たった一跳躍で中央病院の上に着く。
病棟の職員玄関に検査着を着た少女が、上空の自分を見上げている。
「なンだァ、アイツは」
自分がやって来ることを予め知っていたかのようにこちらを見ている視線に、異様な雰囲気を感じる。能力者の力場でもなく暗部が発する殺意でもない空気。敵意も感じない。しかし明確に感じる威圧感。
――コイツは、危険だ――
そう一方通行の直観が告げる。
「オマエ、何モンだァ。こんな所でナニしてる」
音もなく少女の前に降り立つ白髪の少年。
「あらあ、第一位もう来てくれたノ! 手間ガ省けて助かるわア」
手をポンと叩いて検査着の少女が喜んだ。
「お人形さんノ『頭の中の現実』を貰おうとしたンだけド、一緒に商品価値抜群ノ能力も手に入るンだからネ」
「殺スッ・・」
少女の言葉に、即座に攻撃に入る一方通行。
脚にベクトルを掛け瞬時に近付き、両腕を伸ばす。
左手は血の流れを逆流させて体中の血管を破裂させる「毒手」。
右手は生態電気を逆流させて身体機能を停止させる「苦手」。
が、指が触れた瞬間、違和感を覚えた。
(血の流れが、生体電気が、ねえ!?――)
両手の指が顔面に触れているにも関わらず、相手は血塗れの肉塊にもならないで平然としている。
「あン、なにしてんノ? 女の子にキスするのニ、そんなカオで迫っちゃダメよン」
顔を鷲掴みにされた格好の少女が、ニヤニヤしている。
ばっと両手を放し距離を取る一方通行。
「見たところアンドロイドじゃなさそうだしケミカロイドでもねえ。だが、組成は間違いなく生身のもンだ。お前、死人か?」
「フーン、触っただけデそこまで解るの? 流石学園都市最高の頭脳ネ。そう、ワタシはゾンビよ。ダカラあんたノ毒手苦手は通用シナイって訳。生体電気ハ持ってないけド、こんな電気らラ持ってるわよン」
ゾンビ少女が電気を纏い、幾本もの電撃の槍を一方通行に放つ。その一本一本が10億ボルトの高圧電流! 一方通行は身体に届く間際に反射で弾く。
「オイ、そりゃァ能力じゃないか。それもレベル5相当の電撃使い!」
「ベクトル操作ノ反射、ってやつ? 防御ばかりじゃ何にもなんないわヨ」
自分の攻撃が通用しなかったにもかかわらず意にも介さず挑発するゾンビ。
一方通行の赤い目が鋭く相手を射貫く。
「イイネエ、最高だねえェ。じゃァ物理攻撃と行きますか・・・」
両脚を踏ん張り、地面のベクトルを拳に掛ける。そして・・・
秒速500メートル(自転速度)の速さで5972×10の21乗トン(地球)の質量を叩き付ける。
猛烈な衝撃が起きた。半径15キロがガラス化ぐらいでは済まない、惑星が砕けるほどの爆発。
『核を打たれても大丈夫!』のキャッチセールス通り、紅い目の少年は周囲に生じた1億度の劫火の中で平然としていた。が、相手の少女もぴんぴんしている。緑色の目を光らせながら。
そして、生じたはずの爆発がきれいに無くなっている。まるで何も起きなかったように。
静まり返った第7学区。非常灯が付いているだけの病院の職員玄関。拳を突き出す格好で立つ少年と、一人の少女。
「・・・テメエ、何しやがった」
「アンタのベクトルとやらヲ、同じ質量デ肉体強化して受けただけヨ」
「デモそんな攻撃シテタラこの星が壊れちゃうジャない。ワタシだって何とか壊さないようニ気イ使ってるのに。アンタの起こしたエネルギーはチョット世界を動かしテ、瞬間移動デ飛ばしたワ。宇宙の何処かデ星一つ無くなっちゃっタかも知れないけド」
一方通行は口の中が乾くのを感じた。科学側の能力を使い、それとは違う何かも使って来る、尋常ならざる相手。
「よぉし、こりゃァ・・本気出さないとなア」
華奢な身体から白い翼を展開させる一方通行。
「へえ面白いもン持ってんジゃない。天使? テレズマ? 無駄だト思うけド」
軽口にかまわず一方通行は展開した白翼を四方から相手に向かって突き刺した。しかし手応え無く空を切る。
かわりに、一方通行の顔面に少女の拳が炸裂する。
40キロ前後の少女のものとは思えない重量の効いたストレート。
華奢な身体が堪らず吹っ飛ぶ。
見えなかった。パンチを食らうまで何処からの攻撃か感じることも無かった。しかし本来当たる事のない攻撃。あの忌々しい研究者と三下を除いては。
「アラアラ打たれ弱いのネ、モヤシっ子ちゃん。随分手加減しテ生身のパンチだったのニ。まぁそれくらいにしないト、アンタの身体が無くなっちゃうシ。商品としテ使えなくなっちゃウもんね」
何処からの攻撃に対しても、物理的な力は反射で弾かれる。そのまま相手が揮った力を喰らう訳だ。まして白翼はユーラシア大陸全土を消滅させるほどのテレズマでも相殺させる。それが効かない。――さっきの少女の言葉。『世界を動かし瞬間移動で力を飛ばした』。つまり白翼が当たる寸前に自分の周囲を動かしたという訳か。では攻撃は。空間の何処からでも反射は有効だ。しかし解析不能な異なる位相からのものなら。
「お前、オティヌスの同類か?」
「まだ『世界を滅ぼすほどの力』を使ってないけド、解った? 人間じゃ神には対抗できないのヨ。あ、それト。『出来損ないのオティヌス』なんかと一緒にしないでネ」
魔神が右手を天に掲げて、言った。
「じゃ、せいぜい絶望しなさい。」
世界から、一方通行が消えた。
―― そこは何もない漆黒の世界。
『幻想殺しは1万31回の絶望と無限回の死に遊ンだようだけド、アンタは何回耐えられるだろうねエ』