30世紀の笛吹き {完結}   作:ハナのTV

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二度目のオリジナルです。楽しんでもらえればうれしいです。




第1話

 

色とりどりの布で作られた衣装をまとった男がハーメルンという町にやって来た。この町は鼠に荒らされて困っていたので、鼠取りを自称する男に町人達は鼠の駆除を求め、男は笛を吹いて鼠を引き寄せ、川に溺れさせた。

 

しかし、ハーメルンの人々は鼠駆除に成功した男に払うべき報酬を渋った。彼がよそ者だったからだ。それが男を怒らせてしまった。

 

一度帰った男だったが、その後、笛吹男はもう一度街にやって来て笛を吹き、子供を大勢洞窟の中に誘い入れ二度と戻ってこなかった。

 

その後の子供たちも、笛吹も、どこへやら。居場所を知る者は無し。街の人々は後悔の中、子供のいない家で涙を流すのみだった。

 

 

 

小さな本を閉じて、私は就職先へと向かうモノレールから見える景色を見つめる。時間にして、午前七時半だと言うのに暗く、コンクリートのひんやりとした壁をネオンや電灯の光が装飾し、無機物特有の温かみの無さを覆い隠す

 

空には金属の板が張り付いているようで、太陽の光など拝めるはずもない。何故なら、此処は地下で、地上ではないからだ。巨大な地下空間に作られた街を照らすのは人口の光しかなく、つまり此処には地上の星しかないことになる。

 

地の底に作られた都市、太陽も雨も天の無組が存在しない無機質な街。そこが私達亜人の住まいであった。

 

アンダーハイブと呼ばれるこの町は私達亜人の住処だ。元は人間達の対核弾頭地下都市だとか言われていたらしいが、今は私達と人間を線引きするための物だ。昔、色付きの人間と白い人間は区別されていたと聞いたことあったが、似たようなものだろう。

 

人間と私達は地下と地上に分けられて、いくつか地上へと伸びている、まるでジャックの巨大な豆の木のように聳え立つエレベーターのみが唯一の交通の手段で、この都市のシンボルだった。

 

あの向うに青々とした空がある、皆を照らす太陽があると聞いて、この町の子供達、私も含めて皆があの巨大なタワーを仰ぎ見たものだ。

 

そんな巨大な建築物を眺めていると、終点であり目的地である場へとたどり着いたようで、アナウンスが流れた。

 

私はフウ、と息を吐き、席から立ち上がって列車を降りた。大勢の亜人たちがドアから出る中、そのヒトの中をかき分けて行くと、すぐ職場のゲートが目の前に現れた。

 

一見すると普通の改札口と何ら変わらないが、その傍らに直立不動でたつ警備員たちの手にはスリングで吊り下げられたサブマシンガンが握られており日常の通勤ラッシュに幾分か物騒な雰囲気を作り出していた。

 

だというのに、そこを通る者達は何ら気にする様子はない。むしろ武装した彼らに挨拶を交すほどだしかも、そんな職場に向かう者達の装いに至っては自由で、スーツを着こなし、まるで人間の様な出で立ちをする者もいれば、ポロシャツの者もいる。

 

とても厳重な職場に向かう方々とは思えなかった。降りる駅を間違えたのか、と一度確認したが間違いはなかった。

 

しかし、そう思う自分もパーカーにミニのスカートとおよそ、地上では仕事に行く姿として考えられないらしい服装をしているのに気付き、逆にスーツ姿の連中をクスリと笑った。

 

私達は亜人なのだ。何をそこまで真面目に人間の真似をした格好をしなくてはならないのか、と。

 

ゲート前に着くと、警備員として働いている一人が近づいてきた。その顔は鼻の削がれたスキンヘッドの人間そっくりで、一瞬ギョッと驚いたが肌の一部が固く鱗のようで、7色も灰であるのを見て、そういう者だと理解し、必要書類を見せる。

 

「IDも」

 

事務的な口調の彼にうなづいて私は首から下げているIDを見せ、ついで自分の特徴である、犬歯を見せつけるためにニカっと笑って「ワン」と一つ鳴いて見せた。よく発達した四本の歯を見て、警備員は訊いてきた。

 

「……犬か。耳は無いんだな」

「私の場合はね。アンタは?」

「いわゆる地底人{ノーズレス}。お互い笛吹に誘われた者同士さ」

 

地底人の彼は書類にサインを書き加えながら私の名前を見た。すると何を思ったか、ため息を吐いた。

 

「ベッキーか。本当に犬の名前だな。人間ってやつは何でこんな名前にしたがるかねぇ?」

「いいじゃない。私はそこまで嫌いじゃないよ」

 

市役所から与えられた私の名前に彼は私を憐れむかのように言った。ここでは名前は人間が勝手に押し付けてくるのが普通で、不満も多いが私は特に文句はなかった。

 

「ま、本人がいいならいいけどな」

 

IDを返してもらい、「ありがとう」と一言礼を言って、その場を後にする。先ほどから、私と同じような人間によく似たヒトがこの門を通り過ぎていく。

 

そこに人間はやはりいない。似た姿はいても、やはりヒトなのだ。意識を集中し鼻を利かせれば、その微妙な体臭の差異を感じ取れるし、見るだけでわかるものだ。

 

廊下を歩き、チラリと横目で誰かを見れば、皮膚の上に紋章の様な痣があったり、うろこを持っていたり、ともし、この世界について何も知らない者が居れば、アミューズメントパークのキグルミのパレードや映画の特殊メイクを施した役者たちが映画の撮影に出かけている、と勘違いするだろう。

 

此処にいるのは殆どが移民に近いものなのだ。今や西暦三十世紀。この世界の人間達が取った政策と偶然の末に出来上がった発明品が今の社会を作り上げた。

 

そして、その結果が私の就職先と言える。

 

廊下を通り抜けて、新入りのためのオリエンテーション会場へとつき、見回してみる。やはり、さっきと同じようなヒトがパイプ椅子に腰掛けて手元の資料を読んだり、隣の者と話したりしている。

 

折り畳みできる長テーブルとパイプ椅子が詰められただけの簡素だが、大きい室内で空いた席を探す。ときおり鬱陶しそうな顔を向ける誰かさんを横目で見ながら。そうしていると鼻孔に香水の香りがツン、と漂って、顔を少ししかめた。香りのする方向へ顔をやると私と同じような年代の女の子がいた。

 

赤いスーツにタイトスカート、スレンダーな体つき。美人、美女と言うより可愛らしい少女と表現するのが正しい見た目だ。人間の十代の少女に見える外見だが、目元に書かれた涙のタトゥーに見える痣を見て、違うと判断した。人間の職場では顔に入れ墨など、まずありえない。ただし、生まれついての物なら話は別となるから、そう判断した。

 

「此処空いてるよ」

 

どうやら、彼女は親切にも、空いている席を見つけてくれたらしく、私に座るよう勧めてきたのだ。私は一回頭を下げて、座り礼を言った。

 

「ありがとう。えっと、名前は? 私はベッキー」

「ミナミだよ。よろしくね、ベッキーちゃん」

 

初対面でも、フランクに接する彼女は手を差し出して握手を求め、私はそれに応えた。彼女はニコリと笑いつつ話しだした。

 

「ベッキーも笛吹なの?」

 

笛吹、とある職業のあだ名を彼女は口にして、私は頷いた。このアンダーグラウンドではその職業はある種の羨望とある種の蔑みが入ったものとされている中、その職場でその名を口にすることは大胆とも言えた。

 

もしくは彼女がそこまで深く考えていないだけか。

 

「そっか、そっか。私と同じだね~。ベッキーちゃんと一緒に働けたらいいな」

「そうだね。私も知り合いが多いほうが助かるし。それに、この仕事キツイって話だもんね」

「大丈夫だよ。ベッキーちゃん強そうだし」

「そう?」

「なんか、研修の実技とか凄そうだもん」

 

職場に入る前にさせられた研修の事を彼女は言った。確かに私の実技は高得点の部類であり、試験管も悪い顔はしなかった。

 

ただ、今年の筆記では星降る新入り、と言われるほどの高い平均点の中、私が出した点数を見るまでの話だったが

 

「筆記は言わなくても分かるでしょ?」

「うん、ダメなんだ」

 

適当に会話をしていると、部屋のスクリーンの前に何人かの男たちが歩いてこちらを見据えた。スーツ姿のヒトは恐らく私達の先輩だろうか、顔に傷がついていたりしているのがわかる。その中で特に気になったのが二人いて、一人は顔こそ悪くはないものの、背は低くチビで短い黒髪もゴワゴワで固そうだ。ロクな手入れはしていないと見えて、目つきもアーモンド形で悪く、粗雑な印象だ。

 

もう一人は老人で、オールバックにまとめられた銀髪で、口元に髭を生やしている。スーツの上に気取っているのかブラウンのダスターコートを羽織り、モノクルをかけている。このような場では到底合っているとは言えない格好だが、その男は堂々としている。

 

だが、奇妙な点はそこだけでない。外観もさることながら、嗅覚がガンパウダーの香りを感知したので、気になって仕方なかった。だが、そんな私の疑問について考える前に壇上に一人の男が上がり、そちらに集中し、私たち全員がその人間の男に注目した、

 

肥え太っていて、ノリの利いたスーツがはちきれんばかりの男はマイクに近づいて話そうとしたが、マイクの調整が上手くいっていないのか、耳障りな音が会場に響き渡り、他より耳がよく利く私は耳を塞いで顔をしかめた。

 

「失礼……まずは自己紹介から、私の名前はフッカー・ベネリ。この仕事場のボスであり、君たちに給料を配布する、いわば君らの神だ」

 

苗字付きの男、人間は尊大な口調で、マイクの件を謝罪し、自らの存在を神だと告げた。過去、イエス・キリストと言う男も自らを神の子と自称し、様々な宗教の開拓者たちが神の使いや化身と言ったというが、彼ほど傲慢な態度であっただろうか。

 

「君たちと違い、私は人間だ。この世界で生まれた、いわば純粋種だ。しかし、此処ではそんな事は問題ではない。此処での君たちの職務はいくつか存在するが、主な任務は一つ。この社会の土台作りだ」

 

舌打ちをかますのが何名か、私の聴覚が察知し、私はその何名かに同調した。

フッカーと名乗った男は自分の後ろにスクリーンを展開させて、グラフと年表、そしていくつかの写真を私達に見せた。それは歴史の授業だった。

 

「今より三世紀前、人類社会で特異なウイルスが発祥したのはご存じだろう。『種殺し』と呼ばれたソレの発症により人類は危機に瀕した」

 

種殺し、それは女として、名付け親の顔が見たくなる名前だった。文字通り、種を殺す、オスが「種なし」になると言う奇病は生物の種をゆっくりと真綿で絞め殺す代物であった。発見者が一体、どちらの意味を込めて、あるいは両方の意味を込めて、つけた名前は最低の一言だ。

 

この奇病によって、出生率の激減はとどまることを知らず、世界的な高齢化、少子化が進んだのが今の時代までの人の歴史だ。実際、かなりの数の人間が減少し、かつては90億もいた人類は今では2億程度と言うのだから凄まじい。

 

この奇病はまさしく人類の天敵だった。喜んだのは頭空っぽの猿の如き性欲旺盛な低階級の者だけだったろう。なにせ、社会を支える柱が少しづつ、削られていくのだ。「ヤンキーの子だくさん」なんて言葉は崩壊し、自分たちの身分が下々の労働者達に支えられていると知っている富裕層にはたまらない恐怖だったろう。

 

一時期はこの奇病にかからなかった者のクローン児の生成によって、この問題を解決しようとしたがテロメアの短さからくる短命さと、倫理的問題を克服できず失敗。さらに呪われていたのか、この実験で作られたクローンの八割は無頭児、奇形児だったと言うのだから、救いがない。

 

ピラミッドの一番下が崩れれば、上は元の位置に立つどころではなく、容易く地に落ちてしまう。下の段が崩れたダルマ落としがいつまで安定できるかなんて、答えられないのは乳飲み子くらいだろう。しかし、神も人類を愛してくださったのか、一つの希望を作った。

 

「しかし、救いの道は確かに存在した。まるで海を割ったモーセの道のように……{ケイブ}と呼ばれる一種の空間にできたホールの発見によってソレは確かに変わった。我々は異なる世界の窓を、扉を見つけ、そして世界の管理者となった」

 

そう、そのケイブこそが重要だ。此処とは全く違う世界、平行世界とも違う異なる次元のはざまの先を見つけた我らが人間様が取ったのは、異世界の管理だった。

 

ケイブ、此処と何処かを繋ぐホールのことであり、それは窓であり入口だ。あらゆる次元を飛び越えて異世界との交流を可能にしたそれは世界を広げた。そして、そこから労働力たるヒト、すなわち私達ヒトを運び出そうとし、それが成功した結果が今の私達だ。

 

「君たちはその尖兵だ! 異世界の不幸な子を保護し、この世界で正しい教育を受けさせる、すなわち世界の守護者である!」

 

大仰に言われた私達の仕事。それは子供の保護という名目の働き手の確保。すなわち移民の受け入れ、または回収というものだ。悲しいことに異世界でも紛争だのなんだのが存在しており、不幸なヒト達に溢れている。

 

私達は異世界に赴き、そんな不幸な方々を保護し、この世界で安全に暮らしてもらうという仕事をするのだ。

 

無論、批判はある。衣食住を与えて、仕事場すら与える。何と優しい奴隷制度だろうか。かつて、私の祖父が皮肉そうに愚痴っていたのを思い出す。

 

人権を守ると言う名目の労働力確保、私達は人間の手先となって、ヒトを連れてくる誘拐犯なのだ。

 

だが、それが無ければ私、すなわちベッキーは存在しなかったかもしれないのだ。どこからか連れてこられた移民の末裔たちが、私達だ。

 

私達が人と違うのはこのためだ。皆、どこから連れてこられた者の子孫たちで、人によく似たヒトなのだ。

 

故につけられた職業の名前をよく知っている。私の名はベッキー。犬に少し近いだけで与えられた名前は嫌いではないが、この職業の名前は好きではない。マ―マルハンター、もしくは「笛吹」たちである。そう、今日から私は笛吹のベッキーになるのだ。

 

壇上の男に聞こえないように音量を調節して口笛を吹いた。職務には忠実であった方がいいと言う、祖父からの教えに従って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観葉植物の植えられた植木鉢にソフトドリンクと缶コーヒー満載の自動販売機の列、簡易なベンチが置かれた休憩所で俺達はこれからくるであろう新米たちの事について駄弁る。

 

「最近は随分若いのが来るようになった」

 

ベンチに腰掛けて缶コーヒーのプルタブを開けて、中身を喉に流し込みながら目の前の元相棒のコルトの話を聞く。齢は人間基準で50代後半の爺様が口に出したのは今日のオリエンテーションの新人たちの顔ぶれについてだった。

 

「どう見ても十代の子供の連中を相方にしなくてはならないとは、全く許しがたい業務妨害だと思わんかね? ターキッシュ」

「そう言うなよ、コルト爺さん」

 

壁に寄り掛かってダストコートの裏側に仕舞った自分の愛人を撫でながら、これからの相方に頭を悩ませる爺様に俺は同調したが、とりあえず諌める。確かに連中のような素人と組んで仕事をするなど願い下げだが、俺達にはその決定権はないのだ。

 

笛吹は簡単に言ってしまえば、異世界の紛争、飢餓、疫病、文化的レベルなど、あらゆる生存に困難な場所から子供を保護し、こちらの世界で職や住居、教育を施すという物だ。

 

この地下世界はそんな移民たちの住処であり、人間様の大切な労働力として中、下層を担っているわけで、俺達はいわば経済とやらを支える大事な土台を作るための職人という訳だ。

 

故に笛吹の殉職率は高い。ベテランだろうとルーキーだろうと平等に死は訪れるもので、足りなくなった人員を補うために最低年齢を引き下げたのだ。

 

俺がここに入ったときは18歳。今年はそれよりも下がったとみていいだろう。

 

「今は人手不足だ。猫の手でも、とかいう諺に従っているんだろうさ」

「猫の手か……」

 

コルト爺さんは愛人いじりを止めて顎に手をやった。鼻を鳴らして、嘲笑した。

 

「それしか用意できんのだから無能もいい所だ。我々は手だけでなく足や目だって欲しいというのに」

 

コルト爺さんの言葉は正しく、俺もそれに同意し頷いた。欲しいのは「手」という人員ではなく、それ以外の別の物なのだ。新型のベストなり索敵の為のセンサーが欲しいのだ。

 

なのに、それらを無視して一番金のかからない人員ばかりを増やして、増やすのは育てる手間とノルマ、それにハードルだけと言うのだから、頭に来る。ため息をするだけストレスを吐き出せられれば、どれだけ楽な事か。

 

だが、最近では愚痴にすら神経質な上司すらくる始末、それにもめげずに愚痴を言い続けて生きた俺達は今や立派な老害認定され、無事爪弾き者に昇格した。そのせいか、やたらと危険な仕事ばかりが飛び込むようになりお偉方の人間様は一刻も早く俺達が{未必の故意}で死ぬのを心待ちにしていると来ている。

 

俺はそんなお偉方の顔を思い浮かべて、葉巻を吸うダンディーな男のイラストが入った缶コーヒーを握りつぶして、ごみ箱へと投げ捨てて立ち上がる

 

「手だけでも貰えるだけいいって事か?」

「かもしれんな」

「ま、この後の交流会で全部わかるか」

 

俺がため息交じりに語るとコルト爺さんは明後日の方へと目をやっていたのに気付いた。何事かと思い、爺さんの視点の先にある物を見ると、そこには先ほどのオリエンテーションに顔を見せていた新入りの姿が二人いた。

 

一人は赤いスーツにタイトスカートの小柄な少女だった。肉付きはいいとはお世辞にも言えず、目を楽しませるという点では魅力に欠ける。一部のマニアにはたまらないだろうが、俺にはそのような趣味は無いため憮然とした顔で見た。

 

だが、もう一人の方へ眼を向けると、今度は対照的で感嘆の声を上げた。スタイルは良い方でスカートの裾から見せる脚も長くて悪くない。グラマーでショートヘアの彼女は目つきからして強気そうであり口の端から見せる鋭い八重歯からマーマル、犬人だと判断できた。

 

「……若い新入りだな」

「爺さんはどっちがいい?」

「小柄な方だ。あの小ささと見た目は役に立ちそうだ」

「じゃ、俺は残りだ」

 

俺達は一目見て思った。この二人使えるかもしれない、と。外見はさておき二人の筋肉の付き方、体格に顔つきと見て俺は俺の、コルトはコルトの思惑に合うかもしれないと見た。

俺達が彼女らを見ていると向うも気づいたのかこちらを見て、小柄な方がもう一人の手を引っ張ってこちらに来た。

 

「こんにちは! 今日から笛吹になりました。ミナミです!」

 

小柄な方がミナミと名乗り、元気いっぱいに俺達の蔑みの名前である笛吹きと口に出し、俺とコルト爺さんは思わず苦笑した。もう片方が額に手をやって呆れていた。先輩に向かって、その名前を堂々と言うのは失策であるとデカい方は分かっているようだ。

 

「元気は買うが、その呼び方は頂けんな。私の名はコルト……そちらのお嬢さんは?」

 

爺さんはヒトのよさそうな微笑みをしながら、もう片方に名前を訊いた。パーカーを来たラフな彼女は頭を下げて名乗った。

 

「ベッキーです。見ての通りマーマルです」

 

その後に八重歯をキラリと見せつけてワン、と続けた。

犬と人が合わさったようなヒト。どっちなのか、よく分からない人型としてヒトは彼女らをマーマルと呼ぶ。少なくとも哺乳類だからと言う単純なものだが、俺にしてみればマーマルがパートナーになってくれれば嬉しい事が多いため、この場は笑顔を取り繕いコルト爺さんに倣って挨拶をする。

 

「よお、初めましてだ。俺はターキッシュだ」

「どうも」

 

握手をしようと手を差し出したが、ベッキーは一瞬俺の顔をチラリと見やり目に警戒心を持ちつつ口元に笑みを作って握手に答えた。表情は隠しているらしいが、少し下手と見れた。ベッキーはコルト爺さんとも握手をしてる時も同じ顔をしていた。

 

「お前も笛吹か? それとも別の部署?」

「私も笛吹ですよ。憧れの職場なので」

「いい事だ。憧れの職場……つまり俺はその憧れのヒトっていう訳だ? どうだ?」

 

おどけて言って見せたが、ベッキーは引きつった笑みを浮かべた。イメージと違う、もしくは俺を憧れの職のヒトにしたくない、というのがモロ分かりだ。それも当然だ。憧れという物は一瞬で消えうせる物だ。特にアンダーハイブの職人と言う奴はそろってロクデナシに変人の見本市のため、出会ったが最後憧れなんて消し飛んでしまうものだ。

 

もっとも、目の前の女が本当に憧れなんて物を抱いてやって来たかなど知りはしないのだが、そこは黙っておくのが吉だろう。

 

「……ちょっと違いましたね」

「マイルドな表現でありがとう。ま、いいさ」

 

気の強そうな女ではあるが、一応は気を使ってくれているようだ。この地下のヒトにしては躾がよく行き届いている。大抵は生意気な口を叩くものだ。そして、その口調が直る前に大体が職を離れる羽目に陥るのだから、これだけでも貴重だと言えないでもない。

 

「あの、私達オリエンテーションの後に先輩方との交流会があるって聞いたんですけど、それってどこで行われるんですか?」

 

交流会、その単語をミナミから聞いてコルト爺さんはニヤリと一瞬意地の悪い笑みを浮かべたが、すぐに先ほどの顔へと戻り、甲斐甲斐しそうに答えた。

 

「ああ、交流会ね。それなら私達も行くところだ。一緒に来るかね?」

「是非!」

 

屈託のない笑みを見せるミナミを爺さんは孫娘を見るかのような面をする。その実、頭の中はこの後の交流会で色々と披露することでいっぱいに違いないだろう。それに気づいているのかベッキーの方はその爺さんの危険な香りを嗅ぎつけているようだ。眉間にしわを寄せて爺さんを警戒している。

 

「何か嗅ぎ付けたか?」

 

俺が試しに訊くと、彼女はすぐに表情をごまかし、答えた。

 

「……いえ、私嗅覚は鈍いもので」

「謙遜するなよ。その才覚は生かした方がいい。先達からのアドバイスだ」

「はあ」

 

生返事にニコリと微笑み返して、俺と爺さんは後ろに衝く二人を横目でとらえつつ、耳打ちする。左のこめかみを押し込んで、二人に聞こえない話をする。仕事の打ち合わせをする時はいつもこうしている。

 

『とりあえず、二名は確保だ。後はアンタの腕前のご披露して,オシマイだな?』

『油断は禁物だぞターキッシュ』

 

コルト爺さんは一切のおふざけを取りはらった口調で述べた。彼は手のひらの感触を確かめて何故、声音を変えて話すかを俺に教える。

 

『握手をした時気付いたろう? ベッキーは手のひらが厚く、固いナイフダコがあった。刃物をよく握りしめていたのかもしれん』

『そいつは分かっている。チビの方は?』

『人差指の第二関節と親指にタコがあった。銃の経験は豊富かも知れん。やんちゃな娘は嫌いじゃないがね』

『ありゃ野良犬の類さ」

 

感想を述べつつ、成程と納得した。どうやら二人とも生まれはそんなに良くないらしい。彼女らの年齢は人間換算で16かそこら。その齢で妙に凶器に手慣れている手つきをしていると言う事はそういうことなのだろう。

 

ミナミは拳銃、利き手じゃない方の手のひらを調べれば少なくともリボルバーを使いこなしているかどうかも分かったろうが、握手は基本片手で行うし、利き手で行われるのが常だ。握手で利き手じゃない方を出すのは余程の手練れ、それも人様に顔向けできない奴だけだ。

 

ベッキーの方はその点言うと分かりやすい。手のひら全体が固く、親指にナイフダコがあった。それだけなら料理屋の娘だったと言う点も考えられなくないが、それなら、実家を突くだけで済むので、こんな職場に就こうとする意味が薄れるし、先ほどから見せる妙な勘の鋭さに合点がいかない。

 

それにパーカーの上でハッキリとは見えなかったが、女性にしては腕が少し太目に思えたし、何よりあのオリエンテーションで口笛を吹いていた。

 

仕事で口笛を吹く奴は二通りだ。余裕のあるやつか、状況も分からない程の馬鹿か、だ。俺にはこの女が後者には見えない。馬鹿ならここまで察しがいいようには思えないからだ。

 

笛吹として口笛を吹く、そんな冗談を実行できる度胸をもった女、見込みがある。これなら、使えるかもしれない。

 

『使えるな』

『ああ。コレはいい原石かも知れんな』

 

俺達が手だけではなく、目と耳を欲しがった。だが、すぐ目の前に大方揃うであろう素材が転がり込んできたのだ。素人と思っていたが、存外そうではないのかもしれない。使わない手はない。

 

そんな野望に思いを馳せて、俺達は交流会のための場所、模擬戦闘用のケイブの元へと歩を進める。何のことは無い、ただの新人いびりの一つだ。精々頑張ってもらわなくてはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

怪しい二人の先輩に連れられて早五分。長い廊下を歩いて行くたびに雰囲気が違っていくのが分かった。少し前までピカピカで綺麗だったはずの廊下の壁はどことなく薄汚れ、通りかかる自販機の一部はひしゃげて故障中の看板が立てられている。自販機の内容も缶コーヒーやジュース、炭酸飲料などではなく、煙草やアルコール類とガラが悪くなってきており、何より匂いからして不穏だ。

 

鼻孔を刺激するのはガンオイルにグリス、そして硝煙と汗の香りで、それらの混合ガスの匂いに顔をしかめた。この二人が連れて行こうとしているところは少なくともロクな場所ではないのは確かだ。それに気づいているか知らないがミナミはニコニコしたまま二人についていく。

 

警戒心が無い。よほどの天真爛漫か、それとも最高に察しが悪いかのどちらかだろう。そのため、私はますます前の二人を警戒せざるを得なくなる。思えば二人は最初から怪しすぎた。初老の方はダスターコートの内側に右手を突っ込んで何かを弄って、もう一人は妙に引っかかる言葉を放ってくる。共通しているのは視線の動きが何となくだが他の男とは違う気がすると言う所だ。

 

女性という物は私も含めて視線に敏感だ。男と言う生き物は女のパーツを見るポイントが大体同じだ。顔から胸、尻となめまわすように見て、脚でスローモーになるのが私に対する視線の動かし方だ。

 

確かに二人は最初は同じように目を動かした。その後の視線の動かし方は私も経験したことないものだった。一体何が目的なのか、さっきからよく分からない。

 

「どこに行くんですか?」

 

試しに訊いてみても、二人は楽しそうににやけるばかりで何も答えようとしない。と言うより、話を聞いている様子も皆無だ。

 

「先輩方~?」

 

大きめの声にして聞いても何も変化がない。隣のミナミはそんな私を見て、「焦らないで、着くのを待てばいいのに~」などとお気楽なセリフを吐きだす。そんなのは性分ではない、バスが時刻表通りに来なければ憤慨し、ATMで謎の行動を繰り返し行列を気にしないばあさんにゆとりの心ひとつ持てない私には無理な話だ。

 

いよいよもって忍耐が出来なくなった私は表情を作るのをやめて、大声で聞こうとした。

 

「ちょっと、いい加減に!」

「着いたぞ、諸君」

 

コルトがそう言って立ち止まった。その拍子私は彼の背中にぶつかり、尻餅をついてしまった。それを見てターキッシュが笑う。

 

「慌てなくてもいいぞ、逃げはしないんだ、フリスビーみたいにさ」

 

癪に障る言い方だ。それともワザとそんな言葉を選んでいるのだろうか。そんなにも私を怒らせてみたいのか、冗談じゃない。ストレステストをしている訳じゃないのだ。

 

「……それで此処は?」

 

目の前にあるのは金属でできた扉だが、その向こう側からざわざわと大勢のヒトが騒いでるようだった。この先に何があるのか、もうすぐわかる。それは楽しみではないわけでは無い。彼ら二人が一体何をしようと言うのか興味がある。

 

「では、どうぞ」

 

ターキッシュが言って扉を開けた。大きな扉が音を立てて開かれ、その向こう側を見せた。その視界に広がったのは金属探知機付きのゲートに似た者がいくつもあり、その傍らにはやたらと古風なバーカウンターとミニステージがあり、その周辺には私と同じ新入りの群れがあった。種類問わず、笛吹の新米たちが集められて、これから何が始まるのかを今か今かと待っている。

 

しかし、目が行ったのはそこではなく服装だった。皆が皆、同じような服装を身に着けていた。全身を覆う黒のインナーの上にODカラーのボデイ―アーマーにチェストリグを装着し、下半身は昔理科の授業で見た筋肉図のように文様が入ったゴムに似た質感のパンツにニーパッドとレッグホルスターをつけている。

 

細かな違いとしてはヘルメットをつけているか否かぐらいの差だ。大体が同じ装備をしている。そんな彼らを見ていると、肩を叩かれてターキッシュから同じような装備を受け取った。

 

「更衣室は向うだ。時間はあと十分ほどだから、ノロノロするなよ」

「いきなり、何です?!」

「先輩からの歓迎会って言ったろう? 心配するな、痛いだけで済む」

 

肩を叩かれて更衣室に向かって軽くどつかれた。渡された装備を見つつも、私は後ろを振り返って人ごみの中へと消えて行くターキッシュの背中を睨む。

 

「あの野郎……!」

「怒っちゃダメだよ、ベッキーちゃん」

 

隣に来たミナミが笑顔で言う。邪気のない笑みに一瞬癒されかけたが私の内心の怒りは変わらない。連中のすることがハッキリと読めたからだ。何が歓迎会か、単なる新米いびりではないか。

 

「ミナミ、アイツら新米いびりする気なんだよ? 気づいてる?」

「もちろん!」

 

更衣室の扉をくぐり、渡された装備を更衣室のベンチに置き、衣服を脱いでいく。視界にミナミのスポーツタイプに下着が写ったのに何故か目を逸らしてしまったが。発達しているとは言えない体格だったが、それこそが彼女の武器なっているように思えたからだ。しかし、ミナミの語る言葉が気になるので、彼女の姿を出来るだけ移さないように、顔だけ見て話す。

 

「ベッキーちゃんはどうして此処に?」

「何でそんな事聞くの?」

 

ミナミは先ほどの邪気のない笑顔を変えずに私の問いかけに答えてくれた。

 

「理由って大切じゃない。警察ドラマと一緒で動機とかってのはヒトの人格が垣間見える大事な所でしょ」

「じゃ、ミナミの理由って何?」

 

彼女は私より先に着替え終わり、小さな体に不釣り合いなジャケットを身に着けた姿を鏡に映し、その場でクルリと回って自分の姿を確認した。満足げに笑う彼女が放った言葉は驚きの物だった。

 

「リズムある生活が欲しいからかな」

 

聞いたことのあるセリフだった。ちょうど私がこの職場に就きたいと思った時、二人の内、もう一人がよく口にしていた言葉だった。そして、その人の言う言葉の意味を私は知っていた。

 

「……人生を好きなように踊りたいって訳?」

「あ。知ってるんだ~!」

「まあ、色々あってね」

 

胸のサイズが合っていないのか、ジャケットを着るのに苦労したがようやく私も着替え終わり、ロッカーの戸を閉めて装備の感触を示す。黒いレギンスのようなパンツは伸縮性が高く動きやすく、心なしかいつもより足取りが軽い。

 

腰につけたピストルベルトにナイフ用のポーチがついてるのに気付き、官給品にしては気が利くことに感心して私はミナミを見た。彼女は空っぽのホルスターを恋人を見るような目で見ており、爛々としている。

 

リズム、心躍る刺激求めての就職とは恐れ入ったものだ。スリルを求めて仕事が出来るなら転職だろう。踊り狂って死なない限りは。

 

「リズムある人生だなんて、ミナミって見かけによらず危ない子ね」

「ベッキーちゃんも人の事言えないでしょ? ホントは楽しみなくせにい~」

「私は」

 

一拍置いて、彼女の言葉に首を横に振る。

 

「残念だけど違うのよ」

「あらら? 違うんだ。ちなみに教えてくれないの?」

 

私は口に人差指をあてて、微笑んだ。相手がスリルで働くと言うのなら、自分の理由はあまりに青臭く気恥ずかしく思えた。素直に言うにはもう少し時間と付き合いが必要だと思い、この場は言わないことにした。

 

ミナミも「いつか教えてね」と分かってくれたのか、それ以上は追及しなかった。案外ドライな性格かもしれない。私達は二人そろって更衣室から出て、先ほどの広場へとでた。

 

チラホラと女性も見えるが、全体的に少なく男ばかりのこの場所は汗の匂いがよくして、鼻をつまんだ。となりのミナミは嗅覚が鈍いのか私の一連の行為を怪訝そう顔で見つめ、数秒経って理解したのか、手をポンとたたいていた。

 

「マスクとか取ってくる?」

「遠慮する。マスクはマスクで消毒液みたいな匂いがするし」

「不便な体質だねえ」

 

同情と言うより、面白がっている顔をするミナミに私は内心悔しく思った。出来れば、この長年の苦しみを分かってほしいものだ。普通のヒトで言えば、至近距離で香水を顔に吹き付けられているようなものだ。しかも、その匂いは決してフレグランスなもので無い方が圧倒的に多い。

 

得をするのは空腹のときに近場に美味いレストランがあったときぐらいだ。たとえ、金がなくて入れなくとも何か食べた気になれる。この鼻の良さが日常生活で役に立ったなど、後は鍋が焦げそうになったときぐらいしか思い出せない。全く以て難儀な体質だ。最近は意識さえしなければ、どうにか耐えられるようにはなったが、根本的な解決とは程遠い。

 

隣のヒトが私にぶつかる。群を抜いて不細工なそいつは汗っかきなのか匂いが一段ときつく感じられ、喉元まで這い上がって来た10ダース以上思いついた罵倒の言葉を飲み込む。ミナミはそんな私の頭を背伸びして撫でて、「どうどう」などと言う。私は犬だ、馬鹿野郎と突っ込んでやろうとした時、照明が突然落とされて、皆が一斉に黙った。

 

何事かと右往左往する中で、ミニステージに照明がつけられて、先輩方が立っていた。そこに居るのは5人ほど。先輩以外の三人の内二人は女で、どちらも見かけからして雰囲気があった。一人はこめかみから首もとに至るほどの長い刀傷の後があるウェーブが勝った金髪で、私達と違って紺のライダースーツを着ており、そこにマグポーチやホルスターを吊り下げたハーネスをつけている。一片の無駄のない鍛えられた体は正に鋼だった。

 

もう一人は反対に体つきはだらしない、と言う言葉が合っていた。男からすればそれはそれでアリなのだろう。度のきつそうなメガネをかけて幸薄そうな顔は見る物を魅了する背徳感が存在している。

 

男どもがおお、と二人を見て沸き立った。流石の反応の速さだ、と感心した。私が彼女たちがいかに魅力的であるかを見るより早く、ソレを察知し美人だと脳が判断するのだから、いかに視覚に優れているかがわかると言うのものだ。だが、もう一人の存在が男たちをいきなり失望の底へと追いやった。出てきたのはノーズレス、地底人の男だったからだ。

 

「静かにしろ、新入り」

 

スラックスにネクタイ、Yシャツ。お世辞にも見かけは文明的と言えないノーズレスが着るには余りにも文化的すぎた。普通ならコメディアンが出たと喜びそうだが、ノーズレスはこのアンダーハイブでは気性が荒いことが多いのを知ってれば誰もが笑い抑えるのは当然と言えた。

 

アンダーハイブ内で最下層に位置する彼らノーズレスは屈強な肉体で生身の状態で38口径のリボルバーを全弾喰らおうと死なずに突撃してくるタフガイだ。基本は肉体労働者だ。一部では地下世界唯一の原始人なんて言われている程で、スーツを着ると言うだけでジョークになるのだ。

 

 

「私の名前はボルドー。長い付き合いになるから、今のうちに名を覚えてほしい」

 

袖から見える二の腕は丸太の如太く、Yシャツの袖も余裕がなく、パツパツの状態で今にも破けるのではないか、と心配するほどだ。

 

「まずは我が笛吹に就職、おめでとう。オリエンテーションで聞いたと思うが、我らの神様は大変寛大な心の持ち主で仕事と金を施していただけるだけでなく、何と人間社会を支える意義まで教えてくれたと思う」

 

随所に目立つ皮肉に会場全体が苦笑を漏らした。ヒトの社会における鉄則だ。「ヒトを憎まず、人憎め」、此処では職を憎まず、なのだろう。

 

「金も欲しいし、そのための職も欲しい。だが、人間様の意義とやらは要らない。コレは相互に一致した物だと私は信じている。しかし、君たちにはもう一つ必要な物、命に関しての講義を此処で行う必要がある」

 

壇上でマイクすら使わないで放つ声は大きく、またその言葉に誰もが反応を返した。誰だって好き好んで命を捨てようなどは思わない。そんな望みを持っているなら、簡単な話で三階以上の建物から身を放りだせば済むことだ。そんな五分とかからない行動をしないのは当然命が大事で、金やら何やら欲しいからだ。私は少し違うが、死にたくないのは一緒だ。

 

「我々の仕事は端的に言えば、子攫いだ。だが、その方法は君たちが思っているのと少し違う。悪党には悪党なりの美学があるように、我々は我々の美学がある。それを学び実践するという事は少なからぬ危険を伴う」

 

そこで、会場の誰かが手を上げた。話を中断させられるのを防ぐためか、鋼の女が「質問は後で行え」と魅惑的なハスキーボイスで述べたがボルドーはそれを抑えて、質問を許した。

 

「何かね?」

「仕事は子供をつれてくるだけでしょう? 俺達は義賊でもない。そこら辺から連れて来ればいいんじゃないのか?」

 

その発言に何名かが頷いた。この仕事は危険な場所から子供を保護し、こちらの世界で一生保護するという物。こちらが危険だと判断すれば、石に躓いて泣いている子供を危険な状況と判断し、連れてくることだって可能ではないか。

 

まさかとは思うが、命が大事と言っておきながら鉄火場に赴き子供を救うなど律儀な事をするなどと思わないのも一理あった。それは理解できたが、私はそんな彼らを肯定する気にはなれなかった。

 

「わざわざ、死ににいけなんて言う訳ない、そうでしょう?」

「なるほど」

 

ボルドーはミニステージに立ち、ニコリともせずに彼の話を聞いた。一瞬会場が冷やりと冷えたのが分かった。ミニステージに立つ他の面々もこれからの予想図が浮かんだのか、ため息をついたり、面白がって見ていたりと、している。

 

「つまり、君はこう言いたいわけだ。我々の仕事が本気の子攫いで、そこら辺のガキをとっ捕まえて、今日、明日の晩飯におけるステーキ代になるだけの至極単純な仕事だと」

「……違うんですか?」

 

男も自分が地雷を踏んだのに気付き、強気な姿勢はどこかへと逃げて行った。同調を見せていた連中はこぞって、一分前の自分を忘れて知らぬ顔をする。

 

「嘗めるな」

 

どすの利いた低い声が会場に響いた。地獄の蓋が空いた、そんな空想が頭をよぎり会場の殆どが一匹のノーズレスに恐怖した。鋭くとがった歯が口から見え隠れするたびに会場が恐怖で揺れた。

 

「いいか、単純な子攫いの方が余程危険だ。その世界の住人を全員的に回すからな。弾丸どころか、1gの小麦粉だって手に入らなくなる。たった一人のエゴで全員を死なす真似してみろ、その頭を脊髄ごと引き抜いてやる」

 

その様を想像し、本当に出来そうに見えるのだから、ノーズレスの迫力たるや凄まじい。顔を青くする新入りから視線を移し、ボルドーは会場全体を見渡して言葉を放つ。命がかかっているだけに、その言葉の羅列に皮肉や冗句の類はなかった。

 

「これから君らに基礎を叩きこむ。今回は戦闘を教授ずるが、これ以降の立ち回りはぶっつけ本番と思え。この先はノロマや利己主義は生きていけない。今までの研修は忘れろ、君たちが引き金を引く時、向うも同じことをしている、と頭と体に叩き込め!」

 

ボルドーが言うのを皮切りにターキッシュがミニステージの台を踵で蹴った。すると、私達の上から様々な銃器が吊り下がったハンガーが下りてきて、目の前に現れた。

 

ブルバップ式、ボルトアクションにレバーアクションと多種多様な銃火器はよく整備されていて、油を注されて十分に整備されている。アルミ合金で作られた銃のレシーバーが放つ暗い光は重く妖しかった。

 

皆が戸惑う中、ミナミが一歩進んで大型の自動拳銃を手に取った。実際に構えてサイトの見易さ、グリップの感触を確かめ、スライドを引いて内部も確認しマガジン内部に入っている弾丸を一発取り出して少し不満そうに言った。

 

「ベッキーちゃん、これゴム弾だよ」

「……本物じゃなくて良かったよ」

「そう?」

 

私も一歩踏みでてブルバップ式のアサルトライフル、CCR5と刻印された物を持つ。重量2.5kg、口径4.85mmの標準的な物。特殊ゴム弾が込められたマガジンをポーチにしまい込んで、敬愛すべき先輩方に訊いた。

 

「それで、イロハは教えてくれるんですよね?先輩」

 

念を押すに訊くとターキッシュは微笑み、ミニステージを降り、新米たちをかき分けて武器ラックにたどり着き、長いマークスマンライフルを手に取って私の目の前に立った。

 

「イロハだけでいいのか?」

 

挑発をするかのように黒い特殊ゴム弾を取り出して、その切っ先を私の喉元に当てた。新米が生意気を言うなと、けん制しつつ何をするのか期待して目の奥が輝いて、黒い宝石を思わせた。

 

「まさか」

 

私も彼に見習ってゴム弾を取り出し、ターキッシュに向けた。教えてもらえるだけで済ませる訳がない。今まで散々ヌかしてくれたのだ。技量、経験なんて関係ない。お礼は当然させてもらう。そのチャンスをわざわざ向うからくれたのだ。

 

仕事の前に仕返しだ。躾られるまえに数回は噛みついてやる。

 




ひとまず最初の部分だけを投稿します。更新速度はまちまちですが、
大体8話くらいで完結するつもりです。

よろしければ、ぜひアドバイス等をお願いいたします。
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