緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

57 / 137
第3話「開戦の夜」

 

 

 

 

 

 暗く、深い闇。

 

 一切の光は差さず、一切の希望も見出せない地

 

 まるで神話にある地獄に通じるような、絶望と怨嗟が交錯する地。

 

 約450年の長きに渡り、この国の命運を操作してきたこの場所で、

 

 地上の動きをじっと見つめる目がある事に、誰もが気付いてはいない。

 

「・・・・・・ついに、始まったか」

 

 闇から絞り出されると錯覚するほど、おどろおどろしい声が鳴り響く。

 

 聞き咎める者のいないこの場所において、この声の主のみが唯一の語り部であり、聞き手でもある。

 

 辛うじて、男の声であるとのみ判別できるその声は、地獄の主を思わせるほどしわがれ、元がどのような声であったか、知る者は既にない。

 

 だが、その声音には、ある種の歓喜のような色がある事が覗える。

 

「今代の大戦、場所がこの極東の地であった事は、慶賀すべき事かな」

 

 この時が来るのを、実に星霜とも思える時を越えて待ちわびた甲斐があった。

 

 幾万の屍の山を作り、幾億の悲しみを築いたとしても、手に入れねばならない事がある。

 

 全ては、この国の未来の為に。

 

「必ずや、緋弾は我等が手に帰さねばならぬ」

 

 しわがれた声が、再び闇の中から響き、とけるような沈黙と共に消え去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張のあまり、この場で卒倒してしまわないのが不思議である。

 

 居並ぶ面々を警戒の面持ちで眺めながら、緋村友哉は全身から流れ出る汗を止める事ができなかった。

 

 ジャンヌの招集によりやってきた空き地島。武偵校から目と鼻の先のこの浮島で、このような場面に出くわす事になろうとは。

 

 傍らに立つキンジ、ジャンヌ、レキ、そして辛うじて、先程気軽に話しかけて来た狐耳の少女くらいしか、味方と呼べるものはいない。後は、明確に味方とは言い切れないかもしれないが、かつて共に戦った経験のあるカナも、信用に値する人物ではある。

 

 後は正直、信用のおけない者達ばかりだ。中には、いきなり攻撃を仕掛けて来てもおかしくないような殺気を放っている者までいる。

 

「初顔の者もいるので序言しておこう。かつて我々には、諸国の闇に自分達を秘しつつ、各々の武術・知略を伝承し、求める物を巡り、奪い合って来た。イ・ウーの隆盛と共にその争いは休止されたが・・・・・・イ・ウーの崩壊と共に、今また、砲火を開こうとしている」

 

 ジャンヌは緊張の面持ちで口を開く。何やら、大会前にやる、開会宣言みたいな印象がある。

 

 それにしても、イ・ウー。

 

 2か月前に友哉やキンジが、首領であるシャーロック・ホームズ、アリアの曽祖父と戦い、壊滅に追い込んだ巨大犯罪組織。

 

 そのイ・ウーが、今回の会合に関係しているらしい。

 

「皆さん、あの戦乱の時代に戻らない道は無いのですか?」

 

 一歩前に出て柔和な声で言ったのは、白い法衣に身を包んだ女性だ。この中では比較的まともな部類に入るように思える。

 

 白人特有の端正な顔立ちと、首と顔以外覆った白い法衣、小さなロザリオを持っている事から推察すると、ローマのバチカン関係者なのかもしれない。恐らくシスターなのだろう。

 

 だが、その背には身の丈をも超える巨大な大剣を背負っているのが、何ともアンバランスに思えた。

 

「バチカンはイ・ウーを必要悪として許容してきました。彼の組織が高い戦力を有しているからこそ、平和が保たれているのだと。結果として、長きに渡る休戦が実現できたのです。その尊い平和を保ちたいと思いませんか? 私はその事を伝える為に、今夜、バチカンからここにやって来たのです」

 

 やはり、思った通りバチカンの関係者だったらしい。

 

 シスターはそう言って、胸の前で十字架を切って祈りを捧げた。

 

 だが、

 

「できるわけねえだろメーヤ、この偽善者が」

 

 混ぜっ返すように吐き捨てたのは、メーヤと呼ばれたシスターの斜め後ろにいた、黒いローブの魔女だ。彼女は最初から、メーヤとは険悪な雰囲気を出していた。

 

 14歳程度の外見をした女性は、見た目そのままに魔女的な格好をして、髪はおかっぱ風に切りそろえている。目には眼帯をし、その表側には旧ナチスのハーケンクロイツが書かれていた。

 

「おめェら、ちっとも休戦してなかったろーが。デュッセルドルフじゃアタシの使い魔を襲いやがった癖に。平和だァ? どの口がほざきやがる」

「黙りなさい、カツェ=グラッセ。この汚らわしい不快害虫」

 

 カツェと呼ばれた魔女の言葉に、メーヤもまた舌鋒鋭く応じる。その様は、先程おっとりと和平を解いていた時とは、驚くほどの豹変ぶりだ。

 

 思わず、離れて様子を見ていた友哉とキンジがのけぞったほどである。

 

「お前達魔性の者共は別です。存在そのものが地上の害悪。殲滅し、絶滅させる事に何のためらいもありません。生存させておく理由が、聖書のどこにも見当たりません。祭日に聖火で黒焼きにし、屍を八つ折にして、それを別々の川に流す予定を立ててやっているのですから、ありがとうと良いなさい、ありがとうと。ほら、言いなさい! ありがとうと! ありがとうと!」

 

 早口でまくし立てるメーヤ。これは最早、二重人格と呼んで差支えが無いレベルの豹変ぶりだ。

 

 対してカツェも、嘲笑を持って応じる。

 

「ぎゃははは! おうよ、戦争だ! 待ちに待ったお前らとの戦争だ! こんな絶好のチャンスを逃せるかってんだ! なあヒルダ!!」

 

 カツェが話しかけた相手は、長い金髪をツインテールに結び、漆黒のゴシックローリタ調の服を着て、背中には蝙蝠のような翼を生やした少女である。

 

「そうね、私も戦争大好きよ。良い血が飲み放題になるし」

 

 そう告げるヒルダと呼ばれた少女の太股、スカートとニーソックスの間の部分に、白い目玉の刺青模様がある事を、友哉は見逃さなかった。

 

 その模様には見覚えがある。確か、5月に戦った《無限罪》のブラドの体にも、似たような物が刻まれていた。

 

 つまり、彼女もまたブラドと同じ吸血鬼。それも、先程の言葉を聞くに、ブラドの娘であると判断できる。

 

「ヒルダ・・・・・・一度首を落としてやったのに、あなたもしぶといですすね」

「首を落としたくらいで竜悴公姫(ドラキュリア)が死ぬとでも? 相変わらずバチカンはおめでたいわね。お父様が話して下さった何百年前も昔の様子と、何も変わらない」

 

 睨みつけるメーヤに対して、ヒルダは小馬鹿にした口調で応じる。こちらも険悪な関係であるらしい。

 

「和平、とおっしゃりましたがメーヤさん」

 

 のほほんと、声を掛けたのは、中国民族衣装を着込んだ、細目で痩身の男だ。一見すると普通の中国人に見えるが、これだけ異形が揃ったメンツの中にあって、男の顔には余裕の笑みが刻まれている。

 

「それは非現実的と言う物でしょう。元々我々には長江のように長きに渡り、黄河のように入り組んだ因果や同名のよしみがあったのですから。ねえ」

 

 そう言って、見上げた先にいるレキを、細い目で睨みつけた。

 

 男の言葉を受けて、ジャンヌが再び口を開いた。

 

「私も、できれば戦いたくはない。しかし、いつかはこの時が来る事は前から判っていた。シャーロックの薨去と共にイ・ウーが崩壊し、我々が再び乱世に陥る事はな。だからこの『宣戦会議(バンディーレ)』の開催も、彼が存命の内に取りきめられていた。大使達よ、我々は戦いを避けられない。我々は、そう言う風にできているのだ」

 

 ジャンヌの言葉は、皮肉にも、この場にあっての平和的解決の道を閉ざす物に他ならない。味方である彼女自身が、その可能性は無いと否定しているような物だ。

 

 とは言え、ジャンヌに非は無い。むしろ、彼女は無秩序な騒乱の調整役として、この場にあるように思えた。

 

 恐らく、闇の世界では今まで、イ・ウーと言う巨大組織が曲がりなりにも抑止力としての効果を担っていたのだろう。

 

 皮肉な話だが、いつの時代も平和を維持するのは、非現実的で黴の生えた平和主義の理想論では無く、強大な力であると言う事だ。

 

 だが、そのイ・ウーも、今は無い。言うなれば世界はタガが外れた状態になっているのだ。

 

 最早、戦いは待った無しの状態にある。それをジャンヌが調整する事で、激発をギリギリ押さえている状態だ。

 

「では、古の作法に則り、まず三つの協定を復唱する」

 

 ジャンヌの言う協定とは、言わば戦争条約みたいなものだ。実際の戦争にも、核使用や生物兵器使用を禁じた条約が存在している。それと同じだった。

 

 曰く、

 

 

 

1.いつ何時、誰が誰に挑発する事も許される。戦いは決闘に準ずるものとするが、不意打ち、闇討ち、密偵、奇術の使用、侮辱は許される。

 

2.際限無き殺戮を避けるため、決闘に値せぬ雑兵の戦用を禁じる。これは第1項より優先する。

 

3.戦いは主に「師団(ディーン)」と「眷属(グレナダ)」の双方の連盟に別れて行う。この往古の盟名は歴代の烈士達を敬う上、永代改めぬものとする。

 

 

 

 要するに、戦いは決闘形式で行うが、その際に多少卑怯な事をしても許される。ただし、無駄な犠牲を減らす為に、大兵力を投入する事は禁止する。勢力は師団と眷属の二派に分かれて行う。と言う事らしい。

 

 ただし、第3項だけは付記があり、どの勢力にも属さない中立、無所属、黙秘も許される、と言う事だった。

 

「続けて、連盟の宣言を募るが、まず私達イ・ウー研鑽派残党(ダイオ ノマド)は『師団』となる事を宣言させてもらう。バチカンの聖女メーヤは『師団』。魔女連隊のカツェ=グラッセ、それと竜悴公姫・ヒルダは『眷属』。よもや鞍替えは無いな?」

 

 ジャンヌの問いかけに対し、メーヤは胸の前で十字を切って答える。

 

「はい。バチカンはもとより、この汚らわしい眷属を討つ『師団』。殲滅師団(レギオン・ディーン)の始祖です」

「ああ、アタシも当然『眷属』だ。メーヤの仲間になんてなれるもんかよ」

「聞くまでもないでしょう、ジャンヌ。私は生まれながらにして闇の眷属よ」

 

 メーヤ、カツェ、ヒルダ。初めから敵対関係にあるらしい3人は、いち早く旗色を明らかにする。

 

「あなたもそうでしょう、玉藻?」

 

 ヒルダから話を振られたのは、キンジの傍らにいる狐耳の少女だ。

 

 見れば玉藻と呼ばれたこの少女、耳だけでなく尻尾まで生えている。ますますもって、人外の域にある。

 

「すまんのう、ヒルダ。儂は今回『師団』じゃ。未だに仄聞のみじゃが、今日の星伽は基督教会と盟約があるそうじゃからの。パトラ、お前もこっちゃ来い」

 

 どうやらこの玉藻と言う少女、こう見えて裏世界ではそこそこに顔が効く存在であるらしい。

 

 話を振られたパトラは、指先で水晶玉を回しながら答える。

 

「タマモ、かつて先祖が教わった諸々の事は感謝しておるがのぅ。イ・ウー研鑽派(ダイオ)の優等生どもには私怨もある。今回、イ・ウー主戦派(イグナティス)は『眷属』ぢゃ」

 

 玉藻の誘いを断ってから、パトラは傍らのカナに振り返って尋ねる。

 

「あー・・・・・・お前はどうするんぢゃ、カナ?」

「創世記41章11、『同じ夜に私達はそれぞれ夢を見たが、そのどちらにも意味が隠されていた』。私は個人でここに来たけど、そうね『無所属』とさせてもらうわ」

 

 どうやらカナは、参戦はするものの積極的な交戦をするつもりは無いらしい。

 

 パトラはカナの答えに、何やら肩を落としている様子だったが。

 

 そのパトラの額を突いて弄るカナの、更に奥に立つトレンチコートの男が次いで口を開いた。

 

「ジャンヌ。リバティ・メイソンも『無所属』だ。暫くは様子を見させてもらう」

 

 その時、

 

「LOO・・・・・・」

 

 声なのか、音なのか。

 

 3メートル近いガタイを持ち、全身から武装を突き出した歩行戦車のような人物が発した。

 

 LOOと言う言葉? のみを繰り返すその人物。勿論、何を言っているのか判らない。

 

LOO(ルー)よ。お前がアメリカから来ているのは知っていたが、私はお前を良く知らない。意思疎通の方法が判らないままであれば、『黙秘』したと判断するが、良いな?」

 

 ジャンヌの問いかけに、LOOは、僅かに頷いた(ような気がした)。

 

 次いで、

 

「『眷属』・・・なる!!」

 

 元気いっぱいと言った声が、霧の中にこだまする。

 

 見れば、獣の皮を頭から被った少女が、声を振り上げていた。

 

 一見すると、インディアンッぽい雰囲気のある子供にしか見えないが、その背後には彼女の体の数倍はあろうかと言う巨大な斧が鎮座している。しかも少女は、それを片手で軽々と操っているのだ。

 

「ハビ・・・『眷属』!!」

 

 日本に来るに当たって、それだけを覚えて来た、と言う風情だ。

 

 僅かに見えた素顔の額からは、2本の角のような物が突き出ているのが見えた。

 

「我々、仕立屋も『無所属』と言う事にします、ジャンヌさん」

 

 言ったのは、友哉達から僅かに離れた場所に立っている由比彰彦だった。

 

「ただし、先にカナさんや、リバティ・メイソンの大使殿が言ったように、様子見、と言う意味での無所属ではありません」

「どういう意味だ?」

 

 尋ねるジャンヌに、彰彦は仮面越しの笑みを見せながら答える。

 

「御承知の通り、我が仕立屋は言うなれば傭兵です。報酬さえ払っていただければ、いつ何時、どの勢力にも加勢しましょう。そう言う意味で『無所属』と言う事です。勿論、」

 

 言いながら、今度は視線を友哉とキンジへ向ける。

 

「緋村君、遠山君、望むなら、かつては敵対関係にあったあなた達に協力することもやぶさかではありません」

 

 つまり、報酬さえあれば誰にでも付くし、昨日の味方が明日も味方であるとは限らない。そう言う事らしい。

 

 友哉はスッと目を細める。相変わらず、油断ならないカードの切り方をする。彰彦はこの場にあって旗色を鮮明にしない事で、より多くの利を得ようとしているのだ。

 

 次々と各陣営の旗色が明かされて行く。

 

 そして、ついにジャンヌはキンジに向き直った。

 

「遠山、『バスカービル』はどっちにつくのだ?」

「・・・・・・?」

 

 いきなり話を振られたキンジは、キョトンとした顔をしている。どうやら、あまりの事態に思考が追いついていない様子だ。

 

「な、何で俺に振るんだよ、ジャンヌ?」

「お前はシャーロックを倒した張本人だろうが」

「い、いや、あれはどっちかつーと、流れで・・・・・・アリアを助けに行ったらシャーロックがいたって言うか、そもそも、あれは緋村と共同だっただろう」

「無論、すぐに緋村にも聞く。そもそも、この宣戦会議にはお前達の一味、バスカービルとイクス、そのリーダーの連盟宣言が不可欠だ。お前達はイ・ウーを壊滅させ、私達を再び戦わせる口火を切ったのだからな」

 

 ジャンヌは有無を言わさず、キンジに詰め寄る。

 

 確かに、シャーロックを倒したのはキンジと友哉だ。つまり穿った見方だが、2人が今日の事態を呼びこんだ、と考える事もできる訳だ。

 

 そのやり取りを見ていたヒルダが、黒い日傘を回しながら声を掛けて来た。

 

「新人は皆、そう無様に慌てるのよねぇ。ジャンヌ、あまり苛めちゃ可哀そうよ。聞くまでも無いでしょう? 遠山キンジ。お前達は『師団』。それしかあり得ないわ。お前は『眷属』の偉大なる古豪、竜悴公(ドラキュラ)・ブラド、私のお父様の仇なのだから」

 

 そう言ってキンジを睨みながら、ヒルダはさっさとキンジの旗色を勝手にきめてしまった。

 

「それでは、ウルスが『師団』につく事を代理宣言させてもらいます」

 

 静かな声で言ったのは、風車の上に座ったレキである。

 

「私個人は『バスカービル』の一員ですが、同じ『師団』になるのですから問題は無いでしょう。私は大使代理となる事は、既にウルスの許諾を得ています」

 

 そのレキを、ニヤリと笑いながら中国風の男が言った。

 

「藍幇大使、諸葛静幻が宣言しましょう。私達は『眷属』。先程の由比さんの商才には見習いたいところですが、ウルスの蕾姫には、先日ビジネスを阻害された借りがありますからね」

 

 諸葛と名乗る男の宣言を聞いてから、ジャンヌは友哉へと視線を向けた。

 

「緋村、お前の番だ。イクスはどうする? 『師団』と『眷属』、どちらか生き残る見込みが高い方を選べ」

 

 尋ねるジャンヌに視線を返しつつ友哉は、どうやら自分が既に後戻りの効かない場所に足を踏み入れている事を自覚した。

 

 正直、意味が判っていない、と言う点ではキンジと全く同じなのだが、ここで一つ、重要な事がある。

 

「キンジ・・・バスカービルと僕達は、特に敵対する理由も無い。バスカービルが『師団』ってのにつくなら、イクスも『師団』につくよ」

「お、おい、緋村ッ」

 

 キンジが責めるような口調で詰め寄って来る。どうやら、勝手に話を進めるなと言いたいらしい。

 

 その時、

 

「チッ。美しくねェ」

 

 残っていた最後の1人が、吐き捨てるように口を開いた。

 

 顔中に、軍隊がゲリラ戦時にやるようなフェイスペインティングを施し、何やらピエロのような風貌をした男だ。

 

「強ェ奴が集まるかと思って来てみりゃ、何だこりゃ。要は使いっ走りの集いって訳かよ。どいつもこいつも取るに足らねェ。無駄足だったぜ」

 

 これだけの異形達を前にして、この豪胆な物言い。命知らずか、余程自分の実力に自信があるのか。

 

GⅢ(ジーサード)。ここに集うのは確かに『大使』。戦闘力では無く、本人の希望、組織の推薦に加え、使者としての適性を考えて選抜された者達だ。確かにお前の望みうような者達でない事は認めるが、良いのか、このままではお前は『無所属』と言う事になるぞ」

「関係ねえなァ」

 

 ジャンヌの忠告に見向きすらしないジーサード。

 

「私達は同じ物を求め、奪い合う限り、何れは戦う事になる。その際『師団』か『眷属』についておけば、敵の数が減る事になるのだぞ?」

「敵だァ? 笑わせるな。今日はテメェ等の周りに強そうなのが出て来てるみてェだから様子見に来ただけだ。良いか、次は一番強ェ奴を連れて来い。そいつを全殺しにしてやる」

 

 地面に唾を吐きかけながらそう言うと、ジーサードの体はジジ、と言う明滅音と共にその姿が見えなくなって行く。

 

 透明化しているのだ。そのようなステルス技術が既に開発されているのとは、思いもよらなかった。

 

「・・・・・・下賤な男。吠えつく子犬のようだわ。殺す気も失せる」

 

 そう吐き捨てたのはヒルダだ。

 

 だが、果たしてそうだろうか? これだけのメンツを相手に、あの啖呵。精神力だけでも並みではないのが窺えるし、あの未知の装備も気になる。もしかしたら、今日集まった者の中で最も警戒すべきなのは、あのジーサードなのかもしれない、と友哉は漠然とながら、そう思った。

 

「これで全員済んだみたいね。そうよね、ジャンヌ?」

「・・・・・・その通りだ」

 

 ヒルダの問いかけに、ジャンヌは頷きを返す。

 

「最後に、この闘争は宣戦会議の地域名を元に名付ける慣習に従い、『極東戦役』と呼ぶ事を定める。各位の参加に感謝と、武運の祈りを・・・・・・」

「じゃあ、もう良いのね?」

 

 待ちきれない、と言った風情のヒルダ。

 

「もう、か?」

「良いでしょ、もう始まったんだから」

 

 言いながら、ヒルダとジャンヌ、双方の視線がキンジへと向いた。

 

「血を見なかった宣戦会議なんか、過去、無かったと言うし、ねぇ?」

 

 ヒルダが言った瞬間、

 

 ジャンヌは短縮マバタキ信号でキンジに合図を送った。「RA(逃げろ)」と。

 

 ジャンヌがデュランダルを抜き放って氷魔法を展開するのと、ヒルダが影の中に沈むのはほぼ同時だった。

 

「遠山、逃げろ! 30秒は縛る!」

 

 ジャンヌが投げつけたデュランダルが影に突き立ち、影は動きを止めた。どうやら縫い付けられたようだ。

 

 この瞬間、極東戦役の火ぶたは切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉もまた、キンジを守るように刀の柄に手を当てて警戒に当たる。

 

 今のキンジはヒステリアモードじゃない。と言う事は、多少戦う事ができる程度の一般人と変わらない。さりとて、ここでヒステリアモードになる事もできないだろう。

 

 あの異形達に一斉に襲われたら、ひとたまりも無い。

 

 ここは如何にして、キンジを守りつつ撤退するかが重要になる。

 

 その時、すぐ脇で小型モーターボートが接舷するような音が響き、小柄な影が空き地島によじ登って来るのが見えた。

 

「SSRに網を張らせといて正解だったわ! あたしの目の届くところに出て来るとはね。その勇気だけは認めてあげるッ! そこにいるんでしょ!? パトラ! ヒルダ! イ・ウーの残党、セットで逮捕よ! 今月のママの高裁に手土産ができたわね!!」

 

 ピンク色のツインテールを靡かせ、神崎・H・アリアが2丁のガバメントを抜き放って構えた。

 

 だが、どうやら霧の向こうでは、こちらの様子は見えていないようだ。アリアはここがどれだけ危険か気付いていない。

 

「アリア、今はまずい! ここは、」

 

 キンジが制止する前に、アリアは射撃を開始。壊れた風車の羽の付け根を集中的に攻撃した。

 

 既に劣化が始まっていた羽は、アリアの集中射撃に耐えられずあっさりと破壊して落下する。

 

 その下にいたLOOを直撃する形で。

 

 LOOは突然の事で全く対処できなかったらしく、頭上から降ってきた風車に押しつぶされる形で、その場に擱座した。

 

「・・・・・・おろ」

 

 何やら煙を吹いて停止するLOOの様子に、友哉も絶句する。

 

 LOOはこの場にあって去就を明らかにしなかった1人。つまり、考えようによっては味方にできたかもしれない人物なのだが。

 

 だが、アリアは、そんな事情などお構いなし、と言った感じだ。まあ、無理もない。今来た人間に、この混沌の状況から事態を察しろ、と言う方がどだい無理な話だ。

 

 哀れなのはLOO。どうやら、ヒルダ達の手下だと思われているらしい。

 

「アハッ! アハハッ! 来たッ、来たッ!!」

 

 巨大な斧を振りまわし、歓喜の声を上げるハビ。

 

 その時、

 

 友哉は風を切る音を感じ、抜刀しながら振り返る。

 

 ガキンッ

 

 同時に、振り下ろされた刃を、横薙ぎに払った。

 

「・・・・・・何のつもりです?」

「いえ、立ち去る前に、ひとつ、御挨拶を、と思いまして」

 

 由比彰彦は、手にした妖刀村正を手に、肩を竦めて見せる。

 

 向こうの方ではメーヤとカツェが、大剣と短剣で斬り結んでいるのが見える。

 

「これが、あなたの言っていた、大きな戦いって言う奴ですか?」

 

 以前、友哉は彰彦から、自分の仲間にならないか、と誘われた事がある。その時に、彰彦は、何れこうなる事態を予期したような言葉を友哉に語っていたのだ。

 

「ええ、まあ。こうなる前に、あなたには私の仲間になってもらいたかったのですが」

「言った筈です。それは絶対にないって」

 

 かつて言った言葉を、もう一度繰り返す友哉。

 

「残念です」

 

 肩を竦めて見せる彰彦に、友哉は油断なく刀の切っ先を向けている。

 

 言っている間に、彰彦は霧の中へ溶けるように消えて行く。

 

「では、また会いましょう、緋村君」

 

 一瞬、追おうかと思って、やめる。今はこの混沌の場から撤退するのが先決だ。

 

 どうやらメーヤとカツェの戦いは、カナが間に入る事で収束しつつある。

 

 今の内に、どうにかここから退かねば。

 

「アリア、撤退だ! ここはまずい。見てわかんねーのか!?」

「最初は霧でよく判らなかったけど、どうもそうらしいわね・・・・・・パトラはあんたのお兄ちゃんと一緒みたいだし、ヒルダは逃げたみたいだし」

 

 キンジの警告に、アリアもようやく事態が只事ではないと理解したらしい。両腕を広げて2丁のガバメントを構え、視界の中から誰も出て来ないように警戒している。

 

 見れば確かに、ジャンヌに縫い止められていた影は綺麗に消えている。どうやらヒルダは撤退したらしい。

 

 リバティ・メイソンを名乗っていたコートの優男や、玉藻の姿も無かった。

 

 目を転じれば、先程アリアに破壊されたLOOの中から、小学生くらいの水着を着た女の子が出て来て、アリアを指差して喚いている。多分、怒っているのだろう。

 

 とは言え、戦車が無いと何もできないらしく、ひとしきり喚いた後、LOOも脱兎のごとく逃げ出す。

 

「何故来た、アリア!! 気を付けろ、ヒルダはまだいるッ それも近くにだ! 逃げるぞ、奴はイ・ウーから『緋色の研究』を盗んでいる。危険だ!」

 

 ジャンヌは言いながら、警戒用の氷魔法を展開し、一同を覆い隠すように包んで行く。

 

 このまま撤退に移行できるか?

 

 そう思った時、

 

 アリアの足元、彼女の影の中から人影が浮き上がるのを見た。

 

「よく確かめてからくれば良かったのにねえ。まるで飛んで火に入る夏の虫」

 

 ルーマニア語で呟くヒルダ。その手が、背後からアリアの首を掴んだ。

 

 そのヒルダの頭部に、

 

 パァンッ

 

 突然、破裂するように大穴が開いた。

 

 今のは狙撃。曲がり風車の上に布陣したレキが、彼女を撃ったのだ。

 

 普通なら即死だが、

 

 ヒルダは、僅かに体を傾かせただけで、平然としている。やはり、ブラド同様、普通に攻撃したのでは効果が無いのだ。

 

「愚かな武偵娘にお仕置きよ」

 

 言い放つとヒルダは自らの首を振り上げ、剥き出しの牙をアリアの首筋に突き立てた。

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

 痛みに目を見開くアリア。

 

 その一瞬、

 

「ハッ!!」

 

 ジャンヌが鋭い突きを放つが、ヒルダは後方宙返りをしつつ回避する。

 

「まだだ!!」

 

 そこへ更に、今度は友哉が逆刃刀を振り翳して斬り込む。が、その攻撃もヒルダが大きく飛び退いた為、捉えるには至らなかった。

 

「嬉しい誤算だわ。私は第一態(プリモ)のまま、もう殻を外せるなんて。おほほ、おーほっほっほっほっほっ!!」

 

 既にレキに撃たれた傷が完治しているヒルダの高笑いが響き渡った。

 

 一方のアリアは、振り返ろうとして、がくりとその場に膝を折る。

 

 普通の倒れ方では無い。まるで、全身から力が抜けたような、そんな倒れ方だ。

 

「毒か!?」

 

 声を上げるキンジの傍らで、いつの間にか転がっていた手鞠が声を発した。

 

「いや、毒では無い。もっと厄介な物だぞ、遠山の」

 

 声は玉藻の物だ

 

 そうしている内に、アリアの体が見る見るうちに緋色に輝いて行く。

 

 その光景には見覚えがあった。あれは確か、パトラとの戦いの終盤、そしてシャーロックとの戦いの時に見せた物だ。

 

「アリア、大丈夫かッ!?」

 

 声を掛けるキンジにも、アリアは虚ろな眼差しを返すのみだ。

 

 意識はあるのか、苦しげに呼吸をしているのは見えるが、何が起こっているのか、全く把握できない様子だ。

 

「ヒルダめ。お主、『殻金七星』破りまで知っておったか」

「光栄に思いなさい。史上初よ。殻分裂を人類が目にするのは」

 

 毬の姿の玉藻はヒルダと言葉を交わすと、緊迫した声のままキンジに話しかける。

 

「遠山の。アリアが来てしまったのが運の尽きじゃ。一つは儂が戻すから恐れるでない。アリアを動かさぬようにしろ。メーヤ! お主も一つ戻せ!」

 

 玉藻はそう言うと、白煙を上げて元の子供の姿に戻り、数枚の御幣を取り出した。

 

 次の瞬間、キンジが支えるアリアの体から光が迸った。

 

 数は7つ。

 

 光の内、1つは玉藻がキャッチ、1つはメーヤが大剣で弾き返してきた。

 

 だが、残る5つは、

 

 ヒルダ、カツェ=グラッセ、ハビ、諸葛静幻、パトラ、眷属5人の手に渡っていた。

 

「その殻、みんなにあげるわ。『眷属』についたご褒美よ。それにこれ、お父様の仇どもへの嫌がらせだから。私が1人で持つよりも、いやらしくて良いでしょう?」

 

 勝ち誇るように言うヒルダ。

 

「きゃは・・・・・・きゃははは!!」

 

 ハビは光を口の中に放り込み、そのまま四つん這いになって駆けだす。

 

「メーヤ、また会おうぜ」

 

 カツェも、ニヤリと笑って、続くように霧の中へと、その姿を消す。

 

「これはありがたい。計算以上の手土産です。すぐに藍幇城に戻って分析させて頂きましょう」

 

 諸葛はそう言うと、足元に設置しておいた煙幕缶を焚き、姿を覆い隠す。

 

「ほほ、ヒルダ、お前達親子には、イ・ウーを紹介してやった貸しがあるでの。これは有り難く貰って置くぞ」

 

 パトラもまた、発生させた砂嵐に紛れて撤退を開始する。

 

 眷属5人のうち、4人までが撤退を始めている。残るのはヒルダだけだ。

 

「じゃあ、私も今夜は、これくらいにしときましょうか」

 

 そう言うと、再び影の中へと沈んで行くヒルダ。

 

 全く持って、状況について行けていない。が、この状況がまずい事態である事は、友哉にも想像する事ができた。

 

「ジャンヌ、緋村、奴等を追うのじゃ。今ならまだ、あわよくば1人くらいは首級を上げれるかもしれん!!」

「はい」

 

 玉藻の言葉に一礼を返すと、ジャンヌはアリアを抱いているキンジに向き直った。

 

「遠山、この事態を招いたのは私の失態だ。謝罪する。アリアの容体に関しては、玉藻から聞いてくれ」

 

 そう言うと、今度は友哉に向き直った。

 

「行くぞ緋村。お前の力、貸してくれ」

「まだ、いまいちよく判ってないんだけど・・・・・・」

 

 言いながら、真っ直ぐにジャンヌを見返す友哉。

 

「仲間の頼みとあれば、喜んで」

 

 頷き合う友哉とジャンヌ。

 

 深夜の追撃行が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

第3話「開戦の夜」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。