緋弾のアリア ~飛天の継承者~   作:ファルクラム

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第14話「戦場で送るメリークリスマス」

 

 

 

 

 

 技を打ち終えた友哉は暫くの間、刀を持った右腕を振り上げたまま硬直していた。

 

 余韻は、尚も細い体の中に残っている。

 

 ある意味、飛天御剣流を復活させようと研究を始めてから、この時ほど興奮した事は無かったかもしれない。

 

 飛天御剣流奥義 天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)

 

 なぜ、この技ができたのか?

 

 そして、聞いた事も無かったはずの奥義の名前が、なぜいきなり頭の中に浮かんできたのか?

 

 友哉には判らないことだらけだった。

 

 判る事はただ一つ。これが、この戦いの決着になったと言う事だけだ。

 

 友哉には確信があった。これで戦いは終わった、と言う。

 

 その想いを肯定するかのように、

 

 長い滞空時間を終えた伽藍の巨体が、轟音と共に藍幇城最上階の床へと落下してきた。

 

 その音を聞きながら、友哉は逆刃刀の刃を回して鞘に納める。

 

 恐らく、もう伽藍が立ち上がって来る事は無い。

 

 これまで多くの戦いを経験してきた友哉だが、これほどはっきり、自分の勝利を確信できたことは今までに無かった。

 

 それほどまでに、奥義の齎す存在性は絶対的だった。

 

 そこで、ふと、友哉はある違和感に気付いた。

 

「おろ・・・・・・これは・・・・・・」

 

 何かを確かめるように、掌をグーパーと開いたり閉じたりして見る。

 

 動かすのに支障はない。以前は、超神速の抜刀術を使うたびに、体が断裂しそうなくらいの激痛に苛まれたと言うのに、今回はそれが全くなかった。

 

 勿論、伽藍の攻撃を喰らった際のダメージは残っているが、それでも体を動かすのに支障が無いくらいである。

 

 気になる事はまだある。

 

 奥義を放つ前、伽藍と対峙した際に見た、あの幻のような光景は一体なんだったのか?

 

 自分の背中を押してくれるように、語りかけてきた、あの着物を着た男性は一体誰だったのか?

 

 考えても答えが出る訳ではなく、友哉としても首をかしげることしきりであった。

 

 小さな足音が近付いてきたのは、その時だった。

 

「友哉さん、大丈夫ですか?」

 

 茉莉が、心配顔で覗き込んでくる。

 

 彼女もまた、エムアインス戦の時に友哉が抜刀術を使うところを見ており、さらにその後の後遺症も把握しているので心配になったのだろう。

 

 対して、友哉は彼女を安心させるように、ニッコリと微笑んだ。

 

「うん、大丈夫だよ。何か知らないけど」

 

 実際、これまでに技を撃った後感じていた体の不調は一切無い。もっとも、もう一度、今この場で奥義を撃てと言われたら、流石に遠慮したい。体力的にはカツカツの状態だった。

 

「茉莉はどう? 怪我とか無い?」

「あ、はい」

 

 答えてから、茉莉は少し手首を摩るような仕草をして答える。

 

「ちょっと、手が痛いけど、それくらいです」

 

 伽藍から握られた際かなり力を加えられた為、まだ右手首の握力は戻っていないが、それも暫くしたら治るだろう。

 

 ひとまず安心したところで、友哉は振り返ってもう一つの戦いがどうなったか、視線を向けてみる。

 

 孫と戦い、もって藍幇との戦いに雌雄を決するべく赴いたキンジとアリアがどうなったのか気になったのだ。

 

 先程から戦っている気配がしないところを見ると、どうやら友哉と茉莉が伽藍と戦っている間に、向こうの勝敗も決していたらしい。

 

 それを確認して、友哉は口元に微笑を浮かべた。

 

 視線の先には、キンジとアリアが何やら向かい合って言葉を交わしている姿が見えたのだ。

 

 キンジとアリアが2人とも無事である。と言う事は、向こうも勝利で終わったのだろう。もし、如意棒を直撃されていたら、少なくともどちらか(その場合、間違いなくキンジ)が倒れていただろうから。

 

 まあ、あの如意棒を、キンジ達がどうやって防いだのか、友哉としても興味があるところである。あとで参考までにキンジに聞いてみよう。壁に立てられている、クリスマスツリーに似た謎の物体の事も含めて。

 

 その時だった。

 

「いや、参った参った・・・・・・」

 

 笑みを含んだ声が、背後から投げられたのは、その時だった。

 

 揃って振り返る友哉と茉莉。

 

 そこには、いつの間にか起き上った伽藍が、床に胡坐をかく形で座っていた。

 

 とっさに身構え、友哉と茉莉は刀の柄に手をやる。

 

 もしや、先程の攻撃でも仕留めきれていなかったか? だとしたら、戦闘継続と言う事になるのだが・・・・・・

 

 いつでも刀を抜けるように、鯉口を切る友哉と茉莉。

 

 そんな警戒する2人を見ながら、伽藍は大儀そうに体を動かし、どうにか向き直った。

 

「そう警戒せずとも、これ以上は何も出来んよ。見ろ」

 

 そう言うと伽藍は、自身の体を指し示す。

 

 促されるまま視線を向けた友哉と茉莉だが、すぐに絶句する事になった。

 

 伽藍の着た鎧には、凄まじい亀裂が放射状に入っており、かなり強烈な衝撃が加わった事は一目でわかる。

 

 だが、問題はそこではない。

 

 何と伽藍の体には、右腰から左肩に掛けて袈裟懸けに、深い溝のような跡がくっきりと刻まれていたのだ。

 

 それが天翔龍閃の余波である事は考えるまでも無いだろう。

 

 九頭龍閃の直撃にも耐えきった硬気功の上から、これだけのダメージを伽藍に与えたのだから恐るべき威力である。一歩間違えば、逆刃刀でも人を殺せるかもしれない。

 

 まあ、それほどの攻撃を喰らって、尚も平然としている伽藍も伽藍だが。

 

「大丈夫なんですか、それ?」

「指一本動かすだけでもきついよ。まったく、お前もとんでもない隠し玉を持っていたものだな」

 

 呆れ気味に尋ねる友哉に対して、伽藍はそう言って苦笑する。

 

 伽藍の認識は間違いである。今回の戦い、友哉の切り札はあくまでも九頭龍閃だった。なぜ、天翔龍閃がぶっつけ本番でできたのか、友哉にも未だに判っていないのだから。

 

 その伽藍はと言えばどうやら、平然としているように見えて、その実、かなりきつい状況のようだ。恐らく、伽藍ほどの武人でなければとっくに意識を手放している事だろう。それほど強烈なダメージを肉体に負っているのだ。

 

 しかし、そのような状況ですら、伽藍はニヤリと笑みを浮かべて友哉を見据える。

 

「しかし、これでますます、お前と言う存在が欲しくなった。どうだ、やはり俺と共に来ないか? お前と俺、この世界に戦いを挑み、ともに天下を取ってみたくはないか?」

 

 戦う前に行った勧誘を、伽藍は再びしてくる。

 

 藍幇を制し、ゆくゆくは世界に覇を唱える。

 

 正直、日本の高校生に過ぎない友哉などには想像もできないような、壮大な夢である。

 

 しかしだからこそ、魅せられる物を感じているのも事実である。

 

 それに対して、

 

 反論したのは友哉ではなく、茉莉の方だった。

 

「ダメです」

 

 友哉を守るように前に出ると、茉莉は座り込んだままの伽藍の前へ立ちはだかる。

 

「友哉さんは絶対に渡しません」

 

 静かな、しかし、確固たる意志を顕にした声で伽藍の前に立ちはだかる。

 

 両手を広げ、背中に友哉を庇う茉莉。

 

 中華の戦神と日本の女子高生は、しばしの間、無言のまま睨みあう。

 

 やがて、

 

 伽藍は何かを悟ったようにフッと笑みを浮かべると、視線を茉莉の背後にいる友哉へと向けた。

 

「この娘、お前の女か、緋村?」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 伽藍の質問に対して、友哉は真っ直ぐに見据え、頷きを返した。

 

 スッと、伽藍は目を細める。

 

 倒れた友哉を守る為に、自らの前に果敢に立ちはだかった少女。

 

 実力的に大きく劣る事を自覚しながら、それでも大切な物を守る為に自分に挑みかかってきた小さな少女の存在は、武を奉じる伽藍にとっても称賛に値する者だった。

 

 どうやらこの戦い、完全に自分の負けであるらしい事を、伽藍は自覚せざるを得なかった。

 

 武の戦いでは緋村友哉に敗れ、心の戦いでは瀬田茉莉に敗れた。

 

 いわば、2人の武偵の間にある絆が、中華の戦神と言う強大な敵をを打ち倒したのだ。

 

 それに、伽藍にとってはそれだけではない。

 

 今回、伽藍はココ姉妹のクーデター計画に乗り、本来の首謀者である諸葛を拘束する形でイクス・バスカービルとの抗争に身を躍らせた。

 

 勿論、勝算あっての行動であったが、しかし結果はごらんのとおり。力戦及ばず、敗れてしまった。

 

 藍幇は信賞必罰に厳しい組織である。これほど重要な戦いに敗れた以上、規定に伴い、ココ姉妹や伽藍の位階は下がる事になるだろう。天下を目指す伽藍にとって、それはとても痛い事である。

 

 だが、これも仕方のない事だろう。

 

 「勝敗は兵家の常」と言う言葉がある通り、戦いを始めた以上、負ける事も覚悟しなくてはならない。そして負ければ全てを失うのが戦争である。

 

 だからこそ、戦は面白い。

 

 それに、失った物はまた取り戻せばいい。単純だが、それはあらゆる世界における普遍の真理である。

 

 故に、戦神は聊かも、今回の敗戦を悲観的には捕えていなかった。

 

 天下への道も、ほんの少しばかり後退するだけの話。今回の敗戦を機に、再び万全の体制を整えるように目指せば、決して高くない代償である。

 

 ただ伽藍は、ニヤリと笑みを浮かべて友哉を、そして茉莉を見詰める。

 

「良い女だ、大切にしろよ」

 

 そう告げる伽藍の言葉に対して、友哉と茉莉は互いに見つめ合い、そして同時に顔を赤くする。

 

 そんな2人の微笑ましい様子を見て、伽藍は呵々大笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後で聞いた事だが、キンジは如意棒を防御するのに、とんでもない方法を使ったらしい。

 

 かつて、孫が如意棒を使って貫けなかった似非大和の装甲板は67センチ。それを考慮したキンジは、自身が持つ最長武器であるスクラマ・サクスの刀身を利用する事で、その問題を解決してしまったのだ。

 

 レーザーが照射された瞬間、キンジはその射線上にスクラマ・サクスを投擲、刀身から柄尻までの「長さ」を「厚さ」の代わりにしたのだ。

 

 無茶その物、と言うより無茶以外何も無い策である。

 

 無論、ヒステリアモードを発動させたキンジなら朝飯前にできる芸当ではあるだろうが、そんな規格外な策を思いつく時点で、遠山キンジと言う武偵がいかに埒外であるかは語るまでも無い話である。

 

 結局、アリアの援護もあって如意棒を防ぐ事に成功したキンジ。その代償として、盾代わりに使ったスクラマ・サクスは、レーザー照射で融解して良い感じに傘状に広がり、今は藍幇城を飾るクリスマスツリーと化している。当然、もはや剣としては使い物にならない。キンジは装備していた割にいつ使うのか謎だったのだが、これにて、英国の至宝たる銘刀はお役御免となったわけである。

 

 とは言え、スクラマ・サクスの犠牲は決して無駄ではなかった。

 

 自身の最大の切り札である如意棒を完全に防がれた事により、負けを認めた孫は戦いに満足して眠りにつき猴へと戻った。

 

 孫、そして伽藍が敗れた事により、この藍幇城における戦いは師団の勝利に終わったのである。

 

 気が付けば、階下で戦っていた筈の陣や理子達も、三々五々集まってきているのが見える。どうやら、それぞれの戦いも師団側の勝利で終わったらしい。皆、それぞれに満足げな表情をしているのが分かる。

 

 そんな中、友哉と茉莉は少し離れたところで、2人っきりで佇んでいた。

 

天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)・・・・・・か・・・・・・・・・・・・」

 

 友哉は自分の右手を見詰めながら、技の感触を確かめるように思い出す。

 

 正直、想像を絶するほどの威力であった。何しろ、どれほど攻撃を加えてもビクともしなかった伽藍を、一撃の元に撃破したのだから。

 

 まかり間違えば、相手を殺めてしまう危険な技だ。

 

 だからこそ、それを振るう友哉には重い責任が課せられる事になる。

 

「おめでとうございます、友哉さん」

 

 声につられて振り返ると、友哉と並ぶようにして茉莉が笑顔を向けて来ていた。

 

 茉莉もまた、今まで友哉が飛天御剣流を復活させるのに、文字通り血の滲む努力をしてきた事を知っている。

 

 奥義の習得は、そうした努力を重ねる上で、一つの集大成でもあったのだ。友哉の努力が、具体的な形で実を結んだのだ。

 

 だからこそ、茉莉も友哉に惜しみない称賛を送ってきた。

 

「ありがとう、茉莉」

 

 そう言って、友哉は茉莉の髪をそっと撫でる。

 

 くすぐったそうに目を細める茉莉。

 

 あの時、あの着物を着た男性は言った。

 

 死からは何も生まれない。大事なのは、大切な人を守る為に、自分も生き残る事だと。

 

 ならば、自分も生き残らなくてはならない。

 

 自分自身と、そして掛け替えの無い仲間達を守る為に。

 

 天翔龍閃は、その為にこそ使おうと決めた。

 

 と、そこで友哉はふと、ずっとコートのポケットに入れっぱなしにしていたものがある事を思い出した。

 

 慎重に、ポケットから取り出してみる。戦闘の衝撃で壊れていないか心配だったが、どうやら無事らしい。

 

 ホッとため息を吐くと、茉莉に向き直る。

 

「茉莉」

「はい?」

 

 振り返った茉莉に、友哉は手にした袋を差し出した。

 

「その・・・・・・メリークリスマス」

「え?」

 

 突然、友哉が差し出してきた袋を見て、茉莉は一瞬、キョトンとした表情をする。

 

 そう言えば、今日はクリスマスであったことを思い出す。香港に来てから、キンジの行方不明に始まり、敵襲に藍幇城への招待と目まぐるしい日々が続いたため、すっかり失念していたが。

 

 とは言え友哉が差し出してきた袋が、どうやらクリスマスプレゼントであるらしい事は茉莉にも察する事ができた。

 

「あ、あの、貰っても、良いんですか?」

「勿論」

 

 頷く友哉の手から、綺麗にラッピングされた小さな袋を恐る恐る受け取る。

 

 重みは無い。茉莉の掌に乗るくらいの大きさだから、それほど大きなものではない事は間違いない。

 

 そっと、リボンをはがして開けてみる。

 

 中から、落ち着いた意匠の小さな箱が出て来た。

 

 その蓋をそっと開ける茉莉。

 

「わッ これってッ」

 

 途端に、目を輝かせた。

 

 小箱の中に入っていたのは、小さなピアスだった。銀色の素体に美しい装飾が施された2枚のリングが安置されている。

 

「こ、これを私に、ですか?」

「う、うん」

 

 尋ねてくる茉莉に対し、友哉もまた、少し照れくさそうに目を逸らしながら答える。

 

 2日前、茉莉と瑠香がブティックで服選びをしている時に暇を持て余した友哉は、クリスマスが近い事を思い出し、適当な装飾店に入って買い求めたのがこのピアスである。

 

 実のところ、友哉は武偵校の中では割と金を持っている方である。

 

 普段から銃を使わないので、他の武偵のように弾代も掛からないと言うのがまず大きい。当然、銃の分解整備に必要な消耗品も必要無い。あとはせいぜい、刀や防弾装備の整備に費用が掛かるくらいである。

 

 その為、このくらいの買い物なら、思い付きでもすぐにできるのだった。

 

「あ、あの・・・・・・」

 

 茉莉は友哉を見上げながら、少し躊躇うように顔を赤らめて言う。

 

「ゆ、友哉さん、その・・・・・・」

「おろ、どうかした?」

 

 訝る友哉に対し、茉莉は尚も言い淀んだような態度を取り続ける。

 

「もしかして、気に入らなかった?」

「そ、そんな事無いです!!」

 

 友哉の杞憂を吹き飛ばすように、茉莉は勢いよく迫ると、意を決したように顔を上げた。

 

「その・・・・・・友哉さん、付けて、もらえますか?」

 

 対して、友哉は目を丸くして、赤くなって目を逸らしている茉莉の顔と、突き出された小箱を見比べる。

 

 ようするに、ピアスを自分の耳に付けてくれ、と言いたいらしい。

 

 そんな可愛らしい様子に、友哉はフッと笑みを浮かべた。

 

 幸い、プレゼントしたピアスはマグネットも付随している為、穴を開けなくても付けられるタイプの物である。後日、改めて穴を開けるかどうかはさて置き、プレゼントされた茉莉としては、取りあえず付けてみたいと思うのは当然の事だった。

 

「貸して」

 

 友哉は茉莉の手から小箱を受け取ると、ピアスを手に持って茉莉に近付く。

 

 近付く2人。

 

 互いの吐息が重なるくらいに近付いた状態で、友哉は茉莉の左右の耳にピアスを付けてやる。

 

 これまで、高校生ながらどこか子供っぽさがあった茉莉だが、ピアスを付けることで、何となく垢抜けた女の子っぽさが出たような気がした。

 

 ゆっくりと、顔を離す友哉。

 

 どれと同時に、気配を察した茉莉も目を開ける。

 

「ど、どうですか?」

 

 オズオズと尋ねてくる茉莉。

 

 ピアスと言う、これまで体験した事の無い事態に対し、自分がどのように変化したのかが気になる様子である。

 

 対して友哉は、思った事をストレートに口にした。

 

「似合ってる。とても似合ってる。綺麗だよ」

 

 実際、ピアスをした茉莉は、これまでにないような可憐さで佇んでいた。

 

 少女の可愛らしさと、女としての美しさが奇跡的な比率で調和した美しさを作り出していた。

 

「嬉しい・・・・・・」

 

 恥ずかしそうにそう言うと、茉莉はスッと体を離す。

 

 元々、イ・ウーにいた頃の影響で感情の起伏がやや乏しかった茉莉だが、友哉と付き合うようになってから、これまでに無く色々な表情を見せるようになっていた。

 

 その事が、友哉にはとてもうれしかった。

 

 そんな茉莉の笑顔がもっと見たいと思って買ったピアスだったが、狙い通りと言うべきか、とても喜んでくれたみたいで、友哉としては大満足と言って良かった。

 

 その時だった。

 

 そんな2人の間を駆け抜けるように、急な突風が吹き抜けて行った。

 

 風と言っても、そんな激しい物ではない。藍幇城は海の上にあるのだから、風くらい拭くのは当たり前である。

 

 だが、その風が、

 

 立ち尽くしていた茉莉のスカートを、思いっきりめくり上げていったのだ。

 

「キャァ!?」

 

 悲鳴と共に、捲れあがったスカートを押さえようとする茉莉。

 

 しかし、元々、武偵校の防弾スカートは短い事で有名である、つまり、捲れあがっても押さえるまでのタイムラグがあまりに少ないのだ。

 

 そんな、あられもない格好になった茉莉を見て、

 

 友哉は思わず硬直してしまった。

 

 勿論、今まで、茉莉の恥ずかしい姿は(一応言っておくと不本意ながら)何度か見てきている。パンツも何度か見ているし、骨喰島の温泉では、お互い真っ裸で抱き合ったりもした。

 

 しかし、今回受けた衝撃は、それとはまた別種の物だった。

 

「ま・・・・・・茉莉・・・・・・」

 

 恐る恐ると言った友哉の声に、茉莉もまた、ゆっくりと振り返る。その顔は情けないくらい真っ赤になり、目には涙まで浮かべている。

 

「・・・・・・見、まし・・・・・た、よね?」

「う、うん・・・・・・ごめん」

 

 一応、謝っておく。

 

 だが、その口調も、明らかにぎこちない。

 

 なぜなら、捲れあがった茉莉のスカートの下から顔を覗かせた下着は、ピンク色で、側面にフリルがたくさん付いた可愛らしいデザインであると同時に、普通ならあり得ないくらい、布面積が小さく、茉莉の可愛らしいお尻はほぼ丸見えに近かったからだ。

 

 つまり、ぶっちゃけて言うと、茉莉が穿いているパンツは、

 

 少し大人っぽいデザインのTバックだったのである。

 

 

 

 

 

 普段はバックプリント入りなど、少し子供っぽいデザインの下着を好む茉莉が、こんなアダルティ一直線なTバックパンツをはいているのには、訳があった。

 

 その理由は、友哉が茉莉に送るクリスマスプレゼントを物色している時、つまり、ブティックで瑠香と洋服選びをしている時の事だった。

 

 瑠香に見繕ってもらった洋服をいくつか試着し、いざ試着室を出ようかと思った時だった。

 

 制服に着替えようとして、いつの間にか防弾スカートが無くなっている事に気付いた。

 

 何度探しても見つからず、半泣きになりながら焦っていた時だった。

 

『茉莉ちゃーん、探し物はこれかなー?』

 

 外から聞こえてきた瑠香の声に、嫌な予感がしつつ、首だけ出して外を見る。

 

 すると案の定と言うべきか、茉莉のスカートをヒラヒラと振り翳している瑠香の姿があった。

 

『か、返してください瑠香さん!!』

『ん~、返しても良いけど、一つ条件かな?』

 

 そう言うと瑠香は、空いている方の手で別の物を引っ張り出してきた。

 

『これも一緒に買う事。それが条件だよ』

 

 そう言って差し出してきたのは、恥ずかしがり屋の茉莉には絶対に無縁だと思っていたTバックのパンツだったのだ。

 

『あとでこれ穿いて、友哉君とデートする事、それも条件かな? ん? 2つになっちゃったけど、ま、いっか』

『そ、そんな~~~』

 

 マジ泣きを始める茉莉。

 

 とは言え、こういう時の瑠香は、梃子でも許してくれない事は、これまでの経験から判り切っていた。

 

 べそをかく茉莉に対し、瑠香はいかにもおかしそうに笑みを浮かべて追い込みを掛けて来る。

 

『別に良いんだよー 買わなくても。でもその場合、このスカートはあたしが預かってホテルに持って帰るから。安心して。ホテルに帰ったらちゃんと返してあげるから』

 

 つまり、買うならこの場ではスカートを返すが、買わないならパンツ丸出しで帰れ、と言う事らしい。

 

 何も瑠香は、意地悪でこんな事をしているわけではない。

 

 瑠香は自分が身を引く形で、友哉と茉莉を付き合い始める助けをしたわけである。その瑠香からすれば、何としても友哉と茉莉には行く所まで言って欲しいと思っているのだ。

 

 だと言うのに、茉莉はごらんの通りのヘタレな訳で、瑠香としては多少強引にでも梃入れをしてやらないといけないと思っている訳である。

 

 全ては茉莉のヘタレを治す為、瑠香はあえて心を鬼にして、愛の鞭を振るっているのだ。

 

 まあ、半分くらいは茉莉をイジメて楽しんでいると言う事も否定できないのは事実であるが。

 

 とは言え、いよいよ進退窮まった茉莉。

 

 夏に水着を買う際はパンツを人質に取られたが、今回はスカートを人質にされた感じである。ある意味、ハードルは跳ね上がっている。このままぐずっていたら、本気でスカート無しで香港の街を歩く事にもなりかねない。

 

 買えば後日、友哉の前で羞恥プレイ。買わなければ、この場で衆人環視の中、羞恥プレイ。まさに究極の二者択一だった。

 

『瑠香さん・・・・・・最近、理子さんに似て来ました』

『ん、それって褒め言葉?』

 

 皮肉も通じなかった。

 

 もっとも、お人よしの茉莉に、もともと皮肉を言うような才能は無いのだが。

 

 だが、どちらかを選ばないと、瑠香が許してくれないのも事実なわけで。

 

『・・・・・・・・・・・・買います』

 

 と言う以外に、茉莉には選択肢は無かった訳である。

 

 

 

 

「ふえぇ~~~~~~ん」

 

 その場でペタンと座り、泣き出してしまう茉莉。

 

 こんな露出度の高い(はしたない)パンツを穿いている所を、友哉に見られてしまった事が何よりも恥ずかしかった。

 

「ま、茉莉!!」

 

 そんな茉莉を、友哉はとっさになだめようとする。

 

「そ、そんな泣かないで。良い感じにオチになったんじゃないかな?」

「こんなオチいりません!!」

 

 ですよねー と友哉は苦笑交じりに心の中で同調する。勿論、何の慰めにもなっていなかった。どうやら友哉自身、先程のTバックの印象が鮮烈すぎて、頭が軽くパニックに陥っているらしい。

 

 しかし、

 

 冷静になって、先程の光景を思い出してみる。

 

 風邪で捲れあがったスカートの下から見えた、ピンクのTバックパンツ。

 

 普段は子供っぽい下着を穿く事が多い茉莉が、あんな大人っぽい下着を穿いていると言うのも、なかなかギャップがあって良かったかも、と思う。勿論、友哉的には普段穿いている子供っぽい下着も良いのだが・・・・・・

 

 そこまで考えて、友哉はハッとした。

 

 気配を察して目を転じると、涙をいっぱい浮かべている茉莉が、ジト目になって睨みつけていたのだ。どうやら、何を考えていたのかモロバレだったらしい。

 

「ふぇ~~~~~~ん!!」

 

 再び泣き出す茉莉。

 

「もうッ!! 絶対!! 絶対!! ぜ~~~ったい!! こんなパンツ穿きませんから~~~!!」

 

 戦争が終わった藍幇城に、茉莉の絶叫が木霊する。

 

 何はともあれ、友哉にとっても思いがけないクリスマスプレゼント(?)になったのは確かである。

 

 もっとも、見られた茉莉にしてみれば、魂の底から不本意極まりなかっただろうが。

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、ほのぼのとした空気が支配し始める藍幇城。

 

 だが、師団も藍幇の者も、まだ誰も気付いてはいなかった。

 

 次なる脅威は、不吉な影と共に、もうすぐそこまで来ていると言う事に。

 

 

 

 

 

第14話「戦場で送るメリークリスマス」      終わり

 

 

 

 

 

香港編     了

 


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