30世紀の笛吹き {完結}   作:ハナのTV

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第3話

 

「喜べ、俺と組むことになった」

 

あの決定的な敗北の二日後。出勤してタイムカードを押し、昼時だから休憩室のベンチに座ってハンバーガーを包みから取り出した時に奴は来た。

 

この至福のバーガーを齧る時間に来た彼を見て、私はいつも以上に目を吊り上げたがその言葉を聞いてすぐに目を丸くしてしまった。奴は皮肉を言いに来たわけでもない、ただ自分を仕事に就かせると言ったのだ。それも大きなボストンバッグを担いでやって来たのだ。

 

前と会った時と同じようにニヤけていて人を小ばかにしているような面を張り付けて来ただけでなかった。私を相棒として向かいいれるとまで言って来たのだ。実は私をコケにするためにドッキリを仕掛けに来たのでは、と疑いすら持った。

 

しかし、渡された書類は正規の物で、笛吹の事務員が押した判子も揃っている。私はその書類をハンバーガーを咥えたまましばらく見ていた。

 

「いつまで咥えてんだ? 何か感想は?」

 

ケチャップとマスタード、それに合成タンパクの味を楽しむことなくハンバーガーを無理やり喉に押し込み、缶コーラでのどを潤して私はターキッシュに向かって訊いた。

 

「何で私と? 模擬戦で散々だったのに」

「色々と思うところあってね。元気が有り余っている方がいい」

 

そう言ってターキッシュは私に担いでいたボストンバッグを寄越してきた。投げ渡されて私はそれを抱え込む形となり、その重さによってベンチからひっくり返った。

 

「仕事道具が入っている。二階に本物のケイブがあるから、そいつを装着して来い。早速だが仕事だ。喜べ、新兵ベッキー」

 

ボストンバッグの中を開けてみると、そこには横笛を咥えた兵士が描かれたパッチが張られた新型のボディアーマーにチェストリグ、対弾スーツと一式入っていた。新しいオリーブドラブ色の戦闘用の装備はカビ臭い前の二級品とは比べ物にならない程の高性能であり、そんな高級装備がぎっしり詰まっていた。

 

私はその真新しい装備の中にベッキーと刺繍がされているのを見て頬を赤くした。サンタの存在を信じていたころに、枕元にプレゼントがあったときと同等か、それ以上の喜びが胸の中に溢れる。

 

「ホントに……私が?」

 

ライダースーツのように伸縮性のある笛吹用の戦闘服を掴んで恐る恐る訊いた。あれ程反抗した私にいきなり、正式の装備を手渡されるのだ。コレは夢かとすら思ってしまうのは当然だ。ぬか喜びをしないために今一度私はターキッシュに訊いた。

 

あれ程噛みつきに行ったのだから、しばらくは仕事など来ないと思っていた。だがチャンスは思わぬところから、それも超特急でやって来た。

 

「マジだ。俺がお前を選んだ。仕事に悪戯を仕込むほど俺はお茶目じゃない。喜び終わったら装着して来いよ」

「……ハイ」

 

ターキッシュは私の様子に少し目を細めた。反応がそんなに珍しかったのだろうか。彼は頭を掻きながらどこかへと行ってしまった。私はその背中が視界からいなくなり、周りにも誰もいないことを確認した。誰も居なさそうだ、と確信し私はその場で跳ねた。

 

「イヤッホー!」

 

何だか知らないが奴は私の事を多少は認めたらしい。あの場で勝てなかったのは悔やまれるが、念願の笛吹の一員として選ばれたのに私はその場でジャンプし、刺繍の入ったスーツの裾を持って踊り、早速更衣室へとボストンバッグ片手に走り出した。

 

気分は最高潮に達し、アンダーハイブの鋼の天井をぶち破って、あの青空へと飛び上れる気すらするほどだ。今なら廊下でハードロックを歌いながらすれ違う人に飛びついて、喜びを分かち合っても何ら不思議ではない高揚っぷりだ。

 

クルリ、クルりと回って更衣室へと入り、ロッカーへと行くと先客がいた。赤い髪の毛に小さなボデイのミナミだった。おでこに絆創膏が張られていて、着替えの最中で下着姿で、紫のランジェリー以外何も身に着けていなかった。いつもなら目を伏せるところだが、今は勝ち取った称号の興奮が優ってさして気にしなかった。

 

「アレ? ベッキーちゃん?」

「ミナミ! 見てよコレ!」

 

とびきりの笑顔で刺繍の入ったスーツとベストを見せる。ミナミは「ワオ!」と言いつつ、伸縮性の高いスーツを着て、胸元の刺繍を見せた。ミナミと書かれたのを見て、私は素直に祝福した。

 

「ミナミもなんだ!」

「そうだよ。お爺さんと組むことになってね。これからも頑張ろうねベッキーちゃん」

 

ミナミはアーマー以外はピストルマグポーチ以外、レッグホルスターだけだった。彼女はホルスターから装填されていないマグナムオートの銀色に輝く自動拳銃を取り出してキスをして、去って行った。

 

「お先に!」

 

手を振ってロッカールームを後にする彼女を見送った後、私は着替え始めた。スポーツタイプの下着の上に全身を覆う競技用の水着に似たスーツを着て、そのフィット感を堪能しその上にODカラーのファテイーグパンツを履き、上半身にアーマーにリグと装着していき、全身を鏡に映す。

 

胸を持ち上げる形で装着されたチェストリグに、女性用のPTアーマーと中々に色っぽい格好となり、此処に笛吹ベッキーが誕生した。銃を構えるポーズをしたり、調子に乗って鏡の前で指で鉄砲の形を作り、「バーン」と言ってみたりとひとしきり堪能して、ターキッシュの元へ行くことにする。

 

忌々しかったあの先輩もいいことをするものだと、内心でほんの少し褒め、出来ればもう少し真面目そうな人物が良かったな、と失礼な事を考えた。

 

廊下へと躍り出て、スキップをしていく私は視線に気づき少し落ち着きを取り戻した。他の先輩方が装備品に身を包んで楽しそうに歩くのを怪訝そうに見て「いい気なものだ」と小声で話し合うのが聞こえたからだ。

 

私は一つ咳払いをして二階へと階段で登って行った。上がった先にあったのはターミナルだった。何十個と言うケイブへと通じるゲートが存在し、鉄格子の窓ごしに銃器が笛吹に手渡されていく。中央で休む者もいれば、煙草と缶コーヒーを片手に猥談をする先輩方もいて、私はここに来て大人の世界に入ったことをしっかりと理解した。

 

まだ20にもなっていない私だったが、一人前になれた気がして再び舞い上がりそうになったとき、肩を叩かれた。

 

「遅いぞ」

 

振り返ると、同じような装備をしたターキッシュが居た。違うのはブーニーハットをかぶっていることぐらいで、背中に背負われた二つのバックパックの一つを私に持たせて、彼は口を開いた。

 

「舞い上がるのも結構だが、踊るのはよせ。この先いくらでも踊れるんだからな。全くどうしてマーマルってのは、すぐはしゃぐんだ?」

 

舞い上がった私に述べられた冷ややかな皮肉に私は頭を冷やすと同時に露骨な言い方に腹を立てた。この地下世界はいくつかの異人種で成り立っているが、全部で五つある。その中で底辺と言われるのが半獣人のマーマルと地底人と揶揄されるノーズレスの二種だ。

 

私はマーマルで、犬に近く耳や鼻は勿論、脚力では圧倒的に他の異人種より優れており、口の形こそ人間だが、犬歯は本物の犬以上に鋭く固い。

 

言ってみれば、動物と人間の相子だ。だから、動物なのか人間なのかハッキリしない半端者、わかっているのは哺乳類という事だけ。つまりマーマルと呼ばれているのだ。このように人間によく似たヒトが生活するのが地下社会の普通で私のようなヒトは別段珍しくない。

 

マーマルはその身体的な利点で職には困らない種だと言われる。しかし、民族性と言うのか、マーマルは良くも悪くも感情的で幼稚な異人種だとよく言われるのだ。それ故かマーマルは管理職、高学歴の割合が最も低く、ほとんどが低所得層で今のターキッシュのように嗤う者も少なくない。

 

もっとも人間からすれば、アンダーハイブの住人は全て中、下層階級の住民なのであるのだが。何せアンダーハイブは上の人間を支える巨大な労働者の街なのだから。

 

「マーマルお断りなら、今の内ですよ?」

 

せっかくの喜びに水を差された私はターキッシュの皮肉で、一瞬彼を睨んだが、ターキッシュは何てことなさそうに肩をすくめた。

 

「言いすぎたな。悪かったよ、お前の素質には期待しているから勘違いはするな」

「そりゃどうも」

 

引きつった笑みで返すと彼は私にAkタイプと言われるアサルトライフルを手渡してきた。シンプルだが野暮ったい印象のデザインで折り畳み式の樹脂ストックであり予備のマガジンとして7つ受け取る。

 

しかし、前のブルバップ式とは大きく変わっているので頭に疑問符が浮かんだ。操作法も違い、旧型と揶揄されるこのライフルに私はいささか不満を覚えた。

 

「お前は本当によく走り回るし、道具の扱いも雑だ。だから、信頼性の高いAKタイプにしておいた。自分にお似合いの銃を作ってくれた設計者に感謝しな」

「でも、AKタイプは確か命中精度が高くないって……」

 

AKタイプと言われる銃器の信頼性は抜群だ。砂塵や熱、寒冷地にも対応し、未だに金属で作られているレシーバーは使う者に確かな安心感を与えると言う。

 

だが、お世辞にも命中精度は軍用、笛吹用としては高いと言えないと聞く。ベテランが使えば、そんな事はないのだろうが私は素人に毛が生えた程度。それに設計そのものは1000年も前の化石レベルだ。出来ることならもっと当てやすく新しいものがいい。そんな思考の末に反論したが、ターキッシュは小さく笑って応えた。

 

「お前が努力すれば当たるさ。それに俺はお前の射撃の腕より、1000年近く使われてきた銃器設計の方を信じる。予備はこれだ」

 

嫌味を聞き、私は偉大なる先達様に舌打ちを小さくした。マガジンを全てをチェストリグにしまい込んでライフルをスリングで肩にかける。サブアームは小口径のリボルバーだ。装填数たったのが6発、今時15発入りが主流の中、時代に逆効していたが文句は言わずに渋々とホルスターに仕舞った。

 

「これで準備は完了したわけだ。さてベッキー、お仕事の時間だ。言っておくがコイツは散歩でもピクニックでもない。手綱は握ってやるが、それだけで安心するなよ。せっかくの高給取りになったんだ。命は無駄にするなよ」

 

ターキッシュは嫌な言葉をわざわざ選んで言ったが、その瞳は笑っていなかった。コレは遊びじゃない、と仕事を熟知した先達の目は狩りをする狼のように思え、背筋に冷やりとした物が伝った気がした。

 

「行くぞ」

 

倍率六倍の大型のスコープを乗せたマークスマンライフルを携えて、私の前を歩いた。私も彼に倣ってバックパックを背負って付いていく。私はその背中を睨んだ。何故かと言うと気に食わなかった。

 

例えば、彼の銃がそうだ。彼のマークスマンライフルは中距離での狙撃をするための長いライフルだ。アーマーライトと呼ばれる銃器の末裔で弾薬は7.7mm弾を使用しストッピングパワー。つまり一撃で相手を殺す事に特化している。

 

だが、それが気に食わなかった。7.7mm弾、私の4.85mm弾とはまるで違い、互換性は全くないので弾の共有は不可能だ。つまり彼は私に頼る気などないのだ。一人で全てこなす気でいると取ることが出来る。

 

確かに私は新米で頼りないかもしれないが、こうもあからさまな態度を取られ続けられると頭に来る。だから、私は彼の呑気な後ろ姿を睨んだ。

 

『ケイブ形成』

 

女性を模した機械音声が鳴り、目の前のゲートに渦が形成された。ゲートの隣にぽつんと置かれている小さな画面には行先が表示されており、ゴールデントライアングルと書かれている。その渦の中にターキッシュが飛び込んでいった。やはり、何事も無いようにヒョイと飛んでいく様は二度目だったが、呆気にとられる。

 

渦の先を見ると向う側に半そでのシャツを着たヒトが歩いており、木製の家屋の中で何人かがくつろいでいる。私はこの先に何があるのかと思い、足に力を入れた。

 

『グッドラック』

 

機械音声の励ましが聞こえて私もその渦中に身を放り投げた。水の中へと飛び込んで、温かな感触が再び私を包み込んだ。ゆっくりと深呼吸をして、洞穴の先へと進んでいき、ゲートを飛び出た。

 

案の定、バランスが取れずにその場に転んでしまい、、周りがその様子を見て笑う。ノロノロと立ち上がってみるとその部屋は古い内装だった。木製の建物で、天井扇が回っており、ジュークボックスから陽気なロックが流れ、室内の雰囲気をますます古風にしていた。

お洒落なバーと言うより、よく改装されたコテージと言えた。

 

周りのヒト達は半そでのシャツでバーカウンターに寄り掛かってビールジョッキを片手に雑談している。

 

「着いたな。ベッキー」

 

ターキッシュが目の前に現れて、ニヤリと微笑み、着いてこいと指をクイと曲げる。私は無言で従い彼の後ろにつく。初仕事という事で緊張に生唾を飲み込み、この木製の扉の向こうに何が待っているのか想像力を働かせたが、そんな事はすぐに無意味な行動だと知った。

 

百聞は一見に如かずとは少し違ったが、扉があけられるとそこには、黄金の稲穂が視界一面に広がっている広大な水田と、そこで編み笠を被って作業をするヒト。彼らの腕は鳥のような羽毛で覆われていて、顔やその他は人間によく似ている。

 

コテージから出て、現地の子供が私の知らない言語で何かを言って指さし、駆けまわる。短パンの子供達の足には靴が無く、グローブのように黒く固い素足が私を驚かせた。整地されたとはいえ、小石や砂利だらけの道を素足で駆け巡るなど信じられなかったからだ。

 

「これが俺達ヒトの元ってやつさ」

 

ターキッシュが目の前の光景にカルチャーショックを受けていた私に得意げに語る。

 

「ケイブが見つかってから、人間はこういう知らない世界から自分たちとよく似た生き物を見つけては連れ帰った。そいつらと交配して、労働力となる者を作り出したんだ。だが、作るだけじゃ、当然追いつかなくなる。子供が成長するのは十年以上はかかるからな」

 

その通りだ。子供と言うのは働けるようになるには十年の歳月を要する。一から作って、育て上げるのはかなりの苦労と金が伴う。だけどソレを解決するためにどこかの頭が良い奴が要ったのだろう。なら最初から大きいのを持って来ればいいだろう、と。

 

「アンダーハイブは人間のための土壌で、ヒトはそこに蒔かれる種なのさ。俺達はその種を植えたり、持ってきたりする職人だってわけだ。見ると違うもんだろ?」

 

アンダーハイブの人口は約7億。それら全てが人間の労働力で、7億全員が中、下層階級だ。人間は全員が富裕層で、私達の上で胡坐をかいて楽して生きれる神様だ。その社会を維持するために、新しい種を見つけたり、現地で何らかの危険に脅かされている子供をほどすると言う名目で子供を引っ張るのが私達笛吹という事を再認識した。

 

皆が皆、移民だと言えるのだ。人間様の世界に住ませてもらい、その下で働かせてもらっているという構図だ。私達笛吹も含めて、皆が人間のための労働者なのだ。

 

「じゃあ、コレが私達の故郷になるのですか?」

「かもな。今の俺達も大分昔に色々な種族とまじりあった混血児だから、ここかもしれないし、違うかもしれん」

 

私は黄金の稲の海を見、風に自分の黒髪をなびかせた。そして自分の腕を見た。此処にいる彼らと違い、大して毛も生えていない白い腕から、此処の世界の住人であったかも知れないと言う痕跡は見れなかった。

 

記憶をたどっても、無意味だった。私が覚えている限りではあまり綺麗ではない保育園の中で隣のクラスの男の子を泣かして祖父に起こられたのが最も古い記憶だった。

 

考えてみれば、あのアンダーハイブから自分がどこからやって来たかを知るなど不可能だ。多種多様な異人種たちが忙しく職場と家を行き来する中で一つでも特殊な文化という物があったことは無い。

 

大気を汚さないバイオエタノール車に、ポリエステル製の洋服。やかましいロックミュージックと愚にもつかない二級歌手のCDばかりがプッシュされ、高架橋下のスプレーで殴り書きされたFワードがずらりと並ぶ。

 

口に運ぶのは遺伝子改良された農作物と石油から生成された人口タンパク質の偽物の肉類。

 

高層ビルの広告にははじける笑顔で商品を宣伝するアイドルに、ジャニーズと元居た世界の面影など一体どこにあるかなど見いだせるわけがなかった。

 

何もかもが人間由来でヒト由来の文化的創造物など十五年生きて一度も見たことは無かった。

 

何故か悲しい気持ちになった。自分の血がどこから来たか、全く分からないのが切なく思えた。ただ、目の前の黄金の世界を見ただけだと言うのに、心が揺れた。

 

「ターキッシュ先輩は何の種族なんです?」

「俺はライク。一番人間に近いって言われているヒトだよ」

 

「ライク」、一番人間らしいヒト。似て非なる者。アンダーハイブでは一番高位に当たる異人種だ。身体的有利性はないが思慮深いとされ、外見も人間に似てるせいか、ウケがいいと言われている。

 

アンダーハイブ内では最も高い位置に存在するヒトだ。

 

「先輩はどこから来たか、知っているんですか?」

 

私は興味本位だけではなく、真剣に聞いた。その質問に先輩は鼻で笑って応えた。

 

「知らねえよ。知ったところで無意味だ。俺達はアンダーハイブの世界の住人。街の中央にあるドでかいエレベーターを見上げて、人間に頭を下げるしか出来ないんだ。今更故郷を知っても帰れねえよ」

 

皮肉の連続だった。帰れるわけがない、私達はもう成熟してしまったのだ。あの地下世界以外で過ごすなど、もう手遅れだ、とターキッシュは言ったのだ。どこか寂しげな気もしたが、私は彼の皮肉にうなずくしかなかった。

 

そんな他愛のないやり取りをしていると、道の向う側から一台のトラックがやって来た。目の前に止まると、嗅いだことのない油のような匂いがして、私は顔をしかめた。

 

「ガソリン車だ。匂いを嗅ぐのは初めてか?」

 

ターキッシュは荷台に乗っかって、そのまま座り込んだ。どうやら、この上に乗っていくらしい。私も荷台に乗っかり、座るとトラックは走り出した。荷台の座り心地は悪く、ガソリン車の匂いもキツく感じた。変な油の匂いで好きにはなれなかった。

 

「どこへ行くんです?」

「町にな。セーフハウスがあるから、そこで仕事の話をする。つくのは四時間後だ。ゆっくり休め」

 

ガタガタと揺れ動く車の上で四時間もいると言うのは苦痛に思えたが、ターキッシュは帽子を深めに被って、眠りについた。私は眠らないで景色を見ていた。すると、田んぼの向うの子供がコチラに手を振っていたので、私も手を振ってこたえた。

 

 

 

 

 

 

トラックで行きついた先、ゴールデントライアングルで一等文化的な街、メコンに付き、ベッキーを引き連れて街を歩く。この世界に来たのは五回目でもう見慣れたが、都会育ちのベッキーには露店で売られる果物や農作物の市場が珍しいらしく、興味津々と言った顔で見ている。

 

この地の言語で「安い、新鮮」と言う言葉が飛び交い、物珍しく見回るベッキーに果物を売りつけようとするのを追い払い、彼女によそ見をするなと言って手を引く。時間はあるが、出来ることなら早くやることに越したことは無い。

 

市場を抜けて、歩くこと数分。安いモーテルへとたどり着き、宿の店主と話をして鍵を受け取る。まだまだ俺の言葉も流暢とは言えないが、何とか意思疎通はできる。それをベッキーは意外そうに見ていた。

 

「何でも興味津々そうに見るな。この世界の連中はがめつい、地下で学んだろう、ベッキー」

「でも、露店で果物とか売るなんて初めてみましたよ、私」

「珍しくても、だ。確かにここの食い物は美味いが、仕組みを知らないと大けがの元だ。今からソレを話してやるよ」

 

扉を開けて中に入る。真っ暗な部屋の中央まで足を運んで、天井の蛍光灯のひもを引っ張るが電気がつかない。またしても電気が通っていないことにため息を吐き、俺はバックパックから電灯を取り出し、着けて部屋の明かりにした。

 

簡易なベッドとソファがある以外何もない部屋で、電話は勿論、TVだってありはしない。簡易なラジオだけが娯楽の部屋でベッキーは床に座り、背の低いテーブルに腕を乗せる。

 

「ちょっとどけ」

 

腕をどけさせて、テーブルに地図とこの世界用の教科書を置く。俺は教科書を捲って、年表のページを開き、ベッキーに読ませる。

 

「さて、簡単な説明をしよう。この世界には国という物が存在しており、俺達はペイ・ガン王朝と呼ばれる国に来ている。此処の技術は高くなく、また紛争も絶えない。部族同士が果てしない戦争を繰り返している」

 

歴史によると、紛争そのものは百年以上続いており因縁朝はからぬ相手となっている。何が面白くて戦争を続けているのかは知らないが、俺達にとってはそれは重要な事であるのは確かだ。

 

「ここにはTVもないし、電話もない。そもそも放送局も中継基地も数々の戦いで壊されて、長い事修理されていない。それ程この国の現状は酷いものだ」

「うちの世界は何もしないんですか?」

「野菜の取引以外はしないな。お前は知らないだろうがケイブを通した外交っていうものがあって、人間は質の高い野菜を買い叩いているだけだ。それ以外は俺達に押し付けるだけ、まさにでくの坊だ。」

 

これは笛吹や人間と仕事をするごく一部だけが知っているが、人間はケイブを通した外交や戦争も行っている。この世界の場合は生鮮食品の取引だ。ケイブを使えるのは笛吹と人間だけだから、アンダーハイブの人間は知らないし、もっと言うと知ろうともしない。そんな事より今日明日の仕事の方が大事だからだ。

 

「村ごとでの付き合いは家族単位が主で男中心の社会だ。恋人同士のデートも親同伴の場合が多いほどだ。さて、コレがどう俺たちの仕事に繋がるか、わかるかベッキー?」

「……いいえ」

 

試しに訊いてみたが彼女は答えが思いつかばなかったようで手を上げて、興産の意志を表明した。俺は教師になったつもりで彼女にその答えを教えた。

 

「長い紛争で子供はよく攫われる。家族ぐるみで出かけたところを襲って親を皆殺しにして、連れ去るってのがこの地での日常だ。子供は大抵兵士に教育されるか、お楽しみか、はたまた……て感じだ」

「……酷い」

 

率直な感想を述べるベッキーだが、俺達の仕事はそれが無くてはならないのをまだ知らない。彼女は何せ生まれたてのヒヨコの如き、新米で知らないことが多いからだ。

 

「だが、それこそが俺達の仕事の絶好の機会だってことにもなる。そんな子供を俺達の世界に連れてきても、誰も文句は言わない。俺達は紛争地から子供を助けるヒーローだからな」

 

ベッキーは憤りを感じているようだった。顔が強張って、声を出さずに俺の顔を見つめるだけだ。

 

「あのボルドーも言っていたろ。子供をただ単に攫う訳じゃねえって。つまり、俺達は攫ってもいい子供を見つけて行かなくちゃならないんだよ。その点言うとこの世界はうってつけだ。可哀想な子供で溢れて、取り放題だ」

 

言うなれば俺達は他人の不幸があって喜ぶ嫌な奴らだ。ちょうど脳死もしくは植物状態になった子供の遺族たちの元に赴き、臓器提供してくれと頼む連中と大差ない。子供の親がいないと言うのは好都合なのだ。この世界の善人たちとの関係を壊すことが無いというのは、人間にとっては商業の邪魔にならないし、俺達笛吹にとっては敵を増やさないで済むという構図だ。

 

悪党から子供を救う。字面だけ見れば何と正義に溢れて優しい言葉だろうと思うが、本当は悪党など最初からいない方がいいに決まっているのだ。

 

だが、俺たちの仕事は悪党なしでは遂行できない。この悲しい構図に大体の新米は良心の呵責だとかに襲われて辞めてしまうのだ。

 

第一、子供を救う理由からして、ロクなものではないのだ。アンダーハイブに連れてくるのが子供である理由は効率的な同化政策のためだ。

 

こっちの文化、風習に慣れさせて元々の文化的なアイデンテイを崩す必要があるからだ。ナイフとフォークの使い方ひとつとっても俺達と同じにすることで仲間意識を持たせると言ったものだ。

 

その方法は極めて簡単だ。子供に選択肢がない事を良いことにコチラに連れて来て、常識や礼儀作法を教育と称して叩きこむのだ。。過去、移民や征服地での教育という物はすべからく上手くいった試しがなかったが、それは文化や言語は誰にとっても重要なアイデンティティであり、それを無くすことは自分を無くすと同意語だっただからだ。

 

だがそうした{祖国と故郷}が無い場合は話は別だ。対して教育も受けていない、国家に対する思いなども自分たちの境遇を思えば愛すべき理由だってないからだ。だから、最悪の環境下の子供を救うことでこの条件を見たす、と言うのは理に適っているのだ。

 

人間達の過去でアフリカ大陸と呼ばれた場では様々な国が存在していた中で国外への人材の流出が止まらなかったのは、国への愛とやらか希薄であったと聞くが、それと同じだ。悪党を除けば誰だって地獄に好き好んで済む奴はいない。

 

しかも、先ほどのようなナノマシンが出来てから言語面での問題もクリアされ、教育も遥かにしやすくなり、なにより言葉と言うアイデンティティを希薄化させることもできた。

 

同じ言語を話すと言うのは仲間意識で最も重要、その上で祖国の言葉があっては非常に困るのだ。異国の言葉と言う認識が残ればこちらの同化に距離を置いてしまう。

 

これが大人では教育を施すには難しくなる。大人の多くは何かしらのアイデンティティを持っており、また独自のコミュニテイを作り出す可能性が高いため、連れてくる例はかなり少ない。

 

こうして見ると、確かにロクでもない。

 

だが、それでも救いになると俺は考えている。死ぬよりかは生きるほうがいいに決まっているからだ。

 

「先輩の言い方も酷いですね。自分もその職場の人間だって自覚しているんですよね?」

「まあな。だが現実は現実だ。問題はそこでどんな仕事するか、だ」

 

俺は話ついでにバックパックから、一つの器具を取り出す。一つは小さな蜘蛛に似た機械で大きさは直径一センチもないものだ。名前をティ―チという。

 

「それとコイツをこめかみにつけろ」

「何ですか。コレ?」

 

手に取って不思議がる彼女は気味悪そうに銀色の機械をこめかみにつけた。蜘蛛の機械はそのまま頭の中にスルリと入り込み、彼女は一瞬悲鳴を上げた。だが、痛みがない事に違和感を覚え、視界に数字が出るようになったであろう彼女は目を白黒させた。

 

俺はそれを確認してこめかみを押し込み、念を送る。

 

『驚いたろ? ソイツガ一番新しいHMD、ティ―チャーだ。ナノマシンの複合体で、頭ン中に入り込んで、現地語の翻訳から、バイタルチェックまでしてくれる優れものだ』

『気持ち悪い……頭の中に声が響いて』

 

顔色を悪くした彼女は壁に寄り掛かって荒くなった息を落ち着かせようとする。確かに最初は気味の悪さで俺も貧血用になったモノだ。この機械を作るのに何人か脳に異常をきたして死んだらしい。何せ、ナノマシンが脳に寄生して機能するのだ。死人が出ない方がおかしい。もしかしたら、そいつらの怨念でも入っているのかもしれない。

 

だが、コレが実に役立つ。通信基地なしでも相棒と話すことが出来、位置も知ることが出来るのだ。

 

『慣れろ。コレがあれば、相手にこっちの言葉が漏れない。盗聴もできないしな』

『そんなに便利なら何で、最初からつけさせなかったんです?』

『お前らは無知だ。戦闘も言語も、世界の違いも全く知らない。だから、ゴム弾で体に痛みを叩きこむ必要もあるし、この世界はお前の世界とは違うって分からせないといけないんだ。電卓を使う前に算数を覚えるのと一緒だ』

 

ベッキーは不満な顔をした。十代の少女らしい反抗的な態度だ。八重歯を覗かせたふくれっ面は可愛らしく見えたが、此処ではその顔は場違いだ。これも必要な事だから俺はいつも通り笑顔で応対する。

 

もし、あの模擬戦闘や道の言語に触れることなしに、これらを行えば大体が増長する。十代のヒトが来るようになってからはその傾向が強い。自分は何でもできるようになったと勘違いして、最悪単独で独立しようとすらする者もいた。

 

そんな事になれば、馬鹿なそいつだけではなく、俺も一緒に地に転がって、躯を晒して土の養分となって消える。そんなのは絶対に御免だ。

 

俺はこめかみから指を離して彼女に言いつける。躾と同じように語気を強めにハッキリと述べる。

 

「お前はナイフが上手かった。恐らくロクな生まれじゃないし、それなりに危ない橋を渡ったかもしれないが、此処はそれ以上で、ど汚い場所だ。無論俺達だって綺麗じゃない」

 

その時、俺は他人の気配を感じ取った。モーテルの薄い壁の向うに誰かが来たのを感じ取った。ベッキーも何か聞き取ったようで、怪訝な顔を浮かべている。

 

俺は舌打ちした。ここの場所もばれてしまったのか、と思った。だが、同時に言うとタイミングがいいときに来たとも言えた。大きくため息をしてライフルを自分の傍へと持ってきて銃口にサプレッサーをつける。音を消すためではなく、聴覚を保護するためにだ。

 

「だが、問題は仕事の仕方だ。たとえ自分が悪党だとしても、善か悪かなんてものは行動の末の結果で決まる」

 

口でそんな事を語りながら時々こめかみに指を当てる。

 

『伏せろ』

「はい?」

 

ベッキーは一瞬何だと思ったが、すぐに察した。俺にはぼそぼそとしか聞こえないが

彼女には相手が何を話しているのかが分かるらしく、表情をこわばらせて固まった。

 

俺はライフルを片手に持ち、瞬時に彼女を床に伏せさて、壁に銃口を向ける。

 

「伏せろって言ったろ!」

 

壁越しにマークスマンライフルを連射する。引き金を何度も絞り、金色の薬きょうが排出され、宙を舞う。安モーテルの薄い壁に防弾能力は無く、薄いベニヤ板に穴が開いて、木片を派手に散らせていく。

 

八連射すると向うからも反撃が来て、フルオートで出鱈目な射撃が床に伏せた俺達のすぐ上を通過し、ベッドにラジオと穴あきチーズのようにズタボロにする。ベットは羽毛をまき散らし、ラジオは端子とスピーカーの欠片を飛び散らせていく。

 

もう五秒遅ければ、俺達がああなっていたことを想像し、射手のいる方へ二連射し、壁の向うで何かが倒れて派手な音を立てた。

 

更にもう一人いると感じ取って俺はベッキーの太ももにあるレッグホルスターからリボルバーを抜き取って玄関の方へと照準をつける。その際ベッキーは「脚を触るな!」と喚いたが気にしなかった。

 

「ターキッシュ! 将軍からの贈り物……」

 

最後までセリフを聞いてやる寛容さもないので。言わせる前に連射し、ドア向うの誰かを撃ち殺した。いつも自動拳銃を使っているせいで装填数を八発と間違える凡ミスをしたが、ノープロブレムだ。次の瞬間爆発が起こって玄関丸々吹き飛ばした。

 

「素人が」

 

アサルトライフルで殺しにかかり、ダメ押しで手榴弾でとどめを刺す。殺す方法としては悪くない手だが、いかんせん人員が粗悪すぎたようだ。

 

俺は立ち上がって、崩れた壁から隣の部屋へと入った。三人いて、二人は死亡。一人は虫の息で血だまりの中でうずくまり、目から涙を流して、痛みに悶えている。

 

俺はリボルバーから空薬きょうを取り出し、新しい弾薬を込めて、頭を抱えるベッキーに言う。

 

「さっきの続きだが、一つ言っておくことがある」

 

リボルバーの回転弾倉を銃に収め、その銃口を倒れている悪党に向ける

 

「俺は悪党が嫌いだ」

 

人差指に力を込めて、目の前の悪党を一人この世界から消してやった。脳漿と血がぶちまけられ、頭蓋骨の小さな破片が宙を舞った。世の中便利なものだとすら思う。手に握るコレさえあれば、悪党一人殺すのに20gの弾丸と人差指に込める僅かな力だけで事足りるのだから。

 

死体の服に手を突っ込み、目当ての物を見つけて額に汗をかくベッキーに見せつけて俺は仕事の内容を述べた。

 

「将軍、そう呼ばれている大悪党がこの世界にいる。ガキを賭け事の対象として扱って大金をせしめている不逞な輩だ。俺とお前の仕事はそこからガキを救うことだ」

 

見せつけたのは解放革命統一戦線と書かれた部対象であり、悪趣味な事に将軍自らの威風堂々とした自画像がセットで付いている。

 

「という訳で、誇りを持って仕事をやろうぜ、ベッキー」

 

崩れたモーテルの中で俺は言った。子攫い、人間の手下、ヒトでなし、と数多く呼ばれるが俺は仕事に誇りを失ったことは無い。悪人を一人だろうが百人だろうが殺した所で俺の誇りは失われないのだ。

 

死体と木片が積み重なった中、月明かりだけが俺達を照らした。

 

 

 

 




色々と粗の多い作品ですが、頑張っていきたいと思います。
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