緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第13話「クロスハート・イン・フェスタ」

 

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所に、教務課(マスターズ)裏手を指定したのは、成功と失敗、双方の要素を孕んでいたと友哉は思っている。

 

 『混雑を避けるため、すぐに思いつきそうな待ち合わせ場所は使用不可』と、教務課から事前通達があった為、目立つような場所で待ち合わせる事もできない。

 

 教務課(マスターズ)と言えば、目立つという意味では武偵校でも屈指であると同時に、暴力教師共との遭遇率も高い。それを考えれば、誰もここを待ち合せにする者はいないだろう。その代わり、友哉自身が教師と遭遇する可能性がある事を考えれば、賢い選択とは言えないだろうが。

 

 つまり、誰も思いつかない待ち合わせ場所であると同時に、待っている間は、それはそれは、恐怖心で胃が病みそうな感覚に耐え続けなければならないのだった。

 

「遅い・・・・・・な」

 

 友哉は腕時計を確認しながら呟いた。

 

 既に15分近く、この場に立って待ち人が来るのを待っている。

 

 あまり時間を掛け過ぎると命にもかかわる為、早く去りたい一方で、ここを動く訳にもいかないと言うジレンマに身が焦がされそうだった。

 

 どれ程そうしていただろう。

 

「す、すみませんッ」

 

 待ち人の声に、友哉は安堵の溜息と共に振り返った。

 

 友哉の視界の中に、息せき切って走って来る茉莉の姿が映った。

 

 茉莉は友哉の元まで来ると、膝に手をついて息を整える。

 

「す、すみません、友哉さん。出がけに瑠香さんに捕まってしまいまして・・・・・・」

「おろ、瑠香が、どうかしたの?」

「いえ、それが・・・・・・」

 

 息を整えて、茉莉は顔を上げる。

 

 その顔には、いつもより入念に化粧をしており、髪には普段付けないよう無髪飾りをしている。ショートポニーを結っている青いリボンも、普段はしていない物だ。

 

 「おしゃれできる範囲で気合を入れて来た」と言う感じである。

 

「この間、瑠香さんに今日の事を相談したんですが、そしたらさっき、部屋を出ようとした時に呼びとめられて、それで・・・・・・」

 

 それで、友哉はだいたいの事情を察した。

 

 ファッションに拘りのある瑠香の事だ。恐らく気合を入れて茉莉の事をコーディネートしたのだろう。

 

 それならば、これほどの時間が掛った事も頷ける。

 

「とっても、似合っているよ。すごく、綺麗だ」

「あ、ありがとうございます」

 

 そう言って、嬉しそうにはにかむ茉莉。

 

 その仕草は、普段日本刀を振るい、韋駄天の如く戦場を駆け巡る少女剣士の姿は連想できない。どこにでもいる女子高生の姿が、そこにはあった。

 

「それじゃあ、行こうか」

「はいッ」

 

 誘うように言う友哉に、茉莉は笑顔で頷きながら、着いて行く。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 茉莉が何事かに気付いたように、声を上げた。

 

「おろ、どうかした?」

「い、いえ、何でもない、です」

 

 慌てて首を振ると、駆け足で友哉に追いついて来る。

 

 だが、友哉は気付いていた。

 

 茉莉が何かを求めるように、自分の手を眺めていた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 客として回る学園祭は、スタッフとして参加する場合とは、また違った風景が味わえる。

 

 普段は運動に使われる校庭には、様々なジャンルの屋台が立ち並んでいる。

 

 特に食品関係の屋台が軒を連ねている場所では、近くを通るだけで香ばしい匂いが漂って来て、否応なく食欲がそそられる。

 

 イベントも豊富である。

 

 諜報科(レザド)棟では、この日の為に簡易アトラクションが建設され、我こそは、と思う者達が長蛇の列を成している。

 

 車輛科(ロジ)ではヘリコプターのコックピットに座るイベントが催されており、子供達に大人気を博している様子だ。

 

 装備科(アムド)では、古今の銃火器を集めて展示した「世界の銃器展」が開かれ、一般客のガンマニアが殺到しているらしい。

 

 探偵科(インケスタ)では推理力を用いたクイズ大会が行われ、多くの人達が用意された難問に挑んでいる。

 

 衛生科(メディカ)では、救急時の応急措置講習が行われている。イベントとしては地味だが、こう言う真面目な催しも中には必要である。

 

 通信科(コネクト)情報科(インフォルマ)は、共同で自作アニメの上映会が行われ、子供達の好評を呼んでいる。

 

 狙撃科(スナイプ)では、訓練用のスナイパーライフルを用いた射的大会が景品付きで行われ、大盛況の様子だ。

 

 他にも超能力捜査研究科(SSR)では占いの館が開かれ、朝から長蛇の列を成している。

 

 特に大人気なのは、特殊捜査研究科(CVR)生徒によるミュージカルで、本場劇場並みの価格がするチケットが、飛ぶように売れているそうだ。

 

「茉莉は、何か見てみたい物とか、ある?」

「そうですね・・・・・・」

 

 並んで歩く茉莉は、パンフレットに目を落として思案している。

 

 唸りながら、手にした髪と睨めっこをしている。多分、目移りして決めかねているのだ。

 

 色々ありすぎて、1日じゃ回りきれないだろう。

 

「あ、これなんて、面白そうじゃないですか?」

 

 そう言って、茉莉はパンフレットに書かれているイベントの1つを指差した。

 

 そこには「輪廻の館」とあった。

 

 超能力捜査研究科(SSR)のイベントの一つで、何でも特定の人物との相性を占ってくれるのだとか。

 

「ふぅん」

 

 茉莉も、こう言う占いめいた物が好きなのか、と、友哉はちょっと意外な面持になった。

 

「だめ、ですか?」

 

 上目使いに聞いて来る茉莉に、友哉はニッコリと微笑む。

 

「良いよ、行こうか」

 

 そう言うと、2人はSSR棟の方へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 やはりと言うべきか、行った先にも長蛇の列ができていた。

 

 輪廻の館に来店した者達の中には、武偵校の制服を着た生徒もいるが一般客も多く、大盛況である事は間違いないようだった。

 

 それでも並んで、根気良く待つ事30分。ようやく、友哉達の番が来た。

 

「次の方、こちらへどうぞ」

 

 頭から布を被り、口元も覆った女子生徒が、中へと誘う。どうやら、アラビアンナイト風の衣装を模しているようだ。

 

 古今東西の超能力や魔術の研究を行うSSRでは、宗教の違いと言う者は特に関係無いらしい。普段から、大仏様の銅像の隣にコーランの経典が置かれ、その隣には十字架のロザリオが放置されている、と言うような事が平然と行われているのだ。

 

 そんな訳で、このアラビアンナイト風の占いの館も、見慣れている人間には特に違和感のないものであった。

 

 入って見ると、中には暗幕が何重にも張り巡らされ、前はおろか周囲すら見回す事ができない。案内がいなければ、それだけで迷ってしまいそうだ。

 

「こちらです」

 

 やがて、教室中央と思われる、開けた場所へと通された。

 

 中央には、やはりアラビアン風の、少し豪華な衣装を着た女子生徒が、水晶玉を覗き込んでいるのが見える。どうやら彼女が、この輪廻の館の責任者であるらしい。

 

「人は、輪廻転生を繰り返すごとに、様々な出会いを繰り返す事になります。今生の出会いは偶然では無く、その根元には、必ずや別の時、別の場所での出会いが関係している物なのです」

 

 そう言って前置きすると、2人に座るよう促した。

 

「それで、今日はどのような事を占いますか?」

「あの・・・・・・」

 

 チラッと、友哉の方を見る茉莉。

 

 それで相手は、どうやら事情を察したらしい。

 

「成程。そちらの方は、彼氏さんですか?」

「あ・・・・・・」

「いえ、そう言うんじゃないです」

 

 先回りするように答えた友哉に、茉莉は不満そうに頬を膨らませる。

 

 そんな様子が可笑しかったのか、アラビアン少女はクスクスと笑って、目の前の水晶玉に手を翳した。

 

「判りました。では、見てみましょう」

 

 そう言うと、何やら聞き取れない言葉でぶつぶつと呟き始めた。

 

 真剣な眼差しで、その様子を見ている友哉と茉莉。

 

 ややあって、アラビアン少女は顔を上げた。

 

「・・・・・・成程。お二人は、随分と複雑な(えにし)で結ばれているようです。・・・・・・これは、お二人の過去・・・・・・いえ、違いますね。恐らく遠い先祖同士が、接触を持っていたのだと思います」

 

 更に続いて行く。

 

「・・・・・・・・・・・・道を探す者と、道を示す者・・・・・・2人はぶつかり合い、やがて決着・・・・・・一方は道を探す為に去り、もう一方は、道を極める為に更なる闘争へ・・・・・・」

 

 淡々と告げられる言葉。

 

 正直、アラビアン少女が何を言っているのか、聞いていても友哉と茉莉にはさっぱり判らなかった。

 

 結局、何一つとして判らないまま、2人は首を傾げるようにして輪廻の館を後にした。

 

「さっきのは、どう言う事だったのかな?」

「私にも、よく判らないんですけど・・・・・・」

 

 屋台ブースの方へ向かいながら、2人は先程の占いの結果を反芻している。

 

「私の先祖と、友哉さんの先祖が、過去に会っていて、戦った事もある、と言う事でしょうか?」

「そのまま受け取れば、そう言う風に解釈できるよね・・・・・・」

 

 元々、S研的な事には疎い2人である。考えても答えなど出る筈も無かった。

 

「まあ、占いなんて、取りようによってはどうとでも取れるんだし。あんまり気にしても始まらないよ」

「そうですね」

 

 喋っている内に、2人は屋台ブースのすぐ近くまで来ていた。

 

 時間的には、まだ10時半前。昼食をとるには、中途半端な時間帯である。

 

 それでも、目の前に軒を連ねた屋台があれば、入って行って何か食べたくなるのがお祭り精神と言うものである。

 

「軽く、何か食べようか。昼前だけど」

「良いですね」

 

 茉莉も応じると、2人は校庭の中へと足を踏み入れる。

 

 麺や小麦粉、米が焼ける香ばしい匂いが、否が応でも漂ってくる。

 

 時間的にも中途半端であるせいで、腹の空き具合も半端である為、余計に食欲を誘ってくる。

 

「何食べようかな」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 物色するように眺めていた友哉の横で、茉莉は何かに気付いたように声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

 振り返る友哉。

 

 茉莉の視線の先には、綿飴の屋台があった。

 

「綿飴、好きなの?」

 

 友哉の問いに、茉莉は無言のままコクンと頷く。その仕草が、少し子供っぽくて可愛かった。

 

 自然と零れる笑みのまま、友哉は屋台の方へ歩いて行くと、1つ注文した。

 

 やがて、でき上がった綿飴を持って茉莉の所へ戻ると、茉莉は待ちきれないとばかりに、雲を連想させる飴に齧り付いた。

 

 無言のまま、夢中になって綿飴を食べる茉莉。

 

「美味しい?」

 

 余程好きなのだろう。

 

 友哉の質問にも、無言のまま頷きを返すだけだった。

 

 見ているだけでは、友哉も腹が減るので、綿飴の端っこの方を少しだけ千切って分けてもらうと口に運んだ。

 

 特有の甘みが口の中に一瞬広がり、やがて雪が溶けるように消えていく。

 

 正に、完璧な綿飴だった。

 

 やがて、食べ終わって満足した茉莉は、顔を上げた。

 

「御馳走様でした。美味しかったです」

「そりゃ良かった。そんなに好きなの、綿飴?」

「はい。私の実家でも、夏になると夏祭りがあって、屋台が立つんです」

 

 信州瀬田神社の神主の娘である茉莉にとって、夏祭りは毎年身近に感じる、待ち遠しいイベントの一つだった。

 

「子供の頃から、仕事が終わった父に連れられて、屋台を回るのが毎年の楽しみだったんです。中でも綿飴は一番好きな食べ物で」

「そうだったんだ」

 

 綿飴は、茉莉にとって好きな食べ物であると同時に、思い出深い食べ物でもあるようだ。

 

 また一つ、茉莉の事を知る事ができた。

 

 その事を友哉は、心の内で喜びとして噛み締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でこうなったのッ!?

 

 茉莉は、心の中で声高に叫びたい心境だった。

 

 前は闇、左右も闇、背後も闇、

 

 見回せば殆ど闇、

 

 辛うじて、隣にいる友哉の姿だけが見える程度だ。

 

「あ、あのッ あのッ 友哉さん、ぜ、絶対に離れないでくださいねッ」

「大丈夫だよ」

 

 そう言って苦笑して来る友哉の、何とも頼もしい事である。

 

 だが、

 

 数分前の自分には、今からでもタイムマシンを探して戻り、首根っこを捕まえて止めたい気分だった。

 

 昼までにはもう少し時間があるので、イベントブースの方も回ろうと言う事になったのだが、

 

 そこで、知り合いと会った。

 

『あら、緋村君、瀬田さん』

『おろ?』

『高荷先輩』

 

 それは、救護科(アンビュラス)の高荷紗枝だった。

 

 どこの学校でもそうだが、受験や進学、就職を控えた3年生には学園祭に参加する義務は無い。特に、武偵校の3年生ともなると、任務に出る頻度も高くなる為、尚更の話である。

 

 だから、ここで紗枝に会った事には、普通に驚いた。

 

 しかし、それはあくまで普通の学生の話である。紗枝の場合、既に単位取得はおろか、卒業後の就職先すら決まっている為、他の学生のように、進路に奔走する必要は無いのだ。そこで、救護科ブースの手伝いをしていたらしい。

 

『2人とも、良かったら寄って行かない。鑑識科(レピア)との共同企画なんだけど、結構人気が出てるのよ。あたしの身内って事で、サービスしてあげるから』

『そうですか、じゃあ、お願いしようか?』

『そうですね』

 

 そう軽く請け負ったのは、数分前。

 

 現在、茉莉は魂の底から自分の決断を後悔していた。

 

 救護科(アンビュラス)鑑識科(レピア)合同企画「死体安置所のなかまたち」

 

 それは、両学科が総力を結集し、技術と知識、経験の粋を結集して作り上げた、広大かつ壮大な「お化け屋敷」だったのだ。

 

 茉莉が気付いた時には、既に手遅れ。

 

 入り口で渡された頼りないペンライトを手に、魔窟とも言うべき闇の中への突入は不可避な物となっていた。

 

 もう、ほんと、泣きたい気分だった。

 

 何が楽しくて、こんな所に入らなくてはならないのか。

 

 しかし、最早後戻りもできない。校舎一棟丸々使ったホラーハウスの中を、前に突き進む以外に無いのだった。

 

 一方、そんな茉莉の様子に、友哉は微笑ましくも苦笑をやめられずにいた。

 

 そう言えば、茉莉はホラーの類が大の苦手だったな、と今更ながら思い出していたのだ。

 

 夏の初め頃だったか、女子会と言う名目で理子の部屋に泊まりに行った際、夜通し徹夜でホラー映画鑑賞に付き合わされた事があったらしい。その時、一緒に行った瑠香の話では、理子は逃げようとした茉莉を捕まえて縛り上げ、強制的に付き合わせたらしい。

 

 そのせいで茉莉は、暫くの間、夜トイレに行く際には必ず瑠香に付き添ってもらっていた。

 

 因みにその後、茉莉は暫くの間、理子と口を聞こうとしなかったのは言うまでも無い事であるが。

 

 そんな訳で、茉莉のホラー嫌いは、筋金入りと言って良かった。

 

 恐らく、紗枝としては、別に意地悪のつもりで誘った訳ではないのだろう。第一、紗枝は茉莉のホラー嫌いを知らない。彼女としては、純粋に呼び子のつもりだったのだ。

 

「ヒィッ!?」

 

 突如、悲鳴を上げる茉莉。

 

 突然の事だったので、思わず友哉まで肩を震わせてしまう。

 

 見れば、床一面に、真っ赤な血糊の跡がある。

 

 この手のお化け屋敷の場合、まず恐怖心を煽る事を第一に考え、タイミングや見た目を重視して作られる為、実際に戦場で見るリアルな血だまりよりも、グロテスクな物だった。

 

「こ、ここ、こう言うのって、よく、できてますよね」

「そうだね」

 

 と、相槌を打つ、この手の事には特に恐怖を感じない友哉。

 

 意外に思うかもしれないが、友哉自身、超常現象や、未確認生物、怪談話、都市伝説の類は、概ね信じている方である。その手の事を「非科学的」と断じる科学者は多いが、そもそも科学的に立証されている訳でもない物を、「いない」と言い張る方が、むしろ無理がある。何より、吸血鬼やら妖怪やらに知り合いができている昨今である。それらを否定する事は、現実逃避以外の何物でもなかった。

 

 逆を言えば、だからこそ、この手の作りモノと実物の差を認識できるようになっていた。

 

 割り切ってしまえば、この手のお化け屋敷も、面白いアトラクションである。

 

 だが、茉莉はそうでもないらしい。

 

 そんな茉莉の怖がる様子を見て、不謹慎ながら、こんな彼女も可愛いと思ってしまう友哉。何となく、普段から茉莉の事を弄りまくっている瑠香の気持ちが判った気がした。

 

 更に奥へと進もうと、足を進める2人。

 

 その時、

 

 突然、けたたましいサイレンと共に、赤色灯が回転を始める。

 

 ビクゥゥゥッ

 

 思いっきり肩を震わせる茉莉。

 

 心なしか、友哉の半歩後を歩くような位置にいる。

 

 その視界の先には救急搬送用のストレッチャーが放置され、その上には明らかに中に誰かは言っていると思しき死体袋が置かれていた。

 

 殆ど涙目になりながら、茉莉はゆるゆると友哉の方を向いてくる。

 

「・・・・・・あ、あの・・・他の道、行きませんか?」

「いや、ルートここだけだし」

 

 覚悟を決めたように、友哉の後から、おっかなびっくりついて行く茉莉。

 

 そして、ストレッチャーのすぐ脇まで来た瞬間、

 

「グワァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 ゾンビメイクの1年生が、袋を突き破るようにして、雄たけびを上げながら上半身を勢いよく起こして来た。

 

 その事を大方予想していた友哉は、殆ど平然としていたが、

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 完全に不意を突かれた茉莉は、髪を逆立てる勢いで驚きの声を発する。

 

 そのまま走って逃げようとして、

 

 ゴンッ

 

「ンキャァッ!?」

 

 壁に額をぶつけていた。

 

 その後も、茉莉にとっては地獄の連続だった。

 

 転がっている死体が、突然動きだす、などと言うのは序の口である

 

 細長い廊下では、突然、左右の壁を突き破って、無数の腕が伸びて来た。

 

 病室エリアでは、部屋に入った途端扉を閉められ、四方八方から現われたゾンビに迫られた。

 

 死体保管室のホルマリンプールの中からは、無数の死体が「上陸」して来た。

 

 普通に歩いていると、病院着を着た女の子が、完全に音階を外したけたたましい笑い声と共に、追いかけ回してきた。

 

 ガラス張りの教室がある廊下では、歩いていると突然、窓ガラスに血塗られた手形が無数に貼りついた。

 

 歩いていて突然、天井から人の上半身が逆さ吊りに降って来た時には、流石の友哉も驚いた。

 

 その度に茉莉はパニックを起こし、悲鳴を上げて逃げ回っていた。

 

 そんなこんなで小1時間ほど彷徨い、ようやくコースの3分の2ほどを消化する事ができた。

 

 随分とリアルなお化け屋敷である。普通に歩いている友哉としては、なかなか楽しいと感じているのだが、

 

 一方の茉莉はと言えば、暗闇にも判るほどに顔が青ざめていた。むしろ、よく頑張っている方である。

 

 と、階段を下りて、1階エリアに入ったところで、友哉のすぐ後ろを歩いていた茉莉が足を止めた。

 

「おろ、どうしたの?」

「あ、あの・・・友哉さん・・・その・・・・・・」

 

 茉莉は、何かを言い難そうに立ち尽くしている。

 

 その視線が何度か、左右に行ったり来たりしている。

 

 そこでふと、茉莉が内股気味に太股をすり合わせて、モジモジしているのが判った。

 

 視線を追うと、トイレの看板があるのが見える。

 

 そこで友哉は、あぁ、と得心する。確かに、女の子の口からは言い出しにくいかもしれない。

 

「行ってきなよ。ここで待っててあげるから」

「あ、あの・・・・・・あの・・・・・・」

 

 茉莉は尚も、何かを言いたげに、顔を赤くして俯いている。切羽詰まってはいるけど、自分からは言い出しづらい。そんな感じだ。

 

 そこで友哉は、茉莉が何を言いたいのか理解した。

 

「・・・・・・もしかして、ついて行った方が良い、とか?」

 

 と尋ねた友哉に対し、茉莉は無言のまま首を縦に振った。

 

 どうやら、「怖くて1人でトイレに行けない病」が再発してしまったらしい。

 

 仕方なく、友哉は茉莉に着いて行ってやる事にした。

 

 とは言え、流石に中まで入る事は友哉でなくても憚られる。そこまで無頓着にはなれなかった。

 

 だが、入口で待っている、と言うと、茉莉はまたもぐずり始める。

 

 が、ここから先は、流石に譲る訳にはいかない。

 

 最終的に「漏らしても知らないよ」と言ってやると、「絶対に、絶対に待っててくださいねッ!!」と必死の形相で言って、中に入って行った。

 

 その間友哉は、トイレの入り口に背を預けて、茉莉が出て来るのを待っている事にする。

 

 一方、中に入った茉莉は、無事に用を足してから、水道の蛇口で手を洗っていた。

 

 とにかく、もう少し。もう少し頑張れば、ここから脱出できるのだ。

 

 そう、あと少し、

 

 そう思った時だった。

 

『ウッ・・・ウッ・・・ウッ・・・ウッ・・・ウッ・・・ウッ・・・』

 

 どこからともなく、嗚咽のような声が聞こえて来た。

 

「ヒッ!?」

 

 思わず、壁に背を付ける茉莉。

 

 その間にも、嗚咽は流れ続ける。

 

「ゆ、ゆゆ、友哉さん、ですか?」

 

 だが、問い掛ける言葉に、返事は帰らない。ただ、嗚咽だけが、途切れずに鳴り響いて来る。

 

 そもそも、友哉なら、こんなタチの悪い悪戯はしないだろう。

 

 身動きが取れないまま、ガタガタと震える茉莉。

 

『苦シイヨ・・・イタイヨ・・・・・・助ケテ・・・・・・助ケテ・・・助ケテェェェ』

 

 やがて、嗚咽に代わって、地獄から這い出して来るような声が、滲み出て来る。

 

 次の瞬間、

 

 バタンッ

 

「キャァッ!?」

 

 突然、トイレの一番奥の扉が、凄い音と共に開いた。

 

 大量に流れる脂汗と共にジッと目を凝らす茉莉。

 

 やがて、

 

 ズッ・・・・・・ズッ・・・・・・ズズッ・・・・・・ズズッ

 

 何かが這いずるような音が聞こえて来る。

 

 緊張が高まる中、

 

 開いたドアの向こうから、

 

 凡そ人とは思えない、真っ黒い顔をした何かがこちらを覗き込んでいた。

 

 次の瞬間、

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 とうとう限界を越えた茉莉は、悲鳴を上げて飛びだす。

 

 そして、

 

 コケッ

 

「あうッ!?」

 

 入り口の段差に躓いて、思いっきり顔面から床にダイブした。

 

 驚いたのは、入口で待っていた友哉である。

 

 突然、悲鳴を上げて飛び出して来たかと思ったら、いきなり目の前でコケるのだから。正直、このお化け屋敷に入って、一番驚いたかもしれない。

 

「ま、茉莉、大丈夫?」

 

 恐る恐る、声を掛けてみる。

 

 勢いよく転んだせいで、茉莉はお尻を天井に向けて突き出すような格好で床に突っ伏している。

 

 スカートも、盛大にめくれてしまっている。

 

 「あ、今日はクマさんパンツなんだ」と、ちょっと顔を赤くして心の中で呟く友哉だが、今は取り敢えず茉莉本人の方が心配なので、黙っていた。

 

「もうイヤァ、おウチ帰りたいです・・・・・・」

 

 目の幅涙を流して幼児退行する茉莉。

 

 そんな茉莉に、

 

「ほら」

 

 友哉は、優しく、手を差し伸べた。

 

「え?」

「手、繋ご。そしたら少しは気が紛れるんじゃないかな」

 

 そう言って微笑む友哉。

 

 実は、さっきから茉莉が、手を繋ぎたがっているのではないか、と友哉は思っていたのだ。こんな形になってしまったのは不本意だが、それでも、今の茉莉を安心させるには、これが一番だと思った。

 

「は、はい・・・・・・」

 

 改めて、女の子座りで床に座り直すと、茉莉はオズオズと、友哉の手を握って来る。

 

 その掌から伝わってくる温もりが、茉莉の心を落ち着かせていくのが判った。

 

「さあ、行こう。もうすぐ出口だよ」

 

 そう言って微笑むと、友哉は茉莉を優しく引っ張るようにして歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう、ひどい目に遭いました・・・・・・」

 

 ベンチに座り、しょぼ~んって言う感じで俯いている茉莉。

 

 お化け屋敷がよっぽど怖かったのだろう。このトラウマは、暫く尾を引きそうだった。

 

「まあまあ、ほら、これでも食べて、元気出しなよ」

 

 苦笑しながら、友哉は買って来た品を広げて見せる。

 

 焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、良く冷えたジュース。

 

 これらはお化け屋敷を出た後、再度、屋台ブースの方を回って買い求めて来た物である。

 

 時間的には昼の1時少し前。そろそろ、昼食を食べるには良いころ合いだった。

 

「すみません友哉さん。お見苦しいところをお見せしてしまって」

「いや、まあ・・・・・・」

 

 曖昧な言葉を発する友哉。

 

 だが、茉莉は相変わらず落ち込んだままである。

 

「だ、大丈夫、ああ言う茉莉も可愛かったよ」

「あんまり嬉しくありません・・・・・・」

 

 ズーンと言う擬音が聞こえてきそうだった。

 

 仕方なく、友哉は苦笑すると、たこ焼きの一つに串を差して持ち上げた。

 

「茉莉」

「・・・・・・はい?」

 

 虚ろな目で顔を上げる茉莉。

 

 その鼻先に、持ち上げたたこ焼きを持って行った。

 

「はい、あーん」

「な、ななな!?」

 

 それまでの落ち込み具合もどこへやら。茉莉は一気に顔を赤くして、友哉の顔と差し出されたたこ焼きを見比べる。

 

 そんな茉莉に、笑顔を向ける友哉。

 

 その笑顔には、強制するような圧力めいた物は感じない。だが、逆に人をひきつけてやまない何かを、茉莉は感じていた。

 

 茉莉は顔を赤くしたまま、躊躇っていたが、やがて覚悟を決めると、目を閉じて口を大きく開いた。

 

「あ、あーん・・・・・・」

 

 その口へ、友哉はたこ焼きを放り込む。

 

 余程恥ずかしかったのだろう。茉莉は咀嚼もそこそこに、大急ぎでたこ焼きを飲みこんでしまう。

 

 それを確認してから、友哉は次のたこ焼きを取り出した。

 

「はい、じゃあ、次ね」

「ま、まだやるんですかッ?」

 

 とは言え、満更でもないらしい。

 

 観念して、茉莉はまた大きく口を開く。

 

 そんな事を何度か続けていくと、茉莉の様子もすっかり落ち着いたようだった。

 

 茉莉にばかり食べさせている訳にもいかないので、友哉自身も食べる。

 

 流石にレストランや料理店並みと言う訳にはいかないが、それでもお祭り料理としては充分な出来であり、空腹の相乗効果もあって美味しく食べる事ができた。

 

「友哉さん」

 

 暫くして、茉莉の方から声を掛けて来た。

 

「おろ?」

「今日は、本当にありがとうございました。私の我儘に付き合ってくれて」

 

 そう言って、頭を下げる茉莉に対し、友哉は微笑して応じる。

 

「そんな事、気にしなくて良いよ。僕も楽しかったし。ここのところ、いろいろありすぎたからね・・・・・・」

 

 宣戦会議、極東戦役、師団(ディーン)への加入、リバティ・メイソンとの抗争、スカイツリーでの戦い。休む間もなく戦い続けた半月だった。

 

 思い起こすようにして考えていると、何やら瞼が重くなってくるのを感じた。

 

 何だか、体を起こしているだけでも億劫に感じる。

 

 きっと、物を食べて腹がいっぱいになったせいだろう。

 

「・・・・・・友哉さん?」

 

 茉莉が呼びかける声に、どうにか答を返したような気がしたが、意識はそれ以上続かなかった。

 

 最後に、茉莉がクスッと笑ったような気がしたが、後の事は全く判らなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 どれくらい、そうしていただろうか。

 

 友哉は心地よいまどろみに包まれたまま、意識がゆっくりと浮上するのが判った。

 

『・・・・・・あれ、僕は、どうしていたんだっけ?』

 

 確か、茉莉と一緒にお化け屋敷を出た後、それから食事をして・・・・・・

 

 そこから先が、思い出せない。

 

「お目覚めですか?」

 

 優しく囁かれる、茉莉の声。その声が、やけに近い場所から発せられているような気がした。

 

 それに、何やら頭の裏に、優しく包まれるような柔らかい感触がある。

 

 目を開く。

 

 そのすぐ正面に、覗き込むようにして友哉を見ている茉莉の顔があった。

 

『綺麗だなァ・・・・・・・・・・・・』

 

 殆ど回らない頭で、そんな事を考える友哉。

 

 同時に、今どんな状態にあるのか理解した。

 

 茉莉は、眠ってしまった友哉に膝枕をしてくれていたのだ。

 

 頭の裏にある感触は、茉莉の太股の柔らかさだったのだ。

 

 傍から見れば、どうかは知らないが、今の友哉には不思議とこの体勢が、恥ずかしいとは感じられなかった。むしろ、ずっとこのままでいたいとさえ思っていた。

 

「もう少し、このままでいましょう。最近の友哉さんは、少し頑張りすぎでした。たまにはこうして、お休みする時間も必要です」

 

 そう言って、微笑みながら友哉の髪を撫でる茉莉。

 

 その笑顔を見詰め、

 

『ああ・・・・・・そうだったのか・・・・・・』

 

 友哉は、心の中で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕は・・・・・・この娘の事が、好きなんだ』

 

 

 

 

 

第13話「クロスハート・イン・フェスタ」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな2人の光景を、遠くから眺める視線があった。

 

「・・・・・・・・・・・・友哉君・・・・・・茉莉ちゃん?」

 

 手に大きな荷物を持った瑠香は、不思議な物を見るような眼で、2人を見ている。

 

 茉莉が、今日誰かとデートするのは知っていたし、自分も全力で応援してあげていた。

 

 だが、その「誰か」までは気が回っていなかった。

 

「瑠香ちゃん、早く早くッ みんな待ってるよ!!」

 

 立ち尽くしている瑠香を不審に思ったのか、同じように大荷物を抱えた、クラスメイトの間宮(まみや)あかりが急かして来る。

 

 そこで、瑠香は我に帰った。

 

「あ、うん、ごめん。すぐ行くよ!!」

 

 そう言って、あかりの後を追おうとする瑠香。

 

 だが、最後にもう一度だけ、2人の方に視線を向けた。

 

 

 

 

宣戦会議編     了

 

 

 

 

 

 


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