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それから暫くの間は、慌ただしい日々が続いた。
イクス、バスカービル両メンバー共に無傷の者は少なく、治療に当たってくれた紗枝やワトソン、カナから療養を命じられていたのだ。
とは言え、ただ黙ってジッとしている訳にもいかないのが、学生の辛い所である。
戦闘が終結した翌々日から、武偵校では中間テスト期間に突入した為、命をやり取りする戦いから、今度は机の上で行われる戦いにシフトしていた。
最も悲惨だったのはキンジだろう。
エムアインスと交戦を開始してからの事を友哉は把握していなかったが、どうやらあの後、例の見えない床(飛行艇だったらしい)に乗ったキンジとジーサードは、遥か上空を飛行しながら戦闘を行ったらしい。
結果は、辛くもキンジの勝利で終わったものの、キンジは墜落する飛行艇からパラシュートを使って脱出。風で流されて着水した先は相模湾のど真ん中であったらしい。
そこから漁船と東海道線を乗り継いで武偵校に戻ってきたのが、テストの1日前の話。しかも、それらはすべて自腹。
友哉達のところにも迎えの要請が来たのだが、生憎、全員が絶望的なテスト勉強に追われており、且つ、重傷を負っている者も多かった為、「武偵憲章1条~」と言う訳にはいかなかったのである。
選択肢問題の時に鉛筆を転がしているキンジの事は、取り敢えず見ないであげる事にした。何と言うか、こう、武士の情け的な物で・・・・・・
因みにテストは、メンバーの大半が勉強どころではなかった事もあり、ほぼ全員が成績を落とすと言う惨憺たる結果に終わった。
イクスに限って言えば、元々成績の良い友哉、茉莉、彩夏は取り敢えず合格できたものの、陣と瑠香はあえなく撃沈の憂き目と相成り、追試に勤しむ事になった。
涙目になりながら茉莉に勉強を教えてもらっている瑠香を、微笑ましく見ながら日々を過ごしている友哉。
そんな友哉の元に、一通のメールが届いたのは、それから2~3日してからの事であった。
差出人の名は「アンガス」とある。
それが、あの、エムアインスとの決戦の場に姿を現わした老人の事だと思い出すには、少しだけ時間が掛った。
曰く、明日、自分達はこの国を出る事になる。その前に、エムアインスとエムツヴァイが会いたいと言っているとの事だった。
あの戦いの後、エムアインスとエムツヴァイは一時的に武偵病院に収容され、治療を受けていた。
元々、体の中がボロボロになっているエムツヴァイは勿論、友哉渾身の一撃をまともに食らったエムアインスも、重傷を通り越して重体と呼んで差支えが無かった。
それが数日で普通に立って歩けるくらいになったと言うのだから、相変わらずその身体機能は驚異的と言うべきだった。
羽田空港のホールで佇むエムアインスは、見慣れたあの戦闘服では無く、仕立の良いスーツの上から茶色のコートを羽織った出で立ちである。
左腕を吊っている事以外は特に目立つような外傷はなく、いたって健康そうな雰囲気である。
友哉達の姿を認めると、自由になる右腕を上げて挨拶してきた。
「もう、体は良いの?」
「ああ。病院のスタッフのおかげだ。もっとも、戦うのはまだ無理そうだがな」
エムアインスのジョークに対し、友哉もぎこちなく苦笑する。正直、あまりセンスの良いジョークには聞こえなかった。
チラッと視線を逸らすと、傍らにはアンガスの押す車椅子に座った、エムツヴァイの姿があった。その周囲には、茉莉、瑠香、彩夏と言ったイクスメンバーの他、紗枝やかなめの姿もある。
「フォースは、こっちに残るんだ」
友達の少女を見上げながら、エムツヴァイは少しさびしそうに問い掛ける。
ジーサード一派の中で、かなめだけはこの日本に残る事になっている。これからはバスカービルの一員として、キンジの助けになってくれる事が期待できた。
「まあね、こっちにはお兄ちゃんもいるし。それに、せっかくみんなとも仲良くできたからさ」
「そっか・・・・・・何か、寂しくなっちゃうな」
そう言って俯くエムツヴァイ。
対してかなめは、少し優しげに笑い掛ける。
「もう、そんな顔しないッ これでもう会えなくなるってわけじゃないんだから。あたしだって暇になったら遊びに行くし、元気になったら、また日本に来なよ」
「・・・・・・うん」
少し涙ぐみながら頷くエムツヴァイ。
そんな彼女に、紗枝が屈みこむようにして話しかける。
「本当は、こんな形で患者を手放すのは本意じゃないんだけど、これ以上、あたしがあなたの為にしてあげられる事もないしね」
医者の卵として、手の打ちようがないと言う状況は悔しいものがあるが、結局拘ってしまっては患者の為にはならない。その為、紗枝は彼女の転院を認める事にしたのだ。
「ごめんね、紗枝。今まで本当にありがとう」
「いいのよ、医者が患者の事を考えるのは当たり前の事なんだから。はい、これ」
そう言うと、紗枝は1通の封筒を差し出した。
「この中に、あたしの紹介状が入っているわ。向こうの病院に行ったら、担当のお医者さんに渡してね。それから、何かあったら私に連絡頂戴。すぐに駆けつけるから」
「うん、判った。ありがとうね」
笑顔で頷くエムツヴァイ。
これから彼女には、過酷な治療とリハビリが待っている事になる。普通の生活を送れるようになるまで、一体どれだけの時間が掛るのか判らなかった。ましてか、剣を持って戦う事は、最早一生あり得ないだろう。
それが、彼女に課せられた宿業の代償だとすれば、あまりにも理不尽と言わざるを得ない。
だがきっと、彼女なら、どんな困難でも乗り切って行ってくれるだろうと信じていた。
「サードがな、前からオランダに良い病院を見付けてくれていたんだ。そこで暫くは、ゆっくり治療に専念させる予定だ」
「そっか」
「オランダは、元々俺達の故郷でもある。あそこに戻れば、妹も落ち着いて治療に専念できるだろうし、俺としても色々と助かるからな」
それなら安心だった。
戦いはもう終わったのだ。彼等と死闘を演じた友哉の中にも、2人を憎む気持ちは無い。後はゆっくりと、治療に専念してほしかった。
そこでふと、友哉は前から気になっていた事があったのを思い出した。
それは是非とも、別れる前に聞いておきたかった事だった。
「ねえ、そう言えば気になってたんだけど」
「何だ?」
「君が使った、あの九頭龍閃って技、もしかしてあれが、飛天御剣流の奥義なの?」
奥義や九頭龍閃に関しては友哉も資料を集めようと努力したのだが、結局今のところ、それに関する記述を見付けるには至っていない。
九頭龍閃はあの威力と外見である。アレを越える技を、少なくとも友哉は知らない。あれが奥義だと言われれば、そのまま納得してしまいそうなのだが。
「いや、違う」
だが、エムアインスは黙って首を横に振った。
「奥義は俺達にも伝わっていない。伝わっているのは九頭龍閃までだ」
「そうなんだ」
「誰かが奥義の事を故意に削除したとも言われるし、もともと俺の家系の方には伝わっていなかったとも言われている。結局、調べようが無かったからな」
言ってから、エムアインスは思いついたように付け足した。
「もしかしたら、お前が最後に使った、あの抜刀術。あれこそが、奥義なのかもしれないな」
九頭龍閃を破ったあの、超神速の抜刀術。
確かに、あれほどの威力と速度は、飛天御剣流の奥義と呼んでいいかもしれない。
だが、1発撃つだけで、あれだけのダメージがフィードバックする技だ。果たして、それを使いこなす事ができるだろうか?
それは、友哉には、まだ判り得ない事であった。
「これから、どうするの?」
「そうだな」
遥か先を見通すように、エムアインスは柔らかい笑顔を浮かべて言う。
「まずは、体を治す事に専念する。それが成らない事には話は始まらないからな」
「その後は?」
尋ねる友哉に、エムアインスは少し考えたから答えた。
「それは、またその後に考えるとしよう。何しろ、時間はたっぷりとあるからな。だが、これだけは約束する」
言ってから、エムアインスは右手を友哉に差し出して来る。
「これからもし、困難な事が起こったなら、その時は俺を呼べ。お前が助けを求めたなら、俺は例えどこにいたとしても、お前を助けに駆け付けると約束しよう」
「・・・・・・判った」
そう言うと、友哉も笑顔を浮かべてエムアインスの手を握り返す。
「それから、もう一つ。俺の名前は
「判ったよ。元気でね、海斗、理沙」
やがて、海斗、理沙、アンガスの3人は機上の人となり、日本を離れていった。
だが、遠い空の下で、彼等は存在し続けている。
時代を越えて出会った3人の飛天の継承者。
その3人が、またいつか出会う事は、もしかしたら確定された未来の事なのかもしれなかった。
2
武藤兄妹がオランダへ旅立った翌々日、武偵校では中間テストの再試験が行われ、本試で点数を落としてしまった学生達が、揃って敗者復活戦に望む事となった。
そしてその日の晩、茉莉の献身的な指導のおかげで、瑠香がどうにか追試を乗り切ったので、今日は彩夏も誘って3人で食事に行こうと言う事になった。
テスト勉強の時は、報酬代わりとは言え瑠香が奢ったので、今日は茉莉の方から「自分が奢る」と言いだしたのだ。
場所は勉強会の時と同じ、ファミレス「ロキシー」。
食事の場所としてはありふれてはいるが、それだけに値段も手ごろで学生が通いやすい価格設定がされている。
その為、しばしば作戦会議や依頼人との契約確認の場としても活用されていた。
女3人だけの、ちょっとした女子会と言った風情で進められた食事。
女子だけ、と言う事はそれだけで開放感がある。普段、男子が入れば話せないような内容の事や、見せられない姿も割と平気で見せてしまう。
クラスの男子が馬鹿な事や、体重が増えてしまった事、過去の失敗談など、男子が傍にいれば100年の恋も冷める、とまで行かずとも、確実にドン引きしそうな内容ばかりだった。
彩夏に至っては、酒も入っていないのに酔っぱらった体で瑠香と茉莉に纏わりついてきた。
『2人とも胸小さいわね~ 揉めば大きくなるらしいよ。手伝ってあげる』
などと言って、ブラウスの胸元やら、スカートの中にまで手を突っ込んで来るから堪ったものでは無かった。
そんなドンチャン騒ぎをしていたら、いつしか時間は11時近くにまでなっていた。
「いや~、食べたね~」
1人ご満悦に笑っている彩夏を余所に、茉莉と瑠香は疲れ切った様子で後に続いている。
結局、殆ど、騒ぐ彩夏に引きずられる形となってしまった。
「瑠香さん・・・・・・」
「言わなくて良いよ、茉莉ちゃん」
視線を交わし合う茉莉と瑠香。
彩夏に向けられた2人の視線は、何よりも雄弁に語っていた。
この女と食事をするのは、金輪際やめよう、と。
「あ、そうだッ」
そこでふと、前を歩いていた彩夏が、何かを思い出して足を止め振りかえった。
また先程の繰り返しか、と思い身構える2人を余所に彩夏は言った。
「ごめん、あたしちょっと用事あったんだ。2人とも、悪いんだけど先に帰ってくれない?」
「はぁ・・・・・・」
「構いませんけど」
ごめんね。と言って駆けていく彩夏。
その背中を見送ってから、茉莉と瑠香は互いに顔を見合わせた。
「えっと・・・帰ろっか?」
「そ、そうですね」
そう言うと、互いに肩を並べて、寮への道を歩き出した。
互いに無言。一言もしゃべらずに歩き続ける。
ただ、11月の寒い夜風だけが、2人の間を駆け抜けていく。
冷えはじめた体に、堪らず瑠香がコートの前を合わせようとした時だった。
「瑠香さん」
茉莉が足を止めて、声を掛けた。
瑠香もまた、数歩進んだところで足を止め、そして振り返る。
「・・・・・・・・・・・・何?」
これから茉莉が話す内容。
その内容を、瑠香は既に予想できていた。
そして、
その内容が、自分にとってどのような意味を齎すのか、それを瑠香は充分に理解していた。
だから無言で立ち止まったまま待った。茉莉が話しかけて来るのを。
「瑠香さん・・・・・・」
もう一度名前を呼び、そして茉莉は話し始める。
「この間のお話、覚えていますか?」
「・・・・・・・・・・・・うん」
頷く瑠香。
勿論、覚えている。
茉莉は友哉の事をどう思っているのか?
あの時はエムアインスとの決戦が始まってしまった為、結局、宙ぶらりんのまま来てしまった。
その話の続きを、今しようとしているのだ。
「私は・・・・・・・・・・・・」
茉莉は顔を上げ、
真っ直ぐに瑠香を見詰めて、
言った。
「友哉さんの事が、好きです」
疑いようも無く、自分の中の感情を言葉にして放つ茉莉。
対して、瑠香は無言のまま、それを言ったん受け止め、
ややあってから、問い返した。
「それは仲間として? それとも・・・・・・・・・・・・」
瑠香にとってその質問は、最後の砦であった。
だが、その質問が終わらないうちに、茉莉は瑠香の言葉を遮って首を横に振った。
「仲間としてじゃありません。異性として、友哉さんに好意を持っています」
それは茉莉が、友哉と出会って以来、大切に守り育てて来た大切な感情。
何も知らず無垢なままだった「少女」が、恋を知り、「女」へと変貌した瞬間だった。
対して、
瑠香は、僅かによろけるように後じさり、そして乾いた笑い声を立てた。
「・・・・・・は、ハハ・・・そっか・・・やっぱり、そうだったんだ?」
「瑠香さん?」
怪訝な面持ちで問い掛ける茉莉。
瑠香はそんな茉莉に対し、笑みを返そうとして、
失敗した。
作り笑いを浮かべようとした口が不格好に歪み、瞳は涙を堪える為に潤みを増していた。
それでも、
「そ、それなら、良いんだ。うん」
最後の強がりとして、それだけを取り繕うようにして言い、茉莉から視線を逸らした。
「る、瑠香さん?」
「ご、ごめん。あ、あたしも、用事思い出した、から」
最後の方は殆ど鼻声になりながら瑠香はそれだけ言うと、茉莉に背中を向けて脱兎のごとく駆け出す。
最早、取り繕う事は限界だった。
これ以上ここにいたら、止め処無く泣き崩れる事は判り切っている。
だからとにかく、一刻も早く、この場から駆け去りたい。
それが「妹」に対する「姉」のプライドだった。
茉莉の気持を確認する。そう決断したのは自分だ。ならば、この結果も予想できていた筈だ。
だが、いくら自分にそう言い聞かせても、溢れて来る悲しみは止めようが無かった。
このまま、何処か遠くへ。
少なくとも、気持ちが落ち着くまでは1人でいたかった。
その時、
「あれで良かった訳?」
突然、声を掛けられ、足を止めて振り返る。
そこには、先程とはうって変わって真剣な眼差しを向けて来る、彩夏の姿があった。
「高梨先輩、どうして・・・・・・」
「用事が済んだから、急いで追いかければ追いつけるかと思って来たんだけど、そしたら2人が何だか深刻そうな話してたから」
そう言うと、彩夏は瑠香に足早に歩み寄った。
「ねえ、あれで本当に良かったの?」
彩夏は、瑠香が友哉に対して長年に抱き続けて来た恋心を知っている。知っているだけに、まるで逃げるように去ろうとする瑠香の態度が解せなかったのだ。
対して、瑠香は彩夏と視線を合わせず、俯いたまま口を開いた。
「良いんです、これで」
「どうして!?」
彩夏は瑠香の両肩を掴んで、激しい口調で問い掛ける。
「何で諦められるのッ? だって、あなたは友哉の事が・・・・・・」
「言わないでッ!!」
彩夏の言葉を、瑠香は大声を上げて強引に遮った。
その瑠香の気迫めいた叫びに、思わず彩夏も追及する口調を止めてしまう。
ややあって、今度は声のトーンを下げ、落ち着かせるような口調で尋ねた。
「・・・・・・理由、聞かせてくれるかな?」
「・・・・・・・・・・・・」
「こんなんじゃ、全然納得できない。瑠香が茉莉の為に身を引く理由なんてない筈よ」
自分が理不尽な質問をしているのは、彩夏にも判っていた。
この問題は、瑠香と茉莉、そして友哉の問題だ。他人である彩夏に口出しする権利は無い。
だが、判っていても、この質問はしなければいけないと思った。
そうしなければいけないと、なぜか彩夏は確信めいた想いを抱き、必死に目を逸らそうとしている瑠香を見詰め続けた。
どれくらいそうしていただろうか。
諦めない彩夏に根負けした様子で、瑠香が口を開いた。
「あたし・・・・・・・・・・・・」
言い掛けて、一度躊躇うように口を閉じる。
瑠香に取って、それほどまでに、これから話す内容は辛く重い物なのだ。
「あたし・・・・・・今、友哉君以外にもう1人、気になっている男の人がいるんです」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、思わず彩夏は絶句した。
そんな情報は聞いていなかった。瑠香が友哉に対して抱いている想いについては察しているつもりだったが、まさか友哉以外に男がいるとは思ってもみなかった。
だが、すぐに気を取り直して語りかける。
「それが何よ? あたし達くらいの年齢なら、気になる男子の2人や3人、いて当たり前よ。そんな事で、あんたが負い目を感じる事なんて無い」
浮気してるならともかく、友哉と瑠香は付き合ってさえいない。その上で、多くの男子に興味を持つ事は決して悪い事では無い。むしろ、当然の事だった。
「・・・・・・違うんです」
小さな声で呟くように言い、瑠香は顔を上げる。
その瞳には、既に涙が湛えられ、今にも零れ落ちようとしていた。
「あたし・・・・・・心の中で、友哉君とその人の事を天秤にかけていたんです。どっちと付き合えば、自分を大切にしてくれるかなって」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも、茉莉ちゃんは、友哉君の事を、本当に心から好きだって言ってた」
それに、と言って瑠香は続ける。
「多分、友哉君も、茉莉ちゃんの事が好きなんだと思う」
「それは・・・・・・」
早とちりしすぎなのでは、と言おうとする彩夏に先んじて、瑠香は言葉を紡ぐ。
「判るんです・・・・・・・・・・・・だって、幼馴染だから」
幼馴染だから、相手の事が良く判る。
そして、見たくない物まで見えてしまう。
友哉と茉莉は、互いに惹かれあっている。それが瑠香には、イヤと言うほど見えていた。
「あたしの想いは、友哉君も、茉莉ちゃんも傷付ける事になる。でも、あたしは、あの2人が傷付くところを見たくない。だから、こうするしか無いんです」
「・・・・・・・・・・・・」
無言のまま、手を下ろす彩夏。
これ以上語るべき言葉を、彩夏は持っていなかった。
目の前の少女が並々ならぬ決心の元に、この決断を下したのだと言う事が、彩夏には判ってしまったからだ。
その時だった。
「瑠香さん・・・・・・」
その声に、瑠香はビクッと肩を震わせる。
振りかえる、その先。
茉莉が、悲しげな瞳を瑠香に向けて立っていた。
「ま、茉莉ちゃんッ」
聞かれてしまった。今の話を、全部。
動揺する瑠香に、茉莉は歩み寄り、そっと語りかける。
「ごめんなさい。瑠香さんの気持も知らないで、私・・・・・・」
「良いの」
謝ろうとする茉莉を、瑠香は少し強い口調で遮った。
「謝らないで。茉莉ちゃんは、何も悪くないんだから」
「でも・・・・・・・・・・・・」
「悪いのは・・・・・・悪いのは、全部あたしなんだから・・・・・・」
そこが、限界だった。
泣き崩れそうになる瑠香。
その瑠香の体を、茉莉は優しく抱き留める。
後は、もう止められなかった。
声を上げて泣き出す瑠香。
釣られて、泣き出す茉莉。
学園島に、2人の少女の泣き声が静かに木霊する。
その泣き声の中で、瑠香は、自分の初恋が終わりを告げた事を悟った。
第10話「別離の決意」 終わり
人口天才編 了