緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第11話「天を衝く雷閃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3発の銃弾。

 

 そして、キンジの「銃弾返し」。

 

 予期し得なかった攻撃により、ヒルダは全ての魔臓を撃ち抜かれ、よろめき歩いている。

 

 ついに《紫電の魔女》を仕留めたのだ。

 

 急所全てを潰されたヒルダは、うわ言のようにルーマニア語で何かを喋っている。

 

 たかが人間と侮っていた存在に敗れたのが、よほど信じられないのだろう。

 

 キンジが宣言した通り、不可能は可能にされたのだ。

 

 だが、

 

 一部始終を見守っていた友哉は、この戦いのヒロインたる少女に目を向けた。

 

 代償は、あまりに大きかった。

 

 理子はその身に毒を受け、最早余命幾許も無い状態だ。

 

 アリアとキンジ、瑠香も同じ気持ちなのだろう。悲しげな視線を理子へと向けている。

 

 自分に向けられている4対の視線に気づいたのだろう。理子は無理やりに笑顔を作って向けて来る。

 

「や、やだなァ もう! みんな、何て顔してんのよぉー」

 

 いつものおどけた調子の理子だ。

 

 だが、そう言っている間にも体はふらつき、容体は急速に悪化して行く。

 

 もう、間にあわない。ヒルダが理子のイヤリングを弾いてから、7分近く経過している。ヒルダの話では、毒が体内に回る所要時間は10分。今からスカイツリーを駆け降りるだけでも5分以上はかかる。降りてる途中でタイムアウトを迎えてしまう。

 

 だが、それでも理子は笑って見せる。

 

 絶望の中で咲く、一輪の花のように。

 

「キーくん、アリア、ユッチー、ルカルカ、そんな顔しないで。理子はね、今とっても良い気分なんだよ」

 

 言っている間に、理子の瞳から雨粒とは違う雫が零れ落ちて来る。

 

「理子はね・・・・・・理子はね、命懸け・・・・・・そんなの、何度も・・・やってきた筈なのに・・・・・・いつから、死ぬのが怖くなっちゃったのかな・・・・・・」

「理子先輩!!」

 

 感極まった瑠香も、瞳から涙を流す。

 

 自分を可愛がってくれた先輩が、これから死んでしまう。それを手出しできずに見ている事しかできない現状が悔しくて仕方がないのだ。

 

 そんな瑠香の頭を、理子が笑顔で撫でてやると、堪らなくなった瑠香は、彼女の胸へと飛び込んで泣きじゃくる。

 

 その時だった。

 

 ピカッ

 

 突然の稲光に、アリアは大きく体を震わせる。

 

 同時に理子が、その大きな瞳を見開いて、キンジ達の背後を驚愕と共に見詰めている。

 

 振り返る。

 

 その先に、

 

「ほほほッ、ご機嫌いかが、4世さん」

 

 三叉槍を手に、悠然と立つヒルダの姿があった。

 

「そ、そんな、4つの魔臓、全てを撃ち抜いた筈なのに・・・・・・」

 

 アリアの声は、全員の心を代弁している。

 

 全ての魔臓を撃ち抜かれた筈のヒルダは、何事も無かったように、その場に立っている。

 

 撃たれた傷も、銀弾に撃ち抜かれた両太股以外は既に塞がっている有様だった。

 

「あぁ、良いわ、5人とも、とっても良い表情。特に理子、無念でしょうねぇ、命を投げうってまで戦ったのに・・・・・・ほら、御覧の通り、私は平気よ。ねぇ、今どんな気分? ほほほッ もっと悔しがりなさい。それを串刺しにするから面白いのよねェ」

 

 勝ち誇るヒルダ。その手に持つ三叉槍を大きく掲げて見せる。

 

「私は生まれつき、見えにくい場所に魔臓があった訳じゃないの。その上、この忌々しい目玉模様を付けられてしまった。だから、外科手術で魔臓の位置を変えてしまったのよ。その場所は・・・・・・実は私にも判らないのよ。手術の痕はすぐに塞がってしまったし、執刀した闇医者は始末した。そいつから、場所も聞かなかったわ。私が知っていたら、誰かにばれるかもしれないしね。答は闇の中。だぁれも知らない」

 

 ヒルダの高笑いが木霊する中、キンジは自らの違和感が杞憂では無かった事を悟った。

 

 キンジが感じていた違和感。それはヒルダが目玉の刺青を露出させても、何も慌てた様子が無かった事だ。つまり、撃たれても平気だと言う事を判っていたのだ。

 

 キンジの作戦も、理子の犠牲も、全てが無駄になってしまうのか?

 

「ああ、何て良い天気かしら」

 

 降り注ぐ雷をうっとりと眺めて、ヒルダが呟く。

 

「4世。121年前、建造中だったエッフェル塔で、私のお父様とお前の曽祖父は戦った。奇遇な物ね。双方の子孫が戦ったこの塔もまた造りかけ、でも、良い塔よ。とても高くて、気に入ったわ。まさか、当世で最も高い塔を、東洋の猿が造るとは思わなかったけど。なぜ、竜悴公(ドラキュラ)一族が、雷雨の夜、塔で戦うのか・・・・・・教えてあげる!!」

 

 言った瞬間

 

 ガガァァァァァァァァァァァァン!!!

 

 ひときわ大きな雷が掠め、周囲の視界を閃光が包み込む。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 雷が苦手なアリアが、パニックに陥って悲鳴を上げる。

 

 そんな中、ゆっくりと目を開くと、大量に立ち上る水蒸気の中に、立ち尽くすヒルダの姿。

 

「・・・・・・生まれて三度目だわ。第三態(テルツァ)になるのは」

 

 やがて、その姿がしっかりと見えて来る。

 

 その全身に雷光を纏ったヒルダ。帯電性の下着とハイヒール、タイツ以外は全て燃え尽き、ツインテールを縛っていたリボンも消失している。

 

 解かれた髪が、強風に煽られ舞っている姿は、恐怖その物だ。

 

「お父様は、パトラに呪われて、この第三態になる機会も無いまま、第二態(セコンディ)でお前達に撃たれた。私は体が醜く膨れる第二態は嫌いだから、それを飛ばして第三態にならせてもらったわ。さあ、遊びましょう?」

 

 言い放つと、体から放電するヒルダは、三叉槍の石突きを、床に叩きつけた。

 

 ただそれだけで電流が走り、床にひび割れが起こる。

 

第一態(プリモ)が人、第二態(セコンディ)が鬼なら、この第三態(テルツ)は神。帯電能力と無限回復力を以て成す、竜悴公一族の軌跡。そう、稲妻とは奇跡的にも私が受電し易い電圧の、自然現象なのよ。それは、この現象を作った神が、私を神の近親として作った証拠・・・・・・」

 

 バチバチと帯電したまま、ヒルダは三叉槍を振り下ろす。

 

 その一撃だけで、先程理子が爆破した棺桶が、中身のバッテリー装置毎吹き飛ばされる。

 

 凄まじい膂力だ。あんな物で殴られれば、ひとたまりも無いだろう。

 

「だから、もう人間の電気なんかいらないの! オーホッホッホッ! ほら、ほら、ごらんなさい! 恐れなさい! 涙を! 流して! 命乞いするのよ!」

 

 恐怖心を煽るように、手にした槍で、近くにあった柱を粉砕するヒルダ。

 

 そんな中で1人、キンジが前へと出る。

 

「理子、いや、アリア、貸してもらうぞ」

 

 そう言うと、理子の背中から、アリアの小太刀を抜き放つ。

 

 しかし、今のヒルダは触れる事ができない。斬りかかろうものなら、こちらが黒こげにされてしまう。

 

 それが判っているキンジも直接斬りかかるような事はせず、小太刀をブーメランのようにヒルダへ投げつけた。

 

 回転しながら飛んだ刃は、ヒルダのアキレス腱を切断した。

 

 が、案の定と言うべきか、傷口はすぐに塞がってしまう。キンジとしては、今の一撃で転倒して塔から落ちる事を狙ったのだが、それすら起きなかった。

 

 ニィっと口元に笑みを浮かべるヒルダ。

 

「アリアを剥製にしようと思ったけど、ごめんなさいね。もう、それはできないわ。第三態(テルツァ)の私は、触れる物全てを焦がしてしまうから」

 

 入っている内に、掲げた三叉槍の先端に雷球が形成されていく。

 

 否、あまりの出力に、雷は球状を保てず、不規則な形でうごめいているのだ。

 

「私と長時間戦ったご褒美を見せてあげる。竜悴公(ドラキュラ)家の奥伝『雷星(ステルラ)』。これでお前達を黒焼にして、並べて串に刺し、お父様への贈り物にしてやるわ」

 

 流石は、串刺し公の娘と言うべきか。言動まで父親に似ている。

 

 対して、既に手も足も出なくなった武偵達は、黙ってヒルダを見詰めている事しかできない。

 

 そんな中で、

 

「・・・・・・・・・・・・雷・・・・・・か」

 

 1人、友哉は、何かを決意したように呟くと、既に立ち上がる力も無く、蹲っている理子に目をやった。

 

「理子、切り札があるって、言ったよね」

「そう、だけど・・・・・・?」

 

 顔を上げる理子の眼に、悲壮感を漂わせた友哉の顔が映る。

 

「なら、すぐ準備して」

 

 言いながら友哉は、手にした逆刃刀を握り直す。

 

「露払いは、僕が務める」

 

 かつて、ブラド戦の折りに告げた言葉を、友哉はこの場でもう一度繰り返した。

 

 前に出る友哉。

 

 緊張の為に、心臓が止まりそうなほどの感覚に襲われている。

 

 果たして、できるか、この技。

 

 これからやろうとする技の難易度は、想像を絶していると言って良い。むしろ、不可能と言うべきかもしれない。

 

 何しろ、あの人斬り抜刀斎が、飛天御剣流の技の中で、唯一、使いこなす事ができなかった技だと言うのだから。

 

 だが、最早これ以外に、ヒルダに対抗できる手段は無かった。

 

「ヒムラ、まずはお前から黒こげになりたいみたいね」

 

 更に巨大になった雷星を向けながら、ヒルダが勝ち誇った口調で言う。

 

 対して友哉は、緊張の眼差しを隠すように刀を持ち上げて構える。

 

「何処までも愚かしい人間。その行為は神に仇なすに等しいと言う事に、まだ気付かないの?」

「さっきキンジが言った事、もう忘れたの? 不可能を可能にするのが人間だって。今度は僕が、不可能を可能にしてあげるよ」

 

 一歩も引かず、友哉は答える。

 

 その言葉に、ヒルダは苛立たしく睨みつける。

 

「良いわ、そんなに早く死にたいのなら、その望み、叶えてあげるッ」

 

 言い放つと同時に、ヒルダは、友哉に向けて雷星を放った。

 

 迎え撃つ友哉。

 

 両の足を踏ん張り、己が持つ全存在を掛けて迎え撃つ。

 

「オォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 全身から発散される剣気。

 

 大気その物がぶつかり合うような感覚が迸る。

 

 次の瞬間、友哉の刀と、ヒルダの雷星がぶつかり合った。

 

 一瞬、友哉の体が光り輝く。

 

「ユッチー!!」

 

 見ていた理子が、思わず声を上げる。

 

 まともに雷星を食らった友哉が、誰の目にも助からないであろう事は明白であった。

 

 だが、

 

 信じられない事が、起こった。

 

 雷星を食らい、立ち尽くす友哉。

 

 本来なら、黒こげになってもおかしくない筈のその姿が、

 

 尚も原形を保っているのだ。

 

 それだけではない。手にした逆刃刀が、帯電したように青白い光を放っているのだ。

 

「そ、そんな・・・・・・いったい、何なのよ、それはッ!?」

 

 ヒルダの目に、初めて恐怖が浮かぶ。

 

 自身の恃む最強の奥義を、このような形で受け止められるとは思ってもみなかったのだ。

 

「ひ、ヒムラ・・・・・・お、お前は一体、何者なのよッ!?」

 

 ヒルダの問いに、友哉は答えない。

 

 ただゆっくりと、青白く発光する刀を振り翳して構えた。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 一閃は鋭く奔る。

 

 その刀身に纏った雷光と共に。

 

「雷龍閃!!」

 

 雷閃の一撃。

 

 其れは文字通り、牙を剥く雷龍の如く、閃光を持って闇を切り裂く。

 

 ヒルダの視界が、閃光によって染め上げられた。

 

「なっ!?」

 

 絶句するヒルダ。

 

 駆け抜ける閃光。

 

 しかし。肉体的なダメージは無い。

 

 ダメージは、予期し得なかった場所に出ていた。

 

「目ッ・・・・・・目が・・・見えない・・・私の、目がッ!!」

 

 自分の両眼を押さえて、のたうち回るヒルダ。

 

 その様子を見て、

 

 友哉は、ガクッと膝を折った。

 

「な、何て、技だ・・・・・・」

 

 全身が痙攣し、今にも倒れ込んでしまいそうだ。

 

 飛天御剣流 雷龍閃

 

 緋村剣路の備忘録に、ほんの数行、やり方と効果のみが書かれていただけの技。その効果は、雷を刀身に受けて、剣気と共に反射する事により、肉体的なダメージを相手に与えるのではなく、相手の視覚を奪う事にある。

 

 ヒルダは今、一時的に視界を奪われ、盲目の状態になっている筈である。

 

 だが、その代償はあまりに大きい。ワトソンの薬によって折角回復した友哉の体は、再び自由を奪われて、身動きできなくなっている。

 

 ヒルダの雷を見た瞬間、とっさに思いついて実行してみたが、正直、二度とやりたくない技だ。

 

 だが、

 

 これで花道は完成した。

 

 あとは主演女優の出番だ。

 

「頼むよ・・・・・・理子・・・・・・」

 

 やがて、ヒルダは視界を回復させて目を開く。やはり、吸血鬼(ドラキュラ)相手では、目潰しも一時的にしか効果が無いらしい。

 

 見開かれた双眸には、憎悪の色が浮かぶ。

 

「おのれ・・・・・・」

 

 地の底から這い出すような声が、聞こえて来る。

 

「おのれおのれおのれおのれ、もう許さないわッ 消し炭にして、ズタズタに引き裂いてやるッ!!」

 

 怒り狂ったヒルダの声。

 

 先程より更に強大な雷を、召喚し始める。

 

 その時、

 

「人生の角、角は、花で飾るがいい・・・・・・あたしのお母様の、言葉だ・・・・・・」

 

 響く理子の声。

 

 その理子の手には、大きなひまわりの花束が握られている。

 

「だから・・・・・ヒルダ。お前にやるよ。お別れの、花・・・・・・」

 

 その理子の口元に、会心の笑みが浮かぶ。

 

「これは近すぎても、遠すぎてもダメだった。ベストな距離が必要だった・・・・・・」

 

 そう言うと、理子は花束を取り払う。

 

 その下から現われた、黒光りする銃身。

 

 ウィンチェスター・M1887

 

散弾銃(ショットガン)!!」

 

 これが、理子の切り札。

 

 友哉が雷龍閃で時間を稼いだ隙に、理子は最適な位置へと移動していたのだ。必殺の一撃を決める為に。

 

「クフッ 今最高のアングルだよヒルダ。素晴らしいよッ!!」

「ヒッ!?」

 

 事態に気付いたヒルダが、とっさに逃げようとするが、もう遅い。

 

 友哉が朦朧とした意識の中で、笑みを浮かべる。

 

 流石は理子。決めるべき時にしっかりと決めてくれる。

 

「・・・・・・行け・・・・・・」

 

 小さく囁かれる友哉の言葉。

 

 次の瞬間、

 

 理子の指によって、引き金が引かれる。

 

 銃身から発射される、100発以上の超小型軟鉄弾。

 

 通常の銃弾と異なり、「面」を制圧する目的で発射された攻撃。これなら、魔臓がどこにあろうと、関係は無かった。

 

「ウアァァァッ!?」

 

 全身に弾丸を受け、悲鳴を上げるヒルダ。

 

 今度こそ完全に、全ての魔臓が潰されたのだ。

 

「あっ・・・う・・・ううッ・・・・・・」

 

 ふらつき、その場に膝を折る。

 

 同時に。雷星は溶けるように槍へと戻り、ヒルダの体を通過して足元へと抜けて行った。

 

「キャァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 悲鳴と共に、燃え上がるヒルダ。

 

 無限回復力も、完全に途絶えている。

 

 炎は更に燃え盛り、ヒルダの体を包み込んで行く。

 

「あぁう・・・・・・そんな・・・・・・これは悪夢・・・・・・悪夢なんだわ・・・・・・だって、おかしいもの! ・・・・・・私が、この私が、こんな奴等に・・・・・・こんなに、ひどい・・・・・・」

 

 うわ言のように呟きながら、ヒルダはよろよろと逃げようとする。

 

 だが、燃え盛る炎のせいで、方向が見えていない様子だ。

 

「おい、ヒルダ、そっちじゃない、そっちに行くな!!」

 

 キンジが呼びもどそうとした時には、既に手遅れだった。

 

 炎によって視界を完全に奪われたヒルダは、とうとう縁から手を滑らせ、落下してしまった。

 

 450メートル下へと。

 

 遠ざかる絶叫。

 

 それが、ヒルダの残した名残となった。

 

 その声を聞きながら、

 

 辛うじて意識を保っていた友哉も、前のめりに倒れる。

 

「友哉君!!」

「友哉!!」

 

 瑠香とアリアが呼ぶ声が聞こえたが、最早友哉には、それに答える力も残っていない。

 

 そのまま、ヒルダ同様落下するような感覚に包まれ、友哉の意識は闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく・・・・・・あなた達の馬鹿さ加減と言ったら、もはやギネス級ね」

 

 苛立たしげに足を組み変え、白衣を着た高荷紗枝(たかに さえ)は言った。

 

 ここは武偵校附属病院。

 

 スカイツリーでの戦いの後、友哉は救急搬送でここに運び込まれていた。

 

 もっとも、雷龍閃の影響で、全身痙攣を起こし、腕一本まともに動かせる状態では無いのだが。

 

 連絡を受けた紗枝は、非番であるにもかかわらず、わざわざ飛んで来てくれて、友哉の治療に当たってくれた。

 

 そして現在、

 

 ベッドに身を横たえた友哉は、そのままの状態で彼女のお説教を受けていた。

 

「ほんとにもうッ どこの世界に雷を受け止めて撃ち返すなんて言う馬鹿がいるのよ。そんな人間聞いた事無いわッ」

「はあ、まあ、僕も初耳ですけど・・・・・・」

 

 苦笑しながら、力無く答える友哉。

 

 そう言う事はうちの先祖にでも言って欲しい、と思わないでもなかったが、言えば怒られそうなので黙っていた。だって、怖いし。

 

 友哉のベッドの傍らには、陣、茉莉、瑠香と言うイクスメンバー達がいる。皆、一様に苦笑を浮かべている辺り、大なり小なり、似たような気持なのは明らかだった。

 

「おいおい、姐御よぉ。その『馬鹿』の中には俺も入ってるってのかよ?」

 

 不満そうに口を尖らせる陣。

 

 だが、紗枝は鋭い目付きで、バッサリ切り捨てる。

 

「何言ってんの。アンタが馬鹿の御大将でしょうが」

「グッ」

 

 ぐうの音も出ない陣。この女に口で敵う者は、武偵校を探してもそうはおるまい。

 

 因みに、友哉が知りえない事実が、一つ存在している。

 

 そもそも雷龍閃とは、稲光が発する『光』を刀身で受け、それを剣気によって増幅、反射する事で相手の視覚を潰す技である。友哉がやったように、わざわざ雷その物を受け止める必要性は、全くない訳である。

 

 友哉が無事だったのは、たまたま、ほんの一瞬だけ、彼の剣気がヒルダの魔力をも凌駕していたからに他ならない。

 

 正に、究極の結果オーライだった。

 

「それで、先輩、あっちの方はどうなりました?」

 

 尚も言い足りないことが山ほどある紗枝だが、友哉の質問に、やや不満げながら話題の転換に応じた。

 

「・・・・・・取り敢えず、峰さんの方は無事よ。ワトソン君と矢常呂(やどころ)先生が執刀してくれたから。初期対応が良かったおかげで、何とか事無きを得たわ」

 

 あの戦いで友哉が気を失った後、キンジはワトソンに渡されていた薬で、理子を一時的に仮死状態にし、その間に武偵校の車輛科(ロジ)から救護ヘリを呼んで理子を搬送したのだ。

 

 そして救護科(アンビュラス)教員、矢常呂イリンと衛生武偵としての知識があるワトソンが共同で執刀し、どうにか理子の体を蝕んでいた毒を解毒する事に成功したのだった。

 

「で、問題は、もう一方の方ね」

 

 今度は、少し諦念の入った口調で紗枝は言う。

 

 死闘を演じたヒルダだが、

 

 驚くべき事に、友哉の雷龍閃を食らい、理子のショットガンで全身を撃ち抜かれ、全ての魔臓を潰され、雷を浴びて炎上し、極めつけは450メートル下に落下して尚、彼女は生きていたのだ。

 

 恐るべき生命力。彼女が自慢げに言っていた吸血鬼とは、決して伊達では無かったのだ。

 

 すぐに収容され、理子と同じように治療を施されたヒルダは、傷を塞ぐ事には成功したものの、銃撃と火傷、高所落下に伴う出血多量により、もはや余命幾許も無い状態になっていた。

 

「じゃあ、ヒルダさんは、もうダメなんですか?」

 

 尋ねる茉莉に、紗枝は考え込むようにしてから言う。

 

「輸血すれば、充分助かる可能性はあるわ。傷は塞いだし、普通の人間なら、とっくに死んでいてもおかしくはない状態だけど、それでも彼女は生き続けている。輸血して体力が戻れば、助かる道も開けるでしょうね」

「輸血、ですか・・・・・・」

「でも、輸血用の血液が問題でね。彼女の血液型はB型のクラシーズ・リバー型って言って、170万人に1人しか適合する人間がいないって言われているの。世界中で保存されているのはシンガポール血液センターだけ。今から取り寄せても、間にあわないのは確実よ」

「それじゃあ、ダメじゃねえか」

 

 陣は苛立ちを隠したように言う。例え敵であっても、これから死のうとしている人間がいるのに、手をこまねいている事しかできないのは、もどかしい限りである。

 

 だが、紗枝は難しそうに話を続けた。

 

「ところが、そうでもないのよ」

「おろ?」

「調べて判ったんだけど、実は峰さんの血液型が、その型にピッタリ一致するの」

 

 それは、かなり複雑で、かつ微妙な問題だ。

 

 ヒルダは理子にとって仇敵だし、自分自身を殺そうとした相手だ。

 

 今も、嬉々として復讐に走る理子の姿は、友哉の脳裏に焼き付いている。あの姿は、正に凄惨の一言に尽きた。

 

 正直、あの理子が、ヒルダの為に自分の血を提供するとは、友哉には思えなかった。

 

 結局、後味が悪い終わり方になるのか、それとも・・・・・・

 

 戦いが終わり、ベッドに身を預けながら、友哉は、見えぬ未来が、誰にとっても最良である事を祈る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経った。

 

 清々しい陽光の下、友哉は武偵病院を出て、歩き出す。

 

 スカイツリーでの戦闘と、それに伴う広域停電は落雷事故と言う事で処理され、世間は落ち着きを取り戻している。

 

 驚いたのは理子で、結局、ヒルダへの輸血に応じたのだと言う。

 

 理子にどのような思惑があったのか、推し量る事はできない。

 

 スカイツリー上の戦いが決着した事で、自分の復讐も終わったと判断したのか、あるいは、輸血を拒否する事で、自分自身もかつて自分を虐げたブラド親子と同レベルになる事を嫌ったのか。

 

 何れにせよ、後味の悪い結果にはならなかったと思っている。

 

 理子の献身の甲斐あって、ヒルダは一命を取り留めた。どうやら、順調に回復しているらしい。流石の生命力と言うべきか。

 

 意識を取り戻した当初は、ナースに噛みつこうとしたり、逃げようとしたりと大暴れしていたらしい。しかし、理子が自分を助けるために輸血に応じたと知ると、急に大人しくなったそうだ。

 

 玉藻が現在構築中の鬼払い結界とやらは、湾岸一帯に敵が侵入した場合、自動で攻撃するように仕掛けられているらしい。その結界の中に、ヒルダが入っても大丈夫のように、現在、手配中らしい。と言うのは、入院中に見舞いに来てくれた玉藻本人から聞かされた事である。

 

 その際、また賽銭をたかられたが。

 

 そして今日、ようやく動ける程度に回復した友哉は、武偵病院を退院して寮に戻る所だった。

 

 とはいっても、体はまだ本調子ではない。ようやく私生活に支障が無くなったと言うレベルの段階だ。

 

 暫くは戦闘はおろか、訓練も禁止と言い渡されてしまった。

 

 病院の前庭を抜けて、敷地外に出ようとした。

 

 その時だった。

 

「Excuseme Boy」

「おろ?」

 

 突然、横合いから英語で話しかけられ、友哉は足を止めて振り返る。

 

 そこには、仕立の良いスーツを着た、1人の外国人男性が立っていた。

 

 年の頃は、40代後半から50代前半と言ったところだろうか。外国人らしい端正な顔立ちで、どこか柔和そうな印象のある。それでいて知性を感じさせる眼差しだけは、鋭い光を放っている男性だった。スーツに包まれた体は、見た目にも鍛え上げているのが判る程、引き締まっている。

 

「失礼、君が、ユウヤ・ヒムラ君かな?」

 

 今度は、随分と流暢な日本語で話しかけられた。

 

「そう、ですけど・・・・・・」

 

 友哉は警戒しながら、相手と向かい合う。

 

 一見すると、気さくに話しかけているようにも見えるが、その内面は、まるで抜き身のナイフのような鋭い印象を持っている男性だ。

 

 まるで、そう、斎藤一馬や由比彰彦と対峙した時のような感覚に襲われる。

 

 そんな友哉の緊張を解くように、男性は笑い掛けて来る。

 

「そう緊張しなくても良いよ。今日は君に、お礼を言いにきたんだ」

「おろ、お礼?」

 

 見ず知らずの外国人男性が、どう言う繋がりで自分に礼がしたいと言っているのか、友哉にはさっぱり判らなかった。

 

「僕の名前はジェームズ。君には娘が随分とお世話になったみたいだからね」

「・・・・・・娘って?」

 

 一体何の事か判らなかった。

 

 そんな友哉に、ジェームズは更に続ける。

 

「彩夏の事さ。彼女が、君に随分と迷惑を掛けたそうじゃないか」

「おろ、高梨さんの・・・お父さん?」

 

 意外な人物の登場に、友哉は目を丸くした。こんな所で彩夏の父親に出くわすとは、思ってもみなかったのだ。

 

「ちなみに、あの娘は僕の事を何って言っていたのかな?」

「あ~・・・・・・」

 

 ジェームズの質問に対し、友哉は言い淀む。

 

 正直、ちょっと、否、かなり悪し様に言っていたのを覚えている。

 

 だが、ジェームズが期待したような眼差しで促して来ると、観念して正直に口にした。

 

「その・・・・・・『女たらしの風天親父』って・・・・・・」

 

 聞いた瞬間、ジェームズは大爆笑した。その笑い声に、思わず友哉は後ずさる。

 

「何とまあ、そんな事を言っていたのか。しかし、後半部分はともかく、前半部分は誤りかな」

「おろ?」

 

 言いながら、ジェームズは、チラッと街路樹の方を眺めて、

 

「女たらし、と言うのは、女遊びが過ぎる人間の事を言う物だ。僕は一度だって彼女達の事をないがしろにした事はないし、今でも全員を平等に愛している。そして、これからもそれは変わらないだろう」

 

 堂々と言い放った。

 

 つまり、複数の女性と関係を持った。と言う部分に関しては否定しないらしい。

 

『ああ、成程』

 

 友哉は心の中で納得した。

 

 どうも、さっきから誰かに似ているような気がしていたが、ヒステリアモード時のキンジが、歳をくったらこんな感じになるのではないだろうか、と思った。

 

 そこで、ジェームズは少し真剣な顔つきになって口を開いた。

 

「だが、あの娘の言う事も、もっともでね。僕は仕事柄、どうしても世界中を飛び回る必要があったから、そのせいでどうしても必要な時に一緒にいてやれない事が多かった。彼女の母親も、年に数回しか会えなくて、ついには死に目にもついていてやる事ができなかった。あの娘が僕を恨むのは、ある意味当然の事だろう」

 

 言ってから、ジェームズは再び友哉を見た。

 

「だからこそ、娘には良い友人や、良い仲間を持ってもらいたいと思っているのだよ」

 

 そう言うと、ジェームズは右手を友哉に差し出して来る。

 

 躊躇いがちに握り返すと、ゴツゴツとした感触の中にも、確かな温かみを感じる事ができる。誰か他人の為に、自分を削るようにして働き続けて来た人間の手だ。

 

「ヒムラ、これからも娘の事を宜しく頼むよ。私が構ってあげられなかったから、あの通り少しひねてはいるが、僕にとってはとても良い、自慢の娘だと思っている」

「それは、勿論です」

 

 友哉も笑顔で応じる。

 

「けど、一番良いのは、あなたが時々で良いから、顔を見に来てあげる事だと思いますよ」

 

 その言葉に一瞬呆気にとられたジェームズだが、すぐに笑みを含んだ顔になって頷いた。

 

「確かに、その通りだ。これからは少しでも時間を作るようにするよ」

 

 ジェームズがそう言った時、彼の背後にスーツ姿の日本人が立った。

 

「ミスター・ジェームズ。間もなく飛行機のお時間です」

「判った、すぐ行くよ」

 

 言ってから、再び友哉に向き直る。

 

「それじゃあ、ヒムラ。機会があったら、またどこかで会おう」

 

 ジェームズはそう言うと、最後にもう一度、街路樹の方を見てから車に乗り込んだ。

 

 走り去る車は、話振りから察するに、これから羽田に行き、そこからジェームズは飛行機に乗り換えるのだろう。

 

 それにしても、

 

「ジェームズさん・・・・・・か」

 

 一体、どう言う類の人間なのか。

 

 こうして僅かに相対しただけでも、並みの実力者ではない事が覗えた。

 

「・・・・・・・・・・・・で」

 

 走り去る車が見えなくなるのを見計らって、友哉は背後の街路樹に向けて言った。

 

「いつまで、そこに隠れているつもりなの?」

「・・・・・・気付いてたんだ」

 

 少し拗ねたような口調で、先程まで話していたジェームズの娘が歩み出て来た。

 

 振り返る友哉の眼に、少し複雑そうな表情をした彩夏の姿が映る。

 

「たぶん、ジェームズさんもね。それより、良かったの? お父さん、行っちゃったけど?」

 

 会わなくて良かったのか、と尋ねる友哉に、彩夏はそっぽを向いて答える。

 

「別に、あんな奴に会う必要なんてないわよ」

「良いお父さんじゃん。高梨さんの事心配して、ここまで来てくれたんだから。まあ、ちょっと女性関係はアレみたいだけど・・・・・・」

「だからじゃない・・・・・・」

 

 友哉の言葉に、彩夏は不機嫌そうに答える。

 

「あれで、本当にどうしようもない、碌でなし親父だったら、あたしだって放っておくわ。けど、あの人はあの通りの性格だから・・・・・・」

 

 優しくて、気配りもできて、何より、自分を大切に思ってくれている。

 

 だからこそ、却って母親の死に目に会いに来てくれなかった父親に対して、複雑な感情を抱かずにはいられない。

 

 思春期少女特有の、不安定な精神状態にある彩夏は、どうやら父親に対して素直になれない一面を抱えているようだった。

 

「それはそうと、」

 

 これ以上、父親の話題に触れない方がいいと思った友哉は、話題を変える事にした。

 

「よく釈放されたね」

 

 公安0課に捕まった彩夏が、この場にいる事が友哉には不思議だった。何しろ、「泣く子も黙る」と言うより、「泣く子も消せる」公安0課である。一馬の事はある程度知っているつもりだし、彩夏の立場上、日本警察も無碍にはできないだろうと踏んだのだが、まさか、こうもあっさり解放されるとは思っていなかった。

 

 最悪、とまではいかずとも、国外退去処分くらいにはなるのでは、と考えていた。

 

「言ったでしょ。あたしやワトソンには治外法権があるって。 ・・・・・・まあ、しこたま怒られたけど」

 

 その時の事を思い出したのか、彩夏は暗い顔をする。どうやら治外法権に抵触しない範囲で、こってりと絞られたらしい。

 

「あっとそうだ、忘れる所だった。緋村君、これから時間ある?」

「おろ? まあ、無くはないけど」

 

 どの道、後は寮に帰って安静にしているくらいだ。特に予定はない。

 

「あ、そう。じゃあ、悪いんだけど、ちょっとこれから付き合って」

 

 そう言うと、彩夏は路地に停めてある、自分の愛車、純白のフェラーリを指差した。

 

 

 

 

 

 彩夏の運転するフェラーリの助手席に乗り、友哉は彼女が用があると言う場所へと向かっていた。

 

 どうやら、前に戦った時のフェラーリは、警察に没収されたらしい。このフェラーリは、釈放された後に、改めて同じ型の物を買い直したそうだ。

 

 無理も無い。ガトリングガンやら迫撃砲やらミサイルやらを搭載した車が、堂々と日本の公道を走れる筈も無い。

 

 因みに、友哉が「ちょっと乗ってみたかったのに」と密かに思ったのは、ここだけの秘密である。

 

「しかし、よく、これだけの高級車、すぐに買えたね」

「別にこれくらい、どうって事無いわよ。うちって結構お金あるし。私のおこずかいでも、これくらいの車、もう10台くらい買えるわよ」

 

 事も無げに言う彩夏に、友哉は絶句する。

 

 一体、どれだけ金持なのか。そして、娘にそれだけの金を持たせるジェームズの正体はいったい何なのか。

 

 興味はあるが、何となく詮索しない方が身のためのような気がしていた。

 

「さ、着いたわよ」

 

 彩夏は、とある寮の前で、車を止めた。

 

 降りてみて、友哉は声を上げた。

 

 そこは、ついこの間、パーティをやった場所。ワトソンの部屋がある寮だったのだ。

 

「じゃ、あたし行くから。あと宜しくね」

「おろ、一緒に来るんじゃないの?」

「あ、ごめん。言い忘れてた。用があるのは、あたしじゃなくてワトソンの方なの。彼、自分の部屋にいると思うから」

 

 じゃあね、と言うと彩夏はそのまま走り去って行ってしまった。

 

 そのまま立ち尽くす友哉だが、いつまでもそこで、そうしている訳にはいかない。

 

 仕方ない。ワトソンが用があると言うなら、行って話を聞いてみよう。

 

「とは言え・・・・・・」

 

 友哉は、複雑な表情を作る。

 

 友哉はキンジと共に、ワトソンの正体を知っている人間の1人だ。

 

 今まで男と思って接してきたワトソンが、実は女の子だった。

 

 その事実を、今後自分の中でどう処理すべきなのか、友哉には決めかねていた。

 

 呼び出しブザーを押すと、ややあって付属のマイクから聞き慣れた声が聞こえて来た。

 

《はい?》

「あ、ワトソン? 緋村だけど」

《ああ、待っていたよ。入ってくれ》

 

 ロックが外され、友哉は中へと入る。

 

 廊下を通り、ワトソンの部屋の前まで来ると、扉を開けて中へと入った。

 

「やあ、ヒムラ、良く来てくれた。さ、入ってくれ」

 

 待っていたワトソンは、そう言って友哉を中に招じ入れると、リビングに置いてあるソファーに座らせた。

 

「退院できて良かったね」

「まあ、まだ本調子じゃないんだけど」

 

 苦笑しながら、友哉は紅茶を入れるワトソンの横顔を見やる。

 

 こうして見ると、やはり彼女が女の子なんだと言う事が判る。

 

 友哉自身、普段から少女めいた顔をしていると言われ、自身、若干のコンプレックスと共に、その事実を受け入れてはいるが、その友哉と比べても、やはりワトソンの容姿は一線を画しているように思えた。

 

 ワトソンが淹れてくれた紅茶を一口飲み、友哉は顔を上げた。

 

「それで、話って?」

「まず一つ。つい先日、本国のリバティ・メイソン本部から連絡があった。リバティ・メイソンは、正式に『師団(ディーン)』に加わって戦う事になったよ」

 

 極東戦役において、敗者は死ぬか、勝者の配下となる。それは条文で持決められている、正式なルールだ。

 

 そのルールの下、ワトソンと彩夏を撃破されたリバティ・メイソンは、師団陣営に着く事を決定したらしい。

 

「そっか。じゃあ、これからはお互い味方同士って事になるね。宜しく」

「こちらこそね。シャーロックを倒し、イ・ウーも壊滅させた君達が一緒だと、こちらとしても心強いよ」

 

 その話は、真実ではあるが正確ではないと思っている友哉だが、ここは否定すべき場面でもない為、謹んで賛辞は受け取る事にした。

 

「それで、他の用事は?」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 そこでワトソンは、なぜか歯切れが悪くなった。

 

 顔を僅かに赤くしながら、言い淀むように明後日の方向を向いている。

 

 ややあって、ようやく口を開いた。

 

「こ、これは、その・・・・・・個人的なお願いなんだが」

「おろ、何かな?」

「君は、その・・・・・・知ってしまったんだよな。僕が、その・・・女だって事・・・・・・」

 

 最後の方は、小さな声になりながら言った。

 

「あ~、まあ、ね・・・・・・」

 

 対して友哉は、どう答えるべきか迷い、曖昧に頷いて見せた。

 

「頼みってのは、その事、なんだけど。僕が女だって事は、皆には黙っていて欲しいんだ」

 

 やはり、と言うか予想通りの言葉だった。転装生(チェンジ)として入学した以上、周囲に本当の性別を知られる訳にはいかない。その事を危惧して、ワトソンは頼みこんで来たのだ。

 

「頼むッ この事は彩夏にすら教えていない事なんだ。もし知られたら、僕は・・・・・・」

 

 懇願して来るワトソン。

 

 アリアと言う存在を得るため。男としての自分を強要され続けて来たワトソンには、同情すべき点が多々あると思っている。

 

 だからこそ、返事は初めから友哉の中で決まっていた。

 

「勿論。君が望むなら、僕はその秘密を、お墓の中まで持って行っても良いよ」

 

 その返事に、ワトソンは安堵したように笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ヒムラ。本当に、ありがとう」

 

 そう告げるワトソンの顔は、本当に年相応の少女のように、可愛らしい物だった。

 

 

 

 

 

第11話「天を衝く雷閃」      終わり

 


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