緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第6話「心の距離」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノルマ分を泳ぎ切って水から上がると、友哉は全身から疲れが滲むのを感じた。

 

 全身から水が滴るのに任せて、プール際を歩く。

 

 2年A組の面々は、蘭豹指導による体育の授業の為に、屋内プールへと来ていた。

 

 蘭豹が「プール20往復、サボった奴は射殺」と言う暴力ルールを発動してさっさと姿を消すと、学生達は一斉にプールを「横に20往復」して終わらせ、後は全員が岸に上がって休んでいた。

 

 友哉も例にもれず、さっさと自分のノルマを終わらせて、後は友達と話しながら適当に時間を潰そうと考えていた。

 

 少し離れた場所では女子達が、やはり水着姿で集まっているのが見える。

 

 良い眺めであるとは思うのだが、友哉とて健全な高校2年男子だ。そのような光景を見せられれば、つい赤面してしまうのは避けられない。キンジほどではないにしろ、もう少し女子達にも恥じらいと言う物を持ってもらいたい、と思わないでもなかった。

 

「武藤、雑誌借りるよ」

「おう」

 

 車輛科の武藤剛気は、こうなる事を予期していたらしく、雑誌を何冊か持ち込んでいた。ちょうど良いので、その山の中から1冊、ファッションメインの雑誌を取り出した。

 

 ふと、目を転じれば、すぐ脇に、椅子に座って体操着を着ている男子がいるのに気づく。

 

 この間転校してきたばかりのワトソンである。

 

 この水泳授業に、ワトソンは1人参加していなかった。体操服を着てサングラスを掛け、デッキチュアに腰掛けて何やらボケっとしている様子であった。

 

『風邪でも引いてるのかな?』

 

 そんな風に考えながらも、友哉は少し険しい目付きでワトソンを見ている。

 

 ここ数日、友哉は監視の意味も兼ねて、ワトソンの行動をそれとなく見ていた。

 

 特に、異常と思える事は無い。学校では普通に生活しているし、クラス内にもしっかりと溶け込んでいる。社交的で頭も良く人気も高い。噂では、既にファンクラブも存在しているとか。

 

 いたって普通に、転校生としての生活を満喫しているように思える。

 

 危惧していたキンジやアリアとのトラブルも、少なくとも今のところは見られていない。せいぜい、この前の体育の時間に、ワトソンがキンジに顔面レシーブを決めたくらいだ。

 

 気になると言えば一つ、キンジの部屋でアリアの姿を見ていない事だった。

 

 キンジやアリアのその事を聞いてみても、「何でもない」の一点張りで答えてくれないので判断のしようがないのだが。

 

 もし、これが所謂「離間の策」だとすれば、やはりワトソンはキンジとアリアの仲を引き裂く為にやってる、と言う事になるのだが・・・・・・

 

『・・・・・・考え過ぎかな』

 

 ここのところ、あまりにも多くの事が連続して怒り過ぎている為、ついそれら全てを関連付けて考えようとする思考が働いているのかもしれない。

 

 キンジとアリアの事も、たまたまここ数日、仲が悪いだけと言う事も考えられなくもない。この間、瑠香に言われるまでも無く、キンジとアリアは始終ドツキ合っている事が多い。その延長として考えてしまえば、何も違和感のない話なのである。

 

 もしかしたら、全ては偶然の産物であり、自分は必要以上に難しく考え過ぎているのかもしれない。と、友哉は思った。

 

 何れにせよ、今度、ワトソンの部屋で催されるパーティに招待されている。そこから何か探れるかもしれなかった。

 

 そんな事を考えていると、泳ぎ終えたキンジもやって来て、雑誌の山の中ら映画物を取り出した。

 

 すると、何を思っているのか、ワトソンはサッとキンジから目を逸らした。

 

 慌てているような素振りが見えるが、良く見ると顔が赤い。やはり、風邪なのかもしれない。

 

「おいワトソン、体調が悪いのなら救護科(アンビュラス)に行けよ」

 

 キンジがそう声を掛けると、

 

 なぜかワトソンは、顔を背けたまま距離を置こうとする。

 

「おろ?」

 

 キョトンとする友哉。

 

 その視線がワトソンと合うと、やはり慌てて視線を逸らしてしまった。

 

 何か、妙にそわそわしている印象がある。

 

 そこへ、不知火亮を伴った武藤が、雑誌を片手にやってきた。

 

「おい、キンジ、ワトソン、緋村。これにAKB全員がのっているぜ。総選挙やろうぜ」

「5人じゃ総選挙にならないんじゃないかな?」

 

 苦笑しつつ不知火も雑誌を覗き込んで来る。

 

 友哉とキンジも、それぞれの雑誌から目を放して覗き込む。

 

 雑誌には、今、人気急上昇中の48人から成るアイドルグループの水着写真集がのっていた。皆、それぞれに色とりどりの水着を着ており、目にも鮮やかな光景が広がっている。

 

 因みに友哉は半分どころか、3分の1も顔と名前が一致しない。数が多すぎである。子供の頃に大ブレイクしたモーニング娘も数が多かったが、アレと比べても、これは倍かそれ以上の人数いるのだから。

 

 だが、こうして眺めるのは嫌いじゃなかった。

 

 しかし、5人の中で1人、目を逸らしている者がいる。ワトソンだ。その顔は、先程よりもさらに赤くなっている

 

「断る。そんな本を公共の場で広げるな」

「まあまあ、硬い事言うなって。そんじゃ、1人5票ずつな」

 

 ワトソンの抗議の声を宥めつつ、雑誌を中央に置く武藤。

 

「絶対1人は気に入った子がいるって。騙されたと思ってみてみろよ、ほら」

 

 そう言って、上半身裸の状態の武藤は、ワトソンに体を寄せる。

 

 すると、

 

「キャッ」

 

 何やら女の子のような悲鳴を発し、ワトソンが後じさった。

 

 その声に、友哉、キンジ、武藤、不知火は一斉に視線を向けた。

 

 ワトソンの線の細さは、友哉の上を行くレベルである。そんな男子が少女のような声を上げたのである。驚いて反応するな、と言うのが無理な話である。

 

「な、何だよ、女みたいな声出して。じゃあ、お前はやんなくて良いよ。ッて言うか、お前少し、熱あるんじゃないか? ほら、コーラやるから飲めよ。気持ちいいぜ」

 

 そう言って、武藤は自分の飲みかけのコーラを、ワトソンに差し出す。

 

 対してワトソンは、缶を受け取ったものの、缶と武藤の顔を何度も交互に見直している。

 

「で、でも、これ、さっき君が・・・・・・」

「一口しか飲んでねえよ」

「でも、この、口を付けた物を・・・・・・」

「男同士で何言ってんだ」

 

 呆れたように言う武藤に対し、ワトソンはますます困惑したように狼狽している。

 

 と、そこに今度は、不知火がタオルを手にワトソンに近付いた。

 

「濡れてるよ。熱があるなら拭かなきゃ」

 

 どうやら、ワトソンの着ている服が、飛び散った水で濡れていたらしい。

 

 それを拭こうと、体を近付ける不知火。

 

 途端に、ワトソンはガタッと音を立てて立ち上がり、不知火と、その隣にいたキンジを勢いで突き飛ばした。

 

「も、もう限界だ。僕は帰らせてもらうッ」

 

 完全に裏返った声で言うと、飛ぶように走り去ってしまった。

 

「おろ?」

「何だ、あいつ?」

「さあ」

 

 ワトソンの奇妙な行動に、残った男4人は、揃って首を傾げるしか無かった。

 

 その後、結局ワトソンが抜けた事で白けてしまい、「ドキッ☆5人だけのAKB総選挙」はうやむやになってしまった。

 

 とは言え、潰さなくてはいけない時間はまだまだある。

 

 友哉はそのまま椅子を借りて座り、雑誌に目を通していた。

 

 暫くそうしていた頃、目の前に人影が立つのを感じ、顔を上げた。

 

「友哉さん、泳がないんですか?」

 

 肩からバスタオルを掛けた茉莉が、友哉を見下ろしている。

 

 髪からは水が滴っている所を見ると、今まで泳いでいたようだ。

 

 着ている水着は、いつかのビキニタイプでは無く、スポーツタイプのワンピースだ。

 

 茉莉のその姿に、思わず友哉は頬が熱くなるのを止められなかった。

 

 露出度と言う意味では、前の水着に劣っているが、元々、胸のサイズが小さい茉莉にビキニタイプは違和感があったのだ。

 

 それに対し、上半身を首辺りまで覆うスポーツタイプなら、胸の小ささには気にならないし、何より、足の付け根が急角度のハイレグになっている為、茉莉の持つ小鹿のような脚線美が如何なく友哉の視界を埋めている。ちょっと顔を上げれば、その上の部分も。

 

 むしろこちらの方が、より色っぽく感じてしまう。

 

「友哉さん、どうしました?」

「おろ?」

 

 ハッと我に返る友哉。思わず、見とれてしまっていたようだ。

 

「顔が赤いですよ。風邪でもひいたんですか?」

 

 と、さっきワトソンにした心配を、自分にもされてしまう。

 

「い、いや、大丈夫だよ」

 

 そう言ってごまかす友哉。

 

 茉莉は自分の魅力に全く気付いていないようだ。訝るように小首をかしげながら、友哉の横の椅子に腰かけた。

 

「今まで、泳いでいたの?」

「はい。蘭豹先生に言われた20往復、どうにか完遂しました」

 

 どうやら茉莉は、皆が横方向に20往復している間、1人真面目に、縦方向に20往復したらしい。

 

 そこまで真面目にやらなくても良いのに、と思わないでもないのだが、この真面目さが彼女の長所の一つであると、友哉は感じていた。

 

「私は、体力に問題がありますから」

 

 茉莉は、自嘲気味に言う。

 

 茉莉の戦術は、縮地を使用した神速を如何なく発揮した機動戦法にある。しかし、これは同時に体力に多大な負荷が掛る物だ。一般の女子よりは体力がある茉莉だが、それでも足りないくらいだ。

 

 事実、これまでの戦いで、茉莉は何度か体力切れで撤退を余儀なくされた例がある。

 

「だから、少しでも鍛えておきたいんです」

「成程ね」

 

 茉莉は椅子の背に上半身を預け、体を弛緩させている。

 

 やはり、20往復はきつかったようだ。

 

「でも、無理はしないでね」

 

 そう言って笑い掛ける友哉。

 

 その友哉の笑顔を見て、

 

 茉莉は少し顔を赤らめ、改まって口を開いた。

 

「あ、あの、友哉さん」

「おろ?」

 

 茉莉は友哉と視線を合わせず、もじもじとして何かを言おうとしている。

 

「どうかした?」

「も、もうすぐ、学園祭ですね」

 

 今更確認する事でもないだろうが、茉莉はなぜか尋ねて来る。因みに、友哉達の『変装食堂(リストランテ・マスケ)』の準備は滞りなく進んでおり、各人のシフトを調整する段階に入っていた。

 

「ふ、2日目って、確か、お店はありませんよね」

 

 友哉達のシフトは1日目だけだ。2日目は自由行動となる。友哉としては、あちこち見て回ろうと思っていたのだが。

 

「あ、あのあの・・・・・・」

 

 勢い込んだように振り返りながら、茉莉は顔を赤くして友哉に詰め寄って来る。

 

「お、落ち着いて、どうしたの?」

「あのっ」

 

 茉莉はその後も、何度か「あのあの」を繰り返した後、大きく深呼吸して、少しうるんだ瞳を友哉に向けた。

 

 その視線に、友哉はドキリとする。

 

 茉莉は、この血生臭い武偵校の中にあって、水準以上の美少女である。

 

 あまりに間近にいる為に、今まで気にはしなかったが、こうして至近距離で向かい合うと、その可愛さは否応なく判ってしまう。

 

 そんな美少女に見詰められ、友哉の鼓動は意思とは関係なく早まってしまっていた。

 

 やがて、茉莉は意を決したように言い放った。

 

「2日目、もし良かったら、私と一緒に学園祭を回ってもらえませんかッ!?」

 

 あまりの大声で、周囲の何人かが振り返ってしまったくらいだ。

 

 叫んでから、茉莉はハッと顔を上げるが、

 

 既に後戻りできる状況では無かった。

 

 一方、友哉はと言えば、茉莉の突飛な行動に唖然として動きを止めていたが、やがて、

 

「うん。良いよ」

 

 そう言って、ニッコリと微笑んだ。

 

 すると、茉莉は何かに憑かれたようにビクッと体を震わせて立ち上がった。

 

「あ、ああ、あ、あいがとうございますッ!!」

 

 若干噛み気味にそう言うと、殆ど無意識と言って良いレベルで縮地を発動。かつて《天剣》と呼ばれた駿脚に恥じぬ速度で、その場から一瞬で駆け去って行く。

 

 後には、

 

「おろ・・・・・・・・・・・・」

 

 雑誌を手に呆然としている友哉が、目を点にして残されているのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲間内でも、彼等を毛嫌いする人間は少なくない。

 

 何しろ、その業務の一つが、仲間達の動向監視と内部監視でもあるのだから。

 

 警視庁の庁舎の地下にある部屋は、淀んだような空気の元、そこに住まう者達のおどろおどろしさを表しているかのようだ。

 

 警視庁公安部。

 

 外国人のテロや警察内部の不正に対する部署である公安は、同じ警察組織の中にあっても異色の存在であり、嫌われ者と呼んで差支えが無かった。

 

 もっとも、いちいちその程度の事を斟酌するような、真っ当な精神の持ち主は、そもそもここに来たりはしないが。

 

 その公安部の中で、更に暗部に位置し、その存在を知る者すら限られる者達がいる。

 

 それこそが、公安0課。

 

 平和と言うぬるま湯に浸かった日本の国内にあって「殺しのライセンス」を持ち、凶悪な犯罪者に対して独自の殺害権を持つ者達である。

 

 それ故に、武力は勿論、知力、教養、あらゆる面で秀でている事が求められる。勿論、出生、生活についてもクリーンである事は最低以下の条件だ。その点、純粋に専門分野のみの追及で許される武偵とは大違いである。

 

 まさに、1人が1軍に匹敵する。「日本最強」の呼び声は伊達では無いのだ。

 

 その中で特殊班とは、過激な現場へと飛び込み、早期の収束を目指す部署であり、精鋭中の精鋭である事が求められる。

 

 斎藤一馬も、そうして選ばれた精鋭の1人である。

 

 元々、斎藤の家と公安とは縁が深い。

 

 何しろ一馬の父と祖父もまた、公安の経験者だったのだから。

 

 一馬の先祖である、新撰組三番隊組長、斎藤一は、幕末維新後、藤田五郎と名を変えて警視庁に入った。そこから藤田家と警察の繋がりができた訳である。

 

 戦中には曽祖父が日本軍の特殊部隊に在籍し、大陸で中国の共産党軍や国民党軍相手に、いくつか記録に残らない任務を遂行したらしい。そこら辺の記録は戦後のどさくさで失われてしまった為、一馬も詳しくは知らないが。

 

 戦後、学生運動や安保闘争が活発化すると、公安の存在意義と言うのは急速に増してくる結果となる。祖父も、その時期に活躍した者の1人である。

 

 特に、日本赤軍などの過激派グループへの潜入、幹部の暗殺などに活躍したのだ。

 

 しかし皮肉な事に、その祖父の活躍が、藤田家にとっての不幸を呼び込む事になった。

 

 祖父の手による過激な捜査、取り締まりによって、藤田家の名前は共産系活動家達のブラック・リストに載ってしまったのだ。

 

 報復は苛烈を極め、藤田の家に連なる者達が多数、謂れの無い凶弾の前に倒れて行った。公安警察として活躍していた一馬の父も、捜査中に暗殺者に狙われて命を落とした。

 

 そのような事もあり、更なる惨劇を危惧した警察関係者は、一馬を含む藤田家の人間を保護すると同時に、暗殺者達の目を逸らす為に、長年名乗って来た藤田の性を捨て、先祖の斎藤性を名乗る事となったのだ。

 

 そのような経緯もあり、一馬も警察に就職以来も、その以前にも研鑽を重ね、父や祖父と同じ道を歩むようになったのは、当然の帰結である。

 

 その一馬は、オフィスにある自分のデスクに座り、いくつかの書類に目を通していた。

 

 傍らに置いた灰皿には、ダース単位で計算した方が早い量の吸い殻が山と積まれている。昨今の禁煙風潮など、一馬にとっては微風が吹いているに等しい事でしか無かった。

 

 手の中の書類には、幾人かの犯罪者の名前が顔写真付きで載っている。

 

『カツェ=グラッセ

通称《厄水の魔女》。ドイツを中心に活動するスパイ組織「魔女連隊」構成員。

当人もイ・ウーへの入学歴あり』

 

『ヒルダ

ルーマニア出身。通称《紫電の魔女》。世界に3体確認されている吸血鬼のうちの1体。竜悴公姫。

父親は、かの《無限罪》ブラド・ツェペシュ。

母親は死去。父親は現在、長野拘置所に収監中。

イ・ウーへの入学歴あり』

 

 他にも幾人かの資料が、一馬の手に握られている。

 

 全て、あの宣戦会議に出席したメンバー達だ。

 

 彼等はいずれも、公安がマークしている犯罪者、あるいは重要人物達である。

 

 これだけのメンバーが、もし激発していたら、間違いなく東京の半分は灰になっていただろう。

 

 改めて、この国の危機管理の悪さには、皮肉と共に苛立ちを禁じえない。

 

 それに、

 

 一馬は、ある少年の顔を思い出して、それとは判らない程度に顔を顰めた。

 

 あの場にい合わせながら、あの阿呆は1人も討ち取る事ができなかったらしい。だから、奴は甘いと言うのだ。

 

 お陰で、あの場にいた殆どの連中が自分達の拠点に戻ってしまった。

 

 敵のホームグランドで戦うのは、いかに公安0課と言えども骨が折れる事だ。だから、東京にいるうちに仕留めたかったのだ。

 

 日本政府の弱腰対応と、武偵達の不手際で、状況は当初よりも複雑化している。

 

 とは言え、愚痴を言っても始まらないし、何より一馬の性に合わない。次に連中が東京に現われた時に備えるのみだ。

 

 その時、

 

「斎藤君、これ、追加の資料だ」

 

 そう言って、新しい書類が差し出された。

 

 相手は一馬の上司で佐々木信雄警視。特殊班の班長を務めている人物である。

 

 何でも、佐々木の先祖も幕末の京都で活躍したらしい。もっとも、向こうは直参旗本達によって結成された京都見回り組であったらしく、浪士達を集めた新撰組とは、反りが合っていたとは言い難いのだが。

 

 勿論、佐々木はそのような素振りは一切見せず、一馬に対しても普通の上司として接している。

 

「どうも」

 

 一馬は書類を受け取り、一読する。

 

 新たな書類も、やはり極東戦役絡みの事であった。

 

 だが、こいつ等は確か・・・・・・

 

「それ、例のあいつらだろ。この間、湾岸でドンパチやった連中の」

「・・・・・・ええ」

 

 思考を遮るような佐々木の言葉に、一馬は頷きを返す。

 

 極東戦役開戦の事を知らない者は、公安にはいない。その為0課に限らず、今や公安部その物が火事場のような忙しさに包まれているのだ。

 

「その連中、どうやら日本に入ったらしいぞ?」

「・・・・・・確かですか?」

 

 一馬は鋭い視線を佐々木へと向ける。

 

「ああ、外事の連中が足取りを追ったんだが、うまく撒かれてしまったらしい」

 

 外事。0課では無いとは言え、公安の尾行を撒くとは、やはり普通のやり方での対抗は難しいと言わざるを得ない。

 

 一馬は、細い目で書類を睨みつける。

 

 どうやら、狼が解き放たれる時は、そう遠くは無いようだった。

 

 

 

 

 

 寮に戻った茉莉は、愛用の大きなクッションを膝に抱えたまま、ボーっとしていた。

 

 今、部屋には茉莉しかいない。友哉も瑠香も、用事があるのか、まだ学校から帰ってきていなかった。

 

 顔が若干赤いのは、風邪をひいたせいではない。

 

 思い出すのは、先程の体育の授業での事。

 

 友哉に対して、学園祭を一緒に回るように頼み、それを了承されてしまった。

 

「・・・・・・ゆ、友哉さんと・・・デ、デ、デデ・・・・・・」

 

 口にしようとするだけで、頬が熱くなり、舌が勝手にもつれてしまう。

 

 了承した側がどう思っているかは知らないが、これは傍から見れば完全にデートである。

 

 今まで、茉莉は作戦行動中以外に友哉と2人っきりになる事など、殆ど無かった。大抵は瑠香か陣、その2人がいなかったとしても、他の誰かがいたのだ。

 

 だが、今回は間違いなく、友哉と茉莉、2人っきり。シチュエーションが学園祭とは言え、初体験である事は間違いない。

 

「わ、私は、どうしてあんな事を・・・・・・」

 

 屋内プールでめいめいの事をしていたとは言え、殆どのクラスメートたちが見守る中で、まさか茉莉の方からデートに誘ってしまうとは。

 

 今思い出しただけでも、顔が真っ赤に染まるのが判る。時々、アリアがキンジ相手に見せる急速赤面術のようだ。

 

 いや、それ以前に、

 

 自分は友哉の事をどう思っているんだろう、という命題に、茉莉はまだ明確な答えが出せていなかった。

 

 その胸の内にある物が、好意である事は間違いない。だが、好意にも濃度と言う物がある。

 

 果たして、茉莉の友哉に対するそれは?

 

『・・・・・・仲間? ・・・・・・友達?』

 

 それらがある事は間違いない。むしろ、そんなレベルでは言い表せないだろう。

 

『・・・・・・家族?』

 

 は、明らかに飛躍しすぎである。

 

 では、

 

『こ・・・・・・こ、こここ・・・・・・』

 

 心の中ですら「恋人」と言う単語を発音できないあたり、ハードルの高さは見上げるほどであるのは間違いないだろう。

 

『キャーッ キャーッ キャーッ』

 

 ジタバタの勝手に悶えながら、ソファーの上でゴロゴロと1人転がる茉莉。

 

 と、

 

「何してんの、茉莉ちゃん?」

「ンキャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 いつの間にか帰ってきていた瑠香が、不審物でも見るような目付きで自分を見ている事に気付き、茉莉はその場で跳びあがらんばかりの驚きを示した。

 

「る、瑠香さん、いつからそこにッ!?」

「いや、今帰って来たとこだけど・・・・・・」

 

 茉莉の奇行を目の当たりにした瑠香は、唖然としたまま立ち尽くしている。

 

 そんな瑠香に、茉莉はガバッと起き上がって駆け寄った。

 

「瑠香さんッ」

 

 瑠香の手を取る茉莉。

 

「瑠香さんに、相談がありますッ」

「は、はい。何でしょうか?」

 

 なぜか敬語になる瑠香。

 

 その瑠香に、茉莉は半ば血走った目を向けて迫る。なかなか怖い。

 

「る、瑠香さんは、その・・・・・・」

「ま、茉莉ちゃん、顔、顔近いんだけど・・・・・・」

 

 茉莉と瑠香の顔は、殆ど鼻が触れ合うほどに接近している。傍から見ればキスの直前に見えるくらいだ。

 

 だが、そんな事は構わず、茉莉は口を開く。

 

「瑠香さんは、その、お・・・お・・・」

「お?」

「男の子と付き合った事はありますかッ?」

 

 しばしの、沈黙。

 

 あまりに突飛過ぎる質問だった為、瑠香がその内容を吟味するのに時間が掛ったのだ。

 

 ややあって躊躇うように、くノ一少女の唇が動く。

 

「さ、参考までに聞くけど、どうしてあたしに聞くの?」

「え、だって、瑠香さん、そういう経験豊富そうじゃないですか」

 

 質問に対し、キョトンとした顔で返す茉莉。

 

 次の瞬間、

 

 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

 瑠香は両手を伸ばし、茉莉のほっぺを思いっきりつねり上げた。

 

「そう言うアホな質問するのは、この口かしら?」

「いひゃいいひゃいいひゃい」

 

 指に少し力を加えてから、瑠香はこの年上の妹を解放してやる。

 

「まったく。茉莉ちゃんはどういう目であたしを見ていた訳? 言っとくけどあたし、今まで誰かと付き合った事なんてないよ」

「え、そうなんですか?」

 

 意外そうに尋ねる茉莉。

 

 そして、

 

 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

「どうしてそこで意外そうな顔するかな~、この子は」

「ご、ごめんなひゃ~いッ」

 

 先より長く茉莉のほっぺを引っ張った後、改まって瑠香は尋ねた。

 

「大体、どうして急に、そんな質問する訳。誰か好きな人でもできたの?」

 

 キッチンで紅茶を淹れ、それを茉莉の前のテーブルに置くと、瑠香もカップを取った。

 

 武偵校であっても、この手の話題は事欠かない。別に恋愛禁止が校則に織り込まれている訳でもないし、学生同士で付き合っている者や、校外に恋人がいる者も珍しくは無いのだが、それがやはり友人の口から出たとなると、気になるのは当然の話だった。

 

「それは・・・・・・」

 

 茉莉は、瑠香が淹れてくれた紅茶に口を付けるのも忘れて、俯いたまま言葉を詰まらせる。

 

 正直、なぜ、と問われると茉莉にも判らない。

 

 ただ、自分ですら持て余しているこの感情に対し、誰かに明確な答えを教えてもらいたかったのかもしれない。

 

 沈黙したままの茉莉に対し、瑠香はその横に座ってフッと笑い掛ける。

 

 ここに来た時と比べて、茉莉は本当に成長したと思う。初めて会った頃は、まるで人形のように表情が乏しく、感情が起伏する事も少なかった。

 

 だが、今の茉莉は、どこにでもいる女子高生のように、全力で青春しているように思えた。

 

「別に、そんなに気を張らないで、自分に素直になったらいいんじゃないかな?」

「え?」

 

 顔を上げた茉莉は、瑠香の笑顔を見る。

 

「茉莉ちゃんが、その子の事が好きなら、その好きって気持ちをちゃんと相手に伝えれば、それで良いと思うよ」

 

 そう言って、瑠香は茉莉の頭を撫でてやる。

 

「・・・・・・はい」

 

 その瑠香の言葉に、茉莉は少し背中を押されたような気分になり、心が軽くなった気がした。

 

 だが、

 

 この時、茉莉も、瑠香も気付いていなかった。

 

 自分達の気持が、自分達も全く知らない所で交錯していたと言う事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワトソンの部屋で、彼と彩夏の転校記念パーティが催されたのは、それから数日後の事だった。

 

 ワトソンはアリアと同じく、イギリスの貴族であるらしく、住んでいる寮の部屋もそれに見合った豪奢な物であった。

 

 何しろ、室内の面積だけで、友哉達の部屋の倍以上あり、しかもワトソンはそれを1人で使っているのだ。友哉達の部屋が4人用である事を考えれば、その広さは単純計算で8倍である。

 

 しかし今は、ワトソン、彩夏を始め、10人以上のクラスメイトが招待された為、流石に手狭な印象がぬぐえなかった。

 

 イクスの4人は当然呼ばれていたし、他にも武藤や不知火、男子や女子が数人ずつ呼ばれていた。

 

 尚、キンジ、アリア、理子と言ったバスカービルの面々は顔を出していない。

 

 ワトソンは自分の財力に物を言わせたらしく、出された料理も高級レストラン張りの豪華な物であった。

 

 その料理や、出されたノンアルコール飲料を楽しみながら、会話は弾んで行く。

 

「へえ、じゃあ、高梨先輩のお父さんがイギリス人なんですか」

「まあね」

 

 瑠香に質問された彩夏は素っ気ない口調で帰す。

 

 ワトソンと同じ転校生であり、このパーティの主役の1人でもある彩夏は、やはりこの場でも質問攻めにあっている。瑠香と茉莉に順番が回ってきたのは、つい先ほどの話である。

 

 聞いた話では、高梨は母方の姓であり、彼女のミドルネームであるBは父親の姓を表しているらしい。

 

「じゃあ、お父さんは何している人なんですか?」

 

 と、これは茉莉の質問だ。

 

 彼女達には予め、それとなく彩夏とワトソンの事を探ると言ってある。今の質問も、その一環なのだろう。

 

 対して、質問された彩夏は、対してきつくも無い飲み物を飲んで顔を顰めた。

 

「さあね。一体全体、何処で何してるんだか、あいつは・・・・・・」

 

 どうやら、彩夏にとって父親の話はあまり触れられたくない類の話であるらしい。

 

 その様子が、しかめられた表情から見て取れた。

 

「まあ、あんな女たらしの風天親父の事なんかどうでも良いじゃない。そんな事より楽しもうよッ」

 

 そう言って、2人の肩に腕を回す彩夏が見えた。

 

「どう見る、友哉?」

 

 フライドチキンを頬張りながら、陣が尋ねて来る。

 

 ひとしきりパーティを楽しんでいるように見える陣だが、どうやら友哉が頼んでおいた事に関して忘れていないようだ。

 

「君にはどう見えるの?」

 

 質問に質問で返すのは会話におけるマナー違反だが、友哉としては少しでも判断材料が欲しかった。

 

 ワトソンも彩夏も、調べれば調べるほどに問題らしいものは見当たらない。一見すると、本当に白のようにしか見えない。

 

 だが、どうにも引っ掛かるような物が、友哉の中で拭いきれないでいた。あるいはそれは疑心暗鬼以上の物では無かったのかもしれないが、それを捨て去ってしまう事の危険性を、友哉はよく承知していた。

 

「確かに、怪しい所は見えねえ。けどよ、」

「けど?」

「逆にそこが気に食わねえ。何つーか、綺麗過ぎるんだよ、あの2人。俺の経験上、ああ言う奴等は、大抵、腹の中じゃ碌でもない事を考えてるもんさ」

 

 陣の言葉に、友哉は言葉を返さない。

 

 こうして、向こうの誘いに乗って見れば、何かしら見えて来る者もあると期待したのだが、当てが外れたかもしれない。

 

『仕掛けてみるのも一つの手、かな・・・・・・』

 

 所謂、カマ掛けと言う奴だ。

 

 話しかけて、関連しそうな単語を織り交ぜて会話を進めれば、何かしらのボロを出す可能性もある。

 

 もっとも、向こうはアメリカでも現役武偵として戦って来た身だ。そう簡単に尻尾を掴ませるとは思えないが。

 

 そんな事を考えている時だった。

 

「ヒムラ、ちょっと良いかい?」

 

 都合がいいと言うべきか、ワトソンの方から声を掛けて来た。

 

「おろ、何かな?」

「ちょっと、話があるんだ。テラスに行かないか?」

 

 その言葉を聞き、友哉は僅かに視線を傍らの陣へと向けた。

 

 無言で、陣と視線を交わしてから、ワトソンを見た。

 

「いいよ、じゃあ、ちょっと行こうか」

 

 そう言うと、ワトソンに続いてテラスのある方へと向かう。

 

 ちょうど良い機会だ。ワトソンが何を想い、この学校に転校してきたのか探るチャンスだった。

 

 

 

 

 

 金が掛っているだけあって、テラスも相当な広さだった。剣の素振りだけなら普通にできそうな広さである。

 

 殆ど一流ホテルの内装と代わらない作りの中、ワトソンは手すりに上体を預けるようにして、吹いて来る風に身を委ねた。

 

「良い風だね。人が多いせいか、中は少し暑いくらいだ」

「そうだね」

 

 友哉も風を感じながら返事を返す。

 

 酒が入っている訳じゃないが、やはり狭い部屋に大人数が集まり、長時間飲み食いしていれば自然と体温も上がってしまう。

 

 そう言う意味で、ワトソンが友哉をベランダに連れ出したのはベストなタイミングであったと言える。

 

 だが、

 

 友哉はワトソンの華奢な後ろ姿を見ながら思う。

 

 この少女のような少年(自分のことは棚上)が、本当に腹の内では何かを企んでいるのか。

 

 ここからの会話で、できればその糸口を掴みたかった。

 

 そんな友哉に対し、ワトソンは先制するように話しかけて来た。

 

「さて、ここなら、他の子に会話を聞かれる事も無いかな」

 

 ワトソンは言いながら振り返り、手すりに背を預けて寄りかかる。

 

 その瞳は、真っ直ぐに友哉を見据える。

 

「僕に、話があったの?」

 

 ある種の確信めいた友哉の問いかけに、ワトソンはフッと笑い、真っ直ぐと見詰めて来る。

 

「ヒムラ」

 

 その口が、言葉を紡ぐ。

 

「君、『眷属(グレナダ)』に来ないか?」

 

 

 

 

 

第6話「心の距離」      終わり

 


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