本来なら一つ一つ返事をさせていただくのが筋なのでしょうが、この場でお礼を申し上げます。
期待している方も意外と居てびっくりしました。正直、十話くらい書かないと誰も見に来ないと思っておりましたので。
「貴様がこの鎮守府の提督かのう?」
掛けられた声に思わず目を見張る。
特異な喋りの声の主は二十代、どれだけいっても三十代といった風貌の女性だった。しかし、目を見張ったのは独特な話し方ではなく容姿の方だった。黒を基調とした着物を流麗に着こなし、腰まで伸びた艶やかな髪は真珠のような白さだ。
鎮守府に着任して数日、陸の孤島とも言えるこの場所に突然現れたように彼女は居た。見渡しても船の姿はなく、何時の間にか波止場に佇んでいた。どうやってこの場所まで来たのかも不明だ。窓から外を眺めていた時に目に映ったものだから慌てて飛び出してきたのだ。
思わず返事も忘れて唖然としていた。
「何を呆けておるのじゃ。貴様が提督かどうかという簡単な質問じゃぞ?」
「し、失礼! 私が第3989鎮守府を任された提督、五百蔵泉水。あなたは?」
「うむ。妾は、この鎮守府の工廠を任された。名は雪(ゆき)じゃ」
――雪。白く降り積もるそれは、彼女の髪と同じように思える。
確かに上官は工廠の人員も手配中だと言っていた。彼女がそれに当たるのだろう。
「雪さん、工廠に案内――」
――しましょう、とは言い切ることは出来なかった。
すっと気配も感じさせずに気付いたら目の前、触れ合うような距離まで顔が近付いていた。海よりも尚深い瞳に覗き込まれて動けなかった。
「な、何か?」
どうにか声を絞り出して質問を投げ掛ける。
「いや、懐かしい気分にさせる顔立ちだと思ってのう。どれ、ここの工廠を案内せい」
「ええ、こちらですよ」
どうにも苦手なタイプなようだ。喋り方もだが、浮世離れした独特な雰囲気に呑まれてしまう。簡単に言ってしまえば、調子が狂わされてしまう。
「雪さんは大本営に勤めていらしたのですか?」
「もう何年になることか。随分と長い間、大本営の工廠におったわ。半世紀程になるかのう」
「半世紀だなんて。面白い冗談を言いますね。それこそ、深海棲艦が現れた最初期じゃないですか」
とても半世紀も生きたようには思えないが、冗談を言っているような声音には聞こえなかった。大本営が秘密裏に不老不死の技術を開発しているなら話は別だが。
彼女は否定するでもなく、薄く笑みを浮かべたままだ。
「ほう、なかなか立派な設備を遊ばせておるわい」
「ええ、前の提督は随分と大部隊だったようですから」
「ほれ、貴様ら仕事の時間じゃ」
軽く柏手を打つと何もなかったはずの空間から妖精がふっと湧いて出た。驚きに目を見張るよりも早く次々に湧き続ける。
「どういう仕組みですか?」
「およそ人には理解しえぬ方法じゃよ。現象をあるがままに受け止めるがよい」
疑問は解消されることはなかったが、そういうものだと許容すれば問題になることはない。
「ここの設備を使えるようになるまでどれくらい掛かりますか?」
「そうさのう……三日もあれば補給、入渠が出来るようにしてみせるわい」
「では、建造の方はどうでしょう?」
そう尋ねると、思案げな表情で設備に触れていく。
「ふむ、状態は悪くないようだしのう。今すぐにでも動かすことは可能じゃ」
「長旅お疲れでしょうが、よろしければ作業の方に取り掛かっていただいても?」
「やれやれ、人使いの荒い奴じゃのう。資材はどれくらいじゃ?」
持ち歩いていた資料の一部を手渡す。そこには現在、この鎮守府に存在している資材の総量が記されているはずだが、建造にどれ程の資材を投入することになるのか見当もつかない。
「これでは駆逐級が二隻といったところかのう」
「それは今後の出撃に影響が出ない範囲での意味でしょうか?」
「うむ。これなら当分は困ることはなかろう」
即座に今後の展開を描き出す。当初の目的では電一人を出撃させたくなかった為に建造を考慮していたが、最小限の資材の投入という反する点も両立して考えていた。故に、今後を考えて一人だけ建造するつもりだったのだ。
しかし、彼女の言い分では二人建造しても当分困るほどではないという。
「では、二人建造をお願いします」
「では、程よい頃にまた来るがよい」
追い出すような視線に仕方なく踵を返す。本当ならどのような過程を経て、艦娘が生まれてくるのかを実際に目にしたかったのだが。残念に思ってしまうが、悪趣味と捉えかねられない行為に罪悪感も胸に去来する。
気持ちを切り替えて書類整理でもしなければ、と思った矢先だった。
「司令官さん。あの方は誰ですか?」
背後から掛けられた声に僅かに振り向くのを抑えたい気持ちが走る。だが、ここで変に止まってしまえば余計に罪悪感を認めて違和感を生むだろう。
――努めて平常通りに。
振り向いた先には電が箒を持って立っていた。今日は一日自由にしてくれて構わないと伝えていたのだが、どうやら鎮守府内の掃除をしてくれていたようだ。
良い子だが、きちんと休んでいるかも心配になるから程々にしておいて欲しくもある。悪いことをしている訳でもなく困ったな、と思わず笑みを浮かべてしまう。先程までの罪悪感を掻き消すように。
「先程、鎮守府に着任された方だよ。工廠を担当してもらえるようだから、電も何かと話すこともあるだろう。後で一緒に挨拶に行こうか」
「はい、なのです!」
「今は建造をしてもらっているところだよ」
「お姉ちゃんたちに会えるのです?」
そうか……彼女たちには姉妹艦が居る者も多い。当然、電も姉妹が居てもおかしくはないか。
「そうだね。会えると――いや、絶対に会わせてみせるよ」
無責任に『会えるといいね』なんて言葉はいってしまいたくない。出来る限り会わせてあげたい。
――彼女たちには、それが出来るのだから。
「工廠が使えるようになったということは、出撃も近いのですか?」
感傷に浸りそうになる心境を押し留めてくれたのは電の声だった。
「そうなるね。明日に出撃してもおかしくないくらい、気構えだけはしておいてくれ」
「了解なのです」
思えば随分と話し込んでしまったようだ。時計を見ても随分と時間が経っているのが確認できた。程よい時間に、とは言っていたが具体的な時間は聞いていない為どれくらい掛かるのかも分からない。もしかしたら既に終わっているのかもしれない。
一度、作業の進捗状況だけでも確認しておこう。
「では、電。随分と話し込んでしまったことだし、挨拶に伺おうか」
「なのです!」
工廠に戻ってみると既に仕事は終えたと言わんばかりに彼女はくつろいでいた。何処から引っ張り出したのか椅子に腰かけ、傍らに置いた緑茶を啜って優雅な絵になりそうだ。背景が工廠などというのも退廃的に描けば、それも素晴らしいステージになるだろう。
「雪さん。その様子ですと建造の方は終わったのですか?」
「今暫くの待ち時というところかのう。ほう、そちらは艦娘じゃな?」
「い、電なのです! よろしくお願いします!」
「名は雪じゃ。好きに呼ぶとよい」
恐縮した様子の電の頭を撫でている彼女の瞳は、老人が孫を可愛がるような優しさを湛えていた。それは彼女が工廠に携わる者だからなのかもしれない。実際に腹を痛めた訳ではないが、生み出しているのは彼女のような存在だ。彼女にとっては艦娘という存在は、それこそ子供のような存在と同じなのではないだろうか。勝手な推測ではあるが、そういうものなのかもしれない。
ピィー、と一際甲高い音が思考を切り裂くように鳴り響いた。
「どれ、新しい艦娘が仕上がったようじゃのう」
さて、正直書いてからミスしたことに気が付きました。
建造を二人とか言ったことですね。三人なら暁型姉妹の日常として当分は書きやすい形に持っていくことも可能だと後から気付きました。
書き直してもいいんですが、折角なので駆逐艦二人誰か出してみようと思っています。
雷、暁、響、時雨、夕立、不知火から二人選ぼうかと思います。
次の更新は早ければ明後日、或いは来週かもしれませんので気長にお付き合い下さい。