緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第8話「英国から来た少女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岸壁に面した道路で、互いに対峙する。

 

 敵は仕立屋メンバーを含めた4人。

 

 対してイクスは瑠香を欠いた3人。

 

 数で劣っている上に、完全に包囲されている状況下にあって、友哉達はそれぞれ背中合わせに対峙している。

 

 不利は否めなかった。

 

「どうするよ、友哉?」

 

 尋ねる陣の声にも、苦い響きがある。

 

 敵の狙いは明らかだ。今、キンジがアリア奪還の為にスカイツリーを目指している。

 

 そして連中は、キンジ救援に向かうイクスを妨害し、時間を稼ぐつもりなのだ。

 

 キンジとワトソン、1対1の戦場を作り出す為に。いや、もしかしたらスカイツリーには他に仲間が伏せていて、こちらの分断、各個撃破を狙っての策だったのかもしれない。

 

 それにしても、

 

 友哉は背負っていた逆刃刀を外し、腰のホルダーに差し直しながら見回す。

 

 坂本龍那、丸橋譲治。他にも、新たに現われた、パンク風の男がいる。

 

 これだけの仕立屋メンバーが一か所の戦場に集まるとは思っていなかった。

 

「随分、そうそうたるメンツですね」

「リバティ・メイソンは払いが良くてな。大口の顧客にはサービスも弾むものさ。資本主義バンザイってところだ」

 

 そう言って肩を竦めるパンク風の男。

 

 既に場は戦場さながらの殺気に満たされている。いつ激発してもおかしくは無い状態だ。

 

「最後通告よ」

 

 その中で、彩夏は勝ち誇った表情で言った。

 

 何を言ってくるのか、友哉には大凡の見当は付いている。

 

 圧倒的有利な状況での交渉となると、やる事は一つ。降伏勧告以外にあり得ない。

 

「緋村君、イクスは眷属(グレナダ)に付きなさい。そうすれば、あなた達の生命は保証するし、リバティ・メイソンは最大限の歓迎をあなた達にする事を約束するわ」

 

 やはり、と、友哉は心の内で呟いた。

 

 従うなら良し。従わない時は容赦しない。彩夏は無言の内に、そう告げていた。

 

 だが、友哉の腹の内は既に決まっている。

 

「断る」

 

 寸暇すら迷うことなく、友哉は返した。

 

 その事は既に、ワトソンとの対峙で答を出していた事だ。今更翻す理由も意図も無いし、この程度の脅しに膝を折る必要性も感じなかった。

 

 対して、この友哉の答は予想していた事なのだろう。

 

 彩夏は肩を竦めて溜息をついた。

 

「後悔するわよ?」

「させてみなよ」

 

 友哉も一歩も引かず、挑発的に答える。

 

 なかなか手の込んだ脅迫である。ここは、敢えて乗ってやるのも一興と思ったのだ。

 

 その言葉を受けて、仕立屋メンバーも一斉に各々の武器を構えた。

 

「もう、良いか?」

「ええ。どうやら、交渉は決裂みたいだし」

 

 この中ではリーダー格の譲治の問いに、彩夏は頷きを返す。従わないなら力づくで。初めからそのつもりで仕掛けたのだから。

 

 イクス側も、友哉と茉莉が刀を抜いて構え、陣が両の拳を掲げた。

 

 いよいよ戦闘開始、

 

 激発のトリガーに指が掛った瞬間、

 

「やれやれ、派手に暴れるなと警告しておいた筈だぞ」

 

 鋭く発せられる声が、譲治達の更に背後から響いて来た。

 

 振り返る一同。

 

 そこには、いつの間に現われたのか、片手で煙草を吹かしながら鋭い眼差しを向けて来る狼が1匹、悠然とたたずんでいた。

 

「斎藤さんッ!?」

 

 斎藤一馬は、愛刀を腰に携えてその場に立っている。

 

 その全身から発せられる殺気を、隠そうともしていない。

 

 どうやら、明確な戦闘意思を持って、この場に現われたらしい。

 

「・・・・・・どうしてここに?」

公安(うち)の情報網が、要注意リストの人物が入国したのを捉えてな。その足取りを追ってきたら、ここに辿り着いた訳だ」

 

 そう告げる一馬の視線は、真っ直ぐに彩夏へと向けられていた。

 

「高梨・B・彩夏。リバティ・メイソン構成員。イギリスくんだりから、わざわざご苦労な事だな」

 

 狼の視線に睨まれ、彩夏は体を強張らせる。

 

 一瞬で、格の違いを思い知らされた感があった。

 

 予期せぬ一馬の出現に、彩夏や仕立屋の面々も意表を突かれたのだ。

 

「どういう事だい。公安0課は極東戦役に介入する気かい?」

 

 威嚇するようにS&W ハイウェイパトロールマンを一馬に向け、龍那が尋ねる。

 

 既に一馬の素性は、イ・ウーでの一件もあり、仕立屋メンバー全員が知る所である。だからこそ、その行動に対して無関心でいられない。公安0課と正面から対峙するのは、可能な限り避けたいところである。

 

「上の連中が何を考えているのかは知らん」

 

 本当にどうでも良い、と言外に言いながら、一馬は愛刀 鬼童丸を抜き放つ。

 

「ただ、俺は俺の中にある正義に従うだけだ」

 

 刀を左手一本で持ち、弓を引くように構え、右手は前方に突き出して峰に添え、刃を支える。

 

「悪・即・斬の名の下にな」

 

 それは、疑いの余地も無い、宣戦布告に他ならなかった。

 

 それぞれがそれぞれの想いの下に武器を取り、激突は不可避なものへとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限界まで引き延ばした弦は、弾けた瞬間に全てが奔り出す。

 

 それは最早、何者によっても止める事は叶わない。

 

 まず仕掛けたのは、一番最後に姿を現わした一馬だった。

 

 切っ先を真っ直ぐに向けた刃が、あらゆる物を粉砕する牙と化して疾走する。

 

 左片手一本刺突

 

 あらゆる物を噛み裂き、あらゆる物を粉砕する為に存在する、狼の牙。

 

 その凶悪とも言える威力から、付いた通り名は『牙突』

 

 ただ一つの事を極限まで追求する事で、誰にも到達しえない領域へと達する。

 

 ある意味、不器用で武骨。

 

 故にこそ、至る事の出来る『必殺』の二文字。

 

 相手が並みの技でない事を見抜いたのだろう。

 

 迎え撃とうと刀を抜いて前に出たパンク男を制し、譲治が槍を手に前へと出た。

 

「奴の相手は俺がする」

 

 低い声と同時に、槍を振りかぶった。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 全身の膂力を余すところなく乗せた強烈な薙ぎ払いが、疾走する牙狼を迎え撃つ。

 

 刀と槍が空中でぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 

 次の瞬間、

 

 一馬は弾かれるように後退した。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、どうにか体勢を立て直す。

 

 譲治の槍裁きは、牙突の威力すら相殺する程の物なのだ。

 

 加えて長柄の武器である関係で、一馬の間合いよりも遠い場所から攻撃が可能となっている。

 

 結論を言えば、譲治は一馬にとっては非常にやりにくい相手であると言える。

 

 だが、

 

 一馬は再び刀を持ち上げ、牙突の構えを取る。

 

 その身に流れる新撰組隊士の血が、決して退かぬ不退転の意思となって現われているのだ。

 

 それに呼応するように、譲治もまた槍を振り上げる。

 

「良い覚悟だ」

 

 低い声で、心からの称賛を贈る。

 

 対して、地を蹴って疾走する一馬。

 

 狼と鬼は、再び互いを食い裂くべく激突した。

 

 

 

 

 

 自身に飛んで来る存在を感知し、茉莉はとっさに飛び退いて回避する。

 

 着地。

 

 同時に茉莉の前髪が一房、風に乗って散って行く。

 

 顔を上げ、自分を攻撃した相手を見た。

 

「飯綱さん・・・・・・」

「よう、瀬田。元気そうじゃねえか」

 

 日本刀を手にしたパンク風の男は、そう言うと片頬を持ち上げるようにして笑った。

 

 その笑みを見て、茉莉は僅かに顔を顰めて見せた。

 

 この人当たりの良い少女には珍しく、嫌悪感を隠そうとしない表情だ。

 

 飯綱大牙(いづな たいが)は茉莉の仕立屋時代の同僚であり、共に何度も戦った間柄だった。

 

 仕立屋と言う組織は、その時の状況に置いて派遣するメンバーや組み合わせを変える為、互いに面識がない場合が多い。事実、今日現われた4人の中で、茉莉が一緒の任務に就いた経験があるのは、この大牙と譲治だけだ。

 

 鋭く睨む茉莉に対し、大牙は軽薄その物の笑みを向けて来る。まるで茉莉の態度など、全く気にしていないかのような態度だ。

 

「暫く見ねえうちに、随分女っぽくなったじゃねえか。男の1人でもできたか?」

「・・・・・・あなたには関係ないです」

 

 茉莉は素っ気ない口調で応じ、菊一文字の切っ先を向ける。

 

 無駄口を叩く気は無いし、この男とは口を聞く気にもなれない。そんな態度だ。

 

「相変わらずつれないな、お前。そう言うトコは、ガキっぽいままだぜ」

 

 やれやれと肩を竦める大牙。

 

 同僚だったとはいえ、茉莉は大牙の事をあまり好きではない。と言うよりも、ハッキリと嫌っていた。

 

 勿論、イ・ウー時代は、周りの殆どの人間を信用していなかった。親しかったのは、友人として付き合っていたジャンヌ、理子他数人と言った所である。が、その中でも大牙は特に嫌っていたと言っても過言ではない。

 

 その理由は、大牙の粗野な上に、必要以上に好戦的な性格をしていた事に起因している。

 

 イ・ウーは犯罪者組織である。茉莉はやらなかったが、任務の過程で殺しを行う場合もある。

 

 だが大牙は、任務中に全く関係ない殺人を、何度か犯している。

 

 元々大人しい上に、無駄に戦う事を嫌う性格の茉莉は、そうした人間が近くにいる事に嫌悪感を覚えたのだ。

 

 だが、そのような思いを引きずる余裕も、今は無い。

 

「おら、行くぜ!!」

 

 思考もそこまでだった。

 

 大牙が手にした刀を無造作に、横薙ぎに振るう。

 

 次の瞬間、

 

 刀の振り抜きによって大気が変動したのを感じる。

 

「クッ!?」

 

 茉莉はとっさに後退しつつ、その場から飛び退く。その顔のすぐ横を、何かが通り抜けて行った。

 

 後退しながら、僅かに額に汗がにじむのを止められない。

 

『やっぱり・・・・・・』

 

 この技は前に見せてもらった事がある。だから、その振り抜きの軌跡から、相手の攻撃を予測できたのだ。

 

 だが、予測ができた所で、厄介な相手である事には変わりがない。

 

 茉莉は着地と同時に縮地を発動。反撃に転じるべく、一気に斬り込みを掛ける。

 

 神速の勢いで、自身の間合いへと迫る茉莉。

 

 振りかざした銀の閃光すら、目視する事は敵わない。

 

 だが、

 

 大牙の口元に、不敵な笑みが閃く。

 

「甘いぜッ!!」

 

 茉莉の接近を察知した大牙が、叫ぶと同時に、振り上げた刀を真一文字に振り下ろす。

 

 尋常ではない速度で迫る刃。

 

「ッ!?」

 

 対して、とっさに攻撃を変更して後退する茉莉。

 

 大牙が振り下ろした刃は、間一髪、後退する茉莉の鼻先を通過する。

 

 刃がかすめた瞬間、茉莉のスカートの裾が僅かに切り取られた。

 

 着地と同時に、額に冷や汗が流れる。

 

 大河の足元の地面、コンクリートで固められた道路にはパックリとした、綺麗な切断面ができている。

 

 危なかった。飛び退くのがあと一瞬遅かったら、茉莉の足は斬り裂かれていただろう。

 

 間合いの外に逃れた茉莉に対し、大牙は小馬鹿にしたような笑みを見せる。

 

「お前のやり口なんぞ、こっちは百も承知してんだ。そう簡単に俺に近付ける訳ねぇだろ」

 

 そう言って嘯く大牙に対し、茉莉は心の中で舌打ちする。

 

 防弾仕様のスカートを簡単に切り裂き、コンクリートすらバターのように切断する剣。

 

 それこそが、大牙の必殺技である。

 

 正体は、空気の断層が生み出す「鎌鼬」にある。高速で振り下ろされた剣が、鎌鼬を発生させているのだ。

 

 大気を奔る真空の刃。それこそが秘剣『飯綱』。

 

 大牙の名前にもなっている飯綱とは、妖怪鎌鼬の別名でもある。

 

「おら、どんどん行くぜッ!!」

 

 離れた茉莉に対し、真っ直ぐに剣を振るう大牙。

 

 鋭く奔る鎌鼬の旋風。

 

 射程距離のある斬撃を可能にするこの技は、「飛飯綱(とびいづな)」と言う。

 

 当然、その攻撃は風である為、目で捉える事はできない。見えない攻撃と言うのは、それだけで恐怖の対象となる。

 

 故に茉莉は、大牙が刀を振り下ろすタイミングを見極め、相手の射線を予測する事で回避するしかない。

 

 必死に回避しながら、距離を詰め、斬り込もうとする茉莉。

 

 だが、

 

「無駄だって言ってんだろゥがよォ!!」

 

 接近する茉莉を察知した大牙は、そこへ剣を振り翳す。

 

 その一閃を、後退する事で回避する茉莉。

 

 代わって、すぐ脇に根を下ろしていた街路樹に、大牙の刃は叩きつけられる。

 

 次の瞬間、街路樹は轟音と共に地面にたたきつけられた。その切断面は、磨き上げたように綺麗な年輪を描いている。

 

 目を見張る茉莉。

 

 太い幹は完全に真っ二つにされていた。

 

 これが「纏飯綱(まといいづな)」。飛距離は飛飯綱に敵わないが、威力はダイヤモンドすら両断する事ができる。実際、茉莉は以前、大牙と共に任務に当たった折、彼が分厚い装甲板を苦も無く斬り裂いている所を見ていた。

 

「オメェは全く成長しねェな、瀬田。そんなんで俺に勝てるはずねェだろうがッ!!」

 

 そう言って舌を出す大牙に、茉莉は唇を噛んで睨みつける。

 

 確かに、茉莉の手の内は大牙に殆ど知られてしまっている。この戦いにおける不利は否めなかった。

 

 

 

 

 

 6本の刃が、間断ない攻撃をしてくる。

 

 両手、両爪先、両踵から突き出した刃を巧みに操る龍那。

 

 かつて、のぞみ246号上において友哉すら苦しめた六刀流が、陣へと襲いかかる。

 

 対抗するように、陣も拳を掲げて殴りかかる。

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 陣の拳を防ぎ、変幻自在な攻撃で反撃に転じる竜那。

 

 6本のナイフは、次々と陣に襲い掛かる。

 

 が、

 

「効かねえな!!」

 

 陣は持ち前の防御力を如何なく発揮して龍那の攻撃を防ぎ、自身の間合いへと突進する。

 

 遠心力を如何なく発揮した拳。

 

 しかし、その一撃を、龍那は燕のようにヒラリと舞い上がり、回避した。

 

 見上げる陣。

 

 そこには、既に2丁のハイウェイパトロールマンを構えた龍那の姿があった。

 

「チッ!?」

 

 とっさに、両腕をクロスさせて顔面をガードする陣。

 

 そこへ、龍那の銃撃が容赦なく降り注いだ。

 

「グッ!?」

 

 凄まじい痛みが、陣の両腕を叩く。

 

 2丁合計12発を撃ち終えた龍那は、陣を飛び越える形で着地する。

 

「随分と、頑丈にできているのね」

 

 腕を下ろす陣。防弾制服のおかげで、体が傷付く事は無い。

 

 その様子を見て、龍那は嘆息した。

 

 12発もの弾丸を浴びて平然としている人間など、聞いた事も無い。

 

 竜那にとっては、目の前の光景が信じられなかった。

 

 やや呆れ気味に言う竜那に対し、陣は顔を上げる。

 

「へっ、この程度、痛くも痒くもねえぜ」

 

 強がってはいるが、実際の話、腕には痺れるような痛みが広がっている。S&W製の大威力拳銃弾1ダースを至近距離から食らっているのだ。ダメージが無い筈がない。それでもまだ軽微で押さえている辺りが、陣の化け物じみた防御力を如実に語っていた。

 

「でも、無限に耐えられるって訳じゃ、ないんでしょ?」

 

 言いながら、再びナイフを構える竜那。

 

「なら、試してみろよ」

 

 腕の負傷を隠しながら、陣も不敵に笑って見せる。

 

 弱みを見せれば、そこに付け込まれる。そして付け込まれれば、そこから崩れて行く。それは武偵になる以前、不良として喧嘩に明け暮れていた時期から培われた、陣の戦闘論理だった。

 

 再び激突する両者。

 

 拳とナイフが、ほぼ同時に交錯した。

 

 

 

 

 

 友哉は一足飛びで彩夏へと接近する。

 

 彩夏の手にあるワルサーPPK。

 

 その銃口が向けられた瞬間、

 

 友哉は空中で体を捻った。

 

 彩夏が発砲するのは、ほぼ同時。

 

 しかし、放たれた銃弾は、空中で身を捻る友哉を僅かに逸れる。

 

 間合いに入る友哉。

 

「ハッ!!」

 

 遠心力を描いた逆刃刀が、彩夏へ向けて疾走する。

 

 しかし、

 

 ガキンッ

 

 いつの間に抜いたのか、彩夏の手にはナイフが握られ、友哉の刀を防いでいた。

 

「クッ!?」

 

 攻撃失敗を悟り、後退しようとする友哉。

 

 だが、彩夏はそれを許さなかった。

 

「フフッ」

 

 不敵な笑みと共に、友哉が後退するよりも速く追いついて見せる。

 

 そして、勢いのままに蹴りを繰り出した。

 

「クッ!?」

 

 彩夏の蹴りを、辛うじて腕で防ぐ友哉。

 

 だが、動きが止まった瞬間、彩夏は勢いを付けて後回し蹴りを繰り出して来る。

 

「グッ!?」

 

 防御の上からの一撃だったが、友哉の体勢は大きく崩れた。

 

 その隙に、彩夏は友哉の肩に乗る形で頭を両膝の間に挟み込むと、そのままバク転の要領で勢いを付け、大きく投げ飛ばした。

 

 勢いよく放り出される友哉。

 

 対して友哉も、投げ飛ばされながら空中で体勢を入れ替え、辛うじて膝をつきながら着地に成功する。

 

 しかし、

 

「バリツか・・・・・・」

 

 アリアも得意とする、総合徒手格闘技バーリ・トゥード。どうやら彩夏も、その使い手であるらしい。

 

 厄介な相手である。数々の格闘技の要素を詰め込んだバリツには、隙と言う物を見いだせず、更に実用性も高い実戦型の徒手空拳技だ。

 

 これまで何度か、強襲科(アサルト)でアリア相手に訓練した事がある友哉には、その事が嫌と言うほどわかっていた。

 

「まだ行くわよ!!」

 

 再び仕掛けて来る彩夏。

 

 その右手に握っているワルサーが火を噴いた。

 

 放たれる弾丸は、しかし、友哉を捉える事は無い。

 

 彩夏の発砲と同時に友哉は、彩夏から見て右側へと走る。ワルサーの射線から逃れるのが狙いだ。この方向に走れば、彩夏は体が開く体勢になる為、照準が付け辛くなる筈。

 

 案の定、彩夏は友哉を追って体ごと旋回して来る。照準が甘くなるのを嫌ったのだ。

 

 そこを狙って、友哉は斬り込んだ。

 

 彩夏はまだ、照準を終えていない。銃を持ち上げて、照準を行うまでには、一瞬の間がある。今なら攻撃できる筈。

 

 そう思った時、

 

 彩夏の手が、前髪を止めている髪飾りを無造作に取り、友哉に向かって投げつけた。

 

 何を、と思った瞬間、友哉の目の前で閃光が炸裂し、視界を白く染め上げた。

 

「ッ 目晦まし!?」

 

 とっさに目を覆う友哉。しかし、一瞬遅く、視界が急速に奪われてしまう。

 

 その隙を、彩夏は逃がさなかった。

 

 構えたワルサーが火を噴く。

 

 放たれた弾丸は、友哉の体に容赦なく突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に周囲の景観は、一変していると言っても過言では無かった。

 

 大牙の容赦ない攻撃を前に、茉莉は必死に逃げる事しかできないでいた。

 

「オラッ、どうしたよッ!? ちっとくらい反撃して来いよ!!」

 

 言いながら、飛飯綱を放つ大牙。

 

 奔る不可視の斬撃は、食らえば確実に少女の体を真っ二つにする威力を秘めている。

 

 その一撃を、空中で宙返りしながら回避する茉莉。

 

 大牙が一閃するごとに走る鎌鼬の斬撃は、確実に茉莉を追い詰めようとしてくる。

 

 対して茉莉は、大牙の剣の軌跡から相手の軌道を読んで、回避に専念することしかできない。

 

 楽しんでいるのだ。

 

 茉莉を追い詰め、いたぶる行為に酔っている。

 

 不本意ながら、大牙との付き合いが長い茉莉には、それが良く判っていた。

 

「ハッ 臆病モンがッ 斬りかかって来る勇気も無いか!?」

 

 罵る大牙に、茉莉は顔を顰める。

 

 あんな男相手に手も足も出ないでいる自分が悔しい。

 

 しかし、離れれば飛飯綱の乱射、近付けば纏飯綱の一撃と、遠近に渡って隙の無い攻撃を仕掛けて来る大牙相手に、なかなか反撃のタイミングが掴めなかった。

 

 一瞬の隙。

 

 それさえ見出す事ができれば、茉莉にも勝機がある。

 

 茉莉は建物の影に隠れながら、大牙の様子を覗う。

 

 パンク風衣装の肩に刀を担ぎ、その場に立ち尽くしてニヤニヤと笑っているのが見える。茉莉が飛び出してくるのを待っているのだ。

 

 恐らく、飛びだした瞬間に飛飯綱の集中攻撃が襲ってくる事だろう。

 

 茉莉は大きく息を吐く。

 

 既に息が上がり始めている。体を鍛える事で対策を立てているとはいえ、連続しての縮地使用はまだまだ難がある。そろそろ決める必要がありそうだった。

 

 斬り裂かれ、スリット状になってしまったスカートの下から、ブローニングを取り出す。

 

 マガジンを抜いて残弾を確かめると、右手に菊一文字、左手にブローニングを構えて物影から歩み出た。

 

「お?」

 

 その様子に、大牙は声を上げる。

 

「何だ、かくれんぼはもう終わりかよ?」

 

 そう言って、刀を構え直す大牙。

 

 次の瞬間、

 

 茉莉は腕が霞む程の速度でブローニングを放った。

 

 飛び飯綱も纏飯綱も、攻撃用の技だ。そして、大牙が防御用の技を持っていない事を茉莉は知っていた。

 

 故に、大牙の弱点も、茉莉には読めている。

 

 相手の行動パターンを読むのは、何も大牙だけの特権では無いのだ。

 

「グアッ!?」

 

 放たれた弾丸をまともに食らい、大牙は顔を顰める。

 

 激痛が、全身に走った。

 

 勿論、着ている衣装は防弾処理を施している為、この程度の攻撃で傷を負うような事は無い。

 

 だが、格下だと思っていた女の攻撃を受けた事が、大牙のプライドを傷付けた。

 

「このクソガキがッ 痛ェじゃねえかよ!!」

 

 無造作に振るう剣先から発せられる鎌鼬。

 

 必殺の飛び飯綱が、大気を切り裂いて走る。

 

 次の瞬間、

 

 茉莉は一瞬にして、大牙の目の前に接近していた。

 

「なッ!?」

 

 驚愕する大牙を、鋭く細められた茉莉の双眸が容赦なく射抜く。

 

「・・・・・・鎌鼬って言っても、所詮は、風ですよね」

 

 低く囁かれる声は、死神の囁きのように大牙の鼓膜を撫でる。

 

 手にした菊一文字は既に水平に倒され、抜き打つような構えを見せている。

 

「私は、風よりも速い」

 

 大牙は顔をひきつらせ、とっさに逃げようとするが、既にそれが可能な距離ではない。

 

 次の瞬間、茉莉の容赦無い一撃が、大牙の胴に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 閃光自体はそれほどの威力では無かったのか、友哉の視界は程なく回復した。

 

 しかし、体中の痛みは消しようも無い。

 

 食らったワルサーの弾丸は、全てが防弾コートによってストップされたが、衝撃が叩きつけられた事による激痛は防ぎようがなかった。

 

 銃、ナイフ、閃光弾、徒手格闘に加えて、あの運転技術。どれも高水準で纏まり、高梨・B・彩夏の戦術構成を担っている。

 

 アメリカで武偵をやって来たのは伊達ではないようだ。

 

 激痛に耐え、どうにか立ち上がる友哉。

 

 その友哉を、彩夏は不敵な笑みを浮かべて見詰める。

 

 状況は彩夏にとって、圧倒的有利である。このまま戦えば勝てると言う確信があった。

 

「そろそろ、決めさせてもらおうかしら」

 

 言いながら彩夏は、撃ち終えたワルサーのマガジンをリリース。取り出したロングマガジンと差し替え、フルオートモードに切り替えた。

 

 銃口を友哉に向け、引き金を引く彩夏。

 

 対して友哉は、とっさの事で体が上手く動かない。

 

 放たれる弾丸が、まだ動きの鈍い友哉に襲いかかった。

 

「クッ!?」

 

 数発喰らいながらも、必死に逃げようとする友哉。

 

 転がるようにしながら、辛うじて道路わきの街路樹の陰へと転がりこんだ。

 

 だが、

 

「それで逃げたつもり?」

 

 妖しく囁かれる彩夏の声。

 

 彩夏はなぜか、胸のポケットに差しておいたシャープペンシルを抜くと、それを友哉が隠れる街路樹目がけて投げつけた。

 

 先端が幹に突き刺さる。

 

 次の瞬間、幹を吹き飛ばすほどの爆発がシャープペンシルから起こった。

 

「うわぁッ!?」

 

 細いシャープペンシルに内蔵していたとは思えない程の、爆発による衝撃。

 

 吹き飛ばされ、弾かれる友哉。

 

 地面をごろごろと転がりながら、辛うじて爆風圏外から逃れるが、彩夏の追撃の手は止まらない。

 

 スカートの下から数本のダーツを取り出すと、それを全て友哉に向かって投げつける。

 

 次々と、友哉の足元へ突き刺さるダーツ。

 

 それらも、例外なく爆発を起こし、友哉にダメージを与えてくる。

 

 ようやく爆発が治まり、一息ついた時、友哉は既にボロボロの有様だった。

 

 肩で息をしながら、立っているのもやっとと言った風情である。

 

 対して彩夏は、まだダメージらしいダメージを負っていない。

 

「いい加減、諦めたら?」

 

 友哉の様子を、むしろ憐れむように見つめる彩夏。

 

 これ以上戦う事は無意味だと、言いたいのだ。

 

「一応、教えておくけど、イギリスじゃ、武偵にも自衛手段として殺人が認められているの。ついでに言えば、あたし等はイギリス王室付きの武偵だから治外法権も持っているのよ」

 

 つまり、ここで友哉を殺害したとしても、彩夏が罪に問われる事は無い。

 

 暗に、これ以上やるんだったら、命を取られても文句を言うな、と言う事らしい。

 

 対して、

 

 友哉はホルダーから鞘を外すと、刀をそこへ収めた。

 

 一瞬、降伏の証しか、とも彩夏は思ったが、すぐにそれが勘違いであると判った。

 

 腰を落とした友哉は、刀身を背に隠すように構え、右手は逆刃刀の柄に置いている。

 

 その身から発散される剣気は未だに衰える所を知らず、闘争本能が立ち上っているのが見える。

 

 向けられる鋭い眼差しは、真っ直ぐに彩夏へと向けられていた。明らかに、戦意を失った物にできる目では無い。

 

「・・・・・・仕方ないわね」

 

 ため息交じりに呟く彩夏。

 

 女めいた見た目に反して、随分と強情な男である。ここまで痛めつけられて、まだ諦めないとは。

 

 まったくもって、理解し難い状況に呆れながら、それでも彩夏はワルサーのマガジンを差し替えて迎え撃つ準備をする。

 

 既に友哉は、見るからに満身創痍だ。

 

 今まで戦ってきた敵の中に、爆薬を戦闘に使ってくる敵はいなかった。しいて言えば《武偵殺し》として対峙した理子と、エクスプレスジャックを起こしたココがそうだったが、彼女達の場合も、友哉と戦った際には爆弾を用いなかった。

 

 その為、友哉としては、あまり経験のない敵が相手だった為、ここまで苦戦させられてしまったのだ。

 

 グッと腰を落とし、突撃に備える友哉。

 

 対抗するように、彩夏もロングマガジンを差したワルサーPPKを構える。

 

 友哉の構えから、彼が日本剣術で言うところの「居合い」を狙っている事は、すぐに読み取る事が出来た。

 

 居合いはその性質上、一撃目を回避されれば、二撃目を放つのは難しいという事を、彩夏は知識で知っている。

 

 加えて、友哉は既に満身創痍の状態である。

 

 つまり、一撃を回避できれば、彩夏の勝利は動かないという訳だ。

 

 次の瞬間、友哉が動いた。

 

 傷ついているとは思えない速度で、彩夏へと迫る。

 

 しかし、その動きを、彩夏は捉えていた。

 

 突撃する友哉を、絡め取るように空中にばらまかれる弾丸。

 

 その全ての動きを、友哉の目は捉える。

 

 短期未来予測。

 

 視界に捉えた全ての事象を読み取り、3秒後までの未来を正確に予測する。友哉にとっては飛天御剣流と対を成す基本戦術である。

 

 折り重なるように飛んでくる、無数の弾丸。

 

 対して友哉は、急激に機動を変換、一気に横に飛んで射線から逃れた。

 

 撃ち尽くしたワルサーのスライドが、後方に下がってストップする。

 

 その瞬間を逃さず、友哉は突撃を再開する。

 

 対する彩夏には、一瞬、焦った。

 

 弾丸を撃ち尽くしたばかりであり、マガジンを再装填する時間は無い。更に、爆薬も使いきってしまっている。

 

 ここは回避し、バリツで反撃しよう。

 

 そう考えた瞬間、

 

 友哉の姿は、彩夏の目の前に現れた。

 

『か、回避をッ!?』

 

 とっさに、後方へと飛ぼうとした瞬間、

 

 バキィッ

 

 鋭い衝撃が腹に入り、彩夏の体は一瞬、空中に持ち上がった。

 

「かはッ!?」

 

 肺の中から、一気に空気が漏れ出る。

 

 彩夏の腹に受けた衝撃の正体。それは、

 

「さ、鞘ッ!?」

 

 友哉は、間合いに入っているにもかかわらず、まだ抜刀していなかった。納刀したままの状態で、彩夏の腹を殴り付けたのだ。

 

 そして、

 

 自分が今、どのような状態になっているのか悟り、彩夏は愕然とした。

 

 鞘の一撃を受けて、彩夏の体は空中に浮いている。つまり、地から足が強制的に離され、身動きが取れなくなっている状態なのだ。

 

 反撃する事も、逃げる事もかなわない彩夏。

 

 そして、友哉はまだ、攻撃態勢を解いていない。

 

「飛天御剣流抜刀術ッ」

 

 鞘走る銀閃。

 

 その様を、空中にある彩夏は、ただ眺めることしかできない。

 

「双龍閃・雷!!」

 

 気合と共に、一閃が奔る。

 

 友哉の剣は、彩夏の肩に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

第8話「英国から来た少女」      終わり

 


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