緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第3話「師団会議」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都内の一流ホテル。そのスイートを丸ごと借り切った事もあり、部屋の中とは思えないほど広々とした空間が広がっている。

 

 エムアインスと、エムツヴァイの2人がセーフハウスに辿り着くと、既に仕事を終えた友人が先に戻ってきていた。

 

 ソファーに腰を下ろし、足を組んだ姿勢で座っている男は、顔に派手なペインティングを施した、ピエロのような外見をしている。

 

 しかし、2人は知っていた。

 

 この目の前に入る派手好きな男が、世界中に存在するどのような存在よりも強く、そしてカリスマ性に溢れているかを。

 

「よう、戻ったか」

 

 帰って来た2人を見て、ジーサードは片手を上げて笑い掛けて来た。

 

 その様子を見て、エムアインスも笑みを返す。

 

 持って生まれた天性のリーダーシップ。それを如何なく発揮できる人間がいるとしたら、このジーサードのような存在である事だろう。

 

 ジーサードはエムアインスよりも年齢的には若い。にもかかわらず、組織の中にいる人間全員が彼を慕っている。全員が、彼の為なら命すら投げ出す人間ばかりだ。

 

 勿論、その中にはエムアインスとエムツヴァイも入っている。

 

 そう思わせるだけの物を、目の前の男は持っているのだ。

 

 ジーサードが腰掛けているテーブルの前には、飲み物や食べ物が大量に積まれている。どうやら、自分達が来るのを待っていてくれたようだ。

 

「どうだった、緋村友哉は?」

「勝つには勝ったよ」

 

 自分もソファーに腰を下ろすと、エムアインスはヘッドギアを取り払った。

 

 すると、中に収めていた長い黒髪が、バサッと落ちて背中の中ごろまで掛かる。

 

 端正な顔立ちだ。引き締まった目元や、色白の肌などは、どこかの聖人を思わせる者がある。

 

 それに合わせるように、エムツヴァイもヘッドギアを外す。

 

 こちらも髪が長い。だが、大きな目元は優しげな光を放ち、桜色の唇と共に可憐な容貌を作り出していた。

 

「だが、満足と言うには程遠い」

 

 言いながら、テーブルの上においてある酒瓶とグラスを手に取って、適当なカクテルを作りだす。

 

 その向かいに座ったエムツヴァイも、ポッキーを箱から取り出して、口に頬張っている。

 

「今回は奴も実力を発揮しきれなかった点が多いとみた。こっちはいきなり押しかけたようなものだからな」

 

 前情報があると無いとでは、人間は実力発揮するのに天と地ほども差が生じる。奇襲と言う戦術が、いまだに高く評価される理由の一つである。

 

 だが、そんなエムアインスの言葉に、水が差される。

 

「そうでしょうか?」

 

 否定的な意見を発したのはエムツヴァイだった。

 

「私達の実力は、完全に彼を凌駕していました。何度やり直しても、今回の結果は変わらないと思います」

 

 言葉が、僅かに弾んでいる。

 

 緋村友哉打倒と言う悲願が達成され、エムツヴァイは高揚を抑えきれない様子だった。

 

 自分達が持つ、存在意義をようやく果たせたと思っているのだ。

 

 だが、

 

「油断は禁物だ」

 

 そんな彼女に釘を差すように、エムアインスは言った。

 

「奴は、あのシャーロック撃破の一要因であり、イ・ウー壊滅の功労者でもある。それがあの程度の実力である訳が無い」

「それは、たまたま、その場にいたってだけの話ですよ。私達がボストーク号に突入していたら、シャーロックの首を取っていたのは私達だった筈です」

 

 高飛車に断言してのけるエムツヴァイ。

 

 これは、決して彼等が自信過剰である為に出た発言では無い。それだけの実力を、彼等は備えているのだ。

 

 そこでふと、エムツヴァイが何かを探すように、キョロキョロと辺りを見回した。

 

「そう言えばサード、フォースはどちらに?」

 

 フォース、とはジーフォースの事を差す。

 

 ある人物の遺伝子から作り出されたジーサードとジーフォースは、言わば兄妹みたいな物である。

 

 先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)によって造られた刀剣を自在に操る少女、ジーフォースは、前にいた組織を脱走して以来の仲間の1人である。同い年である事もあり、エムツヴァイとジーフォースは仲が良かった。

 

 そのジーフォースがいない事を、エムツヴァイは不審に思ったのだ。大抵は、いつもそばにいる筈なのだが。

 

 対してジーサードは、エムアインスが適当に作ったカクテルを傾けながら答える。

 

「プロセスγへの移行は伝えたよな。あいつはキンジの所に預けて来た」

「と、言う事は、狙いは双極兄妹(アルカムナ・デュオ)か」

 

 聞いていたエムアインスが、聞き慣れない単語を告げた。

 

 双極兄妹。それは、男女のHSS因子保持者が寄り添う事により、HSSの双方同時発現を狙ったシステムである。

 

 ジーサード、そしてジーフォースはHSS、キンジが言う所のヒステリアモードになる事ができる。その体質を利用し、双極兄妹を完成させようと言うのが、ジーフォースが今回の作戦に参加した理由だった。

 

 その為、ジーサードはジーフォースを遠山キンジへと預け、HSSに馴れさせる事にしたのだ。

 

「上手くいくと良いね、フォース」

 

 友人の成功を祈るエムツヴァイ。

 

 だが、その時、

 

「うっ・・・・・・・・・・・・」

 

 軽い呻きと共に、エムツヴァイは座ったまま額を押さえて蹲る。

 

「ツヴァイッ」

 

 慌てて駆け寄るエムアインスは、エムツヴァイの肩を支えて抱き起こす。

 

 覗き込んだエムツヴァイの顔は、紙のように白くなり、呼吸音もどこかおかしかった。

 

「だ、大丈夫です。少し休めば、すぐ良くなりますから」

 

 その言葉が、強がりなのは、言われるまでも無く判る。

 

 こうしている間にも、呼吸はどんどん荒くなるようだ。

 

 見守っていたジーサードも、予断は許されないと判断したのだろう。正面の奥を指で察し示す。

 

「アンガスがお前等の部屋も用意してある。ツヴァイのは一番右の奥だ」

「すまない」

 

 友に礼を言い、エムツヴァイを抱き上げようとするエムアインス。

 

 だが、エムツヴァイは、それを制した。

 

「だ、大丈夫です。自分で行けますから」

 

 そう言うと、エムツヴァイはフラフラとしてはいるが、立ち上がって自分の部屋のある方向へと歩いて行った。

 

 その背中を、エムアインスは溜息交じりに見守る。

 

「やはり、あいつを連れて来たのは間違いだったか」

 

 今回の作戦は、元々エムアインスのみが参加し、エムツヴァイは海外のベースで待機している予定だった。

 

 だが、それをエムツヴァイ本人は了承せず、強引に割り込む形で自らついて来たのだ。

 

 結果、戦いに参加する事はでき、目的も達成できたのだが。

 

「治療が必要だな」

 

 エムアインスの思考を遮るように、ジーサードが言った。

 

「薬なら、あいつ自身が持っている。それに、この国の医者に、あいつの体が直せるとは思えないが?」

 

 エムアインスは、訝るような視線をジーサードに向ける。

 

 自分達の体の事は、ジーサードも知っている筈だ。並みの医者に見せた所で、匙を投げられるのは目に見えている。

 

 だが、ジーサードは首を振った。

 

「ツヴァイの事じゃねえよ。俺が治療っつったのはアインス、お前の事だ」

「何を言っているんだ?」

 

 尋ねるエムアインスに、ジーサードはまっすぐ腕を伸ばして、彼の肩の辺りを指差した。

 

 指し示された自分の体を見て、エムアインスは思わず絶句する。

 

 装着しているプロテクターに、放射状のひびが入っている。特に左肩がひどく、殆ど粉砕されているに等しかった。

 

「こ、これはッ!?」

 

 今まで、なぜ気付かなかったのか。

 

 恐らく、大願を果たす為の戦いを終えたばかりで、気を限界まで張り詰めていたせいだろう。

 

「グッ!?」

 

 認識すると同時に、痛みも襲ってくる。

 

 思わず、片膝をつくエムアインス。

 

「大丈夫か?」

「あ・・・ああ・・・・・・」

 

 尋ねて来るジーサードに、辛うじてそう答える

 

 こんな事ができる人間。それは1人しかいない。

 

 緋村友哉だ。

 

 恐らく、あの九頭龍閃を撃った時。

 

 あの時友哉は、殆ど抵抗できずに倒れたように見えた。

 

 だがあの時、友哉はエムアインスにすら気付かれず、返しの一撃を放っていたのだ。

 

 何と言う戦闘センス、何と言う勝負への執念。

 

「・・・・・・緋村・・・・・・友哉・・・・・・」

 

 絞り出すように、その名を呟くエムアインス。

 

 その瞳は、先程対峙した敵の姿が、くっきりと映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンと言う催しに、茉莉は今まで縁が無かった。

 

 元々、長野の田舎出身だし、神道を旨とする神社の娘である。西洋の祭典に接点があった訳も無く、せいぜい「世の中にはそう言う物がある」と言う程度の認識しか無かった。

 

 本日はハロウィンの日と言う事もあり、武偵校学生は全員、教務課(マスターズ)からの指示で、今日一日、何らかのおばけの格好をして過ごす事となった。

 

 茉莉もまた例にもれず、袖が長く、その袖口と裾が鳥の羽根状にギザギザになっている白いパーカーを制服の上から着ている。頭に鳥の形をしたフードを被っている事から、恐らく本人的には、鳥女のつもりらしい。

 

 今まで参加した事の無いお祭りと言う事もあり、茉莉としては新鮮な楽しさを感じていた。

 

 ただ一つ、茉莉にとって残念な事に、友哉が病院のベッドの上にあり、このお祭りに参加できない事だった。

 

 昨夜、友哉は夜遅くに意識を取り戻した。

 

 回復は取り敢えず順調らしく、数日の内には退院できるだろうと言うのが、紗枝の見立であったから、ひとまずは安心だが。

 

 そんな事を考えていると、指定された場所であるファミレス・ロキシーへ到着した。

 

 昨夜遅く、ジャンヌから電話があり、師団(ディーン)メンバーを招集し、緊急の対策会議を行う事となった。

 

 本来であるなら、イクスからはリーダーである友哉が出席するべきなのだが、友哉はまだ動ける状態では無い。そこで、代理としてサブリーダーの茉莉が出席する事になったのだ。

 

 指定された席に行くと、既に他のメンバーは集まっていた。

 

「来たか、瀬田」

 

 ハーミットの衣装で声を掛けて来たのはキンジである。その横には、魔女衣装を着たジャンヌの姿もあった。

 

「マツリ、遅かったね」

 

 その向かいに入るかぼちゃ頭から声を掛けられた。声から察するに、中身はワトソンのようだ。

 

「茉莉、お主とは初になるの。宜しくのう」

 

 そう言って、どう見ても小学生にしか見えない玉藻が声を掛けて来る。こちらは思いっきり手抜きで、たんに普段隠している狐耳と尻尾を出して、顔に針金のひげを付けただけの化け狐姿だ。

 

《まあ、初めまして、瀬田さん。可愛らしい衣装ですね》

 

 テーブルに置かれたPCの画面に映っているのは、白い法衣姿の女性だ。

 

 恐らく彼女が、バチカンのシスター・メーヤなのだろうと茉莉は思った。師団の中では欧州戦線に参加している者達もいると、友哉から聞かされていたのだ。

 

「では、少々性急ではあるが、師団会議(ディーン・カンフ)を始める。先日、『師団』のイクス1名、バスカービル4名が、『無所属』であったジーサードと、その手下達に討たれた」

 

 友哉、アリア、白雪、理子、レキ。

 

 これだけ錚々たるメンバーが、一晩のうちに討たれた事には戦慄を禁じ得なかった。

 

「いくら寡兵とは言え、許しがたいな、奇襲とは」

「彼等は卑怯な手段を恥とは思っていないんだ。勝てばそれで良いという思考らしい」

 

 魔女っ子ジャンヌの発言に、カボチャ・ワトソンが捕捉する。

 

 つまり、ジーサードの勢力に所属する者達は、兵士的な戦術思考を持っていると言う事だ。最終的な勝利を得られるのであれば、その過程は何をやっても全てが許される、と言う事だ。

 

 茉莉の経験上、こう言う相手はやりにくい。こちらが正々堂々とした戦いを挑んでも、乗って来ない可能性があり、却って足元を掬われて敗北する事もあり得る。

 

 むしろ、こう言った手合いなら、忍びの末裔である瑠香や、様々な戦術を複合的に駆使する彩夏の方が良い勝負ができるかもしれない。

 

「どうする、今なら敵は分散している。やるか?」

 

 キンジが珍しく、交戦的な意見を口にする。

 

 仲間全てが討たれ、頭に血が上っているのかもしれないが、いつもなら慎重な行動をとる事が多いキンジにしては、珍しい事である。

 

 そして、

 

「私も、遠山君の意見に賛成です。こちらの戦力は低下していますが、敵も昨日の戦いで消耗している可能性が高いです。追い討つなら今かと」

 

 茉莉もまた、珍しい事に出戦論を口にした。

 

 自分が過激な事を言っているのは、茉莉にも判っている。

 

 だが、友哉を、思いを寄せる少年に重傷を負わされた事で彼女自身、相手に対する敵意が理性を上回っている状態であった。

 

 だが、

 

 そんな2人の意見を受けても、他の4名は思案するように目を伏せたままである。同意の意見を口にする者は誰もいない。

 

 中の1人、玉藻は自分のメロンソーダを少し飲んでから、顔を上げて言った。

 

「お主ら、仲間をやられて熱くなる気持は判るがの。あまり儂を失望させるでない。戦うとしても、お主ら、勝てるのか?」

 

 問い掛ける玉藻の視線に、一瞬、2人は言葉を詰まらせた。

 

 玉藻は、更に続ける。

 

「さっきワトソンから聞いたが、バスカービルの女子どもは、ジーフォース相手に手も足も出なかったのじゃろ。奴等の頭、ジーサードはそれよりも強いと言うではないか。そのような相手に、どう勝つと言うのじゃ?」

 

 信じがたい事に、アリア達4人は、ジーフォース1人に敗れたと言う。ジーサードは、更にその上を行く実力者。師団の現有戦力では、確かに勝利はおぼつかないかもしれないが。

 

「お主もじゃ、茉莉。聞けば、お主らが戦った敵、エムアインスとエムツヴァイは、飛天御剣流を使ったと言うではないか。そして、その継承者である緋村が破れた以上、戦うのはあまりにも危険すぎる」

「でも、それじゃあ・・・・・・」

 

 友哉を討たれて黙っているのは、耐えられない。そう言おうとする茉莉を、玉藻は遮って更に続ける。

 

「お主は、かつて緋村に敗れた。敵は、その緋村よりも強いのじゃ。それを忘れるでない」

「じゃあ、戦うなって言うのかよ。仲間が卑怯な手で闇討ちされたんだぞッ」

「闇討ち? それが何じゃ、これは戦ぞ」

 

 言い募るキンジを、突き放すように玉藻は言う。

 

「戦とはそういう物。スポーツとは違う」

 

 そんな事は判っている。だが、判っていても、納得はできなかった。

 

 玉藻はキンジを見据えて、話を続ける。

 

「遠山の。なぜ、お主だったのかは判らぬが、バスカービルは1人だけ無傷で残された。これは奴らなりの口上ぞ。『自分達は強い』と示したうえで、使者としてジーフォースを置いて行ったのじゃ」

 

 つまり、敵の目的も、戦闘その物では無く、交渉にあるという事か。

 

 ジーサードは、師団(ディーン)その物を、自陣に引き入れようとしているのだろうか?

 

「ジーフォースは今、甲冑を脱ぎ、刀も棄てたと言うではないか。奴は今、師団に敵対しておらぬ。交渉の余地を残しておると言う事じゃ。それをみすみす、こちらから形無しにしてはならぬ」

「それに、今は時節が悪い。璃々色金の粒子が濃すぎるんだ」

 

 ジャンヌが捕捉するように言った、璃々色金と言う言葉に、茉莉は聞き憶えがあった。

 

 確か修学旅行Ⅰの時、ある事情から行った星伽分社で、ここに入るキンジ、ジャンヌ、そして友哉と一緒に白雪から説明を受けた。

 

 対超能力者(ステルス)用の広域ジャミング。璃璃粒子と呼ばれる粒子が地球の広大な範囲に散布され、超能力の行使が不安定な物となる現象らしい。

 

 ここにいる中で、超能力を主体に戦うのは、ジャンヌ、メーヤ、そして玉藻だ。

 

 超能力(ステルス)が戦力として当てにならない今、戦闘は銃撃や白兵が主体となる。そして、それが得意な人間は、昨夜の内に大半が戦闘不能になってしまっている。

 

「・・・・・・じゃあ、どうするんですか?」

「取り込む」

 

 茉莉の質問に対し、玉藻は用意していたように淀みなく答えた。

 

「まずはジーフォース。そしていずれはジーサードを『師団』に取り込むのじゃ。戦役では、奴等のような強き『中立』や『無所属』を多く引き入れた方が良い」

「ば、馬鹿言うな!!」

 

 激昂したようにキンジが叫ぶ。

 

「あんな奴等、一体どう言って仲間にするってんだッ!?」

「トオヤマ、それなんだけどね」

 

 遠慮がちに、かぼちゃ頭のワトソンが口を開いた。

 

「何だよ?」

「その、えっとだね・・・・・・ジーフォースは聞いているこっちが恥ずかしくなるくらい、君に会えた事が嬉しくて仕方が無いらしい。つまり、どうも、君に気を許している傾向がある」

「だから何だ、寝首でもかくのか?」

「いや、違う。僕が言いたいのは、ロメオだよ」

 

 その言葉に、言われたキンジのみならず、茉莉もまた絶句した。

 

 ロメオとは、言うなれば男版ハニートラップ。強すぎる敵の女に対し、その女の好みの男をスパイとして当てがい、籠絡し、機密情報の奪取や寝返り工作を行うのだ。確か、ベルリンとバンコクの武偵校に専門学科があった筈である。

 

「ふざけんな、かぼちゃ頭ッ バスカービルはジーフォースに襲われた直接の被害者なんだぞ。それをッ」

「じゃあ、他に手はあるのかい? 僕等にはそれくらいしか打つ手が無いんだ。それに、外見上は、とてもそうは見えないが、実績上、君は得意だろう、女子をたらしこむのが。アリアを始め、白雪とか、理子とか、レキとか、中空知とか、その他とか」

 

 言っている内に、なぜかワトソンの声に不機嫌さが混じって行くように感じられた。

 

「遠山君、それはちょっと・・・・・・」

「違う。瀬田、お前まで信じるな!!」

 

 この中で唯一味方でありそうな茉莉にまで蔑んだ視線を向けられ、キンジは苛立ったように叫ぶ。

 

《まあ、そうなんですか。さすがはカナさんの弟さんですね》

 

 感心したように言うメーヤ。ジャンヌも、「がんばれ」と視線を送って来る。

 

 そして、

 

「では、遠山の。任せたぞ」

 

 メロンソーダの残りを飲み終えた玉藻も、そう言ってくる。

 

「では、って、なにが『では』なんだッ 俺にどうしろってんだよ!」

「ジーフォースと仲睦まじくするのじゃ。可愛がってやり、仲間に取り込めるようにせよ。師団(ディーン)の興亡この一作戦にあり、奮励努力するのじゃぞ」

 

 いやZ旗じゃないんだから。

 

 と、言う突っ込みはさておき、場の空気は完全に「キンジが、『得意』の手練手管を使ってジーフォースをたらし込み、師団陣営に引き入れる」方向で話がまとまりつつあった。

 

《遠山さん。相手は接近するのも困難かと思います。そこで、こちらからも支援物資を遠山さんとアリアさん宛てに送らせて頂きました。取り敢えず、身を守る程度にはお役にたてると思います》

「良かったな、遠山の」

「がんばれ遠山。あとで経過を詳しく報告するのだぞ。何をどこまでした、とか」

「トオヤマ、あとはまかせた。僕はアリア達を看護する」

 

 メーヤ、玉藻、ジャンヌ、ワトソンと、畳みかけるように言ってくる。

 

 その淀みの無さから言って、どうやら、この件に関して、4人が水面下で結託していたらしい事は明らかだった。

 

 最後の望みとばかりに、キンジは茉莉に視線を向けて来る。

 

 が、

 

『すみません遠山君。私にはどうする事もできません』

 

 申し訳なさそうに、顔を伏せる茉莉。

 

 何しろ、この中で一番遅れて来た茉莉だ。それでなくても、状況は1対4。キンジを入れても2対4。まこと、民主主義バンザイとでも言うべきか、数は力だった。たとえそれが暴「力」であろうと。

 

 かくして、衆議一決、と言う訳ではないが、今後の方針は定まった。

 

 その後、キンジは玉藻ごと背負っている賽銭箱をひっくり返し、「御利益無いから返せ」と言って、以前入れた10円を回収すると、肩を怒らせて足早にファミレスを後にした。

 

 出ていくキンジの背中を見送ってから、茉莉は一同を振り返った。

 

「皆さん、ちょっとひどいです。あれじゃ、遠山君が怒るのも無理無いですよ」

 

 非難めいた視線を、一同に向ける。

 

 正直、見ようによっては、面倒な問題をキンジに丸投げしたように見えなくも無かったのだ。

 

 だが、

 

「何を他人事のように言うておる。此度の件、お主とて蚊帳の外では無いぞ」

 

 散らばった賽銭を入れ直しながら、玉藻が切り返してきた。

 

 どう言う事か、と訝る茉莉に、ジャンヌが少し言い難そうに口を開いた。

 

「瀬田、今日お前に来てもらったのは、お前にも一つ、やってもらいたい事があるからなのだ」

 

 そのジャンヌの言葉に、茉莉は眉を潜める。

 

 どうにも、ジャンヌの口調に、不穏な物を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、友哉の代理として出席した第1回師団会議は、正直、茉莉にとって納得のいかない形で終結する事となった。

 

 茉莉はその足で病院へ向かいながら、思案するように難しい顔をしている。

 

 玉藻達の言い分も、判らないでは無い。

 

 現在、師団の戦力低下は著しい物である。一応、専守防衛と言う大方針は堅持されている為、こちらから仕掛けない限りは無用な戦いは避けられるだろう。

 

 だが、仮に防衛戦をやるにしても、現状の戦力不足は否めなかった。

 

 玉藻達の判断は間違っていない。今は戦う時では無く、可能な限り時間を稼ぎ、戦力の回復に努めなくてはならない。

 

 それは判っているが、それでもやはり、納得はできなかった。

 

『それに・・・・・・・・・・・・』

 

 茉莉は、先程、玉藻達に言われた方針の事を思い出す。

 

 確かにそれは、茉莉にとっては気が進まない事であった。

 

 だが、今はそれしか方法が無いと言われれば、確かにその通りでもあった。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にか友哉の病室へと着いていた。

 

 扉を開けて、中へと入る。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 ベッドの上に、友哉の姿は無かった。

 

 何かの検査にでも出かけたのだろうとか、とすぐに思った。何しろ、重傷を負って運び込まれたのは、つい昨夜の事である。救護科や衛生科の知識を持っていない茉莉だが、色々と体の事を調べなくてはならないのだろう、と言う事くらいは想像がついた。

 

 だが、すぐに、そうではない事が判った。

 

 空のベッドの上には、引き抜いたと思われる点滴の針や、心電図の電極などが放置されている。点滴の液は、まだ半分弱残っている状態で放置されていた。

 

 更に、ベッドの横に立てかけてあった筈の逆刃刀も消えている。

 

「・・・・・・・・・・・・まさかッ」

 

 嫌な予感が込み上げ、茉莉は背筋に冷たい物が走るのを感じた。

 

 踵を返す。

 

 廊下に出ると同時に、構わず縮地を発動した。

 

 駆け抜ける衝撃波が、壁や窓ガラスを叩くが、そんな事は気にしない。

 

 途中で何度か救護科の学生とすれ違うが、彼らは一様に、突然吹き抜けた突風に驚くだけで、誰も茉莉を咎めようとする者はいない。本気で走る茉莉を目で追う事ができる者など、武偵校全体でも数人しかいないだろう。

 

 そのまま武偵病院を飛び出すと、茉莉は一散に走り、強襲科(アサルト)の体育館を目指した。

 

 扉を開けて、中へと飛び込む。

 

 同時に、襲って来た疲労により息が上がるが、整える間も惜しんで、茉莉は中へと踏み込んだ。

 

 果たして目指す人物は、

 

 いた。

 

 誰もいない体育館の中央に立った友哉は、手にした逆刃刀を一心に振り続けている。

 

 それを見た瞬間、茉莉は思わず息を飲んだ。

 

 鬼気迫る、という表現が最もふさわしいだろう。

 

 普段の友哉からは想像もできないような、凄まじい存在感を発しているのが判る。

 

 いや、前にもこのような事があった。

 

 あれは、確か夏休みが明けたばかりの頃。友哉は覚えたばかりの技を、早く物にしようと躍起になって訓練を繰り返していた時期があった。ちょうど、あの時の状況に似ている。

 

 友哉が刀を振りまわす度、銀色の閃光が鋭く奔るのが見える。

 

 離れている茉莉の耳にすら、刀が風を切る音が聞こえてくるくらいである。

 

 考えてみれば、この可能性は充分考えられた事だった。友哉は高い剣の才能を持って生まれたが、その才能におぼれる事無く努力を続けてきた。だからこそ、17歳と言う若さにもかかわらず、飛天御剣流と言う幻の流派を独力で復活させる事に成功したのだ。

 

 そんな友哉が、負けてそのままベッドに寝ている、などと言う屈辱を甘受する筈が無かったのだ。

 

 だが、その表情は遠目にも判るくらい、苦しげに歪められている。

 

 思わず、茉莉は飛びだした。

 

「友哉さん、やめてください!!」

 

 更に剣を振り続けようとする友哉に縋りつくようにして、茉莉は言った。

 

「友哉さんは重傷なんですよ。早く病院に戻ってくださいッ」

 

 必死に叫ぶ茉莉。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・はな、せ」

 

 絞り出すように紡がれた友哉の言葉に、思わず茉莉は息を飲む。

 

 普段から温厚な友哉の口から、このような暴言が飛び出るとは思ってなかったのだ。

 

 よく見れば、目の焦点が合っていないのが判る。

 

 いったい、どれくらい剣を振り続けていたのか。触れた体は、火が付いたように熱かった。

 

 意識も混濁しているようだ。自分を制止しているのが、茉莉である事すら気付いていない様子だ。

 

「友哉さんッ」

「放せッ」

 

 茉莉の手を、強引に振りほどこうとした友哉。

 

 次の瞬間、

 

 ズンッ

 

 響くような、重く、鈍い衝撃。

 

 ややあって、前に進もうとしていた友哉の体は、力を失って床に倒れ込んだ。

 

「友哉さんッ」

 

 とっさに駆け寄って、抱き起こす茉莉。

 

 その頭上から、鋭い声が呆れ気味に投げかけられた。

 

「ったく、お前のアホは、ほんま死ななきゃ治らんな、緋村」

 

 ハッとして振り返ると、長いポニーテールの前髪を、面倒くさそうにかき上げている蘭豹の姿があった。

 

 彼女は友哉が無茶な訓練をしていると感じ、とっさに当て身を食らわせて動きを止めたのだ。

 

 だが、

 

「先生、これはひどいですッ 友哉さんは怪我人なんですよッ」

 

 けが人に容赦無く当て身を食らわした暴力教師に食ってかかる茉莉。夢遊病患者のように訓練を続けようとする友哉を止めてくれた事には感謝するが、これは明らかにやりすぎだった。

 

 対して、蘭豹は無言のまま、鋭い視線だけを茉莉に向ける。

 

「ッ!?」

 

 ひと睨み。

 

 ただそれだけで、茉莉は自分の体が竦み上がるのを感じた。

 

 視線で人を殺す、と言うのはこう言う事なのだろうか、と思ってしまう。

 

 武偵校の教師たちは、たとえ相手が女子であっても手加減するような事はしない。体罰は平等に行われる。

 

 ましてか、相手は蘭豹。武偵校暴力教師の急先鋒である。茉莉ごときでは相手にもならない。蘭豹なら手を使わずとも、茉莉を半殺しにできるだろう

 

 だが、茉莉は蘭豹の強烈すぎる視線を受けても、一歩も引かずに対峙する。

 

 勿論、内心ではビビりまくっているのだが、そのような事はおくびにも出さずに、睨み返していた。

 

「フンッ」

 

 ややあって、蘭豹の方から視線を逸らした。

 

「だったら、管理くらい自分でしっかりせい。お前のオトコやろが」

 

 不機嫌そうに言い残すと、蘭豹は大股で去って行く。

 

 後には、気を失った友哉を膝の上に抱えた茉莉だけが、その場に残されていた。

 

 

 

 

 

第3話「師団会議」      終わり

 


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