1
朝、鳥の声と共に目を覚ます。
友哉はベッドの上で体を起こすと、調子を確かめるように、少し動かしてみた。
問題はない。思った通りに、体は動いてくれる。
スカイツリーでの《紫電の魔女》ヒルダとの戦いで、重傷と言っても良い傷を負った友哉だが、数日間安静にしていたお陰で、既に本調子を取り戻していた。
起き上がり、ベッドから抜け出す。
隣のベッドでは、茉莉と瑠香が互いを抱き合うような格好で、静かな寝息を立てている。
そんな2人の姿に微笑を浮かべながら、起こさないようにそっと寝室を抜けだす。
リビングに出ると、カーテンを開いて光が差し込んで来る。
良い天気だ。
予報ではこれから数日間、晴れの日が続くと言う。あのスカイツリーでの悪天候が、まるで嘘のようであった。
「これなら、大丈夫だろうね」
晴れ間を見上げ、満足げに呟いた。
これから2日間、学園島は特別な盛り上がりを見せる事になる。
今日から、待ちに待った文化祭が始まるのだ。
その時、友哉が起きる気配を察知したらしい瑠香が、眠い目をこすりながら寝室から出て来た。
「ゆーやくん、おあよう~」
「おはよう、瑠香。顔洗っておいで」
「あい・・・・・・」
フラフラとした足取りで、瑠香は洗面所の方へと向かう。
準備期間の間、もっとも大変だったのは1年生たちだ。
文化祭中は、外からも大勢の客が来る。中には武偵校進学を目指している小中学生の父兄や、マスコミも来る事になる。
そうした人達の心象を損ねず、平和なイベントである事をアピールする為、普段は半ば放置に近い形で転がっている物騒な代物を、全て地下倉庫などの目につかない場所に仕舞う必要があるのだ。
そして、そう言った雑用系の仕事は、武偵校では全て1年生の役割となる。
「奴隷の1年、鬼の2年に閻魔の3年」とは良く言った物で、そうした軍隊じみた制度がしっかりと根付いているのだ。この事は、途中編入の茉莉や陣はともかく、友哉やキンジなどは普通に通ってきた道でもある。
友哉自身は、この手の「階級制度」を後輩に強要した事はない。
の、だが、瑠香に言わせれば「訓練中の友哉君は鬼と言うより修羅」と言う事らしい。
そんな訳で、瑠香も例にもれず、ここ数日は手の空いている時間は雑用に奔走していた為、その疲れがまだ残っているのかもしれなかった。
こればかりは、友哉や茉莉が手を貸す事もできなかった。いくら友哉や茉莉が善意で瑠香を手伝ったとしても、周囲はそうは思わない。瑠香が上級生から特別扱いされたと見られ、風当たりが強くなるばかりか、最悪、内心に響く事にもなりかねないのだ。
そんな事を考えていると、残る茉莉が起きだしてきた。
「おはようございます」
瑠香と違い、こちらは疲労も充分に取れて、さわやかな目覚めの様子だった。
「友哉さん、いよいよですね」
「うん、茉莉も、宜しくね」
メインの出し物となる「
既に友哉も、療養の合間を縫って色々な準備を進めて来た。絶対に成功させる自信があった。
「はい、宜しくお願いします」
笑顔で答える茉莉。
彼女に頷きを返して、友哉はもう一度、青空を仰ぎ見る。
今日から2日間は、きっと楽しい時間になるだろうと言う確信があった。
2
学園島の敷地内を歩けば、あちこちにポスターが貼られているのが目に着く。
これらは
水彩画、3D、アニメ調、油絵他、様々である。
どれもジャンルの違いはあるものの、素晴らしい仕上がりである。これだけでも来場した人々を飽きさせないには充分だろう。
この2日間、学園島では時間外以外、緊急の場合を除く車両の乗り入れは殆ど禁止となっている。
都内から見物客が訪れる関係で島中が人でごった返す為、外周道路以外は全て歩行者専用となるのだ。
既に、客が入り始めているらしく、一般人と思しき人たちの姿もあちこちで見る事ができた。
2年A、B、C組+アルファで行われる「変装食堂」は学食を借り切って行われる。
この日の為に学食は綺麗に掃除され、一般レストランさながらの飾り付けも行われていた。
学食は100人以上が一斉に食事ができる程の広さを持っているが、3クラス合同となると、100人以上の人数になる。そうなると給仕の人間だけで混乱してしまう恐れがある為、シフトを整備し、「1日目の朝から昼過ぎまで」、「1日目の昼過ぎと2日目の朝」「2日目の昼から最後まで」と言う風に、3交代制が組まれたのだ。
イクスやバスカービルは、1日目のみのシフトとなっている。
「食堂」もさることながら、「変装」もまた、学生達にとっては大事な要素の一つである。
これは、ただコスプレをすればいい、と言う訳じゃない。変装潜入する際の技能評価も同時に行われる為、指定された存在に成りきる必要があるのだ。
そして、その評価を行うのが、
友哉も(魂の底から不本意な事ながら)メイド服に着替え、服装チェックの列に並ぶ。
この服装チェックに不合格となると、不名誉な厨房係りに回される事になる上、内申にも響いてしまう為、皆、必死に自分の役に成りきる事に専念していた。
自分の順番が来るまでは、文字通り、生きた心地がしなかった。
やがて、蘭豹が立ち尽くす友哉の前へと立つと、品定めをするように、頭のてっぺんからつま先まで、じっくりと眺め始めた。
その間友哉は、呼吸すら忘れて立ち尽くしていた。
蛇に睨まれた蛙。と言うのを、じかに体験した気分だった。
やがて、蘭豹は重々しく口を開いた。
「緋村」
「は、はい・・・・・・」
恐怖で声が裏返らないようにするのは一苦労だった。
「お前、ほんまに男か? なんやら、どう見ても女子にしか見えんで」
「は、はあ、自分でも時々、自信が無くなります」
「まあ、ええわ。合格や。フロアに入り」
「あ、ありがとうございますッ」
気付かれないように、ホッと息をついた。
フロアに入ると、野球選手の恰好の陣、文学少女風の衣装を着た瑠香、ミニ和服メイド姿の茉莉が、友哉が来るのを待っていた。
どうやら、イクスメンバーは全員、合格サインを貰ったらしい。
「お疲れさん、友哉」
「ほんと、疲れたよ。もう、このまま帰って寝て良い?」
「いやいや、まだ始まったばっかりでしょ」
戦兄の疲れ切った言葉に、瑠香は苦笑する。
蘭豹の服装チェック、と言う名の尋問は、それほどまでに神経をすり減らす物だった。
「どうぞ、友哉さん」
そう言って、茉莉が用意した水筒からスポーツ飲料を汲んで友哉に渡して来た。用意の良い彼女らしい気遣いだ。
「ありがとう」
礼を言って受け取ると、中身を一気に喉へ流し込む。
不毛の荒野の如く乾き切った友哉の喉は、その一杯で、緑地へと戻った気分だった。
それにしても、
友哉は改めて、茉莉の格好を見た。
見た目和服なのだが、裾は股下1センチ付近で大胆にカットされ、白く細い太股やふくらはぎが露出している。
正直、今回の「変装」の中では、群を抜く煽情さを誇っていると言って良い。これに比べたら、スカートの短さで有名な武偵校の制服も、普段着と変わらないだろう。
「友哉さん?」
「・・・・・・おろ?」
声を掛けられ、友哉は我に帰った。つい、茉莉の恰好に見惚れてしまっていたようだ。
「どうか、しました?」
「い、いや、何でもない。何でもないよ」
そう言ってごまかす友哉。
だが、
「あ~、友哉君、今、茉莉ちゃんの事、やらしい目で見てたでしょ!!」
ズビシッ と音がしそうなくらいに、瑠香に指を差され指摘される友哉。
因みに、事実である為、否定もできない。
「あ、え~と・・・・・・」
友哉が恐る恐る振り向いて見ると、茉莉は恥ずかしそうに顔を赤くして、心なしか距離を置こうとしている。両手は着物の裾に当て、必死に引っ張って足を隠そうとしていた。
「ゆ、友哉さん・・・・・・」
「い、いや、茉莉、違うんだ!!」
この場合、言い訳すればするほど、立場は悪い物となる。
見渡せば、周囲に入る女子達もヒソヒソと話しながら、友哉達の方をチラ見していた。
「何だ、友哉、青春真っ盛りって奴だな!!」
慰めているのか、面白がっているのか? 恐らく後者であろう陣が、そう言って、友哉の肩に腕を回して来る。
そこへ、服装チェックを終えたらしい蘭豹がやってきた。
「おらガキどもッ いつまでイチャラブっとる!? もうすぐ開店時間やでッ!!」
蘭豹の発破を受けて、一同は蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの持ち場へと走って行く。
いよいよ、学園祭の始まりだった。
滑り出しは好調だった。
厨房係りを初めから選任されている者達は、予めメニューの料理を練習してこの日に備えていた為、来店した一般客達にも味の方は好評であった。
また、学生達にとっては真剣そのものと言える変装も、一般客達から見れば、それぞれに個性の出たコスプレに見える。それがまた、人気を呼ぶ要因にもなっていた。
因みに、蘭豹の服装チェックに引っ掛かった者が2名いた。
1人は消防士の格好をした武藤剛気。理由は「命を掛けて仕事する消防士に、そんなヘラヘラした奴はおらん」との事。
もう1人は、巡査の格好をしたキンジ。理由は「そんなネクラそうな目付きのポリ公はおらんやろッ」との事だった。
2人とも、仲良く拳骨を食らって、厨房へと蹴り込まれていた。
武藤のヘラヘラした態度はいつもの事なので、これはまあ仕方ない。が、キンジの目つきは生まれつきなので、どうしようもない気がするのだが。
しかし、蘭豹の横暴に対し、蟷螂の斧を振るおうと言う勇者は誰もいない。
誰もが、自分に矛先が向かなかった事に安堵するだけで精一杯なのだ。
友哉は給仕の手を止めて、周囲を見回している。
今の時間、イクスとバスカービルのメンバーは、ほぼ全員入っている。いないのはSSRの方で、別件のイベントを掛け持ちしている白雪くらいだ。
アリアは小学生姿に諦めを付けたのか、半ば淡々と作業をこなしている。
科学研究員姿のレキは無表情のまま給仕をし、客をドン引きさせている。
文学少女瑠香は、清楚な恰好をしていても持ち前の快活さは隠しきれないらしく、心持ち長いスカートを大胆に揺らして、給仕に飛び回っている。
茉莉も、短い着物の裾を気にしながらも、無難に給仕を行っていた。こちらも、自分の格好を過剰に気にするのはやめたようだ。
目を転じれば、子供達の溜まり場ができているのが見える。その中心に入るのは陣だ。どうやら野球のユニフォームを着ている関係で、本物のプロ野球選手だと思われているらしい。本人も満更では無いらしく、ポーズをとってサービスしている。
そして、理子。
ガンマンの格好の理子も、持ち前のハイテンションを発揮して店内を盛り上げるのに一役買っている。
どうやらヒルダによって注入された毒は、完全に消え去ったらしい。普段通り、明るい理子の様子に戻っていた。
あのスカイツリーで見せた、凄惨な復讐者としての一面が、まるで幻であったかのように。
だが、それで良いのだと、友哉は思う。
ブラドを倒し、ヒルダを倒した事で、理子の復讐は本当の意味で終わったんだと思う。
これからはバスカービルメンバーとして、そして友達として、この武偵校で同じ時間を過ごして行ってくれる事を、友哉は心の底から願っていた。
その時、
「ねえねえ、そこのメイドさん!!」
横合いから、声を掛けられた。
因みに、今のシフト時間でメイドの恰好をしているのは友哉だけである。間違えようは無かった。
思索をやめた友哉は、営業スマイルを作って振り返る。
「お呼びでしょうか、ご主人様?」
すぐにこのような対応ができるまでには、友哉も割と努力した方である。何しろ、立ち居振る舞いまで完璧を求められているのだ。これくらいは呼吸をするように出来なくては話にならない。
友哉を呼んだのは、同年代くらいの少年だった。制服を着ていない事から、校外の生徒だと判る。
「ご用は何でしょうか、ご主人様?」
優雅に一礼しながら、尋ねる友哉。
対して少年は、品定めするように友哉の姿を見てから、笑みを覗かせる口を開いた。
「いや、用って程じゃないんだけどさ・・・・・・」
じゃあ呼ばないでほしい、と割と切実に思う。何しろ、こっちは暇じゃないのだから。
昼が近くなり、客は徐々に増え始めている。冷やかし目的の客に構っている暇はないのだ。
だが、そんな友哉の心中を一切察する事無く、少年は勿体付けたように言う。
「あのさ、君、シフト何時まで?」
ようやく本題に入った様子で、少年が尋ねて来る。
「質問の意味がよく判らないのですが」
「だからさ、仕事終わったら、遊びに行かないかって言ってんの」
そこでようやく、友哉は合点がいった。
この少年は、友哉をナンパしているのだ。
悟ると同時に、心中で暗澹たる気持ちになる。
何が悲しくて、男の身分で女装した揚句、男からナンパされなくちゃならんのか。
前にカジノ警備の折り、仕立屋メンバーの杉村義人からナンパされた事もある友哉であるが、こうも立て続けに同じ目に会うと、世の中の男どもの目はどんだけ腐ってるんだろう、と勘繰りたくなってくる。
深呼吸を、ひとつする友哉。
大丈夫。この手の事が起こる事は想定の範囲内だ。
毎年何人かは、この手の猛者がいる物である。一体自分が今どこにいるのか、と言う事を考え直してからやってほしいとは、切に願う次第ではある。
ここはある意味、無法者養成所とも言うべき武偵校である。下手をすれば、明日の朝、東京湾に、身元不明の死体が一つ浮かぶ事になりかねないのに。
友哉は眼を開けて、真っ直ぐに少年を見返して言った。
「失礼ですが、ご主人様」
「へ?」
落ち着き払った友哉の声に、ナンパ少年はキョトンとした顔をする。
その顔に、友哉は特大の爆弾を投げつけてやった。
「ご主人様には、男色のケがおありですか?」
笑顔で発せられる言葉。
対して少年は、一瞬、友哉が発した言葉の意味を理解する事ができなかったらしい。
「あ、あの・・・・・・何言ってんの?」
戸惑う少年に、友哉はスカートのポケットに入れておいた武偵手帳を取り出すと、あるページを開いて見せた。
「申し遅れました。わたくし、こういう者でございます」
友哉が示したページ。
それを見て、ナンパ少年はギョッとした。
そこには、友哉のバストアップ写真と共に、名前、年齢、性別などが書かれている。当然、張ってあるのは普段通りの姿の写真である。
「お、お、おと、こ?」
震える男に対し、友哉はニッコリ微笑んで頷いて見せる。
男のくせに男をナンパしてしまった。そっち方面の趣味がある人でもない限り、このショックは大きいだろう。
「し、ししし、失礼しましたー!!」
脱兎の如く席を飛び出すと、そのまま一目散に駆け去って行ってしまった。
それを見て、友哉はフンスッと鼻息を荒くした。
あの手の迷惑な客を叩きだすのも、ある意味業務の一環である。これで暫くは、この「変装食堂」の者をナンパしようと言う不埒者は出ないだろう。
その時だった。
「おーい、ユッチー!!」
理子に呼ばれて振り返った。
「どうしたの?」
「何かさ、ユッチーをご指名のお客さんだよ。窓際のとこ」
「おろ?」
指名、と言う事は、知り合いでも来ているのだろうか。
思い当たるとすれば、従姉の
だが、元武偵の彩の事だ。独自の情報網を駆使して、今日の事を察知した事は充分に考えられる。
『やだなあ・・・・・・』
心の中で深いため息をつくが、指名があった以上、無視する事もできない。
「御指名、一名様入りま~す」
無駄にハイテンションな理子の声に背中を押されて、友哉は仕方なく窓際の方へと向かう。
指定されたテーブルまで来ると、友哉は座っている相手に深々と頭を下げた。
「御指名ありがとうございます。ご主人様」
頭を上げる友哉。
そこで、
絶句した。
「なかなか良い店だな」
「・・・・・・・・・・・・」
「だが、給仕が来るのが遅い。もう少し対応は早くすべきだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
「ん、どうした、何を突っ立っている?」
「・・・・・・・・・・・・」
相手の言葉に答える事もできず、友哉は眼を見開いたまま、口をパクパクと開閉している。
あまりの衝撃に、声の出し方すら忘れてしまったのだ。
なぜなら、
指定された席には、
警視庁公安部第0課特殊班刑事、斎藤一馬巡査部長が煙草を吹かして座っていたのだから。
「ちょッ ・・・まッ ・・・なッ ・・・あッ ・・・こッ ・・・いッ・・・」
「『ちょっと待て、何であんたがこんな所にいるんだ』と言われても、非番だから、としか言いようが無いんだが」
「いや、今ので判るアンタもスゲェよ」
と、突っ込みを入れたのは陣。
一馬は目を細めながら、友哉の格好を見て、
「フッ」
「あ~、鼻で笑ったァ!!」
羞恥の為に、顔を真っ赤にして激怒する友哉。
「はいはい、どうどう、ユッチー、落ち着いてね~」
「ダメだよ、緋村君、チップは弾んでくれたんだから。サービスはしっかりしないと」
そんな友哉を、理子と、パイロットスーツ姿の不知火亮が止めに入る。
「だってこいつがッ!!」
バコンッ
抗議しようとする友哉の鼻っ面に、メニューボードが叩きつけられた。
「つべこべ言ってないで、さっさとメニューを取って来なさい。グズグズしてると風穴開けるわよ!!」
と、小学生姿のアリアに急き立てられて、友哉は渋々一馬の下へ行く。
「それで、ご注文は何でしょうか?」
「蕎麦は無いのか? かけ蕎麦があれば文句は無いが」
「ございません」
て言うか、こんな所で蕎麦頼むな不良警官ッ
と叫んでやりたい所を、グッとこらえる友哉。
対して、一馬はわざとらしくフッと息を吐いて見せる。
「使えん奴だな」
「ウググググググググググググッ」
歯をガリガリと噛み鳴らす友哉を無視して、一馬はメニューを眺めていく。
「仕方が無い。このケーキセットを頼む」
「ハッ 甘い物を食べる柄な訳?」
ボソッと呟いた友哉の言葉に、一馬は目を細めた。
「し、失礼しました~」
「ほ、ほら、友哉さん、早くメニューの品、取って来ましょうッ そうしましょうッ」
そんな友哉を、瑠香と茉莉は拉致するような勢いで抱え上げ、そのまま厨房の方向へと担いで去っていった。
~大体10分後~
「・・・・・・・・・・・・どうぞ」
思いっきりドスの効かせた言葉と共に、ケーキとコーヒーのセットをテーブルに置く友哉。
それに一瞥をくれてから、一馬はコーヒーのカップを手にとって口に運んだ。
「それにしても、」
コーヒーを飲みながら、視線を友哉に向ける一馬。
「そんな格好して、恥ずかしくないのか、お前?」
「放っといてくださいッ!!」
眼に涙をいっぱい溜めて抗議する友哉。
そのまま、自分自身を落ち着かせる為に、一馬の対面に腰を下ろした。
「・・・・・・それで?」
スカートにも構わず思いっきり足を組んで、テーブルに肘をついている。この男の前で、これ以上礼儀を取り繕う必要性を、友哉はミジンコの足先程も感じていなかった。
鋭い視線を一馬に向ける。
「何だ?」
「惚けないでください。あなたがうちの学園祭を楽しむ為だけに、わざわざこんな所に来たりはしないでしょ」
一馬が今日、わざわざ学園島に来たのには、理由があると友哉は踏んでいた。
何しろ、傭兵として加わった仕立屋を含む、リバティ・メイソンと激突したのは、ついこの間の事である。(ちなみに、あの時の戦闘痕周辺は工事中と言う事で一般人の立ち入りを制限している)
あの戦いに参加した一馬が、たかが学園祭の物見遊山に来た筈は無かった。
「成程、おかしな格好してる割には鋭いな」
「
これ以上そのネタで弄るなら斬る。
友哉が眼光でそう告げると、一馬は鼻を鳴らし、それでいて全く恐れた様子も無く本題に入った。
「極東戦役の開戦を受けて、政府は重い腰を上げたぞ」
「と、言うと?」
「公安に大命が下った。今回の戦争は主戦場がこの国になる事は間違いなさそうだからな」
言いながら、一馬は視線を、小学生の恰好をしたアリアに向ける。
その視線の意味には、友哉も気付いている。
彼女の中にある緋弾。それが今回の戦役における、争奪戦のメインになると考えられている。この間戦ったヒルダも、緋弾の奪取に躍起になっていた事から考えれば、それは明白である。
つまり、こうも考えられる。現在、緋弾を持つのはアリアである。ならば、そのアリアのいる場所が、戦場になるだろう、と。
「現在、警察庁では0課を含めて、この件に関する特殊部隊の編成が進められている。目的は被害の拡散防止と、危険人物の即時排除。勿論、」
鋭い視線が、友哉を射抜く。
「俺もメンバーに含まれている」
「・・・・・・・・・・・・」
「忘れるな。俺達は誰の味方もしない。
悪即斬の名の下に。
一馬と友哉の視線は、空中で激しくぶつかり合った。
「・・・・・・・・・・・・良いですよ」
ややあって、友哉は重々しく口を開いた。
「僕達は僕達の信念に従って戦うだけです。それが公安にとっても、決して不利益にはならないと信じていますから」
だが、もし敵対する事になったのなら、
その時は容赦しない。自分も全力で戦う。
友哉の眼はそう告げていた。
対して一馬は、(この男にしては誠に珍しい事ながら)、愉快そうに口を歪めて笑みを見せた。
「良いだろう」
そうなったらなったで、面白い話である。と、一馬は思っていた。
「だがな、一つ言っておくぞ」
「おろ?」
キョトンとする友哉に、一馬は底意地の悪い笑顔で言った。
「お前、その格好で凄んでも、全く迫力無いぞ」
「だから放っといてくださいってばッ!!」
涙目で猛抗議するメイド少年。
その時だった。
「風穴落としィィィィィィ!!」
ドッカァァァァァァン
聞き慣れたアニメ声と共に、轟音が変装食堂内に木霊する。
見れば、どうやら不名誉な厨房作業から脱したらしいキンジが、アリアにパイルドライバーを掛けられていた。
小学生が巡査にパイルドライバーを掛ける。これほどシュールな光景が他にあろうか?
掛けられたキンジは、床板を突き破り、首まで突っ込んで悶絶している。
「愉快な食堂だな。動物園か、ここは?」
「・・・・・・・・・・・・」
皮肉たっぷりの一馬の言葉に、友哉は何も答える事ができず、頭痛のする頭に手を置いた。
3
どうにか一日も終わり、寮へと戻ってきた頃には完全にくたくただった。
友哉は帰ってくるなり、自分の身をソファへと投げ出す。
「やれやれ・・・・・・」
何だかんだで、大変な一日だった。
精神的な疲労も半端ではない。これなら普通に戦った方がまだマシだった気がする。
それにしても、警察が本腰を上げて、極東戦役介入を決めて来るとは思わなかった。
いや、彼らにしてみれば、一般市民の生命の財産を守る事が使命でもある。この決定は妥当な物なのだろう。
師団、眷属、仕立屋、無所属、日本警察。
これからの戦い、想像以上に複雑かつ、泥沼化して行く事は避けられないだろう。
そのような中で、友哉は仲間と共に戦って行かなくてはならない。
「・・・・・・・・・・・・やって見せるさ」
傍らに置いた逆刃刀を見ながら、友哉は呟いた。
今回戦ったヒルダや彩夏も強敵だったが、それでも、多くの仲間達と戦って勝利を得る事ができた。
友哉1人の力は、小さな物なのかもしれない。だが、仲間達と共に戦えば、きっと戦いぬく事ができるかもしれないと考えていた。
「友哉さん?」
名前を呼ばれたのは、その時だった。
顔を上げると、自分の部屋から出て来た茉莉が、こちらを見ているのが見えた。
「ああ、茉莉、ただいま」
言ってから、友哉はある事を思い出した。
そう言えば明日、彼女とデートする約束をしていたのだった。
忘れていた訳ではないが、今日1日で色々あり過ぎた為、失念してしまっていたのだ。
「お帰りなさい。お疲れでしょう。瑠香さんが食事の用意をして行ってくれましたので、すぐに用意しますね」
「その瑠香は?」
戦妹の姿が無い事を不審に思った友哉が尋ねる。茉莉が帰って来ているのだから、てっきり一緒だと思ったのだが。
「明日の出し物の準備だそうです。今日は少し遅くなるみたいですよ」
瑠香は変装食堂以外にも、自分のクラスの出し物の手伝いもしている。その準備があるのだろう。
茉莉は食事の準備をしようと、キッチンに向かい掛けて、足を止めた。
「あ、あの、友哉さん・・・・・・」
「おろ?」
声を掛けられ、友哉は再び顔を上げる。
一方の茉莉はと言うと、なぜか顔を赤くして、俯き加減でこちらを見ていた。
「あ、あのぉ・・・・・・す、少しだけ、待っていてもらえ、ますか?」
「? 構わないけど・・・・・・」
疲れてはいるが、別に食事を急ぎたい訳じゃない。むしろ、もう少しゆっくりしていたいと思っていたところだ。
「それじゃあ、失礼します」と言い残し、茉莉はなぜか、再び自分の部屋へと戻って行った。
怪訝に思いながらも、友哉が待つ事10分少々。
部屋から出て来た茉莉を見て、友哉は思わず絶句した。
そこには、変装食堂で使った和服ウェイトレス姿の茉莉が立っていたのだ。
「ま、茉莉・・・・・・」
「ど、どうですか?」
絶句する友哉に、茉莉もオズオズと尋ねる。
恥ずかしくて堪らないのだろう。その顔は、普段見られないくらいに真っ赤になっていた。
着ている物は和服のように、生地が多く、袖や襟はゆったりとしていると言うのに、裾は大胆にも股下1センチまでカットされ、太股やふくらはぎが露出している。
そのミスマッチ感が、思春期の少年の心を、否が応でもくすぐって来る。
しかも、茉莉は普段はとてもおとなしい少女だ。その大人しい少女が、このようにエロチズムを伴う格好をしている。これで何の反応もしなければ、その人物は男では無かった。
「う、うん、可愛い、よ。けど、何で今?」
その格好をするのか、と問う友哉に、茉莉は顔を俯かせたまま答える。
「だって・・・友哉さんが。可愛い、て言ってくれました、から・・・だから・・・」
変装食堂の業務中に着た衣装であるが、あの時は武偵校の生徒や一般客の人達もいた。
だが、茉莉はどうしても、友哉の為だけに、この格好をしてみたいと思っていたのだ。
幸いな事に、今は瑠香もいない。茉莉にとっては千載一遇の機会だった。
そんな茉莉に、友哉は優しく笑い掛ける。
「うん、とっても似合っているよ。どうだろう、いっそのこと、これからはそれを普段着にしない?」
「い、イヤです。恥ずかしいです・・・・・・」
そう言って俯く茉莉。だが、すぐにからかわれたと気付いて、顔を上げた。
案の定、友哉は可笑しそうに笑っている。
「もうッ 友哉さんッ」
「あはは、ごめんごめん」
そう言って笑う友哉。
つられるように、茉莉の顔にも笑顔が浮かんだ。
第12話「スマイルは有料です」 終わり