緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第7話「ドキドキ☆体育祭」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ラ・リッサ」というイベントは元々、想像を絶する程の過激な競技内容目白押しであったらしい。

 

 銃あり、刃物あり、爆弾あり、格闘あり、罠あり。死者が出ない事が不思議なほどであったとか。

 

 まこと、「らしい」と言うべきか、これが武偵校の体育祭であった。

 

 それが現在のような形となったのは、その内容を知った当時の都知事が激怒し、以後は監視の目が付くようになったからに他ならない。

 

 教務課から、最優先で生徒達に課せられている事は1つ、

 

『第1部は無邪気な高校生を笑顔で演じる事。特に発砲等は厳重に処罰する』

 

 と、言う事である。

 

 要するに、都から監視が来ている午前中は、あくまでも普通の高校の体育祭を演じる事で糊塗し、監視がいなくなる午後から、一生懸命、殺し合いの競技をしろ、と言う事である。

 

 見事なまでの「臭い物に蓋」理論だった。

 

 そんな訳で、東京武偵校に所属する全生徒は、(まことに天変地異を疑いたいレベルで)珍しい事ながら、今日の午前中は、全員が非武装で競技に臨む事になる。

 

 友哉、茉莉、陣、瑠香の4人も、それぞれの武器や防弾制服を各自のロッカーに預け、体操服を着て、開会式が行われるグラウンドに集合した。

 

「晴れたね~」

 

 瑠香が手で庇を作りながら、上空の太陽を見上げるようにして言う。

 

 言った通り、雲一つない晴天に恵まれている。11月にしては気温もそこそこ高く、絶好の体育祭日和と言えた。

 

「そう言えば・・・・・・」

 

 体操着にハーフパンツ姿の茉莉が、何かを思い出したように言った。

 

「昨日、ベランダに出たら、遠山君が何か作って釣るしていましたが、アレは何なのでしょう? こう、てるてる坊主を逆さにしたみたいな・・・・・・」

「ああ、あれね・・・・・・」

 

 友哉は苦笑する。

 

 前に別のイベントの時、製作に付き合わされたから判るが、あれはキンジ流の逆てるてる坊主である。出席したくないイベントの時は、キンジは雨が降ってくれる事を願って大抵作っている。

 

 SSRに対して否定的な意見を持っているくせに、てるてる坊主は信じるのか、と呆れ気味に突っ込みを入れたのを覚えている。

 

 どうやら、今年も同じことをやったらしい。

 

 成長しない、と呆れるべきところだが、正直、友哉としてもキンジの気持は判らないでもない。

 

 こんな物騒なイベント、喜んでやるのは強襲科(アサルト)の過激派な連中くらいであろう。同じ強襲科でも穏健派な友哉としては、どちらかと言えばキンジに同調したい気分であった。

 

『そう言えば・・・・・・』

 

 歩きながらふと、友哉はエムツヴァイの事を思い出していた。

 

 結局、あの後、少女が目を覚ます事はなかった。

 

 今も武偵病院のベッドで眠り続ける少女の事を、ジーフォース事かなめが毎日のように見舞いに行っている。

 

 友哉も時々様子を見に行ったりしているのだが、つい先日、激しい命のやり取りをした時の印象はなく、やせ衰えた病人のように、衰弱しきったエムツヴァイの姿には、複雑な思いを抱かずにいられなかった。

 

 ワトソンや紗枝の話を聞いても、回復する兆しは見られないとの事だった。

 

 一命は取り留めた。

 

 だが、長く続いた戦場暮らしが、限界を越えて彼女の体を摩耗させていった事は間違いなかった。

 

 このまま一生、意識が戻らない事もあり得る。

 

 紗枝は沈痛な表情で、そう言っていた。

 

 挑まれた勝負であり、友哉は彼女を返り討ちにしただけだが、それでもやりきれない思いがあるのは仕方のない事だった。

 

 と、

 

 ボフッ

 

「おろッ」

 

 前を見ないで歩いていた友哉は、前を歩いていた人物にぶつかり、そのまま尻もちをついてしまった。

 

「おいおい、友哉、大丈夫か?」

「前見て歩いてないからでしょ」

 

 呆れ気味に声を掛けて来る陣や瑠香を余所に、ぶつかった相手は友哉に気付くと、膝をついて手を差し伸べて来た。

 

「ああ、すまん。大丈夫か?」

「い、いえ、こちらも、ぼーっとしてましたので」

 

 そう言って、差し伸べた男子生徒の手を掴んだ時だった。

 

 ゾクッ

 

 一気に鳥肌が立つ程の寒気を、友哉は感じた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、動きを止める友哉。

 

 対して、男子生徒は笑顔のまま、友哉を見ている。

 

「どうかしたか?」

「い、いえ・・・・・・」

 

 言いながら立ち上がる友哉。

 

 それを見届けると、「気を付けてな」と言い残し、男子生徒は去っていった。

 

「・・・・・・友哉さん、今のは?」

 

 茉莉も友哉と同じような物を感じ取ったのだろう、若干の冷や汗と共に尋ねて来る。

 

 友哉も、緊張を払うように、深呼吸をしてから答えた。

 

「今のは・・・3年生だよ・・・・・・」

 

 武偵校の3年生は、普段は大半が学校にいない。

 

 殆どが、海外留学と言う名目で任務についているからである。こう言う、学校指定の外せないイベントの時くらいしか全員が集まる事はない。仕事がある事情で、常時学校にいる紗枝の方が珍しいのである。

 

「へッ 面白い奴等がいるじゃねぇか」

 

 そう言って、ニヤリと笑ったのは陣である。どうやら彼も、そこら中に満ち溢れる気配に気づいたようだ。

 

 周囲にいる3年生は、一見すると普通以上に普通に見える。傍から見れば、何処から見てもそこらの高校生にしか見えないだろう。

 

 だが、判ってしまう。

 

 同じ武偵が相手なら、隠しきれるものではない。その内面に押し殺した存在感を。

 

 通常、3年生たちは素の実力を同級生や下級生達に見せたりしない。それは、いずれ商売敵として刃を交える事を考慮しての事である。

 

 「奴隷の1年、鬼の2年、閻魔の3年」。

 

 武偵校にあるこの階級制度が、決して形式だけの代物ではないと言う証左だった。

 

 その後、開会式が行われ、強襲科1年の高千穂麗(たかちほ うらら)の選手宣誓が行われた後、各自協議に移る事になった。

 

 まず手始めに行われたのは「玉入れ」。小学校などでも行われている、実に平和的な競技である。

 

 武偵校では、蘭豹が婚活に失敗した時、生徒に強制させる「2人1組で拳銃に弾込めをし、遅かった方を撃って良い」と言う、暴力ルール全開の「弾入れ」が存在するが、それとはまた、別である。

 

 因みに、友哉は「弾入れ」は苦手である。普段、銃を全く使わない弊害がそんな所にも出ていた。

 

 そんな訳で、紅組と白組に別れて玉入れに興じていた。

 

 友哉達は白組。友人達と一緒になって、スタートの合図と共に、落ちていた玉を頭上の籠に投げいれはじめた。

 

「ぬぉぉぉ、入らないのだぁー!!」

 

 友哉のすぐ脇では、装備科(アムド)の平賀文が、小学生並みの体で一生懸命玉を投げ入れている。

 

 だが、元々、運動神経に関しては度外視されている平賀。先程から、投げている玉が、てんで明後日の方向に飛んで行っていた。

 

 かと思えば、

 

「フンッ ハッ!!」

 

 見事なフォームと共に籠に投げ入れているのは、ジャンヌである。

 

 見ている内に、ポンポンと玉が面白いように籠に入って行く。

 

 こちらは色々とハイスペックである為、この程度の事は文字通り児戯であった。

 

 ただ一つ、激しく突っ込みを入れたいのは、なぜかジャンヌが履いているのは、時代錯誤のブルマーである、と言う事である。

 

 見た目、殆ど下着と変わらないブルマーなど、ヒステリア化を嫌うキンジでなくても、目の毒である事は間違いなかった。

 

 ジャンヌとは別の意味で実力を発揮しているのが、陣であった。

 

「よっと・・・それっ・・・へへ、軽いぜ」

 

 180センチの長身を活かし、軽々と玉を投げ入れていく。

 

 元々、この手の事には乗り気じゃないのでは、とも思っていたが、始めて見れば、意外な事に陣はノリノリで玉入れを興じていた。

 

 

 

 

 

 玉入れが終わると、なぜか競技の内容が適当になる。

 

 主に「個人競技」が主体となるのだ。

 

 これらは予め、教務課(マスターズ)から指定された競技に出る事となる。

 

 因みにその間、教務課の女性教師達は東京都教育委員会から派遣されてきた「監視員」達を接待している。

 

 スコア係りを務めているキンジの話では、何やら綴や蘭豹が、普段の暴力振りを完全に隠し、猫を被って「接待係の美人教師」を演じていたとか。

 

 まあ、あの2人、黙っていればそれなりに美人なので、やってできない事はないのだろうが。

 

 随分大きな猫の皮が必要だっただろうな、と友哉は心の中で呟いていた。

 

 そして、友哉もまた個人競技への出場が、教務課から言い渡されていた。

 

 友哉が出場する競技は「剣道」となる。

 

 これは、友哉の特性や、実家が剣道場である事も考慮されての事なのだろう。

 

 女子の部には、茉莉も出場している事から、それは間違いなさそうだった。

 

 普段、訓練中には絶対身に付けない、剣道着、袴、防具を纏い、竹刀を手に友哉は試合会場の真ん中へと進む。

 

 相手選手と向かい合って竹刀を合わせ、蹲踞の姿勢を取る。

 

 最近離れ気味だったにも関わらず、この辺の所作は忘れていない。

 

 実家の剣道場で子供の頃から慣れ親しんでいる事もあり、しっかりと体の中へと染みついていた。

 

 とは言え、

 

『気が進まないんだよな~』

 

 心の中でぼやきながら、溜息をつく。

 

 普段から刀をメイン武装に戦う友哉にとって、道場剣道は物足りない事はなはだしかった。

 

 剣術と剣道では、必要な動きがまるで違う。例えば剣道なら、きちんとした打突部位に適正な姿勢と踏み込みで竹刀を命中させない限り、1本とは判定されない。その為、打突部位以外はいくら食らっても構わないのだ。勿論、食らう場所によっては死ぬほど痛いが。

 

 翻って、剣術は1発でも食らえば、当然それまでである。自然、動きも防御の仕方も違ってくる。

 

 剣術に強いからと言って、剣道も強いとは限らないのだ。

 

 ましてか、友哉の使う飛天御剣流は、飛んだり跳ねたりが基本である。剣道でそんなやり方をしても、絶対に1本にはならないだろう。

 

 そんな訳で、傍から見れば当たり役のように見える友哉の剣道出場も、本人からすればだるさ全開のイベントでしかなかった。

 

 と、言うような事を考えていたのが、今から2時間前。

 

 結果表に貼り出された名前は、

 

『優勝:強襲学部強襲科2年 緋村友哉』

 

 張りだされた名前を、呆然と眺める友哉に対し、

 

「緋村ァァァァァァ、一生のお願いだッ 剣道部に入部してくれェェェェェェ!!」

 

 袴にしがみ付いて泣きついて来る剣道部の主将。因みに彼は、準決勝で友哉に敗れた。

 

「勘弁してくださいッ!!」

 

 叫ぶように言いながら、友哉はその場から脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で、怒涛の如く追い掛けて来る剣道部主将の魔の手(?)から逃れつつ、友哉はどうにか用具室方面に逃れていた。

 

 耳を澄ませば、尚も主将の怒号が聞こえて来る。

 

 主将からすれば、埋もれていたダイヤの原石を見付けた気分なのだろう。何が何でも、期待の超新星をモノにしたいと思っている筈だ。

 

「・・・・・・勘弁してほしい」

 

 友哉は溜息交じりに呟く。

 

 迂闊に優勝なんかしてしまった自分も自分だが、正直友哉は、部活動をする気など微塵も無かった。

 

 確かに刀を主武装にして戦い、実家は剣道道場である友哉だが、今更、剣道をやる気はない。

 

 自分が求める剣の道は、道場には無いと確信しているからである。

 

 放っといたら、この後、いつまでも勧誘の嵐に悩まされそうな気がして、友哉は少し鬱な気分になった。

 

 時刻はそろそろ昼の時間になろうとしている。

 

 このあと、昼休憩を挟んで、午後の部である第2部に移る事になる。

 

 そして、武偵校の体育祭は、この第2部こそがメインなのだ。

 

 ただし武偵校では「戦闘中に食事をするのはイタリア軍だけや」と言う蘭豹の暴力ルールにより、昼食を取る事は禁じられている。

 

 皆、腹をすかした状態で午後の部を乗り切らねばならないのだ。

 

 その時、

 

「ひィィィむゥらァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 主将の声が、すぐ脇から聞こえて来て、思わず友哉は肩を震わせる。

 

 まずい。このままでは、遠からず見つかってしまう。

 

 友哉はキョロキョロと周囲を見回すと、すぐ目の前の用具室の扉を開いて飛び込んだ。

 

 次の瞬間、

 

「キャッ!?」

 

 中にいたらしい人物の悲鳴が聞こえて、思わず振り返る。

 

 そこには、

 

 着替えの途中なのか、脱いだ袴を床に落とし、剣道着も半ばまで脱いで、両肩を露出させた、

 

「ま、茉莉ッ!?」

 

 が、立っていた。

 

 剣道着の前は紐を解かれ、艶めかしく開かれている。その為、ピンク色のパンティと、同色のブラが、友哉の前に気前よく晒されていた。

 

 着替え途中の半脱ぎ状態と言うのがまた、全裸や下着姿とは違った煽情感を出している。

 

「ゆ、友哉、さん・・・・・・」

「あ、ま、茉莉、これは、違うんだッ!!」

 

 突然の事で、羞恥よりも驚きが勝って呆然としている茉莉に、友哉は両手を振りながら言い訳しようとする。

 

 その時、

 

「緋村はいねがァァァァァァッ!?」

 

 主将の怒号が聞こえて来る。

 

 何で叫びが、なまはげチックなのかは知らないが、このままでは捕まってしまう。

 

 その叫びで、取り敢えず状況を察した茉莉は、意を決したように友哉の手を引っ張った。

 

「友哉さん、こっち!!」

「おろっ!?」

 

 茉莉は多く友哉の手を引き、傍らに1段目が開いた状態で置いてある防弾跳び箱の中に押し込め、自分もその中に飛び込むと、中から蓋を閉めてしまった。

 

「茉莉・・・・・・」

「シッ」

 

 何かを話そうとする友哉を、茉莉は人差し指を立てて制し、息を殺す。

 

 そこへ、

 

「緋村ァッ ここかァァァァァァ!!」

 

 ついに主将が、友哉と茉莉が隠れている用具室を探り当て、中へと踏み込んで来た。

 

 だが、中には誰もいない。

 

 主将は周囲をきょろきょろと見回すが、特に変わった様子の場所は無かった。

 

「チッ、ここでもないのか」

 

 そう言い残すと、部屋を出て行く気配がった。

 

 その気配を察し、ようやく2人は息をついた。

 

「友哉さん、いったい、あの人に何をしたんですか?」

「いや、何をした、て言うか・・・・・・」

 

 苦笑しつつ、友哉はあらましを説明すると、茉莉は呆れたように溜息をついた。

 

「優勝なんかするから、そんな事になるんですよ」

 

 それについては弁明の余地はない。何となく考え事をしながら戦っていたら、いつの間にか優勝してしまったのだから。

 

「そう言う茉莉は?」

「4位でした。準決勝と3位決定戦で負けましたので」

 

 その辺、茉莉はきちんと頭を使って戦っていた。元々、友哉と違い、基礎的な剣道の練習も欠かしていない彼女である。やろうと思えば優勝もできた筈なのだが、そこは、ある程度、実力を隠しながら戦って来たのだ。

 

 そこで、

 

 ようやくの事ながら、友哉は重大な事実を思い出していた。

 

「あ、あの、茉莉、非常に言いにくい事なんだけど・・・・・・・・・・・・」

「はい?」

 

 言いながら、友哉の視線を追う茉莉。

 

 そこで、自分のあられも無い格好に気付いた。

 

「////////////~~~~~~~~~~~~!!??」

 

 声にならない声で悲鳴を上げ、剣道着の前を慌てて隠す茉莉。

 

 恥ずかしさで顔が真っ赤になり、涙目になりながら友哉を見ている。

 

 だが、例え隠したとしても、剣道着の長さは腰までしか無い。体育座りした足の間から見えるピンク色のパンツと、そこから伸びる白い足は丸見えになっている。

 

「ゆ、友哉さん、あ、あんまり、見ないでくださいッ」

 

 恥ずかしさで、涙交じりに言う茉莉。

 

 一方で友哉は、

 

「えっと・・・・・・ごめん、無理・・・・・・」

 

 こちらも顔を赤くしながら、半裸状態の茉莉から目を逸らせなかった。

 

 物理的には、50センチも無い指呼の間と言う事もあるし、心理的には、もっと見ていたいと言う思いが働いていた。

 

「て言うか、茉莉はなんで、こんな所で着替えてたの?」

 

 脱ぎかけの剣道着や、バッグの中から覗いている制服から判断して、彼女がここで着替えをしていたのは判る。だが、着替えなら女子のロッカールームですれば良いのに。

 

「そ、その、ロッカールームは、着替えをする人でいっぱいだったので・・・・・・剣道で汗かいて、早く着替えたかったから、その・・・・・・」

 

 恥ずかしさを堪えながらの弁明に、友哉はなるほどと頷く。

 

 恐らく剣道が終わって、出場者が着替えの為にロッカールームに殺到したのだろう。

 

 それで茉莉は弾かれてしまった、と言うところだろうか。

 

 とは言え、狭い跳び箱の中に男女2人。しかも茉莉はパンツ丸見えの状態である。

 

 両者、狭い空間に押し込まれながら、恥ずかしい緊張に耐え続けるしか無かった。

 

 友哉がここから出ていけば問題無い話なのだが、そうすると、万が一、主将が戻ってきた時に、今度こそ捕まってしまう。

 

 その為、もうしばらくここに2人で隠れている必要があった。

 

 どれくらい、そうしていただろう。

 

 互いに、顔を真っ赤にしたまま、無言の内に時間だけが過ぎていく。

 

 今頃、第1部の残りの競技が消化されている筈だ。幸い、2人は剣道以外に出る種目が無い為、ここで立て籠っている事もできるのだが。

 

 だが、落ち着かないと言う意味では、ある意味、煉獄にも等しい時間だった。

 

 特に友哉。

 

 視覚的には、茉莉の艶姿を至近距離でガン見している、と言うのもあるのだが、それ以外にもう一つ、友哉を惑わせている要素があった。

 

 それは、匂いである。

 

 通常、男性は女性を、女性は男性を惹きつけ易い匂いを体から発している、と言われている。余談だが、キンジがヒステリアモードになり易いのも、この嗅覚が果たす役割が大きいのだ。

 

 友哉の鼻腔は、茉莉から無意識に発散される発せられるフェロモンとも言うべき匂いによって、いつも以上に引きつけられていた。

 

 特に、今の茉莉は剣道をやった後で汗をかいている。匂いの発散率は通常よりも上がっているのだ。

 

「な、なんだか、静かですね」

 

 そんな沈黙に耐えられなくなった茉莉が、先に声を掛けて来た。

 

「う、うん、そうだね」

 

 友哉も適当に相槌を打つ。

 

 その時だった。

 

 クゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~~~~~~~~~

 

 何とも可愛らしい音が、茉莉のお腹から聞こえて来た。

 

 2人以外この場所におらず、喧騒も殆ど遠くからしか聞こえて来ないので、その音は殊更、大きく響いた気がした。

 

 先程とは違う羞恥心から、顔を真っ赤にする茉莉。

 

 だがこの音が、恐らく死ぬほど緊張している2人を救ったのは、間違いなかった。

 

 そんな姿に、友哉はクスッと笑みを見せる。

 

「そう言えば、そろそろお昼だったね」

 

 とは言え、蘭豹の暴力ルールのせいで、食料の手持ちは無い。コンビニに行けば買い物はできるだろうが、もしそれが見つかったりしたら、武偵校名物体罰フルコースが待っている事になる。

 

「あ、そ、そうだッ!!」

 

 茉莉は何かを思い出したように、一緒に持って来た自分のバッグの中を漁り始めた。

 

 中には茉莉が朝に着ていた、体操着などが入っている。

 

 チラッと、替えの下着のような物が見えた気がしたが、そこは慎ましく黙っている友哉。

 

 そこへ、

 

「これ、どうぞッ」

 

 勢い込んで茉莉が差し出して来たのは、1枚の板チョコだった。

 

「流石にお弁当とかは持って来れませんでしたけど、これくらいは何とか持ちこむ事ができました」

 

 なかなか要領の良い娘である。

 

 茉莉はそう言うと包み紙を破り、半分に折ると、片方を友哉に差し出してきた。

 

「あ、ありがとう」

 

 受け取って、口に運ぶ。

 

 何だかんだで友哉も空腹だったせいもあり、チョコレートの甘さが舌から全身に染渡るような感覚に包まれた。

 

 ふと、視線を合わせると、茉莉もまた友哉の方を見ていた。

 

 目が合うと、互いに微笑みを浮かべる。

 

 まるで、今食べているチョコのような甘い空気が、昼の体育館倉庫を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後に入ると、空気は一変する。

 

 一言で言えば、緊張感に学校全体が包まれるのだ。

 

 既に都から派遣されてきた監視員は、教務員達が徹底的に懐柔した後、上機嫌の内にお帰りいただいた。

 

 後には、気にするべき何物も存在しない。

 

 つまり、取り繕う必要性が無いのだ。

 

 それぞれ、めいめいに隠していた武器を取り、武偵達は本来の姿を取り戻して行く。

 

 体育祭(ラ・リッサ)第2部。ここからが、本当の武偵校体育祭となる。

 

 行われる競技は2つ。

 

 男子中心の「実弾サバイバルゲーム」と、女子中心の「水中騎馬戦」である。

 

 実弾サバイバルゲームの方は、読んで字の如く実弾を使用したサバイバルゲームである。防弾制服ならどこに当たっても構わない。ルールは単純で、背中を地面に付けた方が負けである。

 

 一方の水中騎馬戦、こちらも読んで字の如くと言いたい所ではあるが、こちらも銃あり格闘ありと物騒である。騎馬が崩れるか、頭の鉢巻きを取られれば負けとなる。

 

 本来ならイクスメンバーは、友哉と陣が実弾サバゲー、茉莉と瑠香が水中騎馬戦に出場すべきところではあるが、実際の話、女子2人では騎馬を組む事ができない。

 

 と言う事で、教務課(マスターズ)から指示が下り、4人揃って実弾サバゲーに出場する事となった。

 

 各々、手には武器を持っている。

 

 茉莉と瑠香は、それぞれいつものブローニング・ハイパワーDAと、イングラムM10を装備している。

 

 陣は、初めて友哉と戦った時に持っていた、AK74カラシニコフライフルを掲げるようにして持っている。作動率の高さやパーツの互換性の良さから、主に共産圏や中東、南米のゲリラに多く出回っている銃である。

 

 友哉も、腰に差した逆刃刀の他に、SIG SAUAR P226を装備している。殆ど銃を使わない友哉だが、ここは気分的な物を優先して、装備科(アムド)から借りて来たのだ。

 

「全員、準備できたみたいね」

「おろ?」

 

 振り返れば、愛用のワルサーPPKを掲げた彩夏が立っていた。

 

「高梨さんも、こっちに出るの?」

「何、友哉はあたしの水着姿が見たかったわけ?」

 

 少し上目遣いにして悪戯っぽく笑ってから、肩を竦める。

 

「お生憎さま。こっちでアンタ達と一緒にドンパチやった方が面白そうだったからね。どのみち、一緒に騎馬を組む人もいないし、ゆとり先生に頼んでこっちに入れてもらったの。残念だったわね」

「べ、別に、僕は・・・・・・」

 

 言いながらも、少し顔を赤くして視線を逸らす友哉。

 

 その視線が、茉莉のそれとぶつかった。

 

 そう言えば、茉莉の水着姿を見れなかったのは少し残念かな。いや、でも、さっきもっと凄いのを見ちゃったしな。

 

 などと不埒な事を考えていると、茉莉も友哉の視線に気付き、顔を赤くしながら、はにかんだような笑みを向けて来る。

 

 釣られて、笑みを返す友哉。

 

 その様子を、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 瑠香が、少し離れた場所で静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 時は来た。

 

 鳴り響くブザーは、開戦を告げる鐘の音に他ならない。

 

 学園島の対角線上に布陣した両軍は、開戦の合図を受けて一斉に動き出した。

 

 サバイバルゲームと言うだけあって、舞台は学園島全体で行われる。

 

 1・2年生合同で行われるこの戦い。両軍の参加兵力は、白軍183名、赤軍192名。兵数的には赤軍がやや優勢と言う事になる。

 

 白軍が勝利を得るためには、何としても早期にこの兵力差を覆す必要があった。

 

「行くよッ!!」

 

 鋭い声と共に、白軍の先鋒を務めるのは、やはり友哉、茉莉、瑠香から成るイクス勢だ。

 

 結成間も無いチームではあるが、既に機動力においては武偵校最速と噂されるイクス。そのイクスの高速機動について来れる者など、存在する訳が無かった。

 

 速さその物を武器に、イクスの3人は赤軍が配置完了する前に斬り込む事に成功した。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 殆ど突撃の勢いを止めずに、先頭切って斬り込む友哉。

 

 対して、赤軍の部隊はこの奇襲を全く予期していなかった。

 

 ほぼ一瞬のうちに、5人の兵士が逆刃刀で殴打され、地面に転がる。

 

 続く茉莉と瑠香も、それぞれ手にした銃を放ちながら次々と敵陣に突入する。

 

「うわっ!?」

「な、何だこいつ等!?」

 

 突然の奇襲を受けた赤軍部隊は、完全に浮足立った様子で友哉達にかき回されるままになっている。

 

 その間にも友哉達は、着実かつ迅速に敵の数を減らして行く。

 

 そして、

 

「おらおら、邪魔だ、どきやがれ!!」

 

 遅れて踏み込んで来た陣が、浮き足立っている敵兵を、腕力に任せて殴り倒して行く。

 

「おめェら、速く行き過ぎだ!!」

「あたし達の分も、獲物を残しておいてよね!!」

 

 ぼやくように言いながら、追いついて来た彩夏がワルサーを放ち、残敵掃討を開始する。

 

 その圧倒的な進行速度、これまでの実戦で培われた戦闘力は、並みの生徒(へいし)では相手にもならない。

 

「う、うわぁ、もうダメだァ!!」

「ここは放棄しろッ 本隊と合流して体勢を立て直すぞ!!」

 

 残った敵は散を乱して撤退して行く。その殆どが2年であり、1年生の兵士は全員が、既に地面と熱い抱擁をかわしていた。

 

 赤軍の1部隊が壊滅するまで、10分も掛からなかった。

 

 正に、高速機動部隊の面目躍如である。

 

「さて、じゃあ、次に行こうかッ」

 

 友哉は仲間達、茉莉、陣、瑠香、そして最近、殆ど一緒に行動する事が多い彩夏に言った。

 

 このイクスの奇襲攻撃で、白軍は勢いづいた。

 

 出鼻を挫かれた形の赤軍は、拠点の構築にも失敗し、前線の一部が破綻してしまったのだ。

 

「お前等、緋村隊に負けるんじゃねェぞ!!」

「前線部隊は今の内に陣地の構築。支援部隊は火力支援を欠かさないように!!」

 

 武藤や不知火等に率いられた白軍本隊も前進し、イクスが開いた穴を徐々に左右へと広げていく。

 

 これに対し、初戦で躓いた赤軍は、ひたすら後退するしかなかった。

 

 通常、最前線が破られた場合、第2陣と合流して新たな前線を構築するのがセオリーである。

 

 しかし、白軍はそれを許さない。

 

 白軍が陣を構成しようとすると、イクスが比類ない速度で進撃してきて、またたく間に戦線に穴を開けてしまうのだ。

 

 そしてその穴から、また白軍がねじ込む、と言う事が続く。

 

 その結果、赤軍はひたすらに後退を続ける以外、取る道は無くなっていた。

 

 戦闘開始から約1時間。

 

 赤軍は今や学園島の一角にまで押し込まれ、絶望的な抵抗を余儀なくされていた。

 

 残存戦力も白軍146名に対し、赤軍は43名と大差が付いている。

 

 最早大勢は決したような物だが、それでも追い詰められた赤軍は、屋内戦闘訓練用の廃ビルに立て篭もり、最後の抵抗を行っていた。

 

 その頑強な抵抗を打ち破るべく、白軍が白羽の矢を立てたのは、やはりイクスだった。

 

 作戦は至ってシンプル。

 

 白軍本隊がビル正面に火力を集中し、敵の目を引き付けると同時に、イクスを主力とした特殊部隊3チームが裏手からビルに突入、赤軍を後方から撹乱する。赤軍が乱れた所を見計らい、白軍は総攻撃を敢行、敵司令部を制圧する手筈となった。

 

 指定された時刻にまで、配置を完了したイクス以下3チームの特殊部隊は、時計を合わせて突入開始時刻を待った。

 

 イクスの他に参加する部隊は、武藤と不知火の隊である。友哉達とは気心が知れており、連携を期待されての人選だった。

 

「そろそろかな・・・・・・」

 

 時計を見ながら、友哉が呟く。

 

 間もなく白軍本隊が、囮の為の攻撃を開始する事になる。そして赤軍の目を引き付けている隙に突入するのだ。

 

「だな。まあ、ここまで来れば、もう俺達の勝ちは動かないだろうけどよ」

 

 そう言って、陣は笑う。

 

 因みに、陣は用意したカラシニコフを1度も使っていない。全ての敵を素手で殴り倒してここまで来たのだ。

 

 ただ持っているだけのカラシニコフが、陣の背中で哀愁を漂わせているような気がした。

 

 もっとも、友哉も借りて来たSIGを全く使っていないのだが。

 

「時間です」

 

 茉莉の短い声と共に、聞こえて来る喧騒が更に大きくなった。

 

 白軍本隊が攻撃を開始したのだ。

 

「よし、行こうッ!!」

 

 そう言うと、友哉は戦闘を切って駆けだした。

 

 同時に武藤隊と不知火隊も動きだす。

 

 作戦は図に当たった。

 

 白軍の火力集中を、本格的な総攻撃と思った赤軍は、火力の大半を正面に集中させてしまった。

 

 そこへ、イクス以下の特殊部隊が突入して来たのだから堪った物では無い。

 

 友哉はビルに侵入すると、僅かに残っていた警戒部隊を排除し更に奥へと進む。

 

 この攻撃に対し、完全に虚を突かれた赤軍の戦線は、成す術なく崩壊して行く。

 

 白軍の勝利は疑いなく、それはさほど時間が掛からずに決するだろう。

 

 そう思われた時だった。

 

「キャァッ!?」

 

 聞こえた悲鳴に振りかえると、敵の反撃を食らったらしい茉莉が、床に背中を付く形で転がっていた。

 

 これで、茉莉は「戦死」と言う事になる。

 

 勝利を前にした、まさかの油断であった。

 

 だが、事態はそこで終わらなかった。

 

「このッ 女のくせに舐めるんじゃねェぞ!!」

 

 恐らく、茉莉を倒した敵だろう。

 

 その男子生徒は言い放つと、倒れ込んだ茉莉の上から、押しつけるように銃口を向けた。

 

「ッ!?」

 

 引き攣った茉莉の表情。

 

 如何に防弾制服を着ているとはいえ、あのような至近距離から撃たれれば大怪我もあり得る。

 

『茉莉ッ!?』

 

 それを認識した瞬間、

 

 スッ

 

 友哉は殆ど音も無く男子生徒の横に立つと、手にした刀を横薙ぎに振り抜いた。

 

 ガインッ

 

 一撃。

 

 殆ど容赦も無く、相手の腹を殴り飛ばす友哉。

 

「がァァァァァァ!?」

 

 その男子生徒は、5メートル近く吹き飛ばされて地面に背中を付いた。

 

 これで、この男子生徒も戦死である。

 

 だが、友哉は更に、懐に入れておいたSIGを抜き放ち、歩み寄って行く。

 

「ま、待った、参った。俺の負けだ!!」

 

 慌てたように、手を振る男子生徒。

 

 だが、

 

 友哉は無言のままスライドを引くと、男の顔面に真っ直ぐ銃口を向ける。

 

 その凄惨な殺気と、血走った目が、容赦無く男子生徒に向けられている。

 

 友哉は無言のまま、銃口を向けている。

 

 SIGには実弾が装填されている。このまま指を引けば、間違いなく銃弾は発射され、その男子生徒の頭は吹き飛ばされる事になるだろう。

 

「お、おいッ 何してんだよ、や、やめろよ」

 

 震える声でしゃべる男子生徒。

 

 彼の眼にも、友哉が本気である事が見て取れたのだ。

 

「な、何してんだよ。おれは、もう、やられただろ。だから・・・・・・」

 

 漏れ聞こえてくる声に耳を貸さず、友哉が引き金を引こうとした。

 

 次の瞬間、

 

「バッカヤロォォォ!!」

 

 バキィッ

 

 横から駆けて来た陣が、容赦無く友哉を殴り飛ばした。

 

 大きく吹き飛ばされる友哉。

 

 そのまま背中から床に倒れる。

 

「・・・・・・・・・・・・おろ?」

 

 そこで、友哉は我に帰った。

 

 周囲を見回し、更に倒れている茉莉を、そして荒い息を吐きながら自分を見下ろしている陣を見た。

 

「僕は・・・何を・・・・・・」

「馬鹿かテメェは!! ちっと頭を冷やせッ!!」

 

 怒鳴り付ける陣を、友哉は呆然と見つめている。

 

 あの一瞬、

 

 茉莉が傷つけられそうになった瞬間、

 

 自分の中にある何もかもが弾け飛び・・・・・・・・・・・・

 

 その後の事は、思い出せなかった

 

「まあまあ、相良君」

 

 そう言って宥めているのは、後から追い付いて来た不知火だった。

 

「取り敢えず、瀬田さんと緋村君はここで戦死って事で良いよね」

 

 味方に殴られたとはいえ、背中が地面についた事は変わり無い。友哉もまた、ここで「戦死」と認定される事になる。

 

「後は任せとけって。なに、ここまで来たんだ。お前等がいなくても、俺達の勝ちは動かねえよ」

 

 そう言って力強く請け負い、武藤が先陣を切って走って行く。

 

 その後から、不知火や他の特殊部隊メンバーも続いて行く。

 

 陣も、何か言いたそうにしていたが、やがて何も告げずに彼等の後を追って走り去って行く。

 

 後には、倒れたままの茉莉と友哉が残される。

 

「やられちゃいましたね」

「そう、だね・・・・・・」

 

 笑い掛けて来る茉莉。

 

 その茉莉に対し、友哉もぎこちなく笑いを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友哉君・・・・・・やっぱり・・・・・・」

 

 一連の様子を見ていた瑠香が、ポツリと呟きを洩らす。

 

 だが、周囲に人がいない為、その呟きが誰かに聞き咎められる事はない。

 

 やがて、ゲーム終了のホイッスルが、高らかに鳴り響くのだった。

 

 

 

 

 

第7話「ドキドキ☆体育祭」      終わり

 


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