とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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位相の何処かで

 何もない漆黒の世界。

 「位相世界か。現世ではやり合わないのか?」

 「そりゃ学園都市でモ良いんだけド、チョット力を揮っただけデ砕けちゃうほド脆い世界なんだからサ。ここなラ何回でもやり直しガ効くしイ、連鎖を閉ざしておけバ、現世に影響ないデしョ」

 「そりゃあ温かい心配りで・・・」

 漆黒の中で、魔神と魔犬が相対峙する。

 

 「繋げたままじゃ折角の居場所が無くなっちゃうでショ。アンタの飼い主が隠世を壊してくれたせいデ、ホント面倒臭い」

 「で、宿無しの魔神様はホームレスをやってるって訳か」

 三つ編みを払いながら愚痴る魔神の少女と、魔神を相手に皮肉るゴールデンリトリバー。

 「なあ、神サマがこうして姿を現したわけだ。現世でお前達は何がしたい? 世界を自分に平伏せたいか」

 「はあ?世界制服? 卑小な生き物ノ考え方ネ。そンなもン、瞬き一つデ完了ヨ。なンなラお望み通り争いノ無イ理想世界だっテ創ってあげるワ」

 「・・・だろうな。もっとも賜される理想なんて真っ平だがな」

 「そお? 学園都市トかいウ小さな範囲デすら欲望ト争いヲ制御出来ないデいるじゃなイ。いっそ超越者ニ委ねた方ガいいト思うけド?」

 「欲望と争いは人間の本分なんでね。ぱっと出の神サマなんぞに出張ってもらわなくても、結構人間は面白い」

 「犬っころガ神を前にしテ大層な言い分ねエ。この位相世界ヲ前にして、少しモ動揺してない態度ハ褒めたげる。でもその自信何処から来るノかしラ。所詮犬だかラ判断つかない? それともゴテゴテト身に着けた満艦飾を信じてルのかしラ? 言っとくけド、科学の力デ神にハ通用しないワ。魔には魔デ当たらないトね」

 「そりゃ好都合だ。俺はあの街では『魔犬』と呼ばれているもんでね。お前さん方の神の力とやらが科学に通用するかどうか、試してみるかい」

 挑発するゴールデンリトリバー。

 「ほざけ!」

 緑色の瞳が燃えて魔神の姿が消える。

 

 次の瞬間には、端正な魔神の貌が魔犬の眼前に迫っていた。

 彼我の距離は300メートル。それが一瞬で縮まった。一歩置いて音速を超えた衝撃波が襲い、同時に華奢な魔神の掌底が駆動鎧を撃つ。しかしそれは直径1キロのクレーターを作るほどの威力。その衝撃は駆動鎧の表面を撃つだけでなく、その内部からも均等に掛かるものだった。それを瞬時で音速を超えたスピードで後方に跳び受け流す。直接の衝撃と内部から弾ける爆発が、魔犬が居た位置で破裂する。

 肉体に掛かる重力加速度を無視した、生身の体では不可能な動きを可能にする駆動鎧。

 「ふーん、大口を叩くだけノことハあるんダ・・・。聖人クラスにハ対応しテるようネ」

 「いちおう対魔術式駆動鎧は天使撃滅用なんでね。次はどんな余興を見せてくれるのかな」

 ブーンと低い駆動音を唸らせながら、機動をフルにした駆動鎧を纏い魔犬はうそぶく。

「機動はそこそこでモ、直接の攻撃にハどうかしら・・・」

 

 魔神は掌をかざし、その上にブオンと光の球を生み出した。その姿は学園都市の第4位を思わせたが、手の平にあるものは、高圧高温の塊。物質が電子と原子に電離したもの。かつて第1位が操車場の上空で作って見せたものを、この魔神は事も無げに出現して見せた。

 光の球は周りの空気を喰らいながらどんどん大きくなる。

 差し渡し100メートルほどに成長したものを、ゴールデンリトリバー目掛けて、投げる。

 バケモノじみたプラズマの塊をまともに喰らう。

 猛烈な爆風と熱が辺りを払う。

 もし一方通行が操車場であのプラズマを解放していたら起きたであろう、いくつかの学区をまとめて消し去ってしまう程の圧倒的な暴力。

 が、中で黒い影が動く。

 眩いプラズマを体に纏い、ゴールデンリトリバーは灼熱の中から姿を現す。駆動鎧には何の影響もない様子だった。

 

 「――ほう。超伝導バリアか」

 魔神はニヤリと笑みを浮かべ、緑色の目がひかりを帯びた。

 超伝導バリア。駆動鎧の表面に強い磁場をかけて高密度の磁界を作り、熱線や物理攻撃を遮断する。その磁界に捉えられたプラズマが、駆動鎧の周りで蛇のようにのたうっていた。

 「どーだイ、摂氏1万度ノ湯加減は」

 「ああ、ちょっとばかしぬるいサウナと言った所かな」

 のたうつ電光の蛇を纏った魔犬の容姿は、蛇と獅子が融合したキメラのようだった。その姿を見て魔神が顔を顰める。

 「ああン、あの美的感覚ノないアイツを思い出シちゃうヨ。記号の表意性だカ何だカ、なんでモ取り込ンじまうあの蒐集癖ハ、魔神ノ面汚しだネ」

 「うん?合体はロマンだと思うのだが・・」

 「なにがロマンかネ、だいたい蛇っテ何、そんなモン、勃たず男ノコンプレックスじゃなイ。たダぶっ太いダケじゃ女ヲ満足させられないヨ」

 ひらひらと手を振って軽くあしらう魔神の少女。

 「じゃあ、その身体で試してみるかい」

 シャキッと駆動鎧のアタッチメントが開く音と共に、胴の両側から連装ランチャーのようなものが飛び出す。

 その砲口が輝くと、プラズマが集積され束となって少女を撃ち抜いた。

 超電磁砲よりも強力なプラズマのビーム。撃ち抜かれた少女の肉体は、忽ち灼熱し、炎に包まれて燃え上がる。

 燃え上がる炎に、人が焼ける臭気はしない。高熱で臭いの分子は分解されてしまっている。

 そして炎が消えたあとには、炭化した人の形らしい柱が立っていた。

 しかし魔犬は緊張を解かない。

 

 ピシリと、プラスチックにひびが入るような音がして、炭化した柱に亀裂が走る。

 

 ぱらぱらと土くれが剥がれるように炭の表面が崩れ、下から炎に包まれる前と同じ少女の体が現れる。一糸まとわぬ姿で。

 

 「女の子ヲ脱がせるノには随分ト強引なやり方ネ。そんな早漏じゃ、やっぱりマンゾク出来ないワ」

 相手が犬だからというより同じ生き物だと思っていないのか、何ら恥じる様子も無く幼さを残した裸体を晒す魔神。

 「最初の瞬間移動と掌底は重力操作か? プラズマといい炭からの肉体再生といい、魔術の神が使うアイテムにしちゃ随分と科学寄りじゃあないか」

 「アンタ達の拠る科学とハ方式ガ違うけド、まぁ仕様ガ異なるだけデ結果ハ似た様なもの。無いものヲ生み出す元素固定だっけ? あれだっテ魔術じゃ錬金って呼ぶワ」

 そう言うと、さっと手を払い、南国のパレオを纏った姿に戻る。

 「未現物質・・・」

 「だガら、言い方なんテどーでモいいのヨ。科学だ魔術だなんテ枠決めモ関係ない。そもそも私達ガ『グレムリン』だトいうこト忘れテない? 出来損ないのオティヌスがやってた紛い物ト一緒にされちゃ迷惑だワ」

 

 グレムリン。機械の誤作動を誘発する妖精の名を冠する魔術組織。

 機械という概念が生まれてから発生した「世界の片側がもう一方を蝕む象徴」を名乗り、第三次世界大戦後の『オティヌスの恐怖』をもたらした。それは地球規模の大災厄だったが、とある少年によって解決された。

 そのケレン味の大きな術式に惑わされるが、魔術に科学技術の味付けをしたに過ぎず、ベースはあくまで魔術で、魔術と科学との融合には至っていない。しかしこの魔神は科学の範中を魔術の術式で揮ってくる。

 瞬間移動は骨船と呼ばれる移動霊装、ベクトル操作のような掌底は肉体の表面から芯まで、その全てに均等に浸透する威力から北欧王座とゴールデンリトリバーは推測した。それらを使用したのは、データベースによれば、オッレルスとか言う魔神のまり損ないとトールという原石の少年(彼はグレムリンのメンバーだったな)、そして魔神だったオティヌス。肉体再生はゾンビの合わせ鏡の術式とやらか。しかしそのどれも演算とか術式構築とか、なにか特別な段取りを踏んで使っている様には見えない。

 そんな分析を気にも止めず、魔神は骨の輪をカランと言わせて腕を払った。

 

 一閃。

 

 白熱した巨大な火球が幾つも起こり、ゴールデンリトリバーの身体を包み込む。

 それは、原子が電離したプラズマよりも高温な1億度を超える灼熱の塊。熱エネルギーによって水素がヘリウムに変わり、より重い原子へと変位していく反応。

 核融合。

 漆黒の位相のなかに太陽が生まれている。

 その光球の中に黒い影が揺らめいている。熔ける気配も蒸発する様子もない。

 端正な魔神の顔に苦々しさが浮かぶ。

 「ちっ」

 舌打ちする魔神。そうだった。学園都市にはあのキャッチフレーズを持つ能力者が居る。

 「核を撃たれても大丈夫。って能力者を開発したのも、俺達『木原』なんでね」

 ゆらゆらと光球の中から何事も無かったかのようにゴールデンリトリバーは出て来る。

 効果のない核融合の火は、出現した時と同様に魔神の一振りで消えた。

 

 また、最初と同じ漆黒が広がっている。

 「名乗りがまだだったな。木原脳幹、いちおう科学世界の守護者をやってる。」

 「ふーん。犬はどこまでモ犬っッテ訳ネ。羊を殺し回っテいた頃とハ、随分ト成りが違うンじャない?」

 「まあ一二〇年の間に、色々あったんでな」

 ライターを取り出し咥えた葉巻に火をつけると、ふーっと煙を吐き出す。

 甘い匂いが漆黒に広がり、消えていく。

 「マカヌードかい。随分甘イものヲ吸ってるジャないカ」

 「自分はロマンチストなんでね。――故郷を思い出すかい? セニョリータ。」

 「煙草ニあまりいい思い出ハ無いネ。なりはチカ(少女)でモ、アンタよりずっト年長者だヨ」

 

 ラム酒、砂糖、煙草。ラテンアメリカを代表するそれらの産物は、征服者によって強制的に作らされたもの。大規模なプランテーション農園で、自分たちが日々食べる作物を栽培することも許されず、過酷な労役によって生み出された。

 その労働力を補うために、アフリカから黒人奴隷が連れて来られ、メスティーソ(白人とインディオ)、ムラート(白人と黒人)、サンボ(黒人とインディオ)と呼ばれる混血文化が生まれる。いずれもコンキスタドールやクリオーリョたち白人に、家畜同様に虐げられ搾取されて来た歴史を持つ。その中で信仰されてきたのがブードゥー。ゾンビ。

 

 「パストル・エテルヌス。永遠を生きる統率する者。いまハそう名乗ってる。昔の名前ハ忘レたわ。無限ナ命の中でハ意味ないシ」

 魔神が名乗る。

 「永遠の司牧者か、十字教の最高権威と同じとは面白いな」

「意外? そのままノ意味だけド。まあアイロニーもあるけドね」

 十字教の権威によって踏みつけられてきた出自の歴史。

 「復讐のために魔神となったのか?」

 「始めのうちハ、そんな思いもあったかナ。でモ魔神になってみれバ些細な事。一振りデ世界ヲ造り替えられるンだもノ。私達ガ『神』だトいう事、忘れないデね」

 「神になって、何がしたいんだ? より大きな力を求めた結果が魔神というなら、より大きな力を必要とした目的は何だったんだ? え、お嬢さん。」

 舌に苦いものを感じて、魔犬は未だ半分も吸っていない葉巻を投げ捨てて踏み消す。

 

 「・・・・・・」

 

 魔神は答えない。

 「代わりにエテルヌスはこう訊こうかしラ。貴方は何故、犬であることを止めたの?」

 「ロマンだからさ」

 「じゃあ、そのロマンとやらデ、地獄巡りニ付き合っテ貰おうかしラ・・・」

 

 位相から、木原脳幹とパストル・エテルヌスの姿が消える。

 

 

 

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