とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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旅行者

 カリブ海に浮かぶ、とある小国。

 距離も短く一本しかない貧相な滑走路にレシプロ機が降り立つ。路面にタイヤが着いた途端、機体がバラバラになってしまうんじゃないかと思う程の衝撃。碌に整備もされていないガタガタな舗装にレシプロ機が悲鳴を上げる。

 ようやく振動がおさまり、レシプロ機はスロットルを絞って滑走路から誘導路へと移動していく。その途中に、物見櫓のような管制塔がくっついた鉄筋二階建ての田舎の役場のような建物や、戦闘機が入ったハンガーが見える。

 空港ビルから直接乗り降りできるボーディング・ブリッジなどというものは無い。エプロンに駐機したレシプロ旅客機に、古臭い黄色のタラップ車が黒煙を吐きながらのたのたと近付いてくる。

 地方のコミュニティ空港の方がマシじゃないかと思うが、これでもれっきとした国際空港。この国の玄関口なのだ。

 タラップを降り立つと、むわっとした空気が包み込む。コンクリート舗装の照り返しもあって、汗が噴き出してくる。南国の日差しが眩しい。

 

 「ハポネース(日本人)?」

 軍服を着た入国管理官が、青年と査証をじろじろと見比べる。

 「この国に何しに来た、ジャーナリストか」

 「いえ、観光です。」

 「観光?」

 ますます訝し気に東洋人の青年を見る。ラフなTシャツにジーパン姿、日焼けした顔には無精ひげが・・・。確かに青年の査証は観光ビザ、幾つもの国を巡ったスタンプが押されてある。入国管理官はしきりと青年と、ビザとパソコンのモニターを見比べている。後ろの方では「ちぇっ、しけてんなー」とか「金目のモン無しかよー」とか言いながら、青年のバックを開けて所持品を検査している。

 現金は肌身に着けている。――査証と現金は身体から離さない――。こういった国に行く時の鉄則だ。ちなみにカメラは持っていない。写真なら携帯電話で済む。むしろカメラを所持している方が面倒事に巻き込まれやすい。特に政情不安な地域にあるときは。

 たっぷり一時間以上かけて精査されたが何も怪しいものは出て来ず、入国管理官は青年の査証に新たなスタンプを押し、顎でしゃくって解放した。

 バスに乗り換え街に向かう。人口六〇万程度だがこの国の首都で唯一の都市。

 都市と言っても、低層の雑居ビルが立ち並び、埃っぽいメインストリートには年代物の車が軋みながら走っている。たまに小奇麗な建物があるが、それは大抵外資系企業のものだ。青年が利用しているクレジット会社の看板もある。中心街と思しき所も行き交う人々の姿は貧しい身なりばかり。時代に取り残された感と薄汚れた街並みが広がっている。

 アフリカ、アジア、中東でよく見かけた風景だ。

 そして、交差点に立つ武装兵や軍用車の姿、しかし行き交う市民たちは無関心。これも同じ。

 内戦とまではいかないが繰り返されるクーデターで、この国はずっと政情不安な状態にある。

 クーデターとそれに続く粛清が年中行事と化していて、市民も慣れてしまった諦めにも似た空気。

 日本からこの国への直行便は無い。それどころか渡航中止勧告が出ている。青年はメキシコから第三国を幾つか経由してこの国に入った。別段目的があったわけではない。不謹慎だが彼は『観光』で来た。

 大学を卒業して内定をもらった会社に就職せず、学生時代からの世界巡りの旅を続けている。

 金持ちの道楽息子という訳ではない。行く先々でバイトをして、路銀を溜めて次の国に行く、その繰り返し。なぜそんな事をしているかというと、自分のやりたいことがまだ見つからないからだ。興味を引かれる事はいっぱいある。だがそれは、大学の外に広がっている世界で少なくとも日本ではない。だからこの目で見ようと旅に出た。

 大学の友人は、早々にやりたいことを見つけ出して卒業後航空エンジニアリングの仕事に就いている。便りによると、近々小さいが会社を起して独立するそうだ。一方、自分はまだ自分に何が出来るのか判らない。いまもこうして旅から旅を続けている。まるで自分の名前そのものだった。

 

 広場に出る。

 正面にはフィリピンや南米などかつてスペインの植民地だった地域でよく見かけるコロニアル・バロックの教会。その広場でマーケットが開かれている。

 青空市場。闇市。

 「――――」「○△――□○―」「シニョール、シニョール――」

 がやがやと飛び交う会話。売り声。罵声。訛りのきつい言葉に現地でしか通じないスラングが混じり、会話の端々しか旅人に理解出来ない。商品も信用の無い自国通貨でなく、ドルや品物どうしでやり取りされている。打ち続く政情不安で流通経済が機能せずスーパーやコンビニなど無い市民の台所だ。ビジネス街より、こっちの方が活気がある。

 人々の熱気に当てられながらマーケットを歩いていると、突然子供に突き飛ばされた。

 尻もちをついた背後から、いきなり罵声が飛ぶ。

 「泥棒!」

 脱兎のように走っていく子供の手には、食べ物と自分のバッグ。

 あっと気付くと、倒れた拍子に転がったバッグが無い。振り返ると数人の男が子供を追い掛けて走り去っていく。

 やられた。と思ったがもう遅い。子供の姿は人混みに紛れてもう見えなかった。

 「ま、こういう時は、そうだな・・・」

 不幸だ――、と嘆いている訳にも行かない。

 「盗られて困るものは無いんだが、まあアレは取り戻したいんでな」

 青年は立ち上がると、おっとり刀で歩き出す。

 すり。置き引き。窃盗に手を出す子供たちの居場所は、古今東西いつも一緒だ。

 行き場を失い、保護の無い子供は、社会にとって塵と同じ。教会はそんな子供たちを引き取る社会活動をしているが、それはほんの一握りにすぎない。

 町外れのゴミ集積場にやってくると、齢の頃一〇才前後の子供たちが、ガラクタをひっくり返して残飯や部品を漁る姿があった。

 飛び交うハエ、物が腐った臭いや機械油の臭気がきつい。

 それは都市の死臭。

 みな身なりはみすぼらしく、靴さえない子もいる。そんな中にあの子が居た。

 「ちえ、しけてんなあ。金目の物なんか無いじゃないか」

 空港で聞いたようなことを言っている。

 「よお。」

 青年は、ごそごそとバックをまさぐっているその子に声を掛けた。

 「ひや!」

 声を掛けられ、青年を見るや、バックを握り締めて睨み返してくる。

 「何だい、兄ちゃん。バックを取り戻しに来たんかい」

 睨みながら腰を浮かせて逃げ出す体制を取る。

 「いや、バックはいい。中身も大したものは無いからな全部あげるよ。ただ手帳は返してほしいんだ。僕の日記(忘備録)だからね。君には一文の値打ちも無いものだろう?」

 その子はバックの中から使い古されたメモ帳を取り出す。ペラペラとめくってみるが、日付と訳の分からない文字が書かれているばかりで、さっぱり読めない。

 「ちえ、いらねえや。こんなもん」

 さらりと短い髪を揺らして手帳を返す。

 「ありがとう。しかし僕にとっては宝物なんだ」

 手帳を受け取りながら、青年はその子が少女だったと気付いた。

 言葉遣いも服装も、女の子らしさなど欠片も無く、少年と見分けがつかないが、確かに女の子だった。それは、栗色の短い髪に可愛らしい髪留めが光っていたから。

 「君、女の子だったのかい。」

 「だったら何だ。こんな子供でもヤリたい変態さんかい。残念ながら他を当たりな、物乞いはしても体は売らねーよ。それとも、無理ヤリが好きなタチかい」

 とても一〇才前後の子供が口にする言葉じゃない。冷たく刺すような目でそう言い放つと、少女はまた体当たりをかまして駆け出して行った。無様にも再度尻もちをついて、ゴミの山の尾根の向こうに消えていく少女を見送る。

 「物乞いはしても、か。俺はまだ物乞いの経験は、ないな・・・」

 所持金がなくなったら現地でバイトをして、次の国へ向かうを繰り返してきた青年。ストリートチルドレンは色々な国で見てきたが、皆あの少女と同じような身なりをし、同じ目で大人を見ていた。日々を生きるために金や食べ物をせびる、犯罪に手を染める子供の姿があった。知っているつもりだったが、正面切って言われると正直ショックだった。

 

 翌日、虱やゴキブリと同居する安宿をあとに、市街をぶらつく青年。次の街への旅費稼ぎにアルバイトを見つけるためだ。

 皿洗いに土方何でもするが、クラブの用心棒は駄目だ。客より弱っちい兄さんでは務まらない。

 それと売人と運び屋。実入りはいいだろうが犯罪に手を染めるほど困ってはいない。それに以前に運び屋まがいの事をさせられてヒドイ目に遭ったことがある。旅を始めた頃、ビギナーにありがちなアメリカ放浪をやってた時に、詐欺師にかつがれてカジノのピンハネ金を運んでしまった事があった。あの時は怒ったマフィアに追い掛け回されるはFBIが乗り出してくるわで散々な目に遭った。

 知らずに運んでいただけだという事が判り犯罪者にはならず、むしろFBIから組織壊滅に協力してくれたと感謝されたが。

 俺を罠にかけた詐欺師とは、何故か今も通信を交わしている。向こうからの一方的なメールなのだが、『いつか恩返しする。今度政界に乗り出すつもりだ。大統領の夢にまた一歩近付く訳だアミーゴ!』どこまで本気なのか。あんな男が大統領になったら合衆国も終りだろう。だけど、目標に向かってアイツでも歩き出している。

 散々仕事を探したが、この国の経済状況は壊滅的な様で(通貨が国民に信用されていないくらいだ)、インフラ事業や建設はさっぱり。飲食業も閑古鳥が鳴いている。郊外の農場にでも行くしかなさそうだった(労働はきついが実入りは薄く、なにより半年以上の拘束が堪えるが仕方ない)。

 そんなことを思いあぐねながら、足は自然と青空市場へと向いていた。辛気臭い中心街よりもこっちの方が人の営みがある。それと、昨日の少女が気に掛かった。

 きのうと同じく言葉の半分しか理解できない喧騒の中で、また「泥棒!」の声が上がった。

 あの少女が追いかけられて、こちらへ来る。

 きのうと同じように自分に体当たり。

 だが倒れはしない。しっかと右手で彼女の腕を摑む。

 しまったと困惑が混じる少女の貌。

 遅れて数人の男が追いついてくる。

 「この仔ネズミ! 今日という今日は覚悟しな!」

 青年が捕まえた少女を取り囲む男たち。棍棒を振り上げる者もいる。

 「おいおい、この子が何したってんだ?」

 棍棒を振り上げた男の前に青年は割って入った。

 「なんだあ、テメエは。」

 「コソ泥を庇うのか」

 「テメエが親方か」

 男たちが凄む。だが青年は物怖じしない。腕に自信はないが、この手の男どもには慣れている。

 「彼女は使い走りだよ、僕のね。買い物を頼んだんだが、お金持たせるのを忘れてねえ。いやあ迷惑を掛けた」

 馬鹿な、とか出まかせをとか言っていたが、青年がお金を払うと知ると矛を収める。

 実際より高めの金額を手にして男たちは引き下がったが、帰り際

 「兄ちゃん、物好きも大概にしな。その子の目を見ろ、緑の目だ。緑目は災いを呼ぶ。ボゴの使い魔だぜ」

 ――ボゴ?――

 と問いかける間もなく、男たちは「ペドが」とか「幼女しか抱けないインポが」とか言いながら立ち去って行った。

 騒ぎがおさまり、周囲の注目も去って物売りや会話の喧騒が戻っている。二人に目を向けるものはいない。

 「なぜ、助けた」

 身を固くして少女は問う。

 「聞きたいことがあったからさ。昨日言っただろ、物乞いはしても体は売らねーよって」

 「やっぱ、無理強い――」

 「ないない、その話じゃないよ。何でこんなことを嫌々やってるのかなって」

 「仕方ないじゃない。ほかに出来ることが無いんだからさ。子供だから仕事が無い。学校だって行ってないから読み書きなんざ知らない。男ならもう少し大きくなればやれることもあるだろうけど、生憎女に出来ることは限られてるんだ。――あたしも・・」

 苦いものが青年の顔を顰めさせる。そう、どこのスラム街でも見てきたことだ。

 「なあ、俺を雇わないか。実はさっきので所持金がスッカラカンなんだ」

 「はあ!?」

 なに言ってるんだという目で青年を見上げる。

  ストリートチルドレンに用心棒を雇う金など無い。自分の日々の食糧にも事欠いているのだ。それにこの青年に用心棒が務まるようにも見えない。

 「金は要らない。食事は自分で何とかする。ただ寝場所を提供してくれるだけでいい」

 「何言ってるんだ。アンタを雇うって、一体何が出来るってんだ。物乞いは子供と年寄りにしか出来ない(効果が無い)ぜ」

 「まあ子供の力じゃ難しい瓦礫の持ち上げとか、ガラクタ集めとか。金が無いんじゃ寝る事もままならないんでね」

 寝場所って・・・あのゴミの中より路地で段ボールの方がましだと思ったが。

 「はん、好きにしろ」

 

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