30世紀の笛吹き {完結}   作:ハナのTV

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第2話

ベルトループ付きのポーチや胴体に括り付ける戦闘用の装備「チェストリグ」に30発入りのマガジンを詰め込み、スモークグレネードもついでに入れる。固い訓練用のカーボンナイフを鞘に仕舞いベルトに吊り下げる。無色透明のバイザーがついたヘルメットをかぶり、周りを見渡す。

ミナミの行動を見て、皆が装備を整えて研修時に扱った火器を手に握りしめる。来て早々の実戦訓練に愚痴をたれる者もいれば、ミナミのように心待ちにしていた連中と、その反応は様々だ。

 

そう言う私も出会って数十分の間に駆けられたおちょくりに対する返答の機会を頂いて内心では喜んでいる。嘗められる事だけは我慢ならない。特に犬だ、何だとからかう者に対しては特にそうだ。

 

「支度は終えたか?」

 

ボルドーではなくターキッシュが全員を見渡して訊いた。見渡している最中、私と目が合った。彼はフッと鼻で笑い人差指でクイ、と来いよとジェスチャーを送って来た。余程私の事がお気に召したらしい、と見て私は低く唸った。

 

何が何でも、私を挑発したいらしい。

 

「よし、全員終えたようだから、説明する。お前らには早速ケイブを潜ってもらう。潜った先に俺達を含めた先輩方が約900m先に待ち構えている。お前たちはそれを突破して、赤いフラッグを取ればいい」

 

ターキッシュが概要を説明するとミニステージの後ろにスクリーンが現れ、地形や仮想敵の規模が記されたデータが写された。仮想敵は約45名、地形は小高い丘がある以外はほぼ平地で、所々に障害物が置いてあるだけだ。相手を突破してフラッグを取る、簡単な作業と言えばそうだ。

 

「本来なら携帯用の端末を持つのが普通だが、今回は戦闘訓練のみのため省略させてもらう。また装備している物も基本は旧型の二級品という事も覚えておけ。予算の節約で仕方ないから、そこは目をつぶって欲しい」

 

ダウンベストのようなジャケットに目を落として、そうなのかと納得した。よくよく調べてみるとジャケットの裏側に製造年数が記されており、十五年前の物だと分かった。匂いこそはしないが、相当なお古だという事はコレが証明している。

 

「もっとも俺達の装備そのものが人間様のお下がりだがな」

 

先輩方が皆揃いも揃って苦笑した。これからその装備を付けることを夢見る私達に対して何の容赦もない言葉だった。

 

「実戦にかなり近いが、あくまで訓練だ。死ぬ確率は低いが、死亡判定を受けた者から離脱してもらう。以上、行動開始!」

 

その時、ゲートにスパークが走り出した。何もなかったはずの虚空に金切り声を挙げて渦が生まれだした。真黒で底の見えないそれはブラックホールのようで、何秒か経過すると全てを飲み込む黒い渦の先に信じられないことに緑の景色がぼんやりと見えだした。

 

やがてハッキリと映り出し、窓ガラスの向うの景色の如く、青いペンキで塗られた真っ青なキャンパスのような青空に緑豊かな大草原が網膜に反射された。

 

どよめく私達新米に、ただ日常の事のように見つめる先輩たち。彼らにとっては日々の職務でしかないケイブの形成など、太陽が地平線の向うから顔を出すかのように自然な出来事でしかないのだろう。

 

それが彼らの現在で、私達の未来だった。私達にとって非現実めいた扉を前に後ずさりをしていると、いつの間にか準備を終えた先輩方が私たちとは違うケイブを潜ってその場から消えて行った。

 

「お先に」

 

ターキッシュの声が鼓膜にこびりついた。

彼らの平然とした態度に驚きつつも、あの男だけには負けまいという対抗心に火が付いた私は奥歯を噛みしめて大勢を押しのけて歩いて行きケイブの前へと立った。

 

「おい、行くのか?」

 

誰かがそんな事を訊いて来た。私の真意を確かめようとする誰かの顔も見ずに私はケイブを見た。扉一枚向うの景色に飛び込むと言うだけで、心臓が高鳴る。正直不安もあったが、あの男に嘗められたくないという対抗心と、何より自分の求めた未来であることを思い起こして、私はそこへ飛び込んだ。

 

助走をつけて私はそこへ潜った。未知に対する恐怖を押しのけた先に行かなくてはならない。それは義務感であったけど、好奇心も混ざっていた。

 

ドボン、と私はその中へと飛び込んだ。ケイブの中はプールのようで呼吸はできるのに、皮膚に伝わる感覚は水のようで私を柔らかく包み込んで来た。温かく、落ち着きすら感じる異次元への廊下は私を邪険に扱うことは無かった。アンダーハイブの世界とは違うどこかへと通じる洞穴は私に優しかった。

 

一度も通ったこともないはずのケイブで懐かしいような、例えるなら幼いころに母親の腕の中で眠るような、そんな温かみを私は感じることが出来た。

 

そして、ドアの向う側への世界へと転がり出た。丘を転げ落ちて自分の体を緑広がる大海へと転がせた。背中に痛みが走ったのも束の間、大の字に転がった私を青空が迎えてくれた。雲一つなく、アンダーハイブの見せる鉄パイプとコンクリート、鉄板で埋め尽くされた天上ある空間ではない。空と言う無限に広がる世界があった。

 

「綺麗」

 

空気を吸い込んで、あの澱んだ空間の空気をここの空気と交換する。体を内側からクリーニングする新鮮な気持ちが湧き起こって私は今度は立ち上がってもう一度深呼吸した。

 

鼻に香るのは、あの金属臭とヒトの匂いが混ざったものではない、太陽の香りという物でヒトを潤し温かみを施してくれる自然の恵みだった。

 

後ろから他の新米たちが続いてやって来た。丘を下り視界に広がる緑と青のコントラストに皆が惹かれた。教科書や写真でしか見れなかった物と空気がそこに存在しており、それに触れることが出来るのは確かな喜びだった。

 

「凄いね……」

 

隣にミナミがやって来て風に髪の毛を揺らした。後ろで纏められた長い赤毛が吹かれて、リンスで整えられた髪が上等な絹糸のように艶がかった美しさを見せていた。

 

だが、同時に彼女が既にホルスターが抜かれた大型自動拳銃が目に入り、これが訓練であることを思いだした。自然に感動していて気が付かなかったが、目の前には深緑のバリケードやコンクリートブロックを積み上げられた障害物があった。

 

せっかくの大自然に置かれた場違いな人工物と、こんな場所でわざわざ訓練をしようと言う先輩たちの意地の悪さに憤慨したが私とて15の女だ。やるべきことを再確認して、CCR5のチャージングハンドルを引き、ゴム弾を薬室に送り込む。

 

軽快な金属音と共に非殺傷弾が込められた銃器が自らの存在を不気味にキラリと暗い輝きを放った気がした。

 

銃上部につけられた折り畳み式のダットサイトを起動して、研修通りの手順でセイフテイを解除した。親指で操作するセレクターをバーストにして目標地点があるであろうポイントに目を向けた。

 

「あの向うに……」

 

そんな独り言を言った時だった。900m先の小高い丘で何かが光った。一瞬カメラのフラッシュと錯覚したが、すぐ後ろで立っていた誰かが仰向けになって倒れた。スローモーに時間が流れて、脳がフリーズを起こした。今一体何が起こって彼が倒れていくのだろう、と。考え出して、その答えが出てこなくて処理落ちしたのだ。

 

「伏せて!」

 

ミナミに突き飛ばされて障害物の陰に入った。着用したヘルメットに音声機能が入っていたのか、音声が聞こえた。

 

『NO70死亡判定』

 

無機質な音声が鳴って、ようやく私は何が起こったのかを理解した。訓練開始、PT、しごきの開始だ。頭上を特殊ゴム弾が飛来し、景色や空気に見惚れていた連中が泡を食って障害物の影へと飛び込む。間に合わなかった数名が被弾して死亡判定を受けて、その場で動けなくなる。

 

非致死性のゴム弾が無数に襲い掛かってくる様は圧巻だった。瞬きする合間に数十発の弾丸が私の上を通り過ぎていき、そのうちの数発が誰かに命中していくのは冷汗をかくどころではなく、発狂すらしそうになる。

 

実弾より幾分か遅いはずの訓練弾ですら空を切る音は本物らしく、時折見える曳光弾のような光る弾丸は弾道を知るための物だと知りながら、死神が列をなして襲い掛かるかのような光景だ。

 

脳にアドレナリンが行き渡るより先に心にひんやりとした恐ろしさが流れ込み、ひたすら姿勢を低くする以外なかった。

 

「頭を下げろ!」

 

誰かが叫び、皆が銃を握りしめて、空を切る弾丸が障害物にぶつかって鈍い音を響かせるプレッシャーに耐える。断続的な弾丸のぶつかる音はこの遮蔽物が耐えられるかどうかすら怪しく思えるほどだ。

 

だが、勇気ある者は少なからず存在し、何名かが銃器を構えて反撃を試みようとするが、900m先と言うのは目で見ると遠く、倍率のないダットサイトやアイアンサイトでは人の影を見つけることは新米の私達には難しすぎた。

 

平地で迷彩服すら着ていないはずの相手のシルエットすら私達の目では捉えることができないのに気付き、想像より遥かに厳しい現実に奥歯を噛みしめた。バリケードの裏側に身をひそめる、それ以外に選択肢は無いように思えた。

 

しかし、障害物に隠れていても安全ではなかった。

 

コンクリートブロックの陰から覗き見ると、二人一緒に動いていた片方のジャケットにゴム弾が当たり、跳ねた弾丸がもう一人に命中し、跳弾に命中した方が死亡判定を受けたのだ。二級品のジャケットは確かに防いでくれるらしいが跳弾を起こしてしまい、意図せずに周りを傷つけてしまう事がわかった。

 

二級品の太刀の悪さに誰かが悪態を吐き、私もそれに同意する以外ない。

 

「誰かスコープを持っていないか?!」

 

状況を打開しようとスコープ持ちを探す声がした。一人が低倍率のスコープがついたフルサイズのライフルmk21を構えたが、次の瞬間にはスコープを打ち抜かれてしまい、死亡判定を受けて倒れた。

 

「畜生!」

 

私は狙いも定めない障害物に身を隠したまま、フルオートで乱射する。ブラインドショットで腕に伝わるブルバップの衝撃は小口径でもコントロールが難しく銃口が跳ね上がって撃ちづらい。

 

轟音鳴り響く銃器だが、私が撃つと何とも頼りにならない。

 

「下手に撃ったらダメ! 光で場所がばれる!」

 

ミナミに抑えられて、私はその場から引っ込むことになった。そして、彼女の言う通り目くら撃ちをしていた目の前の女性がアサルトライフルを撥ね飛ばされ、拾おうと飛び出たところを狙撃されて、死亡判定を受けた。私は生唾を飲み込んで、息を掃き出し南の方へと振り向く。彼女はこの手の戦いに知恵が回るようだと判断し、彼女の細腕を掴んで聞き出した。

 

「どうすればいいの?!」

 

銃声と跳弾の音が木霊する中、彼女に訊くとミナミは伏せたまま銃弾飛び交う向う側へと指さした。

 

「銃弾の飛び方を見て! さっきから狙撃しているのを除いたら、全部上向き気味! MGに紛れて狙撃手が狙い撃っているんだと思う!」

「どういう事?!」

「相手にも、こっちがはっきり見えるのは少ないの! 煙幕を焚いて視界を封じないと!」

 

言われたとおりに銃弾の向きを見てみると、確かにバリケードにぶつかる弾丸は上を向いていた。もし、仮に相手が私達の事をもっと細かに見れていたら、弾丸は私達目がけて下向けに来るはずだ。機関銃で制圧し射撃を加えて、こちらの反撃を許さず頭を出してきた間抜けを一人ずつ潰していく。手堅い戦法だけど、呆れるほど有効だ。訓練でなければ,教習で習った迫撃砲や、グレネードランチャーも加えられて更に苦しくなっていただろう。

 

「多分だけど装備の差はほとんどない。サーマルとかの心配はないと思うの!」

 

ミナミの言った通り、彼らも私達と似たような装備をしてケイブを潜っていった。ジャケットからゴーグル、ヘルメットに靴に至るまでほとんど同じだ。なら、煙幕で視界を遮ることは可能かもしれない。

 

「煙幕を張ったら?!」

 

ミナミの大きな瞳が左右に忙しく動く。彼女も必死に頭を動かしているようだが、口元は笑ったままだ。これが彼女の求めたリズムの一種なのだろう。

 

「皆で近づくの! このままだと負けちゃう!」

「負ける?」

 

その言葉は頂けない。まだ、ターキッシュの面すら見えてないと言うのに、終わってしまう訳にはいかない。デカい口を叩いたのだ。このまま終わってしまえば、口だけの女だ。世の中は口だけの者は嘗められるのが普通だ。吠えるだけなら野良犬だって出来るからだ。

 

ソレは私の流儀に反する。吠えたからには喉元に歯を突き立てに行かなくてはならない。走って、吠えた相手には必ず飛びかかる。嘗めた人間を私は一度だって許したことは無いのだ。

 

「負けてたまるもんですか……!」

 

ベルトに通したポーチからスモークグレネードを二個取り出して、一本をミナミに手渡して、もう一本の安全ピンを犬歯に引っ掻ける。周りに目を配らせて、撃たれている方へ忌々しく睨みを聞かせている者達に目を向ける。

 

「呼びかけなくていいの?!」

「無理! 皆バラバラで動いてるし、私達二人だけでも行くしかない!」

 

歯でピンを抜き、レバーが抜けないようにしっかりと握りしめる。ミナミも指でピンを抜いて、私の顔を見つめる。片手にはマグナムオートが銀色のボデイを主張しており、準備を完了させていた。

 

「カウント3,2,1!」

 

ゼロの所でスモークグレネードを出来るだけ遠くへと投げ、レバーが外れたスプレー缶型の物体から250gほどの化学物質が反応し、染料で赤く染められた煙が大量に発生していく。

 

「ステイ!」

 

走り出そうと身をバリケードから飛び出そうとした時、ミナミが待てと手で抑えた。煙幕が張られた中でも、絶え間なく続く銃声のコンサートが一瞬でも途切れるその瞬間を彼女は待っているのだ、とすぐに理解した。

 

敵の照準が下向けに変わっていき、地面にゴム弾が跳ねていく。煙幕の向こう側で先輩方の機関銃手が未だ撃ちつづけており、その弾切れの一瞬を今か、今かと待つ。

 

跳ねるゴム弾の前に私達は小さな遮蔽物に身をかがめ、足元に飛んでくる弾丸におっかなびっくりになりつつも声を殺してその時を待ち続けた。

 

「ステイ!」

 

二度目のミナミの声が響く。待機する皆が覚悟を決めて闘気を宿し得物の新しいマガジンに交換する。ベルトに吊るしたバヨネットを着剣しギラギラと輝く目で復讐の機会を待った。

 

これ程、連射していれば弾が尽きて再装填をするか、加熱しすぎた銃身を交換するか、のどちらかの行為をするはずだ。それを待って数十秒、体感的に数時間は待ったペイバックのための隙が、遂にその時が来た。弾幕が一瞬消えたことで私達に訪れた刹那の静粛、それを合図にして新兵、または烏合の衆である全員が動いた。

 

「ラン!」

 

二人で飛び出し、全力で駆けだした。一直線に向うに向かのではなく、目的地付近まで続く障害物を蛇のようにすり抜けて地面を蹴っていく。ミナミの言葉が届かなかった連中も私達の行動に気付いたのか、呼応するように走り出し、ありがたいことに煙幕を追加してくれている。

 

視界を遮る煙幕は私達を守る盾だった。銃弾こそ防げないが、敵に目から守ってくれて、私達は己の足と幸運の女神さま頼りに

 

だが、向うは冷静だ。この煙幕下だろうとこちらの気配を察知しているのか、またしても機関銃の制圧射撃が向けられた。

 

絶え間なく動く電動ノコギリと似た音をこの緑豊かな大地に轟かせ、私達の体を掠めていく。ツキに見放された何人かが声をあげて消えて行く中、不幸なことに一発のゴム弾が私のCCR5を吹き飛ばした。

 

「クソ!」

 

小さな悲鳴の後に悪態をついたが、もう遅い。唯一のライフル銃は煙幕の中へと消えて行ってしった。せっかくのライフルがもうもうと立ち込める煙幕の向う側に飛んで行ってしまった。

 

だが、この曳光するゴム弾の嵐の中、引き返すことも足を止めることも許されない。火花を散らせて飛んでいった銃の行方も知ることなどできるはずもなかった。女の子が言うには汚すぎるFワードを2ダースは叫びたい気持ちを押さえつけて、レッグホルスターから9mm口径の自動拳銃を抜き、走り続ける。

 

『No42、No34、No38、死亡判定』

 

ヘルメットから聞こえる無機質な音声が倒れた仲間の番号を述べる。士気を下げる効果を狙っているとしか思えない声質が耳障りでたまらない。もう、何人が死亡判定を受け取ったことだろうか。

 

だが、今はそれよりも走って走って、見当違いな方へと銃を撃ちつづけている連中に食らいつくことだけを考えればいい。両手にしっかりと握られた拳銃を握りしめて煙幕が消えるその地点を視界に納める。

 

薄くなった煙の向うに先輩方が見えた。距離にして100mもない。仲間が倒れつつも追加してくれた目くらましの数々がここまで道を切り開いてくれたのだ。

 

倒す、倒す!と喉から出そうな声を殺す為に訓練ナイフを咥えて、隣にいるミナミと共に煙幕の向う側へと突き抜けた。硝煙と土の香り混ざる戦場の中へと私を含めて七人が躍り出た。攻撃性をむき出しにして、先輩を一人でも打ち倒すべく、煙幕の向うの奴らの目の前に姿を晒した。

 

白い煙から飛び出た私達に相手はすぐさま反応して見せた。獣じみた輝きを宿したスコープと銃口の油と鉄の暗い輝きがアタシ達へと向けられた。

 

向けられる銃口の数々。サプレッサーやラッパ状の銃口、様々な口径の銃が向けられる中、私はその中央に目標を見つけ、そのすぐ後ろに勝利目標のブツがあることも確認した。

 

「ワウ!」

 

脚に力をさらに込めてミナミより早く走り出し、大地を駆ける。急加速を駆けた私に火力が集中されるのをミナミがマグナムオートを連射しけん制していく。巨大な発砲音を放つ44マグナムの援護を受けて、私はターキッシュに向けて自動拳銃を向ける。

 

「ターキッシュ!」

 

人差指に力を込めて、引き金を絞る走りながらで上下に揺れて、まともな照準もつけれず9mm口径の訓練弾がターキッシュの後ろで地面に命中し抉るのみだが、構わなかった。一発でも当てれば、終わるのだ。感情に任せて連射し、でたらめに撃ちまくった。

 

ターキッシュは膝立ちの姿勢でマークスマンライフルの4倍スコープを覗き、一呼吸したかと思うと彼の体が揺れ、私の拳銃が撥ね飛ばされた。

 

ソレを一瞬目で追ったが、すぐ目の前を見直すとターキッチュの周りが銃口を下げて、別の場所へと向かい出した。彼らの顔にはニヤケ面が張り付けられており、見物に移る者すらいる始末だ。

 

ターキッシュは肩にかけたスリングを外し、ライフルをその場に置き、拳銃が入ったままのレッグホルスターすら外し出した。スラリと長い、訓練用のナイフではなくククリ刀を腰から抜き出した。

 

口は笑い、目には挑発の色を出して人差指と中指をくいと曲げて「来い」と無言の内に伝える。彼は何も恐れていない、むしろ来たことに意外さを感じ、喜んで売る節すらあった。

 

驕っているのか、それとも冷静に見極めた結果とやらかは知らないが、彼は私に来て見せろと誘って来たのだ。

 

噛みしめていた歯を解き、ナイフを利き手に落とし、ターキッシュ目がけて飛びかかった。

 

「嘗めるなァ!」

 

縦に振ったナイフをターキッシュは一歩分下がって避け、続く首を狙った刺突をククリ刀で弾く。私は片足を少し下げ、訓練ナイフを突き立てようと、刺突を三度に渡って繰り出す。

 

一回目を頭部、二回目、三回目を胸から首にかけて切り付けようと動かすが、ターキッシュは上半身の身の動きで避け、重心を崩す素振りすら見せない。無論、その顔に張り付いた笑みも崩れることが無い。

 

舌打ちをしてターキッシュの足を払う。しゃがみこんで、足元を狙った回転蹴りを放ち、あっさりと避けられたが片足になったのは好機と見て、体全身をバネにしてナイフ握る右腕を思い切りターキッシュに突き出した。

 

「甘い!」

 

片足だけで立っていたターキッシュだったが、持ち上げた足にはいたブーツでナイフを防いだ。靴底にしかれた鉄板とブーツの固いゴムに歯は止められ、体重を利用されてそのまま利き手を踏みつけられた。

 

男の全体重が右腕にかかり、私は痛みに声を上げた。しかし、痛みに喘ぐ暇などない事を知り、そのまま地面を転がって、ククリの追撃を辛うじて躱して、続く二撃が来るところでナイフの代わりに土と草をむしり取って、顔目がけて放り二撃目も間一髪で避けることが出来た。

 

「嘗めるなって言ったでしょう!」

 

両手に力を込めて跳ね起きて、ターキッシュの背後を取って、押さえつけようとした。

このタイミングなら勝てるとすら思った。しかし、前のめりになったはずのターキッシュは瞬時にバランスを取り戻し、左足を軸にして時計回りに回転し、黒い訓練用の刃を振るった。

 

胴体を狙った鋭い一撃に私はつい昔からの癖で動き、その刃を辛うじて受け止めた。カーボン製の刃がピタリと止まり、ターキッシュの顔が一瞬驚きの者へと変わったのを私は上目づかいで見ることが出来た。私はそれを見て、思わず口角を吊り上げた。

 

「無茶しやがるな」

 

戦闘ではなく、喧嘩でよく使った手口を私が披露したのに、彼はそんな感想しか言わなかった。文句の一つも言ってやりたかったが、生憎口を動かすことが出来ない身であるため、この場は唸るだけだ。

 

彼の目には訓練用のククリ刀を歯で受け止めた私が写っていることだろう。刃の使いどころが違うのは理解しているが、彼の驚きはそこではないだろう。訓練とは言え、刃物を歯で受け止めるなんて、わざわざ危険を冒すようなマネは普通はしないからだ。

 

身を守るために一番当ててはいけない部分を刃の前の晒すのだから当たり前だろう。でも、コレが私の喧嘩の奥の手だった。飛んできた拳を歯で受け止める。人間なら折れるだろうが、ヒトである私には縁のない事態だ。

 

歯の丈夫さは昔からの自慢だ。拳程度なら、逆に噛み砕いてやる自身だってあるのだ。

そして、今は刃物でも相手できると立証できた。相手が驚きに余裕を崩したのは中々に爽快だった。

 

今なら叫ぼう、お前のスかした面はどこへ行った? と。

 

しかし、その後が続かなかった。このままマチェットを奪おうとすら思ったが、ターキッシュは柄をいとも容易く手放し、回し蹴りを容赦なく脇腹に叩き込んだ。

 

衝撃でククリ刀を口から離し、転がった私に待っていたのは敗北の二文字だった。起き上がろうとした私の首もとにツンと何かでつつかれた。

 

何かと思い、視線を下すと私の持っていた訓練ナイフでターキッシュの左手にいつの間にか握られていた。

 

「……ウソ」

「悪いな。お前が転がっている合間に拾わせてもらったよ」

 

ヘルメットに音声が流れ、死亡判定の申告が送られた。一泡吹かせたつもりだったが、彼は二手三手先を行っていたことに気付かされ、私は何一つ買っていなかったことがハッキリとした。

 

「俺の勝ちだ。ベッキー」

 

憎き相手からの勝利宣言を耳にして私はその場に大の字に転がった。敗北の味はいつだって苦く、いつもと違って青い綺麗な空がいやに皮肉に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

楽しい歓迎会を終えて、俺は休憩室へと早速駆け込んで缶コーヒーを一足先に買い、ベンチに座る。周りにとられるのを恐れて装備をヘルメット以外つけたままで来たので、重かったがその甲斐はあった。

 

無糖のブラックを手に入れ、プルタブを引いて中身を喉へと流し込む。ブラックの目を覚まさせる苦味に脳を癒すカフェインの慰撫が加わって至福の時を過ごす。まだ勤務中なのでアルコール類が飲めないのが残念だが、ぶっらくコーヒーの刺激で代用できたので、我慢することにした。

 

「来るのが早いな」

 

一人満喫しているとコルト爺さんの声がして、振り返った。ダストコートを羽織らず、Yシャツにループタイ、革製のガンベルトが巻かれたスラックスを履いた姿でやって来た。ショルダーホルスターに吊り下げられたブルーイングされた得物が光っているのを見て、それを指摘した。

 

「得物が丸見えだぞ」

「勤務中にコイツは抜かんさ。さっきは抜いたがな」

 

コルト爺さんはホルスターからソレを抜き出した。スタームルガーレッドホーク。もう十世紀近く昔に設計された骨董品のリボルバーだ。使用弾薬454カスール弾のマグナムリボルバーをコルト爺さんはガンスピンして遊び、腰のホルスターしまう。

 

「誰に撃った?」

「二人会った内の小さい方だ。色々と勘がいい子だったが、まだまだ若いのには負けんよ。コイツも私もな」

 

木製グリップをコツコツと叩き、自分と同じ老兵を褒め称える。俺も爺さんもフッと笑って今日の相手について話し合う。

 

「ベッキーはどうだった?」

「やたら動き回る奴だった」

 

俺は記憶を駆け巡り彼女の姿を思い起こした。マーマルに相応しい優れた身体能力、おそらくロクな所で生まれなかったのか、反骨心をむき出しにして、ある意味幼いとも言える気骨を見せつけてくれた。

 

「しかも、凄いガッツだった。俺の振るったククリ等に噛みついたんだ」

「本当にか?」

「見てみろよ」

 

訓練用のククリ等を取り出して、コルト爺さんの目に黒いカーボンブレードを見せつける。訓練用の固くはないブレードとは言え、そこにくっきりと歯型が出来ており、犬歯のある部分などへこんですらいる。

 

「大した度胸だが、向こう見ずだな」

「ああ、だが俺は嫌いじゃない」

 

勝つために意表を突こうとする。それはこれからの仕事には必要な事だ。俺たちの仕事は時にカードに例えることが出来る。大金を稼ぐには何が一番手早いか、と思えば必要なのは仲間とイカサマとハッタリの技術だ。大事なのは勝つためにどんな手段を使うと言う気概と、それを実行するハートの強さだ。

 

相手をだまし、自分を強く見せ美味しい所だけは取る。それこそが重要だ。緻密な計算も必要だが、最期に物を言うのは精神論になるのだ。敵に囲まれたら、諦めて拳銃を口に咥えるような者など最初からいない方がいい。

 

その点言うとベッキーは最高だ。ガッツと言う点では合格点だ。技術はまだまだかもしれないが、そこは実戦と訓練の積み重ねだ。後は俺次第という事になる。

 

「顔がにやけているぞ、ターキッシュ」

「そうか?」

 

コルト爺さんは自販機にコインを入れてミルクコーヒーの所でボタンを押す。そして手袋が嵌められた手でソレを掴み、俺の顔をもう一度見る。

 

「いい顔だ。先輩らしく、彼女を上手く導けよ。お前は腕は確かだし、現実を知っているが、皮肉や茶化しが多い。気をつけろよ」

「言われなくとも」

「年上に対する敬意もな」

 

爺さんは俺に一言二言忠告を入れて、もうひとつミルクコーヒーを買い、それを持って休憩室を出て行こうとする。俺はそんな爺さんを飛びとめて訊いた。

 

「どこへ行くんだ?」

「勧誘さ。ミナミはいい相棒になる」

「俺の時よりもか?」

 

俺はそんな質問をした。拗ねているわけではないが、突然聞きたくなった。ほんの数年前までは俺と爺さんで組んでいた物だ。自分で言うのも難だが、かなりのコンビネーションであったと自負している。

 

おかげで色々と捻くれたところもある。俺と爺さんがコンビ解消したのにはベテランを後進育成のために、など他にもいくつか理由もあるが、それがあの新米には起こらないという自信でもあるのか、と疑問にも思ったからだ。

 

コルト爺さんは振り返って俺に向かってほほ笑んだ。

 

「そんなことは無い。お前はお前でやりたいから自立した。私は私でやりたいだけだ。それにあの子が合うのでは、と考えただけだよ。心配しなくてもお前は私の一番の弟子さ」

 

やりたいようにやる。彼はリボルバーの銀色の輝きと共に、そう言い残して廊下の奥へと消えて行った。

 

その通りだ。爺さんは好きなようにやる。だから、仕事だろうとあのデカいリボルバーを使うのだ。まさに銃が彼のスタイルを語っていると言えるのだ。俺はそんな爺さんから離れて自分のしたいようにするために今の自分になった。

 

もっとも、より理想に近づくたびに嫌な人間になったと自覚するのは、思った以上に辛かったが。

 

俺は缶コーヒーの空き缶をゴミ箱へと捨てて、ベンチから立ち上がり、ロッカールームへと戻ろうとした。背筋を伸ばし、固まった筋肉をほぐしながら蛍光灯で照らされた廊下を歩く。

 

ブーツの裏側に傷が出来たせいか、妙に歩きにくく感じた。ゴムの一部が削がれたからに違いない。訓練が終わっても、俺を困らせるとはベッキーと言う女の反撃も中々侮れない、と思えた。

 

 

 




二話目です。
オリジナルで至らぬ点もあるでしょうが、楽しんでほしいです。
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