緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第10話「運命を受け入れる意思」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太公望はどんな気分で釣り糸を垂れたのだろう?

 

 ふと、友哉はそんな事を考えてみる。

 

 中国においては、三国時代よりもさらに古い時代に名軍師として名を馳せた太公望は、釣りをする時に、その頭の中には天下への大計を秘めていたと言う。

 

 で、

 

 なぜ、友哉がこんな事を考えているかと言うと、

 

 藍幇城のベランダで、キンジと2人、並んで釣り糸を垂らしていたからである。

 

「釣れないな」

「釣れないね」

 

 嘆息交じりに会話を交わす2人。

 

 香港の釣りは竿を使わず、プラスチックの糸巻きにテグスが付いた物を使うようだ。その釣糸を、2人は揃って海面に垂らしている。

 

 話によれば、毒の無いアイゴが釣れるとの事だが、しかし先程からヒットする気配は全くなかった。

 

 これはもう才能が無いか、場所が悪いかのどちらかとしか思えなかった。

 

 もっとも、キンジにしろ友哉にしろ、別に本当に釣りがしたかった訳ではない。ただ、天下の大計を秘めた太公望宜しく、今後の方針を落ち着いて考える時間が欲しかっただけなのだ。

 

 が、

 

「で、どうするの? 何か考えはまとまった?」

「お前の方こそ、何か無いのかよ?」

 

 2人揃ってこんな会話をしている時点で、既に太公望とは雲泥の差である事は言うまでもない事である。

 

 とは言え、このままでは師団側は、何もカードが無いまま、藍幇との停戦交渉に臨まなくてはならなくなる。そうなると後は、決裂、全面抗争と言う流れになる事は想像に難くなかった。

 

 せっかく無血で手打ちにできる糸口が見つかったのだから、何とか講和を成立させたいところなのだが、2人が無い知恵を絞っても、なかなか妙案と呼べるものが浮かんでこなかった。

 

 2人の背後に人の気配が現れたのは、そんな時だった。

 

「あんたたち、釣り下手ね」

 

 少しイントネーションに癖がある日本語で話しかけられ振り返ると、中華風にアレンジされたメイド服を着た少女が、呆れ気味に腰に手を当てて立っていた。

 

 首を傾げる友哉。いくら記憶の中を探っても、目の前の少女は見覚えが無かった。

 

 だが、キンジの方には何か思うところがあったらしくて、軽く驚いた様子で少女を見ていた。

 

「ユアン、藍幇城に来ていたのか。驚いたよ」

「まさか、あんたが噂の不可能を可能にする男(エネイブル)だったとはね。昨日、孫様と戦っているアンタを見て、びっくりして藍幇の上に報告したら根掘り葉掘り聞かれて、参ったわよ。『一晩一緒に寝た』って言ったらさ、言い方がまずかったみたいでさ。変な誤解されちゃってさ。あんた付きのホステスやれって、ここに来させられたの」

 

 ユアンと呼ばれた少女の言葉に反応したのはキンジ、ではなく、その横にいる少女顔の少年だった。

 

「ふーん、僕達が心配して必死になって探している時、キンジはこんな可愛い娘とよろしくやってたんだ」

「だから、それは違うって言ってんだろ!!」

 

 ジト目で睨んでくる友哉に対して、キンジは思わず大声で叫ぶ。

 

 この件に関して、アリアと大喧嘩をしてしまった事はキンジにとっても苦い事である為、ここで蒸し返されたくなかったのだ。

 

 そんな友哉の事を、ユアンと呼ばれた少女は不思議そうな眼差しで見詰めてくる。

 

「何、あんた? もしかして、こいつの彼女、とか?」

「「断じて違う!!」」

 

 見事にハモッた友哉とキンジ。何をとんでもないことを口走ってくれているのか、この中華娘は。

 

「この阿呆の事は放っておいていい。それよりユアン。何が用があったんじゃないのか?」

 

 尚も何か言いたげな友哉の事を脇に押しのけつつ、キンジはユアンへと向き直る。

 

 そんなキンジに対して、ユアンは周囲を気にしながら素早く近付くと、小声で話しかけた。

 

「来て」

 

 短く告げるユアンに対し、キンジと友哉は訳が分からず、顔を見合わせる。

 

 見れば、いつの間にかユアンの背後には、別の女性が立っているのが分かる。

 

 そんな2人の様子にもどかしさを感じながら、ユアンは手短に説明してきた。

 

女傭(メイド)長様が、『猴様が、遠山と会いたいと仰ってる』って言うから」

 

 その言葉に、キンジと友哉は思わず息を呑んだ。

 

 猴と言うのが、孫のもう一つの名前である事は、キンジから聞かされて友哉も知っていたが、まさか本交渉前に向こうから接触を持ちかけて来るとは思っても見なかった。

 

 恐らくユアンの背後に立っている、20代くらいのツンツンした感じの女性が女傭長なのだろう。良く見れば、着ているメイド服も、ユアンの者より立派な作りをしているのが分かる。

 

 ともかく、向こうが合いたいと言ってきている以上、こちらが拒否する理由は無い。もしかしたら、何らかの形で交渉を有利に進める糸口が見つかるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユアン、キンジ、友哉、女傭長の順番で並んで歩きだす。

 

 道すがら話を聞いてみると、ユアンの本名はユアン・メイシーで、藍幇の末端構成員をしているらしい。住まいは北角で、どうやら彼女が、財布とケータイをスられて道に迷ったキンジに、一宿一飯を世話したらしかった。

 

「騙すつもりは無かった。俺達が北角で出会ったのは、本当に偶然だったんだ」

 

 そう言ってキンジは、隣を歩くユアンに頭を下げる。

 

 本人にそのつもりは無かったとしても、結果的にキンジは、自分がバスカービルのリーダーで、敵対組織である藍幇との抗争に決着を付けるために香港に乗り込んで来た事をユアンに隠していた事になる。その事でユアンがキンジの事を怒っていたとしても不思議ではない。

 

 しかし、予想に反してユアンは微笑を浮かべると、首を横に振る。

 

「判ってるよ。そういうタイプじゃないもん、あんた」

 

 その様子を後ろから見て、友哉は少し感心したように頷いた。

 

 どうやら、ユアンはなかなか良い子らしい。もっともそれは、宿無しのキンジを一晩とは言え自分の部屋に泊めた時点で、ある程度予想はできていたが。

 

 しかし、それにしても驚くべきはキンジだろう。どこにいても発揮するジゴロ振りは、天性の物としか言いようがない。最早、ヒステリアモードの有無は関係ないのではなかろうか? これで本人に「女嫌い」などと言われても、何かの冗談だとしか思えなかった。

 

 やがて4人は、中国風の座敷牢のような場所へ連れてこられた。

 

 牢と言っても別に、暗く殺伐とした雰囲気は無く、中は行灯の光で照らされており、桃の詰まれている皿や、猴の趣味なのかパズルゲームの本が置かれている。

 

 何だか、牢と言うより個人部屋と言った風情である。

 

 キンキラの畳の上に、猴は背中を向ける形で寝そべっていた。

 

 とは言え、相変わらず名古屋女子武偵校の制服を着て、更に尻尾も立てている為、後ろから見るとなかなか絶景な状態になっていた。

 

 思わず、目を逸らすキンジと友哉。

 

 そんな2人に構わず、ユアンは猴へと近づいた。

 

「猴様、遠山様をお連れしました」

「あゃ!?」

 

 思わず飛び跳ねるように起きる猴。同時に、空中で膝を折り畳んで、着地した時には正座の姿勢を取っていた。たまに、白雪がやる一発芸と同じである。

 

「と、遠山、お久しぶりです」

「お、おう・・・てか、昨日の朝、会ったばっかだろ」

 

 何やら、微妙な調子で挨拶を交わす2人。

 

 そのやり取りで友哉は、どうやらキンジが香港の街をさまよっている内に接触したもう1人の女性と言うのが、目の前にいる猴だと言う事が分かった。

 

 とは言え、

 

「あのさ、キンジ・・・・・・」

 

 どうしても拭えない疑問を、友哉は尋ねてみる。

 

「本当に、彼女が孫なの? 何か、雰囲気が違うって言うか・・・・・・」

 

 日本で対峙した時の孫は、いかにも好戦的であり、また、どこか神秘的な畏怖をも備えた、言ってしまえば得体の知れない存在だった。

 

 しかし、いま目の前にいる猴に、そんな雰囲気は感じられない。どこにでも居そうな、幼い感じの女の子である。

 

「詳しい事に関しては、前に話して置いた通りだ。今のこいつは猴で、言ってしまえば孫とは体を共有している二重人格みたいな物、で良いよな?」

「あい」

 

 確認するキンジに対し、猴は頷きを返す。

 

「孫として過ごすのは、心身ともに疲れが溜まるです。長時間それをやって猴に戻った直後はフラフラするです。勿論、もう普通に戦えますが、あと1日半ほど休めば完璧になるかと。なので、それまで猴は、ここで待機させられてるです」

「成程ね・・・・・・」

 

 友哉は猴の言葉を聞いて、大体の事情を察した。

 

 どうやら諸葛は、猴が万全になるのを待って本交渉を開始するつもりらしい。自身の知力と猴の武力。双方を備えれば、藍幇側は、正に最強の布陣となる。交渉の場においても、話を有利に進める事ができると言う訳だ。

 

「遠山たちと孫の戦いの事、ココ達から聞いたです。遠山たちが戦ったのに殺されなかったのは、孫が遊びに徹したからでしょう。ですが孫は負けず嫌い。次は遊ばず、すぐに討ち取りに行くはず」

 

 猴の説明を聞きながら、キンジは確かに、と頷く。

 

 友哉達が藍幇構成員達と戦闘を行っている頃、キンジは理子や白雪と共に猴と戦ったのだが、その際猴は、どこかキンジとの戦いを楽しんでいる節があった。

 

 だが、次は恐らく、初手から本気で来る。例の如意棒、レーザー光線を使って。

 

「遠山、孫を殺してあげてください。ここで私を殺せば混乱になりますが、孫となって戦う流れの中であれば、藍幇もそれを認めるはず。それが・・・・・・私を救う」

 

 最後の方を猴は、消え入りそうな声で囁く。

 

 対して、顔を見合わせる友哉とキンジ。

 

 猴は孫悟空。中国の、それこそ神話の時代から生きてきた存在だ。その際に辛い事がたくさんあったのだろう。

 

 戦いを望む孫と、その真逆である猴。2つの相反する性格が身の内にある事もまた、彼女にとっては辛い事なのかもしれない。

 

 だから求めているのだろう。自らを殺し、自らの人生に幕を引いてくれる存在を。

 

 その時、

 

「よし、殺してやる」

 

 それまで一言もしゃべらなかった女傭長が突如しゃべったかと思うと、突然、顔をベリベリと引き剥がしてしまった。

 

 あまりに突発的な事態に、その場にいた友哉、キンジ、猴、ユアンが揃って呆気に取られる中、女傭長の顔の下から、良く見知った金髪少女が姿を現した。

 

「「り、理子!?」」

 

 素っ頓狂な声を上げるキンジと友哉。まさかの展開に、ユアンと猴は口をパクパクと開閉させる事しかできないでいる。

 

「まだ交渉の道だってあるんだ。理子、妙な事を言うな」

「そうだよ。それに、武偵法9条だってある。殺して良い事なんてないよ」

 

 言い募ってくるキンジと友哉に対して、理子はやれやれとばかりに肩を竦めて見せる。

 

「キンジは相変わらずロリに甘いな。それに友哉も、流石は茉莉を彼女にするだけの事あるよ」

 

 色々な意味で、なかなか失礼な事を言う裏理子。

 

 とは言え、茉莉がスタイル的に理子に負けているのは胸くらいな物で、後は水準以上だと友哉は思っている。

 

 理子は屈みこんで猴の右目を確認してから、尋問するように詰め寄った。

 

「御託は良いから、レーザーの事をとっとと聞かせな。あれは超必だ、撃たせたらヤバい。何か返し技は無いのか? 湯気で弱らせたり、鏡で反射したり、そう言う簡単なのは無いの? ねえ猴ちゃーん」

 

 最後は猫なで声で言う理子。

 

 しかし猴は、ネコミミのような可愛らしい髪を振りながら、首を横に振った。

 

「如意棒は熱線銃みたいなものです。鏡は瞬時に溶け、蒸気など消し飛ばします」

 

 予想内の返事に、友哉は嘆息する。

 

 ジーサードのプロテクターを紙のように貫いたのだ。並みの防御が役に立たない事は初めから判っていた。

 

 銃弾弾き(ビリヤード)螺旋(トルネード)など、これまでキンジが編み出してきた数々の防御技は意味を成さない。勿論、友哉の刀で弾く事も不可能だ。コンマ数秒では、流石の短期未来予測も効果は無いし、逆刃刀の刀身も一瞬で消し飛ばされるだろう。

 

 猴の説明によれば、如意棒の直径はおよそ7ミリ、照射時間はコンマゼロ数秒、装弾数は1発で連射は不可能、再装填には1日弱掛かるとの事である。

 

 これだけ聞くと、こちらに有利なようにも見えるが、実際には防御も回避も出来ない事を考えれば、さして有利な要素にはなり得ない。

 

「・・・・・・如意棒は無敵の矛。『矛盾』の故事にある『どんな物でも貫ける矛』なのです。見えている物を目で狙うので、狙いを外す事もできません。光線は直進するので、進路を変えたり曲げたりすることもできません。速度も光速なので、発射の後にかわす方法も無いです」

 

 悄然とした調子で説明する猴。

 

 それに対して、理子はやれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「ダメだこりゃ。キーくん、ユッチー、あまりに強い武器を持って来られたら『使わせない』。やっぱこれしかないよ」

「あい、猴も、そう思うです」

 

 理子の言葉に、猴も頷いて同調する。

 

「でも、今まで長い間生きてきて、何か貫け無かった物とか無いのかな?」

 

 尋ねる友哉。

 

 とにかく今は、少しでも情報が欲しいところである。何の情報も無いまま戦ったのでは、敗北は必至だった。

 

 友哉の質問に対して、猴は少し考え込んだ後、何かを思い出したように顔を上げた。

 

「あ、あの、思い出しました。確か、第二次世界大戦のとき、猴は軍人にされそうになったのですが、その時、実験をさせられたです。途中で脱走したのですが、その時の実験で、全力で撃ったのに、あとほんの数ミリで貫けなかった装甲板が・・・・・・」

「お、何の装甲板だよ?」

 

 身を乗り出すキンジ。ようやく、何か有益な情報が出そうな予感である。

 

「戦艦大和です」

 

 その返答に、思わず友哉、キンジ、理子は揃って肩を落とした。

 

 今もって世界最大最強を謳われる戦艦の装甲を貫けなかったとして、それが自分達にいったい、どんな有利な要素になり得ると言うのだろうか?

 

「正確には、米軍から情報供給を受けて、国民党軍が『こんな感じじゃないのか?』と想像して作った主砲防盾ですが。厚さ67センチの高脹力鋼でした」

 

 戦艦大和の装甲最厚部は主砲の前盾部分で、ここは砲撃戦の際に敵弾が命中する可能性の高い場所であり、かつ命中した場合、最大の被害を蒙る可能性がある場所である。厚さは65センチ。決戦距離(20キロメートルから30キロメートル)から放たれた1・5トンの砲弾を、余裕で受け止められると言う計算で設計されている。

 

 つまり、中国軍の計算は大きく外れてはいなかった事になる。勿論、材質の違いもある為、一概に正しいとも言えないが。

 

「理子、大和を盗んできてくれ」

「ちょーっと、荷が重いかなァー」

 

 キンジの無茶振りに、怪盗少女は苦笑しながら応じるしかない。いかに世界最大の大怪盗のひ孫であっても、沈んだ戦艦を引っ張ってくるのは難しいらしい。

 

 救いらしい救いがあるとすれば、大和型戦艦の主要装甲が実戦の場で破られた事は、歴史上皆無だと言うくらいだろうか?

 

 坊ノ岬沖で大和が沈んだ時も、レイテ沖で武蔵が沈んだ時も、米軍は延べ数100機に及ぶ航空機で猛攻を仕掛けたものの、ついに大和型戦艦の主要装甲は破壊される事無く、最後まで原形を保ち続けた。

 

 唯一、例外があるとすれば、戦後になって米軍が、戦艦信濃(建造途中で空母に改装された大和型戦艦の三番艦)の主砲前盾装甲を回収し、自国の戦艦の主砲で破壊して見せ「アメリカの戦艦は日本の戦艦よりも強い」事をアピールしたが、あれはかなりの至近距離から撃った物である為、何の参考にもならないだろう。

 

 まさに、如意棒を最強の矛とするなら、大和はこの場合、最強の盾になるのだろうが、それが事態の好転に何の寄与もしていない事は明白である。

 

 まず、大和の装甲に匹敵する盾を今から用意する事はできない。そして、仮に用意できたとしても、それが人の手で持ち運びできる物であるはずもない。

 

 まさに、お手上げだった。

 

「ただし、見かけ上、撃たせて外させる方法はあるかもしれません。色々と前提は必要になるですが。その直後に孫を殺してしまえば、証拠も残らないです」

 

 そう告げる猴は、どこか悲壮めいた覚悟をうかがわせる瞳で、キンジ達を見詰めていた。

 

「どういう事?」

「あい。遠山達の仲間に、日本の巫女がいますね。姓は星枷の筈ですが、違いますか?」

 

 恐らく、白雪の事だろう。一応、茉莉も巫女としての資格は持っているが、この場合の話題に出すには相応しくないだろう。

 

「白雪の事なら、その通りだが?」

「彼女は太刀、日本刀を持っていますね?」

「ああ、持っている。良く知っているな。孫が日記でも書いたのか? 藍幇に聞いたのか?」

 

 キンジが軽口混じりに尋ねると、猴は小さな声で「いいえ、刀の存在を感じたです」と答え、何やら1人でぶつぶつとしゃべり始めた。

 

「ふむ・・・・・・でも刀で孫を猴に戻さなかったと言う事は、彼女は孫の正体を知らないのかも・・・・・・あい、そうである事を祈りますが」

「おい、ひょっとして、白雪の刀で、孫を猴に戻せるって言うのか?」

 

 独り言を呟いている猴に対して、キンジは先を促すように話しかけると、猴は顔を上げて頷く。

 

「あい。逆もです。でも、悠久の時の中で、それに仕える術式の継承が途切れてしまったのかもしれないです。だとすると、私の作戦は成り立たないですが・・・・・・ここからは、白雪が術式を知っていると言う前提で話を進めるです」

「ちょ、ちょっと待て。何で白雪と孫が関係あるんだ? 今、『孫の正体』がどうとか言っていたが、お前は・・・・・・お前達は・・・・・・何者なんだ?」

 

 訳が分からないまま話を進めようとする猴を、キンジが慌てて制した。

 

 目の前にいる人物が孫悟空。それは良い。だがそれならなぜ、白雪と、否、星枷と関係しているのか、それが分からなかった。

 

 対して猴は、再び顔を上げて説明を再開した。

 

「星枷は古代、日本から緋緋色金を手に渡ってきて、時の皇帝の求めにより私を変えた緋巫女の一族。白雪は、その末裔なのです」

 

 その言葉を聞いて、友哉は長い歴史の中に隠された、驚きの真実を感じずにはいられなかった。

 

 まさか、日本の星枷と、中国の英雄、孫悟空との間に、そんな関係があるとは思っても見なかった。

 

 そして、

 

「猴はあくまで猴です。しかし孫は、十全な神ではない。不完全な『緋緋神』なのです」

 

 緋緋神。

 

 それは、このまま行けば、いずれアリアがそうなるであろうと警告されている存在。戦と恋を愛し、世に大乱を起こすと言われる凶神。

 

 その緋緋神と、孫は不完全とは言え、同格の存在であると言う。

 

「私の胸には、取り出せない位置に緋緋色金が埋まっているです。それは昔、星伽の巫女が外科的に埋め込んだ物なのですが、星伽の刀は、人類には制御できない緋緋色金の力を制御する為、人が作り出した物。今の言葉で言えば、制御棒のような物なのです」

 

 そう言えば、今までも推察するような材料がいくつかあった。例えば以前、イ・ウーとの決戦の前に戦った《砂礫の魔女》パトラは、白雪の刀、イロカネアヤメを盗んでいるが、あれがなぜ盗まれたのか、友哉はずっと疑問に思っていたのだ。イロカネアヤメは、確かに星枷の宝刀かもしれないが、世界中を探せば同格の刀剣がいくらでもありそうである。それなのに、パトラがなぜ、危険を冒してイロカネアヤメに拘ったのか?

 

 イロカネアヤメ。

 

 漢字で書くと、「色金殺め」とも読める。つまり、色金の使い手を殺める、あるいは自らの制御下に置く為に、あの刀を作り上げたのだとしたら、色々な事に辻褄が合ってくる。玉藻の話では、遥か昔、日本で猛威を振るった緋緋色金の継承者を葬ったのは遠山侍と星枷巫女であると言うし、緋弾の封印に使われている殻金も、星枷の手によって生み出された物だ。

 

 星枷が、緋緋色金に対する二重三重の保険として、イロカネアヤメを作り出したとしても不思議は無かった。

 

 そこまで考えた時、猴が再び話題を戻して離し始めた。

 

「如意棒は発射するまでに、溜めの時間があるです。それは右目が赤く光る時で、判りやすいです。光は次第に強くなっていき、あるタイミングで急に明るさが増すタイミングがあるです。そこからはもう、発射はキャンセルできないです。なので、その時を見極めて、星伽巫女の制御棒で、孫を猴に変えてください。猴はわざと外して撃ちます。そこですぐに、遠山が猴を撃ち殺すです」

 

 言わば八百長試合。

 

 ただし、これはスポーツではなく戦争の一環である。この作戦を実行すれば、猴は、否、孫と猴は確実に死ぬこととなる。

 

 すぐには、答える事が出来ないキンジ。

 

 無理もない。武偵法9条で、日本の武偵は殺人を禁じられている。

 

 否、そんな事は関係無い。

 

 こうして、曲がりなりにも知り合いになった相手を殺す事について、ためらいを覚えない方がおかしいのだ。

 

 そんなキンジの葛藤を察したのだろう。猴は優しく微笑んで告げる。

 

「遠山、この話、遠山に預けます。星伽巫女とその下相談、それに遠山の心の準備の時間も要るでしょう。ですがそれも、一昼夜あればできると信じます。遠山は男の子。今度こそ、しっかり勝ってくださいね」

 

 そう言ってから、猴は今度は友哉の方へと向き直った。

 

「緋村、あなたが遠山を支えてあげてください。遠山は優しいから、この件ですごく悩むと思うです。そんな時に、一緒に考えてあげてほしいです」

「・・・・・・・・・・・・分かった」

 

 少しの沈黙を置いてから、友哉はそう答える。

 

 見つめる猴の姿。

 

 殆ど小学生くらいにしか見えないその小さな姿が、友哉には何だか、とても神々しく見えるのだった。

 

 

 

 

 

第10話「運命を受け入れる意思」      終わり

 


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