とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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襲撃

 

 一日が終わり、ナイト・ティーに口を付ける。

 甘い香りのアールグレイ。ほんのちょっぴりブランデー入り。

 心地よい時間が過ぎる。

 

「心地よい時間という意味は解りかねますが、疲れた体にほっとするのを覚えることは、とても気持ちの良いものだとミサカは感想を述べます。これが心地よい時間というものなのでしょう」

 今日も忙しかった。例年より早いインフルエンザの流行で、病院には朝早くから夕方遅くまで患者さんが押しかけていた。

 病院に住み込んでいる四人のシスターズは、本来年齢未満だが呑み込みが早いという事で、見習い看護師としてアルバイトをしている。自らの能力で対価を得て、自らの選択で経済活動に参加する。まあ子供がお手伝いに小遣いを貰い買い物をするといった程度だが、彼女らの社会参加の学習プログラムの一つなのだ。彼女らのナース姿については多分にカエル顔の医者の趣味の面もあるのだが。

 8時に始まり19時に仕事が終了して四人が集まると、「ウチの科が大変でした」「いやうちの方がそれより数倍も大変でした」と自分の仕事タイヘン自慢にギャーギャーと言い争うのだが、ぶっちゃけ公然と人前に出ることが出来ない身の上、割り当てられた仕事は各科の検査部だったりする訳であまり差はない。それより未成年者(事実上0歳児)で10時間を超える拘束時間って、この街の労働基準法はいったいどうなっているのだろうか。

 喧しい夕食が終わり、個室に戻ってシャワーを浴び、一人になれる時間。この時間を19090号は大切にしている。

 

 カップを近づけると、アールグレイの花の匂いが鼻腔をくすぐる。

「あの人は時間の合間に、よくミルクティーを飲んでいましたが、こうした「ほっとできる時間」が欲しかったからでしょうか…」

 

 生まれて間もない頃の「体験」を思い出す。日々蓄積されていった殺伐としたログの合間に残る、ミルクティーの味の記憶。それは初めて目にした夕陽の光景とリンクしている。体を吹き抜けていった風の肌触りとともに。

「あの時が、sister’sにとって世界が生まれた記念日なのでしょう」

 記憶はMNWによってシスターズに共有されている。でも実際に体験したのは紛れもないこの自分、シリアルナンバー19090号だけの経験。

 

「そんな経験が、各シリアルナンバーごとあるのでしょう。だから今日もあのように自分の経験について言い争いをしてしまいました」

 夕食時の喧騒を振り返る。あれが個性の芽生えというものなのだろう。

「今日は一日疲れました。でも、やはり自分のセクションが一番忙しかったと19090号は結論付けます」

 深い琥珀色の液体を口に含む。ブランデーに下支えされた官能的な香りが身体に広がる。幾分ぼーっとした感じになるのはアルコールのせいか。

 

 遠くで救急車のサイレンが聞こえる。21時をまわるというのに、この街は騒がしい。

「一日の終わりを振り返る大切な時間なのです。あの救急車がこの病院に来なければ良いのですが」

 サイレンの音がだんだんと近付いてくる。

 街の残響に紛れていた甲高い音は、しっかりと自己主張を強くして、やがてこの病院の救急搬送玄関に止まり、止む。

「はあ、優雅な時間はここで終了です。と19090号は他の3人のミサカ達と同様に溜息をつきながら看護服に着替えます。」

 

 

 ICU(集中治療室)は救急搬送の受け入れで慌ただしかった。一刻一秒を争う事態だから、てきぱきと治療の準備をしている看護師、各医療検査技師。

 が、雰囲気がいつもと違う。搬送して来た救急救命士と病院側が急患をめぐって争っている。言い争うというより困惑。

「どうしたんだね。早く処置室に運ばないかね」

 やって来たドクターが、入口でもたついているスタッフを叱責する。

「あ、先生すみません。でも様子が変なんです」

「容態が変なら、なおのことじゃないのかね!」

「いえ容態じゃなく、この患者さん、死んでいるんです。死体を救急搬送されても、病院としてはどうしたらいいか――」

「死体と言っても、この患者さん息してるんですよ! 生命活動が見られる以上救急搬送しない訳に行かないでしょう!」

 スタッフの言葉に搬送して来た救急救命士が抗弁する。

 スタッフが手渡したデータに目を通すカエル顔のドクター。

「脈拍なし、血圧なし、瞳孔反応なし、細胞活動なし・・・。うーんデータ的には死体だねえ。」

 データからストレッチャーに目を落とすと、患者の胸が一定のリズムで上下に動いている。

「が、自呼吸は見られる。――とにかく、ここではどうにもならない。ICUに運びなさい」

 ドクターの下知にほっとする救急救命士。「はい」と即座に各自動き出す病院側をよそに、一礼するとそそくさと退去していった。

 

「とは言うものの、実際君達の言うように何も出来ることはないねえ。」

 目立った外傷もなく治療台に寝かされた患者を前に、腕組みするカエル顔の医者。

「各種検査結果は見事に死体と出ている。が見た目は生きている状態。まるでロボットだが生理検査ではDNAまで人間のもの。人は生命活動を停止しても暫らくは細胞レベルでは生きている。死んだ人の髭や爪が伸びるのもそのためなんだが、この患者の髪も爪も細胞活動は停止してる。死んで時間が経っている証拠なんだね。なのに細胞に経年劣化が見られない。謂わば、仮死状態の死体?」

「私も死んだ人間を治療するのは初めてだからね。――いったいどういういきさつで此処に搬送されたのかね」

「消防の話だと連絡は第10学区にある研究所からだそうです」

「第10学区。こことは随分離れたところからじゃないか」

「何でも相手からの指定だそうで。先生、この患者さんと知り合いか何かで?」

「いや・・・」

 相手からの名指しという事に、冥土返しは旧知の人物を思い出した。こうした謎の事案にかかわりの深い者の影。

「とにかく、出来ることは何もない。このまま様子を見るしかないようだ。――ところで、彼女に居てもらうのは、やっぱりモルグ(死体安置所」なのかね?」

 見た目16、7歳の整った顔立ちをした女の子の死体へ冥土返しの言葉に、スタッフも困るだけだった。

 

 

 時計は23時50分を指していた。もうすぐ日付が変わる。

 既死者の少女は寝台からむっくりと起き上った。体に取り付けられてある各種機器は、動いた筋組織からの信号に反応して一斉に山を刻んだだろう。しかしそれは一回限りのもの。相変わらず記録は平坦な直線をしている。

 突然、平坦な線が滅茶苦茶な凹凸を描き、やがて反応がぴったりと止む。彼女が身体に張り付けられたセンサーをひっ剥がしたのだ。そして検査衣のまま病室(どうやら死体安置室に運ばれたようではなかった)から出ていく。

 

 彼女らの居場所は把握している。センサーを取り付けられたときに、瞬間でハッキングし、病院の見取り図とsister’sの情報は入手済みだ。力を揮って乗り込んでもよかったのだが、煩雑でロスが多いし、目標に逃げられてしまう恐れもある。だから死体を装って侵入した。

 隔離病棟ではないが、一般の病棟から離れた人目に付かない一角の奥。そこで彼女らは身体の調整を受けながら暮らしている。

 「事前の資料ニよると、クローンとは言イながら御坂美琴とハずいぶん印象が違うようだねエ。・・・ツクリモノじゃトーゼンか。デモお人形の自意識ハどんな味がするンだろーね」

 緑色の目が妖しく光り、薄い唇を舐める。

 人気は無いとはいえ、念のために人払いの術式は仕掛けてある。そして逃げ道となりそうな箇所にも『自分』を配置した。合わせ鏡の術式で無限の力を無限の自分に複製し具現化したもの。それは一個の生命から離れたゾンビだからこそ可能な魔術。「隠世」から「現世」に移る際、他の魔神なら無限大の力を無限数の生に変換する必要があるが(そうしないと、たった一つの現世が強すぎる力で砕けてしまい居場所を失う)、生を持たないゾンビは変換する必要が無い。ゾンビにとって隠世も現世も同じ「幻世」なのだ。複製される彼女一人一人がゾンビ魔神。

 

 19090号は突然の既視感(デジャブ―)で目を覚ました。目覚め前だからリアル夢というべきなのだろうが、以前あったことが繰り返されている感覚は既視感だ。

 同様の感覚は、病院内の10032号、10039号、13577号にも訪れた。そしてシリアルナンバー20001、打ち止めにも。

「これから起こることに対する既視感ですから、正確には幻視と表現すべきかもしれません。と、自らの危機を感じつつミサカは自己保存に則り臨戦態勢を取ります。」

 四人のsister’sはベッドから起き、寝間着姿のまま暗視ゴーグルを装着する。

 

 第7学区にある教職員用マンションの一室では、一人の幼女が恐怖に混乱していた。

「ああン、どーしたってンだ? いきなり夜中に騒ぎ出してよォ」

 隣りで寝ていた一方通行が、白い髪の毛を掻きながら打ち止めの方を見る。

 泣きながら、半狂乱になりながら、一方通行に向かって言う打ち止め。

「あの悪夢が繰り返されてる! ミサカが血塗れで、血流を逆流されて、身体が吹き飛んで・・・それで、それで・・・・ミサカが喰われてる!!!」

 打ち止めの言葉に一方通行の顔が歪む。それはあの実験の光景。

 あの実験はMNWで全てのsister’sに共有されている。当然司令塔であるラストオーダーにも。司令塔とはいえ10歳前後の子供だ。あの光景はトラウマを生み出すに十分・・・。

「違うの、貴方じゃないの。とミサカはあなたの思い違いを訂正してみる。確かにあの光景は貴方の生み出したものだけど、貴方じゃない何かが同じ事態を起こそうとしている!」

 何だってェ。

 一方通行は瞬時に真顔になる。

 乱暴に隣室の扉を叩き大家を叩き起こす。寝ぼけ眼で顔を出す黄泉川。

「何じゃんよォアクセラ・・・」

 黄泉川の苦情を打ち切って要点を伝える一方通行。

「sister’sが襲われる。恐らくアンチスキルも必要な事態だ」

 思えば、都市伝説の話題で気付くべきだったのだ。能力者狩り。人目を憚らず蠢き出したクソ共。これまでに何回もMNWは狙われてきたではないか。本来アンチスキル(一般人)を巻き込むことを良しとしない一方通行だが、人目を憚らず活動を始めた能力者狩りがそれに配慮するとは思えない。そしてsister’sたちは調整のため民間の各研究機関や病院に居る! そしてこの街に居るのは。

 真剣な一方通行に、黄泉川愛穂も仕事の顔になる。

「場所は!」

「第7学区、中央病院」

 それだけ言うと、一方通行は首元のスイッチをオンにし跳び出していく。――学園都市最強になって。

 

 

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