30世紀の笛吹き {完結}   作:ハナのTV

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第6話

 

斜面を転がり、太い木の幹に腰を打ちつけて、ようやく止まる。頭上から土埃と榴弾の欠片が降って来て、ブーニーハットのつばを叩く。

 

口の中には血の味が広がり、口腔から鼻へと匂いが通って、ツンと刺激が走る。スーツのおかげで擦り傷すらない、体に与えられた衝撃もいくらかは抑えられて意識がもうろうとすることも無く、アンダーハイブの技術と己の経験によって、素早い戦闘態勢へと移行できて幸運と言えた。

 

ベッキーの声で位置がばれるとは予想外だ。まさかとは思っていたが、探知されたのだ。恐らくだが、あの村で見つけたプレジデントによるものだろう。集音マイクを備えていたとなると、ヒト狩専用の物となる。サーモに簡易のモーションセンサーを備えているとすると相当に厄介な代物だろう。

 

連中がそんな高度な装備を扱いきれるかは疑問だが、持っていると見た方がいい。現実はいつだって俺達をいじめるのだから。

 

『ベッキー!』

 

ナノマシンによる念話で名前を呼んだが、反応は無し。一瞬やられたのかと思ったが、辺りを見回すと、すぐ近くで耳と頭を抑えている彼女がいた。

 

『おい、大丈夫か?!』

 

彼女の元へと駆けよって話しかけるが、彼女は俺の顔を見て不思議そうに見るだけ。額から流れ出る赤黒い血が彼女の白い肌を染めているのが痛ましいが彼女は痛覚を感じ取ってないのか、心ここに非ず、自分の状況がわからないと言った風だ。

 

『聞こえないのか?!』

 

もう一度試しに訊くと彼女は応答した。ただし、念話ではなく右手の人差指でこめかみを指して指でバツを作って見せた。ジェスチャーで返した後で、彼女もこめかみに当てて通話をしようとする・。

 

『よ……聞こえ……』

『ナノマシンの異常?! こんな時に!』

 

彼女の頭に手をやって、見てみると後頭部が血で濡れていた。派手に出血しているかと思ったが、そうでもない。だが、彼女のナノマシンの不調から、頭部への強いショックで何らかの異常が起きた可能性が高かった。

 

榴弾で吹き飛ばされた勢いをモロに後頭部に伝えたのかもしれない、普通なら頭蓋骨が割れる所を彼女のマーマル、つまり種としての強さが防いだと言う所だろう。だが頭部への損傷と言うのは本人ですら分からない程重大な時もある。

 

あのナノマシンは血液に乗って体全身に送られるのとは違い、言ってみれば脳に新たな機能を植え付ける、寄生中に似たものだ。一度肌に浸透し、頭蓋骨の内側、脳の外側に新たな器官を作る。本来なら、ちょっとやそっとじゃ怒らない故障。それが強すぎるショックで起こってしまった。

 

最悪のタイミングで、問題が起こるとはつくづく神様に好かれていない。もとより祝福される身でもないが。

 

後方でバタバタと走ってくるのを感知して俺はマークスマンライフルを構え、二連射。リュグマン式の反動の少なさによって作られる正確さを証明するように後ろから迫る民兵の頭蓋を貫通し、無力化する。7.7mm×56mm弾の確かなストッピングパワーと俺自身の経験からくる業が合わさった結果だった。

 

ペアになっていたもう一人が驚愕で足を止めたのを良いことに八倍スコープを覗いて、引き金を絞り、マズルから噴き出る輝きと共に足を止めた自分の鈍くささのツケを払わせた。地獄でその身を焼かれながら悔いるといい。

 

距離にして150m程、かなりの近距離にまで接近されていることを確認してベッキーを引きずろうとしたが、彼女はどうにか自分で立ち上がって、AKタイプのライフルをフルオートで三発ずつ、2セットの射撃を行い、一人倒した。その顔色は青かったが、彼女はこの前とは違い、自ら反撃した。

 

「……指示を!」

「ずらかるぞ!」

 

あちらこちらから聞こえる民兵の怒号に奇声、口にするのもおぞましい言葉の応酬、そして大量の足音。彼らはプレジデントの火力と索敵の長所を捨てた戦法で来た。包囲殲滅、少数の敵を撃破するのには一番単純で確実だが、こうも敵味方を接近させればプレジデントの火力で誤射しかねず、また自慢の索敵も味方だけ避けるようにできていない。

 

連中の練度不足のおかげで声を出して指示を出すことが出来る。俺はそのことに感謝し、出来ることなら、今から落雷などの天罰でも起こって、連中を一掃してくれれば、と空よりはるか上に存在するだろう神や悪魔に内心祈った。

 

ソレをさせないためか、民兵たちはフルオートで大口径のアサルトライフルや水道管に似たサブマシンガンを連射し、俺達を押さえつけようとする。

 

「ベッキー、斜面から降りてくる連中に制圧射撃! 当てなくていい! 撃て!」

 

バナナ型のマガジンをグリップ代わりに持って、彼女は連射する。三発ずつ、マガジンが空になるまで撃ちつつ後退し、その弾幕を抜けた数名を俺が狙い撃った。

 

中腰で後ろに下がりながらストックに頬づけしての簡易な狙撃。ライフル弾が下りて来た五名の内三名を新たに墓穴へと誘ったが一人が耐えた。驚くことに服の下にジャケットを着こんでおり、ジェケットに弾かれた弾丸が四人目の腹部を抉った。

 

「異人が!」

 

仕留められなかった一人がナタを振りかざして俺に振るってくる。血と大気で錆びだらけの刃が到達する前に左フックで頭部を殴り、転倒させ彼の持っていた得物を奪い取り腹部深くに差し込んで、ジャケットを血の泡で染める。刃を押し込んで体内に空気を含ませて、

内臓を深く切り付ける。

 

「先輩早く!」

 

ベッキーは空になったマガジンを引っこ抜いて交換する。俺はベッキーが援護する中で走って後退する。だが、そこへ落下音がいくつも山中に響き、その正体を察知した時には俺達は爆風に巻き込まれて、肺の中に熱い空気を吸い込むことになった。

 

迫撃砲とプレジデントの榴弾が降り注いできたのだ。轟音と空気の振動、体に伝わる苦痛に苦しみつつも、横目で着弾点を見てみるとデタラメもいい所だった。付近の民兵も巻き込んでの砲撃は大地に生える草木と大勢の味方の命を刈り取っていく。

 

ベッキーと俺は伏せながらも下がり。敵がいそうな場所に銃弾を撃ちこんでいく。発射によって跳ね上がる銃口と極度の緊張で跳ね上がる心臓を押さえつけ、生き残るために全身の筋肉を使い再び立ち上がって走り抜ける。

 

脚をもがれて喚く誰かを見たが、次に瞬間には消えていた。ライフルグレネードすら飛んできて面と言う面で制圧されていく中、俺とベッキーは頭の中で鐘が鳴り響くのに耐えて、斜面を下っていく。

 

「走れ、走れ! 女々しい泣き言は生きてからにしろよ!」

「クソ! 畜生!」

 

悪態を吐き、マガジンを落として交換、ボルトキャッチを叩いて薬室に装填する。ベッキーが下る中で三発連射した所で、近くを榴弾が吹き飛ばし榴弾片が排莢口に入り込んで、衝撃でライフルが手から離れて転がってしまった。

 

横目で見て最早使い物にならないのは明らかだった。レシーバーにも破片が突き刺さっており、機関部を完全に破壊しているに違いなかった。スコープもレンズが割れて、ガラス片が散らばっており、愛銃は無残な躯をさらけ出した。

 

「ライフルが……!」

 

戦いで最も怖い意志無き偶然が俺の身に起こった。流れ弾や破片ほど恐ろしいものはない。いつ来るか分からない死神の鎌を予見することなど、どんなベテランでも不可能だ。

その鎌が俺のライフルを襲って天へと召してしまった。

 

気配を感じて背後へ振り向きもせず、ハンドガンを引き抜き5連射し、今度はサイトを覗いて正確に3発、接近して来たゴロツキ共の胸を穿つ。

 

そのままハンドガンを握りしめたまま、ベッキーと共に全力で斜面を下りていく。ベッキーは時々振り向いてはバースト射撃を繰り返し、敵兵の接近を許さないように動く。

 

「ベッキー! 手榴弾!」

 

大声で命令し彼女は歯で安全ピンを抜いて投げたが、焦って投げたために飛距離が微妙に足らなかった。ハンドガンでエイム、そして引き金を絞り銃口から飛び出た9mm弾が手榴弾を弾き、距離を稼ぐことに成功。三名の敵兵を宙に浮かせてやった。

 

破片が舞い散ってぼろ雑巾になった相手をベッキーは生唾を飲み込んで。見た。やはり、踏ん切りはついても慣れていないのだろう。AKタイプのライフルのトップカバーが小刻みに震えてカチカチと揺れていた。

 

だが、彼女にはもう少し頑張ってもらわなくてはならない。俺のライフルは既になく、中距離を撃つことが出来るのは彼女だけだ。彼女のライフルを借りると言う手もあったが、ライフルは自分そのもの、後輩の戦力を奪うようなマネは出来るわけがない。

 

「ライフル無くして自分は役立たず、ライフルも自分無くして役立たず」、と言ったものだが俺はライフルなしでも戦える。

 

「丸太が落ちてくる!」

 

ベッキーの悲鳴のような叫びを聞き、斜面を見上げると無理やり切られた太い木々が数本転がって来た。周りの木々にぶつかり、鈍い衝突音を発して猛然と下って来るそれらは質量を武器にした殺戮兵器と化していた。

 

戦車の装甲すらへこますことが出来るアレに巻き込まれれば、どうなるかなど想像するまでもない。俺達は走って走って、逃げる。太い幹にぶつかっても勢いを衰えない丸太に追い回され、さらにその頭上を重機関銃の大口径弾とサブマシンガンのピストル弾が行き来して、髪の毛を短くされる。

 

何本目かの大きな木の幹に丸太がぶつかって派手な爆音を響かせ、ようやく止まったが危険は怒涛の勢いで振ってくる。重さ20gの弾丸の雨が俺達を狩りに来ているのだ。

 

息を荒げて、体全体で呼吸をして酸素を口から肺へと次々に送っても肺はもっと、もっと、と酸素を求めて止まない。喉が痛みを覚えるのも無視して過呼吸気味になっても俺とベッキーは逃げていくために足と口を動かすのをやめない。

 

「もう少しで麓です! このまま一気に!」

 

俺達の前に鬱蒼とした木々の切れ目から見える光が差し込んで来た。ベッキーが歓喜の声を上げて、喜びを露わにした。助かる、自分は生き残ったと確かに彼女の声が語っていた。俺もハンドガンのマグを交換して、その先を見た。

 

そこはまるで天国の入り口のように思えた。暗く思えた木々の闇を抜けて日光で照らされたそこは普段太陽などお目にかかれない俺達アンダーハイブの住人には十分すぎるほど神々しく、榴弾と銃弾の届かない聖域に見えたのだ。

 

しかし俺はその先にある物を見据えて、表情を一変させた。日の当たる場所の先に赤いカメラアイを光らせて、丸々とした鋼鉄の装甲に包まれた2本足の兵器プレジデントが。2体待ち構えているのに気が付いたのだ。

 

鉄とガンオイルを日光で光らせて、口径60mmのリボルバー式のグレネードランチャーが

前を走っていたベッキーを捉えていた。

 

彼女はそれに気づいて足を止め引き返そうと足を動かした。AKライフルをフルオートで放ち、少しでも抵抗をして見せようとするが、プレジデントの装甲の前に貫通力重視とは言え、4.85mm弾では傷一つ付かない。全てが弾かれ、細かいひっかき傷を作るだけに終わってしまい、ベッキーが声にならない悲鳴を上げたのを見て、俺は彼女に叫んだ。

 

「飛べ! ベッキー!」

 

俺とベッキーは反射的にジャンプし、プレジデントの視界の外へと飛び出た。

言葉を言った後には榴弾の雨が降り注ぎだし、俺の意識を刈り取った。体が無重力になってフワリと浮く中暗くなる視界の中、自分が死んだのか、死んでないのか、それすらわからなかった自分が急に忌々しく思えた。

 

死ぬときはぐらいは理解してくれ、と。そして、彼女の生死を確認したかった。

 

せめてもの無事を望み、背中に衝撃が伝わって俺の視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い意識の中、私は誰かの声を聞いた。妙に反響しており幾人もの声が重ねって聞こえてしまっている。鼻に香るのは火薬とグリース、蒸発した汗にかび臭い空気の独特な匂いと混ざり合って、最悪の一言だった。

 

意識が徐々にクリアになっていき、手や足、肌の感触が戻ってきて自分が今横たわっていることに気付いた。ひんやりとした湿ったコンクリートの床の上で私は突っ伏していて、装備を背負っていたはずの体が妙に軽く、反面手が後ろで錠をされていて動きが取れず、非常に鈍い。

 

ジャケットやチェストリグなどの装備が無いまま、私は目を開いて起き上がった。暗い洞窟と思ったが、見てみると半分正解で半分間違いだった。洞窟を所々鉄筋コンクリートで補強している地下施設のようで、その様は我らが故郷アンダーハイブによく似ていた。

 

鉄格子に囲われた私が目を凝らすと、他にも鉄格子の籠がいくつもあって、その中に子供がいるのが見えた。彼らは私の事を不思議そうに見つめて来た。奇異な目、好奇心の対象とされて私は何がそんなに珍しいのか分からなかったが、自分の姿を見て、理解した。

 

伸縮性の高いスーツの上にTシャツ1枚、だけだった。ボデイラインがハッキリと浮かび上がるスーツの上にこれ1枚で向うからすれば、とても不思議な格好でいるに見えて当然だった。

 

しかし、その子供たちの目も最初は好奇心旺盛に見えたが、次第に熱が冷めたのか。光を失って虚無的になった。まるで人形のように、生気がなく無機質になってしまったのだ。

 

何故か、と思っていると重い扉が開く音が響いて、子供たちが一斉にビクリと肩を震わせて鉄格子の奥へとさっと隠れた。音のする方向へと意識を向けると、鉄と硝煙の、それに生臭いような、きつい匂いを纏った男たちが現れた。

 

その中にタイガーストライプと呼ばれる迷彩のパンツを履き、上半身をジャケットで覆った赤いベレーの男、将軍と呼ばれる悪党の主がいた。

 

彼らが何かを話している。あの先輩の通信が聞こえなくなった以降、頭に入り込んだナノマシンが不調なのか、連中が何を言っているのか理解できなかった。ただ分かったのが、将軍と呼ばれる男が部下の話を聞いて、静かに頷いているだけで彼らに待機するように命令したらしいことだ。

 

将軍はいかつく、傷だらけの顔を私に向けてしばらく見つめて来た。黒い目は想像以上に暗く、その瞳の奥には何もなかった。煌めきもヒトとしての感情も何もなかったように思えた。

 

口を開いて何かを私に話しだした、しかし、何もわからない。ナノマシンの翻訳機能に頼っていた私に現地の言葉は理解が出来ないのも無理はなかった、

 

将軍は少し考えて理解したのか、咳払いをして口の動かし方を変えた。

 

「これでわかるか?」

 

その言葉はアンダーハイブの共通語だった。民兵組織の長は私達の言葉を知っていたのだ。

ソレを知って私は先ほどから気になっていた事を彼に訊いた。

 

「ここは?……ターキッシュは?!」

「飼い主に忠実とは、流石は雌犬だ。場所は言えないな。あと悪魔なら今探しているところだ」

 

飼い主、悪魔、その二つの単語は私の頭に血を登らせるには十分な言葉だった。私をターキッシュの飼い犬のように嘲笑し、まるで自分が悪魔ではない、とほざいて回る口に青筋を立てた。

 

だが、一方で生きているのか、死んでいるのかすら分からないという情報に心が揺れた。まだ彼は生きていると希望的な見方もできたが、痕跡すら残らない程散らばったのでは、と思うと拳を握りしめて、その光景を想像しないようにするしかない。

 

だけど、今は頭を必死に働かせるのに集中した。この状況を少しでも多く理解し、自分がどうなるのかを見極めねばならない。

 

「……私をどうしようっての?」

 

試しに訊いてみると、将軍は鼻を鳴らし、私に話しだす。

 

「お前をどうするか。俺は色々と考えさせてもらった。形も異人にしては中々で売りや楽しみに当てるか、即刻首を切って晒すか、ガソリンで焼くと言うのもあった」

 

ここまで私の処遇について話されたのも中々ないだろう。自分が女と言うことに後悔を感じ、果てしなく暗い未来ばかりが用意されているのに私は生唾を飲み込んで、身をよじった。男からの視線に恐怖を抱いたからだ。

 

「だが、俺はそんなことはしない。そんな事をしても大した旨みにもならん。汚らしい異人のお前を楽しみの道具にするほど俺達も道具に困っちゃいない」

 

後ろの民兵たちが薄気味悪い笑みを浮かべて私を見る。敵意と欲にまみれた目。明確な敵意を私に向ける彼らに私も欲以外で同じように向ける。女を道具と言う男の汚らしい欲望と尊大さに嫌悪を抱いた。

 

「お前は俺達の興業に出てもらう。精々稼いでもらう。その命でな」

「興業だって?」

「今見せてやる」

 

将軍がクイと顎をしゃくると、私の前に一台のTVが置かれた。この世界に来て初めてみたが、そのTVはアンダーハイブでは一般的な薄型の32型だった。あのプレジデントと言い、なぜ民兵組織が都市にもなかった物を持っているのか、不思議でならなかったが、そのTVに映るモノを見た時、私の疑念は吹き飛んだ。

 

疑問が解消したわけではない。あまりに異様な光景に圧倒されたのだ。

 

「何これ……?」

 

サッカー場のように、観客たちが大勢大声を張り上げ、手に紙の束を握りしめて何かを見ている。中央には小さなテーブルが置いてあり、そこに三人のヒトがいた。二人は赤いバンダナをつけて座り込んでおり、その顔は普通ではない。

 

二人は子供で汗を滝のように流し股下までびっしょりと濡らし、顔の筋肉全体が恐怖で揺れているようだった。その顔は私が撃った男が見せたものにそっくりだった。死への恐怖に怯え、自分の首もとに死神の鎌を見てしまった者の顔だ。

 

その二人の男の子が震える中、大人の男が会場全員に見えるように高々と何かを掲げ、手でソレを弄って、テーブルの上に勢いよく置いた。カメラの視点が変わり、それが何なのかを見せた。

 

旧式のリボルバー。見た目からして6発の銃弾を込めるタイプで、口径は大きく、マグナム弾を発射するものだろうか。ミナミが持っていたマグナムオートと変わらない程の大きさだった。

 

そのリボルバーが姿を現した時、会場の連中はこぞって歓声を上げた。その声は大きく、鉄の扉の向うから聞こえているのがわかる。彼らが何をしているのか、私はそれを処刑か何かかと思った。しかし、それは間違いで一人の男の子がそのリボルバーを手にしだした事でようやく理解した。

 

男の子は涙を流し、ガタガタと震える手でリボルバーをゆっくりと自分のこめかみに当てた。ハンマーを起こしシリンダーが回転する。後は引き金を引くだけの状態になり、私は息が荒くなった。

 

引くな、と心で念じた。当事者でもないのに私の手は彼らと同じように震え、体の芯から冷え込むような悪寒が流れる。躊躇いを見せて、大げで喚く男の子に対して、観客たちは容赦がなく、一斉に何かを叫んでコールする。

 

その内容は雰囲気で判断がつく。そして男の子が叫んで人差指に力を込めた。

 

「駄目!」

 

ハンマーが撃針を叩いた。だが、銃口から弾丸が飛び出すことは無く男の子は血の一滴も零さずに息を肺から大きく吐き出した。リボルバーをテーブルに放り投げ、とりあえずの安全を得た子は自分の体を強く抱きしめ、もう片方が次は自分の番という事に絶望し頭を抱える。

 

会場は二つの空気に包まれたようだった。一つは喜び、片方が生きていたことによってその手に握っている金券が紙くずにならなかったと言う黒い喜び。そして次の子供の頭が吹き飛べば、という期待だ。

 

もう一つは落胆、自身の金券がフイになる可能性に顔をしかめ、ついで大金を受け取るチャンスがお預けになってしまったという事への落胆だ。野次を飛ばし、恐らくは死ねと叫んでいる彼らの頭の中には子供のことなど、知ったことではない。

 

喜びと落胆、二つの相反する感情の二重奏だった。不協和音ではない。何故なら、二つの感情は結果的にどちらかが死んでくれなくては困る、といった共通点があり、誰かの命を駆けの対象にしたどす黒いギャンブルに酔いしれているに違いないからだ。

 

ロシアンルーレット、彼らの興業は純粋で、スリリングでバイオレンスな賭け事の提供だったのだ。

 

「最近は純粋な賭け事がない。カジノのマシンも裏で操作され、カードもディーラーの手のひらの中。純粋に運を賭けたギャンブルってのは無い。だからお前らにそれをさせるという事だ」

 

聞いてもない説明を将軍は話しだした。私はあらん限りの怒りを込めて飛びかかろうとした。しかし鉄格子に阻まれて、がらんどうとした大きな音が響くだけで終わってしまう。

 

「ふざけるな!何が純粋な賭けよ?! ただの殺しじゃない! 地獄を彼らに味わせて、楽しむ最低野郎!」

「何とでもほざけ。一番金を手っ取り早く儲けたきゃ、地獄を作るのが一番だ」

 

将軍はニヤリと笑った。私の怒りなどものともしていない。彼には銃も部下もいる。私のような小娘など歯牙にもかけない。

 

「地獄ってのは必要だ。地獄は金を作り出す釜だ。女に薬、銃、ダイヤモンドとなんでも扱える。何をしてもお咎めが無い。お前らだってそうだろう? 笛吹」

「私を言い訳にするな!」

 

笛吹が子供を救うには地獄がいる。それは変えようのない事実だ。元々が子攫い、それを少しでもマシにした結果だが、本当の事を言えば地獄が無い方がいいに決まっているだろう。

 

だが地獄を作っている張本人がソレを言い訳にしていい訳がない。何より、私の夢見た場をこのヒトモドキにとやかく言われるなど、もってのほかだ。出来ることなら、素首に歯を突き立てて喉をかみ切ってやりたい。

 

地獄は金のなる木。成程血を吸い続けた方が確かに儲かるだろう。過去、人間の歴史では大国という存在が小国を弄んできたのは私だって知っている。私達のアンダーハイブもそうだ。所詮、私達の犠牲の上で成り立っている人間は今も昔も変わらないし、将軍のいう事も間違っていない。

 

でも、それを許せるわけがない。たかが金なんかの為に命と尊厳を弄ぶ邪悪な連中をどんな理由があって許せるだろうか。上から立って、嗤うお前達を赦しなんかしない。

 

「吠えるな雌犬。コイツを望んだのはお前ら笛吹の神様ニンゲン様だ。その見返りに俺は儲けている。正直な話な。こんな実りのない世界なんぞ、支配したところで何もない。お前らのしていることはそもそもが場違いなんだよ。大人しく子供のおこぼれを頂いてりゃいいものを」

 

将軍は邪悪な笑みを浮かべて高らかに笑った。奴らは人間と結託していた。笛吹、人間、将軍たちと三者三様で旨みが取れる仕組みを彼らは作ろうとしていたのだ。私はその掌で踊っていたと言うのか。ふざけるな。私の夢を汚し、子供を大勢を地獄に落としたお前たちが何故笑っているのか

 

お前達こそ地獄へと堕ち、永遠の時の中で地獄で焼かれるべきだ。

 

「違う! 私達はそんなの認めない! 地獄なんかでお金なんて得たくない!」

 

笛吹は命を作る場所だ。そう夢見て来た。地獄からの解放と人生を誰かに与える。そう言う職場で合って、地獄で小賢しく儲けなどしない。他人から何を言われようとも誇りを見せたあの笛吹の正義を否定させはしない

 

「それが世界の法則だ。惨めだな笛吹の女。あの悪魔と同じだ」

「お前らが悪魔だろうが!」

 

鉄格子に体をぶつける。肩に鈍い痛みが走るが、鉄格子はびくともしない。そんな私を嘲笑する彼らを睨み、私は叫ぶ。

 

「叫ぶな。ほれ見ろ。お前たちの無力なざまを」

 

そう言って民兵の一人が鉄格子ごしに私の髪の毛を掴み、TVの画面を見せた。既に何回も死地を乗り越え、自分が死ぬのが今か今かと思い、目の焦点がはっきりしない二人目の男の子が映った。

 

「やめろ! やめて!」

「しっかり見ろ! そろそろだぞ!」

 

将軍が目を背けさせまいと私の瞼を閉じさせないように指で瞼を抑える。私は目を背けられなかった。心臓が跳ね上がり、唾をまき散らして叫んで、彼を止めるよう叫ぶ。

 

「撃っちゃダメ!」

「黙って見ろ、小娘!」

 

彼がリボルバーを手にしてこめかみに当てた。民兵たちの笑い声、確かな期待をはらんだ目でTV画面を見る彼らとTVに映る悪党の群れたちの静粛、そして動けない私が見守る中、一発の銃声が轟いた

 

糸の切れたマリオネットの如く、頭から鮮血と脳漿をぶちまけて男の子は椅子から転げ落ちた。赤く塗装された地面の上に倒れた彼の体は痙攣し、まだ生きて痛かったと言わんばかりに手を広げてがくがくと動き回った。湧き起こる歓声の渦。踊り、叫び、怒鳴り、誰もが狂ったかのように本能のまま動く。

 

私はその中で唯一泣き叫んだ。死んだ少年と交流があったわけではない。でも、彼を絶望の中から救うどころか、何もできなかった。こんな所で死ななければ、人生の喜びを感じられたはずだ。それを彼らが金とちっぽけな快楽の道具にして台無しにした。

 

憎い、怒りが湧き、目の前の悪魔どもを視線で殺す勢いで睨んだ。この悪党どもの腸を引きずり出してやりたかった。

 

「俺が憎いか?」

「殺してやる!」

 

だが、将軍は大爆笑して私を笑った。

 

「ハッ! 笑わせるな! お前は引き金もロクに引けない臆病なメスだ! それに、お前もあの場に行くんだよ! 無力なまま、泣いて喚いて、俺達を楽しませろ!」

 

暗い鉄格子のなか、私は呪詛の言葉を吐き続けた。このまま終われない。夢も私も子供も世界も何もかもを嗤った奴に好き勝手されたままでいられない。

 

こんな男の言うことなど認められない。それを認めてしまえば、私の負けだ。でも、私には手段が無く、力もなかった。

 

せめて、隣にあの先輩がいてくれれば、そう思っても彼はいない。

 

私は叫んだ、犬のように。彼らが去るまで吠えつづけた。 

 

 

 

 

 




色々と粗の多い展開、話ですが楽しんでもらえると嬉しいです。

世界観、キャラの説明が少なくていい二次から一から全て書かなくてはならないオリジナルを書いてみるとかなり大変ですね。

よろしければ、アドバイス、感想ありましたら教えてほしいです。
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