そこはインクの匂いが薄っすらと、しかし鼻を刺激するには十分な部屋だった。目の前では書類の山が積まれ、その背後には男性が一人腰掛けている。階級は少将。
「受け取りたまえ。君への辞令だ」
手渡された指令書を見る。そこに書かれた赴任地を見て、当然だろうという気持ちが湧き上がったのは仕方の無いことだった。
中身は簡単に言えば、士官学校卒業並びに配属先の鎮守府が書かれたものだが、配属先は僻地と言ってもいい場所だ。士官学校では後ろから数えた方が早いくらいの成績で卒業した身としては、妥当な結果だと思う。
「私としては君に期待しているのだがね」
指令書から視線を上げると、こちらを射抜くような鋭い視線が見ていた。目の前の男は海軍士官学校の教官であったが、今からは上官でもある。
「お言葉ですが、自分はそれほど優秀ではありません。大きな欠陥を抱えた人間です」
「確かに精神的な脆さは認めよう。しかし、一言で表すなら『勿体無い』と私は言いたいね」
「……」
含みのある言葉。それが軍特有の能力だけを加味した言葉であるのは、既に理解していた。だが、そこにあるのは過少評価されたものなどではなく、ましてや過大評価されたものでもない。
「艦隊指揮、運用、その他戦術的、戦略的に見ても、それなりの水準にあると言えるだろう」
そこまで饒舌だった口調は一瞬だけ鳴りを潜めた。
「甘過ぎることを除けば優秀だったよ。実に惜しいことだがね」
「……先述した通り、おそらく自分は死ぬまで欠陥を抱えたままでしょう」
二度も同じことを言う必要はなかっただろう。それすらも見通した評価なのだから。
一礼して部屋を去る。背中越しに感じる視線は、一体何を見ているのだろうと思いながら。
指令書によると、赴任地へ赴く前に秘書艦となる艦娘と会う必要があるようだ。
艦娘とは、突如現れた深海棲艦に対する人類の最後の切り札である。一世紀も昔なら一笑に付されるだろうが、妖精によって作られた少女を模った兵器だ。
そして人類の敵である深海棲艦は世界中の海域を封鎖し、ほぼ全ての国交を閉ざした。人類と深海棲艦との戦争状態は実に半世紀近くに及んでいるが、彼等の目的の多くは未だ不明であり、分かっているのは艦娘や人間を攻撃することくらいだ。
「秘書艦ね。駄洒落のつもりかな?」
秘書官と秘書艦。海軍なりのというやつかもしれないが、些かセンスがない。
赴任地に赴くには、どうやら船で行く必要があるらしい。このご時世、海路は大きな危険を伴う。何時深海棲艦に攻撃されてもおかしくないからだ。しかし、それでも船を出すということは、おそらく護衛が付くのだろう。
どうやら今向かっている波止場で、秘書艦となる艦娘との顔合わせとなるらしい。
「おや、あれだろうか?」
道行く人の中で、きょろきょろと挙動不審なほど何かを探している少女が居た。手渡された書類の中に含まれる秘書艦となる艦娘の資料とも合致する。
――暁型四番艦『電』。駆逐艦に分類される彼女は、外見だけで言うなら普通の子供にしか見えない。栗色の短い髪に小学生かと見紛うような小さな体。どこにでも居そうな少女だが、ここではよく目立つ。このような少女たちが国の命運を握っているのだから、罪悪感を感じずにはいられない。
「あ、あの、新しく配属される司令官さんですか?」
緊張した声で尋ねられる。小さい体が僅かに震えているのを見ると、痛ましい思いに駆られる。
「私は五百蔵(いおくら)泉水(せんすい)。本日付で鎮守府に着任する予定だ。君が私の秘書艦だね?」
「は、はい! 暁型四番艦、電なのです!」
「電と書いて『いなづま』なのかい? 『デン』なのかと思っちゃったよ」
「よく言われるのです」
恐縮したように縮こまるのを見て失敗だったかと悟る。少しでも明るい雰囲気で話しかければよいかと思ったが、いきなり自分の名前で弄られるのは気持ちのいいものではないか。配慮が足りなかったようだ。
「よろしく。今日からは君の上官になるが、硬いのは抜きで行こう。正式な場なら兎も角、敬語やら気にするのは疲れてしまうからね」
首元まで締めてあった軍服を緩め、ラフな格好にする。半ばボディーランゲージの為にしたことではあったが、今言ったことも嘘ではない。
「では、行こうか」
時間もあまり余裕がない。急いで乗り込むと、すぐに出航してしまった。
「しかし、君も残念だったな。私の秘書艦に付けられたとは」
「ど、どういう意味なのです……?」
僅かに怯えるような表情を見て、言い方を間違えたかと思った。なにせ、今の海軍からの艦娘の扱いは人ではなく備品扱いなのだ。つまり、彼女たちを『モノ』としてしか見られていない。中には酷いことを平然と行う提督も居ると聞く。
不安に思っても仕方のないことだろう。
「いや、司令書を見なかったかい?」
「見ましたけど……」
「その赴任地は、左遷と言っても過言ではないほどの僻地だよ」
「ええっ!? どういうことなのです!?」
士官学校では赴任地の噂はよく流れていた。安全な所や比較的戦闘の多発する鎮守府、果ては幽霊が出るなどといった下らない噂まで実しやかに話されている。
その中でも第3989鎮守府と言えば、この国の最果てと言ってもいい場所に位置する。周辺に民家はおろか建物すらほとんど建たず、人も住んでいない。
では、何故そのような場所に鎮守府が存在するのか。答えは簡単だ。そこが最も手薄な陸地だからだ。深海棲艦の目的は不明だが、領土の占領の可能性も有り得る以上、僅かにでも可能性がある場所を捨てる訳にはいかないのだ。
更に悪い噂とすれば、以前に配属された提督は艦隊諸共全滅したというものもある。しかし、噂かは兎も角、実状そうなってしまう鎮守府も少なくない。
「陸の孤島と言ってもいいような場所らしいからね。私は成績が悪かったから仕方の無いことだがね。まあ、私の秘書艦になってしまったということで諦めた方がいい。一つ良いところを上げるとしたら深海棲艦すら少ないらしいということかな」
「それは良かったのです。なるべくなら戦いたくないのです」
それを聞いて、居心地が悪くなってしまったのは私の方だった。私は彼女を戦地に送り出す立場だ。願わくば彼女たちにとっても平和な時代が早く訪れて欲しい、と思うのは傲慢だろうか。
船はゆっくりと揺れ動き、遠き目的の地への船路はまだ続く。
どうも鹿屋鯖提督です。
後書きまで読んでしまったという方は、少しでも興味を持っていただけたということでしょうか?
以前から愛読させていただいてた艦これの二次小説が完結してしまいまして、私としても書いてみたくなりました。
因みに嫁は翔鶴です。