緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第7話「デッドヒート・ストライク」

 

 

 

 

 

 

 

 

「君『眷属(グレナダ)』に来ないか?」

 

 ワトソンの言葉を、友哉は噛み締めるように吟味する。

 

 短く放たれた言葉の中には、多くの疑問文が隠されているが、友哉は頭の中でそれら一つ一つを整理し羅列して行く。

 

「・・・・・・そう聞くって事は、君も?」

 

 極東戦役の関係者か? と言う質問を敢えてぼかす。そうする事によって、相手の立場を明確にしようという意図だ。

 

 ワトソンもその事を理解しているのだろう。フッと笑い、友哉の質問に答えた。

 

「その通り。僕は極東戦役の一環として、この学校にやってきた。もっとも、それはあくまでついでの理由で、メインは別にあるんだけどね」

 

 そう語るワトソンの目は、友哉を真っ直ぐに見詰めている。

 

 一見すると、リラックスしたようにゆったりと身構えているが、その実、全身から殺気のような物がにじみ出ているのが判る。

 

「メイン?」

「まあ、そっちの事は、今はどうでも良いさ。問題なのは君の去就だ」

 

 ワトソンは迫るように、一歩前へ出る。

 

「イクスも眷属に来ないかい?」

 

 先程の質問を、もう一度繰り返した。

 

 スッと目を細める友哉。

 

 どうやら、友哉の直感は当たっていたらしい。こうなると、一緒に転校してきた彩夏も、当然怪しいと言う事になる。

 

「君は何者だ?」

 

 まずは相手の正体を探るべく、友哉は尋ねる。マンチェスター武偵校からの転校生と言う仮面は、既にワトソン自身が脱ぎ去っている。ならば、その正体を把握しておかない事には話にならない。

 

「リバティ・メイソン」

 

 ワトソンが口にした組織の名前。それには聞き憶えがあった。

 

 あの異形達の集まり、宣戦会議にも顔を出していた。確か「無所属」を宣言した組織の名前である。

 

「本国のグランドロッジでは今、どっち陣営に着くか協議中でね。もっとも、僕の方から眷属に着くように進言を入れといたから、程なく決議もされるだろうけど」

 

 ワトソンの言葉に、友哉は内心で舌を打つ。

 

 由々しき事態であると言える。ただでさえ師団(ディーン)側は劣勢だと言うのに、このままでは更に敵が増える事態になりかねない。

 

「そこで、君達も一緒にどうか、と思ってね。情報では、君は師団に着いた理由が、トオヤマキンジ、バスカービルとの提携にあると言ったそうじゃないか。なら師団に特別な思い入れがある訳じゃないんだろう?」

 

 つまり、ワトソンは師団陣営の切り崩しを狙っていると言う事だ。

 

 確かに友哉は師団に対して、特に思い入れがある訳ではない。傍から見れば、確かに友哉は組みしやすいと思えるかもしれない。

 

 だが、

 

「読み間違えたねワトソン。そう言う理由なら、僕は君の提案を飲むつもりは無いよ」

 

 交渉は決裂だ、と友哉は言下に言い放つ。

 

 友哉は確かに師団に思い入れがない。極東戦役の事すら、知ったのはついこの間の事だ。結成したばかりの連盟に思い入れをしろと言うのが、そもそも無理な話である。

 

 だがそれは、逆を言うと眷属にも思い入れがない事を意味している。

 

 では、友哉をして、極東戦役への参戦を決断させた物は何だったのか。

 

 それはひとえに、仲間達への友情に他ならない。

 

 キンジ、アリア、白雪、理子、レキ、ジャンヌ。彼等と共に戦い、彼等を守るために戦う。それこそが友哉が剣を取る理由であり、飛天の剣士として戦う唯一にして無上の理由でもあった。

 

「リバティ・メイソンだろうが何だろうが、来るなら来て良いよ。けど、」

 

 鋭い視線が、真っ直ぐにワトソンを睨みつける。

 

「僕の仲間達を傷付けようとするなら、たとえそれが誰であろうと容赦はしない」

 

 対抗するように、ワトソンも友哉を睨みつける。

 

 互いに睨み合う両者。

 

 徐々に涼しくなりつつある風だけが、2人を取り巻くように吹き抜けて行く。

 

 やがて、ワトソンは苦笑気味に口を開いた。

 

「やっぱりダメだったか。まあ、予想した通りだったけどね」

 

 予定調和を確かめるような、自嘲に満ちた口ぶり。どうやらワトソンも、口先で友哉を説得できるとは思っていなかったらしい。

 

 その瞳が、鋭く友哉を睨み据えた。

 

「仕方ないね」

 

 呟いた瞬間、

 

 ワトソンが掲げた手には、黒光りする拳銃が握られ、真っ直ぐに銃口が友哉へと向けられていた。

 

 SIGSAUAR P226。16発装填可能なオートマチック拳銃で、最近では海上自衛隊や警察などにも出回っている。その堅牢さには定評があり、数時間泥水に漬け込んでも作動に影響がないとの事である。

 

「力づくでやるしかないか」

 

 ワトソンは、友哉の眉間を正確にポイントしている。

 

 両者の距離は2メートル強。友哉にとっては不利な状況だ。

 

 一般に近距離では射撃より白兵の方が有利とされているが、それはあくまで構え、照準、修正、発砲と言うプロセスにより時間が掛るからだ。

 

 だが今、既にワトソンは構え、照準、修正までを完了している。後はトリガーを引くだけである。友哉がどう動いても、ワトソンは先に発砲するだろう。

 

「君の事は事前に調べさせてもらった。剣を使わせれば、オーバーAクラスの実力だが、素手や銃は並み以下らしいね」

「・・・・・・否定はしないよ」

 

 調べて来たのなら、ここでとぼけても意味の無い話だ。

 

 友哉は今、手に刀を持っていない。銃を持つワトソンが相手では圧倒的に不利である。

 

「更に、もう一手、仕掛けさせてもらう」

 

 言いながら、ワトソンは指をパチンと鳴らした。

 

 同時に、友哉の背後に何者かが現われる気配があった。

 

「コンチワー、仕立屋、デリバリーサービスでーす」

 

 若い男の声。

 

 友哉の背後には、刀を持った青年が立っている。

 

 年の頃は友哉達よりも、少し上くらい。恐らく20歳前後だろう。髪を逆立てたヘアスタイルに、パンク系ロックミュージシャンのような、随分派手な格好をしている。

 

「リバティ・メイソンは、仕立屋と契約したんだ」

「傭兵を雇って自軍を強化するのは、古来からある戦場の常識さ。敵戦力の分断を行うのもね」

 

 どうやら、ワトソンは友哉を他の者達と引き離す目的で、このテラスに引き込んだらしい。それだけではない。イクスを眷属に誘っているのも、何れ戦う事になる師団の戦力を分断する事を狙っての事だろう。

 

 だが、

 

「策を仕掛けたのが、自分だけだとは思わない方が良いよ。陣ッ!!」

「おうッ!!」

 

 友哉に名前を呼ばれ、テラスの入り口から陣がその長身を現わした。同時に陣は、何か細長い物を投げてよこす。

 

 友哉は飛んで来た自分の刀を受け取ると、間髪入れずに鞘から抜き放った。

 

 今回のパーティ出席に当たり、友哉は逆刃刀を陣に預けていた。これはカジノ警備の時にも使った手だが、今回はワトソン達に自分が丸腰である事を印象付ける事が目的だった。自分が丸腰なら、ワトソンや彩夏が何か動きを見せるだろうと考えたのだ。

 

 その策は図に当たった。こうして、ワトソンの正体を暴き、目的まで見抜く事に成功したのだから。

 

「さて、これで2対2だね。どうする?」

 

 刀の切っ先をワトソンに向けながら尋ねる友哉。陣も、パンク風の男と対峙している。

 

 狭いテラスの中で、4人の人物がにらみ合う。

 

 その時、

 

「今日は、ここまでにしといた方が良いんじゃない?」

 

 緊張状態を緩和するような、耳触りの良い声。

 

 振り返ると、陣の背後からもう1人、高梨・B・彩夏が入って来る所であった。

 

「彼を引き抜くのには失敗したようね」

「ああ、なかなかガードが堅かったよ」

 

 言いながら、ワトソンは銃をホルスターに収めた。同時に場を満たしていた殺気も雲散霧消する。全員がほぼ同時に、戦闘意思を解除したのだ。

 

「君も、リバティ・メイソンだったんだね」

「ええ、そうよ」

 

 彩夏は韜晦もせず、あっさりと認めた。

 

 ならば、目的はワトソンと一緒と言う事か。

 

 友哉も刀を鞘に収めながら、2人を交互に見やる。

 

「気を付ける事ね。あなた達イクスは、リバティ・メイソンを敵に回した。その事がどれほど恐ろしい事か、近いうちに思い知るでしょうよ」

「・・・・・・それは、こっちのセリフだよ」

 

 そう告げる両者の間には、明確なほどハッキリと火花が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日の間は、特に異常らしい異常も起きないままに経過して行った。

 

 友哉としても意外に思えたのが、極東戦役において最も初めに動き出したのが、師団、眷属両連盟に属する陣営では無く、無所属のリバティ・メイソンだった事だ。

 

 中立宣言をした組織と言うのは、その実、最も不安定な立場にあると言える。双方の組織から攻められる可能性もあるし、何より戦役によって得られる利益も減ってしまう可能性が高い。リバティ・メイソンとしても、そこら辺の事情を考慮し、ワトソン、彩夏を派遣したのだろう。

 

 様相はいよいよ、戦乱の時代に突入した感がある。

 

 世間には見えない戦争だ。だが、ある意味、表の戦争並みに激しく、大規模な戦いになる予感もあった。

 

 だが現状では、いつ眷属陣営に襲われないとも限らない。リバティ・メイソンとの戦いは、早期決着が望ましかった。

 

『早期決着と言えば、こっちの方も早めに何とかしないとだね』

 

 友哉は心の中で独り言を言いながら、チラッと視線だけキンジとアリアに向けた。

 

 やはり、ワトソンの介入がジワジワと効いているのか、2人の間に険悪なムードが立ち込めているのが、傍から見ても判ってしまう。

 

 顕著なのは、やはりアリアだろう。

 

 普段の彼女なら、このような状態になったなら必ず銃か剣を抜いてストレス発散に走る。このようにうじうじと長引かせるような事はしない。そう言う意味では、迷惑ではあるが、意外に後を引かないのである。

 

 だが、今のアリアは自分の持ち味を完全になくしている感がある。一言で行ってしまえば、彼女らしくなかった。アリアなりに、この状態を持て余し気味なのかもしれない。

 

 翻ってキンジはと言えば、こっちはある意味もっと状況が深刻だった。

 

 何しろ、クラス内で孤立してしまっている。原因は、やはりワトソンだった。彼がクラス内で人気を独占している状態である為、ワトソンと対立関係にあるキンジは、クラスの中でハブられ気味である。キンジと仲の良い武藤ですら、あのパーティ以後は親ワトソン派に回ってしまっている。

 

 クラス内で未だ明確にキンジの味方でいるのは、事情を知っている友哉と茉莉くらいの物だ。後は、この手の事に興味がなさそうな不知火くらいだろう。

 

 そのような事情もあり、友哉はまだ、リバティ・メイソンの侵攻をキンジ達に報告できないでいた。

 

 バスカービルはリーダーとサブリーダーがそんな状態だし、理子は、なぜか最近捕まらない日が多い。白雪とレキはクラスが違う為、なかなかタイミングが合わなかった。

 

 

 

 

 

「どうにも、好きになれないんだよね」

 

 茉莉に付き合ってもらい、戦闘訓練を行いながら友哉が呟くように言う。

 

 強襲科の体育館で、体操着を着た2人は木刀を打ち合っている。

 

 茉莉と友哉は戦闘パターンが似ている為、互いに高速戦闘訓練を行う際には、こうして立ち合う事が多かった。

 

 2人が本気で動けば、並みの強襲科生徒では姿を追う事すらできない。一部始終を見ようとしていた者などは目を回しているくらいだ。

 

 体をひとしきり動かした2人は、壁際にあるベンチに揃って腰を下ろした。

 

「何がですか?」

「ワトソンの事だよ」

 

 彼がキンジをクラス内で孤立させようとしている事は明白だ。恐らく、友哉の事前情報を調べたのと同様に、キンジの事も色々と調べて来た事は間違いない。

 

 その目的にも、大体見当がついていた。恐らく、ワトソンの目的はアリアだろう。

 

 シャーロック・ホームズとJ・H・ワトソンが、世界でも有数のベストパートナーである事は今更語るまでも無い。恐らく現在でも、ホームズ家とワトソン家の間には何らかの繋がりがあると見て良い。

 

 しかしだからと言って、現代のホームズとワトソンもそれに倣う必然性は無いだろう、と友哉は思っている。相性とは血筋で決まる物では無く、実績によって決めるべきなのだから。

 

 あるいは、アリアを得る事で、ワトソンが何かを得る事ができるのか? そこまではまだ判らない。だが、現パートナーであり、(少なくとも傍目には)最もアリアと親しいキンジを、引き離そうと策動しているのは明白だった。

 

 友哉が気に食わないと言ったのは、ワトソンのやり口だった。

 

 まるで外堀を埋める。もっと悪く言えば、陰湿なイジメのようなやり方は、唾棄すべきものと言っても良い。勿論、極東戦役中に謀略が認められているのは、条文にも明記されていた事だが、やはりこう言うやり口は気に入らなかった。

 

「男だったら男らしく、正面から向かって行けばいいのに」

「友哉さん・・・・・・」

 

 すると、なぜか茉莉は深々と溜息をついて友哉を見た。

 

「気持ちは判りますけど、それってまるっきり強襲科(アサルト)的な思考ですよ」

「おろ・・・・・・」

 

 茉莉に半眼で睨まれ、友哉は絶句する。

 

 確かに、思い返せば少し物騒なせりふだったかもしれない。何だか「死ね死ね団(命名:キンジ)」の仲間入りしたみたいで、友哉はちょっと傷付いた。

 

「でも、確かに」

 

 茉莉は考え込むようにして言った。

 

「ワトソン君は、ちょっと男の子っぽくない所があるような気がします」

「まあ、あんな見た目だしね」

「いえ・・・・・・」

 

 容姿の事を言ったんだろうと思った友哉の言葉に、茉莉は首を横に振った。

 

「そうじゃないんです」

「おろ?」

「え~っと、何て言えば良いんでしょうか・・・・・・例えば、友哉さん」

 

 いきなり名指しされ、友哉は目を丸くするが、構わず茉莉は話を続ける。

 

「友哉さんは、確かに女の子みたいな外見をしていますが、」

「いや、まあ、ねえ・・・・・・」

 

 自分でもちょっと気にしている事を言われ、友哉は言葉を濁す。

 

「でも、友哉さんの場合、行動の端端には男の子らしさが見られるんです。でも、ワトソン君の場合、外見だけじゃなく、行動もどこか女の子っぽさがあるように思えるんですよ」

 

 うまく説明できなくてすみません。と言う茉莉を制し、友哉は考え込む。

 

 今の茉莉の説明。確かに曖昧な部分が多く、更に推測以外の何物でもないが、それでも霧の中に、1本の道ができるような、そんな感じがあった。

 

 例えばの話だが、武偵校には「転装生(チェンジ)」という制度がある。諸々の事情により、男が女の、女が男の恰好をして入学し、生活する制度の事だ。具体的には誰がそうだ、と言うのは判らないが、だいたい一学年に2~3人くらいはいると言われている。

 

 因みに、友哉は断じて違う。と、明言しておく。

 

 あるいはワトソンは、もしかしたら・・・・・・

 

「まさか、ね・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉はキョトンとする茉莉を横にして、自嘲気味に自分の意見を否定した。あまりにも、話が出来過ぎなような気がしたからだ。

 

 傍らに置いたバッグの中で、携帯電話が鳴ったのはその時だった。

 

 その液晶には、見慣れない番号が表示されていた。

 

 訝りながら、電話に出てみる。

 

「もしもし?」

《緋村か? 変な番号からですまん。ジャンヌだ》

 

 相手は情報科(インフォルマ)所属の銀氷の魔女だった。ヒルダの雷魔法を食らって身動きできなかったジャンヌだが、どうやら退院できたらしい。

 

 何やら、ジャンヌは慌てた調子で話して来る。まるで、何かに焦っているかのようだ。

 

「お、ジャンヌ。もう体は良いの?」

《いや、今はその話はいい。それより、まずい事になったぞッ》

「おろ?」

 

 怪訝な面持でジャンヌの話を聞いていた友哉だが、話が進むにつれて徐々に表情が険しくなった。

 

 ジャンヌが言うには、彼女もワトソンの存在に疑問を持ち、通信科(コネクト)で同室の中空知美咲に探らせていたと言う。

 

 中空知はオペレーター、音響解析術の天才であり、音を聞く事によって、通常目で見ただけでは知り得ない、あらゆる情報を取得できると言う一種の超能力めいた能力の持ち主である。

 

 その中空知の解析によると、ワトソンはレストランで薬を使い、一緒にいたアリアを拉致したと言う。

 

 問題なのはそこからで、その時、ジャンヌの部屋に居合わせたキンジが、2人を追って飛び出して行ったという事だった。

 

《遠山が私達の寮を出てから、既に20分近く経過している。私の携帯は遠山に持って行かれてしまったから、情報科(インフォルマ)に置いてある予備の携帯を取りに来るのに時間を掛け過ぎてしまった》

「ジャンヌ、確認したいんだけど、アリアが『浚われた』のを、キンジが『聞いた』んだよね?」

 

 友哉の質問に、ジャンヌは一瞬訝るような沈黙を置いてから答えて来た。

 

《あ、ああ。それがどうした? そう言えば、遠山の奴、随分と様子がおかしかったぞ。奴はHSSの変わり種がどう、とか言っていたが》

 

 ジャンヌの答えに、友哉は確信を持った。

 

 これと似たような状況が、前にも一度あった。あれは確か7月、イ・ウーとの決戦の折り、シャーロックに連れ去られたアリアを取り返す為に発現したキンジの、ヒステリアモードの派生形。

 

「ヒステリア・・・ベルセ・・・・・・」

 

 「女を守る」為では無く「女を奪う」為に発現する状態。通常のヒステリアモードの1・7倍の戦闘力を誇る、凶戦士化とも言うべき危険な状態。

 

 アリアをワトソンに浚われたキンジは、彼女を奪い返す為に自身の内なる凶暴性を発現したのだ。

 

「ジャンヌ。どうやら、事態はあまり良くない方向に動いているみたいだ。僕達もすぐに動く」

《判った。私はヒルダ戦の傷が、まだ完全には癒えていないから前線には立てないが、中空知の解析結果が出次第、お前達の携帯に連絡させてもらう》

「お願い」

 

 そう言うと、ジャンヌは電話を切った。

 

「友哉さん、アリアさん達に何かあったんですね?」

 

 傍らで聞いていた茉莉も、真剣な眼差しで友哉に尋ねてくる。状況が逼迫しつつあるのを、彼女も感じているのだ。

 

 友哉は携帯電話を閉じ、茉莉に向き直った。

 

 その眼差しは、既にイクスのリーダーとして、戦いに赴く剣士のそれへと変じていた。

 

「茉莉、すぐに戦闘準備をして。それから、陣と瑠香にも連絡を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いで着替え、武装してから、陣と瑠香、それぞれ別々に指示を出すと、友哉と茉莉は急いで車輛科(ロジ)の地下駐車場へと駆けこんだ。

 

 急ぐ必要がある。時間的に見て、既にキンジが学園島を出たのは間違いない。

 

 友哉は申請書類を書くのももどかしく、バイクのキーとヘルメット2つ受け取って専用駐車スペースへ駆け込んだ。

 

 友哉が割と借りる頻度の高いバイクは、レーサー仕様の物で、一見すると普通のバイクのようにも見えるが、車輛科の友人である武藤の手によって駆動系が徹底的にいじられ、時速200キロ近く出せる怪物バイクに変貌していた。

 

 エンジンを掛け、ゆっくりと走らせると、友哉は待っていた茉莉の前に停車させ、ヘルメットの片方を渡した。

 

 茉莉も友哉と同じフルフェイスヘルメットを被る。このヘルメットの内側にはインカムが備えられている為、通信相手とハンズフリーでの会話が可能となる。

 

「行くよ、しっかり掴まって」

「はいッ」

 

 スカートがめくれないように、しっかりとお尻の下に裾を挟んで座った茉莉は、その細い両手を友哉の腰へと回す。

 

 すると、背中越しに友哉の体の感触が、茉莉に伝わってきた。

 

『あ・・・・・・』

 

 とっさに出かかった声を飲み込む。

 

 ただそれだけの事で、茉莉は状況もわきまえず、自分の体が熱くなるのを感じた。

 

 見た目が華奢な友哉だが、こうして触れると引き締まった筋肉の感触があるのが判る。それは少年が、体格差と言う不利を克服する為に、普段から並はずれた努力を惜しんでいない証拠だった。

 

 次の瞬間、友哉はアクセルを思いっきり吹かし、バイクを発進させる。

 

 勢いの付いたバイクは、半地下状になっている駐車場入り口から、跳躍するように地上へ躍り出る。

 

 カタパルトから打ち出されるような加速の元、公道に出たバイクは驚異的なバランス力で体勢を立て直し、そのまま一気に加速を始める。

 

 そこへ、ジャンヌから通信が入る。

 

《緋村、ワトソン達の行き先が判ったぞ》

「どこ!?」

 

 バイクの合成風による衝撃に負けないよう、友哉は叩きつけるようにして尋ねる。

 

《東京都墨田区押上1-1-2だ。2人を乗せた車は、そこへ向かっている!!》

「友哉さん、その住所はッ」

 

 茉莉の言葉に、友哉は頷いた。

 

 そこでは今、世界最大級の建築物が建造中だ。

 

 東京スカイツリー。テレビの地上デジタル放送の為、2012年の完成を目指して建造中の巨大タワーである。確か今は7割方完成していた筈。

 

 友哉は舌打ちする。

 

 なぜ、ワトソンがそのような場所にアリアを連れ込んだのか、友哉には概ね見当がついていた。

 

 本当に最悪の話、アリアを物理的に奪おうとするなら、ホテルなり自分の寮なり、他に行く場所はいくらでもある筈だ。

 

 建設中の現場。つまり、人気があまりない場所へいざなった理由は、一つしか考えられない。

 

「ワトソンは、こっちを迎え撃つ気だ」

「えッ!?」

 

 恐らく、アリアを浚う事でキンジが、そして連動して友哉達が動く事を予期していたのだ。スカイツリーを戦場に指定したと言う事は、そこに行けば何かしらワトソンに有利な物があると見るべきだろう。

 

「茉莉、瑠香に連絡して。アリアとワトソンはスカイツリーへ向かった。先行して監視に当たってって。ただし、監視だけで手出しは無用ッ」

「判りました!!」

 

 瑠香の戦闘力で、敵陣への単独突入は危険すぎる。それよりも入口付近に潜伏させ、状況の変化を探らせた方が有効である。

 

 茉莉の返事を聞きながら、内心で臍を噛む友哉。

 

 こうなった責任は、友哉にある。

 

 ワトソン達の正体を知りながら対策を立てる事ができず、先制攻撃を許してしまった。

 

『この失態は、戦いの中で取り戻すッ』

 

 友哉は更にアクセルを強めに吹かし、バイクを加速させた。

 

 2人が乗るバイクが、レインボーブリッジへ繋がるトンネルまで、後5分程に迫った時だった。

 

 突然、背後から接近してくる、白いフェラーリがある事に気付いた。

 

 友哉はその姿をバックミラーで確認したが、あまり気にする事無く走り続ける。

 

 息を飲んだのは、次の瞬間だった。

 

 フェラーリのボンネットが2か所、観音開きに開いたと思った直後、その下から何かがせり出して来たのだ。

 

 比較的短い銃身6本を、環状に束ねた凶悪なフォルムを持つ機関砲。戦闘機のバルカンや、近代軍艦の対空砲にも使われているその機構は、見間違いようも無い。

 

「ガトリングガン!?」

 

 元々はアメリカ南北戦争時代に、北軍の軍医リチャード・ジョーダン・ガトリングが開発したと言われる回転式機関銃である。銃身を高速回転させる事によって過熱を可能な限り防ぎ、更には連続発射を可能にした銃である。

 

 友哉がバイクを蛇行させるのと、ガトリングガンが斉射を開始するのはほぼ同時だった。

 

 2丁のガトリングガンは、凄まじい勢いで弾丸を吐きだし、蛇行するバイクを捕えようと旋回して来る。

 

「クッ!?」

「ゆ、友哉さんッ 改造車両です!!」

 

 あんな物を食らったら、さしもの防弾制服であっても貫通を免れない。しかも、背後から撃たれている関係で、もし命中すれば直撃してしまうのは、リアシートに座っている茉莉だ。

 

 彼女を守るために、友哉は必死にハンドル操作をして、嵐のような銃弾をかわして行く。

 

 幸い、機動力はバイクの方が勝っている。ガトリングガンが旋回するよりも先にハンドルを切れば、回避する事も不可能じゃない。

 

 だが、回避すればそれだけスピードも落とさなくてはならなくなる。その為、2人を乗せたバイクはなかなかフェラーリの射程圏外に逃れる事ができないでいた。

 

 ガトリングガンの弾丸は、友哉達だけでは無く、停車中の車や街路樹も直撃し、それらを薙ぎ払って行く。

 

 被害は甚大だが、これに関しては死者が出ない事を祈るしかない。

 

 やがて、死の暴風も止む時が来る。

 

 元々、あまり多くの弾丸は搭載していなかったのだろう。弾切れを起こしたのか、ガトリングガンは射撃を停止して格納された。

 

 だが、安心するのはまだ早い。

 

 今度は運転席側と助手席側のドアから、大型の砲門がせり出して来たのだ。

 

「は、迫撃砲です!!」

「ッ!!」

 

 茉莉の警告を受けて、友哉は更にバイクを加速させる。

 

 しかし、その前にフェラーリの砲撃が開始してしまった。

 

 2人が乗るバイクの左右に、次々と着弾の炎が上がる。

 

「無茶をしてくれるッ!?」

 

 随分と大胆な襲撃である。

 

 その間にも迫撃砲の砲撃は続く。ガトリングガンほどの連射性は無いが、威力は段違いである。1発でも食らえば友哉と茉莉の体は木っ端みじんになる事だろう。

 

 人相手の戦闘なら誰にも負けない自信のある2人だが、相手が車となると勝手が違いすぎる。

 

「やられっぱなしってのも、性に合わないねッ 茉莉!!」

「はいっ!!」

「5秒後に反撃!!」

 

 言い放つと同時に、友哉は出力を全開にしてバイクを加速させ、フェラーリを一瞬引き離す。

 

 距離が開く両者。

 

 次の瞬間友哉は、ブレーキを掛けながら車体を傾け、バイクをスピンターンさせた。

 

 バイクとフェラーリが、一瞬正面から正対する。

 

 友哉の肩越しに伸ばされる、茉莉の右腕。

 

 その手にはブローニングハイパワーが握られている。

 

 立て続けに引き金を引く茉莉。

 

 発射された弾丸はしかし、

 

 全てがフェラーリに命中し、その全弾が弾き返された。

 

「クッ」

 

 その光景を目の当たりにし、友哉は舌打ちしながらバイクを再スタートさせた。

 

「防弾仕様みたいですッ 1発はタイヤに命中させましたが効果がありませんッ!!」

 

 まるで戦車だ。いや、今日日戦車でも、ここまでの重装備はしていないだろう。こっちは完全に火力負けしている。

 

 と、今度は車の天井が開くのが見えた。

 

 そこから尖った先端を突き出した物を見て、友哉と茉莉は眼を見開く。

 

「み、ミサイルッ!?」

 

 言った瞬間、4基装備された小型ミサイルは一斉に発射された。

 

「ッ!?」

「キャァァァァァァ!?」

 

 流石に洒落にならない。

 

 茉莉は悲鳴を上げて友哉にしがみつき、友哉は必死でバイクを加速させる。

 

「陣、聞こえるッ!? これから言うポイントに・・・・・・」

 

 言っている間にも、砲撃は続く。

 

 爆炎を上手く掻い潜りながら、バイクは辛うじてフェラーリの横を抜けた。

 

 それを追い掛けるように、自らもスピンターンするフェラーリ。狭い公道でやってのける辺り、運転者はかなりの技量だ。

 

 次発装填を完了したのか、2基のガトリングガンが再びせり上がり、砲撃を再開して来た。

 

 対して友哉と茉莉は、逃げる事しかできない。

 

 とにかく逃げて、時間を稼ぐのだ。

 

 ガトリングガンの猛射に対し、友哉は車道だけでなく歩道までフルに活用して逃げまくる。

 

 だが、運転技術では相手の方に一日の長があるようだ。

 

 友哉がいかに逃げようと、狭い路地に入ろうと、フェラーリは様々な運転技術を駆使してピタリと追随して来る。

 

 時折弾丸が体を掠め、ひやりとする場面も少なくなかった。

 

 だが、

 

 辛うじて相手の追撃をかわしながら、友哉はフェラーリを徐々にある場所へと誘導していく。

 

 まともに戦って勝てる相手でないのは明白だ。だから、罠を仕掛けるしかない。

 

 バイクは見通しの良い直線道路に入った。

 

 フェラーリもバイクを追って、道路へと入る。

 

 こここそが、友哉の立てた策の場所である。

 

「頼んだよ」

《おう、任せろッ》

 

 誰よりも力強く、頼りになる声。

 

 フェラーリは、バイクを仕留めようと更に加速して来る。

 

 次の瞬間、物影から飛び出した影が、フェラーリの前に飛び出し立ちはだかった。

 

 鋭い眼光とボサボサの髪型は、相良陣だ。

 

 自分を轢き殺さんと、スピードを上げるフェラーリに対し、陣は不敵な笑顔を見せ、拳を握り込んだ。

 

 そして、あと30メートル程度と迫った瞬間、

 

 陣は拳を地面にたたきつけた。

 

「二重の極みッ!!」

 

 刹那の間に二度の衝撃が加えられ、抵抗の一切を無効化されたアスファルトの地面は、再生不能なほどの粉砕され、粉塵が高々と舞上げられた。

 

 その予期し得なかった状況を目の当たりにし、フェラーリの運転手は思わずブレーキを踏みこみ、ドリフトの要領で急停車させる。

 

 そこで、砲撃が止んだ。

 

「助かったよ」

「良いって事よ」

 

 バイクをアイドリンクさせながら、友哉は陣の横にやって来る。

 

 目の前の地面には大きな穴が開いており、その向こうには横腹を見せて停止している白いフェラーリが見えた。

 

 火力では敵わないと見た友哉は、陣にこのポイントで待機するように言い、フェラーリが見えたら仕掛けるように言ったのだ。

 

 陣の二重の極みの威力なら、足止めできるだろうと踏んでの作戦だった。

 

「さて、いったい誰が乗ってるのかね?」

「もしかしたら・・・・・・」

 

 呟いた時、運転席のドアが開き、武偵校のセーラー服を着た女子生徒が姿を現わした。

 

 その姿を見て、友哉は自分の確信が正しかった事を確認した。

 

「高梨さん、やっぱり君だったんだ」

 

 リバティ・メイソン構成員、高梨・B・彩夏は、不敵な眼差しでこちらを見ていた。

 

「やるわね。ちょっと、あなた達の実力を過小評価しすぎていたわ」

 

 車輛科(ロジ)の彼女なら、この手の車両改造もお手の物だろう。もっとも、日本の公道で乗り回すには、明らかな違法だが。

 

「随分、物騒な自家用車だね」

「父の知り合いにね、この手の事が得意な人がいるのよ。武偵を始めるって言ったら作ってくれたの」

 

 外見上、フェラーリは普通の乗用車と変わらない。それをあそこまで改造してしまうのだから、その人物の技術力は恐ろしいと言わざるを得ないだろう。

 

「悪いけど、あなた達をワトソンの元に行かせる訳にはいかないわ」

 

 そう言ってスカートの下から、ドイツ製のオートマチック拳銃、ワルサーPPKを取り出して構えた。寸詰まりの短い銃身が特徴的な小型拳銃で、8発装填可能。彼のアドルフ・ヒトラーも護身用に持ち歩いたと言われる銃だ。最近では、日本のSPや皇居警察等でも使用されている。

 

 その時、

 

「ようやく出番かよ。あんたが獲物1人占めしちまうかと思ったぜ」

 

 鋭い声と共に、背後に人の気配が現われるのを感じた。

 

 そこに立つ、3人の人影。

 

 1人は、ワトソンの部屋で対峙したパンク風の男が姿を現わした。

 

 そして、他の2人は、

 

「や、久しぶりね」

 

 その横では、コートを着た髪の長い女性が、気軽に手を振っているのが見える。

 

 彼女は坂本龍那。先月のエクスプレスジャックの際、ココ3姉妹に加担した人物である。

 

 そしてもう1人、厳つい容貌と強靭な肉体。手には長大な槍を手に現われた男がいる。

 

 彼は丸橋譲治。魔剣事件の折り、当時まだ仕立屋メンバーだった茉莉と共に、ジャンヌの支援に当たった人物である。

 

 3人の仕立屋。それに加えて、マンチェスター武偵校にて強襲科(アサルト)取得済みの彩夏の存在も大きい。

 

 数だけ見ても、3対4の劣勢。

 

 キンジ救援を急ぎたい友哉としては、焦慮の気持ばかりが空転する思いであった。

 

 

 

 

 

第7話「デッドヒート・ストライク」     終わり

 


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