緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

64 / 137
第10話「絶望から立ち上がる者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の首領を前にしながら、誰1人としてまともに立っている者はいない。

 

 キンジは電撃を食らって膝をつき、友哉は狼に押し倒され、瑠香は捕まり人質にされている。

 

 そして、理子。彼女は裏切りを象徴するように敵の側に立っていた。

 

 もう1人、祭壇に積まれたバラに隠されるように、鎖で縛られた少女が眠っている。

 

 アリアだ。彼女は今、理子が普段着ているヒラヒラの改造制服を着ている。恐らく理子が、アリアに変装する際に着替えさせたのだ。

 

 自分の敵全員が膝を屈する様を見て、ヒルダは満足げに高笑いを上げた。

 

「私はワトソンとは戦いたくなかったの。だからトオヤマ、お前がワトソンと戦うように仕向けたのよ。それに・・・・・・」

 

 次いでヒルダの目は、狼にくみ伏せられている友哉に向けられた。

 

「ヒムラ、お前も色々と目障りな存在だから、彩夏をぶつけておいて正解だったわね。お陰でお前は、碌に戦えない状態でのこのことやってきた」

「クッ」

 

 勝ち誇ったヒルダの言葉に、友哉は唇を噛む。

 

 つまり、イクスとバスカービル、そしてリバティ・メイソンは、全てヒルダの手の内で踊っていたと言う事になる。両者を潰し合わせ、ヒルダは1人、高みの見物をしゃれこんでいた訳だ。

 

「ヒルダが2人を警戒していたのは本当だよ。だから、少し違う展開も期待してたけど・・・・・・相手が悪かったね、キーくん、ユッチー」

 

 理子は低く抑えたような声で、そう言う。

 

 抑揚の感じさせないような声は、何処か複雑な響きを孕んでいるように思える。

 

 そんな理子を、ヒルダは満足げに見詰める。

 

「お手柄よ、理子。やはり、私が見込んだだけの事はあるわ。お前には私には無い技術と能力がある。私はそれを高く評価しているわ。だから私は、お前を竜悴公家の正式な一員、私に次ぐ次席として取り立てるわ」

 

 告げるヒルダに対して、理子は何の感情も示さないように、僅かに頷いて見せただけだった。

 

「それに、お前はとても愛らしい。お前は昔から私を憎悪しつつも、憧れていたのでしょう。その色を隠しきれずに混じり合って、私の心を疼かせるの」

 

 言いながら、ヒルダの細く白い指が理子の顎を撫でる。

 

「トオヤマとの間に色々あったのでしょうけど、全部忘れなさい。男なんてくだらないわ。それに、トオヤマは私が殺さなくても、何れ他の誰かに殺される運命にあった。だから、あなたに罪なんてないのよ」

 

 囁くように居ながら、ヒルダが理子の耳をまさぐる。

 

 そこには蝙蝠の形を象ったイヤリングが付けられている。

 

「これが、竜悴公家の正式な臣下の証よ。外そうとしたり、耳を削ぎ落そうとしたり、私が念じたりすれば弾け飛び、中に入っている毒蛇の腺液が傷口から入って、お前は10分以内に死にいたる。これは、裏切り者を再度取り立てる時、浄罪の為に着ける決まりになっているのよ」

「そんな物を付けて、操っていたのか、理子を・・・・・・」

 

 電撃によって動けなくなった体で、キンジは呻くように呟く。

 

「キーくん、理子もね、色々と考えたんだよ」

 

 縛り上げた瑠香の腕を捕まえながら、理子が言う。

 

「理子は元々、怪盗の一族。みんなとは違う、闇に生きる・・・・・・ブラドやヒルダと同じ側の人間なの。それがいつの間にか、キーくんやアリア、ユッチーの側に着いていた。理子は人としてぶれていたんだ」

 

 闇に生まれ、闇の中を歩みながら光へと向かおうとしていた理子。

 

 相反する二つの世界の間に立ってしまったが故に、その存在は不安定になってしまったのかもしれない。

 

「ヒルダは闇の眷属。生まれながらの悪女だよ。でも、自分を貫いている。ブラドが捕まって、エリザが死んで、最後の吸血鬼になったのに・・・・・・誰の庇護も無く戦い続けている。理子よりもずっと、自分が何者なのか判っている」

 

 キンジも、友哉も、瑠香も、呆然として理子の言葉を聞いている。

 

 はじめは友哉も、理子がヒルダに催眠術を掛けられて操られている事を疑ったのだが、淡々としゃべる理子にはその様子は無い。

 

 本当に、自らの意思で裏切ろうとしているのだ。

 

「それにヒルダは、仲間には貴族精神で接してくれる。ほんとはね、理子はちょっと前に、ヒルダと会って交渉したの。その時は物別れになったけど、理子は驚いたんだ。ヒルダの態度はとても丁寧だった。理子が『眷属』と同盟する条件を出しても良い、とまで言ってくれた。その後で、このイヤリングを付けられたんだけど、次に会った時に、理子はヒルダに『組むなら、あたしを4世と呼ぶな』って言ったんだ。そしたらヒルダは、それから一度も理子の事を『4世』って呼ばなくなったの」

「理子・・・・・・・・・・・・」

 

 狼の下で、友哉は呻いた。

 

 4世と言う言葉が、どれほど理子を傷付けて来たか、ハイジャック事件の折りの吐露を聞いて、薄々だが友哉にも感じる事ができる。

 

 自身を数字では無く、理子として扱う事。それは理子にとって至上にして最低限の自己確立の手段でもあったのだ。

 

 だからこそ、その条件を許したヒルダに着く事を了承した。勿論、イヤリングの事もあったのだろうが。

 

 これは、問題としては微妙だ。何より、あのイヤリング。あれがある限り、理子の命はヒルダに握られている事になる。

 

 その時。

 

「事情は判ったわ」

 

 聞き憶えのあるアニメ声。

 

 振り向く事はできないが、声の主が、今まで縛られて気を失っていたアリアだと言う事はすぐに判った。

 

 意識を取り戻したアリアは、自分の口を塞いでいた猿轡を噛み切り喋れるようになったのだ。

 

「理子、あたしはあんたを責めない。誰だっていのちは惜しいものよ」

 

 でもね、とアリアは舌鋒を鋭くして続ける。

 

「ヒルダの貴族精神は見せかけよ。あんたには随分と甘いらしいけど、それは言う事を聞かせる為にキャンディーをあげてるのと同じ、アンタはそいつに見下されて、子供扱いされているのよ!」

 

 事実を的確に突いたのか、ヒルダの目が険しくなるのが見えた。

 

 更にアリアは続ける。

 

「誰も言わないなら、あたしが言ってあげるわ。ヒルダはアンタを、その殺人イヤリングで奴隷にしているだけなのよ!!」

「人間の分際で、高等種の吸血鬼に偉そうな口を利くわね」

 

 苛立ったような口調のヒルダ。どうやら、アリアの挑発めいた口調に、気位の高い竜悴公姫のプライドを傷つけたらしい。

 

吸血鬼(あんたら)はちっとも高等じゃない! 教えてあげるけどね、イギリスでは1833年に奴隷制度廃止法が成立しているわ。アンタは150年は遅れているのよ! 人間は、奴隷制度何かとっくに卒業しているのよ!!」

 

 と、キンジを毎回奴隷扱いしているアリアは、声高に宣言した。

 

「理子、あんた、何度もキンジに助けられてる。命だって救われている。なのに、キンジを信じないで、ヒルダなんかを信じるの!? もし、そうだって言うなら、あたしもキンジの相棒として、アンタと戦う義理がある!!」

 

 言いながら、アリアは縛られたまま体を器用にくねらせる。

 

 すると、まるでウナギが漁師の手をすり抜けるように、小さな体は鎖から抜け始めた。

 

「お仕置きしてあげるわ、理子。そこのヒルダと2人並べてね!!」

 

 言い放つと同時に、アリアの体は完全に鎖から抜け出した。

 

 同時にアリアは駆ける。

 

 膝をついたままのキンジの背中から一振りのサーベル。ワトソンから託された十字箔剣(クルス・エッジ)を抜き放ち、ヒルダに斬りかかる。

 

 対してヒルダは、背中の翼を広げて大きく後退、間合いの外へと逃れた。

 

「やっぱり、これが苦手なのね!!」

 

 確信を持った口調で、アリアは言う。この十字箔剣は、ワトソンが対ヒルダ用に用意した物だ。その判断に抜かりは無かった。

 

 勢いに駆って、斬り込もうとするアリア。

 

 だが、その優勢も長くは続かなかった。

 

 手にした鞭を振るったヒルダは、十字箔剣の刀身を絡め取ったのだ。

 

 一瞬、綱引きのような状態になるヒルダとアリア。

 

 しかし次の瞬間、バチッと言う電流が奔り、アリアは体をのけぞらせた。

 

「キャァッ!?」

 

 ヒルダの雷魔法が、鞭を通してアリアの体に流れ込んだのだ。

 

 力が抜けたアリアの体を、ヒルダは強引に引き寄せる。

 

「下等な、人間の分際で!!」

 

 引き寄せたアリアを蹴り飛ばし、もぎ取った十字箔剣を遠くへ投げ飛ばす。

 

「こんな汚らわしい物を、よくも私に向けたわね!!」

 

 放り投げられた銀剣は、第2展望台の縁から階下へと落下して行く。

 

 アリアの復活で一瞬は盛り返した状況が、再び不利に巻き戻されていた。

 

 アリアは戦闘不能。ヒルダに有効な十字箔剣も最早ない。そして、友哉とキンジも今だ動ける状態に無かった

 

「ネズミの分際で夜眷属狩人(ヴァンパイア・ハンター)を気取るなんて。嫌いよ、そう言う冗談。私、少し怒っちゃったかも」

 

 そう言うヒルダの声に重なるように、何かのエンジン音が聞こえて来た。

 

 その手にある物を見た瞬間、友哉は思わず絶句した。

 

 小型のチェーンソーが、ヒルダの手に握られている。エンジン音は、そのチェーンソーだったのだ。

 

「アリア、お前の手術を早める事にしたわ。その胸を開いて、心臓を摘出させてもらうわよ。人間の肋骨は案外硬いから、これを使わせてもらうわ」

 

 言いながら、ゆっくりとアリアに近付いて来る。本当に、チェーンソーでアリアの体を切り裂くつもりなのだ。

 

「お、おい、止せ!!」

「アリア先輩、逃げて!!」

 

 キンジと瑠香が、悲痛な叫びを発する。が、ヒルダはやめようとしないし、電撃で体が痺れたアリアも、体を動かす事はおろか声を発する事もできないでいる。

 

 対照的に、ヒルダは恍惚な表情を浮かべている。

 

「良いわ、絶望感に満ちたあなた達の表情。あなた達は手も足も出せないまま、アリアが心臓を抉り出される様を見物していなさい」

 

 ヒルダはそう言いながら、アリアが着ている防刃ブラウスをめくり上げる。

 

「~~~~~~ッ」

 

 お気に入りのトランプ柄のブラを丸出しにされ、赤面するアリア。

 

 必死に首を振り、出ない声で悲鳴を上げているのが判る。

 

「安心しなさい。私はお前の容姿は気に入っているの。胸以外は傷付けないと約束するわ。体は剥製にして館に飾ってあげるわ。だから、安心して身を任せなさい」

 

 興奮したように息を吐きながら、ヒルダはチェーンソーをアリアへとゆっくり近づけて行く。

 

 嬲るように、その恐怖心を楽しみながら。

 

「や、やめろ!!」

「クッ アリア!!」

 

 必死に叫ぶキンジと友哉の声にも、ヒルダは動きを止めようとしない。むしろ、そうした声を楽しんでいるのだ。

 

「サイコーだわ、今夜は。この快感を思い出すだけでも、1年は快楽に困らなそう。さあ、アリア、鳴きなさい、鳴くのよ、そのナイチンゲールのように愛らしい声で!!」

 

 高らかに笑い声を響かせるヒルダ。

 

 その間にも、チェーンソーはアリアのブラの布地を削るように、刃を掠めて行く。

 

 声の出せないアリアは、その度にくぐもった悲鳴を発するが、それを聞いたヒルダも恍惚とした声を発する。

 

「良いわ・・・良いわアリア。今の、とっても素敵。とっても良かった・・・・・・そうよ、その表情よ。もっと、もっと見せなさい!!」

 

 言いながら、更にチェーンソーを近付けて行くヒルダ。

 

「い、イヤァ・・・・・・」

 

 ようやく声を出せるようになったアリアが、弱々しく悲鳴を発する。

 

 しかし、まだ体は動かず、抵抗する事もできない。

 

「どうなの、怖いの? 怖いのよね? 怖いって言って! 言いなさい、ほら!!」

 

 度重なってチェーンソーを当てられたブラは、既に襤褸布と化している。その布が無くなったら、ヒルダは今度はアリアの肌を切り裂きに掛るだろう。ブラと同じように、少しずつ、少しずつ、いたぶるようにしながら。

 

 対して、キンジ、友哉、瑠香は歯を食いしばりながら、その光景を眺めている事しかできない。

 

「ほらァ、どうなのよ、アリアッ!? 何か言いなさいよ! ほほッ おほほほッ!!」

 

 ヒルダの愉悦が絶頂に達した。

 

 その時、

 

「良いのか、ヒルダ」

 

 水を差すように発せられた、鋭い声。

 

「アリアは緋弾の希少な適合者だ。殺したら『緋色の研究』が上位に進めなくなるぞ」

 

 見れば、いつの間にか瑠香の腕を放して近寄っていた理子が、ヒルダの持つチェーンソーのグリップを掴んで制していた。

 

 まさに絶頂の直前で制止されたヒルダは、鋭い目付きで理子を睨みつける。

 

 次の瞬間、

 

 バチッ

 

 電撃が理子の体に走り、理子はうつぶせに倒れ込んだ。

 

 その背中を、ヒルダは容赦なく踏みつける。

 

「理子! お前、見ていて判らなかったの? 私は今、一番良いところだったのよ! せっかく、せっかくもう少しで上り詰めようとしていた所なのに、お前のせいで台無しだわ!!」

 

 拷問を中断させられた事がよほど悔しいらしい。ヒルダは涙ぐみながら理子に蹴りを加えて行く。

 

 対して理子は、弱々しい声で尚も言葉を紡ぐ。

 

「ア、アリアにはまだ利用価値がある。殺すな!」

 

 だが、その事が更なる嗜虐を呼ぶ。

 

「『アリアを殺すな』・・・ですって? お前、私に忠誠を誓ったのではなかったの? そう、そうなの。また裏切るつもりなのね?」

 

 ピンヒールの足裏で、ぐりぐりと理子の背中を踏みつけるヒルダ。

 

 ヒルダの拷問の対象は、完全にアリアから理子へ移っていた。

 

 対して、電撃のせいで身動きができない理子は、抵抗する事もできない。まるで怯えて振るえるように、必死になって暴力に耐えていた。

 

「理子・・・・・・」

 

 ヒルダの暴力に必死に耐える様子を見て、友哉は理子の心の内が少し見えたような気がした。

 

 理子は本心から裏切っていた訳じゃない。理子はきっと怖かったのだ、ヒルダと言う存在が。かつてルーマニアで捕らわれていた時、ヒルダが理子を苛めぬいていたであろう事は容易に想像できる。その時の恐怖に、まだ縛られているのだ。

 

 だからこそ、アリアをいたぶるヒルダを制した理子の行動は、彼女にとって精一杯の勇気。彼女は今、過去の恐怖に対して、必死に立ち向かおうとしているのだ。

 

『これは・・・・・・こんな所で寝ている場合じゃないね』

 

 心の中で呟きながら、自分に圧し掛かる狼を睨み据える。どうにかこいつをどかして、理子の援護に行かないと。必死に戦っている彼女に申し訳が立たなかった。

 

 ひとしきり理子に暴力を振るったヒルダは、彼女の横に自分の足を置いた。

 

「理子、私に謝罪なさい。ううん、もう謝るだけでは許してあげない。この靴に口づけなさい。私に永遠の忠誠を誓うのよ。そうすれば、ペットとして永遠に飼ってあげる。部屋の中で首輪を付けて、ずっとずっと愛玩してあげるわ。ただし、できないなら・・・・・・」

 

 言いながら、ヒルダは、もう片方の靴で理子の耳にあるイヤリングを突いた。従わなければ、これを弾くと言っているのだ。

 

「う、ううゥ・・・・・・」

 

 震えながら、理子はゆっくりと口をヒルダの靴へ近付けて行く。

 

 その目から、数滴の雫が流れ落ちて行くのが見えた。

 

 理子は泣いているのだ。憎くて堪らない相手に、膝を屈しなければならない自分が悔しくて。

 

 その時、

 

 カシュッ

 

 何かが小さく弾けるような音が響いた。

 

「・・・・・・武偵憲章8条」

 

 落ち着き払った声。

 

 ゆっくりと紡がれる言葉は、一気に場の雰囲気を塗り替えて行くのが判る。

 

「任務は裏の裏まで完遂すべし」

 

 バッと言う音と共に、キンジが立ち上がる。同時に、カチリと音がして、首に巻かれていた鎖のカギが外された。解錠キーを使って、一瞬で外して見せたのだ。

 

 ようやくヒルダの電撃のダメージが抜けたキンジは、ワトソンから渡されたネビュラを使って一気に神経を活性化させ、麻痺から回復したのだ。

 

「理子、いつだったか君は、俺に言ったね『助けて』って」

 

 それは、あのランドマークタワーでブラドと対峙した時の言葉。

 

 理子は確かに、ブラドの下を離れ自由を望み、キンジ達に助けを求めたのだ。

 

「今夜、理子の依頼の『裏』を完遂しよう」

 

 言いながらキンジは、低い姿勢で駆け、ヒルダの足元から理子を掬いあげる。

 

 その様子に、戦場に吹く風向きが変わったのを感じた。

 

「さて、と・・・・・・」

 

 友哉は自分に圧し掛かる、狼を鋭く睨みつける。

 

「いつまで、人の上に乗っかっているつもりなのかなッ?」

 

 言い放つと同時に、友哉は狼の腹に足裏を当て、巴投げの要領で蹴り飛ばした。

 

 立ち上がる友哉。

 

 先程までの疲労感が、嘘のように消え去っていた

 

「ひ、ヒムラ、お前までッ!?」

 

 驚くヒルダを無視して、友哉は具合を確かめるように掌を開閉する。

 

『ふむ・・・全快時の6~7割ってところかな?』

 

 先程まで殆ど動けなかった友哉が回復した理由も、階下でワトソンに渡された薬の為だった。

 

 効果は体内血流の活性と、神経系の亢進により、低下した身体能力の回復にある。

 

 しかし、まだ試験段階だと言うその薬は、扱いが難しく副作用も激しいらしい。使い過ぎれば命にもかかわるとか。今回使った分はワトソンが慎重に配合した為、体への影響は少ないが。

 

 更にデメリットとして、打ってから効果を現わすまで時間が掛ると言う。今まで友哉が動けなかったのは、その為だ。

 

 ワトソンは、この薬を万が一の撤退用に用意していたらしい。お陰で友哉は、重要な局面で、辛うじて戦える程度には回復していた。

 

 更に、個人差もあるのは当然で、友哉の体は60~70パーセント程度の回復しか見込めないらしい。

 

 だが、それだけ動ければ充分。それだけあれば戦う事に支障はない。

 

 友哉は刀を抜くと逆刃を返して、足元で座り込んでいる瑠香の、腕を縛っている鎖を断ち切った。

 

「あ、ありがとう、友哉君・・・・・・」

 

 言ってから、瑠香は少し俯いて目を伏せる。

 

「ごめなさい。役に立てなくて」

「気にしなくて良いよ」

 

 言いながら、友哉は瑠香の頭を優しく撫でる。

 

「ここにヒルダがいるなんて事、誰にも判らなかったんだ。むしろ、僕の方こそごめんね。君をこんな危険な目に合わせて」

「友哉君・・・・・・」

 

 涙ぐむ瑠香。

 

 だが、感動に浸っている場合ではない。戦端は、今にも開かれようとしているのだ。

 

「瑠香、僕の体はまだ全快じゃない。君の助けが必要だ」

 

 言っている内に、友哉が蹴り飛ばした狼が、立ち上がって唸り声を上げて来るのが見える。

 

 否、それだけではない。

 

 もう1匹、更に1匹、

 

 合計3匹の狼が、物影から這い出て来た。

 

「うん、判った」

 

 瑠香は力強く頷く。

 

 イングラムM10とナイフは捕まった際に取り上げられたが、瑠香は服のあちこちに色々な小道具を隠し持っている。それらを駆使すれば、友哉の援護は充分に可能だった。

 

「背中は頼むぞ」

「お任せあれ」

 

 キンジの言葉に、不敵な笑みを翳しながら答える友哉。

 

 戦機は、既に充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀を構え、友哉は疾走する。

 

 敵は3匹の狼。その身体能力は、人間それを大きく凌駕している。

 

 更に、あのブラドに飼われていたのだ。知能もそれなりに高い事が予想される。

 

 だから友哉は、容赦せず、全力で挑みかかる。

 

「ハァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 一気に跳躍し、刀を振りかざす友哉。

 

 一瞬、標的の姿を見失った狼は、その場で立ち止まって動きを止めた。

 

 その一瞬を、友哉は見逃さず、急降下を仕掛ける。

 

「飛天御剣流、龍槌閃!!」

 

 一撃。

 

 脳天を打ち抜かれた狼は、その場でよろけるようにふらついた後、バッタリと横倒しに倒れた。

 

 人間であろうと狼であろうと、頭に脳がある事は変わり無い。

 

 友哉の一撃は、狼に強烈な脳震盪を食らわせた形となった。

 

 更に刀を構え、次に備える友哉。

 

 そこへ、残り2頭の狼が、飛びかかって来る。

 

 だが、

 

「行かせないッ」

 

 瑠香は制服の袖から、掌大の丸い玉を取り出して投げつけた。

 

 床にぶつかった途端、小規模な爆発を起こして噴煙を噴き上げる。

 

 彩夏が学園島で使った物ほど強力ではないが、これも爆薬の一種。主に牽制に用いる物だ。

 

 今にも友哉に襲いかかろうとしていた狼は、バランスを崩してたたらを踏む。

 

 その瞬間を、友哉は逃さない。

 

 爆炎を突く形で、友哉は自身の間合いに踊り込んだ。

 

「ハッ!!」

 

 横薙ぎに振るわれる一閃。

 

 その一撃は、狼の顔面を真横から殴打し、吹き飛ばした。

 

 昏倒する狼。これで2匹目。

 

 だが、最後の1匹に対して、友哉は背中を向けている。

 

 そこに襲いかかろうと、疾走する3匹目の狼。

 

 だが、その後ろ脚に何かが巻きつけられ、動きを封じられた。

 

 見れば、瑠香が袖からワイヤー状の紐を伸ばし、狼の足に巻き付けていたのだ。

 

 一瞬、動きを止める狼。

 

 そして友哉には、その一瞬あれば充分だった。

 

「これでッ!!」

 

 距離を詰めると同時に、袈裟掛けに一閃。

 

 その一撃は、狼の頭部を捉えて吹き飛ばす。

 

 戦兄妹どうしならではの連携攻撃。

 

 その前には、いかに身体能力に勝るとは言え、たかが3匹の獣など、物の数ではなかった。

 

「よしっ」

 

 瑠香と共同で3匹の狼を倒し、友哉は満足げに頷いた。

 

 これで、敵は事実上、ヒルダ1人だ。

 

 その時だった。

 

 ドォンッ

 

 先程の瑠香の爆薬を、大きく上回る衝撃がスカイツリーを揺るがした。

 

「キャッ!?」

 

 とっさに、よろけた瑠香を支える。

 

 どうやら、対ヒルダ戦も佳境を迎えつつあるようだ。

 

「瑠香、僕は向こうの様子を見て来る。君はアリアをお願い」

 

 メイン武装の無い瑠香を、これ以上戦線にとどめるのは危険だし、何より、まだ電撃のダメージから回復していないアリアを放っておくのは危険すぎる。

 

「判った」

 

 頷いて駆けだす瑠香の背中を見送り、

 

 友哉も、友が待つ戦場へとひた走った。

 

 

 

 

 

 再びの衝撃と轟音が、大気を震わせる。

 

 戦場に着くと、凄まじい光景が展開されていた。

 

 先程、上がってきた際に見た、キンジとアリアの名が刻まれた棺桶が、爆破されていたのだ。

 

 そして、爆破した張本人は、悠然とした笑みを口元に掲げていた。

 

「理子・・・・・・」

 

 若干の安堵と、歓喜がまじりあった声で、友哉は少女の名を呼ぶ。

 

 その声に応えるように、理子は笑みを強めた。

 

「ヒルダ、これでお前は、電撃を使う事も、影になって隠れる事もできなくなった。お前の超能力(ステルス)はジムナーカス・アロワナの遺伝子をコピーする事で得ているからな。あの魚は長く放電はできない。さっき、理子とアリアに電撃を使ったから、もうお前に超能力は残っていない筈」

 

 理子の指摘に、ヒルダは僅かに顔をゆがませる。どうやら、図星であったらしい。棺桶の中身はバッテリーと変圧器。ヒルダはそれを使って、街中から電気を集めていたのだ。

 

 故に、その2つを破壊されたヒルダは、もう操れるだけの電気を持っていない。

 

「迂闊だったわ。お前が爆薬を隠し持っていたなんて」

「御存じの通り、わたくし《武偵殺し》は爆薬使いですから」

 

 そう言って、優雅にスカートのすそを摘み、理子は一礼して見せる。

 

 次の瞬間、

 

 バチッ

 

 鮮血と共に、理子の耳に付けられたイヤリングが弾け飛んだ。当然、その中に仕込まれた猛毒が、体内に侵入したのは疑いない。

 

 10分。

 

 理子に残された命は、たったそれだけでしか無い。

 

 絶望が降り立とうとする中、

 

 理子は、可憐に笑って見せた。

 

「お別れだね、キーくん、ユッチー。理子はほんの10分だけど、アイツから自由になれる。これも、2人が命がけで助けに来てくれたおかげだよ。だから、たった10分だけでも、本当の理子を2人に見てもらえるなら、もう、それで良いよ」

 

 理子が言い終わるのを待っていたように、パラパラと上空から雨が降って来る。

 

 その中で、理子はヒルダを、今まで自身を虐げ続けて来た憎き存在を、真っ直ぐに睨みつけた。

 

「ヒルダ、今からずっとやりたかった事をやってやる。お前への恨みを、晴らす!!」

 

 言い終わると、理子の髪が動き、制服の下からアリアの小太刀二刀を抜き放つ。

 

 更に理子は、キンジの制服から彼のベレッタとスクラマサクスを抜いて構える。

 

 キンジはこの時、ヒルダの暗示に掛けられ身動きが取れない状況だった。

 

 しかし、理子にとっては、却って好都合であるとも言える。

 

 復讐するは、我にあり。

 

 双剣双銃(カドラ)の理子。その変則版。かつて、キンジ、アリア、友哉が3人がかりでも仕留める事ができなかった、凶悪にして勇壮、かつ可憐な戦姿が、この場に降臨していた。

 

「良いわ、戦ってあげる。お前如き、電撃が使えなくても敵では無いわ。光栄に思いなさい竜悴公(ドラキュラ)の一族と2度も戦った人間は、歴史上、お前が初めてよ」

 

 言いながら、ヒルダは槍を構える。それは西洋風の三叉槍。トライデントだ。

 

「加勢するよ、理子」

 

 その理子と並ぶように、友哉も刀を構えた。

 

「理子の境遇に対して怒りを覚えているのは、何もキンジやアリア達だけじゃないよ」

 

 仲間である理子。

 

 その理子を虐げ、そしてこれからも虐げようとするヒルダ。それに対する怒りは、友哉も共有する所である。

 

「ありがとうユッチー。ユッチーのそう言う所、理子は好きだよ」

「・・・・・・照れるね」

 

 戦闘開始前だと言うのに、友哉は少し顔を赤くしている。

 

 そのやり取りが、ヒルダの苛立ちを加速させる。

 

「どいつもこいつも、私に盾突くなんて・・・・・・高貴な存在である竜悴公姫(ドラキュラ)を何だと思っているの?」

「たかが蚊の親戚でしょ。血を吸うくらいしか能の無い、ね」

 

 ヒルダの言葉に対し、友哉はらしくない、安っぽい挑発で応じた。ヒルダのように無駄に気位の高い敵が相手の場合、この手の安っぽい挑発の方が、むしろ効果が高い事を知っているのだ。

 

 案の定、ヒルダは白い顔を真っ赤にして激昂した。

 

「おのれ、下等生物の分際で!!」

 

 突き出される三叉槍。

 

 次の瞬間、友哉は大きく体を捻り込んで、三叉の刃を回避、同時に自身の間合いへと滑り込む。

 

「飛天御剣流、龍巻閃!!」

 

 旋回する風を巻いて、ヒルダへ迫る刃。

 

 だが、ヒルダは一瞬早く、上空に飛び上がって友哉の剣を回避した。

 

「オ~ホッホッホッ、そんな攻撃、食らう物ですか!!」

 

 嘲笑するヒルダ。

 

 しかし、その余裕も一瞬で霧散する。

 

 三剣一銃を構えた理子が、上空のヒルダめがけて飛びかかって来ていたのだ。

 

「おのれ、4世!!」

 

 槍を繰り出すヒルダ。

 

 対して理子は、小太刀を眼前でクロスさせて受け止める。同時にグルリと巻き込み、そのまま槍をもぎ取ろうとする。

 

 だが、その前にヒルダは槍を引き寄せて、逃れる。

 

「ヒルダ、お前は、魔臓に頼って生きて来た!!」

 

 言いながら、空中でスクラマサクスを振るい、斬りかかる理子。

 

 その一撃を、ヒルダは槍で受け止めるが、勢いまでは殺せず、そのまま第2展望台へ撃ち落とされる。

 

 辛うじてバランスを取り戻し、床に着地するヒルダ。

 

 そこへ、理子が追撃を掛ける。

 

「だから体捌きが甘いんだ。怪我をしたって平気だって、高を括っていたから!!」

 

 パァン

 

 火を噴くベレッタ。

 

 その一撃は、ヒルダの翼を捉えた。

 

 理子に撃たれた翼は、強酸を浴びせたように溶けて行く。

 

 ベレッタには今、ワトソンがキンジに託した法化銀弾(ホーリー)が装填されている。かつて《鮮血の伯爵夫人》エリザベート・バートリ討伐にも使われたこの法化銀弾は、超能力(ステルス)の効果を阻害する力がある。

 

 それ故、撃たれたヒルダには、この間、空き地島で見せたような超回復は見られなかった。

 

「この、4世、私のペットのくせに!!」

 

 叫びながら、三叉槍を横薙ぎに繰り出すヒルダ。

 

 その攻撃を、体をストンと下に落とす事で回避する理子。

 

 そのまま体を横に回転させて、ヒルダへと迫る。

 

「ヒルダ、お前は下手なんだよ、格闘戦がな!!」

 

 再度に火を噴くベレッタ。

 

 翼の穴は、更に大きくなった。

 

 そこへ、理子はスクラマサクスを斬り上げる。

 

 その一閃が、ついにヒルダの片翼を斬り飛ばした。

 

 よろけるように後退するヒルダ。一旦距離を置こうとしているのだ。

 

 だが、そこには既に、逆刃刀を構えた友哉が待ち構えていた。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 無数の斬線が、縦横にヒルダへと殺到する。

 

 その攻撃の前に絡め取られ、ヒルダは身動きすらかなわなくなった。

 

「龍巣閃!!」

 

 体中の急所を一斉攻撃され、さしものヒルダも悲鳴を上げてよろめく。

 

 そこへ、再び理子が接近する。

 

「アハハッ、ヒルダ! ヒルダ! どうしたのぉー!!」

 

 近接拳銃戦(アル=カタ)の技で、次々とヒルダを追い詰めて行く理子。

 

 対してヒルダは、殆ど防戦一方へと追い込まれていく。

 

 更に、もう片方の翼にも弾痕が刻まれる。

 

 そこへすかさず、理子がスクラマサクスを斬り上げて切断する。

 

 これで、ヒルダは両方の翼を失い、飛翔する事はできなくなった。

 

 その代償として、ヒルダが繰り出した槍が、理子の手からスクラマサクスをもぎ取って弾き飛ばす。

 

「この・・・・・・ネズミの分際で!!」

「ネズミ? それは自分でしょ。翼をもがれた蝙蝠さんは、あーらら不思議! ネズミにそっくりだ! あはははッ!!」

 

 歌い上げるように、理子は残った二剣一銃を振るう。

 

 更に激しさを増す攻撃を前に、溜まらずヒルダが後退しようとすると、それを待っていたように友哉が出て剣をふるい、ヒルダを理子の方へと叩き返す。

 

 ヒルダは殆ど、逃げる事も攻める事もできずに防戦一方になりつつある。

 

「あははは、ほらヒルダ。あたしを踏んだり蹴ったりしてみなよ。昔みたいにさ、ほらほらァ!!」

 

 今まで受けて来た屈辱と鬱憤を全て晴らすように、理子はヒルダを責め続ける。

 

 だが、ただ責めているだけでないのは、友哉にも判っていた。

 

 理子はヒルダの魔臓を探しているのだ。吸血鬼にとって、唯一の弱点となる4つある器官。それを探して潰さないと、真の意味でヒルダを倒す事にはならない。

 

 だが、それだけに攻撃は、どんどん苛烈になって行く。

 

「や・・・やめっ・・・・・・やめなさいッ・・・・・・やめろ!!」

「お前が! いっぺんでも! そう言ったあたしを! 蹴るのをやめた事があったか!?」

 

 とうとうヒルダは、槍も弾き飛ばされ、着ていたゴスロリ調の服も切り裂かれ、ただ理子にされるがままになっていた。

 

 もはや、友哉の出る幕は無い。

 

 ヒルダが殆ど脅威にならないのは、火を見るよりも明らかだった。

 

「このッ!!」

 

 バチッ

 

 一瞬、電撃が奔り、理子はとっさに飛び退いた。

 

 ヒルダが最後の力を振り絞って、反撃に出たのだ。

 

 だが、既に殆どの力を使い果たしているヒルダに、雷を攻撃に用いるだけの余裕は残されていない。

 

 更に、影に入って逃げようとするも、その力すら残されていない様子だった。

 

 今のヒルダは、魔臓の超回復力で辛うじて持ちこたえているような物。まさに、進退きわまった感じだ。

 

「見付けたよ、魔臓の位置。両太もも、臍の下、そして右の胸の下だよ」

 

 言いながら、理子はフラフラと倒れそうになる。

 

「理子ッ」

 

 慌てて支える友哉。

 

 その体は、異様なほどに熱くなっている。戦闘で体が火照ったと言うだけでは無い。恐らく、例の猛毒が体に回り始めているのだ。

 

 それだけの犠牲を払いながら、理子はついに、仇敵ヒルダを追い詰めたのだ。

 

「だが、どうする。ベレッタにはもう、1発しか入っていないだろ」

 

 理子が撃った弾の数を数えていたキンジが、傍らにやって来て言う。どうやら、ヒルダの暗示は解けたらしい。

 

 だが、確かに。

 

 弾が1発しかないのでは、かつてブラドを倒したフォーショット・ワンキル、4点同時攻撃も敢行できない。

 

「あと、2発ならあるわ」

 

 背後から聞こえて来た声に、3人は振り返った。

 

 そこには、瑠香に支えられるようにして歩いて来るアリアの姿があった。どうやら、ようやく電撃のダメージから回復したらしい。

 

 アリアは自分のツインテールを縛っている髪止めを外すと、そこから1発ずつ45ACP弾を取り出した。

 

「以前は薬を入れてたんだけど、今まで何度も弾丸切れでピンチになったからね。最近はここに弾を隠すようにしたのよ」

 

 そう言うと、理子に返してもらったガバメントに、銃弾をコンバットロードする。

 

 だが、これでもまだ、3発だ。

 

「あと一撃は、僕が・・・・・・」

 

 言いながら、友哉は刀を見る。

 

 抜刀斎の時代から、敵の血で濡れた事のない刀だが、この状況では仕方がない。偉大な先祖達には申し訳ないが、仲間の命には代えられなかった。

 

 だが、決断を下そうとした友哉を、理子が制した。

 

「大丈夫だよ、ユッチー。理子もね。方法を考えてあるから」

「他に、ヒルダを倒す手段が?」

 

 尋ねる友哉に、理子は頷いて見せた。

 

「もし殺されそうになったら、相討ち覚悟で使おうと思っていたの。ただ、それを使うにはヒルダが飛び回っていたらダメだから、まず先に翼を封じたんだよ」

 

 あれほど執拗かつ陰湿な攻撃も、理子の作戦の一環だったのだ。

 

 弾丸が3発しかない以上、ここは理子の作戦に乗るべきではないか。

 

 だが、それをキンジが制した。

 

「待て、理子」

 

 言いながら、ヒルダを見やるキンジ。

 

 理子の攻撃によってズタズタにされた服を引き裂いたヒルダは、紫色のランジェリー姿になっている。その肌には、うっすらとだが、確かに魔臓の位置を示した白い刺青が見て取れた。

 

「武偵法9条を護れって言うなら、ごめんキーくん」

「そうじゃない。ヒルダのあの態度には、違和感を感じるんだ。理子が何か切り札を持っているなら、今は使うな。予定通り、4点同時攻撃で仕留めるぞ」

 

 キンジの言葉に、理子は一瞬眼を瞬かせるが、すぐに納得したように頷いた。

 

「いいよ。キーくんがそう言うなら、それに従う。けど、あと1発はどうするの?」

「それは俺に任せろ」

 

 力強く請け負うキンジは、不敵な笑みを見せながら理子の頭を優しく撫でてやる。

 

「理子、歴史上人間は、多くの不可能を可能にして来た。だから今夜は、俺が理子の為に不可能を可能にしてあげよう」

「理子の為に・・・・・・」

 

 キンジの言葉に、理子は感動したように、潤んだ瞳で見上げて来る。

 

「判った、やるよ、キーくん」

「良い子だ」

 

 最後の作戦が始まる。

 

 理子とアリアは銃を構え、キンジはヒルダを挟み込むように、2人の対角線へと走る。

 

 だが、銃を構える理子は、フラフラと体を揺らしている。体に回った毒のせいで、既に立っているのも辛い状態なのだ。

 

 そこへ、体を寄せたアリアが肩を貸す。

 

「理子、大丈夫!? 良いわ、あたしに掴まったまま撃ちなさい」

「あは・・・・・・天国で、曾お爺様に怒られちゃうな・・・・・・ホームズ家の女に、肩を借りて、戦ったなんてさ」

「あたしだって虫唾が走るわよ。リュパン家の女と助けあうなんて。ほら、しっかり立ちなさい」

「あたし、やっぱりお前が嫌いだよ」

「あら、気が合うわね。あたしもあんたが大嫌いよ」

 

 憎まれ口をたたき合いながら、互いに笑みを交わす今代のホームズとリュパン達。

 

 その間に翼以外の再生を完了させたヒルダが、再び槍を手に迫って来る。

 

「ほほッ 足りてないんじゃない。ねぇ、たった3丁で、どうしようと?」

 

 言いながら、槍を構えるヒルダ。

 

 だが、その時には既に、準備は整っていた。

 

「行くぞ、俺が合図したら、撃て!!」

 

 指示を飛ばすキンジ。

 

 その様子を、友哉と瑠香は、離れた場所で見守っている。

 

 これが最後。最早この場にあって手出しできない2人には、3人の勝利を祈る事しかできない。

 

 その間キンジは、体を大きく捻り込むように構える。ちょうど先程、ワトソンに使った螺旋(トルネード)のような構えだ。

 

「理子! アリア! 撃て!!」

 

 発せられるゴーサイン。

 

 次の瞬間、3つの銃口から3発の弾丸が一斉に放たれる。

 

 一直線に向かう弾丸は、

 

 アリアが撃った2発が、ヒルダの右胸、下腹部、理子の1発は右太股に正確に命中し、その奥にあった魔臓もろとも貫通した。

 

 だが、残り1つ、左太股の魔臓がまだ健在である。そして、1つでも魔臓が残っていれば、吸血鬼は即座に回復が可能だ。

 

 故にこそ、キンジはそこに存在している。

 

 ヒステリアモードのキンジの視線は、飛翔して来る銃弾を正確に捉えている。

 

 そして、その内、ヒルダの太股を撃ち抜いた1発。理子の放った銃弾を見据えた。

 

 右手に装備した、オープンフィンガーグローブ「オロチ」。

 

 その右手の人差し指と中指で、弾丸を挟み込む。

 

 ここまでは螺旋と同じ。

 

 螺旋の時は30度のみの偏向だったが、今回はそれでも足りない。

 

 だが、キンジは「できる」と確信していた。

 

銃弾返し(カタパルト)

 

 技名と共に、弾丸のベクトルを180度変換。推進威力はそのままに、真っ直ぐヒルダへと送り返す。

 

 その絶技を持って、ヒルダの最後の魔臓を撃ち抜く為に。

 

 次の瞬間、

 

 弾丸は狙い違わず、ヒルダの左太股を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

第10話「絶望から立ち上がる者」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。