とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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既死者

 

 一人の少女が、第10学区のビルの屋上から、学園都市の夜景を眺めている。

 歳の頃なら十六、七才くらいか。

 

 色とりどりの照明が砂子のように足元に広がる。明日からの本格的なクリスマス商戦が始まった街の喧騒が聞こえて来るようだ。

 しかしあるのは、寂しげな風と少女の腕の骨の腕輪の乾いた音だけ。中心地から離れた第10学区は、夜ともなれば明かりも少なく人気もない。

 

 淡い水色のホルタートップスにカラフルな飾り布(モラ)をボレロにしたセパレート。

 臍がのぞく腰も腿もよく引き締まり、小柄だがアスリートを思わせるスレンダーな身体。オールバックにした褐色の髪を幾本もの三つ編みに結って垂らしている。緑色の目の貌は彫りが深く、ムラート(黒人とスペイン系白人の混血)らしい小顔だ。

しかし、その肌は蒼い。蒼いというより土色がかった黒い青。

 

 「うーン、イイ風。」

 肌を撫でる風は身を切るように冷たいのに、季節外れなお臍丸出しの格好でも寒さを感じている様子は見られない。

 

 彼女は生者ではない。生きながら死者となった魔神、ゾンビ少女。

 見た目は少女でも、彼女はもう数百年の年月を経ている。

 奴隷として過酷な運命を生き、あらゆる虐待、差別、抑圧、諦観を見てきた。それはカリブの黒人奴隷の歴史そのもの。

 些細な誤解から村の掟を破ったと、ボコール(ブードゥの司祭)によって生きたままゾンビにされ、長い時間の中で、悲哀と苦役と怨恨と享楽を味わい尽くし魔神となった。

 

 魔術師に、魂を壺に封じ込まれ、死体にパウダーを振りかけられて、意志を持たない人形として永劫に奴隷として使役されるというゾンビ。

 だがゾンビは、元々は死者ではない。アフリカのコンゴで信仰されていた土着の神「ンザンビ」が変化したもので、本来は人や動物、物に宿った「目に見えない」「不思議な力」を持つ「もの」だった。それは御神木や磐座、付喪神など、万物にカミが宿るとする日本の感性に近い。それが、大航海時代に奴隷として中米や西インド諸島に連れてこられた人々の間で、精霊信仰がキリスト教と混淆しながら広まるなかで死者を使役する呪術へと変化した。永劫に奴隷として使役されるゾンビは、現実での自分たちが置かれた境遇の投影に他ならない。

 

 「クリスマスかァ。まあキリストも私ニ言わせれバ、同じゾンビだけドねエ・・・」

 三日後に復活したイエス。聖書に描かれるイエスは復活前と復活した後で人格がまるで違っている。十字架に掛かるまでのイエスは喜怒哀楽が豊かで人間臭いが、復活後のキリストは、まるでロボットのように感情を表すことなく諦観に満ちている。十字教徒はそれを神の慈愛と呼ぶが。

 カトリック圏だったゾンビ少女の故郷にもクリスマスがある。救世主の生誕を祝う祝日。だが基層を成すブードゥには現世利益の聖人は居ても神の子の影は薄い。あくまでキリスト教は自分たちを使役するご主人様のものなのだ。だから、キリストを信じているわけでも無い此処の住人達のクリスマスに向ける熱気が、ゾンビ少女には余計空々しく感じられた。

 

 だが、だからこそ心地よい。

 

 関東平野に位置する学園都市は冬に北西風が強い。空っ風というやつだ。街に林立する風力発電機も勢いよく風車を廻している。

 「山の風は気持ちいいケド、街の空気は全然駄目ネ。すっかりエレメントが抜けて淀んじゃっテルよ。風車がピュアな流れを電気に変えちゃっテルから、まるで気の抜けたビールだネ」

 そう呟く彼女の身体から、ビリッと小さな電気が走る。

 「まっ、デモこうして電磁気を食べてるワケだけどネ…」

 ゾンビは満たされることのない空腹にいつも支配されている。だから足りないものを埋めようと人を襲って喰らう。それは飢餓感に等しいが、埋めるものが朽ち行く肉体なのか奪われた魂なのかは判らない。少なくとも生きながらゾンビにされた彼女には魂を求める必要はない。不死となった魔神にとって朽ち行く肉体とも無縁なのだが、ゾンビとしての属性からか飢えは覚える。いちいち生者を襲うのも面倒だからそれを電磁気で補っているのだ。彼女が獲得した「能力」によって。

 

 「パストル・エテルヌス、新たな検体が入荷しました」

 スーツの男がゾンビ少女に声を掛けた。

 

 パストル・エテルヌスと呼びかけられた少女はそれに応えず、電磁気を吸収し続けている。

 少女の身体から電気が迸り男は近寄れない。その姿は電撃使いを思わせる。青白い電光が彼女を包み込み、その中で大きく深呼吸する。深呼吸が終わるとともに電光は収まり、からからと、また風に腕輪が乾いた音を立てる。

 そのまま声を掛けた男には一瞥もくれず建物の中へ入っていった。あとに残ったオゾン臭に、男は身を固くしたまま少女の後に続ていく。

 

 少女が向かった先は、無機質な手術室のような部屋だった。隣室に面した壁にガラス窓が開いており、隅に置かれた小さな机と、中央にストレッチャーが置かれているほかは何もないがらんどうの空間。

 ストレッチャーの上には眼鏡をかけた少年が寝かせられていた。

 意識があるのか無いのか少年の目に力はない。全身が弛緩しており生きているのかも判らない。

 「アラ、検体は女の子ふたりジャなかったン?」

 「その、思わぬ邪魔が入りまして、代わりと言っては何ですが・・・」

 付き従った男は言葉を濁した。

 「ふ――ん。」

 特に追求しようとして来ないことにほっとした表情を浮かべて、少女に一礼すると退出していった。

 

 一人残された少女は、ストレッチャーに近付き、横たえられた少年の横に立つ。

 緑色の目で見えているのかわからない少年の瞳をじっと見据えると、少年は操り人形のように不自然に身を起こした。

 自分と対峙する少年の咢に手をやり、艶めかしい微笑を浮かべてキスでもするかのようにくいと顎を上げ、薄く唇を開く。

 おもむろに顔を近づけると、少女の全身から黒い霧が吹き出し、少年と彼女を包み込んだ。

 

 黒い霧が晴れると、少女の足元には頭蓋が空っぽになった死体が一つ。

 

 口元に残った血をタオルで拭い、机の上に置かれたジュース(ヤシの実サイダーとか書かれていた)を飲み干すと、ぽんと中空に放り、缶を凝視する。

缶は空中で潰れ、縮小され、ガウンと爆発した。

 (フン、グラビトン(量子変速)か・・・)

 爆炎を避けもせず受け流すと

 「後始末、お願いネ。死体ハ速やかに処理しテ頂戴。魂が抜け殻を求めるカモ知れないかラ」

 とだけ言い残してガラス窓で隔てられた隣りの部屋へ。

 

 コンピュータの制御盤に向かうと、そのコンソールに指を置き電気を流す。取り込んだ検体の能力をコンピュータに流し込んでいるのだ。

 これこそゾンビとしての魔神の力の一つ。取り込んだ能力を電気的信号に変え「数値情報」として書き込むのだ。

 情報操作それは電気系能力そのもの。本来魔術師は科学の能力を使えない。その逆もそうだ。双方の分野で開発を受けてしまうと肉体が拒絶反応を起こしてしまうからだが、ゾンビである彼女は影響を受けない。すでに肉体は不死として死んでいるから。ゾンビは生者を暗い、喰われた者は新たなゾンビとなり次の獲物を求めて彷徨う。脳を食われた少年は動き出すことなく死体のままだった。生きた脳を直接食べることによって相手のパーソナルリアリティを取り込む。パーソナルリアリティが能力者の意識なら、彼の意思なく「自分だけの現実」を操られるわけだから、ある意味彼はゾンビとなったと言える。脳を捕食して情報を得るフロイライン=クロイトゥーネと近いのかもしれない。

 

 彼女が学園都市に降り立ってまずしたことは、強すぎる自分の力をこの世界を壊さない程度に希釈した。つまり世界を破壊してしまう無限の力を無限の命に分散させるよう世界のパラメータを改変することだった。それにより魔神はこの世界に存在できる。力は幾分弱くなるが十分すぎるほどの威力はある。まあこの世界では無敵だろう。

 それと、電気系能力者を喰らう事だった。電撃使いの能力を得ることで、この街のネットにハッキングし情報を閲覧、また操作が容易になる。

 自分に取り込んだ能力を電気信号に変えてコンピュータにダウンロードすることも可能。ゾンビの特性としてコピーも可能。複製ダウンロードされた能力は強弱に関係ない。それは機械的に増幅できる。元が欠陥電気であっても超電磁砲が撃てるという寸法だ。あとは学園都市の欲望を刺激してやるだけで良い。事実『能力の物理化』をネットに匂わせただけで、この街のハイエナたちは寄って来た。そして瞬く間に能力者狩りが蔓延した。

 出力され調整された能力はソフトとして物理的に再現が可能となりタンクやアーマーに搭載できる。一体のタンクに複数の能力を持たせることも可能。浜面たちを襲ったタンクは肉体系能力をナノマシンに移植した人口筋組織で造られたものだ。コピーでもパーソナルリアリティだからAIM拡散力場を持つ。人の形をしていなくてもゾンビ能力者なのだ。

 

 

 「スキルアウトに邪魔されったッテ訳ェ?」

予定の襲撃が失敗したというときの監視カメラの映像を見て、ゾンビ少女は素っ頓狂な声を上げた。映像は学園都市に網羅された滞空回線をハックしたものだ。いくらマシン とはいえ能力を底上げされた能力者が相手なのだ。どうやって無能力者が倒せたのか。最初その情報に接した時、あの無能力者かと期待したが、どうもそうではないらしい。映像に映っているのは特徴的なツンツン頭ではなく、冴えない容貌の金髪男。その金髪を線に捉えたところで、いきなり爆発が起こりタンクがお釈迦になっている。男が何かをした様子は見られないし、横でタンクを攻撃した女の能力者の仕業でもなさそうだった。

 

 「ん!?」

 燃え盛る炎の中に一点の黒い影。ぼやけているが犬のように見える。

 

 「そーかぁ、アレイスターの飼い犬ちゃんが動き出したって訳かァ」

 ニヤリと少女の唇に笑みが浮かぶ。

 「学園都市が注目してくれてるンだったら、仕込みは十分にしないとネ」

 

 魔神たちが「現世」に降り立ったのも、アレイスターに「隠世」を破壊されたせいもあったが幻想殺しを手に入れるためだ。早晩「位相」を超えてこの世界に来る予定だった。それが少し早まっただけの事だ。

 幻想殺しを誘い出すには、彼がいつも一緒にいる禁書目録を使うのが一番手っ取り早いが、彼女自身の力は大したことが無くても、持っている禁書が厄介だ。魔神のパラメータが解析される恐れがあるし、彼女と繋がりを持つ魔術サイドがそれと結びついた場合が面倒。実際、オティヌスの主神の槍を模倣した前歴がある。

 上条当麻を取り囲む世界。まあ色々と女性絡みの豊富な世界だが、その中で目を付けたのが御坂美琴だった。学園都市の象徴であるレベル5の第三位。アレイスターに揺さ振りを掛けるにも丁度いい。

 常盤台の生徒を襲ったのは御坂美琴を引っ張り出すためだったが、襲われた二人はたまたま彼女の知り合いだった。狩ることは失敗したが彼女にはいいアピールになった筈だ。

 「やっぱ、人任せハ駄目ねェ。」

 第三位を確実に捕獲するための罠に、彼女の関係ファイルを検索する。

 「彼女がよく出入りしてるのハ、ジャッジメント177支部。――ふーん、面白い能力者が居るジャなァい。白井黒子、空間移動能力者レベル4。初春飾利、低温保存能力者レベル・・って低、1かぁ。デモ餌にハ丁度いいわネ――」

 それと統括理事会のプロテクトが掛かったファイル。

 「量産型能力者計画? フーン彼女にハ、クローンが居るみたいネ。それも・・・二万体!」

 無限の生を持つゾンビ魔神は呆れる。

 「絶対能力進化計画デ半数近くが殺されてるけド、あらァ第一位と幻想殺しまデ関係者ジャン。再び自分と同じ姿をしたものが壊されていくってノモ、いい餌になるワ」

 

 御坂美琴の悪夢が再来される。

 

 

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