緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第12話「穿つ龍牙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理子の説明によれば、三階層になっている藍幇城は、二階までがオープンになっているが、籠城戦になった時に備え、二階から三階まで上がる部分は、階段が一つあるだけであるらしい。

 

 一本道と言うのは厄介だ。前後を挟まれたら、否が応でも応戦せざるを得ないからだ。

 

 ルールを破って階下に雪崩込んで来たサポーター達は、取りあえず今のところ、殿を務めてくれた陣と瑠香がキッチリと押さえてくれている。

 

 だからこそ、残りのメンバー達は迅速に階上へと駆け上がり、この藍幇城を攻略する事が求められる。

 

 戦略上の要衝は、何と言ってもフロアを繋ぐ階段。そこに、敵が布陣していると思われるのだが。

 

 その階段があるフロアまで来た時、

 

 それまでキンジにお姫様抱っこされていたアリアが、合図して飛び降りると、一同に止まるよう促す。

 

 一同の先頭に立ったアリアは、防弾制服のネクタイを摘まんで、そっと物陰から外に出す。

 

 途端に、嵐のような縦断の洗礼が吹き荒れた。

 

 やはりと言うべきか、この先に藍幇は布陣しているらしい。それも恐らく、猛妹(メイメイ)の話にあった女傭隊(メイズ)だろう。

 

「銃はQBZ-95Bが12とQBZ-03が4ね」

 

 一瞬で相手の陣容を掴んだアリアが、スカートの下から漆黒と白銀のガバメントを抜き出して構える。

 

 アリアが言った銃はどちらも、北方工業公司製のアサルトライフルで、銃身が短く、取り回しが効きやすいカービンである。

 

 女傭隊を指揮する炮娘は、その甲羅の中央で腕組みをして仁王立ちをしていた。

 

 いささか厄介である。こちらの持っている銃も、それぞれフルオート射撃が可能なように改造が施されているが、何しろ数が違い過ぎる。正面からぶつかっても、火力の差で押し切られてしまうのは火を見るよりも明らかだった。

 

 しかも厄介な事に、女傭隊はシースルーの盾を並べて壁を作っている。ちょうど、巨大な亀が甲羅を横に向けて寝転がっているような物である。あれでは並みの攻撃では突破できないし、恐らく閃光弾や音響弾に対する対策もしてきているだろう。

 

 後は炸裂弾で吹き飛ばしてしまうくらいしか手が無いが、それをやると、最悪死者を出してしまう可能性すらある。

 

 正に鉄壁の布陣。道はここしかない以上、ここを突破しない限りは、会場へ上がる事は不可能だった。

 

 さて、どうするか?

 

 火力での応戦は、できない事も無い。キンジ、アリア、理子、レキ、茉莉の5人で応戦すれば、敵を無力化する事は不可能ではない。しかしその場合、こちらの弾丸切れも覚悟しなくてはならないだろう。これからさらに上に強敵が控えている現状での弾丸切れは命取りになりかねなかった。

 

 後は機動力に勝る友哉、茉莉、アリアの3人が飛び出して、相手の照準を攪乱しつつ接近戦を仕掛けることくらいだが、当然、屋内の戦闘では機動力も制限される。果たして二桁に上るアサルトライフルの弾幕を突破できるかどうかは、賭けに近かった。

 

 迷っていると、小柄な影が物陰から飛び出そうとした。

 

「誰が行くの? 誰も行かないなら、あたしが行くわよ」

 

 既にやる気満々のアリアが、飛び出して行こうとする。

 

 しかし、

 

「アリア、待て(ステイ)

 

 キンジはとっさに、アリアの手を掴んで制する。

 

 アリアの実力なら、あの陣形の突破も可能だろうが、何しろこちらの手駒は限られている。どのカードを切るかは慎重に選んで行かないと、最終的に手詰まりになりかねない。

 

 その時、階段前に布陣している女傭隊の方から、何か叫ぶような声が聞こえてきた。

 

 どうやら、何かを命令しているらしいその声は、中国語で言っている為、聞き取る事ができない。

 

 だが、一人、意味が分かったらしい理子は「あちゃー」とばかりに、額に手を当てている。

 

「メイド長さんだよ、今の声。理子があの人に化けて、キーくんとユッチーを猴ちんの所へ連れてっちゃったからさあ。あっはー『理子を狙え、殺して良い』とか言ってるよ。因みに『3分したら前進』だって」

 

 言ってから、照れたように頭を掻く理子。

 

 しかしこれで、いよいよ進退窮まった事になる。距離を詰めてアサルトライフルの一斉掃射を喰らったりしたらひとたまりもない。

 

 どうにかしないと、ここで師団側は壊滅と言う事態も考えられた。

 

 だが、

 

 この状況を打破する策は、既にキンジの中で完成していた。

 

「ここは君に頼むよ・・・・・・ヒルダ」

 

 その声に応えるように、理子の足元から影が一つ、ススーと流れていくのが見えた。

 

 影は誰にも気づかれる事無く、女傭隊の真下まで行くと、そこで一気に電撃を開放、陣取っていた女傭隊を薙ぎ払った。

 

 キンジ達が恐る恐ると言った感じに物陰から出て行くと、倒れ伏しているメイドたちの真ん中で、漆黒のゴスロリ衣装を着た少女が、勝ち誇るように高笑いを発していた。

 

素晴らしいわ(フィー・ブッコロス)。倒れ伏す敵を睥睨するのは、私の大好きな光景よ」

 

 かつて、スカイツリーで友哉達が対決した《紫電の魔女》ヒルダは、そう言いながら、動けなくなった女傭隊を見下ろしている。

 

 高飛車な性格は、敗れて軍門に下った今でも相変わらずであるが、こうして自分の役割をこなしてくれるあたり、義理堅い性格も併せ持っているようだった。

 

 女傭隊が壊滅したのを確認した友哉達は、一気に階段の方まで駆け抜ける。

 

 どうやら、炮娘だけはダメージが軽減されて無事なようだが、他の女たちは皆、立ち上がるのがやっとと言った状況らしい。それぞれ、動けなくなっている仲間を連れて、貴賓室の方へ退避していくのが見える。

 

 これも一種の自業自得と言うべきだろうか? 「理子を殺す」などと言われて、理子に依存しているヒルダが黙っている筈が無い。それでも電撃による死人が出ていない辺り、彼女なりに「手加減」した結果なのだろう。

 

「流石だよ、ヒルダ。手を貸してくれて助かる。どうにも中国では、頭数で負ける事が多かったからね」

「ほほほ 今の私は師団(ディーン)の俘虜。この階段一つくらいなら、守ってあげても良くってよ」

 

 目線が上なのか下なのか、良く判らない返事を返すヒルダ。

 

 しかし、かつて理子に斬り飛ばされて、再生途中である小さな羽をパタパタと動かしている辺り、どうやら褒められた事が嬉しいと言うのは間違いないようだ。

 

 気位が高いが故に割と乗せられやすい性格をしているヒルダ。その扱いに関して、キンジは手馴れている様子である。

 

「本当は、獣人界の有名人、孫と会ってみたかったところだけど。まあ、あとで死骸でもちょうだいな」

「そもそも殺す予定は無いんだ。いずれ2人のデートをセッティングしてあげるよ」

 

 物騒な事を言うヒルダに対して、キンジは肩を竦めながら答える。

 

 そんな中、理子はワルサーP99を構えて、炮娘と対峙している。

 

 炮娘は何やら、大きな壺の上に腹ばいになっている。どうやら絶縁体になっているらしいその壺を使って、ヒルダの電撃をやり過ごしたのだ。

 

「キーくん、ユッチー、アリアにマツリン、それにレキュも、先に行って。ここはあたしとヒルダで押さえるから」

 

 炮娘に銃口を向けて牽制しつつ、理子が叫ぶ。

 

 彼女もまた、階下に残った瑠香達同様、ここで殿を務める心算なのだ。

 

「り、理子!!」

双剣双銃(カドラ)は甘くない。そうだろ、アリア」

 

 心配そうに見つめてくるアリアに対して、裏理子はそう言って不敵に笑って見せる。

 

 迷っている暇は無かった。

 

「ここは頼むぞ、理子!!」

「貸し一つだからな!!」

 

 理子の声を背中に聞きながら、一同はキンジの後に続いて階段を駆け上がっていく。

 

 今は、仲間を信じて上へ進む以外に道は無かった。

 

 

 

 

 

 3階に上がると、打って変った静けさがフロア全体を包んでいた。

 

 慎重に進む一同。

 

 経験上、こうした静けさが一番危ない事を、皆知っているのだ。

 

 友哉達はカウンターに身を隠すようにして、頭を低くしながら慎重に進んでいる。

 

 しゃがんでいる関係で、女子3人のスカートが捲れてしまっているが、極力、そちらは見ないようにして進む。

 

 その時だった。

 

 突然、鳴り響く銃声。

 

 次の瞬間、友哉達がいるカウンターの頭の上で、並んでいた酒瓶が音を立てて砕け散る。

 

「みんな、大丈夫!?」

 

 友哉はとっさに振り返り、次いで、顔を赤くして視線を逸らす。

 

 とっさの事だったので、膝を立てた状態だったアリアとレキの、スカートの中を見てしまったのだ。

 

 どうやら、それはキンジも同様だったらしい。2人の背後にいた茉莉が見えなかったのは、友哉にとって幸いだったのか不運だったのか。

 

 ブンブンと、頭を振る友哉。

 

 今は戦闘中で、ここは戦場だと言うのに、何を呑気な事を考えているのか、自分は。

 

 意識のシフトを切り替えた時、レキが前に出て来た。

 

「これは、狙姐(じゅじゅ)からの挑戦です」

 

 静かな口調の中にも、確かな怒りを含めてレキは告げる。

 

「今の狙撃は彼女からのメッセージなのでしょう。移動中の私がどこにいるのかを予測して撃ってきましたから」

 

 修学旅行(キャラバン)Ⅰの時、レキと狙姐は互いに技術の限りを掛けて戦い、そして最後には、キンジ達の協力を得たレキが勝利した。

 

 その時の再戦を、この場で果たそうとしているのだ。

 

「彼女はこの奥のフロアに潜み、既に一度私達を見逃しています。発砲音から狙姐の位置は把握できました。この階に私達が上がり、このカウンターに身を隠すまでの間、彼女は私達5人の誰でも狙撃できた筈。ですが、狙姐はあえて撃たなかった。これは、彼女が、自分だけが遮蔽物の陰に陣取るのはアンフェアだと考えたのでしょう。だから私がここに身を潜めるのを待ち、それから私を指名した」

 

 淡々と、珍しく長い台詞を告げるレキ。

 

 狙撃手故に狙撃手を知る。

 

 レキだからこそ、狙姐が何を思い、何を狙っているのかを完璧に理解していた。

 

「私はここに残り、狙姐を倒すか足止めをします。キンジさん、友哉さん、アリアさん、茉莉さん。4人は上に行ってください」

 

 相手も1人。しかも狙撃兵。ならば、無駄に物量を投入するよりも、もっとも効果的なカードであるレキを投入するのが得策だろう。

 

 何より、この状況は狙姐自らが望んだ物である。それに乗らない手は無かった。

 

「俺達を撃てたのに撃たなかった。そう言うのは舐めてるって言うんだよ。自信過剰な狙姐ちゃんに、レキが思い知らせてやってくれ」

 

 言いながらキンジは、レキの頭に乗ったガラス片を取ってやる。

 

「あの晩、あの森でレキは俺にこれをくれたね。今夜は俺があげよう」

 

 そう言うと、キンジは手品のように取り出したカロリーメイトの箱を、レキの制服の胸ポケットへと差し込んだ。

 

「乗り越えておいで、レキ」

 

 優しく告げるキンジ。

 

 対してレキは普段通りの無表情ながらも、少しだけ顔を赤くしてコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 三階から屋上へと続く階段は、細く長い物だった。

 

 しかし、足元の暗さとは反比例するように、頭上から降ってくる存在感は、強烈さを増している。

 

 間違いなく、この上にいる。

 

 《斉天大聖》孫悟空が、そして《中華の戦神》呂伽藍が。

 

 その時だった。

 

「ちょ、ちょっと待って、ごめん・・・・・・」

 

 突然、後ろを走っていたアリアが、苦しそうに胸を押さえて立ち止まっていた。

 

「アリアさん、大丈夫ですか?」

 

 慌てて、近くにいた茉莉が駆け寄り、アリアの小さな背中をさすってやる。

 

 何か、毒物でも飲まされたのだろうか?

 

 先を走っていた友哉とキンジも、戻ってきて心配そうにアリアを覗き込む。

 

 やがて、落ち着いてきたのだろう。アリアは呼吸を整えて顔を上げた。

 

遅効性の毒(スローアクト)に心当たりは?」

「ううん、ちょっと・・・・・・でも、これよくある事だから。持病みたいな物よ」

 

 キンジの問いかけに、アリアはそう答える。

 

 この年でSランク武偵を張る程の実力を持ったアリアであるが、それが故に、何か体に無理をしているのかもしれない。そう考えれば、持病と言うのも頷けるのだが。

 

 その時、キンジは自分のポケットに入れておいたバタフライナイフが、仄かな光を帯びている事に気付いた。

 

「これは・・・・・・」

 

 元々は兄、金一からもらったナイフだが、たびたび、キンジにも判らない不可思議な現象を起こしていた。

 

 今回も、このタイミングで光った事には、もしかしたらなんらかの意味があるのかもしれなかった。

 

 だが、それはそれとしても、今は先に優先すべき事が存在した。

 

 友哉が、キンジが、アリアが、茉莉が、それぞれ振り仰ぐようにして屋上を見やる。

 

 あそこには、藍幇最後の敵が待ち構えている。

 

 4人は頷き合うと、一歩一歩、ゆっくりと階段を上って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き抜けの屋上に出ると、友哉達は思わず息を呑んだ。

 

 藍幇城を取り囲むように、周囲一面、見渡す限り光の群れが海面を覆い尽くしているのが見える。

 

 これらは皆、藍幇の株構成員たち。本来なら決闘に加われる立場ではないが、せめて味方を応援しようと集まった有志たちである。

 

 周囲全て敵だらけ。故事にある「四面楚歌」を地で行く光景である。

 

 しかし、そのような絶望的な状況であるにもかかわらず、その一種幻想的な光景に見入らずにはいられなかった。

 

「綺麗ですね」

「ああ、大きな光の輪で、孫の金箍冠を表しているのかもな」

 

 うっとりした表情で呟く茉莉に、キンジが同意するように頷きを返した。

 

 そんな2人を見て、背後からアリアが嘆息する。

 

「呑気ね、アンタたち。見なさいよ、泳いで出る隙もなさそう」

「いや、それ以前にアリア、君、泳げ・・・・・・ごめん、何でもない」

 

 台詞の途中で、アリアがすごい視線で睨んで来たので、友哉は慌てて言葉を飲み込む。

 

 もっとも、アリアがカナヅチな事は、イクス、バスカービル両チームのメンバー全員が知っている事である為、今さら秘密もへったくれも無いのだが。

 

 とは言え、呑気な雰囲気に浸っているのもここまでだった

 

 そこへ、ゆっくりと近付いて来る4つの影がある事に気付いた。

 

 小柄な影が2つ、細身の影が1つ、大柄な影が1つ

 

 ココ、恐らく機嬢(ジーニャン)と孫、そして諸葛静幻に呂伽藍。

 

 もっとも、諸葛は手を後ろ手にされ、縄で縛られているが。どうやら、ココ達が先んじてクーデターを起こしたと言うのは本当らしい。

 

 とは言え、この場にあって、武力の弱い諸葛にできる事は少ないだろう。

 

 そんな事を考えていると、意外な事に初めに口を開いたのは拘束されている諸葛だった。

 

「この決闘は極東戦役の一戦。バスカービル、イクス連合軍と藍幇の勝敗を決する戦いです。良いですね、機嬢、伽藍」

 

 その宣言は、機嬢と伽藍に言い含めるように発せられる。

 

 この戦いは元々、香港藍幇が行った物。であるならば、その勝敗による結末は香港藍幇に帰せられる。上海藍幇や天津藍幇の干渉は不要。諸葛としてはそう牽制する事で、他の藍幇組織を牽制する狙いがあるらしかった。

 

 その諸葛の言葉に対して、伽藍と機嬢はそれぞれ頷きを返す。

 

「構わん。俺は元々、面白い戦がしたくてここに来た。それが達せられるのであれば、結果がどうであろうと興味は無い」

「こっちも同様ネ。それに海の上からも一目はいっぱいある。これで戦って私闘言うは無理あるヨ。ココにもメンツあるネ。曹操の名に懸けて、良いある。これは正式な決闘ネ。ただ・・・・・・」

 

 機嬢は言いながら、視線を友哉達の方に向けてくる。

 

「こっちは孫、伽藍、そして機嬢の3人。なのにそっちは、キンチ、アリア、ユウヤ、マツリの4人。数的にはちょっと不公平ヨ」

 

 確かに、状況的には4対3。藍幇側が数的に劣っている。

 

 しかも、友哉の予測では、恐らく機嬢の直接戦闘力は低いと思われた。

 

 機嬢は恐らく、武器作成や車両運用など、後方支援担当だと思われた。彼女がもし、戦闘技能に長けていたとしたら、あのエクスプレスジャックの際にも参戦していた筈だからである。

 

 そうなると、戦力的には4対2と、更に藍幇側に不利になるのだが。

 

「俺は構わんぞ」

 

 こともなげに言ってのけたのは、伽藍だった。

 

「この程度の数の差など、考慮に値するまでも無い。全て叩き潰すまでよ。お前もそれで良いな、孫?」

「言われるまでも無い」

 

 伽藍の問いかけに対して、孫は不敵な口調で返事をする。

 

 大人しい性格だった猴とは全く違う。孫は迸る交戦意欲を隠そうともしていなかった。

 

 どうやら伽藍と相通じるものがあるらしい。数の差など物ともしていない。

 

「友哉、孫は俺とアリアでやる。お前と瀬田は、伽藍の方を頼む」

「判った」

 

 キンジの言葉に、友哉は素直に従う。

 

 元々、ここにはそのつもりで来たのだし、伽藍もそれを望んでいるだろう。

 

 視線をかわし、友哉とキンジは頷き合う。

 

 ここから先は、互いに別の敵と相対する事となる。

 

 だが、そこに不安も恐れも無い。

 

 今まで多くの敵と戦い、その全てに勝利してきた友哉とキンジである。必ず再び、生きて見える事ができると確信していた。

 

 振り向く友哉。

 

 その視線の先には、方天画戟の穂先を下げ持つ伽藍が待ち構えている。

 

 それと正対するように友哉が、そして友哉の斜め後ろに控えるように茉莉が並んで立つ。

 

「ようやく、決着を付ける時が来たな」

 

 そう言って伽藍は、凄味のある笑みを向けてくる。

 

 ただそれだけで、圧倒的な存在感に押しつぶされそうになる。

 

「だが、戦う前にこれだけは聞いておく」

 

 伽藍はそう言うと、方天画戟の石突を床に立て、友哉に向き直った。

 

「俺と共に来い、緋村友哉。お前の力が欲しい。俺の傍らで我が覇道を助け、そして共に世界を統べてみないか?」

 

 それは、昨夜も言われた伽藍からの誘い。

 

 世界に覇を唱えようとする伽藍。

 

 その傍らで彼の覇業を助け、そして共に世界にはばたく事に対する魅力は、確かに友哉の中に存在している。

 

 だが、

 

「武偵憲章6条『自ら考え、自ら行動せよ』・・・・・・」

 

 友哉は真っ直ぐに伽藍を向きながら、そして毅然とした態度で答える。

 

「あなたが言う事は確かに魅力的です。けど、僕が歩む道じゃない」

 

 自分はあくまで武偵。

 

 何があろうとも武偵として戦い続ける。この命、尽き果てるその瞬間まで。

 

 それが、友哉の出した答えだった。

 

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 伽藍は長い沈黙の後、短い言葉を返した。

 

 彼にとっては、友哉がこのように答える事は予想済みだったのだろう。だからこそ、完全武装した状態で、この決戦の場に現れたのだ。

 

「ならば仕方がない。この戦いを制し、実力でお前を軍門に加えるまでよ」

 

 そう言うと伽藍は、方天画戟の穂先を持ち上げて友哉に向ける。

 

 対して友哉も、背後の茉莉に目配せして下がらせると、自分も逆刃刀を抜いて構える。

 

 今回の戦い、友哉は一対一で伽藍に勝てるとは思っていない。そして、それは茉莉も同様である。

 

 だから、茉莉はいざという時の切り札として、待機させておくつもりだった。

 

 互いの刃の切っ先が、向かい合う。

 

 友哉と伽藍。鏡高組の屋敷以来の対決である。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 短い言葉の応酬の後、

 

 両者共に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に仕掛けたのは、伽藍だった。

 

 長柄の方天画戟を振り翳し、膂力を全開にして突き込んでくる。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 咆哮と共に、友哉の体をかみ砕かんと向かってくる刃。

 

 機動力に勝る友哉を、伽藍は先制攻撃で抑え込むつもりなのだ。

 

 対して、友哉もまた、初手から全力で応じる。

 

 全力の突き込みに対して、体をひねり込みながら回避、同時に勢いの乗せた刃が旋回する。

 

「飛天御剣流、龍巻閃!!」

 

 刃が旋風を帯びて伽藍へと向かう。

 

 しかし次の瞬間、友哉の剣が伽藍に届く前に、突き込まれた方天画戟が勢いよく引き戻される。

 

 刃の両脇に備わった月牙が、背後から襲い掛かる。

 

「ッ!?」

 

 その事に、友哉は一瞬早く気付く。

 

 龍巻閃をキャンセル。同時に刃から逃れるべく上空高く跳躍する。

 

 眼下には、獲物を逃して立ち尽くす伽藍の姿がある。

 

「飛天御剣流・・・・・・・・・・・・」

 

 急降下に入る友哉。

 

 伽藍が振り仰ぎ、友哉の姿を確認する。

 

 しかし、遅い。

 

「龍槌ッ」

 

 叩き付けられる刃。

 

 その一撃が、伽藍の脳天を捉える。

 

 並みの相手なら頭蓋そのものを粉砕するのでは、と思えるほど強烈な一撃。

 

 しかし、友哉の攻撃はそこでは止まらない。

 

 着地と同時に、すぐに追撃へと移る。

 

 刃を寝せて、腹に手を当て、斬り上げる構えを取る。

 

「翔閃!!」

 

 跳躍と同時に斬り上げる一閃。

 

 顎を撃ち抜くような攻撃を前に、思わず伽藍は体をのけぞらせる。

 

 飛天御剣流、龍槌翔閃

 

 かつて、エムツヴァイ、武藤理沙を仕留める際に使った、龍槌閃と龍翔閃の複合技。

 

 龍槌閃で相手の体勢を崩し、そこへ勢いが消えないうちに龍翔閃で斬り上げる。そうする事によって、龍槌閃や龍翔閃の単発よりも威力の底上げができる訳である。

 

 しかし、

 

「甘い!!」

 

 伽藍は何事も無かったかのように、方天画戟を振り翳して友哉に斬り掛かってくる。

 

 これは、友哉としても別に驚くような事ではない。九頭龍閃をまともに受けても立ち上がって来たくらいなのだ。この程度でどうにかなるとは思っていなかった。

 

 突撃してくる伽藍に対し、友哉は地に足を付けると迎え撃つ体勢を整える。

 

 相手がこちらの一撃を難なく受け止められるくらい防御力が高いと言うなら、連撃を持って対抗するまでである。

 

「飛天御剣流、龍巣閃!!」

 

 迸る斬撃の重囲が、突っ込んでくる伽藍を包囲し捉える。

 

 降り注ぐ流星のように、一斉に伽藍に襲い掛かる龍巣閃の剣戟。

 

 その一斉攻撃を前に、

 

 伽藍は構わず、正面から突っ込んで来た。

 

「おォォォォォォォォォ!!」

 

 膂力を全開まで振り絞り、龍巣閃の乱打を全身に浴びながらも、伽藍は僅かすら怯む事は無い。

 

 旋回する刃は、それだけで大気を破壊するかのようだ。

 

 その刃を、友哉は一瞬で後方に跳躍する事で旋回半径から逃れ、回避する。

 

「どうした!?」

 

 そんな友哉の様子を見ながら、伽藍は口元に笑みを浮かべて叫ぶ。

 

「ただ逃げ回っているだけでは、俺には勝てんぞ!!」

 

 尚も突っ込んでくる伽藍を見ながら、友哉は内心で舌打ちをする。

 

 気楽な事を言ってくれる。向こうは好き勝手に武勇を誇れば勝てるのだろうが、こっちはそうはいかない。勝つ為には、策を弄しないといけない立場だ。

 

 だが、まだ策を仕掛けるだけの下地はできていない。

 

 だからこそ、友哉自身がもう一手、仕掛ける必要があった。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 突撃してくる伽藍に対し、友哉は体をひねり込ませながら螺旋を描くようにして突撃していく。

 

「龍巻閃・(こがらし)!!」

 

 伽藍から見ると、友哉の体は反時計回りに回転しながら突っ込んでくるように見えるだろう。

 

 旋回によって威力を底上げした攻撃が、伽藍へと襲いかかる。

 

 刃が織りなす銀の一撃は、伽藍を見事に直撃する。

 

 だが、友哉の動きはそこでは止まらない。

 

 龍巻閃・凩を直撃させたことで、旋回のベクトルは止められ、友哉の体は反作用の影響を受けて弾かれる。

 

 その反作用を利用して、友哉は今度は体を時計回りに回転させた。

 

「龍巻閃・旋!!」

 

 その速度を前にして、伽藍の対応も追いつかない。

 

 再び繰り出される刃が直撃して、伽藍の巨体がたわむ。

 

 そこへ、ダメ押しとばかりに友哉は、体を強烈に縦回転させながら、刃を伽藍に叩き付けた。

 

「龍巻閃・嵐!!」

 

 怒涛の龍巻閃三連撃。

 

 普通の敵なら、地に倒れてもおかしくは無いほどの攻撃である。

 

 しかし、

 

「まだまだァ!!」

 

 まるで何事も無いかのように、伽藍は立ち上がってくる。

 

 友哉の攻撃を悉くその身に食らいながらも、まるで意に介していない様子である。

 

 だが、

 

 伽藍が龍巻閃を喰らって、一瞬動きを止めた隙。

 

 友哉はそれを見逃さなかった。

 

 一瞬、背後を振り返る友哉。

 

 その瞳が愛しい彼女を見据え、瞬き信号で短い単語を刻む。

 

行け(GO)

 

 その信号を受け取った瞬間、

 

 韋駄天の少女が、初手からトップスピードにギアを入れて床を蹴った。

 

 殆ど、疾風が駆け抜けたとしか思えない光景。

 

 速度においては、未だに友哉すら凌駕する茉莉の動きを、目視で捉える事は、さしもの戦神にも不可能な事だった。

 

 接近。同時に抜き放たれる剣閃。

 

 銀の光が走ったと思った瞬間、伽藍の着ている鎧は斜めに斬り裂かれる。

 

「ぬッ!?」

 

 これには、流石の伽藍も予想外だったらしく、思わず驚きの声を上げた。

 

 動きを止める伽藍。

 

 その瞬間を逃さず、友哉は勝負を決するべく動いた。

 

 刀を正眼に構え、一気に踏み込みを掛ける。

 

 凶悪な鎌首を持ち上げる、九頭の龍。

 

「飛天御剣流・・・・・・」

 

 閃光は九つの輝きを帯びて、一斉に伽藍へと殺到した。

 

「九頭龍閃!!」

 

 回避不能な閃光が迸る中、

 

 伽藍はただ、立ち尽くす事しかできなかった。

 

 

 

 

 

第12話「穿つ龍牙」      終わり

 


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