しかし、どこで提督の背景をカミングアウトすればいいか考えていたのに、ぽろっと少し出しちゃいました。
何時も亀更新で申し訳ない。なかなか社会人提督一年目は時間がとれないものですね。
朝、目覚ましが鳴るよりも早く目が覚めたのは偶然ではないのだろう。
「はあ……やはり私にはこの職は向いていないようだ」
ほとんど睡眠をとることが出来なかった。彼女たちが沈んでしまわないか、怪我をしてしまうこと等を考えていると心配と罪悪感で酷く寝心地が悪かったからだ。寝られないというのであれば早く起きてしまおう。
まだ夜も明けきらぬ時間の鎮守府は静謐な空気に包まれており、まるで世界から忘れられてしまったようだ。まあ、地理的に言っても国の端の端と言っても構わない場所にある鎮守府なので、強ち間違いでもないのかもしれない。
窓から見える景色は未だ薄暗い海しか見えない。しかし、視界に映る景色で何かが動いたような気がした。
「何だ……?」
動物程度の些末なことであれば構わないのだが、不審人物とかだったら問題だ。一応、確認しておく必要があるだろう。ここも寂れているとはいえ軍事拠点だ。
階段を下り、玄関から外へと向かう。足音を立てぬようにしつつ、先程の場所へと急ぐ。
建物の影から窺い見ると、そこに居たのは不知火だった。確かにこんな場所に不審な人物が紛れ込むよりは可能性が高かったが、まさかこんな時間に居るとは思わなかった。
「不知火」
「司令! あっ――」
急いで敬礼をしようとする不知火は途中で思い出したように止めた。
「眠れないのかな?」
「はい、少々寝付きが悪かったものですから海を眺めていました」
「そうか、私も似たようなものでね。やはり、初陣は緊張していると見える」
「そう……ですね。初陣は緊張します」
僅かに震えているのが分かった。それを強いているのが自分だとは分かっていた。自覚していたはずなのに心は苦しく、締め付けられるようで泣きそうになってしまう。
思わず抱きしめていた。優しく包むように、それは壊れ物を扱うようだった。
「司令……?」
「済まない。君たちを戦場に送り出す無能な私を許さなくていい。憎んでくれていい。ただ、死ぬことなく君たちが生き続けてくれればいい」
「何故ですか? 私たちは建造でいくらでも作れるはずです」
「再び君と同じ声、同じ容姿、同じ喋り方をした艦娘を建造して、それが君と同じと言えるのかい?」
「戦力としては問題ないはずですが?」
「そう、確かに兵器としてなら同じかもしれないね」
だが、私は兵器を求めている訳じゃない。
「私はね、嬉しかったよ。君に、君たちに会えて本当に嬉しかった」
「嬉しかった……ですか?」
「私は昔に両親を亡くしていてね」
「え……?」
だから、嬉しかったのかもしれない。私が本当に心の奥底から求めているのは家族なのだろうから。
「いけないな。夜の感傷でらしくもないことを口走ってしまったよ。忘れてくれ」
「司令……私たちは司令にとって家族だと思えるのですか? 兵器としてではなく」
当然と言い切ってしまうことは簡単だった。しかし、言葉にしてしまえば消えてしまいそうで、壊れてしまいそうで、掌からこぼれていくような気がして容易には口にすることは出来なかった。
「……その答えは帰還してから答えるとしよう。無事に帰って来なさい」
それ以上、言葉を交わし続けるのは難しかった。私は本当に臆病者だ。
少しでも横になって体を休めようと建物に入った途端に、違和感に気付いた。未だ残る僅かな埃っぽい臭いに混じって、別の匂いが紛れているようだ。
「あちらの方だろうか?」
匂いの発生源が何の問題も無ければいいのだが、不知火の後ということもあり別の艦娘が原因の可能性も考慮しておこう。
どうやらそう遠いところからではなかったようで、次第に匂いの元も見当が付いてきた。
「あれ、提督どうしたの? 朝は早いんだね」
そういう時雨は白のエプロンを身に付けて、朝食の支度をしているところだった。 食欲をそそられる香りの良い味噌汁。焼き魚に添えられた野菜。朝食にしては充分なものが出来上がっていた。
「そういう時雨こそ早いね。もしかして眠れなかったのかな?」
「僕は早めに寝たからね。少し早くに目が覚めたのさ」
「それで皆の分の朝食を用意していてくれたわけか。ありがとう、時雨は料理が上手いんだね」
「やめてよ、でも料理は昨日が初めてだから美味しいかなんて分からないよ」
そう昨日初めて料理を体験したばかりなのだから、驚いたものだ。
彼女たちは建造が終わった直後から、即座に戦うことが出来る様になっている。それに必要な知識を与えられて生まれ出づる。主砲の使い方も魚雷の撃ち方も言葉ですら戦闘に必要なものは全て体得しているのだ。真に不思議な話だ。
それ故に、つい昨日生まれたばかりということを忘れてしまいそうになる。
「でも、昨日は面白かったね。皆で料理をしたのは楽しかったよ」
「交流を深める意味でも共同作業というものは良いものだからな。しかし、不知火が包丁を持ったときはハラハラさせられたよ」
不知火が包丁を手に具材を切ろうとしていたのだが、猫の手すら怪しい扱い方だった。それはもう何時怪我をしてしまうかと思って落ち着かなかったものだ。結局、見かねて手を貸してしまったのだが。
「提督、その……味見してみてくれないかな?」
「いいのかい?」
「うん。熱いから気を付けてね」
手渡された味噌汁を少しだけ口に含む。野菜と味噌の豊かな香りで食欲をそそる仕上がりとなっていた。私には少しだけ薄く感じられたが、元々私が濃い味を好む性だからだろう。
「美味しくなかったかい?」
「いや、充分に美味しいよ。私は好きな味だ」
「そうかい、良かったよ」
褒められて嬉しかったのか、少しだけ機嫌良さそうに調理をしていた。何か手伝うには、もはやほとんど終わりかけだ。
「電を見てくるよ。先程、不知火も見かけたし、少し早いが朝食としようか」
「分かったよ。冷めないように早く来てね」
時雨に別れを告げて、自室の隣へと設けられた電の部屋へと向かう。
普段の電ならば既に起きてはいるだろう。軽くノックをする。
「はい、どなたなのです?」
「私だ。起きていたようだな」
「はわわ、司令官さんなのです!? すぐに開けるのです」
数秒待つことなく、ゆっくりと扉が開かれた。
電の部屋に入ったことはなかったため、不躾とは思いながらも物珍しい光景に目を走らせていた。部屋の中は電らしい綺麗に片付けられた良い部屋だった。しかし、それ以上に珍しかったのは髪を下した電の姿だった。
どうやら結っている最中に入ってしまったようだ。思ったよりも長い栗色の髪が綺麗だった。
「司令官さん、今日は早いのです。どうしたのです?」
「時雨が朝食を用意してくれていたようだ。早いとは思ったのだが、朝食にしようということになってね」
「そうだったのですか。少しだけ待っていてください。今、髪を留めるところなのです」
そう言って髪を梳く為にブラシに手を伸ばした電の手を制す。
「おいで、私が梳いてあげよう」
「し、司令官さん!? 自分でやるのですっ!」
「ほらほら、遠慮しないで」
電を無理矢理に近い形で膝に座らせてブラシで丁寧に梳く。しかし、思っていたよりも電の髪は滑らかで引っ掛かることもない。ブラシを掛ける必要もないくらいだ。
「綺麗な髪だね。毎日、きちんと手入れをしてある良い髪だ」
「恥ずかしいよお……」
確かに髪は女の命とも形容されるほどのものだ。触らせることには抵抗があったのかもしれない。
下を向いて俯いてはいるが、耳辺りまで顔が赤みを増して恥ずかしがっているのが分かった。
「いやいや、これは誇っていいものだ。ここまで綺麗な髪を欲する人は大勢居るだろう」
左側は流して右側だけを後ろで結い上げる変則的な結い方だが、可愛らしいことこの上ない。
「さあ、電出来たよ」
「あの…、あ、あのっ! ……ありがとうなのです」
俯いていた電の、もじもじしながら小さな声で感謝を伝えてくるのは、なかなかに形容し難い可愛らしさを感じてしまった。
「どういたしまして。さあ、朝食にしようか」
しかし、そんなことはおくびにも出さないように努めた。