緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第8話「藍幇城絢爛」

 

 

 

 

 

 

 

 

 油断なく刀を、正眼に構え直す友哉に対し、当真は淀みの無い足取りでゆっくりと近付いて来る。

 

 柳生当真。

 

 先の骨喰島での戦いで友哉が交戦した剣士。

 

 あの時の当真は、違法な生物兵器開発を行う浪日製薬の用心棒のような立場にあり、依頼によって島の調査に来た友哉の前に立ちはだかったのだが・・・・・・

 

「まさか、実は藍幇の構成員だった、なんてオチじゃないでしょうね?」

 

 探るように友哉は質問をぶつけてみる。このタイミングで姿を現した以上、間違っても一般人だとは思えないが、何しろ情報が少なすぎる。迂闊に相手の素性を判断する事はできなかった。

 

 対して当真は一瞬足を止めたが、すぐに面白い冗談を聞いたと言わんばかりに、口元に笑みを浮かべて見せた。

 

「そうだ って言ったら信じるか?」

「まさか、それこそ冗談でしょう?」

 

 おどけた調子の当真に対し、友哉はバッサリと斬り捨てるように返事をする。

 

 藍幇の構成員が、傭兵のような形で浪日製薬の用心棒をしている事への因果関係が思い浮かばない。よって、友哉の中では当真と藍幇は別の存在と認識するべき、と言う結論に達していた。

 

 しかし同時に、この場に当真が現れた事も偶然の一言で片づける事はできなかった。

 

 それは彼が左手に持っている、鞘に収められたままの日本刀が何よりも雄弁に物語っている。ただの香港観光なら、絶対に必要のない代物。明らかな交戦の意志を持って、この場に現れた証拠だった。

 

 足を止める当真。

 

 間合いは一足一刀。あと1歩進めば、互いに斬り込む事ができる位置で立ち止まり、両者睨みあう。

 

 その時だった。

 

 状況を周りで見守っていた、藍幇の構成員に動きが生じる。見れば、複数の者達が、当真の背後から襲いかかろうとしているのだ。

 

 彼等は、突然現れた当真を邪魔者と判断し、排除しようと襲い掛かっている。

 

 手に、それぞれの獲物を持って掛かっていく藍幇の構成員たち。

 

 振りかざされるナイフや鉄パイプが唸り会を上げて、当真に向かって振り下ろされる。。

 

 対して、当真は微動だにしない。向かってくる連中には一瞥すらくれず、その場に立ち尽くしているだけだ。

 

 そのまま打ち倒されるか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 当真の全身から放たれた殺気が、容赦なく周囲に発散された。

 

「ッ!?」

 

 突然の事に一瞬、目を細める友哉。

 

 衝撃波にも似た殺気を前に、友哉の警戒心は否が応でも高まる。

 

 まして、殆ど素人に毛が生えた程度の藍幇構成員など、今のでひとたまりも無かった事だろう。

 

 友哉が目を開けた時、当真に襲い掛かろうとした藍幇構成員は全て、何を成す事も出来ず地面に這いつくばっている光景が目の前に広がっていた。

 

 対して、この光景を現出した男は、この上ないくらいリラックスした調子で周囲を民話している。

 

「今、良いところなんだから、邪魔すんなよ」

 

 いっそ不気味なくらいに、静かな凄みを含んだ声。

 

 当真が発する気配に圧倒されたのだろう。残っていた藍幇の構成員達は、倒れている仲間を回収して撤退していくのが見える。

 

 一方の友哉はと言えば、刀を正眼に構えて当真と正対している。

 

 当真がこの場に現れた理由が、友哉と交戦する為である事は最早疑いない。それ以外に、香港に縁が無い当真がこの場に現れた理由は思いつかなかった。

 

 不可避な激突を前にして、友哉の中で高揚と緊張が同時に高まるのを感じる。

 

 当真との交戦は、これで三度目。

 

 一度目は邪魔が入った為に中断され、二度目は友哉の負傷を見て取った当真が自ら退いた為、どちらも引き分けに近い形で終わった。

 

 これが三度目の激突。そして、双方とも万全の状態で挑む最初の戦いとなる。

 

 腰を落とす当真。同時にその右手は、刀の柄を握る。

 

「この日を待っていたぞ。お前と再戦できる日をな」

 

 鯉口が切られる。

 

 友哉も、迎え撃つべく構えを八双に改めた。

 

 そんな友哉の動きを見ながら、当真はすり足でゆっくりと間合いを詰めてくる。

 

「まずは、我が三池典太、受け止めて見せろ!!」

 

 言い放った瞬間、

 

 鋭い踏み込みと共に、当真は抜き打ちを放ってきた。

 

 一瞬に迫る刃。

 

 対して、

 

 ギャリンッ

 

 友哉は構えた刀をとっさに立てて、当真の斬撃を防御、両者の刃は盛大な火花を散らしながら擦れ合う。

 

 次の瞬間、友哉が動いた。

 

 素早く刃を返すと、当真に対して真っ向から振り下ろしにかかる。

 

 唐竹割のように、正面から真っ直ぐに振り下ろされる逆刃刀。

 

 しかし、迫るその刃を、当真は一瞬早く刀を返して打ち払うと同時に、自身の刃を返して横薙ぎの一閃を繰り出してくる。

 

 当真の手に握られた、三池典太と言う刀。元々は光世と呼ばれる刀工が作り出した刀の数々の総称であり、身幅の広さと切れ味の鋭さが特徴である。また、刀身には魔を打ち払う力が宿ると言う言い伝えがあり、徳川家康の佩刀であるソハヤノツルギや、天下五剣の一振りである大典太が有名である。

 

 鋭く繰り出される当真の剣を回避しながら、戦術を頭の中で組み立てていく。

 

 銀の色の閃光が、友哉の視界を掠めて過ぎ去っていくのを感じる。

 

 緊張の為に、僅かに息を呑む友哉。

 

 打ち損ないは、即、死に繋がりかねない状況である。当真の実力に典太の切れ味が加われば、友哉の防弾装備は確実に斬り裂かれるだろう。

 

 後の先を狙うのは危険。

 

 そう判断した友哉は、自分の中で戦術を決定し、それを実行すべく行動を開始する。

 

 大きく後退を掛けながら、同時に手にした鞘に刀を収め、腰を落として構える友哉。

 

 抜刀術の構えである。

 

 当真も瞬時に、友哉が何を狙っているか察知したのだろう。高速の突撃に備えるべく、刀を構え直した。

 

 次の瞬間、友哉は地を蹴る。

 

 高速の踏込みから繰り出される、神速の抜き打ち。

 

 他者を圧倒するほどの速度で繰り出された銀色の剣閃は、一瞬で当真を打ち倒すべく迸る。

 

 後の先が危険であるなら、先制攻撃によって勝負を決めるしかない。そう考えた友哉は、自身のトップスピードで斬り込みを掛けたのだ。

 

 しかし、

 

「おっとッ!?」

 

 迫る友哉の刃に対して、当真は僅かに体を傾ける事で回避する。友哉の神速の剣に対して、当真は辛うじて追随して見せたのだ。

 

 しかし、

 

 次の瞬間、友哉の瞳は鋭く光る。

 

 こうなる事は、ある意味想定内である。そして、その為の布石も既に打っていた。

 

 迸る第二撃。

 

 双頭の龍は、獰猛な牙も顕にして鎌首をもたげる。

 

「飛天御剣流抜刀術、双龍閃!!」

 

 繰り出された左手。

 

 その手に持った、鞘の一撃。

 

 必勝を期す、神速の二段構え。

 

 双龍の牙が当真へと食らいつく。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちする当真。

 

 これには、流石の当真も予測が追いつかなかったらしい。迫る鉄拵えの鞘を前に、既に回避が不可能なレベルである事を悟る。

 

 貰った。

 

 友哉がそう思った瞬間、

 

 ガキンッ

 

 金属的な異音と共に、友哉が繰り出した鞘の一撃が防ぎ止められる。

 

 当真は自身の膂力を最大限に駆使して、友哉の双龍閃を防いで見せたのだ。

 

 その光景に、友哉は思わず目を見開く。必殺を確信した一撃を、まさか防ぎ止められるとは思っていなかった。

 

 しかし、勢いまでは殺しきれない。

 

 無理な体勢で友哉の攻撃を受けとめた当真は、そのまま吹き飛ばされる形で10メートル以上後退、辛うじてブレーキを掛ける事で転倒を免れた。

 

「・・・・・・やるじゃねえか」

 

 友哉の追撃を警戒しつつ、当真は尚も不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

 対して、友哉も刀を正眼に構え直し、警戒を解かずにいる。確実に決まったと思った双龍閃を防ぎ止められたのだ。油断する事はできなかった。

 

 戦闘続行。

 

 再び対峙し刀を構え直す、友哉と当真。

 

 両者の視線が空中で激突し、火花を散らした。

 

 両者は同時に地を蹴って駆ける。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでェェェェェェ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大気その物が圧迫されたような大音声が鳴り響き、周囲の建造物が振動によって不規則な鳴動を起こす。

 

 その声は凄まじいまでの質量を誇り、思わず、斬り込みを掛けようとしていた友哉と当真も、動きを止めて振り返ったほどである。

 

 動きを止めた2人が、向ける視線の先。

 

 そこには、筋骨隆々とした大男が、大股で歩いてくる光景が見て取れた。

 

「・・・・・・・・・・・・あいつは」

「知り合いかよ?」

 

 当真の言葉に答えず、友哉は向かってくる大男を凝視している。

 

 呂伽藍(りょ がらん)は2人の前まで歩いて来ると、鋭い眼つきで両者を見据える。

 

「この場での、これ以上の交戦は控えて貰おう。どうしてもまだ続けたい者があれば、この俺が相手をするが?」

 

 厳かに発せられる言葉は、重みをもって戦場に浸透する。

 

 思わず、顔を見合わせる友哉と当真。

 

 しかし正直、双方とも互いを相手にするだけでも手一杯な状況である。ましてそこに「中華の戦神」などと呼ばれて恐れられている怪物に出てこられたのでは、面倒どころの騒ぎではない。共倒れになるであろう事は目に見えていた。

 

 不承不承と言った感じを抱えつつも、友哉と当真は互いに剣を収めるしかなかった。

 

 互いの刀が、それぞれの鞘へと納められる。

 

 と、そこで当真は、踵を返し、元来た道を歩いて戻り始めた。

 

「ちょっと!!」

「どこへ行く?」

 

 友哉と伽藍が呼びかけるが、当真は振り返る事は無い。

 

「興が冷めた。今回は、ここで退かせてもらうよ」

 

 そう言うと、右手を背中越しにひらひらと振りながら、歩き去って行く。

 

 対して友哉は、去って行く当真の背中を、ただ立ち尽くしてみ守る事しかできなかった。

 

 当真が何をしにここに現れたのか、そしてどこの所属の者であるのか、本来なら聞きたい事はいくらでもあるのだが、それをするには、当真を追いかけて再度の戦闘を行わなくてはならない。そうなると、必然的に伽藍も戦闘に介入してくることになる訳で、そうなると、友哉の敗北は必至と言う事になる。

 

 悔しいが、今の友哉には当真を見送る以外に取るべき道は無かった。

 

 それはそれとして、現実的な脅威は未だに厳然として友哉の前に立ちはだかっている。

 

 振り返る友哉の視界の中に、立ちはだかる中華の戦神。

 

 対して伽藍も、見下ろすような形で少女のような顔をした少年と対峙している。

 

 大人と子供どころの騒ぎではない。小柄な友哉の体躯と比較すると、伽藍は文字通り巌の如き存在感を醸し出していた。伽藍に比べたら友哉など、大山を前にした鼠に等しい。

 

 と、

 

「友哉!!」

「友哉さん!!」

「友哉君!!」

 

 そこへ、藍幇構成員との戦闘を終えた陣が駆けつけてきた。その後ろからは、茉莉と瑠香も走ってくるのが見える。

 

 既に周辺の制圧は完了したらしい、藍幇構成員たちはあらかた制圧完了している。大半の者は、友哉達の戦闘力に恐れをなして戦意喪失していた。

 

 茉莉と瑠香も、藍幇に襲撃されたホテルを脱出する事に成功した後、GPSのナビを頼りに、この場所へ辿り着いたのだった。

 

「・・・・・・何だあいつは?」

 

 友哉の傍らに立つと、陣は警戒するように拳を構える。陣も一目で、伽藍が容易ならざるを相手であると言う事を見抜いたらしい。

 

 同時に、茉莉は菊一文字の柄に手を掛けていつでも抜けるように身構え、瑠香も服の下に仕込んだ道具で掩護できるように身構えている。

 

 これで戦況は4対1。

 

 しかし、相手は中華の戦神という異名で呼ばれる程の男。九頭龍閃をまともに喰らっても立ち上がってくるような怪物を相手に、果たして数のアドバンテージが通用するかどうか。

 

 警戒心を前面に出す、イクスのメンバー達。

 

 対して伽藍は、4人を見据え、大きく息を吐く。

 

 何やら、厄介事を抱えているような、そんな雰囲気を持った伽藍の態度に、友哉達は訝りながらも警戒を解く事は無い。

 

 相手の実力を考えれば、警戒し過ぎるなどと言う言葉は存在しない。下手な油断は命取りになるであろう事は明白だった。

 

 そんな一同に対して、

 

「今回の件、藍幇を構成する者として、深く詫びる。申し訳なかった」

 

 そう言って伽藍は、警戒している友哉達に対して頭を下げてきた。

 

「おろ?」

 

 思わず、顔を見合わせる友哉と陣。

 

 てっきり、このまま第2ラウンドに突入するかと思っていた為、あまりにも予想の斜め上を行く事態に拍子抜けしてしまったのだ。

 

 中華の戦神と言う異名で呼ばれる豪傑が、一介の高校生4人に頭を下げている光景は、なかなかシュールだった。

 

 狐につままれたような友哉達に対し、顔を上げた伽藍は肩を竦めながら話し始めた。

 

「此度のイクスとバスカービルに対する襲撃だが、藍幇全体の意志ではなく、一部の者達が暴走した事に端を発している。よって、こちらにはこれ以上の交戦の意志は無く、兵を退く用意があるが、どうか?」

 

 どうやら、伽藍は休戦の使者としてこの場に現れたらしい。今回の件は、伽藍としても連絡を受けておらず、突発的な事態を収める為に、この場に姿を現したらしかった。

 

 この事を考慮すれば、藍幇もまた一枚岩では無いと言う事が読み取れるのだが。

 

「・・・・・・それを、僕達に信じろって言うんですか?」

 

 友哉は、尚も警戒を解く事無く尋ねる。

 

 実際に襲撃を受けた身としては、敵の言葉を素直に信じられないのは無理からぬことである。伽藍自身は、あまり小細工を好むような性格には見えないが、それでも油断する事はできない。

 

 正直、今この瞬間に襲い掛かって来られたとしても不思議は無かった。

 

 対して、伽藍も重々しい顔つきで頷きを返す。

 

「お前の言葉はもっともだ。しかし、既に香港藍幇代表の諸葛静幻、それに、そちらのバスカービル代表である遠山キンジとの間で休戦協定が締結されたと言う報告が入っている。ここで、我らが戦っても何の意味も無い事だ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 嘘、を言っているようにも見えない。

 

 それに、伽藍ほどの力を持った武人が、虚言を弄して相手を陥れるような事をするのは、どうにもイメージに合わなかった。

 

 更に言えば、ICCビルを出る前にキンジは、藍幇との戦いを交渉で解決できる可能性を示唆していた。その事を考えれば、今回の停戦の流れは自然な事であり、むしろ今回、交戦するに至った経緯の方こそが不測の事態であった、と言う方が納得できる。

 

「どうする、友哉?」

 

 どう対応すべきか迷った様子で、陣が尋ねてくる。聊か予想外の事態に、振り上げた拳の下ろし場所が分からない、と言った感じだ。

 

 だが、それは友哉も同じ事である。

 

 本当に師団と藍幇との間で休戦協定が締結されたのだとすれば、ここでこれ以上交戦すれば、折角の解決の糸口が水泡に帰す事もありうる。

 

 だが、チームを預かるリーダーとして、安易な決断ができないのも事実だった。

 

「・・・・・・まずは、確認させてください。話はそれからです」

「よかろう」

 

 友哉の申し出に対して、伽藍は謹厳な顔で頷きを返す。どうやら、友哉がそう言ってくるのも、予想の範囲内だった様子である。

 

 コートのポケットから、携帯電話を取り出すと、友哉はキンジの番号を呼び出してコールする。

 

 何はともあれ、ここでのこれ以上の戦闘は回避できた事は確実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍幇城は先日、作戦会議の時に理子が話していた通り、タグボートで引いて曳航するタイプの浮城だった。

 

 だが、規模は想像以上に大きい。横幅200メートル、奥行き50メートル。それが3階建で構成された巨大な海の城塞である。

 

 規模だけでなく、その外壁を彩る装飾の数々も豪華の一言に尽き、朱色や藍色で色分けされた壁面には、四聖獣を象った、龍、亀、虎、鳳の像が飾られているのが見える。

 

 その藍幇上の全貌が見えてきた瞬間、イクスとバスカービルの面々は、驚く者、目を輝かせる者、無反応な者、それぞれ違った反応を見せた。

 

 イクスの4人は、概ね驚愕に分類されている。

 

「つか、派手すぎじゃね?」

「お金って、ある所にはあるんだね、ほんと」

 

 開いた口がふさがらない、と言った風情の陣に対し、友哉は驚き半分、呆れ半分といった調子で答える。

 

 藍幇が資金面で潤沢な組織である事は前から知っていたが、これではまるで成金趣味のお城のようにさえ見える。

 

 香港市街での戦闘が、伽藍の介入で中断された後、友哉はキンジに連絡を取り、休戦協定が事実であった事を知った。

 

 キンジも、第4のココ、機嬢(ジーニャン)や、例の孫悟空、孫と交戦状態に入ったが、そちらの戦いも、諸葛静幻が間に入った為、中断されたらしい。

 

 その後、友哉達はバスカービルのメンバーとも合流し、そこから車と船を乗り継いで藍幇城まで招待されたわけである。

 

 師団と藍幇との間で停戦、和平交渉が推進された経緯には、香港藍幇を束ねる諸葛が、どちらかと言えば藍幇内では穏健派であり、キンジが提示した停戦案に対して乗り気であった事が大きいだろう。そうでなければ、あのままなし崩し的に全面抗争に雪崩込んでいたとしてもおかしくは無かった。

 

 キンジと諸葛、双方の代表が和平に対して積極的である事から考えれば、今回の戦いは穏便のうちに済ませる事も期待できるのではないかと思われた。

 

「うわー おっきいねー、おっきいねー」

 

 瑠香がポカンと口を開けたまま、二度同じ事を口にしている。どうやら彼女自身、藍幇城の威容と外見の前に圧倒されている様子だった。

 

 やがて、クルーザーが接岸し、一同は藍幇城へと上陸を始めた。

 

 まず友哉が驚いたのは、浮島の上に城を建てていると言うのに、殆ど揺れを感じない事だった。

 

 これだけの巨体なら、多少の波が来ても、あまり揺れる事は無いだろう。浮力は充分に確保できている様子である。ただしその反面、凝った装飾をふんだんに施しており、構造自体はそれほど強く無いようにも見えた。

 

 さすがは元海賊組織の拠点と言うべきだろう。イ・ウーが母艦にしていたボストーク号にも驚いたが、これはこれで、また別種の驚きがあった。

 

「皆さんの荷物は、後ほど回収してお部屋の方に運ばせます。どうぞ、ご入城ください」

 

 そう言うと、ここまで自ら案内役を務めてきた諸葛静幻が、一同を城の中へと招じ入れる。

 

 代表自らホスト役を務めている辺り、本当に和平推進の意図があるのか、あるいはこれも戦略の一環であるのかは判然としなかったが、ここまで来た以上、他に選択肢がある訳でもない。

 

 一同は顔を見合わせると、戦闘を歩く諸葛に続いて、ぞろぞろと城の中へ入って行った。

 

 諸葛に続いて城の門の方を潜り、玄関ホールへと足を進めると、

 

 と、

 

「どーもどーもー!! お久しぶりー!! イ・ウーの頃以来だね!!」

 

 早速、顔見知りの女子を見付けた理子が、一瞬にして打ち解け、旧交を温めている。完全に同窓会のノリである。

 

 そんな理子を、呆れ顔で見詰める一同。

 

 あの順応の速さは見習うべきところなのだろうが、流石にあそこまでオープンな性格を模倣できるとは、誰も思ってはいなかった。

 

「よーし、りこりん、今日はとことん飲んじゃうよー!!」

 

 調子に乗った理子は、ウェルカムドリンクをラッパ飲みし始めている。

 

 何やら、ここに来た目的を忘れているような理子の様子に、一同はもはや溜息以外の物が口から出る事は無かった。

 

 

 

 

 

 案内された部屋は、どうやら貴賓室らしく、かなり広い作りになっていた。

 

 中国人の特徴なのか、赤や金色をふんだんに使った装飾や彫刻がこれでもかと配置されている他、壁際には何に使うのか良く判らないが玉座まで設置されている。

 

 その玉座には今、レキが無言のままちょこんと座っているのが見える。ほとんど身動きしないその様子を見ると、完全に人形に見えてしまう。

 

 白雪の説明によれば、中国では赤は健康運、金色は金運を示すらしい。流石は風水大国中国と言うべきだろう。この部屋も、そう言った風水的な要素を考慮して建てられているのは間違いない。

 

「悪くない部屋だけど、クリスマスツリーが無いのはいただけないわね」

 

 部屋の造りを無視してそんな事を言うアリア。そう言えば明日はイブ、明後日はクリスマス当日だと言う事を、友哉はすっかり失念していた。

 

『しまったな・・・・・・』

 

 アリアの言葉を聞きながら、友哉は己の迂闊さを悟り、心の中で舌打ちする。

 

 折角、茉莉と付き合い始めて初めてのクリスマスである。任務中ではあるが、どうにか時間を作って2人っきりで過ごしたかったのだが、この状況ではそれも叶わないかもしれない。

 

 チラッと視線を向けると、当の茉莉は、瑠香や理子と一緒に部屋の装飾を見て回っている。

 

 そっと、友哉はポケットの中に手をやる。そこには昨日、茉莉達がブティックに行っている間に買い求めた物が入っているのだが。

 

 これを渡す為にも、どうにか2人だけの時間を作りたいところだった。

 

「ツリーって・・・この部屋には似合わないだろ」

 

 キンジの呆れ気味の声を聞いて、友哉は我に返った。

 

 どうやら、先程のアリアが発したお国柄的にKYな発言を聞き咎め、ツッコミを入れたらしい。

 

 だが、やっぱりと言うべきか、キンジの至極まっとうな発言は、アリア必殺の横暴発言によって返された。

 

「似合う似合わないの問題じゃないの。キンジ、アンタが何とかしなさいよ、ツリー。明後日にはもう、クリスマスなのよ」

 

 どうやら、今朝の大喧嘩の事を未だに根に持っているらしいアリアは、強硬な主張を緩めようとしない。こうなったら、何が何でもキンジがクリスマスツリーを用意しない事には、納得しないだろう。

 

「見てわかるだろ。ここはバリバリの中国間だぞ、そんなもん置いたらカオスに・・・・・・」

Hum(ハァン)?」

 

 首を捻じ曲げた状態で、キンジを睨みつけるアリア。

 

 仕草こそ愛くるしいが、その殺気を伴った眼光は、並みのチンピラ程度なら裸足で逃げ出すレベルである。

 

 対して、

 

「お、俺はちょっと偵察(さんぽ)してくる。調査(ガサ)は武偵の基本だからな」

 

 などと言って、スタコラサッサとばかりに部屋を出て行く。

 

 その後ろ姿を見送り、

 

「キンジ・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は呆れ気味にため息を漏らした。

 

 今朝の啖呵は一体何だったのか、と思いたくなるような見事なヘタレっぷりだった。

 

 こうして藍幇城に入り込む事には成功したものの、これでは肝心の和平交渉がうまくまとまるかどうか、

 

 友哉は一抹の不安を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

第8話「藍幇城絢爛」      終わり

 


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