緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第11話「駆け上がれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍幇城の廊下を歩きながら、友哉はぼんやりと、猴が語っていた事を考えていた。

 

 不完全な緋緋神として生を受けた孫。

 

 その孫が持つ、最大最強の必殺技、如意棒。

 

 その如意棒を封じる手段として、猴自ら提案してきた八百長試合。

 

 しかし、そこに待っているのは、猴の死と言う納得しがたい結末である。

 

 受け入れられない事は言うまでもない。

 

 しかし、ではそれ以外に何かあるのか、と問われれば、今の友哉には何の妙案も浮かばないのもまた事実である。

 

 最強の矛を前にして、それを防ぐ事は人間には不可能だろう。

 

 しかし猴は、如意棒の光線でも戦艦大和を貫けなかったと言った。今回の件、唯一、突破口があるとすれば、そこなのだが、果たして・・・・・・

 

 その時、

 

「おろ?」

 

 前方から、良く見知った人物が歩いて来るのが見えて、友哉は足を止めた。

 

 茉莉である。

 

 だが、どこかそわそわしているような雰囲気が感じられる。前から歩いて来る友哉の存在にも気づいていないのか、しきりに自分の足元を気にしているような、そんな感じ。

 

「茉莉?」

「ひゃいッ!?」

 

 友哉が声を掛けると、思わず裏返った声で返事をしてきた。

 

「ゆ、ゆゆ、友哉さん!?」

「ど、どうかしたの?」

 

 予想外の反応をする茉莉に、友哉も目を丸くして尋ねる。自分の彼女が何をそんなに驚いているのか判らなかった。

 

 対して茉莉は、必死の形相で首を振っている。

 

「な、ななな、何でもあり、ありませんよ?」

「そ、そう?」

 

 何となく言葉のイントネーションがおかしかったが、友哉はそれ以上聞かない事にした。何だか、これ以上突っ込んだら悪い気がしたので。

 

「それより友哉さん、こんな所でどうしたんですか?」

「うん、実はね・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は、先程の猴との会見の事を茉莉に話した。

 

 事実上、如意棒を無力化する手段は存在しない事、唯一の可能性として、孫もろとも猴を殺す事。

 

 茉莉も、固唾を呑んで友哉の言葉を聞き入る。

 

 彼女にとっても、猴の死を持って決着を見ると言う終わりは、受け入れがたい物があるのだった。

 

「それしか、方法は無いんですか?」

「無い。少なくとも今のところは」

 

 友哉は厳しい表情で答える。

 

 「今のところは」と友哉は言ったが、もう本交渉開始まで24時間を切っている。それで決裂すれば師団と藍幇の全面抗争は再開となる。そしてそうなれば、如意棒の攻略法が無い師団の敗北は免れないだろう。

 

 まさに、状況は手詰まりになりつつあった。

 

「とにかく、この件は私達だけで考えるには難しすぎます。皆さんと相談して、何かいい方法が無いか考えましょう」

「うん・・・・・・そうだね」

 

 茉莉の言葉に、友哉も頷きを返す。

 

 とにかく、まだわずかだが時間もある。その間にイクスとバスカービル、9人で知恵を絞れば、何か妙案が出るかもしれなかった。

 

 そう言うと、友哉は茉莉の肩に手を回す。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 とっさの事で、驚いて声を上げる茉莉。

 

 だが、すぐに友哉の手の温もりを肩に感じ、ほんのり、頬を赤く染めた。

 

「さあ、部屋に入ろう。夜は流石に寒いから」

「はい・・・・・・」

 

 頷きを返す茉莉。

 

 2人はそのまま連れ添って、部屋の中へと入る。間も無く食事の時間だ。それが終わったら、皆を集めて決戦に向けた打ち合わせを行おう。

 

 そう考える友哉。

 

 だが、

 

 部屋に入った瞬間、その場に満ちる異様な緊張感の存在に気付いた。

 

「友哉さん・・・・・・」

 

 茉莉も同時に、部屋を満たす気配に気づいたのだろう。友哉の手から離れ、手に持った菊一文字をいつでも抜けるように身構える。

 

 部屋の中には、キンジや陣を始め、友哉と茉莉以外の師団メンバーが全員そろっていた。

 

 だが皆、一様に緊張を満たしながら、部屋の奥を凝視している。

 

 その視線の先には、

 

「きひひ、ようやく来たネ、ユウヤ、マツリ」

 

 ココ4姉妹の1人が、不敵な笑みと共に立っていた。

 

 恐らく、猛妹(めいめい)だろう。以前、新幹線の上で戦った際、レキの狙撃で吹き飛ばされたツインテールが、短いままになっている。

 

 そして猛妹の足元には、縛られて転がされているユアンの姿があった。それだけを見ても、この状況が異常である事は間違いない。

 

 一同の視線が集まる中、猛妹は掛け軸の巻物のような物を広げて見せた。

 

 中には、何かが掛かれている事は判る。

 

 しかし、そこに書かれた内容を読めた者は、師団メンバーの中にはいなかった。あまりにも異体字の行書だらけだったためだ。

 

 そんな一同を見回し、猛妹はドヤ顔で説明を始めた。

 

「・・・・・・お前達に説明してやるネ。これは上海藍幇からの辞令ヨ。『遠山金次には、上海藍幇より、武大校の位、終身契約前払いで3000万人民元の給与を与える。曹操姉妹は全てその、正妻側室にする。遠山が中国語を覚えるまで女性教師を付ける』と書いてあるネ」

 

 その辞令、特に後半部分を猛妹が読み上げた瞬間、アリアと白雪が殺人鬼も裸足で逃げ出すような目でキンジを睨みつける。

 

 猛妹は構わず続けた。

 

「あと、『神崎・H・アリア、緋村友哉は武中校、星枷白雪、峰理子、レキ、相良陣、瀬田茉莉、四乃森瑠香はそれぞれ武小校とし、何れも遠山金次配下とする。以上の条件を持って、バスカービルとイクスは藍幇に下る事』、ネ。キンチの大校と言うのは旅団長くらいの地位ヨ。それより上は藍幇全体でも20人いるかいないかネ。つまり序列20位ぐらいにいきなり入れる破格の待遇。これ断る宇宙規模の馬鹿。キンチがそこまで馬鹿なら、極東戦役のルールで、決闘してしまえ、そのお許しももらたヨ」

 

 ようするに「従うなら破格の待遇を約束する。さもなくば死ね」と言う事だろう。何とも判りやすい話ではないか。

 

 そんな猛妹から視線を外し、キンジは彼女の足元に転がされている少女の目をやった。

 

「ユアン、何かひどい事はされなかったか?」

 

 キンジの問いかけに対し、ユアンは気丈にも首を振って見せる。

 

 その様子を猛妹は、薄笑いを浮かべて見つめる。

 

「この娘が気になるネ? キンチ、お前なかなか見る目あるヨ。この娘、銃突きつけても何も吐かなかったネ。とぼけるの上手かったネ。こいつはこれから、キンチの召使にするネ。そうした方がキンチも藍幇で過ごしやすくなる違うか? それに、コイツ吐かせる必要無いネ。猴をちょっと締め上げたら、峰理子に会った事を判ったある。ココ達、峰理子のひん曲がった性格は良く知っているヨ。何かはともかく、変な手を打ったに違いないネ。こっちが諸葛みたいにノロノロしていると、理子動き出す。理子がいる判った時点で、ココ達は上海に、この辞令出させるよう動いたある」

 

 成程。

 

 猛妹の言葉を聞きながら、友哉は状況を頭の中で整理する。

 

 藍幇ほどの巨大組織ともなれば、意志決定に関しても一枚岩とはいかないらしい。今回の件、もっとも先手を打つ形で事を進めたのは、どうやら諸葛でもイクス・バスカービルでもなく、ココ姉妹であったようだ。

 

「諸葛はどうした?」

「あいつはもう、退場ネ」

 

 尋ねるキンジに対して、ココはこともなげに言い放った。

 

「諸葛にあるのは頭だけある。上海はまだ、諸葛に香港藍幇を治めさせるつもりだけど、それもそろそろ終わりヨ」

「良いのか、そんな言い方して? 諸葛はお前の上役なんだろ?」

「それも今日までネ。キンチが武大校なれば、その正妻も位階が上がるのがルールある。それで一発逆転して、諸葛は曹操(ココ)の部下になるネ。なんでちょっとフライングして、諸葛はもう捕えてある。きひひ」

 

 口元に笑みを浮かべる猛妹。

 

 どうやら状況は、思っている以上にきな臭くなっているらしい。ココ姉妹が造反し、諸葛を捕えて、状況を有利に進めようとしているのが今回の事態に繋がっているようだ。

 

「キンチ、この辞令が最終交渉、兼、ココのプロポーズある。政略結婚で藍幇とバスカービルは朋友、ついでにイクスも朋友。お前達、これから一緒に頑張って、藍幇のトップ目指すね」

 

 「プロポーズ」のくだりに、バスカービル女子が沸点を上げる中、

 

 この中のリーダーであるキンジは、

 

 不敵な面構えと共に言い放った。

 

「これは上海のミスだな。人選をしくじった」

 

 いかにも好戦的な意欲を隠そうともしないキンジの口調に、キョトンとする猛妹。

 

「諸葛なら良かったんだけどな。ココ、お前じゃだめだ」

 

 ビシッと言ってのけるキンジ。

 

 その貫禄と、鋭利さを兼ね備えた瞳が、切れ味を感じさせる眼光を伴って、猛妹を貫く。

 

 まさに、英雄の如き、堂々とした姿であろう。

 

 否、数多いる英雄であっても、今の金次に匹敵する者は、そうはいないはずだ。

 

 そんなキンジを見ながら、

 

 猛妹は額からダラダラと汗を流しつつ、思わず後じさる。

 

「・・・・・・お、お前・・・・・・お嫁さん、男の方が良かたあるか・・・・・・」

「ちょ、まッ!?」

 

 ある意味、藍幇城に来て最大級の衝撃が走ったかもしれない。

 

 キンジ的には「諸葛以外とは交渉するつもりはない」と言うニュアンスで行った心算だったのかもしれないが、先程のセリフは確かに、取りようによっては「俺の嫁はココじゃなくて諸葛の方が良い」と言ったようにも思える。

 

 同時に、イクス、バスカービル両チームのメンバーは、一斉に波が引くように後退する。

 

「キンジあんた・・・・・・ワトソンとミョーな感じで仲が良いとは思ってたけど・・・・・・それと、あんたのお兄ちゃんの事には、あまり触れないようにはしてきたけど、やっぱり、血は争えないのね・・・・・・あっ、いや、別にあたしは差別とかはしないわよ・・・・・・?」

「キ、キンちゃん・・・・・・なかなか私にお情けをくださらないと思ったら・・・・・・そ、そう言う事だったんですか? これは、子孫繁栄に大きな障害が・・・・・・」

「うひゃー・・・・・・これは夾ちゃんに報告の要ありだね・・・・・・薄い本が厚くなるなぁ・・・・・・前科も考えると、つまりどっちもいけるクチって事だよね・・・・・・さすがキーくんだわ」

「・・・・・・・・・・・・」

「やるな、遠山。流石は不可能を可能にする男(エネイブル)の実力って訳か・・・・・・こいつは侮れねえぜ・・・・・・」

「えっと、遠山先輩の本命って、もしかして、友哉君だったりする? ほら、見た目可愛いし」

「ゆ、友哉さんは私のです!!」

「おろ・・・・・・・・・・・・」

 

 一同揃って、失礼極まりなかった。

 

「そ、そっちの話じゃねえよ!! 和平交渉に!! 出て来るのが!! 諸葛のままだったら!! 良かったのにな!! って意味だ!!」

 

 焦って叫ぶキンジ。

 

 それに対して一同は、揃って生暖かい目でキンジを見守っている。

 

 まあ、人の趣味は人それぞれ、て事にしておこう。優しく見守ってあげようじゃないの。別に悪い事してる訳じゃないし。

 

 とは、全員(猛妹含む)の一致した見解だった。

 

 と、

 

「気を付けェ!!」

 

 突然、キンジが体育の時の蘭豹よろしく、大音声で号令をかけた為、一同は思わずその場で背筋を揃えて立ち尽くしてしまった。

 

 そんな一同を見回し、キンジは殊更、厳しい調子で言った。

 

「お前等のリーダーとして命じる。ここでの飲み食いは、もう十分しただろ。これからは仕事の時間だ。『働かざる者食うべからず』だぞ!!」

 

 言い放ってからキンジは、視線を再び猛妹に向けた。

 

「ココ、俺が言うのも何だが、もっと広い視野を持てよ。日本には『金の問題じゃない』って言葉がある。金や地位で世界中の誰もが動くと思ったら大間違いだぞ。確か中国にも、『巧言令色少なし仁』とか言う言葉があるだろ?」

 

 金や地位につられて動くなら、その人物は三流以下に過ぎない。

 

 真の男とは、ただ己の中の誇りの為に動く物である。

 

 キンジの堂々とした態度は、そのように語っていた。

 

 対して、

 

没法子(しょうがない)没法子(しょうがない)。あい判ったネ。要するにキンチはココを、藍幇をフッたって事ネ。ま、半分はこうなるかもって思ってたヨ。キンチを味方にしたかったけど、それは諦めたある。決闘よ!!」

 

 猛妹はそう言うと、手にした掛け軸を真っ二つに引き破ってしまった。

 

 求婚から、一転しての宣戦布告。その切り替えの早さは、流石と言うべきかもしれなかった。

 

 対してキンジも、さして驚いた様子も無く猛妹と向かい合った。

 

「決闘は俺も想定の範囲内だ。だがココ、極東戦役のルールに基づいて、弱者の介入は許さない。そのルールに従う分には、こっちも従ってやる」

「どういう事ネ?」

「負けた奴はお望み通り、藍幇に入ってやるって事だよ。勿論、俺も含めてな」

 

 その言葉には、だれも異論は挟まない。

 

 元々、極東戦役の交戦規定にはそのように定められているし、全員、その事は初めから織り込み済みである。

 

 猛妹の方にも異存は無いようで、すぐに頷きを返してきた。

 

(シイ)。ココも藍幇城を壊したくないし、諸葛の報告のせいで使える兵隊も数減ってたとこネ。狭いとこで頭数揃えても邪魔ある。ただし藍幇の手勢は、狙姐(ジュジュ)炮娘(パオニャン)猛妹(メイメイ)機嬢(ジーニャン)、それと女傭隊(メイズ)。人数は伏せるあるが、この城を守る精鋭の特殊部隊いるネ」

 

 どうやら、話を聞く限り、イクスとバスカービルの数的劣勢は否めないようだった。

 

「それから呂伽藍(りょ がらん)。あとは、きひひっ 斉天大聖孫悟空」

 

 やはり、藍幇側の切り札はそこだろう。

 

 中華が誇る戦神と、伝説の英雄、孫悟空。これほどの好カードは他にあるまい。

 

「バスカービルとイクス、『死亡遊戯』やるネ。藍幇城は3階。1階につき1人のココが守るヨ。屋上には最後のココと孫、あと伽藍、諸葛も立会人としていてもらっているネ。まあ、そこまでイクスもバスカービルも、1人でも辿りつけるかどうかは、お楽しみある」

 

 死亡遊戯

 

 中国が世界に誇るアクションスター、ブルース・リーの遺作となった映画の題名。そこではリーが、各階で敵が待ち構える塔を上っていくシーンがあるとか。まさに、それの再現なのだろう。

 

「キンちゃん、この子の言っている事は本当だよ。孫は屋上にいる。それを感じるの」

 

 そう言って、白雪がキンジに寄り添うようにして告げる。

 

 その手には既にイロカネアヤメが握られ、いつでも抜けるようにしている。

 

 猛妹もまた、2本の蛇剣を手に取って白雪と対峙する。

 

「星枷白雪、お前の相手はこの猛妹ネ。お前は9月に新幹線を斬って計画を台無しにしてくれたネ」

「なら今度は、星枷侯天流がお城を斬ってあげるよ」

 

 挑発的な言葉を返す白雪に対して、猛妹は酒棚からブランデーを取り出すと、グイッと一気に煽った。

 

 戦闘開始前に気付けの一杯、ではない事は判っている。

 

 飲む量が尋常ではない。急性アルコール中毒になりそうなほどの量を、猛妹は一気に飲み干していく。

 

「気を付けなさい白雪ッ あれはただ飲んでるんじゃないわ。酔拳、その剣術版よ。嘘か本当か知らないけど、酔えば酔う程強くなるとか」

「あれは俺も二度見た。あそこまでの量じゃなかったがな。ココの動きが不規則になって、予測しづらくなる。舐めて掛からない方が良い」

 

 既に交戦経験のあるアリアとキンジが、白雪にアドバイスを送っている。

 

 そこで、それまで口を開かなかったレキが、窓の外を見ながら言った。

 

「キンジさん、友哉さん、外に船が集まっています」

 

 レキの指摘通り、外の海には大量の船が集まり、明かりによって高校と照らし出されているのが見える。

 

 窓からは全貌を見渡す事はできないが、恐らく藍幇城を取り囲むようにして並んでいるのではないだろうか? 間違いなく、全員が藍幇の構成員だろう。

 

 そこへ、酒を飲み終えた猛妹が、酒瓶を投げ捨てながら言った。

 

「気づくの遅いネ!! まー、安心するヨロシ。あれは非戦闘員ヨ。お前達、藍幇城から泳いで逃げる事できないようにする、壁の役目ネ。キヒヒ」

 

 猛妹の意地の悪い笑顔を横目に見ながら、友哉は相手の狙いがそこだけではないと感じていた。

 

 たとえば、サッカーや野球の試合において、味方チームの本拠地でやる場合と、相手チームの本拠地でやる場合、選手に掛かるプレッシャーは次元が違うレベルにまで達すると言う。それが勝敗に対して、大きく影響する事もある。

 

 サッカーには、「サポーターは12人目のプレイヤー」と言う言葉まであるくらいである。敵地での戦いとは、そのサポーターに包囲され、四方八方から圧力を掛けられた状態での戦いを余儀なくされるわけである。その為、選手は実力を大幅に減じた状態での戦いを余儀なくされる。

 

 非戦闘員に城を包囲された状態で、これから戦いに赴かねばならない友哉達の心境は、まさにそのような感じだった。

 

「友哉さん・・・・・・」

 

 友哉に寄り添っていた茉莉が、小さな声で話しかけてくる。

 

 その瞳には、既に鋭い光が宿っている。少女もまた、戦いに赴く覚悟を固めているのだ。

 

 見れば、周囲にはいつの間にか、陣と瑠香も寄ってきている。

 

 これから始まる戦いは、今まであまり経験の無い、敵地での戦い。だが、誰も、恐怖を感じている様子は無い。茉莉も、陣も、瑠香も、いたっていつも通りである。

 

 それは即ち、自分達の実力に絶対の自信を持っているからに他ならない。

 

 イクスもバスカービルも、今まで数々の激戦を潜り抜けてきた。故に、この程度の逆境など、考慮するまでも無かった。

 

 藍幇城の正面に設置された銅鑼が打ち鳴らされる。

 

 それが開戦の合図だったのだろう。外のサポーターたちが一斉に歓声を上げるのが聞こえてきた。

 

 最早、後戻りはできない。師団と藍幇は、最後の決戦へと突入したのだ。

 

「ほら、じゃあお言葉に甘えてこの階は白雪に任せて、みんなで上に行くわよ。わたしも、そろそろ体がなまって来たし」

 

 早速仕切っているアリアが、何やらポケットからリモコンのような物を取り出すとボタンを押しこんだ。

 

 途端に、そこら中の瓶や調度品の中から、何か金属のサーフボードのような物が次々と飛び出してきて、アリアの小さな体に装着し始めた。

 

 徐々に形作られていくその姿が、アリアのホバースカートだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

 なかなか、壮観である。ホバースカート自体、近未来的な外見をしている為、まるでアリアは少女型の戦闘機のような印象さえ受ける。

 

 と、思ったのもつかの間だった。

 

「あ、あれ?」

 

 アリアが何やら、焦ったような声を出した。

 

 何度かリモコンを操作しようとするが、飛んできたサーフボード状の部品は、床に落ちたり、窓から飛び出して明後日の方向に飛んで行ったりしている。明らかに、正規の動作状況とは思えなかった。

 

「おろ・・・・・・まさか・・・・・・」

 

 唖然とした調子で、友哉は言葉を絞り出す。

 

 まさか、アリア自慢の新兵器であるホバースカートは、この大事な局面になって故障でも起こしたのだろうか?

 

 不幸な事に、友哉の予感は杞憂ではなかった。

 

「え、ちょ、ちょっと、止まれ!! 止まれってばー!!」

 

 そのまま、アリアの小さな体は、床から若干浮いた状態でホバースカートに振り回され始める。

 

 流石は平賀文(ひらが あや)印とでも言うべきか、性能が折り紙つきなら、壊れる時の派手さも折り紙つきだった。

 

 そして、

 

「お、おい!!」

「え、ちょ、ちょっと、避けなさいよ!! バカキンジ!!」

 

 言った瞬間、

 

 「わざわざキンジが避けた方向」に突っ込んで行ったアリア。

 

 そして2人は、そのままもつれ合うようにして床に倒れ込む。

 

 アリアが、キンジの顔面に座り込む形で。

 

 恐らく今、キンジの視界の前ではトランプ柄のお花畑が広がっている事だろう。もっとも、状況的にはそれどころではないのだが。

 

「おおおー おおおー!! これはゴイスー!!」

「キンちゃんは、よっぽどそれが好きなんだね・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 呆れ気味の視線を2人に送る、残りのバスカービル女子達。イクスメンバーの反応も、概ね似たような物である。

 

「あー・・・・・・飲み直すヨ、もう一瓶・・・・・・」

 

 猛妹もまた「やってらんねー」とばかりに、酒棚からもう1本、ブランデーを取り出して栓を開ける。

 

 決戦を前にして、何を桃色めいた事をしているのか、と言った感じである。

 

 だが、

 

「おろ・・・・・・でも、これってもしかして・・・・・・」

 

 ある事に気付き、友哉はピンと来た。

 

 そんな中、アリアは自分の股間の下からキンジの頭を引っ張り出している。

 

 すると、

 

「やあ、アリア」

 

 いっそ不自然とも思える程、キンジは落ち着いた調子でアリアに話しかけてきた。

 

 そのまま背筋の力だけを利用して立ち上がり、同時にアリアを、お姫様抱っこの状態で抱え上げる。

 

「思い出したよ。アリアと俺が出会った日の事。あの時はアリアが俺を受け止めてくれたけど、今日はその逆の事ができた。少しは、あの時のお礼ができたかな?」

 

 これで歯が浮かないのはおかしいと言いたくなるくらい、キンジは優しい口調でアリアに話しかける。

 

 そんなキンジを見て、友哉は自分の直感が正しかった事を確信した。

 

「これは、結果オーライって事で良いのかな、キンジ?」

「その言い方は予定調和のお約束みたいで気に入らないぞ緋村。だがまあ、お前の言うとおりだよ」

 

 そう言って、アリアを抱えながら肩を竦めて見せるキンジ。

 

 ヒステリアモード

 

 性的興奮を覚える事で戦闘力を何倍にも高める、キンジにとって最強のワイルドカード。これで師団は、万軍を得たも同然である。

 

 友哉とキンジは、互いに不敵な笑みを交わし合う。

 

 土壇場だが、師団側のカードは、これで全て出揃った。

 

 キンジは次いで、白雪の方へと向き直る。

 

「ここは白雪に任せる。白雪が目撃した、今の俺のような姿も、二度ある事は三度ある。三度目は白雪と、かもしれないね。白雪が猛妹に勝って、俺とまた会えれば、だけど」

 

 何じゃそりゃ、と言いたくなるようなセリフも、今のキンジなら何のためらいも無く言い放つ事ができる。

 

 だが、白雪にとっては、その言葉だけで充分すぎた。

 

 頭に巻いた、リボンのような飾り布を躊躇いなく解き放つ白雪。

 

 それはただのリボンではない。世界でも最強クラスの超能力者(ステルス)である白雪の能力を封じておくリミッターなのだ。

 

 抜き放ったイロカネアヤメの刀身から焔が迸る。

 

 これで勝てる。

 

 これまでも何度か見た事がある、白雪の勇壮な戦姿を目にして、友哉はそう確信する。

 

「行くぞ」

 

 アリアを抱えたままのキンジが、先頭を切って走り出す。

 

 それに続く一同。

 

 今、最後の決戦の幕が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先頭を友哉と茉莉が走り、その後ろを理子、レキ、そしてアリアを抱えたキンジが続き、陣と瑠香は後衛として背後の警戒に当たっている。

 

 決闘スタイルになった為、当初考えていたような絶望的な戦力差での戦闘は避けられたのだが、問題は依然として残っている。

 

 友哉は走りながら、背後から続いているキンジを見やる。

 

 あの如意棒を、キンジがどうやって攻略するかが、気になる所である。

 

 猴が提示した八百長作戦は、もう使えない。あれは白雪が万全の状態で戦列に加わる事が最低条件である。仮に白雪が猛妹に勝利し、その後合流したとしても、力を使い果たした彼女が、孫を制御できるとは思えなかった。

 

 とは言え、希望が無い訳じゃない。

 

 今のキンジはヒステリアモードになっている。思考力も数倍に高まっている為、何か、昼間には思いつく事ができなかったアイデアを、今なら思いつけるかもしれない。

 

 多分に他力本願である事は否めないが、今はそれに賭けるしかなかった。

 

 それに、友哉も他人の心配をしている場合じゃない。

 

 予想はした事だが、伽藍が参戦している以上、友哉は彼の相手をしなくてはならない。

 

 あの九頭龍閃をまともに喰らっても、一撃では仕留める事ができなかった戦神を相手にどう立ち向かうべきか、友哉自身、まだ答えは出ていなかった。

 

 その時。

 

「チッ 来やがった」

 

 最後尾を走っていた陣が、舌打ち交じりに立ち止って背後を振り返る。

 

 見れば、玄関の方からワラワラと人が雪崩込んでくるのが見える。数は30以上と言ったところだろうか? いや、玄関の外にはまだ人の気配がある為、50人くらいはいそうである。

 

 しかし、問題なのは彼等が、どう見ても戦闘員には見えないと言う事だ。鉄パイプやらナイフやら、一応武器は持っているが、動きがいかにも素人くさい。陣形も何も無く、ただ勢いに任せて突っ込んできている感じだ。

 

 彼等は恐らく、外で包囲網を敷いていたサポーターの一部だろう。どうやら、開戦の合図で興奮して、「我こそは」とばかりに、戦場に雪崩込んで来たのだ。

 

 サッカーなどの試合でも、行き過ぎたファンがルールを無視して試合場に雪崩込む事はたまにあるが、正にそれと同じ事がここでも起きていた。

 

 とは言え、状況はあまり宜しくない。

 

 相手は素人とは言え、数が多い。更に、この上には精鋭部隊が網を張って待ち構えているのだ。このまま上がったのでは挟撃される事になる。

 

「友哉、遠山、ここは引き受けるッ オメェ等は先に行け!!」

「みんなが戦う時間くらいは稼ぐから!!」

 

 最後尾の陣と瑠香は、そう言うと反転し、押し寄せてくるサポーター達に向き直る。どうやら、迎え撃つつもりのようだ。

 

「瑠香さん!!」

「茉莉ちゃんは行って!!」

 

 ふとすれば引き返しそうになる茉莉を、瑠香は叱咤するようにして促す。

 

「友哉君を、助けてあげて!!」

 

 背中は私達が守るから。

 

 敵に向かって行く瑠香は、無言の内にそう語っているのが分かる。

 

 唇を噛みしめる茉莉。

 

 本音を言えば、今からでも行って2人の援護をしたい。しかしここで逡巡していては、陣や瑠香、白雪の献身が無駄になってしまう。

 

 ならば、歯を食いしばって、この城を上りきるしかなかった。

 

「行きましょう、まだ敵はたくさんいますから」

 

 殊更、固い口調で言うと、茉莉は再び先頭を走りだす。

 

 その背後からは、喧騒と、物が壊れる音が派手に聞こえてくるのが分かる。

 

 だが一同は最早、背後を振り返るような事はしなかった。

 

 

 

 

 

第11話「駆け上がれ!!」      終わり

 


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