景である事は間違いない。

 

 やがて、影の中から黒いゴシックロリータ調の服を着て、日傘を差した金髪ツインテール髪の少女が現われ、薄笑いと共に友哉とキンジをねめつけて来た。

 

「お前達が、リュパン4世と共にお父様を倒した男達か。信じがたいわね」

 

 呟く少女の背には、黒い蝙蝠の羽のような物が付いているのが見える。

 

 3メートル近い巨大な影は、最早人型すらしていない。体の各所からガトリングガンやらロケットランチャーやらが飛び出て、まるで歩行型の戦車のようだ。

 

 その向こうでは、白い法衣に身を包み、大剣を背負った女性と、大きなとんがり帽子に漆黒のローブ、肩には大きなカラスを従えた魔女が、何やら剣呑な雰囲気で睨みあっている。

 

「仕掛けるでないぞ、緋村、遠山の。今宵は86年ぶりの大戦で、儂も気が立つがの」

 

 そう語りかけて来たのは、いつの間にか傍らに来ていた、和服を着た小柄な女の子だ。顔立ちは日本人風だが、髪は鮮やかなきつね色をしている。そして、驚くべき事に、頭部からは、本当に狐のような、尖った耳が飛び出ている。

 

 他にもトレンチコートを着た男性、毛皮のような物を頭から被って顔を隠した少女、ピエロのようなメイクを顔中に施した男等がいる。

 

 1人として、まともな者はいない。その全てが、一騎当千と呼んで過言でない者達だ。

 

 更に、

 

 友哉達の視界の中で、金色の砂金がキラキラと輝くのが見えた。

 

 この光景には、見覚えがある。

 

 とっさに振り返る、その視線の先、

 

「ホホホ、久しぶりぢゃな、トオヤマキンジ、ヒムラユウヤ」

 

 かつてウルップ島沖のアンベリール号船上で戦った砂礫の魔女、パトラが不敵な笑みと共に立っている。

 

 そしてパトラの横に立つ人物にも、見覚えがあった。

 

「金一さん・・・いや、カナさん・・・・・・」

 

 かつて敵として、そして味方として戦ったカナ。キンジの兄である遠山金一がヒステリアモードの状態で手を振っているのが見えた。

 

 そして、

 

「こんばんは、緋村君。良い夜ですね」

 

 あまりにも聞き慣れた声。

 

 そして、あまりにも聞きたくない声。

 

 振り返ると、スーツ姿に無表情の仮面をつけた痩身の男が友哉を見詰めるように立っている。

 

「由比彰彦・・・・・・」

 

 4月の事件以来、幾度も剣を交えて来た「仕立屋」を名乗る、友哉にとっては宿敵と呼んで差支えない男。この男も呼ばれていたらしい。

 

 緊張の為に、友哉は逆刃刀を握る手に汗が浮かぶのを感じる。

 

 もし、この場で彼ら全員が激発すれば、止められないどころの騒ぎでは無い。間違いなく学園島は海に沈む事になる。

 

 それらの一同を前にして、発起人らしきジャンヌは前へと出た。

 

「では、始めようか。各地の機関・結社・組織の大使達よ。|宣戦会議(バンディーレ)。イ・ウー崩壊後、求める物を巡り、戦い、奪い合う我々の世が、次へと進む為に」

 

 それが後に、「極東戦役」の名で呼ばれる事になる大戦の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

第2話「宣戦会議への誘い」      終わり

 


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