艦これ 家族ノ形   作:タイガーピアス

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Episode03:提督は出撃が出来ない

 二日目。電は昨日の掃除の続きを。俺は書類整理や任務の確認、そして空いた時間は日誌を読み進める予定だ。

 その合間、任務の中の一つについて話していた。

「建造ですか?」

 これから出撃するのは確実だ。大概の深海棲艦は外洋に出れば出るほど強くなっていく。鎮守府周辺は、それほど強い深海棲艦が出現するとは考えにくい。しかし、だからといって一人で出撃させることなど出来はしない。万が一があってはならないのだから。

 だから、建造することで戦力の増強を図るという算段だった。

「ああ、任務の中に建造を推奨するものがあってな。いずれは電も出撃しなければならないだろう? 一人では怖くないか?」

「でも、ここの鎮守府には妖精さんが居ませんよ?」

「え?」

 しかし、出端を挫いたのは電の一言だった。艦娘は妖精が居ないと建造することは出来ない。そもそも人間には、妖精がどうやって人間と同じような存在を作り出しているのかさえ理解出来ないのだから。

「今朝、確認しましたが、妖精さんが居ないのです」

 これは大問題だ。妖精の居ない鎮守府など聞いたこともない。そもそも鎮守府として機能しない。

「至急、大本営に問い合わせねば。電、済まないが鎮守府内の掃除を頼む」

 電を下がらせ、通信機を取り、大本営への直通回線を開く。

「こちら第3989鎮守府の提督であります。工廠及びその他の妖精が居りません。至急、対応を願います」

『昨日の今日で言葉を交わすとは思わなかったよ』

 返ってきた言葉は意外な人物のものだった。こちらとしても昨日の今日で言葉を交わすものだとは思ってもみなかった。

「これは教官殿でしたか」

『士官学校気分が抜けないかな? 今は教官ではなく、上官だよ』

「失礼しました」

 確かに一つの鎮守府を任された提督としての自覚が、足りなかったかもしれない。

『済まなかったね。連絡が行き届いていなかったようだ。調理係や工廠の人員、それに妖精等も後日配備する予定だ。本来なら早めに到着する予定だったのだが、移動中に深海棲艦と遭遇した為に迂回した分、君達よりも遅くなったようだ』

「成る程、理解しました」

『前にも言ったがね、君には期待しているよ』

 通信はそこで終わった。

 ――期待。

 私が期待されていることは何なのだろう?

 有能な提督だろうか。出来る限り味方の被害と資材を最小限に抑え、敵には最大の損害を与える。提督に求められる理想像だろう。しかし、そんなことを期待されても困る。俺は資材は惜しみなく使うだろう。それで僅かにでも命を繋ぎ止めることが出来るなら、惜しくはないと判断するだろうから。

「私は大きな欠陥を抱えているよ。多分、この職は一番向いてないね」

 建造が出来ない以上、他の任務を探すしかない。

「『敵艦隊を撃破せよ!』か。止めておこう。今、出撃出来るのは電だけだ。せめてもう一人戦力が――」

 独り言を止めて、気配を探る。書類を一先ず置いて、物音を消して立ち上がる。歩く音すら立てずに扉へと忍び寄る。

 開けた先には、やはり電が居た。気配がしたから、しまったとは思ったが。

「司令官さんは電を信用出来ませんか?」

 今にも泣きそうな声音が酷く心を締め付けた。私の一言が意図せぬ形で傷付けてしまったのは間違いない。例えそれが相手を思いやったものであっても、相手が反対の意味に受け取れば傷付けるだけだ。

 膝を折り、電と同じ目線に合わせて軽く抱く。これから語る言葉の僅かでも心に届くようにと思いながら。

「済まない。決してそういう意図を含んでいた訳ではない。ただ、私は君達全ての艦娘に沈んで欲しくないと思っている。いや、私の大切な人は一人も死なせたくないと思ってる」

「電も大切なのです……?」

「ああ、きっとこれから来る全ての艦娘に同じことを言うだろう。私は弱い人間だよ。自分の周りに死が訪れるのが我慢ならない」

 上官はこんな弱い私に何を期待したのだろう。また、あの疑問が過る。

 私を置いて消えてしまうことが何よりも恐ろしい。死とは永遠の離別。悪夢に見るくらい恐怖を覚えている。

「電のことは信頼出来ると思う。でも、実戦は一つ間違えば死に繋がる。一人よりは二人、三人と少しでもその可能性を排除したい」

「司令官さんは優しいのです」

 優しいというのは良いことなのだろうか。言い変えれば、それは甘さと捉えられても仕方がない。

 複雑な内心を悟られぬように、僅かに困った表情のまま頭を撫でる。

「電には期待してる。数日内には出撃してもらおうと考えているから、準備だけはしておいてくれ」

「了解なのです!」

 どうにか理解してもらうことが出来た。不用意に誤解を招くようなことを呟いた私の落ち度だ。反省しなければ。

「年頃の少女の考えることも分かりそうに無いしな」

 今度こそ完全に電の気配が遠ざかったのを確かめてから零した。艦娘は少女しか居ないと聞いている。男の私では分からないことがありそうだ。

 前途多難な職場だと溜め息を吐きながら、視線を海へと面している窓へと向ける。そこには何も無い穏やかな海があるだけだ。深海棲艦の姿も無く、ただ平和だと思えた。そもそも何年も放置されていたくらいだ。あまり危険性の高い場所では無いのだろう。

「この海の様に世界に平和をもたらすことが、私の仕事……か」

 そう思うと書類整理も必要なことなのだ、という意識が自然と出てきた。そして没頭するように机上へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 ふと書類から目を離し、時計を見ると二時を回っていた。

「しまったな。電は昼食を食べただろうか」

 私は一日一食でも充分な方だから、ついつい食べ損ねてしまう。

 手元の書類を見ると、生憎とキリがいいとは言えなかった。既に昼食には少し遅い時間だし、それなら更に遅れてもいいのではという考えが浮かぶ。

 いや、やめておこう。電がきちんと食事をしたのかだけでも、先に確認した方がいい。

 書きかけの書類を手放し、執務室から出る。今日は電には最低限の掃除だけをお願いしている。それ以外は自由にしても構わないと伝えたが、どこにいるだろうか。

「しまったな。この広い鎮守府で迷子になったら、分からなさそうだな」

 実際には歩いているだけでも、大抵の場所に案内板があるのだが。人探しとなると大変だ。

 しかし、主要な建物以外にいるとも考え辛い。適当に近くにある扉を開けてみる。

「資料室か……?」

 本棚が立ち並び、小難しそうな本が並んでいる。中には自筆の資料まで置いてある。よほど前任者は真面目だったのだろう。

「電か?」

 奥の本棚辺りから微かに物音が聞こえた気がした。興味深いものが多く、一つ二つ気になるものがあってもおかしくはない。

 視線を本棚から外し、気配のする方へ進む。

 そこにはやはり電の姿があった。備え付けの机に座り、何かを読んでいるようだ。集中しているのかこちらに気付いた様子はない。

「何を読んでるんだ?」

 背後から覗き込むように電の手元を見る。

「ひゃわわわ! お化けなのです!」

 いきなり掛けられた声にびっくりした様子で、伏せてしまった。このまま驚かせたいという欲求が生まれるが、流石に可哀想に思えて踏み止まった。

 それにしてもお化けとは。確かに薄暗いこの部屋なら出ても不思議ではないが。

「済まなかった。驚かせるつもりはなかったのだが」

「司令官さん……なのです?」

 恐る恐るという風情でちらっ、とこちらを見た。それに軽く手を挙げて応える。

「びっくりしたのです。司令官さん、何かご用ですか?」

「電は昼はきちんと食べたか聞いておこうと思ってね」

「もうこんな時間だったのですか。びっくりしたのです」

 電が驚いて時計を見る。その時、くぅと小さく可愛らしい音が聞こえた。

「ははっ、何か食べようか?」

「はい、なのです……」

 ちょっとだけ恥ずかしそうな顔で電は頷いた。

 食堂へと向かい、昨日のカレーを温めた。

「手の方は大丈夫か?」

「はい。司令官さんのお陰で治ったのです」

「絆創膏を貼っただけだよ。でも、次からは気を付けないとな?」

「頑張るのです!」

 電を見ていると微笑ましい気持ちになる。歳の離れた妹、或いは娘を見守る父親の様な心境だ。二十歳そこそこの若造が、そこまで老けたつもりはないけれど。

「ご馳走様。やはりカレーは一日おいた方が美味しいね」

「電もカレーは一日おいた方が好きなのです」

 二人だけの食卓。けれど寂しさはなく、暖かかった。

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