「不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです」
一つ目の建造ドックから現れたのは、桃色の短い髪に鋭い眼光を携えた勤勉そうな駆逐艦。
名を不知火と言うらしい彼女は敬礼をしたまま、姿勢を崩そうとしない。いかにも生真面目といった感じだ。
「僕は白露型駆逐艦、時雨。これからよろしくね」
もう片方のドックから現れたのは、艶のある黒髪の駆逐艦。不知火とは違い物静かな雰囲気だ。
「二人ともよろしく頼むよ。私がこの鎮守府の提督だ。そしてこちらが秘書艦の電だ」
「よろしくなのです!」
本来なら敬礼をすることが望ましいが、敢えて二人と握手を交わす。肩肘張った付き合いはしていきたくないと考えているからだ。正式な場ならともかく気楽にいきたい。
「電、すぐにでも使える部屋はあったかな?」
「はい、全ての部屋は一度掃除してあるのですぐにでも使えるのです」
「では、済まないが部屋の方に一度案内してもらえるかな? 案内を終えたら執務室へ来てくれ」
「了解なのです!」
電に二人の案内を任せて、少しだけ溜め息を吐いた。
「どうした? まるで年頃の娘が何を考えておるのか分からぬ父親のようじゃわい」
「当たらずとも遠からずというところですね」
近くに居た雪さんには、はっきりと見られていたらしい。
彼女の指摘は半分以上正しい。彼女たち年頃の女の子が何を考えているのだろうかと考えてしまう。そして残り少しは艦娘として――或いは兵器として――産まれたことに、何を思っているのだろうかと。
「貴様は気を遣いすぎじゃのう。相手を傷付けぬようにと相手を理解しようとし過ぎておる。まるで傷付けてしまうことに怯えておるようじゃ」
「そういう雪さんは痛いところを突いて来ますね。全部当たっていますよ」
「貴様のような若造の考えることなど手に取るように分かるわい」
全て的を外さぬ言葉に幾分か居心地が悪かった。彼女は見かけによらず人生経験が豊富なのだろう。
「工廠の方はお任せしますよ」
「うむ。貴様も考え過ぎぬことじゃ。まあ、その性分では言っても気休めにもならぬじゃろうがな」
アドバイスをしつつも、否定してみせるがこれも正しい。
我ながら考え過ぎないようにというのは、なかなか難しい。まるで歩幅を普段の八割で歩けと言われるような奇妙な感覚だ。意識的に自然としてしまうことを制御することは難しい。
尽きぬ悩みではあるが、一先ずのところ置いておくことにしよう。どうにか戦力は整ってきた。明日以降、出撃をすることが可能だろう。残り資源は建造分を引いた残りとなると若干の不安もあるが。
「明日の初陣を何人で出撃させるか……」
当たり前のことだが、一人増えるだけで資源の消費は増加する。補給だけではなく、入渠でも消費される。装備の充実も図らねばなるまい。
より長期的な目線で資源量を計算する必要がある。
――愚問だな。
しかし、選択の余地は私が私である限り一つしかない。
執務室に戻ると既に案内を終えたらしく、三人ともに手持ち無沙汰に待っていた。それなりに打ち解けたようで、執務室に入る直前まで会話を楽しんでいたようだ。
「もう部屋の案内は済んだのかい?」
「はい、既に案内していただきました」
敬礼したまま返礼する不知火。ちょっとだけ杓子定規なようだな。
「不知火。指摘というわけでもなく、命令でもないのだが敬礼はやめて欲しい。私は上官ではあるが、君たちとはもう少し気楽な付き合い方を望んでいる」
「……了解しました」
「ありがとう。皆も敬礼とかは不要だよ。でも正式な場とかでは必要だからね。基本的に鎮守府に居る間は必要ないから」
戸惑うような不知火には悪いが私が欲しいのは、上下関係ではないのだ。もっと気楽に付き合っていきたいと思う。
――それこそ家族のように。
「電、不知火、時雨、明日マルハチマルマルをもって出撃してもらう予定だ。鎮守府近海での哨戒。敵の規模、練度共に不明な点が多い。不測の事態が発生した場合、或いはその可能性がある場合は即時撤退を許可する」
「不測の事態なのです……?」
「ああ、私は現場に居るわけではないからね。旗艦の判断で撤退が必要だと感じたなら、即時撤退して構わない。例え全員無傷であったとしてもだ」
「提督は随分と慎重なんだね」
「違うよ。私は臆病者なだけだ」
そうとも。私が恐れているのは彼女たちを失ってしまうことだ。戦果など元より気にもしてはいない。ただ、彼女たちが無事であるようにと祈るばかりだ。
一見、慎重に見えるかもしれないが全ては裏返し。そもそも無傷であっても撤退を許可する鎮守府など他には存在しないだろう。提督によっては大破しても尚、進軍する者もいるほどだ。それが正しいは別問題ではあるが。
「質問が無ければ解散とするよ」
「提督、旗艦は誰にするんだい?」
時雨からの指摘で旗艦の指名がまだであったことを思い出す。忘れていたのは実戦経験の無い三人の誰を選んだとしても、所詮はどんぐりの背比べにしかならないと決め込んでいたせいだろう。
「そういえば旗艦の選定がまだだったね。では、電に旗艦をしてもらおうか」
「はわわ、電が旗艦なのです!?」
「旗艦と言っても一人で全てを判断する必要はないから安心しなさい。時雨、不知火意見があるなら何時でも言いなさい。それを加味することも旗艦には必要だからね」
少し荷が重いかもしれないが、最初だけのはずだ。何度も経験すれば慣れるだろう。
「司令、質問よろしいですか?」
「なんだい?」
「本日は何かすることがありますか?」
「いや、出撃は明日だし、書類整理も本日は殆ど終わっている。自由にしてくれて構わない。だが、強いて言うなら――」
全員を一度見渡す。少なくとも電が居れば問題はないか。
「何かおありですか?」
「よければ皆で夕飯を作って欲しい。この鎮守府には調理師が居ないからね」