一九〇〇年パリ。
アールヌーヴォー、世紀末芸術、栄華と退廃の都パリが最も輝いていたベル・エポックの時代。
しかし実際は弱肉強食の植民地争奪戦の時代。帝国主義レースは今も続いているが、クリミア戦争に始まる列強陣取り合戦が一先ず固定化し、オランダのハーグで万国平和会議なるものが開かれたのが前年の一八九九年。たとえそれが見せかけであっても束の間の平和に世界はほっとした。
そんな中で開かれた第五回パリ万国博覧会。テーマは、『過去を振り返り二〇世紀を展望する』。
一九世紀最後の年を記念して開催されたこの博覧会は、ヨーロッパ文明の第一位を自任するフランスの威信をかけた国家イベントだった。オリンピックが博覧会の附属として行われている。入場者数は開催国フランスの人口が四千万だった当時でなんと五千万人に及んだ。蒸気機関車や汽船や馬車での移動手段しかなかった当時では驚異的な数字だ。(ちなみにその記録が破られるのは、実に七〇年後の大阪万博である)
欧州挙げてのお祭り騒ぎも終盤に差し掛かった十月。マロニエやポプラ並木が黄葉し、はらはらと舞い散る姿が、名残を惜しむ祭典の街に彩を添える。実はパリっ子たちは紅葉をあまり心に留めない。むしろ落ち葉ががさがさと街並みを汚す季節として迷惑がる。
そんなパリの黄葉を、故郷の紅葉に思いを寄せて観る者が一人。
喧騒はあまり好きではない。
それでもロンドンから逃れるようにパリにやって来て、目にした観覧した世紀の祭典に、いくつか心惹かれるものはあった。それは、華やかな電気の見世物ではなく、西洋のものとは全く違う植民地の音楽の調べや精霊の仮面、そして極東のちっぽけな島国の絵画や衣装。自分が属する十字教の文明とは異質な文化の数々だった。
自分が属するといったが、自分の基層には十字教以前の先史文化がある。異教の文化の品々に、その自分の奥底にあるものが揺さ振られた。実は西欧全体にその基層は存在しているのだが、いまの西洋文明はそれを無意識的にも無視しており、良くてもアイテムとしての記号としか見なしていない。六月の時点までは自分もそうだった。
あの部屋の前で起きた出来事。
あの時、部屋に集っていた者たちは一様に変容した。フロレンス・ファーも、マグレガー・メイザーズも、アーサー・エドワード・ウェイトも、あの場所にいた物すべてが。
不思議なのは、皆はじめのうちは変化に戸惑っていたのが日を追うにつれておかしいと感じなくなっていったことだ。そう、自分も含めて。それでも自分はそんな変化にまだ違和感を覚えている。だが周囲の者たちは『初めからこうだった』と感じている。自分たちだけではない。イギリス国教会も今までの教会ではない。バチカンもロシア正教会も、十字教自体が、魔術が当たり前の世界だと認識している。――自分たちが変わったのではない。世界が変わったのだ。
魔術が宗教を支配している。言い知れぬ恐怖に自分は逃げ出した。あの男が消え、メイザースが去りフローレンスが引き、一時期私は教団の代表に推戴されたこともあった。それも勢力バランスを計っての事だ。それは理解していたが、教団はもう私の知っている教団ではなかった。同行サークル内での事ならまだいいが、イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教という十字教三大宗派が絡んでの勢力争いとあっては度が過ぎている。――あの時の、遥かな高みからの、あの男の嗤い声を聞く気がした。
教団から見れば裏切り者と映るだろうが、まあ大した魔術師でもなかったし、ただの脱落者とみるだろう。実際いまも異端審問官や処刑者は自分の前には現れていない。だがイギリスに留まる事には危険を感じて暫らく大陸に身を隠そうとドーバー海峡を渡ったのだ。ブルターニュに残るケルト文化にも触れてみたかった。
フランスに着いて目にしたものが、パリ博。
しかしこの違和感はどうだ。魔術から逃れて見るこれは科学の祭典。煌びやかな電気と重工業への謳歌。魔術でしか望めなかった力が技術で展開されている。来るべき科学時代の讃頌。
魔術合戦の隣り合わせで科学競争!?
いや逆なのだ。魔術は権力に力を及ぼしているが、市井の人々にとって魔術は無縁な世界。せいぜい占いやまじない程度のもので自分が揮えるものではない。ほとんどの人は、自分の望みをかなえてくれる力は科学技術によるものだ。だからその夢を展開しているこの博覧会に人々は熱狂している。科学全盛の中で魔術による勢力争いが繰り広げられている事の方が異常だ。しかもゴシップやオカルトの類で無しに――。自分が分裂したような目眩を感じた。
くらくらする頭を冷やそうと、市中を離れた。
賑わいを避けて、葉擦れの音を耳にするようになった時分には、目眩も収まり、風を肌で感じられるようになった。だが、その分、違和感は心の底に澱となって重く沈む。
パリ中心部から五キロ西方に広がるブローニュの森。
緩やかな起伏にミズナラや雑多な落葉樹が茂り、かつて狩場だった頃の面影を残す森林地帯。人工池やロンシャン競馬場やフランス幾何学式庭園のバガテル庭園などがあり、市街地に近いこともあってパリ市民の憩いの場所として親しまれている。が一四、五世紀の百年戦争の時は焼き討ちや強盗の巣窟でもあった歴史があり、いまも男娼の聖地として有名であるなどパリ市内の一大売春地帯でもある。日が落ちれば小市民な装いを一変させるアンダーグラウンド。
すっかり色づいた林の中に、定住地を持たないロマの荷馬車が幾つか泊まっている。
祖国を持たない流浪の民。
自分はイギリス市民だがアイルランド人、しかしアイルランドという国は無い。植民地として宗教は弾圧され過酷な税が課せられる。一八四〇年代には大飢饉が襲い多くの同胞が故地を離れて移民となり散っていった。
アイリッシュも祖国を持たない流浪の民だ。
一八五三年のクリミア戦争、その年に日本はペリー来航を迎え近代国家誕生への陣痛が始まる。内戦ギリギリでの奇跡的な明治維新を経て、遅れて帝国主義レースに参加した日本は、死に物狂いで近代化を推し進める。一八九四年、日清戦争に勝利したとは言っても列強レースに出遅れた新興国。近代国家としての憲法の体裁を整え、やっと第一回帝国議会が行われたのがこの年の十一月二九日でパリ博には間に合っていない。欧米列強と幕末に結ばれた不平等条約も治外法権の廃止は何とか改正されたが関税自主権はまだだった。欧米諸国と完全対等の立場には程遠く、欧米人が日本人を見る目もそのようなものだった。
砲艦外交で叩き起こされ、帝国主義に呑み込まれる恐怖に怯えながら必死で国作りを行ってきた小国日本。殖産興業、富国強兵を合言葉に、欧米に追い付こうと多くの若者が国費で送り込まれる。当時の官費留学生は、その後の日本を代表する逸材ばかりである。彼らが近代日本を築いたと言っていい。彼らは期待される自分の立場を自覚しておりプレッシャーは計り知れない。その立場とは、日本を欧米列強に呑み込まれない国にする担い手となること。夏目金之助もそんな一人だった。
夏目は九月に横浜港を出航し、上海、香港、シンガポール、コロンボ、スエズ運河を経て一ヶ月以上を掛けてジェノバに到着する。酷い船酔いの中で彼が見たものは、口減らしと兄弟のために売られていった『からゆきさん』の姿。身を鬻ぐ彼女たちに眉を顰めながらも否定しきれない自分がいる。少女達が紡ぐ絹糸の他に売るものは無く、外人相手に嬌声を振りまく彼女等は祖国の重要な外貨の稼ぎ手なのだ。その外貨で自分は留学している。そんな彼女らの犠牲の上に立つしかない祖国日本。
秋の装い深まる十月二一日にパリに着く。目的地はロンドンだが世紀の大博覧会が開催中という事もあり見聞に立ち寄ったのだった。
ルーブル美術館、オペラ座、ノートルダム寺院、壮麗な記念物が建ち並び軒の揃ったアパートメントが放射状に展開された計画都市パリ。そのど真ん中で、セーヌ川を挟んだ両岸を会場にして万国博が開催されている。
広大な敷地に様々なパビリオンが立ち並ぶ。
エッフェル塔や動く歩道、巨大なガラス張りの建物や見たこともない斬新なデザインの建築物。
多彩な照明や電車の都市交通システム、重工業の機械など当時の先進技術の粋を集めた展示品。
そして植民地や各国パビリオンのエキゾチックな香り。それこそ世界を一カ所に集めた一大アトラクション。
英語を得意として後の帝大(当時唯一の大学)で第一位を通した俊英たけに、彼我の差は理解しているつもりだった。しかし実際に目にすると、ただ圧倒されるばかりだった。重厚長大だけではない。電飾やデザインなどより繊細な美を追求している。こちらが殖産興業を目指しているあいだに、欧米はとっくにその先を走っていたのだ。
東洋の辺境、我が祖国エキゾチック・ジャパンもこの万博に参加している。
そのパビリオンは法隆寺の金堂を模したもので、盆踊りのように軒先に提灯を吊るしている。建物の前では着物を着た女性が訪れたゲストに給仕している。
正倉院の御物と同じく千年の風雪に耐えた金堂なら、ほかのパビリオンに負けはしなかったろう。しかし所詮は紛い物、西洋の異国情緒におもねっているに過ぎない。
十月二十五日の日記に夏目はこう記している。
『万国博に行く。美術館を覧る。宏大にて覧尽せれず。日本のは最もまずし。』
元来負けん気が強い性分なだけに、ここまで差を突き付けられると流石にショックだった。「日本のは最もまずし」と記した彼の気持ちは如何ばかりだったろう。
西洋文明の気圧されと喧騒に疲れて、夏目金之助は同じ留学組の仲間から離れると、早々に万博会場を後にした。仲間たちは折角の電気のイルミネーションを見ないのかと言って来たが、もうどうでもよかった。
周囲は見知らぬ人、人。鎮守の杜一つ無い、馴染まない石造りの街。
劣等感、という言葉が頭に浮かんだ。
(劣等感? 何にコンプレックスを持つってんだ? 文明の差は端っから解ってた事だろ。誇れるものって言やぁ万世一系の長さぐれえなもんだ。それだって、天子様も飯も食えば糞もする。人間誰だってずっと遡りゃ万世に一繋がりだ・・・)
「いかんいかん、なに取り留めもない事いってんだ。」
思わずかぶりを振る。
いつしか木々を求め、夏目はパリ郊外まで歩いていた。