緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第6話「急ぐ風に雲は流れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取る物も取りあえず、友哉達がICCビル118階のバー、OZONEに戻った時に見た物は、深刻な表情を突き合わせているバスカービルの面々だった。

 

 この中にキンジの姿は無い。

 

 アリアから連絡を受けた時、彼女はこう言った。

 

『キンジと連絡が取れなくなった』、と。

 

 事が起こったのは夕方。

 

 撒餌作戦の第2段階として、バスカービルメンバーがそれぞれ、散開して香港の街へ散った後の事だった。

 

 由々しき事態である。

 

 状況が容易ならざる展開を見せていると判断した友哉は、作戦を一時中断してバスカービルと合流したのだ。

 

「ユッチー・・・みんな・・・・・・」

 

 入ってきた友哉達の姿を見て、入り口付近にいた理子が力無く声を掛けてくる。いつもの溌剌とした調子が鳴りを潜めている所を見ると、理子自身、ふざけている場合ではないと認識しているようだった。

 

「キンジと、最後に連絡が取れたのはいつ?」

 

 友哉は前置きを置かず、いきなり本題から入った。

 

 今や一瞬ですら時間が惜しい状況である。悠長に話を韜晦している余裕は無かった。

 

「みんなで集まってお茶している時だったから、だいたい3時くらいかな?」

「大体それくらいだね。そのあとみんなで別れて行動したから・・・・・・」

 

 白雪に続いて理子が補足説明をする。見れば、レキも同意するように小さく頷くのが見えた。

 

 とっさに、腕時計に目を走らせる友哉。

 

 時刻は既に7時に達しようとしている。つまり、キンジとは4時間近くも連絡が取れない状態になっている事を意味する。

 

「定時連絡も無いし・・・・・・こっちから電話しても出ないし・・・・・・」

 

 顔を伏せた状態のアリアが、消え入りそうな声で状況を説明してくる。

 

 アリアだけでなくこの場にいる全員で、何度もキンジの携帯電話に連絡を入れているのだが、未だに電話口にキンジが出る事も返信が返って来る事も無かった。

 

 最悪の可能性として、キンジが藍幇の奇襲を受け、皆の連絡ができないまま排除された事も考えられる。

 

 ヒステリアモードを発動していないキンジは、一般人よりはマシ、と言う程度の能力しか発揮できない。その事を考えれば、熟練した戦闘員数名を派遣するだけで制圧は容易だろう。

 

 4時間あれば街中でキンジを襲撃して殺害、死体を処分して痕跡も残さず立ち去っても充分に時間が余る。そこまで行かずとも、キンジを拉致して藍幇のアジトに連れ去る事も可能だった。

 

 臍を噛む友哉。

 

 改めて、ここが藍幇の御膝元だと言う事を、否が応でも実感させられる。文字通りの四面楚歌の状況にあっては、不測の事態に対して即応する事も困難だった。

 

「どうしよう・・・・・・・・・・・・」

 

 力無い声が、静寂の室内に殊更響き渡る。

 

 友哉は一瞬、その声の主が誰なのか判らなかった。普段の自信あふれる声と比べると、あまりにも落差が激しすぎたのだ。

 

「あたしのせいだ・・・・・・あたしが、撒餌作戦(バーリィ)なんか言い出さなければ、こんな事には・・・・・・」

 

 アリアは普段に無いくらい落ち込み、青ざめた表情をしている。

 

「落ち着いて、アリア。まだそうと決まったわけじゃない!!」

「でも・・・・・・でも!!」

 

 友哉の説得にも、アリアは青い表情のまま泣きそうな顔をしている。

 

 普段見せている自信に満ちた尊大な態度からは想像もできない程、弱々しい雰囲気である。まるで親とはぐれた迷子のようだ。

 

 叫んでから、友哉は苦い表情をする。

 

 キンジは普段は割とやる気が無いようにも見え、武偵としての活動に関しても、お世辞にも乗り気は無いようにも見えるが、それでもいい加減な事は絶対にしない男である。

 

 定時連絡もせずにフラフラと歩きまわるなど考えられなかった。

 

「あたし、ちょっと探してくる!!」

「あ、アリア!!」

 

 居ても立っても居られないとばかりに、アリアは立ち上がると、友哉の制止も聞かずに弾丸のようにOZONEから駆けだして行く。

 

 キンジと連絡が取れず、行方不明になってしまった事に関して、ひどく責任を感じている様子である。

 

 だが、既に日は落ちて、窓の外は暗くなっている。眼下には香港の街を彩るネオンサインも見え始めていた。このような状況下で単独行動をするのは、いかにアリアと言えども危険である。最悪、二重遭難の危険性すらあった。

 

「レキッ」

 

 仕方なく、友哉も行動を起こすべく指示を飛ばした。

 

「アリアについて行って。今、彼女を1人にするのは危ないから!!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 レキは無言のまま頷くと、アリアを追ってバーを出て行く。レキはこの中で一番、アリアと仲が良い。彼女に任せておけば、いざと言う時にアリアの抑え役も期待できる。

 

 その背中を見送ると、友哉は残った一同を見回す。

 

「星枷さんは理子と一緒に行動して。茉莉は僕と、陣は瑠香と一緒に。必ずツーマンセルで行動するように。単独行動は禁止する!!」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばす友哉。

 

 総指揮官であるキンジが行方不明、次席指揮官であるアリアが飛び出して行った状況では、友哉が指揮権を継承するしかなかった。

 

 バスカービルメンバー同士、白雪と理子は一緒に行動させた方が良い。何だかんだ言いつつこの2人、(本人同士は否定するかもしれないが)相性はいいみたいだし。

 

 イクスの4人に関しては、情報収集に長けている探偵科(インケスタ)の茉莉と諜報科(レザド)の瑠香を分け、それぞれ効率の良い情報収集を目指す事を目的にしたペア分けである。

 

 それぞれOZONEを飛び出していく一同。

 

 事態は一刻を争う状況である。誰の顔にも、深刻な眼差しが光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友哉と茉莉。

 

 東京武偵校でもトップクラスの俊足を誇る2人が駆け抜ける姿を、香港の市民が目撃する事は無い。

 

 本気で走るこの2人を視覚で捉える事は困難であり、一般人にとっては不可能と言っても良い。

 

 しかも2人は律儀に道の上を走るような真似はせず、立ち並ぶ雑居ビルから雑居ビルへ、飛び越えながら走り抜けている。

 

 まず目指すは、白雪達が最後にキンジを見たと言うカフェ。そこを基点にして捜査の範囲を広げるのだ。だが、そこに行くのにわざわざ雑踏を縫って走ったのでは時間がかかりすぎる。その為、2人は「最短の道」を駆けているのである。

 

 万が一、下から見上げた人間が2人の姿を見たとしても、恐らく幻か何かを見たと勘違いする事だろう。

 

 それほどまでに、今の2人は現実味のない光景だった。

 

「友哉さん!!」

 

 前を行く友哉に、茉莉は声を掛ける。

 

「探すと言いましても、香港は広すぎます。それに、遠山君が藍幇側に排除されたのだとしたら、もう探すだけ時間の無駄かもしれませんよ!!」

「判ってる!!」

 

 流石、元イ・ウー構成員だけあり、茉莉はシビアな視点も持ち合わせている。一見すると荒事には向いていないように見える茉莉だが、こういう面を見れば、彼女が決して、ただ大人しいだけの女の子ではない事が分かるだろう。

 

 対して友哉も叩き付けるように言葉を返すが、その間も、駆ける足を緩めるような事はしない。

 

 茉莉の言うとおり、この広い香港でキンジ1人を探し出すのは困難である。更に、万が一既にキンジが殺され、その死体も処分されていたとしたら、探すのは時間の無駄と言う物だった。

 

 だがそれでも尚、友哉は駆ける足を止めようとしない。

 

 キンジが生きている可能性がゼロでない以上、諦めるつもりは毛頭ない。

 

 だが、もし本当にキンジが、既に殺されていたのだとしたら?

 

 その時は、どうするのか?

 

「・・・・・・決まっている」

 

 その時は香港系藍幇のアジトを探し出して乗り込み、そして叩き潰すだけだった。

 

 携帯電話が着信を告げたのは、友哉が最悪の場合に備えた決意を固めた時だった。

 

《友哉さん、レキです》

 

 珍しい人物からの電話に訝りながらも、友哉は足を止める。

 

「レキ、どうかした?」

 

 背後で茉莉が止まる気配を確認しながら、先を促す友哉。

 

 アリアと一緒に行ったレキからの連絡と言う事は、向こうで何らかの動きがあった可能性がある。

 

《先程、露天商のあたりを歩いていた時、アリアさんがキンジさんの携帯電話を発見しました》

「間違い無い?」

 

 勢い込んで尋ねる友哉。

 

 キンジ本人でなくても、その手がかりだけでも見付けられたと言う事は大きい。

 

 レキの説明によると、どうやらキンジの携帯電話は露天商の一角で売りに出されていたらしい。

 

《間違いありません。着信音で確認しましたので》

 

 携帯電話を握る友哉の手が自然と強くなる。

 

 手がかりが見つかったのは一応の前進と言えるが、携帯電話が見つかっただけでは、キンジの行方を探す直接的な要因にはなりがたい。

 

 キンジが落とした携帯電話を、誰かが拾って売ったのか? それとも盗んだ物を売ったのか? 軽犯罪が後を絶たない香港でなら、そう言った可能性は充分に有り得る。

 

 更に言えば、最悪の可能性もまだ消えてはいなかった。

 

 キンジを殺した相手が、所持品を処分がてら売り払った可能性だって充分に有り得る訳だから、相変わらず予断は許される状況ではない。。

 

 こんな時、情報科(インフォルマ)のジャンヌがいてくれたら、携帯電話に残っているデータから、キンジの居場所を突き止める事も不可能ではないのだが。

 

 しかしジャンヌがシンガポールに行っている以上、別の手段を考える以外に道は無かった。

 

「判った。引き続き、何か判ったら連絡して」

《はい》

 

 レキとの電話を切ると、友哉は携帯電話をしまう。

 

 とにかくこれで、キンジの身に何かトラブルが起きた事は確実になったわけだ。あとはそのトラブルが、大事でない事を祈るだけである。

 

「友哉さん、何か判ったんですか?」

 

 心配顔で尋ねてくる茉莉に、レキからの電話の内容を説明してやる。

 

 既に周囲は完全に日が落ち、香港の街は人工的な灯りによって満たされている。

 

 「100万ドルの夜景」と称されるその光も、このような心境で見れば、空疎に感じてしまう。

 

 できれば、茉莉と見る夜景はもっと別の形で見たかった、と友哉は心の隅で思ってしまう。

 

 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

「もっと具体的な情報が欲しい。できれば、キンジに直接つながるような何かが・・・・・・」

「判りました。私も、どこまでお力になれるか判りませんが」

 

 憂慮を浮かべる友哉の言葉に対して、茉莉は勇気付けるように言葉を返す。

 

 探偵科(インケスタ)の茉莉なら、効果的な情報収集の心得がある。ガチガチの戦闘職である友哉よりは、こういった場合役に立つだろう。

 

 だが、ここは日本ではなく香港。一応、友哉も茉莉も翻訳用のガイドブックを持参しているが、それもどこまで役に立つか。

 

 だが、それでもやるしかなかった。

 

「行くよ、茉莉」

「はい!!」

 

 頷き合うと2人は、再び香港の町中に、文字通り飛びだして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、夜が白むまで香港の街を駆け巡ったのだが、めぼしい手掛かりは何も得る事ができなかった。

 

 疲労困憊の状態で、ICCビルへと帰還した友哉と茉莉。

 

 その足取りは、ひどく重い。

 

 身体の疲労は、無論溜まってはいるが、それ以前に心労の方が2人とも深刻だった。

 

 結局、一晩掛かっても、キンジの手掛かりに関する事は何も見つからなかった。

 

 上昇するエレベーターの中で、友哉と茉莉は悄然として肩を落としている。

 

 一晩中、香港の街を走り回り、ただ徒労感だけが否応なく蓄積されていた。

 

 友哉がチラッと視線を向けると、茉莉もそれに気づき、僅かな微笑を向けてくる。

 

 しかし元々、茉莉は体力的にネックを抱えている。一晩中駆けずり回って疲れていない筈が無い。現に今も、壁に寄りかかったまま立っているのも億劫そうにしている状態だ。できれば、一刻も早く休ませてあげたかった。

 

 エレベーターは間も無く、司令本部のある118階に到達しようとしている。

 

 その様子を確認しながら、友哉は今後の方針について自分の中で意見を纏めていた。

 

 こうなった以上、自分達に取れる手段は限られている。ならばいっそ「藍幇がキンジを拉致して、自分達のアジトへ連れ去った」と言う可能性に賭け、捜索の手を対藍幇戦にシフトするべきだった。

 

 勿論、キンジの遭難が藍幇とは直接関わりが無い可能性も残っているが、それでも広い香港の街を闇雲に駆けずり回るよりは建設的だろう。それが結果的に、キンジ発見に繋がる近道になるように思えた。

 

 とにかく、全員に連絡を取ってその旨を伝えよう。

 

 恐らく、キンジと関わりが深いバスカービルの女子達、特に今回の件で責任を感じているアリアは猛反対するだろう。だが、このまま本命が見えないまま闇雲に捜索を続けて最悪、本当に藍幇勢力から側面を突かれたら、その時点でイクスとバスカービルは壊滅する事にもなりかねない。

 

 友哉が自分の中で考えを纏めるのとほぼ同時に、エレベーターが118階に到着した。

 

 友哉は疲れている茉莉を伴って、OZONEへと足を踏み入れる。とにかく、みんなが集まるまでの間、茉莉を休ませてやろう。

 

 そう思った瞬間、

 

 思わず、友哉と茉莉はその場で、文字通りズッコケた。

 

 なぜなら、

 

「お、おう、緋村、瀬田・・・・・・」

 

 件の遠山キンジ君が、目の前のソファーに腰掛けて2人を出迎えていたのだから。

 

 しかも、ご丁寧に両脇には理子と白雪を侍らせ(?)、いかにもご満悦な状態。

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

 殆ど一瞬で逆刃刀を抜き放った友哉が、真っ向からキンジ目がけて振り下ろした。

 

「おわっ!! 危ねッ!?」

 

 その刃を、キンジはとっさに左右の理子と白雪を振り払うと、真剣白羽取りで受け止める。

 

 アリアの特訓の成果なのか、はたまた一晩中の捜索活動で友哉が疲労困憊していたのか、恐らくはその両方と思われるが、キンジは振り下ろされた逆刃刀を見事に両掌で挟み込んでキャッチしていた。

 

 だが、友哉は構う事無く、全体重を掛けてキンジに刀を押し付けてくる。

 

「斬って良い? ねえ、斬って良い? て言うか斬って良い?」

「怖ェよ!! てか、もう斬ってんだろ!!」

 

 若干、人斬りモードを発動させた友哉は、ご丁寧に刃の方に返した逆刃刀を、グイグイとキンジに押し付けようとしてくる。

 

 と、

 

「友哉さん、どいてください。私が斬ります」

 

 茉莉が、こちらも菊一文字の柄に手を掛けてにじり寄ってきている。こっちも、若干、稲荷小僧モードが入っている。

 

 普段大人しい少女が、冷たい瞳を爛々と輝かせて刀を抜こうとしている様は、軽くホラーだった。

 

「お前等、本当に怖ェよ!! てか、誰か止めろ、このバカップル!!」

 

 本気で、自らの身を案じ始めるキンジ。

 

 結局、友哉を理子が、茉莉を白雪がそれぞれ取り押さえ、両名とも刀を没収されて事態は収束した。

 

「それで?」

 

 ソファーに足を組んで座った友哉は、不機嫌そうな目をキンジに向けて尋ねる。

 

「いったい何があったわけ?」

 

 キンジが無事だったことは純粋に嬉しい。一時は最悪のケースすら考えていたのだから尚更である。

 

 だが、それはそれとして、状況を説明してくれないと納得がいかない。一晩駆けずり回ったのが完全に徒労になったのだから、それは当然の権利だと思った。

 

 対してキンジは、バツが悪そうにそっぽを向くと、ボソッと呟くように言った。

 

「スられたんだよ、財布とケータイ・・・・・・・・・・・・」

 

 バスカービル女子と別れた後、予定通り単独で行動していたキンジだが、暫くして財布と携帯電話が無くなっている事に気付いた。

 

 すぐにスられたと判ったが、その時にはもうどうする事も出来ない状態だった。

 

 見知らぬ異郷の地に1人、連絡を取る事もタクシーや路面電車に乗る事も出来ず、言葉さえほとんど通じない状況にあって、キンジはそれでもどうにかICCビルまで戻ろうと必死に歩いたのだが、それが却ってドツボにはまり、道に迷う結果になってしまった。

 

「結局、北角(ノースポイント)の親切な人達に、道が分かる所まで送ってもらって、ようやく戻って来れたって訳だ」

「・・・・・・ふーん、成程ね」

 

 尚も憮然とした調子で、友哉は頷きを返した。

 

 一晩の徒労を強いられたことに関しては尚もムカついている事は確かだが、その一晩の間にキンジの身に降りかかった事態を思えば、怒る気にもなれなかった。

 

「何にしても良かったです。遠山君が無事でいてくれて」

 

 どうやら、茉莉も同じ気持らしい。先ほどまでの殺気がこもった雰囲気は薄れ、微笑を浮かべてキンジを見ていた。

 

 そのキンジの肩を白雪が揉み、理子は膝の上に乗って首に抱きついている。

 

 完全にいつも通りの光景を目の当たりにして、友哉は最早、先程までの怒りも完全に雲散霧消していた。

 

「それで、キンジ、これからなんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 キンジが帰って来たのだから、今後の方針について改めて協議しようと思った。

 

 その時だった。

 

 ゾクッ

 

 突如、背中に寒気を感じる程、強烈な殺気がOZONE全体を覆い尽くした。

 

「友哉さん、これは・・・・・・」

 

 茉莉も同様の者を感じたのだろう。警戒するような目を向けてくる。

 

 どうやら、キンジも状況に気付いたらしく青い顔をしている。

 

 気付いていないのは白雪と理子くらいだ。相変わらず、キンジにまとわりついている。もっとも、この2人の場合、気付いていても無視している可能性もあるが。

 

 とっさに、逆刃刀を手に取ってエレベーターに目を向ける。

 

 果たして、扉が開き、

 

「バ カ キ ン ジィィィィィィィィィィィィ!!」

 

 ピンクのツインテールを靡かせて、アニメ声を張り上げたアリアが飛び出してきた。

 

 アリアは友哉と茉莉を押しのけると、理子と白雪を蹴散らす形でキンジに飛びつき、キンジの髪を掴み上げる。

 

「ちょ、アリアさん!!」

 

 茉莉が制止するのも聞かず、アリアはその小柄な体躯からは想像も出来ない膂力を発揮して、キンジを壁に向かって投げつけた。

 

「どこ行ってたのよ!?」

「い、いや、その、俺はケータイも財布もスられて、道に迷ってたんだよ!!」

 

 どうにか状況を説明してアリアを落ち着かせようとするキンジ。

 

 だが、

 

「迷うって何!? 北が九龍で南が香港島!! その間に流れる狭い海峡がヴィクトリア・ハーバー!! こんな簡単な構造が何で判んないのよ!? あんな世界一広くて、複雑な構造の東京に平然と暮らしているくせに、何でこんな狭い街で迷えるのよッ この馬鹿!! ド馬鹿!! ドド馬鹿!!」

 

 客観的に考えれば、住み慣れた街ならいくら広くても迷う事は無いし、逆に知らない土地なら、下手をすれば一本道でも迷ってしまう可能性はある。

 

 だが、そんな事も判らないくらいに、今のアリアは頭に血が上っていた。

 

 見ればいつの間に戻って来たのか、レキもまた部屋の隅に佇んで様子を見守っている。その顔はいつも通りの無表情だが、若干、アリアに殴る蹴るの暴行を受けているキンジに冷たい目を向けている所を見ると、彼女もキンジに対していきありを覚えている様子だった。

 

 その様子を見て嘆息しつつ友哉は、内心では彼女達の怒りも無理も無いと思っている。他ならぬ友哉自身、帰って来るなり、思わずキンジに斬り掛かってしまったのだから。

 

「お金までスられるとか、どこまで間抜けなの!? この間抜け大魔王!!」

 

 尚も舌鋒と暴行をヒートアップさせるアリア。

 

 だが、そんな彼女に、それまで無抵抗だったキンジがとうとう反撃に出た。

 

「あー、もう、うるせェ!!」

 

 普段は割とアリアに対して反撃しないキンジからすれば、なかなか珍しい光景である。

 

「金は、俺が両替した大部分はバッグの中に入ってるんだ!! 確かに困ったが・・・・・・俺の婆ちゃんが言ってた事だが、人間盗むより盗まれる方が良いんだッ 盗みってのは人から盗まなきゃならんほど困っている人がする事で・・・・・・」

「そう言う発想が日本人的なのよ、アンタは!! ここは日本じゃないの!! 世界には泥棒で生計を立てている人間なんてウジャウジャいるんだから!!」

 

 何やら、話が脱線した方向に走り出そうとしている。

 

 そんな中、横から口を挟んだのは、当の泥棒当人である峰・理子・リュパン4世だった。

 

「ん~~~~~~ふっふっふ・・・・・・ちょっと~~~~~~、待ってもらえますか~~~~~~? りこりんが~~~~~~、質問しても~~~~~~、良いですかー? んーふっふっふ・・・・・・」

 

 何やら突然、額に人差し指を押し付けて古畑任三郎のモノマネを始める理子。

 

 殺伐とした状況で、いきなり何を始めたのか、このアホっ娘怪盗少女は? と一同が思っている中、理子はビシッとキンジを指差す。

 

「キーくんッ!!」

「何だよ?」

 

 憮然とした調子で尋ね返すキンジに対して、理子は再び似非古畑に戻って、何やら推理めいた事を口にし始める。

 

「あなたは~、テーブルのお菓子に手を付けていない。少なくとも、何か食べましたね~~~~~~? そして、どこかに泊まりもした。その椅子でも寝なかったし、汗のにおいもしないですもんねぇ。それどころか、女の子の匂いがしたんですよ~~~~~~」

 

 そこまで来てようやく、友哉は理子が何を言いたいのか理解した。

 

 ようするに、最後の一言を言いたいがために、古畑の真似事までして推理を披露したのだ。

 

「理子ちゃんも嗅げたの!? やっぱりでしたよね!!」

 

 我が意を得たりとばかりに、白雪が大きく頷く。どうやら、彼女にも思い当たる節があったらしい。

 

「いや、これは、その・・・・・・」

 

 追い詰められたように、額に汗を浮かべるキンジ。

 

 そんなキンジの背中をバンバン叩きながら、理子はゲラゲラ笑う。

 

「やっぱりねー!! 理子は嗅げてないけど今のは誘導尋問!! ひっかけ問題でしたー!! そしてクンカクンカセンサーゆきちゃんから証言も取れました。キーくん、香港美女のお家で楽しく一夜を過ごして来たんだなァー!? いやー、流石だね、このジゴロは!!」

 

 流石は、火に油どころか、火があればガソリンとガスボンベと導火線付きコンポジットC4を投げ込み、盛大な花火をぶち上げようとする理子。トラブルの種を撒く事に余念は無かった。

 

「理子さん・・・・・・」

 

 友人の様子を、茉莉は嘆息しながら見つめる。

 

 成長しない事は良い事なのか悪い事なのか、昔から理子に良いように弄り回される事が多かった茉莉は、殆ど反射的にキンジに同情していた。

 

 だが、理子がばらまいた火種は、再びOZONEの中に大火を見舞おうとしていた。

 

「馬鹿に付ける薬は無いって言うけど、ホントみたいね、このムッツリスケベ!!」

 

 再び怒気と闘気を存分にみなぎらせるアリア。見れば、傍らのレキも冷たい目でキンジを見ている。白雪などは、徐々に黒化しつつあるのが分かった。

 

 1人、いつもの調子の理子は、

 

「まあまあ、ムッツリスケベにはムッツリスケベなりの事情があったんだろうからさ。旅行先で気が軽くなっちゃったんだよ、きっと。旅は人との触れ合い。さーて、キーくんはどこでどう、何人の女の事触れ合ってきたのかなァ?」

「いや、別にどっちとも触れ合うような真似は・・・・・・」

 

 言いかけて、キンジはハッと口をつぐむ。

 

 とっさに理子の言葉を否定しようとして、自爆してしまった事に気付いたのだ。「女と一晩一緒だった」事を、自ら暴露してしまったのである。しかも「どっちとも」と言っている辺り、最低でも複数の女性と触れ合う機会があった事は確実である。

 

「やっほー!! 聞かせて聞かせて!! 理子に聞かせて、キーくんの武勇伝!! 年上!? 年下!? それとも両方!? 巨乳!? 貧乳!? コスプレ有り無し!? キャッホー!!」

 

 全く悪びれた様子も無くはしゃぎまくる理子。

 

 一方、アリア様の怒りは、いよいよもって有頂天を突き破りつつあった。

 

「あんたは・・・・・・すぐそうやって女の橋を渡って生きる!! ほんッッッとアンタは行く先々で女作るッ!! あーあーあーほんっとモテるわよねェ!! 女に困った事無いでしょーね!! 理子か白雪か、どっちかと付き合っちゃえば!?」

 

 怒りのあまり、とうとう言っている事までおかしくなり始めたアリア。

 

撒餌作戦(バーリィ)を立案したのはアタシだったから、キンジがそれでいなくなっちゃったから、あたしがどんな思いして、どんな思いして・・・・・・」

 

 昨夜の事を思い出し、泣きそうになりながらアリアはキンジを睨みつける。

 

「その間にあんたは!! あんたは!!」

 

 キンジの身を心配して、夜の街を散々駆けずり回った自分と、その間に美女を侍らせて一夜を過ごしていた(と、アリアが勝手に想像した)キンジ。

 

 その落差から来る惨めさに、アリアは目に涙を浮かべて地団太を踏む。

 

「もう、アンタはクビ!! どうせ外に出したら女の子と遊んでばっかりなんだから!! 作戦には参加しなくて良し!! 帰国までずっと、ここで正座してなさい!!」

 

 とうとう、2丁のガバメントを抜き放つアリア。

 

 その様子を見て、理子と白雪はテーブルの下に隠れ、レキは持ち前の危機回避能力を発揮して物陰に退避、友哉と茉莉は刀を抜いて跳弾に備える。

 

 と、

 

「俺は・・・・・・・・・・・・」

 

 銃口を向けられたキンジが、

 

「俺は海外なんか初めてなんだ!! お前みたいな帰国子女とは違うんだよ!!」

 

 とうとう、ブチ切れた。

 

 この時、キンジの中では自分とアリアとの間にある、どうしようもない「格差」を痛感させられていた。

 

 アリアは何でも持っている。富、名声、実力。武偵としてはSランクとして高い戦闘力を持ち、学校の成績も良い。

 

 対してキンジはどうか? ヒステリアモード時には高い能力を発揮するが、それ以外はまるで駄目。実力は並みで武偵ランクはE、金は無く学校の成績も悪い。名声だけは独り歩きしているが、それとて望んでそうなったわけではない。

 

 何でも持っている「優秀な」アリアと、何も持っていない「ダメな」自分。

 

 その事が、キンジを強かに傷付ける。

 

 しかし、何よりもキンジを傷付けているのは、アリアがその事を全く気付いていない事だった。

 

 アリアは何でも持っている。だからこそ、何も持たない人間の苦悩を理解できない。その事がキンジには、堪らなく惨めに思える。

 

 まるで空を自由に飛ぶ鳥と、地を這う虫けら程に、キンジは自分とアリアを比較してしまっていた。

 

「何よ・・・・・・何よッ!!」

 

 対して、アリアは次の言葉が続かず、声を詰まらせてしまう。普段は、自分の暴力に対して反撃せず、ただされるがままになっているキンジが珍しく反撃に出た事で、とっさの対応が追いつかない様子だ。

 

 そこへ、キンジは畳み掛ける。

 

「お前こそ、もうクビだ!! 藍幇くらい俺1人で何とかしてやる!!」

 

 売り言葉に買い言葉と言うが、キンジも最早、引っ込みがつかないところまで来てしまっていた。

 

 そのまま、自分のリュックを取って、バーを出て行こうとする。

 

「何よ・・・・・・じゃあ、もう勝手にしなさいッ!! どうせこれで戦果無し!! せっかく攻めて来たのに、アンタのせいで手ぶらで日本に帰る事になるんだわ!! それで良いのね!?」

 

 背を向けるキンジ。

 

「それで良いのね!?」

 

 その背中に、アリアは再度同じ質問をぶつける。

 

 その声にはどこか、キンジが戻ってきてくれることを期待しているようなニュアンスまで含まれていた。

 

 だが、それに対して、

 

 キンジが振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 

第6話「急ぐ風に雲は流れ」      終わり

 


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