とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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旅掛

 「ちょっと変更があったんだが――」

 一人残された青年は、暮れなずむゴミの山で風に吹かれがら形態を掛けた。

 『パスを用意していて意外なものを見つけたんだが』

 一人分キャンセルを伝えた後に、電話口の営業マンが話し始めた。

 それはこの国の現政権、クーデター派双方に肩入れしている某国の裏取引や帳簿の類だった。

 「失礼だが、なんで一介の営業マンがそんな極秘情報を手にできるんだあ」

 『さあ、表の仕事をしているときはそれ程でもないんだが、キナ臭い案件になるとぽこぽこ出て来るんだよ、都合良く。』

 ポリポリと電話口で頭を掻く相手の顔が浮かぶ。おそらく髪の固いツンツン頭だろう。

 独裁者の周りには、蜜を求めて様々な人間が近寄って来る。独裁者も己の権力を高めるために利用する。お互いギブ・アンド・テイクの関係だ。だが利害だけの結びつきである以上、やがて側近を信用できなくなり、側近が固めていた支持者を信用できなくなり、いつ不支持になるか知れない有権者を信用できなくなり、子供を含めた国民全体が信用できなくなる。子供にまで恐怖政治をおっ始めたら、その国は終わりだ。

 「なあ、この国に足りないものは何だと思う」

 だしぬけに青年が言った。

 『うーん、インフラ、外貨、教育、足りないものばかりだが、――やっぱ自立心かな。」

 「貴方にこんなことを言うのは何なんだが、この国に外資勢力は邪魔なんじゃあないか?」

 相手は答えない。だが逡巡していることは見て取れた。

 「やっちゃったらどうだ、そりゃ貴社の現地利益は失われる。だがライバルも一緒に失う。だが企業の道義性って面から見れば得るものは大きいんじゃないか」

 『――そうだな。この国へのアプローチの仕方は、前から気に喰わなかったんだ。会社に損害を与えたってんで首になっても筋は通したい。このままじゃ会社として間違ってる。――やっちゃうか』

 「ああ」

 青年は、自分の知り合いに携帯を掛けた。

 相手はアメリカの詐欺師。アメリカ放浪をやっていた時、マフィアのピンハネの片棒を担がされて散々な目に遭わした男だ。

 『やあアミーゴ。君からの電話とは珍しいな。まだ世界放浪の旅とやらを続けているのかい』

 男は以前と変わらぬ陽気さで電話に出た。何がアミーゴ(友)だ。

 「ロベルト・カッツェ、一つ頼みがあるんだが」

 この詐欺師は、政治家の秘書に就くわけでも無く、大金持ちという訳でもないのに、近々政界に乗り出すつもりらしい。軽薄な男なのに何故だか人を惹きつけるものを持ち、そこそこ支持者もいるという話だ。どう誑し込んだのか軍産複合体の経済団体や各種人権団体などとも繋がりを持っている様子。あのスキャンダルの塊のような男と人権がどうやったら結びつくのか解らないが。

 「いま、カリブのとある小国に居るんだが、ああかつてアメリカがキューバ危機で基地を置いていた国だよ。いまは民間ともども撤退してしまったがな。お定まりのようにまた無政府状態になった。そこでこの国の子供たちを助けたい。――君に、アメリカ軍と国連を動かせないか」

 『ほう、繋がりが無いわけじゃないが、上院議員でもないオレに、そんな権力はまだ無いよ』

 「そこは得意の口先三寸とハッタリで、彼らを焚き付ける位の事は出来るんじゃないか? 君のゆくゆくの政治活動にも一つの布石になると思うんだが――」

 ざっくりした流れと、ロビーする圧力団体について説明する。アメリカが動くための大義名分(と付随するメリット)を付け加えて。

 青年のプランに、暫らくの沈黙を置いて、ロベルト・カッツェは答えた。

 『―――やってみよう。』

 あまり期待するなとも、無理だとも言わなかった。

 『それから、口先三寸は余計だ。』

 そう言い残して相手は通話を切った。

 

 その日、全土が黒い霧に包まれた。

 あの廃棄物処理場の一角で起きたことが、大規模に発生した。黒い霧のあちこちで悲鳴が上がり、ある人は最後の審判が始まったんだと言った。人々は不安と恐怖に震えながら、霧が去るのをじっと待った。

 そして霧は晴れたが、別に街が破壊されたわけでも、殺戮の惨状が広がっているわけでも無かった。いったい今のは何だったんだろうと、人々は狐につままれた思いだった。ただ、その日から、マクート団は街から消えた。

 

 ――そんな中、政権の中心に居た将軍が急死した。軍の一派を率い、裏で秘密組織を指揮していた男だ。

 政権中枢が突然に消え、独裁者が居なくなったこの国は、大混乱に陥った。いきなり人々を押さえつけていた重しが無くなって、初めの一日は虚脱状態のように静かだったが、そのうちあちこちで略奪や暴動が起こる。しかしそれを取り締まる権力が無い。――まあ、この国の警察なんて始めから無いようなものだったが。

 曰く、ボゴ団の首領は呪い返しを受けて頓死した。

 ゾンビを騙っていた集団が本物のゾンビに襲われた。

 政権を推していた勢力が一斉に消えた。

 様々な風評が飛び交う。

 軍が鎮圧に動こうとしたが、命令系統が寸断されていた。何しろ命令を下す司令官の何人もが行方不明。軍同士が諍いを起こし、クーデターまがいのものが乱立頻発していた。その軍も高官たちが次々と姿を消してしまう。文字通り、国は無政府状態に陥った。

 混乱に一応の終止符が打たれたのは、アメリカを中心とした多国籍軍の進駐によってだった。

 特異だったのが、今回の多国籍軍が難民高等弁務官事務所や人権理事会によるものでなく、国連児童基金(ユニセフ)の発議によってだった。あの詐欺師が色々と動いたらしい。

 情報のリークは青年が行った。利害関係がある会社の社員による直接情報では、ライバル会社へのキャンペーン攻撃として信憑性が疑われる恐れがある。だが利害関係のない一般人となれば信用性に尾びれが付く。疑念が疑念を生むというやつだ。

 先進国の政府機関は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。違法なしかもかなり汚い手を使って工作をしていたことがすっぱ抜かれたからだ。

 武器の横流し。

 意図的な政情不安定化。

 人身売買、しかも子供を対象にした。

 貧困と不幸を肥やしにした、小遣い稼ぎ感覚のマネーゲーム。

 官僚は保身に走り多国籍企業から手を引く。行政の後ろ盾を失った各企業はダークなレッテルを貼られる前に次々と撤退。

 今更の汚点を糊塗すための多国籍軍。名分は危機に晒される子供たちの命と人権を保護するため。

 ともかく子供たちは保護され、当面の危機は去った。

 ――これでこの国が少しはマシな国になる、かどうかは判らない。

 

 後日、新米営業マンは、第一次ソースの出処として会社の中で特定され、当然査問に掛けられた。会社に損害を与えたという理由でだ。が、直後に会社の株式が上がる。恐怖政治を終焉させた会社という事で信用度が爆上げしたのだ。一方ライバル社は、尻拭いもせずに禿鷹のような真似をしたという事で非難された。

 やがて査問された若き営業マンは、社内に十一人しかいない高レベル対外情報担当『証券取引対策室』に抜擢されることになる。その強運によって。

 

 詐欺師は、今回のロビー活動で本格的な政界進出への足掛かりを得る。国際的に広がった人脈と、有権者への天性の魅力と、詐欺師らしい恫喝によって。

 

 国外に出た子供たち、その子たちがネットワークを作り、のちに故郷の政治体制を変える大きな力となっていくのだが、それはまた別の話。

 

 エテルヌスに頼まれた約束は果たせた。

 青年は、エテルヌスが判れ魏エアに言った言葉を思い返していた。

 ――この世に足りないもの、それは『神』だよ――

 だが

 この世に足りないものは何だ。

 足りないものは何とかして、知恵を出して埋め合わせて出来るものだ。

 決して一人で解決すべきものじゃないし、人任せに出来るものでもない。人間が導き出すものであって神様が与えるものなんかでは決してない! 第一その神様が迷ったら、神様はいったい誰に相談するんだ?

「世界に足りないものは、なーんだ!!!」

 

 御坂旅掛は、自分がすべきことを見出せて、空に向かって大声で吠えた。

 

 

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